< 時の流れに >

 

 

 

 

 

 

 

「・・・か、身体が悲鳴を上げてる」

 

 今日の特訓を終え、休憩室で私は休んでいます。

 初日より慣れたとはいえ、その訓練内容の過酷さは相変わらずです。

 最初の宣言通り、北斗さんの訓練は「生きて帰れると思うな」でした。

 以前の戦闘で、北斗さん相手に手も足も出なかった事を考えると、この特訓も納得出来ます。

 北斗さんは、私達の特訓に付き合った後、自己鍛錬を行うそうですから・・・まさに化け物ですね。

 

 でも・・・その訓練後に、身体を引きずりながらタニさんの所に向かうヤマダさんは、もはや人外でしょう。

 昔からそうだ、という声もよく聞きますけど。

 

 隣を見ると、やはりリョーコさんとアリサさんが倒れています。

 まあ、三人共に何とかこの休憩室に帰ってこれるようになっただけ、進歩したという事ですかね。

 最初は北斗さんに担がれて、この休憩室に放り込まれていましたし。

 

「・・・お〜い、生きてるか、アリサ〜、イツキ〜?」

 

「・・・何とか〜」

 

「・・・同じく」

 

 普段からは想像も出来ない、弱々しい声でリョーコさんが尋ねてきます。

 アリサさんは右手を持ち上げて、私は声だけで返事をしました。

 

「・・・腹、減ったよなぁ」

 

「・・・そうですね〜」

 

「・・・私が何か作りましょうか?」

 

「「さて、部屋に帰らないと」」

 

 無理矢理に身体を動かし、休憩室から逃げ出そうとするお二人。

 そこまでの根性を発揮して、何から逃げようとしているのか、問い詰めたい気分ですよ。

 帰っていった二人ほどの根性を発揮できない私は、このまま休憩室で寝てしまいたい誘惑に捉われています。

 空調は完璧ですので、風邪をひくような事は無いでしょう。

 

 ―――あ、そんな事を考えているうちに、睡魔が・・・

 

 

 

 

「ん、目が覚めた?」

 

「・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・私の部屋ですか」

 

 目を覚ますと、そこはネルガルで用意された私の部屋でした。

 備え付けのベットから隣を見ると、そこには私服姿のカインがいました。

 ちなみに、私はパイロットスーツのままです。

 身体をベットから起こしながら、目の前に居るカインに尋ねました。

 

「貴方が運んでくれたのですか?」

 

「休憩室にイツキが寝てるから、とホシノさんに連絡をもらったから。

 幾ら風邪をひかないとはいえ、その格好で寝ているのは・・・ちょっと、ね」

 

 赤い顔になって頭を掻くカイン。

 戦闘中や訓練などで、パイロットスーツ姿は見慣れていますが、やはりこういう場面では恥ずかしいです。

 今更ながら・・・ベットのシーツで身体を隠します。

 そういえば、カインも北斗さんの特訓を受けているのに、タフさではヤマダさんに並ぶ人なのですか?

 

「お腹空いてない?

 簡単なものなら作るけど?」

 

「・・・貴方の味覚は信用できません

 私が作ります」

 

「・・・君がそれを言うかな」

 

 微笑んだまま、私達の視線が空中でぶつかり合います。

 何故か味の好みに関してだけは、二人共に頑固でした。

 それ以外の事ならば、逆にお互いに譲り合う事が多いくらいなんですが。

 

 でもね、いきなりグラニュー糖の袋を掴んでいる手を見れば・・・私じゃなくても止めますよ。

 

 私の視線に気付いたのか、珍しく憮然とした顔でカインが言い返してきました。

 

「仕方ないでしょ?

