< 時の流れに >
背後に生まれた気配に、本能的な動きで蹴りを放つ。
しかし、目標に攻撃が当たる寸前に、強烈な風が俺の軸脚を刈る。
その風に逆らわず、俺は軸足一本で宙に跳んだ。
「くっ!! 背後にまわっても殆ど隙無しかよ!!」
「舐めるなよ、瞬間移動が出来ても攻撃するまでの『間』で帳消しだ。
それより、腹の傷はどうだ?」
「大丈夫、浅手だ!!」
地面に降り立つ俺を前にして、一矢に千里が愚痴る。
俺は一箇所に止まる事を避け、次の標的として黒髪の女と栗色の髪をした女を狙う。
頭の中の一部では、栗色の髪の女がナカザトの想い人だと理解している。
だが、獣の本能が囁く・・・それがどうした?と。
バヂィィィィィ!!
「ちっ、空間歪曲場か・・・いや、それなら切り裂いているはずだ」
DFSの刃を受け止めた不思議な壁を一瞥し、その場から飛び退る。
そういえば、ナカザトの報告書には百瀬という女は、戦艦並みのフィールドを張れると記されていたな。
確か名前は『イージスの盾』
・・・なら、先ほどのバリヤーはあの栗色の髪の女の仕業か。
攻撃を仕掛けながら情報を集めつつ、相手の隙を探る。
百瀬達が狙われた事に焦りを感じたのか、散らばっていた残りの3人が二人の下に向かう。
今のところ、機動力では圧倒的に俺の方が勝っている。
どうやら、個々の戦闘では勝てないと判断したのだろう。
その時、これも報告書にあったイマリという子供の姿を捉えた。
催眠術のような技を扱うらしいが・・・少々厄介だな、優先的に消すか、今なら合流前だ。
「一矢さん!!
イマリが狙われてる!!」
「分かった!!」
その叫び声が上がった瞬間、俺とイマリの間にカマイタチのような攻撃が数本走る。
怪我を覚悟で飛び込めば突破出来るかもしれないが、ここで隙を見せるのは良くない。
寸前で身体を止め、大きく後ろに飛ぶ。
・・・どうやら俺の考えを読んでいるのは、あの黒髪の女らしいな。
これで、一通り相手の手の内が分かった。
まだまだ隠し技はあるかもしれないが、何も知らない状態よりは良い。
「はぁぁぁぁぁぁぁ!!」
5人が集まった瞬間を狙い、DFSの刃を振るう。
溜めの状態の時に、既にこちらの意図を知っていたのだろう・・・百瀬が前列に立ち、大きく両腕を突き出している。
ドゴォォォォォォォォ!!
―――やはり、攻撃は防がれた。
百瀬の展開するバリヤーを突破するには、これでは攻撃力が不足らしい。
だが、先ほどの攻撃を防いだ時、巻き上がる埃が半円を描いていた事を、俺を確認していた。
つまり・・・あのバリヤーは全てを覆っている訳ではない。
もしくは、一箇所に集中する事で強度を上げている可能性もある。
「!!」
ふっ、正直だな九重、お前の顔が俺の推測が正しい事を教えてくれたぞ。
楽しそうに笑みを浮かべる俺を見て、青い顔をした九重は一矢の背後に隠れた。
これで・・・あの邪魔な女を殺せるな。
ドン!!
―――ドドン!!
度重なる攻撃に、私達の周囲は大きく地形を変えていた。
巻き上がる埃により、既に視界はゼロに等しかった。
「九重!!次は?」
「上です!!」
九重の叫び声を聞き、反射的に上方に『イージスの盾』を展開させる。
北斗からの連続攻撃を受けて、こちらは身動きも出来ない状態。
「―――違う!! それはフェイントだ!!
百瀬さん、右!!」
「なっ!!」
一矢君の指示を受け、上方に展開していた力場を無理矢理右側に移動する。
頭の奥がキリキリと鈍い痛みを訴えるが、妹弟と仲間が殺される事を考えれば・・・余程マシだわ。
―――ドゥゥンン!!
