< 時の流れに >
「く〜、見渡す限り敵だらけだぜ!!
なんだか、3年前にナデシコに乗っていた時を思い出すな!!」
格納庫で待機状態の『ガンガー』の中で、右手の拳を左の掌に打ちつけながら、俺は武者震いをしていた。
平和な時間も良いものだが、やはりこういう場面も漢として燃えるものがある!!
ふと左右を見てみれば、ヒカルの『煌』が俺の右側に、万葉の『風神皇』が俺の左側に位置している。
現在俺達が乗るナデシコBは、コロニー『ホスセリ』を前にして数百の戦艦と睨み合いをしていた。
相手の言い分では、この海域に未確認の艦隊が現れたので警戒中だそうだが・・・
何てことは無い、先程俺達に『歓迎の挨拶』をしてくれた艦隊がそれだったのだ。
ついでに言えば、その警戒中を理由にナデシコが『ホスセリ』に近づく事も断ってきやがった。
・・・艦長が北斗達を先行させたのは、この手の予想もあったからか?
まあ、その説明を敵の提督から聞いて、ウチの艦長が・・・
『それは大変ですね、連合軍の一員として警備のお手伝いをしましょうか?
実は私達も先程、『未確認の艦隊』と戦闘をしたところなんです。
戦った感想なんですけど、数を除けばそれほど脅威じゃないですから♪』
と、ニコニコと笑いながら言い放った時は、その放送を聞いていたナデシコクルー全員が苦笑をしたもんだ。
相手の提督は顔色を青くして、次の瞬間に更に赤くなりながら通信を切っていた。
それと同時に、艦長からクルー全員に戦闘準備をするようにと伝達があった。
―――そして、現在の俺達は膠着状態に陥っていた。
そうそう、ちょっと前まではその警備網の片隅に、対空砲火の火線が見えたのだが・・・
多分、北斗の奴が操る連絡船を迎撃してたのだろう。
何度もその技量の凄さを味わった俺には、あの北斗がそうやすやすと撃墜されるはずがないと確信していた。
そんな事を俺が考えていた時、再び艦長から通信が入った。
『北斗さんから秘匿回線で連絡がありました。
無事にヤガミさんとナカザトさんを、『ホスセリ』に運んでくれたそうです。
私達はこのまま警戒態勢をとりつつ、ヤガミさん達の連絡を待ちます。
・・・で、アカツキさんの居場所は分かった? ルリちゃん、ラピスちゃん?』
『・・・・・・・・・・・・ユリカさん、通信ウィンドウ開いたままです』
『・・・・・・・・・・・・ちなみに見付かってないよ、アカツキさん』
『はぅ!!』
・・・根っこは変わって無いな、この艦長もよ。
しかし、事態は10分後に急変した。
いや、ある意味それは俺達の待ち望んだ事かもしれない。
そして北斗にとっては残念な事かもしれないが、北斗がナデシコに帰還する前に事態は大きく動いた。
『ボース粒子の反応を確認!!
ナデシコに対して、右舷後方に戦艦クラスの物体がジャンプアウトします!!』
『・・・『ホスセリ』の反応はどうなの、ルリちゃん?』
『ジャンプアウトする予想地点に向け、戦隊を再編しています。
・・・この射線だと、ナデシコもターゲットとして含まれていますね。
ただ、戦隊の再編が終る前にジャンプアウトをすると思いますから、この攻撃ではナデシコも例の戦艦も沈みませんけど』
『ナデシコに当たったら、事故扱いにでもするつもりかな?
ディストーション・フィールド最大出力で展開!!
