< 時の流れに >
指定されたブロックに向かって移動する途中、立ち寄った部屋は無数のカプセルで埋まっていた。
そしてそのカプセルに浮かぶ人影は・・・昔資料で見た、ラピス君やルリ君の姿そのものだった。
「・・・助け出す暇は無い、か」
思わず駆け寄った僕は、そんな事を言いながらカプセルを撫でる。
「・・・それ以前に死んでいる。
いや、殺されたと言うべきかな」
そう言いながら、ヤガミ君がディスプレイに表示されている数値を指差す。
直前まで動いていた、対象の身体パラメータを示す値は、つい10分前まで正常に彼等・彼女達が生きていた事を示していた。
そう、彼等・彼女達の時間は既に止まっていた。
彼等の苦悶の表情が、まるで僕の到着を非難しているように思えた。
「A級ジャンパーのクローンによる、ボソンジャンプの人体実験か。
かなり無理な手段を使って、クローン体を成長させていたみたいだな・・・無茶苦茶な薬を使っている。
本当に人間っていう生き物は、ろくな事を考えつかないもんだな」
机に山積みにされていた資料を走り読みをし、吐き捨てるように呟くナカザト君。
その言葉を聞いて、ヤガミ君の肩が一瞬揺れたが、それ以上は特にリアクションを返さなかった。
「ネルガルがA級ジャンパーの保護に走った結果が、コレか。
手に入らない分は、増やせばいい、か・・・何ともやり切れないな」
青い水晶のようなモノ・・・CCを机の上から持ち上げ、ヤガミ君が冷めた声で呟く。
しかし、その内心はどうだろうか?
彼自身が、クリムゾンで作られた人造人間である。
先の大戦でも、自分の兄弟とよべる存在と生き残りを賭けた戦いをしていた。
そして現在でもまた、彼を兄と呼ぶ存在が敵として現れたのだ。
そんな彼と境遇の似ている存在が、この研究室で次々と死んでいる。
水槽に力無く浮かぶ存在に向ける彼の目は、サングラスの奥でどんな色を宿しているのだろうか・・・
そして、この実験こそが、ライザという女性が命を賭して僕達に教えてくれた情報だった。
この大量に作製されたクローンの遺伝子的な欠陥を補う為に、彼女の子供は利用される処だったらしい。
自分の息子を切り刻む為に差し出せと言われて、喜んで従う親はそういないだろう。
少なくともライザという女性は、我が身より息子の身を案じた・・・
「供養をする時間も無くてな・・・悪い。
だが、お前達の事を俺は絶対忘れないぜ、兄弟」
彼等にそう話し掛け、その後で背を向けて先を進むヤガミ君に僕とナカザト君が続く。
ナカザト君はヤガミ君の台詞に怪訝な顔をしていたけど、その雰囲気を察して何も質問はしてこなかった。
そして、次の部屋へと続くドアの手前でヤガミ君は立ち止まる。
「・・・4、5人か。
アカツキ、ナカザト、お前達も戦えるよな?」
懐からブラスターを取り出しながら、背後に続く僕に質問をしてくる。
「僕かい?
自慢じゃないけど白兵戦は素人だよ?」
何となく髪をかきあげるポーズを決めながら、自信満々に返事をした。
「・・・・・・・・・本当に自慢そうに言うな、この極楽トンボ。
ナカザト、お前は?」
「一応、軍のカリキュラムにある白兵戦は、一通りこなしてきた。
序に言えば、この義手にウリバタケ班長が何やらギミックを―――って、どうして二人して逃げ出す?」
ナカザト君の台詞を聞いた瞬間、思わず飛び退る僕とヤガミ君!!
