< 時の流れに >
ドゴッ!!
「く〜、女性の一撃とは思えない威力だな、こりゃ・・・」
目の前のターゲットが、緊張感の無い声でそう呟きながら私の一撃を防ぐ。
右手に握っていたナイフによる一撃は、男の持つブラスターの銃身によって防がれたのだ。
今までのターゲットは、この最初の一撃で殺す事が出来た。
しかし、この男には今までと同じ攻撃が通用しない。
・・・いや、確か少し前にこの男と私は戦っている。
その時も、結局私はこの男を殺せなかった。
「・・・暗い目だな、百華ちゃんには似合わないぜ」
「・・・」
何故か反撃をせずに、私に話し掛けてくる男に連続で技を繰り出す。
白刃が無数の白い光となって急所に襲いかかるが、男は紙一重で全てを避けるか防ぐ。
ドクター山崎の説明によると、私の身体機能は薬により常人の数十倍に高められているそうだ。
ならば、その私の攻撃を防ぎきるこの男も、同じように薬による身体機能の強化をしているのだろうか?
いや、私には関係の無い事だったな。
私はただ命じられたままに、目の前の男を殺し・・・排除するのみ。
何時もと同じ事を繰り返せばいいのだ。
「昔、ナデシコでした追いかけっこより、よほどスリリングだな。
・・・そう思わないか、百華ちゃん?」
なのに・・・何故、この男の戯言が耳に残るのだろうか?
戦いは、既に5分に及んでいた。
ドクター山崎に言われていた、私の身体への過負荷はピークに達しつつある。
このまま戦闘状態を維持し続ければ、遠からず動けなくなるだろう。
しかし、ターゲットに死を与えていない以上、私は止まる訳にはいかない。
―――――バツン!!
無理な体勢から繰り出した攻撃により、右腕の筋肉が負荷に耐え切れず血を噴出す。
一瞬にして、自分の右腕から力が抜けていく。
だが、私の右腕に気をとられたせいか、男の脇腹にナイフの一撃を加える事に成功した。
このままの調子でいけば、私が機能不全に陥る前に男を殺せる。
何故かこの男が、私の怪我に気をとられて鉄壁の防御を崩したからだ。
・・・何故だろうか?
意味の無い男の行動に、何故か私の思考までが狂う。
頭の中でその疑問を抱えつつ、男の脇腹に刺したナイフを捻り、相手に致命傷を与えようとする。
しかし、男は私の行動を読んでいたのか、自ら後方に飛んでナイフを抜く。
だが、傷は浅くない・・・男はその場で刺された腹を押えて片膝をつく。
その隙に私は自由に動かない右腕を諦め、左手にナイフを持ち直した。
この左腕も、もって2度の攻撃で潰れるだろう。
そうなると残された攻撃手段は、両足と口しかない。
「・・・とにかく、止めないと話にならんか」
懲りずに呟く男の喉にナイフを走らせる。
首を切り裂いたと思った瞬間―――男の姿が消えた。
血の跡は左に動いている。
バッ!!
反射的に右前方に飛び出す。
首筋にひんやりとした空気を感じた。
男の攻撃は避けれたが、無理な移動をしたせいで、右足の反応がおかしい。
そのまま床を回転して逃げながら、背後から迫る男に背中越しにナイフを投げ付ける。
男が半身になってナイフを避けたのを、肩越しに見る。
その一瞬の停滞を利用して、全身のバネを総動員して天井に跳ぶ。
残された攻撃手段は、男の喉元を噛み切るか、何とか動く左手左足を使ったサブミッションだ。
ならば捕まえてしまえば、私の任務は終了できる。
ダン!!
右足が完全に破壊される音を聞きながら、天井を強く蹴り付ける。
男がナイフを避けてから、ここまで一秒にも満たない・・・これで任務を終らせる。
「・・・無茶しすぎだ。
優華部隊の皆が待ってるぞ、百華ちゃん」
私と同じ様に天井に跳んでいた男の手刀が、首筋に当たるのを感じた。
―――そして、私の意識は暗転した。
『『贄』だと・・・・ふざけるな、この野郎!!
大体テメーは両目が潰れたはずじゃねぇのか!!』
床に縫い付けられた左腕を切り離し、ヤマダ君が吼える。
そのヤマダ君の言葉を聞いても、北辰は何も言い返さない。
『けっ!! お前が何を考えてるか知らねぇけどな。
そう簡単に俺達が倒せると思うなよ!!
―――フルバースト!!』
ゴウゥゥゥゥゥゥゥゥゥゥゥゥゥゥゥ!!!!
懐かしいとすら思える光翼を作り出し、ヤマダ君が北辰の操る夜天光に漆黒の拳を振り上げる!!
私と万葉ちゃんもサポートをする為に、六連に向けてライフルを向ける!!
『―――非力なり』
ガシィィィィィィィ!!
『なっ!!!!』
ヤマダ君の驚愕の声と、その光景を見た私の動きが止まる。
それは北辰が錫杖の一撃で、ブラックホールに包まれた『ガンガー』の右腕を破壊した場面だった。
一撃の威力で言えば、間違い無く私達の中で最強の攻撃力を誇るヤマダ君の攻撃を・・・
『この程度の力で我に歯向かうとは・・・愚か者が』
『・・・・くっそったれが!!』
ディストーション・フィールドを纏い、体当たりをする『ガンガー』を今度も錫杖で打ち据える夜天光!!
圧倒的な攻撃の前に、ヤマダ君の『ガンガー』は防戦一方だった!!