この宙域を抜け次第、エステバリス隊は発進して下さい!!』
『了解!!』
そして、数ヶ月前から俺達の最大の懸念事である・・・『奴』が現れた。
「・・・漆黒の船体かよ、そりゃあ『あの時』と同じだと思ってなかったけどな〜」
ジャンプアウト後、『ホスセリ』からの一斉射撃をナデシコと同じ様にディストーション・フィールドで防ぎ。
反撃のグラビティ・ブラストの一撃で、敵の包囲網の一角を撃破した戦艦は・・・漆黒に染まっていた。
過去、ナデシコで見たアキトの奴の記憶にある『ユーチャリス』とは、正反対の色に染まった戦艦だ。
そして今も、縦横に移動をしながら確実に『ホスセリ』の守備隊の戦力を削っている。
『ヤマダ君・・・』
「まだだ、まだ機動兵器の姿が見えねぇ・・・
動きを見ればアキトの奴かどうか、俺達なら分かるはずだぜ?」
通信を入れてきたヒカルに、俺はそう言って自分を落ち着かせていた。
目の前の戦艦に乗っているのが、あのアキトなのかどうか・・・それが俺達の一番知りたい事なのだ。
だからこそ疼く身体を押さえ込んでまで、漆黒の戦艦と『ホスセリ』の守備隊の戦いを見守っている。
それは艦長も同じ意見らしく、目の前の艦隊が明らかにこちらを狙って攻撃を加えたのに、未だ防御に徹している。
俺達がナデシコを発進した後も、こちらに攻め込んでくる機動兵器の相手だけを命令してきた。
そして大きく戦場が動き、ナデシコ自身が動いた為に、さらに北斗の奴との合流が遅れている。
・・・そしてIFSが輝く右腕が、武者震いに震えていた。
以前、一度だけ理性を失ったアキトと相対した時の事を、身体が思い出したせいだろう。
あの頃と比べて、自分の実力が上がっている自信はある。
相手の意図が分からないが、正体を突き止める事くらいは出来るはずだ!!
『戦えるのか、ガイ?
相手はもしかすると、あのテンカワ アキトかもしれないのだろう?』
万葉の口調に混じる、僅かな畏れの感情を俺は感じた。
ヒカルと違い、アキトの奴の普段の姿に接する機会が少なかったため、万葉にはアキトのイメージは『漆黒の戦神』でしかない。
絶大な力を操り、自分達が束になって戦っても、手も足も出なかった存在。
―――そして『漆黒の戦神』と唯一互角に戦える存在は、未だナデシコに辿り付いていなかった。
「そんな事は戦ってみれば分かるさ。
それに、何も相手がアキトだと決まったわけじゃねえ。
・・・その正体を暴く為にも、俺達はココにいるんだろうが?」
複雑な顔をした万葉の通信に返事をしつつ、俺は下手な攻撃をしてきた機動兵器をあしらっていた。
三郎太の奴やイツキも、俺達と同じ様に機動兵器をあしらいつつ、漆黒の戦艦の動きを観察しているだろう。
そう、はっきり言えば今の俺達には、目の前の『ホスセリ』の守備隊の存在は目に入っていなかったのだ。
「心配するなよ!! 俺達がそう簡単に負けるもんか!!
それに、相手が本当にアキトだと分かったら・・・俺がその場で奴に怒鳴りちらしてやる!!
ついでに無理矢理通信回線を繋いで、艦長達にも会わせてやらねぇとな!!」
『ああ、そうだな!!』
艦長達がアキトの奴と再会する時の事を想像したのか、万葉の顔が緩むのが見えた。
下手にガチガチに緊張されるより、少しは気が抜けた今の状態のほうがマシだろう。
そして―――次の瞬間
『『ホスセリ』の守備隊背後にボース粒子を確認!!
これは機動兵器クラスです!!』
その報告と同時に、守備隊の後方に派手な爆発が確認出来た。
どうやら、前方の漆黒の戦艦と、俺達の事に気をとられ過ぎたみたいだな。
そして一番『奴』に近いのは・・・俺か!!
『ヤマダさん、ヒカルさん、万葉さん・・・頼みます!!』
そしてホシノ ルリの報告を聞いた瞬間、艦長が俺達三人を繋ぎとめていた鎖を解き放った!!
