< 時の流れに >

 

 

 

 

 

 

 

 舞歌の家から脱出した後、俺達は海神の爺さんの助言のとおり、西沢の所に向かった。

 途中で夜明けの時間が来てしまったので、廃ビルの一つに身を隠し、夜を待つ。

 俺一人ならば、昼間にも見付かる事無く動く自信があるのだが・・・こればかりはどうしようもない。

 どうしても零夜を背負った状態では、動きが制限されてしまう。

 俺が耐える事が出来る動きでも、零夜が耐えれるとは限らないからだ。

 

 

 

 ・・・ただ時間だけが、無為に過ぎていく。

 

 

 

「・・・帰ってきてない、だと?」

 

「・・・はい、二日前に草壁閣下に呼び出されてから、一度も帰っておりません」

 

 気丈を装いながら、俺にそう告げる西沢の妻。

 しかし、身体の前で組まれた両手には、細かい震えが走っていた。

 

「呼び出しの用件は聞いているか?」

 

「いえ、何も聞いておりません。

 実は私のほうこそ、北斗様があの人から、何か連絡を伝えにきてくれたのだと思ってましたから」

 

 その返事を聞いて、更に俺は困惑をする。

 隣の部屋で零夜が相手をしている双子の娘も、逆に俺が父親の情報を持ってきたと思っているのだろうか?

 しかも、残り時間は少ないというのに、全然事態は改善されていない。

 

「西沢が連れて行かれたとすると・・・行政府だろうな、行き先は」

 

 既に昨晩、舞歌の家を抜け出した後、行政府を覗いた俺は、その場に舞歌がいない事を知っている。

 あの時、もう少し注意深く観察しておけば、西沢の存在を感知できたかもしれない。

 今となっては、後の祭りだが・・・舞歌に拘り過ぎた、か。

 

「草壁殿も、現在は行政府におられるそうですが」

 

「そうだな、確かに行政府で見た」

 

 いっその事、草壁を『消す』か?

 確かに一番手っ取り早いかもしれないが、暴走した南雲達によって人質が殺されそうだ。

 それに草壁の暗殺によって、このクーデターに賛同する者が更に増える事は、俺にも予想出来る。

 

 ・・・今は余りに情報が少なすぎる。

 

      コンコン!!

 

「北ちゃん、お話は終わった?」

 

 隣の部屋から、零夜がノックをしてから尋ねてくる。

 どうやら、遊んでいた双子は眠ってしまったみたいだな。

 

「ああ・・・取り合えずな」

 

 今晩を逃せば、明日の夕方までがタイムリミットだ。

 このままでは、本当に爺さんの情報以外、手ぶらのまま帰る事になってしまう。

 今後の予定をどうするのか、零夜が視線で俺に問い掛けてくる。

 

「・・・もう一度、行政府に向かう。

 旦那の安否も、確かめておこう」

 

「あ、有難う御座います!!」

 

 感謝の声を背中で聞きながら、俺は零夜を連れて、二階の窓から暗闇に身を投げ出した。

 

 

 


 

 

 

 ・・・その気配に気付いたのは、西沢の家を出てから一時間ほど経ってからだった。

 まだ、居住区からは抜け出していない。

 相手は、闇の中を零夜を背負って疾走している俺を誘導するように、気配を放っている。

 そして俺は、その気配に覚えがあった。

 

 地球でオオサキの命を狙った・・・あの襲撃者と同じ気配だ。

 このまま無視をして逃げるのは、無理そうだな。

 相手は確実に、俺が『真紅の羅刹』だと知って仕掛けているのだから。

 

「・・・零夜、どうやら戦闘になりそうだ」

 

「え、そうなの?」

 

 相手が俺の存在に気付いている以上、ここで逃げ出しても先回りをされるだけだろう。

 俺の行く先が、重要人物の揃う行政府だと、直に予想出来るからだ。

 ならば、後顧の憂いを断つためにも、今この場で相手を葬るほうが良い。

 そう判断をした俺は、零夜を背中から下ろし、携帯用DFSを右手に持って自然体で待つ。

 零夜はそんな俺の姿を見て、何も言わず近くの居住区に身を隠し気配を殺した。

 

 俺に気配を殺すつもりは無い・・・零夜が近くにいる以上、俺に攻撃が集中してくれたほうが、余程戦いやすい。

 完全に管理されたコロニー内の空調は、暑くもなく寒くもない。

 だが確実に、俺の周囲の温度は上昇を始めている。

 

 

 ―――それは戦いの予感に、俺の心が躍り、活性化した昴気が体内で開放を待ち望んでいるからだ。

 

 

「・・・俺は短気な性格でな、そちらが動かないなら、こちらから行くぞ」

 

 10分ほど相手の動きを待ったが、何も仕掛けてくる気配は無かった。

 敵が隠れている、おおよその位置は既に掴んでいる。

 

 ・・・残り時間を考えると、悠長に構えている暇は無さそうだ。

 

 戦う事を決めた後の、俺の行動は早かった。

 自分と敵の間にある住宅二軒分を切り裂く一撃を、携帯用DFSから繰り出す。

 

 

 

           ――――――ザン!!

