< 時の流れに >

 

 

 

 

 

 

 

 目の前に浮かぶ純白の船体を、私は複雑な心境で見ています。

 その船には、私が3年前に乗っていた船の面影が、色濃く残っていました・・・

 

 そう、アキト様と離れ離れになったあの時の、ナデシコの姿が。

 次々と浮かぶ思い出を押し殺しつつ、私は目の前に座っているオペレータに話し掛ける。

 

「ナデシコBと通信を繋いで下さい」

 

「了解しました」

 

 私の命令を聞いて、オペレータの女性が素早くナデシコに連絡を入れる。

 それを見ながら、横目で自分の隣を見てみると・・・漆黒の戦闘服とバイザー姿の『彼』が、焦慮とした雰囲気を身に纏って立っていた。

 その内心に渦巻く想いを知るからこそ、私は何も話し掛けなかった。

 

「こちら、明日香インダストリー所属の戦艦ジニアです。

 ナデシコB、応答お願いします」

 

『・・・こちらナデシコB、オペレーターのホシノ ルリです』

 

 不思議そうな顔をしているホシノさんに、私はナデシコBへの訪問を告げました。

 

 

 

 


 

 

 

 

「・・・久しぶりだね、カグヤちゃん」

 

「・・・本当に久しぶりね、ユリカさん」

 

 お互いに何とも言えない顔で挨拶を交わす。

 ナデシコBの格納庫は一種異様な雰囲気に包まれていました。

 

 ・・・理由は、想像するまでもなく『彼』の存在のせいなのですが。

 

 全員の視線を受け止めながら、『彼』はそれらを一切無視をして歩を進めます。

 そして、ある女性の目の前に立つと・・・

 

   むにゅぅ!!!!

 

 おもむろに彼女の頬を左右に引っ張りました。

 それもまるで悪戯を楽しむかのように、何度も何度も左右に引っ張ります。

 『彼』の突然の行動に、私を含めあのユリカさんでさえ動きを止めていました。

 

 

 

「・・・・って、何するんですか!!」

 

 

 

 一瞬、自分の身に起こっている事が理解出来なかったイツキさん。

 ですが、次の瞬間には綺麗な左のショートフックを、『彼』の顔に叩き込みます。

 身長差が優に20cmはあるはずなのに、実に見事にその攻撃は突き刺さっていました。

 

「うぐっ!!」

 

      カラン・・・

 

 さすがに効いたのか、バイザーを床に落としつつ、『彼』は二、三歩後ずさります。

 そのまま体勢を整えようとする『彼』に、イツキさんと周囲のナデシコクルーから攻撃が集中します。

 

「セクハラか? セクハラなんだな!!」

 

「班長!! 殺っちゃっていいですかぁ???」

 

「いけ、ヤマダ君!!」

 

「うぉぉぉぉぉ!! ストレスが溜まってたんだ、丁度良いぜ!!」

 

「先輩にも触られた事なんて無いのに!! 無いのに!! 無いのにぃぃぃぃぃぃ!!」

 

 

 

 

 ・・・・・・・・・暫くの間、そこは阿鼻叫喚でした。

 

 

 

「・・・・カグヤちゃん、あの人、何?」

 

「えっと・・・・・・・・・一応、ウチの社員です」

 

 

 

 


 

 

 

 

「えええええ!!!

 あ、あれがユーチャリスなの!!」

 

 格納庫から場所を移した食堂で、ラピスちゃんの驚きの声が響きます。

 

 無理を言って自室から呼び出してもらったラピスちゃんに、私は真実を語りました。

 自分達が乗っていた戦艦ジニアが、かってユーチャリスと呼ばれていた戦艦をオーバーホールしたものだと。

 外見も最初は綺麗な涙滴型だったものを、新たに武装を施した為まるで違って見える。

 

 ・・・・幾ら、過去で自分が操っていた船とはいえ、そこまで変わってしまえば、彼女にも分からないのは仕方が無い事だった。

 

「全ては偶然、だと思います・・・

 私達が朽ち果てたユーチャリスを発見した事は。

 明日香インダストリーの受け持っていた、ターミナルコロニー『シラヒメ』の開発担当区。

 そこに、ボソンジャンプしてきたのが、ユーチャリスだったのです」

 

 私も報告書を見ただけですが、建設現場に突然ユーチャリスは現れたそうです。

 しかも、まるで何百年も宇宙をさまよっていたようなボロボロの姿で・・・

 

「あの・・・・・・・ダッシュは?」

 

「残念ながら、記録媒体などは比較的破損が軽微だったのですが・・・」

 

 基幹となるAI部分の損傷が激しく、その自我は確認出来なかった・・・

 

 それを言い淀む私の表情から全てを悟ったのか、ラピスちゃんは下を向いたまま、ユリカさんの元に歩いていきました。

 そして腰に抱きついて声を殺して泣いているラピスちゃんを、ユリカさんは優しく慰めていました。

 

「何故、直ぐにネルガルに連絡を入れてくれなかったのかしら?」

 

 イネスさんが、そんな二人を優しい眼で見ながら、急に改めた口調で私に聞いてきます。

 私は軽く息を吐くと、イネスさんの質問に答えを返しました。

 

