< 時の流れに >
ゴソゴソと冷蔵庫を漁る。
・・・残念ながら、ケーキやプリンなどのお菓子類は残っているが、俺が欲しいと思う酒の肴類は無かった。
せめて魚は無いのか、魚は?
しかし、全ては無駄な努力だった。
よくよく考えてみれば、この木連のコロニー内で鮮魚を求める事ほど贅沢な事はない。
そして当然ながら、この冷蔵庫内にはそんな高級食材は存在していなかった。
「あ〜、流石に俺でもケーキやプリンを肴にして、酒は呑めねぇよな。
せめてスルメでもねぇのか?」
「・・・人様の家でそんな贅沢を言うと、罰が当たりますよ先生」
呆れた声で俺に注意をしながら、公介が缶詰をキコキコと缶切りで開けている。
2mに近い筋骨隆々の大男が、屈みこんで作業をする姿は、何となく笑いを誘うものがある。
ま、年の割に童顔なコイツは、そんなコミカルな動きも意外に似合うんだが。
本人はこの童顔のお陰で、女性にもてると言っていたが・・・本当かねぇ
ちなみに、俺達は火を使うわけにはいかないので、最近の飯は常に冷め切っている。
昨日の晩飯も、冷め切った鯖の煮込み(缶詰)だった。
下手に電気やガスを使うと、一撃で居場所がバレルからだ。
都合上無人のはずのこの家で、それらのメーターが動くのは不審を招くだけだからな。
と・・・こうなれば、酒でも飲まないとやってけるか!!
「それと幾ら暇になったとはいえ、アルコールの取りすぎです」
俺が右手に持っている一升瓶に目を付けて、顔を顰める公介。
「うるせい、ちゃんと自分の限界は知ってるわい。
それにここ最近は職務が忙しくて、ゆっくり呑めなかったんだ。
骨休みの時くらい、好きにさせろってんだ」
そう言って一升瓶に入っている酒を、手に持っていた湯呑みに注ぐ。
そんな俺の姿をチラリと見た後、公介は肩を大きく落としながら缶詰に視線を戻した。
しっかし、昼間から野郎二人で不貞腐れるのも、虚しいものがあるねぇ
「先生、最終的にこのクーデターは成功すると思いますか?」
食器が汚れても洗う事が出来ないという理由で、俺達は缶詰の中身を直に箸でつついている。
この家に潜り込んで一週間が経つが、そろそろ着替えも必要だなぁ・・・
あ〜、熱い風呂に肩までつかりてぇなぁ
頭の中でそんな事を考えつつ、公介の問いに俺は答えてやる。
「そりゃあ、後は草壁の保持する戦力で決まるだろうさ。
木連の駐留軍に統合軍のシンパ・・・二つを合わせれば、結構な数になる。
それにあの男が、どれだけ凄い『奥の手』を用意してるかは分からねぇ
ヒントは手に入れたんだ、俺達には分からなくても、あのナデシコの連中なら分かるかしれねぇヒントをな」
「・・・確かに、先生と俺には全然分かりませんよね、あのヒントだけだと」
ここまで見事に現行の木連首脳部と地球連合、そして統合軍を手玉にとったんだ・・・まだ奥の手を残してると考えられる。
3年もの間、あの草壁が大人しくしているとは誰も思っていなかった。
だが、危険だからと言って『消す』わけにはいかない、それだけの人気を奴は持っていたからだ。
先の戦争で奴が行なった事は、木連の立場を不利にさせかねないので、かなりの部分で隠蔽されているらしい。
それに加えて、木連の重鎮ともいえる南雲とその一族が心酔している以上・・・下手な事をすれば内紛を招く恐れがあったのだ。
俺も全ての話を聞いたわけじゃないが・・・どうも気になるぜ、この南雲の動向がよぉ
「公介、結局南雲の行方は掴めなかったんだよな?」
「ええ、親類縁者をそれとなく見張っていたのですが、全然接触は無かったらしいです。
南雲は草壁シンパの筆頭ですからね、舞歌殿もかなり力を入れて探していたはずですがね」
そうなんだよな、優人部隊を動かせる舞歌嬢でも、逃亡した南雲を見つける事が出来なかった。
そこで俺が地球連合の人員を割いて探った所で、新しい発見は無いと予想はしていたが。
「せめて牽制くらいにはなると思っていたんだが、全然無意味だったみたいだな」
「仕方が無いですよ。
木連の気質からすれば、お役所仕事の監視なんてプレッシャーにもなりませんよ」