 

 

 

 有り得ない斜線が入った住宅が崩れ落ち、立ち上がる煙の背後から次々と銃弾が襲い掛かる。

 相手が攻撃を避ける事を予想していた俺は、余裕をもってその銃撃を避けた。

 崩壊する住宅に、人が住んでいない事は気配で分かっている。

 この周辺には、先程まで俺と零夜しかいなかったのだ。

 

 ・・・そして、今は俺を囲むように5つの気配が現れていた。

 

 その5人は俺を中心にして、三角形の陣を作っている。

 それぞれの頂点に二人、二人、一人・・・という組み合わせだ。

 俺が一歩進めば、相手もその陣を進める。

 いまいち意図が分からないが、敵はこの陣を壊すつもりはないらしい。

 

「こう警戒されると、意地でもこの陣を潰してみたくなるよなぁ」

 

 DFSの白い刃を掲げながら、俺はついつい楽しそうに笑ってしまった。

 

 

 

 住宅の屋根を走り、一人だけで一角を担う敵を狙う。

 相手の実力が何も分からない状況で、複数の組を狙うのは危険だ。

 少なくとも、アフリカで手合わせをした奴等なら・・・油断は出来ない。

 

         キィン!!

 

「・・・やるな!!」

 

 前方から襲い掛かってきた弾丸を、DFSの刃が防ぐ。

 身体が屋根から離れた瞬間を狙う、絶妙の射撃だ。

 俺の視界に敵の姿は映っているが、その距離を縮める事がどうしても出来ない。

 この駆け引きに、アフリカでの一戦を思い出す。

 

「ならば・・・また、時間稼ぎか?

 いや、まさか!!」

 

 着地した屋根から、そのまま反転して元の場所に引き返す。

 敵は俺の行動に一瞬も遅れる事なく、三角の陣を築いたまま付いて来る。

 

 

 

 もし、俺の予想通りだとしたら・・・だが、それほど離れていないはずだ!!

 

 

 

 

 

 

 

「おっと、そこまでです。

 気が付くのが遅かったですね、北斗殿」

 

 零夜が隠れていた住居の前に、優人部隊の制服を着た一人の男が立っており。

 その男の左手によって、右腕の関節を極められた零夜が、悔しそうな顔で俺を見ていた。

 

 

 


 

 

 

「・・・貴様、何者だ?」

 

 殺気を篭めた目で男の動きを見ながら、俺は疑問を口にした。

 以前、アフリカで戦った二人組とは、違う人物だからだ。

 背は俺より低く、零夜と同じくらいだ。

 声を聞かなければ、顔つきからして女と間違えていたかもしれない。

 

「初めまして、北斗殿。

 自分の名前は各務 千里と言います」

 

「千沙さんの弟だよ・・・北ちゃん」

 

 零夜を逃さぬように注意をしながら、自己紹介をする千里。

 千沙の弟か、なるほど道理で顔立ちが似ているわけだ。

 しかし、同じような手に引っ掛かった俺も馬鹿だが・・・何故、気配を殺していた零夜を見つけられた?

 零夜とて素人ではない、集中して気配を殺していれば、そうそう見付かるとは思えないのだが。

 

「何故、零夜さんの居場所が分かったか、不思議そうですね?

 ちょっと反則技ですが、北斗さんの『思考』を覗く方法があるんですよ。

 ですから、先ほど反転した瞬間・・・零夜さんの居場所は判明しました。

 そこで、後方に居た俺が先回りをして、取り押さえた訳です。

 まあ、零夜さんに気付かれないよう、俺自身も瞬間移動をしたんですけどね」

 

 ―――思考を覗く? 瞬間移動? だと・・・ハッタリ、か?

 

「ま、普通なら想像も出来ない事ですよね。

 でも現実に可能なんですよ、他にもこんな能力も有りますし」

 

    ヒュオォォォ・・・

 

 背後に、あの一人だけの敵が居ることには気が付いていた。

 しかし、その男がそう宣言をした瞬間、空気が・・・俺の四肢から自由を奪った。

 

「なるほど・・・手品ではなさそうだな」

 

 手足を動かせない事はないが、かなりの抵抗を感じる。

 それが俺を中心にして形成された、空気の壁のせいだと感触で理解した。

 視線を背後に向けると、そこには長い黒髪の男性が立っていた。

 この男も、やはり優人部隊の制服を着ている。

 

「俺の能力は、言ってみればサイコキネシスで風や空気を操るものです。

 身近な分、イメージをして操りやすいもんですからね。

 仲間には『風使い』って呼ばれてますよ」

 

「・・・こうやって正面から会うのは初めてだな、名は?」

 

「あ、すみません。

 自分の名前は三輪 一矢と言います」

 

 俺の質問をどう捉えたのか、頭を掻きながら一矢は名乗った。

 感知している気配の数だけなら、一矢と千里の他に、後三人の敵がいる。

 捕らわれた状態の零夜を奪い返し、この場は逃げたほうが得策かもしれんな。

 敵の実力が未知数な上に、零夜の身を守る余裕が無い。

 

