< 時の流れに >

 

 

 

 

 

 

 

『よっしゃ!! 追いついたぜ!!』

 

 凄いスピードで流れる背景の中、ヤマダさんの操る『ガンガー』のカメラが、先行する漆黒の機体の姿を捕らえた。

 ブリッジの皆は、それぞれの仕事に追われながらもその映像から目を離せないでいる。

 ・・・それは、この俺も同じだった。

 

 追いつかれた時は散発的にヤマダ機を攻撃していた先行機も、今では逃げに徹している。

 

「さすがです、ヤマダさん!!

 そのままお縄にしちゃって下さい!!」

 

『へっ、簡単に言ってくれるぜ・・・

 あの野郎、俺と同じか、少し上の腕前なんだぜ?

 ま、こういう展開こそ、望むところなんだがな!!』

 

 ユリカが快哉をあげつつ、素早くナデシコBの現状に目を走らせている。

 ホシノ ルリやラピス・ラズリは自分達だけの戦いに精一杯らしく、その全身を輝かしているナノマシンの輝きが衰える様子は無い。

 マキビ君もユリカや他のクルーの要望に応える為に、必死にオペレートをしている。

 俺も全体の戦況に目を走らせつつ、エステバリス隊に命令をしているのだが。

 

『ちっ!! あのスピードでこのコロニー内を飛ぶとは、良い度胸をしてやがるぜ!!』

 

 ついつい目が行ってしまうヤマダ機のカメラには、例の漆黒の機体が捉えられたままだ。

 所々に突き出ている構造物を、アクロバティックな動きで回避する先行機。

 その軌道をなぞるかのように、ヤマダ機も同じ軌道を描く。

 

 しかし・・・一体この機体の目的は何なのだろうか?

 ヤマダは手合わせの結果・・・あの機体の操縦者はテンカワではない、と言い切った。

 彼がそこまで言うからには、その通りだと思うが。

 

「ヤマダさん!!

 そのまま直進コースで追うと、先行機は間に合いますけど、ヤマダさんは隔壁が先に降りてきます!!

 衝突しちゃいますよ!!」

 

 隙を見て『ホスセリ』の内部マップを呼び出していたマキビ君が、行き止まりに向けて疾走するヤマダにそう忠告をする。

 コロニー内の非常時に閉ざされる隔壁が、先行機はともかく、どうみてもヤマダ機には通過が無理だと思われた。

 

 ―――目の前で閉ざされるコロニー内の隔壁に向けて、ヤマダは吼えた。

 

『へっ!! ・・・道が無ければなぁ、自分の手で造るまでよ!!

 おりゃぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁ!!!!!!』

 

 

 

         ドガァァァァァァァァァァァァァ!!!

 

 

 

 機体の加速度と、右拳に収束したディストーション・フィールドで隔壁をぶち抜くヤマダ機。

 そして、その隔壁の向うには・・・・漆黒の機体と、忘れもしない光景が広がっていた。

 

 そう、金色に輝くその箱は―――

 

 

 

 

 

 

 

 

「・・・・・・・・まさか、何故ここに・・・・・『遺跡』が?」

 

 ユリカの呆然とした声が、事情を知るクルー全員の言葉だった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

『・・・おい!!

 テメー、ここが目的地だったって事は、何か知ってるんだろう!!』

 

 ヤマダが漆黒の機体にそう怒鳴り散らすが、相手からの返事は無い。

 ただ宙に浮いたまま、『遺跡』だけを正面から見ている。

 

 余りに反応が無い事に痺れを切らしたヤマダが、再び口を開こうとした瞬間―――

 

『ヤマダ君!! 後!!』

 

『ガイ!!』

 

 追い掛けて来たヒカル君と万葉君の言葉に反応し、右に向かって跳ぶヤマダ機。

 そしてヤマダ機が先程居た位置を、数本の錫杖が貫く!!

 

             ドカカカカカ!!!

 

『ちぃ!! 一体何処からの攻撃だ!!』

 

 その攻撃を辛うじて避けたヤマダに向かって、なおも錫杖は襲い掛かり、ついに機体の左肩を床に縫い付けられた!!

