< 時の流れに >

 

 

 

 

 

 

 

 今後の方針を相談する為に、私達は会議室に集まった。

 以前のナデシコクルーだけならブリッジや、食堂で済ませていたと思うが・・・

 新旧のクルーが入り混じった現在では、スパイの存在を否定出来ない以上、慎重になるのは当然の成り行きだった。

 

 ・・・現状が厳しいだけに、普段はお気楽なクルー達も、自然に警戒が強くなっているみたいだ。

 

 何より―――ヤガミ ナオの事が、時間が経てば経つほどに、重く心にのし掛かっていた。

 あのガイですら、私やヒカルに何か話し掛けようとしては、口篭る事が多々あったのだ。

 そんな私達はとくに動く気も起きず、今はブリッジで事の成り行きを見守っていた。

 軽く会議室の中を見渡すと、端の方では枝織様と零夜の姿も見られた。

 

 そうブリッジでは、この事件の全貌を明かそうとする艦長と、カグヤさんの会談が行われていた。

 

「今後の方針を決める事は賛成だけど、カグヤちゃん・・・

 どうして今まで、明日香インダストリーはコロニーを襲撃してたの?」

 

 嘘を許さないという気迫を込めて、艦長がカグヤさんを問い詰める。

 

「艦長の言うとおりね。

 まずはその事を、はっきりとさせておく必要があるわ」

 

 艦長の意見に同意するイネスさんに、ブリッジに居た全員が同じように頷いた。

 それを確認すると、カグヤさんは静かに頷いた。

 

「分かりました、私達が何故コロニーを襲撃していたのか・・・その訳を説明します。

 この話はカインさんに話してもらったほうが、皆さん納得されるでしょう。

 何しろ、彼の意思によりこの戦いは始まったのですから」

 

 カグヤさんが部屋の片隅に目を向ける。

 そこには、イツキと相手に香辛料と糖類について熱く論議をしているカインがいた。

 

「人類の甘味を追求してきた、その姿勢を考えて下さいよ!!

 砂糖はご飯と同じ炭水化物として、疲労時の栄養補給に最適です!!

 ましてや脳や神経が動くときに消費されるブドウ糖は、砂糖からしか摂取出来ないんですよ?」

 

「ふふふ、歴史でいえば香辛料も負けていませんよぉ?

 古代オリエント時代からヨーロッパでは、獣肉料理の防腐・防臭に欠かせない物でしたし。

 またインドの交易品として、膨大な利潤を生み出したものです。

 当時は胡椒の重さと、金の重さは同等と言われていたんですよ」

 

      ・・・・・・・何を言い争っているんだ、この二人は?

 

 あの艦長を始め、その場にいた全員の視線が据わったものに変わっていく。

 その場の雰囲気を感じたのか、言い争っていた二人が恐る恐る私達を振り返った。

 

「イツキちゃ〜ん、仲が良いのは分かったから、カインさんをちょっと貸してくれるかなぁ?」

 

「ほほほほほほ、相変わらずバイザーを取ると、随分と饒舌になりますね、カインさん?」

 

 艦長とカグヤさんが、笑顔のままでそう迫る。

 

 

 

「「・・・・・・ご、ごめんなさい、です」」

 

 

 

 本当に仲がいいんだな・・・

 

 

 

 


 

 

 

 

「私がコロニーを襲った訳ですが・・・

 個人的な目的が二つ、自分自身と大切な女性を守るためです」

 

 何処か緊張感が感じられない顔で、カインがそう話し始める。

 その問いかけに、思わずホシノ ルリが質問を投げかけた。

 

「・・・自分と大切な女性の為、ですか?

 そのために、数千もの被害者を作り出したのですか」

 

 本当にそれだけが理由だったのかと、その金の瞳が真っ直ぐにカインを貫いていた。

 バイザーを外し、黒い瞳を晒しているカインは、その視線を受けて少し顔を顰めた。

 

「・・・お察しの通り、そこに復讐心が無かったわけじゃない。

 だけど、クリムゾンの開発部署を狙う事が、一番被害者の少ない戦い方だったんです。

 ネルガルにホシノさん達がいる以上、下手に人体実験なんてしないと分かっていました。

 明日香インダストリーは、自分が協力を呼びかけた以上、それこそ論外です。

 私が助けたいと思う女性が居ると思われる場所は、おのずとクリムゾンに絞られました」

 

 何を思い出したのか、一瞬・・・そう一瞬だけ顔に鋭いモノを見せるカイン。

 だが次の瞬間には、何もなかったかのように顔色を元に戻した。

 

「でもさっき、自分自身の為って・・・やっぱり復讐が目的じゃないの?」

 

 ヒカルが不思議に思ったのか、その事について問いかける。

 しかし、カインはそのヒカルの問いかけに、苦笑をしながら首を振った。

 

「いいえ、言葉の通り『自分自身』を守るためです。

 実は私もルリさん達と同じ、『逆行者』なんですよ」

 

 

 

 

 カインからあまりに簡単に明かされた真実に、私達の脳は一瞬、その言葉の意味を理解出来なかった。

 

 

 

 

「そ、それってつまり、カインさんもナデシコCのクルーだったんですか?