「もしかすると、ヤガミが言っていた性格の捻くれたガキと、ナカザトと一緒に働いていた女も居るのか?」

 

「ええ、まあ・・・ちなみに、あと一人も女性でして、実は三人姉弟なんです。

 捻くれたガキのイマリ君は、一番下ですけどね。

 一番上が、ナカザトさんと関係が拗れてる百瀬さん。

 ちなみに、真ん中の九重は自分の恋人です」

 

「・・・余計な事までよく喋る」

 

 俺の視界から隠れている、三人のうちの一人が激昂するのを俺は感じた。

 どうやら、捻くれたガキはそちらに居るらしい。

 後一つ、激しく動揺をする気配があるが・・・こちらは九重と呼ばれた女か?

 

 しかし、ふざけた態度をとっていても、一矢には隙が無かった。

 むろん、本気を出して仕掛ければ、俺の方が勝つだろう。

 だが仕掛けるには、身体を縛っているこの空気の壁が邪魔だ。

 初速を殺された状態では、一矢と周りを取り囲んでいる敵の攻撃を避けきれない。

 

 ―――そして何よりも、零夜が囚われの身である事が痛かった。

 

 

 


 

 

 

 お互いに睨み合っていた時間は僅かなものだった。

 だが、その僅かの間に俺の考えた今後の予想は、どれも酷いものだ。

 ・・・捕まれば、まず命は無いだろう。

 それこそ、山崎の奴が嬉々として俺の身体を切り刻む姿が目に浮かぶ。

 北辰の奴が、あれだけの力を身に付け、一矢達のような手駒も揃っている。

 

 ならば、俺が生きていては百害あって一利無し、と思われるだろうな。

 

「それで・・・俺にどうしろと言うんだ?」

 

「このまま睨み合っていても仕方がないので、お二人とも連行させてもらいます。

 ・・・正直にいうと心苦しいのですが、こればかりはどうしようも無いので」

 

 どうやら一矢にも、俺の今後の運命に予想がつくらしい。

 その気の毒そうな顔は、演技だとしたら見事なものだった。

 

 だが、この状況で意外な人物が動いた。

 

「―――!!

 千里君、零夜さんを止めて!!」

 

 聞き覚えの無い女の叫び声が響き。

 それと同時に、零夜が隠し持っていたナイフで、自分の身体を貫き千里の腹部を抉った!!

 利き腕の関節を極められ、背後への攻撃が難しいとはいえ、無茶な真似を!!

 

「なっ!!」

 

 流石に零夜を抑えている事が出来なくなり、その場から二、三歩後退する千里。

 その隙を逃さず、俺は昴気を全力で解き放ち一気に一矢の束縛を打ち破る!!

 

      ―――ダンッ!!

 

 纏わり憑く空気の壁を突き破り、足を地面に撃ち込むようにして身体を強引に運ぶ。

 一秒にも満たない間に、空気の抵抗は途絶えた。

 俺はそのままの勢いで、地面に倒れている零夜を拾い上げ、背後に下がろうとしていた千里に蹴りを加える。

 

「そこを―――退けぇ!!」

 

 朱金の昴気を纏った蹴りが、千里の胸を貫こうとした瞬間、その姿が俺の前から消え去る!!

 これが先ほど千里が言っていた、瞬間移動か?

 零夜の作ってくれたチャンスを活かして、一人でも敵を減らしておきたかったのだが・・・

 

「零夜!! 無茶をするな!!

 お前は俺やアキトとは違うんだぞ!!」

 

「うん・・・まったくだね」

 

 予想を超える零夜の出血量を気にしながら、俺は逃走に移った。

 一矢達の気配も、こちらを追いかけて来る。

 このままでは、零夜の治療すらできん!!

 

「ほ、北ちゃん・・・『四陣』に、迎えが来る倉庫の座標を教えておいたから、一人でも帰れるよね?」

 

「―――零夜!!」

 

 零夜の言葉に、俺は言葉にし難い衝撃を受けた。

 

「大丈夫、足枷が無い北ちゃんなら、テンカワさん以外に負けないよ・・・負けるはず無いもんね」

 

「・・・ああ、勿論だ」

 

「そうだよね、北ちゃんは―――」

 

 

 

 

 

 

 零夜の口から、それ以降の言葉が紡がれる事は無かった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「・・・追いかけっこはお終いですか?」

 

 町外れで佇んでいる俺に、追い付いてきた一矢がそう聞いてきた。

 

「ああ、やはり逃げるのは性に合わないからな。

 昔からお前達みたいな奴等に、俺がする事は決まってる。

 思考を読む、瞬間移動、風使い・・・いいだろう、何でも仕掛けてこい。

 ―――全て喰い破ってやる!!」

 

 

 

 

 

 

 

 3年間、大人しく寝ていた狂気が開放された瞬間だった。

 

 

 

 

  

 

 

 

 

 

 

その8に続く

 

 

 

 

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