『行くぞ!! ヒカル!! 万葉!!』
その言葉を聞いた瞬間、躊躇いも無く『ガンガー』を最大出力で加速させる。
俺に遅れる事半瞬で、ヒカルと万葉の返事が聞こえた。
『うん!!』
『了解した!!』
―――ナデシコを後方に残し、俺とヒカルと万葉は戦場を駆ける。
今までの人生でも、理不尽だと思う事は何度もあった。
実際、そんな真実を知る度に・・・思い知らされる度に、歯を食いしばって頑張ってきた。
そんな私だけど・・・やはり、驚愕をするような『真実』は後を絶たない。
今、目の前の現実もそんな『真実』の一つだ。
「やぁ、お久しぶりですね、千沙さん」
「・・・本当、お久しぶりね」
あまりに見覚えのある人物が、笑顔で部屋の入り口に現れたのは昼食が終り、二時間ほど経ってからだった。
やはり何時ものように、私と一緒に食事を終えた九重さんは、食器を片付けると軽く頭を下げて部屋を出て行った。
私は日課にしている食後の軽い運動を終えると、シャワーを浴びて髪を乾かしながら本を読んでいた。
現状では、私一人の力では脱出は困難だった。
なら、何時でも動けるように英気を養い、体調を整えておくことが私に出来る事だったから。
しかし、そんな考えも・・・突然開かれたドアと入ってきた人物を見た瞬間、私の脳裏から吹き飛んだ。
特徴的な長い黒髪に、焦げ茶色の瞳が優しく輝いている。
初めて会った時と同じ笑顔で、しかし、再会の場所は何よりも意外であり・・・
「一矢君・・・・・・・・私を助けに来た、わけではなさそうね」
「ええ、残念ながら」
優人部隊の制服を着た一矢君の隣には、その服の裾を握った九重さんの姿があったから。
「さてと、何処から説明したらいいのかな?
う〜ん、面倒だから千沙さんから質問してくれませんか?
俺に応えられる範囲の事なら、全部教えてあげますよ」
まるで気負いが無く、軽い口調でそう話し掛けてくる一矢君に、私は戸惑いを感じた。
どう考えてもその態度は、以前実家で会った時と同じだった。
・・・少なくとも、私を監禁していた犯人の一人の態度とは思えない。
「じゃあ、遠慮なく質問させてもらおうわね・・・
ここは何処?」
それが私が今、一番知りたい事だった。
「コロニー『ホスセリ』」
一矢君の応えは簡潔だった。
そしてやはり、木連から遠く離れた地に・・・私は連れ去られていたみたいね。
「一矢君が本当に所属してる部署は?」
「もう今更聞かなくてもいいと思いますが?
千沙さんって頭が良いみたいだけど。
まあ一応、草壁元閣下の元で働いてますよ」
・・・・・・・これは予想通りの返事だった。
だけど、一番聞きたく無かった答えでもあった。
千里がこの事を知った時、どう思うだろうか?
私は自分の容姿にコンプレックスを持つあの弟が、あれほど親しげに紹介した男の友人を今まで知らないから。
「他に何か質問は有ります?」
嬉しそうに懐いてくる九重さんを構いながら、一矢君がそう聞いてくる。
私は九重さんを構うその優しい眼差しに、どうしても彼がこんな誘拐に荷担した人物とは思えなかった。
少なくとも、私も舞歌様の仕事の手伝いをしている傍らで、人を見る目を養ってきたつもりだ。
その私の目から見て、この一矢君には何と言うか・・・欲を感じない。
―――出世欲、権力欲、金銭欲、性欲
人と力が集まる場所には、様々な欲望が渦巻く。
とくに独身でありながら、木連で最重要人物になった舞歌様に近づこうとする人物は多い。
そんな人達を相手にしてきただけに、私もそれなりの人物鑑定が出来るつもりだったのだけど・・・
何故か私より年下の彼には、逆に透き通るほどの透明感を感じていた。
だからだろうか? 彼に騙されていたというのに、怒りが湧かないのは?
「そうね、これが最後の質問かしら。
・・・私を誘拐して、何を企んでいるのかしら?」
私は自分自身の『価値』を知っている。
だからこそ、自分が攫われた理由がどうしても腑に落ちなかった。
自分で言うのもなんだけど、舞歌様に比べてその『価値』は明らかに下だ。
「それは、誘拐した本人に聞いてみたらどうです?」
一矢君が向けた視線の先には、私の良く知る人物が居た。
この場面で出て来る事など、私には全然予想が出来なかった人物だった。
「元気そうで安心したよ、姉さん」
「・・・・・・・・千里、そんな何故?」
何時もの笑顔でそう話し掛ける千里に、私は逆に脆く崩れ去る現実を感じた。