< 時の流れに >
ナデシコCがボソンジャンプを予定しているのは、地球を出発してから二週間後だった。
どう隠しても、相手にはナデシコCの発進を知られるだろう。
クリムゾンという企業が存在する以上、それは仕方が無いことだった。
ならば、せめて焦らすのも手だ・・・というのが、全員の意見だ。
ただの嫌がらせとも取れるが、相手に今まで煮え湯を飲まされてきたんだ、コレくらいの意趣返しはしておかないとな。
ちなみに木連が存在するコロニー近くには、イネスさんがジャンプをする事が出来る。
以前、北斗を迎えに行く時に、万葉ちゃんと一緒に一度ジャンプしているからだ。
本当はイネスさんには地球に残って欲しかったが、こんな理由で同乗となってしまった。
行きはイネスさん、帰りは艦長・・・ま、こんなプランかな?
他人から見れば神風特攻チームだが、逃げ道だけは用意してある。
・・・そういう意味でも、ボソンジャンプの凄さがよく分かる。
「で、エステの整備は終わったのか?」
「ああ、もう完璧だ。
目標通り、以前より50%のスペックアップを可能にしたぞ。
ま・・・後は、乗り手の腕次第だな。
それにしても、お前さんは暇そうだな、ヤガミさんよ?」
「こちらとしては、艦内に敵襲でも無い限り、な」
たまたま食堂で出くわしたウリバタケ班長と、俺はそんな会話をしていた。
段々と近付いてくる決戦の時間に、クルー全員がピリピリとしている。
相手の手に遺跡がある・・・すなわち、そこにアキトの奴が居る可能性は高い。
だが、今までの情報ではその真偽を確かめられなかった。
第一、ルリちゃんが言うには、アキトの奴はオペレーターとしての能力、つまり他のジャンパーを誘導する能力は低いらしい。
あいつの得意とする分野は、自分自身を運ぶイメージング能力であって、他の人物を跳ばす能力ではない。
そしてA級ジャンパーの中で、その手の能力に特化しているのは、ユリカ艦長だけらしいのだ。
ちなみに、イネスさんはアキトとユリカ艦長の中間の能力だそうだ。
俺のジャンパーとしての能力はアキトと同じだが、イメージングに時間が掛かるため、戦闘には不向きだな。
・・・もっとも、ルリちゃんが知る以外に、オペレーター特性を持つA級ジャンパーが居る可能性もあるんだが。
どちらにしても、今現在遺跡に捕まっている人物は誰なのだろうか?
人類がボソンジャンプを行う以上、必ず『生贄』は必要なのだ。
そして、『生贄』が別人の場合、先に捕まっていたアキトは?
・・・・・・・・・・・・考え出せば、きりが無い問題だった。
過去を知る者としては、不吉な考えしか浮かんではこない。
だからこそ、この一戦で全てを明らかにする。
それが、この戦いに臨む者、全員の考えだ。
「後は本番を待つのみかな。
しかし、整備が終わったわりに、随分と汚れてるな?」
改めて観察すると、ウリバタケ班長の作業服には、真新しい油汚れや埃が目に付いた。
「・・・一番の駄々っ子が残ってるんだよ。
ありゃ、もうエステの範疇にはいらねぇからな」
渋い顔で、俺の質問に答えるウリバタケ班長。
その口調と態度で、俺は問題になっているモノがなんのか分かった。
「ダリア、か」
「ああ、全く無茶苦茶な注文しやがってよ。
テンカワでさえ、ディアとブロスがいなけりゃ操作出来ない、相転移エンジンのデュアル稼動モード。
それを短時間とはいえ、一人で操れるようにしろと言いやがる。
せめて補助のAIを組み込めば、まだ安全性が高まるが・・・時間が足りねぇ」
北斗がウリバタケ班長に頼んだ改造は、エステ隊の改造とはレベルが違った。
元々積んである相転移エンジンの他に、もう一機搭載。
その二機の相転移エンジンを同時稼動する事により、爆発的な出力を得る。
・・・過去、一度だけアキトが使って見せた、ブローディアのフルバーストモードだ。
俺達の目の前で、あのサツキミドリを完全に消し去った力。
個人で使うには、余りに巨大すぎる力だ。
大気圏突入という状況下だったとはいえ、使用後はあのアキトが意識不明になるほどの負荷を受けた。
それを短時間とはいえ、一人で操ろうなどというのは・・・やはり無謀という考えが、真っ先に思い浮かぶ。
「実際のところ、制御できるような代物なのか?」
俺がそう尋ねると、ウリバタケ班長はそっぽを向きながら吐き捨てた。
「腕前はテンカワと並ぶんだ、問題ねぇ・・・
だがな、どうしてもソフト関連が追いつかねぇんだよ。
ダムから溜めた水を出すにも、微妙な操作の元で徐々に放水が行われるだろ?