 イツキの部屋のキッチンには、香辛料の類しかないんだから」

 

「失礼な、ちゃんと紅茶用に角砂糖位置いてます!!」

 

「・・・本当に、角砂糖だけな」

 

 お互いに相手の台所の様子を既に知っているので、切り返しは絶妙です。

 ええ、確かに角砂糖しか置いてませんよ。

 でも、カインの部屋みたいに、砂糖博覧会状態よりは余程マシだと思います。

 

 ―――その後も、疲れた身体を鞭打っていがみ合いは続きました。

 

 笑っちゃいますけど、実はこんな関係が楽しいです。

 もう記憶もあやふやですが・・・確かにこんな幼稚な喧嘩をしていた相手が、昔は居たはずです。

 元々、男性の方とは距離を置いていた私が、これだけ気を許しているなんて、自分でも信じられません。

 何故か彼のささいな仕草や動きが、凄く身近に感じているのです。

 ・・・それが、忘れ去った過去に起因している事は確かでしょう。

 でも、そんな事に関係なく、今のこの関係を楽しんでいる自分もまた、確かに居ます。 

 

 一度だけ、カインに聞きました。

 

「私の忘れた過去に、どんな事があったのですか?」

 

「・・・忘れたのなら、そのままの方がいいよ。

 わざわざ嫌な事を思い出す必要なんて、ないでしょ?」

 

 優しく笑っていた彼の顔を見て、思い出す必要の無いものと分かりました。

 何より、私の事を大事に想っている事が、強く伝わりましたから・・・

 

 

 


 

 

 

「以上で、今日の仕事は終わりです。

 あ、それと月のエリナさんからメールが届いてましたよ」

 

「うん、それはもう読んだ」

 

 メールの内容は・・・嫌味の羅列だったし。

 そりゃあ、エリナ君が秘書をしていた時に比べると、二倍強の能力を発揮してるさ。

 だって当たり前でしょ、今の秘書は千沙君だし。

 プロス君も始終ニコニコ顔で、ゴート君も・・・何時もの顔か。

 つまりなんだ、極楽トンボ返上?

 

 ま、最後に『頑張りなさないね、お幸せに』と記す辺り、実は祝福してくれてるかもしれないな。

 それに、秘書役を引き継ぐ時、エリナ君は始終機嫌が良かった。

 最後に「これでお守り役はお役御免ね♪」と、宣言した程だ。

 

 ・・・千沙君と一緒に、呆れた顔で会長室から見送ったものだ。

 

「でも、私は秘書役より、北斗様と一緒に戦いたかったですよ」

 

「機体が無いのに、無茶言わないでよ。

 ヤマダ君の機体の修理に、ダリアおよび各機体のパワーアップ。

 それに平行して、ナデシコCの開発をしてるんだから・・・」

 

 実際、ウリバタケ君とレイナ君は現場で走りまわっている。

 ウリバタケ君は修羅場が始まる前に、一度実家に帰っているけど、折を見てレイナ君も休ませないとね。

 今のまま放って置けば、倒れるまで働きそうだ。

 

「万葉の機体も、以前の戦闘で無傷じゃないですからね・・・歯がゆいです」

 

「でも後方支援は出来るでしょ?

 こちらはこちらで、他の人には出来ないことをしてるんだし」

 

 三年前では、お互いに部隊の隊長をしていた身だ。

 不安が無いと言えば嘘になるけど、今ではヤマダ君の方が腕が上だと思っている。

 そして特訓中の彼等に追いつける自信は、僕にも千沙君にも無かった。

 戦場から離れ、軍から離れていた時間が、確実に彼等との距離を広げていたのだ。

 僕は会長職に、千沙君は舞歌さんの秘書役にと、それぞれが忙しかったのだから。

 

「でもさ、どうして万葉君とヒカル君が妊娠している事を、教えてくれなかったの?」

 

「逆に私は既に知っておられたものとばかり、思ってましたが?」

 

 女性陣の方には、本人が連絡を入れたのだろう。

 三姫君などは出産経験者だし、アドバイスを聞きに行ったとも考えられる。

 それに、ヤマダ君の実家には母親がいるんだし。

 

 ・・・しかし、自分の息子が二人もお嫁さんを連れて来て、その上妊娠してるとはねぇ

 

