< 時の流れに >
「失礼します」
「・・・失礼します」
そう言って、研究室に入ってきたのは二人の女性だった。
もちろん、僕の良く知る女性だ。
「ああ、ラビス君とハル君を迎えにきたんだね。
隣の部屋に居るから、連れて帰っていいよ」
書きかけの書類から目を離し、訪問客の二人・・・百瀬君と九重君に、僕はそう話しかけた。
僕が話した瞬間、百瀬君の背中に隠れていた九重君が、怯えた顔をしたのが見て取れた。
いやはや、嫌われたもんだね〜、今度の検査の時に少し意地悪してやろうかな?
そんな事を思いながら視線を向けると、九重君は身体を縮めてまでして、百瀬君の背中に隠れようとしていた。
目が見えないくせに、芸が細かいというか、なんと言うか。
―――あ、僕の思考を覗いたのか。
九重君に、僕とクリムゾンの科学者チームが付与した能力。
それは俗に言う『テレパス』という超常能力だった。
実験が成功した当時は、その能力のせいで気が狂い掛かってたけど、そこは一矢君のお陰で回避できた。
ま、あの時は他人の思考っていうのが、どれだけ厄介なモノか、改めて感心したね、うん。
後から質問をして聞いたんだけど、他人の思考と見ているイメージが、奔流となって襲い掛かってきたらしい。
そりゃあ直接脳にそれだけの情報が襲い掛かればね〜、気も狂いそうになるかな。
よく一矢君もサポートできたもんだ。
ちなみに弟のイマリ君の『魔眼』に対して、九重君の力は『心眼』と僕達は呼んでいる。
あれ? そういえばあの時、僕は何を考えていたっけ?
・・・思い出せないならつまらない事でしょ、多分。
それに僕は覗かれても全然平気だからね、後ろ暗い事なんて何も無いしさ。
で、今では能力の大半を耳のピアスで抑えているから、余程強い思考や、本人が集中をしない限り大丈夫。
能力の過負荷により失明した目も、逆に他人の思考を受信する事で補っている。
しかし、他人の『視界』を借りて、自分の姿を見るのって、どんな感じなんだろ?
ここまでくると、器用なんだか不器用なんだか・・・判断に困るね。
それとも、そこまで不器用な九重君をトレーニングした、一矢君のお手柄なのかな?
「・・・それと山崎博士、そろそろ『薬』のストックが尽きます」
「うん、また作っておくよ」
今までの経緯を思い出してる僕に、百瀬君が感情の篭らない声で用件を述べる。
この百瀬君も、僕に対してあまり良い印象は持ってないみたいだね。
こ〜んなに一生懸命仕事をしてるのに、どうしてかな?
嫌々ながら実験に協力してもらうよりも、進んで手伝ってくれるほうが成果は良い。
だから皆とは仲良くなれるように、誠心誠意で付き合ってるのにね・・・不思議と信頼関係は結べないんだよね。
D君達の時も最後には諦めて、『モノ』として扱っていたんだけど。
さてさて、この娘達もそうなるのかな?
そんな悩みで貴重な時間を費やしている僕を無視して、九重君が百瀬君を催促していた。
「姉さん、早くラビスちゃん達を連れて帰りましょうよ」
「ええ、そうね」
そう言って、隣の部屋に急ぐ二人。
・・・意地でも僕にたいして姿を見せないようにと、百瀬君の背中に張り付く九重君の動きが笑えた。
何だかここまでされると、自分が凄い悪者になった気分だよね。
今度、黒い白衣でも着てみようかな。
いかにも『悪者!!』って感じのやつ。
――――――黒い白衣って、どんなの?
「・・・ぷっ、くくく」
「何笑ってるの、九重?」
・・・まだ覗いてたのか、九重君。
百瀬君と九重君が、ラビス君とハル君を連れて帰った後。
僕は残っていた書類を仕上げて、定時通信を繋げた。
通信先は、現在もっとも僕が興味を持っている相手だ。
「はろー、はろー、お元気ですかぁ?」
『・・・無論だ』
僕の呼びかけに、直ぐに錆びた感じの声で返事が返ってきた。
映像は出すだけ無駄なので、表示をしていない。
ま、相手も映し出された所で、別に怒りもしないと思うけどさ。
「そちらの進行状況はどうです?