メキメキ・・・
食べ終わった空き缶を丁寧に潰しながら、公介が自分の意見を言う。
デカイ図体のくせに、こういう所はみみっちいな、コイツも。
そして、俺はそんな公介の言葉に頷きながら、この家の持ち主の事を考えていた。
東 舞歌・・・間違い無く、木連で一番有名な女性だろう。
その舞歌嬢は今は捕われの身だった。
俺はいちはやく異変に気付いた公介によって、地球連合の大使館から連れ出されていたのだ。
あのまま留まっていれば、どうなっていたか俺には分からねぇ。
ただ、あまり面白い思いは出来ないだろうという、予想だけはつくけどな。
「・・・ま、他の地球人が一ヶ所に集められているのは、分散されるよりマシだが」
「・・・無事かどうかは、別問題ですからねぇ」
俺は難しい顔を作り。
公介もその童顔を顰めた。
助けが来る事を前提として、俺達も出来る限りの事をしないとな。
最後の手段としては、俺が囮になってでも公介を地球に送り出さないと駄目だな。
地球側も情報は不足してるだろうし、何より西沢殿から聞いたあの『情報』だけは、必ず伝えないとなぁ・・・
監禁されていた部屋から出され、連れて行かれた部屋には、意外な人物が正座で待っていた。
いまや地球・木連共に一番有名な男だろう。
「久しぶりだな、舞歌君」
「本当にお久しぶりです、閣下」
半分嫌味を込めて、私は草壁にそう返事をした。
私が彼を『閣下』と呼んでいたのは、過去の事であった。
今ではその尊称は無く、ただの草壁殿なのだ。
自分でも大人気の無い事を、と思いもしたが、まあ嫌味の一つも言いたい心境だったからね。
「ふむ、元気そうでなによりだ。
もっとも、君がそう簡単に気落ちしているとは思っていなかったが」
「・・・それはどうも」
眉一つ動かさずそう言いきる草壁に、私のほうが渋い顔を作ってしまった。
そんな私の事を草壁が気にするはずもなく、次の瞬間には自分の話を始めた。
「さて、今日設けた会談の意味は、大方予想が付いているだろう?
最早木連での大勢は決した。
後は地球をどうするかだが・・・」
「あら、私は手伝いませんよ?
何より、木連を統一できた所で、地球にはまだまだ余力があります」
木連の統一を果たしたからと言って、地球側に勝てる保証など無かった。
そもそも、先の大戦の末期でも国力の差によって、殆ど木連に余力などなかったのだ。
あの戦争から3年―――そうそう戦争の傷が癒えるはずもない。
人も物資もまだまだ足りない。
戦争を始めるのは簡単だが、止める事は困難であり。
そして、その傷痕を消す為には信じられない程の年月を要するのだ。
西沢殿と協力して過ごした3年間は、まさに再生の為の苦痛だった。
「確かに長期の戦いになれば、我々が苦しむ事は必死」
我々―――ね。
この人の本当の狙いは何なのだろうか?
今までも暇があれば考えてきたが、その狙いが分からない。
既に生体跳躍は宇宙という大海を行く術として、人々の間に浸透しつつある。
確かにその手法を一手に握れば、その権力は揺るぎないものとなるでしょう。
でもその支配の要となる『遺跡』は既に無い。
『彼』と一緒に、何処かに消え去ったのだ。
・・・それでも生体跳躍が可能な以上、『彼』が何処かで生存していると、私達は判断しているのだけど。
「短期決戦でしか勝利は無いと分かっていながら・・・
まだこの無意味なクーデターを続けるのですか?」
いくらターミナルコロニーを押さえたところで、出口の場所が決まっている以上決め手にはならない。
次元跳躍門・・・チューリップと地球で呼ばれていたモノは、既に生産を中止して久しいはず。
「木星と地球の距離は、最早我々にとって問題では無い」
「・・・何ですって」
私が自分の意見を言うと同時に、草壁が意外な言葉を私に伝えた。
その言葉を突き詰めれば・・・地球と木連とを一瞬に移動する術を、自分が握っているということ。
そして、一番納得できる仮定は―――完璧な生体跳躍を、この草壁が握っている事を意味していたのだ。
だが、そんな事が果たしてありえるのだろうか?
