< 時の流れに >
・・・ドフゥ!!
「くそっ!!
出力がどんどん低下していきやがる!!」
嫌な音を立てて急激に落ちていくパワーに、俺は苛立ちを隠せなかった。
北辰の奴と戦いだして、約10分
・・・信じられない事だが、奴は確実に強くなっていた。
あの3年前の戦いよりも、更に。
奴の左腕を斬り飛ばした代償に、俺は相転移エンジンに致命的な一撃をもらっていた。
現在、この予備のエステバリスには、アキトの奴の置き土産・・・『ガイア』が装備されていた。
これに搭載されている小型相転移エンジンにより、出力の問題は解決したのだが。
・・・いかせん、機体の性能差はどうしようも無い。
北辰の実力アップに伴い、そのまま機体の性能差が戦いに大きく関わってしまった。
次々とエマジェンシーを表示するウィンドウに顔を顰めつつ、俺は次の手を必死に模索した。
その時―――ある意味、聞き慣れた男の声が俺と北辰の通信に割り込んできた。
『北辰さ〜ん、木連に帰りますよ〜』
『山崎か・・・ふん、丁度良いタイミングだな。
我もそろそろこの場を去ろうと思っていたところよ。
十分に寝起きの運動はしたからな』
その言葉を聞き、俺は歯軋りをする。
『寝起きの・・・運動だと!!』
腸が煮え繰り返る思いだが、それが現実だった。
六連達が先程の戦いに参戦していれば、確実に俺は・・・負けていただろう。
それを北辰がしなかったのは、自分一人でも俺に負けない自信があったからだ。
そして、現に奴は俺との戦いに―――勝ったと言ってもいい。
俺の機体がダリアじゃなかったとか、そんな事は言い訳にもならない。
今、この場で、この機体で、この敵を相手に勝てない時点で、全ては終ったのだ。
・・・戦いの場に、二度目は無い。
そもそもこの作戦は、イツキという奴にコロニーを貫通する攻撃を敢行させ、俺が奇襲をする。
それがナデシコの艦長が立てた作戦だった。
実際、ホシノ ルリによってハッキングが成功した時点で、味方機の位置は全て判明していた。
イツキがフルバーストを使用した見事な射撃で、コロニーの隔壁をぶち抜く事にも成功した。
ただ・・・北辰達の異常なまでの戦闘力を、誰も予想出来なかっただけだ。
そう、この俺もその一人だ。
―――今度は何をしやがった、この外道
とうとう動かなくなった機体を罵りつつ、俺は目の前に浮かんでいる夜天光を睨んでいた。
機動戦では負けたが、まだ諦めるつもりはない。
また、目の前の男が大人しく引き下がるはずが無いと、俺は予想していた。
『しかし、やはりまだ身体の違和感が消えぬ・・・
まあ良いわ、最早こやつも我が敵にはならず』
ギリィィ!!
握り締めた掌から血が滴る。
心の底から湧きあがる殺意が、自然と俺の身体に朱金の輝きを宿していく。
超えたと思っていた、何時でも殺せると思っていた。
―――だが、その結果はどうだ?
この男は・・・必ず俺が殺す!!
