< 時の流れに >

 

 

 

 

 

 

 

「・・・予定の時間だ、今頃ナデシコはボソンジャンプをしてるかな」

 

「後は祈るだけですか、それも歯痒いですね」

 

「こちらのカードは全て読まれているのに、相手にはまだ切り札があるはず。

 ・・・不公平な戦いね」

 

 執務机の上で両手を組み、腕時計を見ながら僕は運命の時間が訪れた事を呟いた。

 少し離れた場所で、スーツ姿のエリナ君と千沙君が来客用のテーブルに座り、じっと何かを考えている。

 ・・・不安が無い、といえば嘘になる。

 出来る限りの事はしたし、打てる限りの手も打った。

 現状で揃える事の出来る最高のクルーで、今回の戦いに挑んでいる。

 

 ―――なのに相手の『底』が見えない事が、何処までも僕を不安に陥れていた。

 

「最後の手段、なんて使いたくないんだけどねぇ・・・」

 

「何の話です?」

 

 思わず呟いていた僕の言葉に、千沙君が反応する。

 以前は、こんな僕の無意識の呟きを問い詰めてきたのはエリナ君だけど、今は千沙君だけだ。

 どうやらエリナ君は本格的に、僕の『お守り』から外れるつもりらしい。

 

「いや、別に深い意味はないよ。

 相手が『遺跡』に何をしたのかな〜、ってちょっと気になってね」

 

「イネス達の予想を信じる限り、間違い無く一人は取り込まれているはずよ。

 元々、私達人類とは思考形態の違う『存在』が作ったモノだからこそ、翻訳者が必要なんだし。

 ・・・それが、彼だとは思いたくないけど」

 

 現場に行けない苛立ちを押さえ、努めて冷静な声で話すエリナ君。

 本当ならば自分も作戦に同行したかったのだろう・・・

 だが、今のネルガルは火星の後継者との戦いで生じた損害のカバーが必要だった。

 火星の後継者による蜂起による混乱の結果、ネルガルと明日香グループは少なからぬ経済上の損害を被った。

 が、地球圏Big3の最後、クリムゾンは微塵たりとも損害を受けていない。

 それどころかこの混乱の最中シェアを拡大し、業績を伸ばしてすらいる。

 ここまであからさまだと、最早クリムゾンとしても背水の陣で臨んでいるとしか思えない。

 クーデターが無事に収まれば、背後関係で必ず疑われるのだから。

 

 そして、ウチと同じ理由でカグヤ嬢も走りまわっている。

 彼女もナデシコCに同乗を望んでいたが、今回は父親に諌められたそうだ。

 

「・・・結局、どんな方法をとれば、誰も悲しまずに済むんだろうねぇ」

 

 ポツリと、僕は呟いた。

 視線を向けた先では、女性二人が揃って難しい顔をしていた。

 

 

 

 

 

 

 

 ――――――それは、誰にも答えらない命題だったかもしれない。

 

 

 

 


 

 

 

 

「サラちゃん、私に構わず日本に行けば良かったのに」

 

「何言ってますか、もう動くのも大変なんですよね?

 それに百華さんの事もありますし。

 二人まとめて、私に任せておいて下さい!!」

 

 ゆったりとした背もたれのデッキチェアー(ナオさんの自作)に座り、ミリアさんは微笑んでいた。

 そのミリアさんの隣のベットでは、百華さんが顔だけを出して、申し訳無さそうに私に呟く。

 

「う・・・お願いします」

 

「はいはい、動けるようになっても、まだ何とか歩けるだけなんですから。

 百華さんは昨日みたいな無茶を、絶対しないで下さいね!!」

 

 昨日の事件で懲りたのか、百華さんは大人しく私の意見に従う。

 そんな私達のやりとりを、ミリアさんが楽しそうに見詰めていた。

 

 昨日の事件・・・とは、私がお爺様に日本の様子を聞きに行ってる間、百華さんがミリアさんの世話をしようとした事。

 勿論、あれだけの重体から回復したばかりの百華さんに、長時間の立ち作業は無謀だった。

 本人はリハビリのつもりで無理をしていたけど、私が帰ってきた時にはキッチンで倒れていた。

 思わず掛かりつけのお医者さんを呼んだり、ナオさんに連絡を入れそうになったりと、大騒ぎだったのだ。

 ま、急な運動に体が追いつけず、軽い貧血という事で済んだんだけど。

 

 ・・・・・・・・二人の事をナオさんから頼まれている私としては、心臓に悪い事には変わりない。

 

「あ・・・動いた!!