『呆けてる暇は無いぞ・・・自分達もピンチだという事を自覚しろ!!』
私にそう叱咤をして、襲い掛かる六連と戦闘を始めた漆黒の機体。
先程までは事の成り行きを静観していたけど、どうやら六連にターゲットにされた為に、そうも言ってられなくなったみたい。
そして、その聞き覚えの無い男性の声に・・・私は改めて、この漆黒の機体の主がアキト君で無い事を思い知った。
『万葉ちゃん!!
ここは私が食い止めるから、ヤマダ君の事をお願い―――キャァァァァァl!!』
ドガガガッガガガガガガ!!
万葉ちゃんにヤマダ君の事を頼もうとした瞬間、凄い衝撃が『煌』を襲う!!
六連達から目を離した覚えはないのに、奴等の一撃によって左足を破壊された!!
『無理だ、ヒカル!!
こいつ等、以前の六連じゃない!!』
私の居るアサルトピットを狙って繰り出された攻撃を、万葉ちゃんが風神皇で機体ごと救ってくれる。
目の前では、2機の六連の攻撃を必死に避けている漆黒の機体が見えた。
そして私達の目の前には、2機の六連
加勢する必要は無いと判断しているのか・・・残りの2機は同じ位置に居る。
「おかしいよ・・・なんなのこの強さ・・・」
『泣き言を言いたくなる気持ちは分かるが、現状は変わらないぞ』
それぞれの武器を構えながら、私と万葉ちゃんは目の前の六連を睨みつけた。
外見に変わった処は無い、だけど確実に相手はパワーアップをしていた。
そして、六連越しに見えるヤマダ君は、夜天光相手に防戦一方だった。
・・・遊ばれている、あのヤマダ君が。
その時私は、久しく感じた事が無かった冷汗を背筋に感じていた。
正面にいる六連の動きに集中している私に、ヤマダ君の『ガンガー』が破壊されていく音だけが聞える。
飛び出したい気持ちを必死に押さえ込み、六連の隙を見つけようと必死に目を凝らす。
『クハハハハハハハ・・・文字通り手も足も無くなったな。
さて、先程の大言壮言を悔やみつつ―――滅せよ』
『貴様がな!!』
ドゴォォォォォォォォォォ!!!!
北辰の言葉に反応したかのように、コロニーを一筋の光の槍が貫く!!
そして光が貫いた後の穴から、次の瞬間、純白の機体に漆黒の鎧を纏ったエステバリスが突入してきた!!
『まさか懲りずに戦場に出てくるとはな!!
今度は本当に息の根を止めてやる!!』
そう叫びつつ、真紅の刃の宿ったDFSで夜天光を斬りつけるエステバリス!!
その声は間違い無く、北斗さんのものだった!!
ガギィィィィィィ!!
『ほう、ここに来ていたのか、北斗よ』
『まあな!!』
DFSを錫杖で受け止められた事に少々驚きながらも、次の瞬間には闘争心を剥き出して叫ぶ。
北斗さんの登場を見て、残りの六連も動こうとした瞬間、狙い済ました射撃が襲い掛かる。
『遅れてすまない!!
ルリちゃん達がコロニーの制圧に成功したが、コロニーの自爆自体は防げないそうだ!!
早く脱出をするぞ!!』
青い機体・・・タカスギさんのエステバリスが、そう言いながらヤマダ君のエステの隣に着陸する。
流石のヤマダ君も先程の北辰の猛攻で気を失っているのか、何も返事を返してこない。
・・・それが凄く心配だった。
『おぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁ!!!!』
ギャン!!
ドドン!!
『ふははははははは!!
どうした北斗よ、お前の腕前はそんなモノだったのか?』
凄まじいスピードで火花を散らす、北斗さんと北辰の戦い。
余人が介入できない戦いは、周囲に多大な被害を与えながら続いていた。
その二人の戦いは・・・あの3年前のアキト君と北斗さんの戦いを見ているような激しさだった。
『待てタカスギ大尉。
このまま北辰達と『遺跡』を残したままでは・・・』
万葉ちゃんがそう言って、六連達に向かおうとした時。
『・・・木連で、草壁元中将によるクーデターが発生した。
同時に、現存するターミナルコロニーを全て押えられてしまった。
ここまで言えば、もう分かるだろう?
『火星の後継者』が、俺が知る過去よりさらに大きな規模で立ち上がったんだ!!
そして、木連では舞歌様が囚われの身となった以上。
―――今回は俺達の完敗だ』
『・・・な』
まさに二の句が告げない状態だった。
私達がこの『ホスセリ』に拘っている間に、世界は大きくその勢力図を塗り替えられてしまった。
あれほどルリルリ達が警戒していた『火星の後継者』が、こうして牙を剥き出しにするなんて・・・
未来を知るが故に、私達は油断をしていたのかも知れない。
『とにかく、コロニーの自爆に巻き込まれる訳にはいかない!!
ジャンプを完全に操れるA級ジャンパーを擁する俺達は、この先の戦いに絶対に必要になる!!
『遺跡』自体は・・・今は諦めるんだ!!』
血の叫びとも思えるタカスギさんの言葉に、私達は従うしかしなかった。
『遺跡』の存在は大切だけど、所詮ボソンジャンプの演算ユニットでしかない。
ジャンプが可能な艦長やイネスさんが居れば、どうしても必要とはいえない。
・・・でも私達には、その『遺跡』と共に有るはずの男性が必要なのだ。
全員の心を知るだけに、タカスギさんは『遺跡』を諦めろと言った。
―――艦長達はきっと、この余りに近くて遠い距離を、歯噛みをして見ているだろう。
そして私は唇を噛み締めながら、万葉ちゃんと一緒にコロニーの外へと続く穴に向かった。
ふと仰ぎ見ると、あの漆黒の機体はその姿を消していた・・・