俺を嬲るだけ嬲り、高笑いを残して消える北辰と六連・・・そして『遺跡』
俺は久方ぶりの敗北の味を、暗くなったアサルトピットの中で嫌というほど味わっていた。
『北斗殿・・・機体を運びますよ?』
「・・・ああ、頼む」
ヤマダという男が操っていたエステバリスを万葉に任せ。
俺の機体を掴み、コロニーから脱出するタカスギ。
あの例の漆黒の機体は、既にこの場には居なかった。
・・・まあ、単独で跳躍が可能な機体だ、逃げようと思えば何時でも逃げられるか。
しかし、今回の戦い・・・完全に俺達の負けだな。
シートに身を沈めながら、俺は舞歌と海神の爺さんの事を、今更ながら気にしていた。
そして、奴も―――北辰も木連に居る。
次に俺が向かうべき場所、戦場は決まっていた。
揺れが激しい廊下を急ぐ。
切り裂かれた腹部の応急処置も、簡単に救急セットの血止めを貼り付けただけだ。
先程のルリちゃんからの連絡を聞く限り、状況は最悪と言っていい。
万全では無いと言え、北斗が破れ。
北辰の復活に、草壁の一斉蜂起だ。
「う、ん・・・」
「気が付いたか、百華ちゃん?」
どんな攻撃でも対処できるように身構えながら、気が付いた百華ちゃんにそう尋ねる。
「あれ・・・ナオ様?」
虚ろな瞳に、今は人の意思が宿っていた。
イネスさんに頼んで作って貰った解毒剤が、どうやら効いたみたいだな。
「・・・・・・・・・・・何だか夢みたいですね、ナオ様に背負ってもらえるなんて」
「気にするな、今日だけは特別だ」
崩れ落ちている床を飛び越え、次々と崩落してくる破片を避ける。
先に逃がしたアカツキ達は、既に脱出ポッドでコロニーを出ているだろう。
後は俺達が逃げ出せば・・・最低限の目的は果たせる。
「皆、元気ですか?」
「ああ、優華部隊の皆が心配してたぞ。
三姫ちゃんなんか、タカスギと結婚して娘までいるんだからな」
「そうですかぁ、きっと可愛い赤ちゃんなんだろうな〜
あ、そう言えば・・・零夜ちゃんと一緒に、買い物に行く約束もしてたんですよ。
平和になったら、今まで出来なかった事をしようって。
・・・でも、何だか、凄く昔の約束に思えます。
あははは、私だけ、浦島太郎なんですよね」
唯一動く左腕で俺の身体にしがみ付き、必死に何かを堪えている彼女だった。
俺は掛ける言葉もなく、ただ先を急ぐ。
「・・・私の『居場所』なんて有るんでしょうか。
無意識とはいっても、スパイ行為に暗殺に。
私の存在って、無意味なモノですよね」
「意味なんてこれから作ればいい!!
生きていれば何かが変わるんだ!!
俺もアキトと出会って人生が変わった!!
ナデシコのクルーも、木連の人間もそうだろうが!!」
ドゴォォォォ!!!
目の前に立ち塞がる、大きなコンクリートの塊を蹴り飛ばす!!
アキトと北斗に教えられた体術により、俺も瞬間的に身体能力を100%引き出す事が出来る。
先程の百華ちゃんとの戦いでも、要所要所で俺は自分のポテンシャルを引き出していたのだ。
「・・・じゃあ、私の側で一緒に『居場所』を探してくれます?」
「・・・悪いな、俺の背中はミリアだけで手一杯でさ。
でも、出来る限りの手伝いはしてやるよ」
「そう言うと、思ってましたよぉ
あ〜あ、やっぱり振られちゃったなぁ・・・」
クスクスと笑っていた百華ちゃんは、次の瞬間には意識を失った。
―――今までのダメージは身体の奥深くに残っている、早く手当てをしなければ!!
そして最寄の脱出ポッドに俺達は辿り付いた。
幾つかある脱出ポッドのうち、一つだけが残されている。
どうやら、アカツキ達は無事に逃げ出したみたいだな。
最後の一つとなった脱出ポッドは、何とか二人位なら乗り込めそうなスペースがある。
・・・贅沢はこのさい言えないよな。
ピッ!!
『やあ、正義の味方諸君。
どうも悪の科学者 ヤマサキです。
誰かさんが引っ掛かる事を願いつつ、ちょっとした悪戯をしちゃいました。
それはですね〜、実はこの脱出ポッドに細工がしてあるんですね〜
なんと、隣のコントロールルームで操作をしなければ、外に打ち出されないです!!
ああ、何たる悲劇!!
正義の味方は自己犠牲を選ぶのか?
それとも、己の命を最優先させるのか?
この応えは、次回に出会えた時に楽しみにしてますね〜』
ポッドの蓋が開いた瞬間に流れたそのメッセージを聞き、俺は呆然とした。
焦る心を押さえ込みつつ、ポッドの発進ボタンを押す。
ピー!!
乾いたエラー音と共に、隣室のコントロールルームに行くように指示が表示される。
「―――っ!! ふざけるな!!」
今から隣のブロックにある脱出ポッドまで、移動する時間は無い。
脱出ポッドから飛び降り、コミュニケでナデシコに連絡をとろうと試みる!!