それを見て、怪訝そうな顔をナカザト君はしている。
「おま、お前今、凄い事をサラリと言わなかったか!!」
「無知とは罪だね、本当に」
僕達の台詞に、ただただ首を捻るナカザト君。
そして彼は更に爆弾発言を行なった。
「・・・製造はウリバタケ班長だが、設計はイネス女史、システム担当はラピス君らしいぞ。
しかし、こんな高性能な義手を作れるなんて、凄い人達だな」
白い手袋に包まれた左手を握り締め、その義手の精度の凄さに改めて感心するナカザト君。
「「・・・・・・・・・・・・・・」」
僕達には・・・最早何も言えない。
ただ気の毒な彼の肩を、僕とヤガミ君が軽く叩いただけだ。
「強く生きろよ、生きていれば良い事あるさ」
「そうそう、早く例の彼女と会えるといいね」
「あ、ああ?」
―――ズズズズズズズ!!!
僕達がそんな漫才をしていた時、大きく床が揺れた。
瞬時に顔を引き締めたヤガミ君が、その揺れが収まる前に目の前のドアを開き中に飛び込む!!
それに続くように、僕とナカザト君も部屋の中に飛び込んだ!!
部屋の中の相手にとっても、この揺れが予想外だとヤガミ君は感じたのだろう。
僕には分からないけど、彼なら相手が動揺している事も何となく感じとれるそうだから。
「アカツキ・・・さん?」
「や、お久しぶり」
踏み込んだ部屋で、思わぬ再会を果たした僕は思わず笑顔で千沙君に手を振っていた。
「へ〜、本当にネルガル会長が来たみたいだぞ、千里?」
「煩い!!
もしかしたら影武者か、誰かの変装かもしれないだろうが!!
地球を代表するような企業の会長だぞ、普通メール一通で出てくると思うか?」
長い黒髪に木連の優人部隊の制服を着た少年の言葉に、千里と呼ばれた短い緑色の髪の少女が吼える。
この少女も、優人部隊の制服を着ているのが不思議なんだけど?
しかし・・・可愛い顔して言葉使いが乱暴だね、この娘。
「・・・妹がいたの、千沙君?」
「俺は男だ!!」
「あの・・・一応、私の弟で千里と言います」
何故か申し訳無さそうに、僕に説明をしてくれる千沙君。
彼女は別段拘束をされていないが、今の状況は一体どうなってるのだろうか?
まあ、それはそれとして。
「じゃ、僕の義理の弟になるわけだ」
両手を打ち合わせながら、僕が思わずそう言うと・・・
「―――殺す!!」
次の瞬間―――本当に一瞬にして、千里君は僕の目の前に居た。
そして、右手に持ったナイフで僕の首を掻き切ろうとする!!
ガシッ!!
「おいおい、本気で驚いたぜ・・・移動する時の動きが、全然見えないとはね」
差し出した右手で千里君の右腕を掴みながら、ヤガミ君がそう言う。
見えなかったと言う割には、その攻撃を止める君も凄いと思うけど?
・・・まあ、お陰で僕も一命を取り留めたみたいだ。
直ぐ目の前にある、鈍く光る刃を前にして、僕は冷たい汗を背中に感じていた。
「千里は・・・瞬間移動が出来るんです。
私を行政府から攫ったのも、千里の仕業らしいですから」
千沙君の台詞に驚き、僕が視線を向けた瞬間。
ヤガミ君が掴んでいた右腕が消え、千里君は元の位置に立っていた。
ただヤガミ君に掴まれた右腕が痺れるのか、忌々しそうに掴まれた個所を撫でている。
「・・・モモセ君
久しぶり、かな?」
「・・・本当に馬鹿ですか、貴方は」
その一方で例の女性と、ナカザト君が見詰め合ってる最中だ。
何だか僕達の事は眼中に無いって感じだな、これは。
「モモセ君が居て、各務君が居て・・・尚且つ殺気満々の弟君が居る、と。
とにかく、簡単に説明くらいしてくれても、良いんじゃないのか?