 今、赤ちゃんが動きましたよ、サラちゃん!!百華ちゃん!!」

 

 大きくなったお腹に手を当てて、嬉しい悲鳴を上げるミリアさん。

 私と百華さんはその声を聞いて、思わずミリアさんの元に駆け寄っていた。

 百華さんの動きが少しぎこちないので、隣に立って支えてあげる。

 本当は寝ていてほしい所だけど、二人の想いと繋がりを知る以上、強く言えなかったから。

 

「触って、いいですか?」

 

 恐る恐る、ミリアさんにそう尋ねる百華さん。

 例の事があって、初めは緊張していた百華さんも、常に側に居てくれるミリアさんに少しづつ気を許していた。

 完璧に打ち解けるには、まだまだ時間は掛かると思うけど・・・ミリアさんなら大丈夫だと、私は思う。

 ナオさんもミリアさんも、それぞれ心に深い傷を負いながら立ち上がってきた人達だ。

 そんな二人の側に居るなら、きっと百華さんも前に進めるようになれる。

 

 それに今の私から見て、既に二人は姉妹のように見えるから。

 実は内心・・・結構複雑なんだけどね。

 

 そんな二人は、嬉しそうに笑いながら赤ちゃんの事を話していた。

 どうやら百華さんの手にも、赤ちゃんの動いている振動が伝わっているみたい。

 

「きっと元気な子なのね・・・父親に似て」

 

「絶対にそうですよ!!」

 

 

 

 

 

 

 

・・・・・・・性格まで似ない事を、私は祈っておきます。

 

 

 

 


 

 

 

 

「よいしょっと!!

 ・・・え〜と、玉葱は何処にしまうんだった?」

 

 食材を詰め込んだ袋をテーブルの上に置いて、私は万葉ちゃんに尋ねる。

 万葉ちゃんは少し考えた後、流しの下にある扉を指差す。

 

「冷やす必要は無いと思うから、そこに入れておこう」

 

「ほぉ〜い」

 

 食堂で分けて貰った食材を次々としまいこみ、一息ついたのはそれから10分後だった。

 お互い、体調の変化は認められないけど・・・確実に新しい命は育っている。

 フィリスさんの所に検診に行く度に、自分の身に起こっている事を自覚する。

 

 ―――私はもう直、お母さんになるんだ、って。

 

 

 

 

 

 

 

「・・・昔の話だけどさ、同棲していた事があったんだ」

 

 リビングでお茶を飲みながら、突然そんな話題を振った私を、不思議そうに万葉ちゃんが見詰める。

 その視線に後押しされたように、私は続きを話した。

 

「それまで住んでいた親戚の家に居られなくなってさ、飛び出した先が付き合ってた男のとこだった。

 別に悪いヤツじゃなかったけど、どうしても打ち解けなくてね。

 ・・・自分を曝け出せなかったから、かな」

 

「直に別れたのか?」

 

「付き合い自体はそこそこ長かったのに、同棲してから別れるのは早かったよ。

 一緒に暮らすのって、凄く大変だと思った。

 自分が束縛されてるみたいだし、相手を束縛しているみたいで。

 ・・・・・・・・・・・・・ま、それだけ難しいんだ」

 

 当時の自分を思い出し、何となく苦笑をしてしまう。

 最後はお互いに口喧嘩で別れたけど、今考えてみれば凄くつまらない事で別れたもんだ。

 相手の事を思いやる余裕が、お互いに無かったんだろうなぁ

 

「2人でもそうなのに、3人で暮らしていけるのか?