だが、幾ら通信をしようとしても反応は無い・・・もしかして、何らかのジャミングがされているのか?
「何処まで腐ってやがる!! あの野郎!!」
力任せに殴りつけた壁を陥没させながら、俺は歯軋りをしていた。
時間が無い、早く決断をしなければ!!
地球にはミリアが待っている・・・俺には帰るべき場所と人が居る!!
『あ、そう言えば・・・零夜ちゃんと一緒に、買い物に行く約束もしてたんですよ。
平和になったら、今まで出来なかった事をしようって。
・・・でも、何だか、凄く昔の約束に思えます。
あははは、私だけ、浦島太郎なんですよね』
「・・・くっ!!」
背中に残る温もりが、嫌でもその言葉の重みを俺に思い出させる!!
思わず背に回した手には、百華ちゃんの流した血がこびり付いていた。
『・・・私の『居場所』なんて有るんでしょうか。
無意識とはいっても、スパイ行為に暗殺に。
私の存在って、無意味なモノですよね』
無意味?
彼女が今の現状を知れば、喜んで自分が残ると言うだろう。
それは俺にとって100%断言できる事だった。
―――だが、それは!!
『・・・じゃあ、私の側で一緒に『居場所』を探してくれます?』
「くそったれが!! 畜生!!!!」
ドゴッ!!
ズゴッ!!
壁を次々に陥没さえながら、俺は吼えていた。
腹部の傷が開き、下半身を朱に染めている事も気にならない。
ミリア!! ミリア!! ミリア!!!!!
俺はどうすればいいんだ!!!
お前は俺が一人の女性を犠牲にして、生き残る事を許してくれるか?
アキト!! お前ならどうする!!
俺は!! 俺は―――ミリアを残して、死にたくねぇ!!
「うおぉぉぉぉ!!
ヤマサキィィィィィィィ!!!!!!!!」
崩壊が続く廊下で、俺は吼えた。
それは心の底からの咆哮だった。
遥かに離れた場所で、楽しそうに笑っているヤマサキを見たような気がした。
ミリアが笑顔でキッチンに立っている姿が浮かんだ。
そして、百華ちゃんの最後の言葉を思い出した。
『そう言うと、思ってましたよぉ
あ〜あ、やっぱり振られちゃったなぁ・・・』
「・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・すまん」
その言葉を、俺は誰に向かって言ったのだろうか・・・・
崩れゆくコロニーの遥か後方に、一隻の戦艦があった。
「・・・あれが最後の脱出ポッドみたいですね。
千沙さんやネルガル会長、それにナカザトさんは既に脱出したはずですから」
「そうなんだ?
じゃあ二人揃ってお陀仏は無くなったんだね。
う〜ん、どっちが乗ってるのかな?」
一矢の報告を聞き、楽しそうにそう質問をする山崎。
それを聞いて、少しだけ眉を顰めた後、一矢は感情の篭もらない声で返事をした。
彼にもこの男の思考は、とても理解出来ないものだった。
「じゃあ、確かめに行きますか?
今ならナデシコBと僅差で回収出来ますが」
「ああ、それはリスクが大き過ぎるな。
北辰さんは先に木連に跳んでるのに、北斗君はナデシコBに居るからね。
ま、百華君が助かってももう戦力外だし。
ヤガミ君が助かってれば・・・今度会った時に色々と楽しめそうだしね〜」
「帰ろ、帰ろ」、と気軽に一矢に言い残して、山崎は自室に戻った。
それを見送った後、一矢はもう一度遠ざかる脱出ポッドに目を向ける。
「生き残る方が地獄というのも・・・皮肉なものだよな」
―――重い言葉だった。
双方の戦いの果てに残ったものは、非常な現実だけだった。
そして3年の沈黙を破り、世界は『激動』する。
後書き
何とか間に合いましたね(苦笑)
あ、それと出番は無かったですけど、ナカザトの義手は所謂フィールドランサーです。
本当は作中で『シャイ○ング・フィ○ガー』をするつもりでしたが、出番無かったです(爆)
それとクーデターが早まった訳や、舞歌達が捕まった訳は次回で明らかになります。
次の回でも色々な秘密が明らかになりますよ〜
それでは、次回の『激動』をお待ち下さい。
多分、5月末(苦笑)