「くぅぅぅ〜!!」
歯を食いしばって、力場を維持する。
攻撃が止まった瞬間を見計らって、一矢君が埃を吹き飛ばす。
一瞬、真紅の髪と朱金の輝きが見えたが・・・直に見えなくなった。
「本当に・・・人間っすか?」
私の隣で、イマリが青い顔で呟く。
弟の力は、相手が自分の目を覗かなければ発動しない。
だけどイマリの様子を見る限り、一度として・・・視線を合わす事は無かったのだろう。
私の力場内から攻撃しようにも、動きを捉えれなければ、一矢君の攻撃は無効だ。
周囲に空気の壁を作ったところで、長時間の維持は不可能・・・
ましてや、千里君が一人で『ポインタ』で飛び出したりすれば格好の餌食。
最初に零夜さんを使って動きを止めた時が、最初で最後のチャンスだったのかもしれない。
考えてみれば、本気の『真紅の羅刹』と戦った事がある人間は、あの漆黒の戦神と北辰殿だけ。
その他の人間は、その強さを伝える事無く・・・死んでいる。
伝え聞いただけの噂が、真実とは違うのは良くある話。
だけど、その噂を凌駕する実力など、想像も出来るはずがないもの・・・
「愚痴を言っても仕方が無い、相手も何時までも動き回れるはずがないんだ。
ここは耐えて、持ちこたえるしか無いだろう」
私達の周囲に空気の壁を作り上げ、北斗の行動を制限している一矢君がそう叱咤する。
プロトタイプになるブーステッド達に比べて、私達は生体ベースが殆どだ。
生身の戦闘能力に関しては、どうしても一般人を何とか超える程度。
それを補うために、様々な特殊能力を付与されてる。
ブーステッドより寿命は長く、またメンテナンスの手間も少なくて済む。
勿論、実験などでは常人には太刀打ち出来ない性能を示した。
・・・だけど、それは『常人』が相手の場合の話。
はっきり言って、目の前の敵には『化け物』の言葉すら生温いもの。
―――ドン!!!!
今回の戦闘で、一番の衝撃が地面に走った!!
大きくすり鉢状に崩れていく地面に、足をとられた全員が落ちていく!!
これは・・・もしかして、コロニーの外壁すら貫通してるの?
「このままだと宇宙に吸い出される!!
手近かな物に掴まれ!!」
必死に地面に身体を固定して、死の世界へと誘おうとする流れに抗う!!
数分もすると、修理機構が動き出し、シャッターにより外壁の穴は何とか塞がった。
一矢君がぐったりとした九重を抱きかかえて、穴から抜け出す。
それに続いて、私とイマリ、そして千里君が蟻地獄から抜け出した。
「何て無茶苦茶な・・・地面を割ったのか!!
コロニー内の戦闘だと分かっているのか!!」
「心配するな、修理機構を壊さない程度に手加減したさ」
一矢君の言葉に、返事をした相手は・・・壮絶な笑みを浮かべながら、私達の背後に立っていた。
人とは思えない壮絶な鬼気と、朱金に輝くその神々しさに私は身動きを封じられた。
「チェックメイトだ、首元を見てみろ」
言われるままに、5人それぞれが首元を見る。
そこには、細い細い・・・糸のようなモノが巻きついていた。
よく見ると、腕や手足にもその糸は巻きついている!!
一体何時の間に?
「お前達が穴に引きずり込まれる時に、仕掛けておいた。
今は昴気を通わせて、意図的に見える程度に光らしてある。
同時に、切れ味も桁違いだがな・・・下手に動けば死ぬぞ」
その言葉に嘘が無い事を、私達は既に知っていた。
そして、躊躇いも無く目の前の羅刹が、それをやってのける事も。
―――既に決着はついた。
ブースデット達に比べると物足りないが、それは目的の違いゆえだろう。
こいつ等は言ってみれば、裏方で動く事を目的に作られた存在だ。
ネルガルで例えると、シークレットサービスのようなものだな。
純粋に戦闘用に作られたブーステッド達とは、比べ物にならないはずだ。
それが分かった時、俺の殺意が大きく減った。
もしこれがブーステッド達なら、手足を失おうが向かってきただろう。
気絶している九重や、疲労のせいで倒れそうな百瀬。
催眠術を警戒して見ていないが、イマリも恐怖から動けないようだ。
唯一、一矢と千里だけが、戦意を失っていないみたいだな。
――――――興が醒めたな
「少々、派手に暴れすぎたな・・・西沢がまた頭を抱えるな。
その西沢と、舞歌だが、何処に居る?」
「西沢殿は、草壁閣下が直々に説得中ですよ。
・・・舞歌様は、南雲殿の家にて監禁中です」
南雲の家か!!
っち、確か隣のコロニーだ・・・今からでは間に合わん!!