「疑いたければ疑え。
だが、『もう一つの歴史』では、我々はその技術を持っていただろう?」
「!!」
その不意打ちの一言に、流石に私の顔色が変わる!!
その事実はデータとして残されているわけではなく、ただの口伝で私も知った事だ。
彼等・・・『火星の後継者』がとりうる行動と、その動きを予想する為に、ナデシコクルーから伝えれらた『もう一つの歴史』
その有り得たかもしれない未来の話を聞かされた時、私は眉を顰めるしかなかった。
作り物にしては余りに生々しく、歯に衣を着せぬ内容だった。
何より、高杉君のした証言も、全てが本当だと主張していた。
そして、現に草壁達の動きはその話と同じ様に、A級ジャンパーの誘拐を始めたのだ。
その誘拐劇自体は、何とか防ぐ事が出来た。
この事件の報告を聞き、私は全面的に草壁の監視をする事に賛同したのだ。
そう、この『もう一つの歴史』を知る人物は、本当に数えるほどしか存在しないはずだ。
―――その極秘情報を何故、この草壁が?
一瞬、京子の事が脳裏に浮かんだが、そこまで詳しい事をあの子は知らなかったはず。
せいぜい、夫の元一朗君の指揮する、非常事態の内容について知っているだけだ。
「お前達がそのタイムスケジュールを念頭に、動いていた事を私は知っていた。
だからこそ、その油断を逆手にとり『火星の後継者』の決起を早めたのだ。
もっとも、他にも色々と手を打たせてもらったがな。
心配しなくても、お前達の私に対する監視は完璧だった。
ただ、既にこの作戦は私が幽閉される前から、南雲によって静かに進行していたのだ。
そう、その成果の一つとして―――『遺跡』もまた、我等の手にある」
「な・・・!!」
その追撃に、流石に二の句が継げない。
ここまでの準備を、一体どうやって行なったのか不思議だが。
・・・ハッタリにしては、余りに大風呂敷すぎる。
少なくとも、『もう一つの歴史』を知っている事は確実らしい。
私達の動きを逆手にとったと言い切るその言葉に、嘘は感じられなかった。
何故、どうやって草壁がその情報を手に入れたのか、疑問はつきないが・・・
―――何よりも驚くべきは、『遺跡』すら保持しているという発言だ。
草壁の言葉の真意を見抜くべく、私は強い視線を向ける。
その視線を真正面から受け止めながら、草壁の態度には揺るぎ一つ無かった。
「勝敗は既に決まっているのだよ、東 舞歌」
「・・・まだ分かりませんわ」
そう『遺跡』が見付かった以上、最強の守護神たる『彼』もその存在を確認できたという事!!
そして、この事を知った地球のナデシコクルーならば、きっとその救出を成し遂げるはずだわ!!
「まあ、君が何を考えているのかは想像に容易いが・・・
暫し時間をやろう、良く考える事だな。
私の手札には、全てが揃っている。
そう、『全て』がな」
目の前で右手で握り拳を作りながら、厳かにそう宣言する草壁。
私は無表情を保ったままで、その仕草を見ていた。
少しの間、そんな私を見た後、草壁は席を立ち上がる。
しかし、出口に向かいながら草壁が漏らした一言に、私の顔が僅かに歪む。
「そうだな、一つ良い事を教えてやろう。
北辰は『真紅の羅刹』を超えたぞ。
そして、『漆黒の戦神』すら超えるのも、時間の問題だろうな」