「ヤマダさんの家族は大騒ぎらしいですよ。

 ネルガルが用意した宿舎に、毎日誰かしら訪れてますから」

 

「・・・・・・・・・・・・・・・その騒ぎに気が付かなかったのか、あのサングラス」

 

 そ〜、言えばあの人、毎日グラシス中将の家に保護されたミリアさんに会いに行ってるらしい。

 ボソンジャンプの訓練とか建前を言ってるが、毎日毎日ボース粒子の警報を鳴らすのは止めて欲しいね。

 木連のジャンパーによる奇襲を防ぐはずの機器も、一人の男性のお陰で大活躍だ。

 ま、そのお陰で、日増しにジャンプ精度を上げていかれましたがねぇ

 

 ・・・クーデターが終わったら、イネスさんの所に三日ほど置いてやる。

 

「三姫の時もそうでしたけど、万葉が母親になるなんて・・・ちょっと不思議な気分です。

 嬉しい気持ちも本当ですけれど、先を越されたと思うのもおかしいですかね?」

 

「それを言ったら、エリナ君を含める女性連中―――」

 

 

     ―――ゾクリ

 

 

 ・・・洒落にならない殺気を僕は感じた。

 冗談でもこの先の言葉を紡げば、何か取り返しのつかない事態に陥りそうだ。

 千沙君との蜜月が始まったばかりなのに、ここでリタイヤするなんて御免だ。

 ヒカル君より年上の女性の名前を出すのは、タブーになっているらしい。

 

「エリナさん達が何か?」

 

「・・・いや、きっとヒカル君の事で喜んでいるだろうなー、と思ってね」

 

 よし、矢も飛んでこないし、天井も落ちてこないな。

 どうして会長室で、この僕が命の危険を感じなければいけないんだよ・・・

 

「ま、今日の仕事は終わったし。

 帰りに何か食べて行こうか?」

 

 これ以上の地雷は御免なので、コートを取り出しながら千沙君に話しかける。

 現在、ネルガル内に関係者を保護しているので、帰り先は一緒だ。

 残念ながら、住んでいる区域は違うけど・・・ま、ここは我慢我慢。

 もう、焦る必要も無いしね。

 

「それじゃあ、ホウメイさんの所に行きませんか?

 多分、皆さん揃われていると思いますし」

 

「・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・確かに、揃っていそうだね」

 

 

 

 

 ―――怖い女性達が、ね。

 

 

 


 

 

 

「お帰りなさいジュン君、御飯できてるよ〜♪」

 

「・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・なあ、どうやってこの部屋のロックを外した?」

 

「ラピスちゃんに頼んで」

 

 笑顔で出迎えた私が明るくそう言うと、ジュン君は溜息と一緒に肩を落とした。

 可愛い彼女に向かって、実に失礼な態度である。

 ま、未だ自称の彼女だけど。

 

 その後、ブツブツと文句を言っているジュン君の背中を押して、部屋に入り込む。

 緊急で関係者及び、関係者の家族を集めた仮の個人用の部屋にしては、十分な広さをもっていた。

 1DKなので、キッチンが広く使えるのが嬉しい。

 本当・・・木連に住んでいた時からは、想像も出来ない贅沢さだ。

 

「・・・こんな時間に、女の子が男の部屋に来るもんじゃない」

 

 ダイニングにある机から椅子を引き出し、座り込みながらジュン君がそう言う。

 

「ミナトさんには許可貰ったも〜ん」

 

「・・・九十九さんは?」

 

「ミナトさんに反論して、KOされてた」

 

 再び大きな溜息を吐くジュン君だった。

 そんなジュン君の姿を横目で見ながら、さっき作ったばかりの晩御飯を用意する。

 ミナトさんに近頃料理を教えてもらっているから、食べられないような味ではないはず。

 

 ・・・ま、あのユリカさんの料理ですら食べた人だし、その辺は心配ないでしょう。

 

「それに、今の食堂は凄い状況だよ?

 ちょっと覗いてきたんだけど、アカツキさんを肴にして盛り上がってたし。

 絶対あそこで食事を取るのは無理、身体を賭けてもいいよ」

 

 おお、我ながら大胆!!