そろそろ人工ジャンパーの、ジャンプ実験を始めたいんですけど。
北辰さんだけが跳べても、問題ですからねぇ」
人工ジャンパーと言うのは、簡単に説明すると僕が作り出したA級ジャンパーのこと。
彼等がイメージをして、B級ジャンパーの人達をジャンプ先に跳ばすのが、実験の目的なんだけどね。
そう、例の資料の通りなら十分に可能な事だった。
『これといって大きな問題は無い。
そちらのスケジュールに合わせて、実験を行えばいい』
「ふむふむ、問題無し・・・と」
北辰さんからの返事を聞き、今後のスケジュールを表に記す。
この実験が成功した後は、もはや草壁閣下を阻む存在は無い。
『もう一つの歴史』のようにネルガルの人達が、ナデシコCを持ち出してくるのは分かっている。
だけど、ナデシコC自体が完成するまで、最低でも後一月はかかるだろうね。
その間に、こちらも戦力の増強もできるし、北辰さんの完成度も上がっていく。
となると・・・一ヵ月後が、最後の決戦になるのかな。
ああ、そうなると年を越しちゃうな〜
今年こそ炬燵でゆっくりと、年越し蕎麦を食べたかったのに。
ボールペンの先で頭を掻きつつ、僕はそんな事を考えていた。
まあ、蕎麦すら食べられない『人』もいるんだけどね。
あ、そうそう一番大切な事を聞いてなかった。
「それで『戦神』の居場所は掴めましたか?」
僕の質問に、かなりの間沈黙が続く。
そして、もう一度聞きなおそうかなと、僕が思った時に、返事は返ってきた。
『・・・口惜しい事に、未だ掴めぬわ。
だが、必ずあやつは我の前に現れる。
そう、それはお互いに逃れられない定めよ』
楽しそうに笑う北辰さんの声を聞きながら、僕は自分の作業に没頭していた。
先程の質問も、何となく聞いてみただけのモノだし。
相手との技術的な差は、既に存在しない。
マシンチャイルドという切り札も、こちらがラビス君達を手に入れる事で対等になった。
ただ経験が圧倒的に不足してるけど、そこはまた別の方法でカバーする予定だし。
D君達、ブーステッドのデータをフィードバックした一矢君達は、ほぼ予定通りの性能を発揮している。
ただ、千里君とイマリ君が随分と反抗的だから、少し手を焼いてるけど。
・・・ま、これは僕が『薬』を握ってる以上、そうそう馬鹿な事はしないと思うけどね。
一番注意が必要だった北斗君も、既に北辰さんの復帰により解決した。
後は最大の不確定要素である『戦神』をどうにかすれば、全てOKなんだよね。
さてさて、何処に隠れているんだか?
『・・・もう直ぐだ、もう直ぐ全てに決着がつく』
「そうですね」
さて、決着がついた後はどうなるのかな?
僕としては、今後も好きな研究を続けていければ、文句は無いんだけどさ。
数枚の用紙を片手に、僕は草壁閣下の執務室に向かった。
いつもの定期連絡をする為だ。
通信で報告をしても問題は無いんだけど、たまには身体を動かした方が健康に良い。
こう見えても僕は仲間内で、一番健康について留意してるんだ。
それに気分転換をしていると、研究のアイデアをよく思いつくし。
そうこう思っているうちに、僕は草壁閣下の執務室に到着した。
軽くノックをして、草壁閣下に僕の来訪を告げる。
「入りたまえ、山崎君」
「では、失礼します」
既に研究室を出る前に、草壁閣下には連絡を入れておいたから、待たされる事はないのに。
こういう形式に則った挨拶って、本当に無くならないよね。
律儀にそれを行ってる、僕も僕かもしれないけどさ。
おっと、そんな事を今は考えてる場合じゃなかった。
草壁閣下は執務室の奥に置かれた、大きな机の上で書類に目を通していた。
現在の木連を手に入れ、現在も着々と賛同者が増えている。
それらの増加した人員の中で、特に重要な人物の見極めをしてられるのだろう。
他の部下達でも、大まかな振いは掛けられるけど、最終的な判断は閣下にしか出来ないからね。
実際、地球からのスパイも多数混じってると思うけど。
精力的に働いている草壁閣下の目の前に移動して、僕はそこで動きを止めた。
この前、下手に声を掛けたら始終不機嫌だったんだよね・・・
「現在の実験の進行状況だけを、簡単に報告してくれたまえ」
「はい、分かりました」
書類のチェックが一段落したのか、視線を上げて僕にそう命令をする。
それを聞いてから、僕は今の実験の進行状況を報告しだした。
全ては順調に進んでおり、特に注意すべき点は無い。
一言・・・『問題ありません』、で済ませたら怒られるかな?
「全ての計画において、遅れはありません。
この調子でいけば、一ヶ月後には準備は全て整っています」
「・・・例の船も使えるのだな?」
薄く笑みを浮かべながら、草壁閣下は僕にそう確認をしてくる。
その内心が分かるだけに、僕も笑いながら大きく頷いた。
「ええ、殆ど復元は終わっています。
ラビス君とハル君との相性にも、問題はありません。
ただ、あのままの船の名前では混乱しますから、何か名前を考えないと駄目ですね」
「それは私が考えておこう」
「では、お願いします」
全ての用件を終え、その後直ぐに僕は草壁閣下の部屋から退出した。
計画が順調とはいえ、暇があるわけじゃない。
ましてや他にも解決していない問題はあるわけで、遊んでばかりもいられない。
でも、僕も凄く楽しみだね、一ヵ月後の戦いがさ。
「以前と同じ結果にはならないよ、『電子の妖精』さん」