 だってラピスとテンカワさんが乗っていたユーチャリスは、完璧なワンマンオペレーションだったし。

 でも、僕の記憶にはナデシコCのクルーに、カインさんはいないはずですよ!!」

 

 マキビ ハリが凄い勢いでカインに質問を浴びせる。

 カインはその勢いに圧されながらも、意外な言葉を告げた。

 

「すみません、少し説明が足りませんでしたね。

 私の場合、君達の逆行とは意味合いが違うんですよ。

 聞いた限りでは、皆さんは『精神』のみの逆行でした。

 ですが、私はちゃんと身体ごと、過去へと跳んだのです。

 本来なら、その時間に存在するはずの無い自分が、過去の時間に現れたのですから」

 

 マキビ ハリを落ち着かせるように、カインは続きを話す。

 ・・・しかし、それを聞いても私達には意味が良く分からなかった。

 

「なるほど・・・そういう意味で、『自分自身』の救出なんだ。

 つまり、この時間軸のカインさん『自身』が、まだクリムゾンの研究施設に捕まったままなんだね?」

 

「ええ、その通りですよ。

 さすがですね、ミスマル艦長。

 私が助けようとしているのは、4歳の女の子と5歳の自分自身なのです」

 

 いち早くカインの言いたい事に気が付いたのは、艦長だった。

 私も含め、他の皆も艦長の発言によりその事に思い至った。

 

「ふ〜ん、カインさんの話が本当なら、確かに『自分自身』を助ける事が目的になるんだ」

 

「全く同じ人が、同じ時代に二人も存在してるんだ・・・何だか不思議だね、枝織ちゃん」

 

 本来なら奇想天外な話だと思うが。

 私達は以前から、その実例を目の当たりにしている。

 その下地もあったため、カインの説明は意外とすんなり信じられた。

 それは枝織様や、零夜も同じようだった。

 

「ん?

 じゃあ、その大切な女性ってのは・・・」

 

 カインは照れくさそうに笑いながら、一人の女性を指差した。

 当然、全員の視線がその女性に集中する。

 

 

 

 

 

 

 

 

「え、私?」

 

 視線の集中砲火に晒されたイツキが、呆けたような顔で自分を指差した。

 

 

 

 


 

 

 

 

 にこやかに笑うカインに、一通り制裁を加え、スッキリした顔のイツキがカグヤさんに問いかける。

 

「この人、早く引き取ってもらえません?」

 

 イツキの浮かべた満面の笑顔が、何故か凄く怖かった。

 この私が、思わずヒカルと一緒にガイの背後に隠れてしまったくらいだ。

 

「・・・気持ちは分かりますが、もう少しカインさんの話を聞いて欲しかったですね。

 証拠になるかどうか分かりませんが、イツキさんの首筋に何か記号の様な痣はありませんか?」

 

 ズリズリと血祭りにしたカインを引きずりながら、カグヤさんに迫っていたイツキの動きが止まる。

 その青くなった顔が雄弁に、カグヤさんの言った事を肯定していた。

 そして恐る恐る、手に掴んでいたカインの首筋を覗き込む。

 

 私の位置からも見えたその記号は、カインの首筋に確かに刻まれていた。

 

「・・・私と同じ、痣?」

 

「実験ラボの番号を記号化したものらしいです、お二人は同じ実験を施されていたんですよ」

 

 呆然とした表情のイツキに、気の毒そうにカグヤさんが説明をする。

 もしかするとイツキが髪を伸ばしている理由の一つに、この痣を隠す意図があったのかもしれない。

 

「私とイツキが過去に跳んだのは、確か4歳か5歳の時の事です。

 ・・・私は明日香インダストリーに拾われて、そのまま保護されました。

 イツキの事も探しましたが、理由が理由なだけに会社には頼めず、ずっと一人で探していたんです」

 

 何とか復活を果たしたカインが、身体を床から引き剥がしながら説明をする。

 その動きを、イツキが動揺をした目で追っていた。

 

「ボソンジャンプに関する知識を、私はある程度知っていました。

 何故なら私達は、ボソンジャンプの実験を主な目的とした実験体だったからです。

 そして企業にとって、私とその知識がどれだけ有益な事なのかも・・・

 もしかすると、イツキは全然違う時間軸に出たかもしれない、それでも探すのを止めれませんでした。

 そして3年前です、CMで聞いたターミナルコロニーという単語で、自分達が『実験』されていた事を思い出したのは」

 