 

「・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・そんなモノ賭けるなよ。

 わかったよ、ありがたく御飯は頂くさ」

 

 しかし私は、ちょっと赤くなったジュン君の顔を見逃さなかったのだった。

 可愛い、可愛い♪

 

 ご機嫌な私は、自分の分の御飯を茶碗に盛ってテーブルに置く。

 既に座っていたジュン君は、私と自分の分のお茶を淹れてくれていた。

 こういう細かい所に気が付くのが、この人の良い所だと思う。

 

「では、いただきます」

 

「はい、どうぞ♪

 幼な妻の手料理だよ〜」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 あ、固まってる。

 

「・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・あのな」

 

「私もう十六歳だも〜ん、全然問題無いも〜ん」

 

「・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・そういう問題じゃ無いんだよ」

 

 頭を抱えながら呻いているジュン君を見ながら、私は自分の御飯を食べる。

 うん、ミナトさんから及第点はもらえるかな?

 何か言おうとしたジュン君も、私の笑顔を見て押し黙り、天井を仰いでいた。

 その後で、諦めがついたのか、猛然と目の前の御飯を食べだす。

 

 

 

 

 そんなジュン君を、私は笑いながら見ていた。

 

 

 


 

 

 

「・・・やはり、ユキナを迎えに行きます」

 

「も〜、大丈夫だって。

 自慢の妹でしょ?

 少しは信じてあげなきゃね。

 それに相手がジュン君なら、間違いはそうそう起こらないわ」

 

 立ち上がった私の服の袖を掴み、再び畳に座らせるミナトさん。

 私は内心で焦りながらも、その言葉に逆らえず座りなおした。

 ミナトさんに言われたように、ユキナに関しては心配していない。

 だが、あの男に関しては・・・心配の種は尽きん!!

 

 しかし、ミナトさん。

 学校の先生の台詞とは、到底思えないですが・・・

 

「でもさ、二人っきりなんてのも久しぶりよね」

 

 お猪口に熱燗をそそぎ、私に笑顔で手渡すミナトさん。

 

「そ、そうでありますね」

 

 いかん、変に緊張してきたぞ・・・

 そういえば、何時もユキナと一緒だったので、二人っきりの夜など新婚旅行以来だ。

 ただでさえ注目を浴びる結婚式だったために、色々と大変だった。

 近頃、やっと落ち着いてきたと思えば、火星の後継者のお陰で私は軟禁状態。

 ネルガルの庇護の元で、今日まで暮らしてきたのだ。

 

 と、そんな事を考えている私に、じりじりとミナトさんが距離を詰めてきていた。

 顔が赤いところを見ると、どうやら同じ熱燗を飲んでいたらしい。

 

「高杉さんは結婚後、直に三玖ちゃんが生まれたし」

 

「そ、そうでありますな」

 

 ミナトさんが前進した分、自分が後退する。

 それに三郎太の奴は、いわゆる『出来ちゃった結婚』の為に、式が早まったのだが。

 ・・・あの時は、優華部隊全員の前で結婚式を直に挙げると約束してたな。

 

 ―――青い顔で

 

 活を入れてやるつもりだった私と源八郎は、その後三郎太を連れて飲みに行ったものだ。

 

「ミリアさんも、七月には出産予定だし・・・ヒカルちゃんと、万葉ちゃんにも先を越されちゃったわね。

 何だか、悔しいなー」

 

「・・・はは、はははははは。

 ソウデスネー」

 

 何だか、追い詰められているような気がするのは・・・私だけでしょうか?

 ミナトさんは固まっている私の肩を押し、畳の上に押し倒す。

 その上から、ミナトさんの上気した顔が覆い被さってきた。

 

 

 

 

 

 

 

「ねえ九十九さん。

 私も、そろそろ赤ちゃんが欲しいな♪」

 

「が、頑張らせていただきます・・・」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

その12に続く

 

 

 

 

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