「ネルガルの全てを信用するほど、お父様も経営者として無能ではありません。

 現在のネルガルの技術の突出を防ぐ為にも、このユーチャリスは手放せませんでした。

 それにユーチャリスに残っていた記録から、以前ナデシコAで聞いた『もう一つの歴史』をお父様も信じてくれました」

 

 ―――私の話を聞いて、食堂に沈黙が満ちました。

 

 確かにユーチャリスを発見した事を、ネルガルに連絡する事は簡単でした。

 ですが、悲しい事に世の中はそうそう単純には出来ていません。

 ネルガルが依然として有している数々のオーバーテクノロジーを、明日香インダストリーとしても見逃せないのです。

 元々、技術力で言えばさしたる差が無いのですから、ユーチャリスの存在はどうしても手放せません。

 そう、まさに朽ち果てたとはいえ、ユーチャリスは驚くべきテクノロジーの塊でした。

 

 ただ、幾ら技術力を高めても・・・マシンチャイルドと呼ばれている存在を、手に入れる事は叶いませんでしたが。

 

「そう、理由は分かったわ・・・確かに経営者、ライバル会社として、このチャンスを見逃すわけにいかないわね。

 アカツキ会長や、エリナでも同じような判断をしたと思うし。

 でも、どうしてコロニーを襲撃したりする必要があったのかしら?

 それと、『彼』は一体何者なの?」

 

 重い溜息を吐きながら、イネスさんが視線を向けた先には・・・・ロープでグルグル巻きにされた長身の男性がいました。

 そう、例の『彼』です。

 

 今はバイザーを取り上げられ、睨みつけているイツキさんに対して困った顔をしています。

 幾ら嬉しかったからとはいえ、女性にあんな事をするからです。

 

「コロニーの襲撃に関しては、色々と事情があります。

 それと『彼』の名前はカイン・・・あの漆黒の機動兵器のパイロットです。

 そして、素性を一番分かりやすく言えば、ヤガミさんの兄弟です」

 

「!!」

 

 私の言葉を聞いて、予想以上の反応を皆さんが返します。

 不思議に思った私が、視線でウリバタケさんに尋ねると。

 

 

「・・・・・・・ナオの奴は、『ホスセリ』から帰ってきてねぇ」

 

 

 その言葉を聞いた瞬間、私の呼吸も止まりました。

 

 

 

 


 

 

 

 

 その後、暫くの間休憩をとることになりました。

 真実を知れば知るほどに、お互いに傷を作っていきました・・・

 ラピスちゃんが部屋に篭もっていた理由を知った私も、陰鬱な気持ちで食堂の椅子に座っています。

 

 ―――色々な思惑が絡み合った結果とはいえ、取り返しのつかない事がまた一つ増えました。

 

     コト・・・

 

 自分の考えに沈んでいる私の目の前に、カップに入った珈琲が置かれました。

 

「カグヤちゃん、珈琲飲む?」

 

「有り難う、ユリカさん。

 ・・・ところでこの珈琲、ユリカさんが淹れたの?」

 

 返答によっては、気持ちだけ受け取る事になります。

 

「違うよ、食堂に備え付けてある自販機から」

 

「じゃ、頂きますわ」

 

「む、何か引っかかる言い方だね」

 

 それから少しの間、私とユリカさんは無言のまま珈琲を飲みます。

 お互いに聞きたい事はありましたが、今は知人を失った喪失感が大き過ぎました。

 思い返してみれば、あのヤガミさんも実に気さくに、私に話し掛けてくれた方でしたね。

 

 

 

「あ〜〜〜〜!!

 よく見れば貴方は極甘党の男性A!!」

 

「・・・・・・・・・・今頃気付いたんですか?」

 

 ちょっと傷付いた顔で、自分を指差すイツキさんを見るカインさん。

 バイザーをしていない彼は、非常に気弱になります。

 その気弱な性格が本来の姿なのですが、それを押し殺して戦闘マシーンになるために、あのバイザーを愛用しているそうです。

 

「なになに、知り合いだった?」

 

「おお、そう言えばあの甘党の兄ちゃんだぞヒカル」

 

「あ、本当だ〜」

 

 

 

 横目でカインさんに詰め寄っている、エステバリスパイロットの人達を見ていると、食堂に新しい人が入ってこられました。

 それは女性の方が二人・・・・!!

 

「どうして貴女がここに!!」

 

「・・・え?

 お腹が空いたから、食堂に来たんだけど?」

 

 膝裏まである赤毛を綺麗に結い上げた女性が、可愛い仕草で首を傾げながら、私の問いに答えます。

 忘れもしないその人物は、『真紅の羅刹』として敵味方に畏れられていた女性でした!!

 

 私の視線を受けて不思議そうな顔をしていましたが、後の女性に何かを囁かれてその場を後にします。

 連れだって歩く二人の姿を追いながら、私は深呼吸をしていました。

 そして先程の『ホスセリ』の戦闘が、つくづく只ならぬモノだった事を思い知りました。

 『真紅の羅刹』の協力を得てもなお・・・ヤガミさんは助からなかったのですから。

 

 ―――どうやら、予想した以上に事態は深刻なようです。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「そう言えばカグヤちゃん。

 ジニアって名前は誰が付けたの?」

 

「カインさんよ。

 ジニア・・・別れた人を思う、という花言葉があるの」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

その5に続く

 

 

 

 

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