< 時の流れに >
「前方のターミナルコロニーにボース粒子の発生を確認!!」
「よし!!
全艦一斉射撃準備!!」
オペレーターの報告を聞き、白い制服を着た将校らしき男が、ターミナルコロニーを包囲している友軍に命令する。
その命令を聞いた全艦が、凄まじい勢いでエネルギーチャージを始めた。
約3分の2が無人兵器の艦隊とはいえ、その威力に変りは無い。
例え最新鋭の戦艦とはいえ、この一斉射撃を防ぐほどのフィールドを張り巡らせる事は不可能な程のエネルギーだ。
相手が相手なだけに、彼は油断も手加減もするつもりは無かった。
「ジャンプアウトまで、後9、8、7・・・」
「油断をするなよ!!
相手はあのナデシコの後継機!!
そしてその元クルー達だ!!
情けは必要無い、今は閣下を信じて邁進するのだ!!」
オペレーターのカウントに混じって、将校が味方を鼓舞する声が響く。
相手が今までにさんざん苦渋を舐めさせられた存在なだけに、その指揮をとる姿勢にも緊張が伺えた。
「・・・・4、3、2、1、ジャンプアウトします!!」
「発射!!」
オペレーターの叫びと、将校の叫びが同時に味方の艦内に響き渡った。
そして、数十もの戦艦から放たれたミサイルが、グラビティ・ブラストが、一瞬にしてターミナルコロニーを塵にまで分解した。
最初から最後までターミナルコロニーを睨んでいた将校は、自分の勝利を確信しつつも、あまりに呆気ない結末に驚いてもいた。
もし自分なら・・・この不意打ちを防げないだろう。
現在の地球と木連の関係を考えれば、ジャンプ直後にターミナルコロニーごと襲撃をさせる事など考えられない。
・・・・だが、あのナデシコならば、と馬鹿な事を予想していたのだろうか?
ブリッジの全員が、静かに事の成り行きを見守る。
やがて、その時間が数分間に達した時、将校が軽く息を吐きながら視線でオペレーターに現状を問う。
「・・・・・・・敵艦の存在は確認出来ません」
「・・・・・・よし、作戦終了―――」
その報告を聞き、気が緩んだのか目深に被っていた制帽を脱ぎながら、将校が部下に伝達をしようとした時。
「!!
本艦の背後にボース粒子を確認!!
ジャンプアウトします!!
これは―――ナデシコです!!」
「何だと!!」
その言葉を最後に、彼が乗っていた戦艦はナデシコBのグラビティ・ブラストにより撃沈された。
「こっちも伊達にA級ジャンパーを三人も乗せてません!!
ルリちゃん、他に無人兵器に命令を出してる戦艦を索敵お願いね。
ジュン君、パイロットは全員出撃・・・この前哨戦で、実戦の勘を少しでも取り戻して貰わないとね。
―――それと、万葉さんが無事か確認も急いで!!」
「はい、分かりました。
命令を出している戦艦を絞ってみます。
それと万葉さんからは、自分は無事だと先程連絡を受けました。
・・・このまま戦闘に入るとの事です」
「分かったよ、ユリカ。
全員出撃させる」
私の目の前で、次々と指示を出しているのは、普段の姿からは想像も出来ない女性だった。
考えてみれば、和平前にはお互いに敵同士だったのだから、この女性の指揮をとる姿を見る機会があるはずない。
それだけに、普段ののほほんとした雰囲気とのギャップに私は少し圧倒されてしまった。
「・・・俺も出撃したかったんだがな」
暇そうに戦況が映るディスプレイを眺めていた北ちゃんが、隣に立っているユリカさんに視線を向けてそう言うと。
ちなみに、さっきまで着ていた服装は、何時の間にか男物のジーパンとTシャツに変ってる。
そんな着替えは持ってきてなかったのに・・・何処から持ち出してきたんだろう?