・・・どうやら、お前がリーダー格みたいだな?」
「そうですね、時間は余り無いんですけど良いですよ、ヤガミ ナオさん」
あのヤガミ君に正面からブラスターを向けられたまま、長い黒髪の少年は笑ってそう言った。
「ルリちゃん、ラピスちゃん、大丈夫?」
「ユリカさん・・・正直言うと、形勢は不利です」
「徐々に押されてるよ、悔しいけれどっ!!」
ルリさんとラピスのその言葉に、ナデシコBの全ての制御を任されていた僕は驚く!!
あの二人が全力でハッキングを仕掛けているのに、相手はその上を行くという。
それは僕には余りに信じ難い事件だった。
「これ・・・言い訳ですけど。
個人の実力では、私やラピスの方が上です。
しかし、お互いの弱点をカバーしたコンビネーションで、私達はあの二人に及びません。
単純に1+1=2ではなく、3にも4にもなっているんです」
「ちょっと後悔しちゃうな、もっとルリと練習しておけば良かったよ」
全力で二人が電子戦を行なってる証拠に、その身体にはナノマシンの輝きが宿っていた。
僕はその戦いを気にしつつも、ナデシコBの制御に全力を注ぐ。
・・・残念だけど、あの二人に実力が及ばない僕では、この戦いに口を出す事は出来ない。
なら、今僕に出来る事は二人がその戦いに集中出来るように、ナデシコBを守る事だけだ!!
「・・・やっぱり、犠牲を最小限で抑えるのは無理なんだね。
イネスさんもさっきのジャンプの影響で、直ぐにジャンプ出来ないし。
私だとジャンプ自体の負荷は軽いけど、イネスさんほど精度は出せない。
覚悟を決めるしかない、か」
普段からは想像も出来ないような鋭い眼差しで、スクリーンに映る『ホスセリ』の守備艦隊を睨むユリカさん。
幾らナデシコBが強いとはいえ、そこにはやはり限界がある。
例の漆黒の戦艦との共同作戦みたいな形になっているけれど、相手の数が圧倒的に多い事は確かだった。
「ジュン君、あの漆黒の戦艦から返信はあった?」
「いや、見事にこちらからの呼び掛けは無視されてるよ。
無人兵器に周囲を守らせて、ひたすら黙々と守備隊を減らしている。
・・・まるで、『あの時』の再現みたいで見ていて歯痒いね」
戦況を記したウィンドウを見ながら、アオイさんがそんな報告をする。
それを聞いて、ユリカさんは少しだけ考え込んだ。
そして、直ぐに難しい顔をしながら自分の考えを話してくれた。
「もしかすると、あの戦艦の人は私達が来る事を知ってて利用したのかな?
ルリちゃんとラピスちゃんと互角以上に戦える、電子戦のエキスパートが敵に存在する事を知っていたら。
・・・私でも、この機会を待つしか方法は思い付かないよ」
「それだと、逆に言えばあの漆黒の戦艦には、マシンチャイルドは居ないと考えられるな」
じゃあ通信を頑なに拒むのも、僕達の力を知っているからかな?
もしそうだとしたら、あの漆黒の戦艦のクルーは・・・僕達の存在について深く理解をしている事になる。
つまり、『あの人』が関係者である可能性が高い!!
「じゃあ、僕があの漆黒の戦艦にハッキングをします!!」
「駄目だよハーリー君。
今ナデシコBを操れるのは、ハーリー君だけなんだよ?
多分、相手はその事も考慮に入れてる。
・・・私達は、まず生き残る事を考えないとね」
自分の方が僕より余程、相手の正体を知りたいのに・・・ユリカさんはそう言って僕の行動を止めた。
チラリと盗み見したルリさん達の表情も、悔しそうに歪んでいた。
「ヤマダ機が目標の機動兵器と接触します!!」
マイペースに自分の仕事をしていた通信士の人が、そう叫んだ瞬間
ブリッジの視線は全て一つのスクリーンに集中した。
勿論、この僕の視線も。