一度決壊すれば、あとは連鎖的に崩れるだけだからな」
なるほど、分かりやすい例えだ。
保有するエネルギーが大きければ大きいほど、その力の扱いは難しくなる。
ソフトの処理が追いついている間は、良かった・・・
だが、デュアル稼動する相転移エンジンのパワーを制御しきるソフトは、今現在では存在しない。
その場その場で臨機応変に調整するには、情報量が桁違いなわけだ。
「伊達や酔狂だけで、ルリルリ達はディアとブロスを作ったんじゃねぇんだ。
臨機応変に、アキトの奴の戦闘時の癖や特徴を学習しつつ、最も効率の良いエネルギー配分を行う。
ハードとソフトのレベルが対等だからこそ、ブローディアは全力を出せた。
残念だが、『四陣』にはそこまでの処理は不可能なんだよ」
対処の方法を考えても、何も思いつかないだけに、俺がウリバタケ班長に掛ける言葉は無かった。
俺に考え付くようなアイデアなら、班長達も試しただろう。
一番良い方法は、そんな危険な改造を施さない事だ。
勿論、北斗がウリバタケ班長にダリアの改造を頼みに来た時、関係者全員は反対したそうだ。
だが、パワーアップした北辰と手合わせをした北斗は言った。
『あれはアキトのブローディアに匹敵する』
・・・止めの一言だった。
作った本人達と、唯一対等に戦ってきた当人だ。
その言葉の意味を、嫌が応にも理解してしまった。
現に、先の対決ではDFSでさえ受け止められたのだ、未知の機能がある可能性も高い。
それに取り巻きの六連が居る以上、ヤマダ達の援護も期待出来ない。
なら、送り出す側としては・・・戦い行く者の望む限りの装備を与えるしかない。
ウリバタケ班長は鬼のような形相で、ダリアの改造に取り掛かっていた。
ダリアの開発に携わっていたタニさんの所にも、レイナちゃんと一緒に頻繁に足を運んでいた。
この準備期間中、一番仕事で忙しかったのは・・・間違い無く、ウリバタケ班長だろう。
「・・・でもよ、悪い事ばっかりじゃねぇんだ」
「へ、何が?」
話を聞く限り、何処にも明るい話題は無いと思うが?
視線を向けると、照れ臭そうにウリバタケ班長が笑っていた。
「ツヨシの奴がよ、俺の事を見直した、って言いやがってよ。
キョウカも『お父さんって格好良かったんだ!!』、って言うしよ。
ま、今まで俺が現場に近づけた事が無かったから、仕方が無いといえばそうなんだけどな」
「そりゃまた・・・思わぬ副次的効果で・・・」
確かに、真面目に格納庫で働いてるウリバタケ班長は、普段からは想像も出来ない人物だもんな。
私生活のアレな姿ばかり見ていたお子さんには、余程衝撃的だったらしい。
クルーの親族をネルガルが保護している間、父親の本当の姿に接する機会があったという事か。
そろそろツヨシ君も反抗期に入りかけだし、ウリバタケ班長からすれば嬉しい誤算か?
・・・ま、一年以上家庭を放りだして、ナデシコAで活躍してた人だしなぁ
―――息子と娘さんの教育について、ちゃんと何か考えてるんだろうか?
「お前さんも、もう少ししたら父親になるんだからな。
そこらへんはきっちりしとけよ?」
「大丈夫ですよ、反面教師には事欠かないし」
「・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・ほぉ」
サングラス越しの視線から逃れながら、俺は手に持っていた珈琲を飲む。
暫くジト目で俺を責めた後、ウリバタケ班長はまた溜息を吐いて正面を向いた。
「こういう場合、ヒーローは遅れてくるのが『お決まり』とはいえ。
何処で何をしてやがるんだか、アイツはよぉ」
「・・・実際のところ、ヒーローじゃないですからね、『お約束』は無理でしょ」
実際、そう都合良く現れたのなら、このタイミングを狙っていたのかと問い詰めるね。
それにそんな器用な真似が出来るヤツなら、もうちょっと上手く人生を渡ってるだろう。
自分がヒーローではなく、またヒーローになれない事を本人が一番知っている。
「後、三日だったな、確か?」
油に塗れた手を指折って、出発からの日数を数えるウリバタケ班長。
俺も頭の中で今後のスケジュールを思い出し、何を言いたいのかを理解する。
「ええ、三日後にボソンジャンプ。
その後は、そのまま決戦です」
「それまで完璧に完璧を期さないとな・・・機体性能で負けた、なんて言葉は絶対に吐かさせねぇ!!」
自分自身に活を入れ、ウリバタケ班長は格納庫に向かった。
俺は飲みかけの珈琲を少し持ち上げて、その背中を見送った。
自分の仕事に生き甲斐と誇りを持つその背中は、俺から見て眩しい。
きっとその姿を、子供達は誇らしげに見ていただろう。
「父親の背中、か。
俺には・・・殆ど記憶にないな」