「北斗さんは切り札ですからね、そう簡単に出せません。
それに、皆は実戦から離れていましたから、この戦闘は命懸けのリハリビリを兼ねているんです。
皆では防ぎきれないと私が判断した時は、こちらからお願いしますよ」
ニッコリと笑いながら、北ちゃんの愚痴に返事をした。
しかし、ここまで思い切った作戦をするとは予想してなかった。
ユリカさんはネルガル籍の老朽艦を一隻、待ち合わせをしていたターミナルコロニーで手に入れてた。
その老朽艦を万葉さんに任せて、ターミナルコロニーで跳躍させ。
ナデシコ自体は、ユリカさんとイネスさんの力でナビゲートして自力で跳躍を行なった。
万葉さん自身は、老朽艦を出口のターミナルコロニーにナビゲートをした後。
風神皇に追加されたジャンプフィールド発生装置で、生体跳躍をして脱出をしていた。
そして、見事にその作戦は当たった。
「こうして見ると、戦艦単独の生体跳躍の有益さが良く分かるな。
それを操る事が可能な、A級ジャンパーの存在の凄さもな」
北ちゃんはそう言いながら、鋭い目をブリッジで指揮をとるユリカさんに注いでいた。
彼女が指揮するナデシコと、私達は戦ってきたんだ。
・・・北ちゃんにも、色々と思う所があるみたい。
結局、その後の戦闘はナデシコの圧倒的勝利で終った。
「さて、前哨戦は私達が勝ちました。
一応、これで相手が少なくとも・・・警告無しで攻撃を行なうような『怪しい集団』だと分かったわけです。
この先も、きっと手荒い歓迎が待っているでしょうが・・・私達は負ける訳にはいきません!!」
主要なメンバーをブリッジに集め、これからの作戦を話そうとするユリカさん。
私と北ちゃんも一応この場でその作戦を聞いていた。
・・・北ちゃんが先走って、ユリカさんの作戦を邪魔したら大変だからね。
「・・・聞かされていた情報より、随分とズレがあるな?
あの『組織』がクーデターを起こすのは来年の7月だったんじゃないのか?」
「ちょっと、北ちゃん!!」
北ちゃんがズケズケと言い放ったその言葉に、流石にブリッジの人達の顔が引き攣る。
まあ、私も簡単に舞歌様から説明を受けただけなんだけど・・・未来を知る人達が居るというのは。
白い無地のTシャツの裾を引いて注意をするけど、北ちゃんは何処吹く風だ。
「・・・・そうですね、あの『事件』は今の世界とは違う世界・・・別の時間軸と考えるしかないでしょう。
実際、ユリカさんもおられますし、北斗さんや零夜さんがこのナデシコBに乗ってられます。
あんな事が二度と起こらないように、目を光らせてきたつもりでしたが」
北ちゃんの言葉を聞いて、下を向いたまま返事をしたのはルリちゃんだった。
彼女が、未来から還ってきた存在・・・帰還者である事は、私も知っていた。
それだけに、同じ事件が繰り返される事に強い無力感を感じていると思う。
・・・未来を知っているという事は、決して有利な条件ではないのかもしれない。
「もう始ってしまった事だ、今更悔やんでも仕方が無いだろう。
今するべき事は、被害が最小限のうちに敵を叩き潰す事だ」
ルリちゃんの独白にも別段動じる事無く、北ちゃんは何時もの口調でそう断定した。
「そうだよルリちゃん。
北斗さんの言った通りに、ここで全てを終らせれば・・・それだけ被害の拡大を防げるんだから!!」
「・・・そう、ですね。
後悔はこの先の不幸を防いでから、するべきですよね」
ユリカさんが明るい口調で囃し立てるのを見て、ルリちゃんも弱々しいけれど微笑んでいた。
私としても、これ以上木連と地球の関係が悪化するような事件は起きて欲しくなかった。
何としてもこの戦いで、この事件の首謀者を突き止めて、最小限の被害で終らせたいと思う。
「さて、と・・・
それじゃあ、次の作戦をいってみましょうか!!」
ユリカさんが元気な声で、皆の気持ちを入れ替えるような号令をしていた。
「北ちゃんはどうするの?」
手渡されたパイロットスーツが、身体にフィットするタイプなので始終顔を顰めている北ちゃんに、私はそう尋ねる。
後1時間もしないうちに、ナデシコはコロニーに到着する。
勿論・・・普通に到着するだけで終るはずがないのだけど。
「・・・コロニーの周辺に居る雑魚を、いちいち相手にするつもりはない。
だが、暇潰しは他にあるからな」
そう言って、楽しそうに笑いながらナデシコの格納庫に置かれた連絡船を見る。
北ちゃんはこの連絡船を操って、ヤガミさんとナカザトさんをコロニーに降ろす事を頼まれていた。
雑魚の相手をするのは嫌だけど、戦場を武器を持たない連絡船で突っ切るスリルは気に入ったみたい。
北ちゃんの性格を掴んでる・・・良い采配をするよね、あのユリカさんも。
「嫌だ〜〜〜〜〜〜〜〜!!
絶対に俺は嫌だぞ〜〜〜〜〜〜〜!!
あの北斗が操る連絡船に乗るなんて!!
絶・対・に!! 嫌だ〜〜〜〜〜〜〜!!」
「・・・煩い、黙って乗れ」
―――ゴスッ!!