 

                 シャリィィィンン・・・

 

『ま、まさかこの音は!!』

 

 『遺跡』を前にして響くその音に、最初に反応をしたのは万葉君だった。

 慌てて周囲を見回すが、その音を掻き鳴らしている音源は特定出来ない・・・

 

                           シャリィィィンン・・・

 

『おいおい、マジかよ・・・』

 

『嘘・・・』 

 

 二度目の響きと共に、暗褐色の機体が六体の灰色の機体を左右に従え、ゆっくりと『遺跡』の登頂から降りてくる。

 その姿を確認したヤマダとヒカル君の言えた台詞は、それだけだった。

 

 

 

『我の復活の宴には物足りぬが・・・歓迎しよう、『贄』どもよ』

 

 底冷えのするその声は、間違い無くあの男・・・北辰のものだった。

 それと同時に、大きなウィンドウが『遺跡』のある空間に現れる。

 

 そのウィンドウの映る人物もまた・・・俺達に縁深い存在だった。

 

 

 

『そして!!

 全ては新たなる秩序の為に!!

 諸君!! 時は来た!!

 偽りの和平を今こそ覆すのだ!!』

 

 

 

「北辰・・・それに、草壁か!!」

 

          ギリリリィ!!

 

 自分の歯軋りの音を聞きながら、俺は草壁と夜天光を睨みつけていた。

 あの時の『記憶』とは場所も時間も違う。

 

 ・・・だが確実に、歴史は同じ流れを辿っていた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「さてと、モモセさんと彼氏の事は暫くほおっておくとして。

 千里、もうそろそろ千沙さんを自由にするぞ?」

 

 一矢君がそう宣言すると同時に、私の身体の自由を奪っていた『力』が消滅する。

 少々無理な体勢をとっていたため、痺れが残る手首を振りながら、私は視線を千里に向けた。

 

「・・・約束だったからな、姉さんをここで解放するよ。

 だけど覚えておいてくれよ、あの連中は姉さんをまた見捨てたんだ」

 

「仕方が無い事よ・・・連れ去られたのが私じゃなくても、舞歌様は同じ判断をしたわ」

 

 千里に背向けて、少しふらつきながらアカツキさんに向かって歩く。

 本当に心配そうに私を見ているアカツキさんを見て、何だか笑ってしまった。

 私のその笑顔をみて無事を知ったのか、アカツキさんも嬉しそうに笑ってくれた。

 

「約束って、何を約束してたんだい?」

 

 私の手を取りながら、そう尋ねてくるアカツキさん。

 その質問に、私は苦笑をしながら応えた。

 

「白鳥さんと、アカツキさん・・・二人に送ったメールの事ですよ。

 家庭を持った人と、大企業を背負った人。

 木連から見捨てられた私を、千里が送ったメールだけを信じて助けにくれば・・・

 私を解放すると、千里と賭けをしてたんです」

 

 今考えても、馬鹿な賭けだと思う。

 私みたいな代わりのきく女の為に、幸せな家庭を持つ男性と、大企業に君臨する男性がどうして助けにくるだろうか?

 しかも、一通のメールだけが手掛かりと言うあやふやさで。

 もしかしたら私自身、誰も信じてなかったかもしれない。

 

 ・・・少なくとも、アカツキさんが隣の部屋から現れた時、私は自分の目を疑った。

 

「それは酷いな〜、僕は何時も千沙君が呼べば飛んで行くって言ってただろ?」

 

「・・・そうですね、忘れてました」

 

 何時ものおどけた態度で、私の事を責める。

 それが彼なりの励ましの言葉だと、私には嫌というほど分かった。 

 今は彼のそんな軽口が・・・凄く嬉しかった。

 

 

 

 

 

 

「おやおや、僕はラブコメをするように命令した訳じゃないんだけど?」

 

「・・・俺が聞いたのは『時間稼ぎ』でしたよ。

 だからこうして、ヤガミさん達を引き止めているんじゃないですか」

 

 余りに聞き慣れた・・・そして出来れば再会したくなかった男の声に、私達は振り向きました。

 そこには、後に百華を従えて歩く白衣の男

 私が知る限り、最低最悪の科学者 山崎の姿があった。

 

「貴様か!! 百華ちゃんをそんな風にしたのは!!」

 

 虚ろな視線のままの百華を見て、一矢君に向けていたブラスターを山崎に向けるヤガミさん。

 しかし、一瞬早く―――百華がその背に山崎を庇う形で立ち塞がりました。

 

「ちっ!! ・・・退けと言って、素直に聞いてくれる状態じゃないか」

 

「・・・」

 

 ヤガミさんの憎々しげな台詞に対する百華の応えは、ただの沈黙だった。

 優華部隊で一緒に戦っていた頃の、あの明るい笑顔を知るだけに、今の百華の無表情は私には数倍恐かった。

 

「そうそう一矢君、北辰さんが目を覚ましたみたいだから、そろそろ例の計画が始まるよ。

 ハル君とラビス君は、一足先に脱出の準備をさせてるし。

 僕も木連に帰って、色々と準備をしないといけないから、送ってってよ」

 