返事をした一矢が嘘を言ってる可能性もあるが、俺の方向音痴を知っているなら嘘を付く必要も無い。
零夜の事を思い出し、殺意が再び燃え上がるが、ここで皆殺しにしてしまっては意味が無い。
忌々しく思いつつも、一矢に質問を続ける。
「月臣と京子、それに飛厘はどうした?」
「月臣殿は重症の為に集中治療室です。今動かすと・・・死にますよ。
京子さんはその月臣殿の看護、飛厘殿はその京子さんの治療です」
「京子の・・・治療だと?」
問いかける俺に、一矢はここ最近の情報を俺に話した。
いかにもあの山崎が考えそうな手に、このまま始末をしに行きたくなる。
だが、情報を整理すればするほど、舞歌を含む全員の救出が不可能に近い事が分かった。
これならば、海神の爺さんと、公介だけが救出できる状態だったとしか思えない。
今となっては、全て後の祭りだが。
救出作戦・・・失敗、だな。
不愉快に思いながら、気がかりだった最後の質問をする。
「最後の質問だ、草壁がナデシコに似た船を所持しているのは本当か」
「・・・3年前、あの戦争の真っ最中に木連のプラントに現れたそうです。
何百年も宇宙を漂ったような、ボロボロの姿でね。
でも、辛うじてメインコンピュータの基幹部分は残っていたらしいです。
データ類はかなりロストしていたんですけどね」
「随分と口が軽いな」
流石にここまでスラスラと白状されると、俺でも怪しいと勘繰ってしまう。
しかし、一矢からは嘘をつくもの特有の仕草や、気配は感じられなかった。
「ちなみに、船の名前はナデシコC」
「!!」
何気ない風に一矢が口にした名前に、思わず俺の視線が鋭くなる。
「オペレーターを担当する、ハル君とラビス君に教えて貰った事ですから間違いは無いですよ。
ちなみに、『もう一つの歴史』も既に復元済みですしね」
「お前・・・何を考えている?」
殺気を篭めた視線を一身に受け、冷や汗をかきながらも一矢は話した。
どう考えても、この男の行動は草壁の飼い犬とは思えない。
むしろ、害になると思えるような事を仕出かしている。
知りすぎているのだ、今のこの宇宙の現状を。
「・・・見届けたいだけですよ、この戦争の結果をね。
漆黒の戦神、真紅の羅刹、古代火星人の遺跡、ボソンジャンプ、帰還者
たった一人の男によって、全人類・・・木連すら巻き込んでこの混沌は生まれた。
この狂った時の流れの、その行き着く先を―――俺は知りたい」
「・・・・・・・・・・・・なんで助かったんだろうな、俺達?」
首からあの鋼線の感触が消えないのか、何度も首筋をさする千里。
「・・・・・・・・・・・・さあ、な。
余りに情けない敵に、止めを刺す気も失せたんだろう」
隣を見れば、イマリが白目を剥いている。
俺との会話に集中していた北斗を、隙ありと動こうとして昴気の一撃を受けたのだ。
殆ど興味は無かったらしく、黙らせるだけの攻撃だったので、イマリは死なずに済んだ。
上には上がいると、今日ほど実感した事は無いだろう。
「どんな報告をするつもり?」
九重の介抱をしていた百瀬さんが、疲れきった声で尋ねてくる。
今回の戦闘で、一番活躍したのは間違いなくこの女性陣二人だ。
正面からでは・・・俺達には歯が立たない相手だった。
本来のスタイルである、裏方からの戦いならば、まだ分があっただろうが・・・
相手の戦力を100%発揮されては、勝ち目など無かったという事だ。
「もともと、俺達の存在はクーデターを起こすまで有効だったのさ。
今後は、正面からのドンパチ・・・裏方の出る幕は減る一方。
だからこそ、下手に兵隊を失うより、俺達を草壁閣下はぶつけた。
・・・失っても、今更惜しくない駒だからな」
九重の髪を梳きながら、俺は草壁閣下の考えを述べた。
北斗を始末出来れば、奇跡だと本人も思っていただろう・・・こっちには拒否権など無いしな。
既に事態は最終段階に入っている。
後一ヵ月後には、全てが決まるだろう。
今のままでは、俺達は本当にただの捨て駒だ。
活路を見出す意味も含めて、俺は手持ちの情報を全て真紅の羅刹に話した。
時間稼ぎが出来れば、山崎から例の薬を盗み出す隙も見付かると思って。
「約束したからな、九重とハル君とラビス君に。
人殺しをしなくて良い、自由の身になって・・・地球に行くってさ」
「それと、漆黒の戦神に会う、だろ?」
千里が俺の隣に座り込み、明け方の空を演出するコロニーの天井を見ながら付け加える。
「お前も興味が湧かないか?
逆行者だぞ? 人生やり直して、ますます泥沼に嵌った歴史上初の人物だぞ?
そりゃあもう、女性関係から対人関係まで」
「・・・本人を前にそれを言って、生きてたら誉めてやるよ」
何時ものやり取りをしながら・・・俺は心の中で、何故自分が助かったのか首を傾げていた。
最後の最後に、俺達を縛り付ける鋼線を握ったまま、北斗は全員を気絶させた。
目覚めた時には、信じられない事に全員生きていた。
周囲を軽く調べた所、乾いた血の跡を離れた窪地で発見した。
まず間違いなく、零夜の血だろう。
出血量から、傷の深さが致命傷である事が分かる。
その胸中は、俺には想像も出来ない。
・・・・・・・・・・・友の亡骸を背負い、真紅の羅刹は去ったのだ。
後書き
・・・・あれ、油断をしたら何故かこんな展開にぃぃ?
ま、やっちまったもんは仕方ねぇ!!
それにしても、性格変ってきたな一矢(汗)