 淡々とこれまでの経緯を述べるカインに、その場の全員が耳を傾けていた。

 ―――この男もまた、ボソンジャンプにより運命を歪められた存在だった。

 

「その後です、ユーチャリスを私達、明日香インダストリーが発見したのは。

 現在のイツキさんの事は、カインさんの話から直ぐに見つける事が出来ました。

 しかし、すでに『火星の後継者』達と何度か戦闘をしていた彼は、そう簡単にイツキさんと接触できませんでした。

 そして、カインさんの志願の元、私達は彼を鍛え上げ・・・

 ユーチャリスに残されていたデータから、彼の『鎧』を作り上げました。

 彼は、自分自身とイツキさんの為に。

 明日香インダストリーは、実戦データの為に手を貸したのです」

 

「『鎧』って・・・ブラックサレナ、だよね。

 大分、形は変わってるけど」

 

 ラピス・ラズリの確認に、小さく頷くカグヤさん。

 

「私が思い出せたのは、何処かのターミナルコロニーで実験をされ。

 黒い服装の男性のジャンプによって、イツキと一緒に跳んだという事だけでした。

 そしてカグヤお嬢様の話を聞く限り、該当する人物は・・・『現在』は居ません。

 ですから、私は自分で自分とイツキを見つけ出す事にしたのです」

 

 確かに、その条件に当てはまるあの人物が不在な以上・・・カインとイツキがどうなるかは未知数だった。

 その為に、カインは自分で物事を解決しようと思い立ったのだろう。

 

「あの人の真似をするなんて、大それた事だとは分かっていました。

 あなた達からすれば、許し難い行為だと思います。

 でも・・・忘れられなかったんです、彼女の事が。

 あの狭い実験室の中で、お互いに励ましあった彼女を。

 『日々平穏』での事も、本当は遠くから顔だけを見るつもりでしたが、ついついあんな結果になってしまって」

 

 そう言いながらイツキに向けるカインの目は、優しい光に溢れていた。

 毎回、コロニーを襲撃する度に、イツキを捜し求めたのだろう。

 そしてその存在が消えないようにと、襲撃後は祈っていたのかもしれない。

 あの格納庫での行動は、きっと自分でも無意識のうちに、その存在を確かめていたのだ。

 

「『ホスセリ』は、今までのコロニーとは桁違いの防衛網をもっていました。

 それだけに、カインさんとイツキさんが存在していた可能性も高かったのです」

 

「だからですね、私達に姿を見られる事を覚悟をしてまで出て来たのは」

 

「そうだね、ルリちゃん達の力が無かったら、カグヤちゃん達は手も足も出なかったよ」

 

 ホシノ ルリの声に、艦長が納得したとばかりに付け足した。

 その二人の意見を、カインとカグヤさんは無言で頷いて肯定をしていた。

 実際にホシノ ルリ達の力が無ければ、あのコロニーには近寄る事すら不可能だったろう。

 

「でも、それももうおしまいです。

 火星の後継者達が動き出した以上、暢気に会社間の対立なんて言ってられません。

 私は直ぐにでもお父様に掛け合って、ネルガルとの協力体制を作るつもりです」

 

「・・・うん、そうだね。

 カグヤちゃんは直ぐに自分の家に向かってよ、私達はその前に寄る所があるから」

 

 一瞬だけ、泣きそうな顔をした艦長に、誰も何も言う事はなかった。

 その寄るべき場所が、何処なのかは嫌でも分かっていたからだ。

 

「・・・分かりましたわ。

 それとカインさんは残していきます、どうもイツキさんが精神的に不安定みたいですし。

 彼ならば、ボソンジャンプで直ぐに此方に呼べますから」

 

「うん、分かった」

 

 呆然として震えているイツキと、彼女を支えているカインを見て、艦長とカグヤさんの話は終わった。

 視線でブリッジを立ち去るカグヤさんに礼をいうカインを残して、その姿は消えた。

 

 そして、残っているカインにホシノ ルリが話しかけた。

 

「カインさん、先程自分の行動が、私達にとって許せない行為だと分かってる・・・と、言われましたね?」

 

「ええ、確かに」

 

 何を言われるのかと身構えるカインに、ホシノ ルリは悲しそうに微笑みながら続きを話した。

 

「それこそ誤解です。

 貴方のとった行動は、そのまま『あの人』の行動でした。

 大切な人を守り、愛する人を奪い返す為だけに、自分の手を血に染めた。

 少なくとも私は、貴方を非難したり、責めたりはしません。

 ただ・・・それだけが言いたかったんです」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「さ、地球に降りようよルリちゃん」

 

「・・・ええ、そうですねユリカさん」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

その7に続く

 

 

 

 

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