「分かりましたよ、ドクター」

 

 山崎を恐れているのか、自分の後ろに隠れたままの九重さんの背を軽く叩いて、承諾する一矢君。

 話し声で位置が分かるのか、私に向かって目礼をして立ち去る九重さんに、私も頭を小さく下げた。

 ・・・彼女には見えていないと分かっているけど、一ヶ月の間友人だった彼女に対する感謝の気持ちだった。

 

「モモセさん、先に行きますよ?」

 

 ヤガミさんが百華と睨み合ってる中、一矢君は隣の部屋に向かってそう叫ぶ。

 

「分かってる・・・別のルートで合流するわ」

 

「・・・だってさ?」

 

「うん、姉さんは大丈夫

 ちょっと、今は顔を見られたくないんだって」

 

 隣を歩く九重さんとそんな会話をしながら、山崎を先頭にして別の部屋へと向かう。

 アカツキさんは追おうとしたけれど、これは逆にヤガミさんによって止められた。

 

「動くな、アカツキ

 お前も気付いてるだろう、あの一矢の異様さに?

 ・・・あいつ、もしかしたら実力でも俺達を、十分足止めできる男かもしれない。

 それにどんな能力を持っているのかも不明なんだ、今回は各務君を救出できただけで満足しろ」

 

 視線はあくまで百華に向けたまま・・・しかし隙は見せずに、アカツキさんをそう諭す。

 

「・・・確かに欲をかきすぎるのは、自滅への道だしね。

 ただ、あの山崎だけはどうしても始末をしたかった」

 

「それは俺も同じ意見だ」

 

 アカツキさんの一瞬覗かせた本音に、言葉短く同意するヤガミさんだった。

 そして最後までその場に残っていた千里が、溜息を吐きながら私に話し掛ける。

 

「姉さん、俺も行くけど・・・何時でも呼んでくれれば、迎えに行くから。

 それとネルガル会長、姉さんに変な真似するなよ」

 

「千里・・・」

 

 千里は・・・弟は弟で、自分の道を決めたのだ。

 木連に対する地球の非道を、この弟は再会した時に怒りを隠さずに糾弾した。

 そして、草壁閣下の元でこそ真の和平は成ると信じている。

 ・・・本当にそれが正しい『正義』なんて誰にも分からない。

 でも、私に一緒に行こうという千里の誘いを、私は断った。

 

 千里には千里の考えがあるように、私には私の信じた『人達』が居たから。

 

「一矢君・・・こんな事を君に頼むのは変だけど。

 千里の事を宜しくね」

 

「大丈夫ですよ、癇癪持ちでおっちょこちょいな奴ですけど。

 俺はこいつの親友のつもりですから〜」

 

「だぁ〜〜〜!! 黙って歩け、この野郎!!」

 

 背中越しに手を振る一矢君の背中を押しながら、千里もその姿を消した。

 そして残されたのは、私達と百華のみ・・・

 

 

 

 

 

「ま、悪い奴ではなさそうだが・・・やり難いな、正直に言うと」

 

 手で下がれと合図するヤガミさんに従い、私達はその場から下がります。

 既に百華から感じ取れる無機質な殺気が、この部屋中に充満していました。

 

「・・・隣に部屋にはナカザトの気配しかない。

 どうやらモモセ君の説得は無理だったらしいな。

 アカツキは各務君を連れて、先に逃げ―――」

 

 その時でした、あの演説が始ったのは・・・

 

 

 

『そして!!

 全ては新たなる秩序の為に!!

 諸君!! 時は来た!!

 偽りの和平を今こそ覆すのだ!!』

 

 

「これは・・・草壁、なのか?

 くそっ!! これじゃあ『過去』とまるで同じじゃないか!!」

 

 一瞬、その演説を聞いて呆然とした後、烈火の如く怒り出すアカツキさん。

 そのアカツキさんの叫びを合図に、百華がヤガミさんに襲い掛かり・・・

 

「くそっ!!

 止めるだけで手一杯だな、こりゃ!!

 先に各務君を連れて逃げろアカツキ!!」

 

「・・・分かった!!」

 

 百華の攻撃を捌きながら、ヤガミさんが吼えます。

 それを聞いたアカツキさんに手を引かれて、私は隣の部屋へと走り出しました。

 

 

 

 

 

 

 あれだけの犠牲と、悲しみを礎に成されたはずの和平。

 それが確実に崩壊していく音を、私は聞いています。

 

 やはり和平とは・・・夢物語でしかないのでしょうか?

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

その9に続く

 

 

 

 

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