格納庫の柱の一つにしがみ付いて泣き叫んでいた人物を、北ちゃんが額に青筋を浮かべて殴り飛ばす。
殴り飛ばされた本人は、数メートル空を飛んだ後、床で数回跳ねてから静かになった。
その静かになった人物を背中に背負い、何食わぬ顔でナカザトさんが連絡船に乗り込む。
・・・あんな人だったかな? ナカザトさん?
「じゃ、ちょっと先に行って遊んでくる」
「うん、分かった」
北ちゃんは散歩でも行くような感じで、私に挨拶をしてナデシコから出撃した。
向うも目の前に迫っているナデシコに神経を集中していると思うから、そうそう過激な攻撃はされないと思うけど。
「・・・ヤガミさん、途中で目を覚まさないと良いけれど」
それが私のする、一番の懸念事だった。
「ほう、予想以上の包囲網だな・・・全く、何処にこれだけの戦力を隠し持っていたんだ」
前後左右から襲い掛かる攻撃を、見事な機動で避ける連絡船
武装はされていないが、その分機動性と防御力に重点を置かれた改造を施されているのだ。
「さて、と。
そろそろ出てきてもいいぞ、何時までも物置にいたら身体が持たんだろう?」
「あ、やっぱりバレてた?」
前を見たまま北斗が呟いた声に、背後の物置のスペースから返事がある。
座席に座りシートベルトをしていたナカザトが、驚いて振り返ると・・・そこにはアカツキの姿があった。
「気絶していなければ、ヤガミの奴も気が付いていただろうさ。
しかし、ネルガルの会長が直々に出向く用事があるとは思えないが?」
急旋回をした機体のせいで、壁に頭を打ち付けたアカツキが、涙目になりながらナカザトの隣の席に座る。
そしてシートベルトを締めながら、北斗に話し掛ける。
ナカザトは無理な体勢で振り向いていた時に、先の急旋回で不意を突かれ意識を失っていた。
「嘘か本当かは分からないけれど、僕宛に面白いメールが届いてね。
各務君の行方が知りたければ、この『ホスセリ』まで一人で来い、ってさ。
・・・その後、白鳥君にも同じメールが来ているのを確認した。
そこで聞き出したんだ、各務君が誘拐されていた事をね」
「・・・誘拐犯の意図が分からんな。
もしかして、最初からネルガル会長を狙っていたのか?」
相変わらず緊張感の無い声で、北斗が連絡船を操りながらアカツキと会話をする。
身体をシェイクするGに、アカツキは必死に抗っていた。
「しかし、それだけの情報でノコノコとこの戦場までくるお前もお前だな?
もしもの時はどうするつもりだ?」
何故か楽しそうに微笑みながら北斗がそう言う。
それを聞いて、アカツキも同じように笑いながら返事をした。
「ネルガルは僕が消えても揺るがないさ。
それだけの根回しは済ましてきた。
エリナ君を後見人に指定して、ハーリー君を次の会長に指名したからね。
親戚連中にもちゃんと話を通しておいたし、何よりハーリー君は本家筋の・・・僕の兄さんの『息子』だ」
「・・・随分、思い切った事をするな、この極楽トンボ」
突然会話に混ざってきたのは、先程まで気絶をしていたヤガミ ナオだった。
はっきりしない頭を振りつつ、サングラスを外した真剣な目をアカツキに向ける。
「昔・・・白鳥君とミナトさんの結婚発表会の時、会場の外れで声を押し殺して泣く各務君を見た。
あの時の僕は、彼女に何も言えなかった。
言うべき言葉が見付からなかったんだよね・・・安っぽい慰めの言葉じゃ、意味が無かったからさ。
それからかな、彼女に本気になっちゃったのは?
木連でも彼女の捜査が手詰まり状態な以上、僕がのこのこ罠に掛かるのも手掛かりにはなるかもしれないし。
一人くらい居てもいいだろう? 彼女の為に命を投げ出す馬鹿がいてもさ」
アカツキもその視線を真っ向から受け止め、ナオにそう言い切った。
「・・・・ぷっ
あはははははははははは!!!!」
アカツキの台詞を聞いて、大笑いをしたのは北斗だった。
それと同時に、急加速によって連絡船に更なるGが追加される。
「気に入ったぞアカツキ!!
そこまで言ったんだ、死ぬ覚悟で千沙を助け出してこい!!」
「も、勿論さ!!」
「「・・・・・・・・」」
楽しそう高笑いする北斗と、歯を食いしばって襲い掛かるGに耐えるアカツキ。
そして気絶したナオとナカザトを積んで、連絡船は戦場を走る―――