 そう言いたいのか?」

 

 今更何を・・・という表情と口調で、万葉ちゃんが尋ねてくる。

 そしてその声の中には、少しの非難と心配が混じっていた。

 

「ああ、それは大丈夫だと思うよ。

 ヤマダ君ほど裏表の無い性格で、嘘がつけない人間も珍しいから。

 私も遠慮せずに本音で当たれるし。

 ・・・心身共に、少々の傷でダウンする事も無いし。」

 

「それもそうか」

 

 安心したとばかりに、大きく頷く万葉ちゃん。

 その動きにあわせて、背中のポニーテールが楽しそうに揺れている。

 

「なら、何故そんな話を急に?」

 

「・・・ヤマダ君にはもう話したからね、『家族』に隠し事するのは気が引けるし。

 そうだね、私なりのケジメ―――かな。

 リョーコ達にも話してないけど、良い機会だからと思ってね。

 これでも色々と気を使ってたんだから、これから先は本音で行くよ、って意味で」

 

 私が人差し指で万葉ちゃんを指差しつつ、そう宣言する。

 それを受けて万葉ちゃんは、逆に嬉しそうに笑った。

 お互い、家族とは縁の薄い人生を歩いてきただけに、これからに不安が無いとは言えない。

 多分、まだまだ衝突はするだろうし、喧嘩も沢山すると思う。

 でも本音で当たっていって、嘘だけは吐かずにいきたい。

 何しろお互いの旦那様が、馬鹿正直が取り得のような人なんだから。

 

「一つ聞きたいんだが・・・いや、忘れてくれ」

 

 戸惑ったその表情から、何が聞きたいのか直に分かった。

 万葉ちゃんの生まれ育った木連では、その手の事は厳格だったらしいし。

 

「へへへ、笑って言い返されちゃった。

 『それがどうした?』って。

 本当に前しか見てないもん、あの人」

 

 その後、珍しく気弱になって泣き出した私を慌てて抱き寄せたあたり、少しは彼も成長したのかな?

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「凄く、ヤツらしい返事だな」

 

「うん、全くそうだね!!」

 

 

 

 ――――――お互いの・・・心の底からの笑い声が、リビングに広がっていった。 

 

 

 

 


 

 

 

 

「王手です」

 

「あ、待った!!」

 

「・・・待った無し、だったのでは?」

 

 そう聞き返すと、渋々といった表情でタニさんは手を降ろした。

 そのまま隣の机に置いていた湯呑を取り、お茶を飲みます。

 以前手合わせをした事もありますが、確実に・・・将棋の腕が落ちましたね。

 

「どうも調子が出ないな・・・やっぱりヤマダ君との対局の影響か・・・」

 

「よく続きますよね、あの人の好きな『根性』の成果ですかね?」

 

 北斗さんとの特訓の後、青い顔でこのラボに来ていたヤマダさんを思い出して、ついつい笑ってしまった。

 初めはタニさんとの対局の後は、力尽きたように椅子に眠り込むヤマダさんを、万葉さんやヒカルさんが迎えにきていた。

 それを渋い顔で見ながら、タニさんは何かを諦めたように溜息を吐くのが日課でした。

 結局、クーデター鎮圧に赴く日まで、一度もタニさんに勝てませんでしたけどね。

 

「あれは根性と呼ばないよ、フィリス」

 

 第三の人物・・・イリスさんが、笑いながらそう話しかけてきました。

 

「学習能力が無いのさ。

 同じ手で4〜5回は負けないと、新しい戦法を思いつかないんだから。

 ・・・一本気といえば、聞こえはいいかもしれないけどねぇ

 でも良い男だよ、娘さんは見る目があるね」

 

「手加減・・・してるんですけどねぇ。

 こちらとしても、言い出した以上引っ込みがつきませんし」

 

 イリスさんの人物評価に、タニさんが苦笑をしながら相槌をうつ。

 娘さんと彼の仲睦まじい姿を見せられてから、強情を張るのを止めたそうです。

 どちらにしても、お互いに突然現れた『家族』

 それぞれの生き様に意見を挟むには、余りに距離が遠すぎたみたいです。

 

「タニさんも、もう直『お爺さん』になりますしね」

 

「・・・実感が湧きませんな、娘ですら最近出来たばかりなのに」

 

 首を捻り、自分の身の回りに起こっている事に嘆息する。

 確かに突然孫が出来たと言われても、実感は出来ないでしょう。

 

「まだ30代だからね、タニ君も。

 それでは実感も湧かないさ」

 

 イリスさんも笑いながら、私に湯呑を差し出してお茶のお替わりを頼む。

 その湯呑を受け取り、給湯室に向かいながら時計を見ると・・・予定の時間はもう直でした。

 言葉にして出さなかったけど、イリスさんもタニさんも、その事には気付いているでしょう。

 

 

 

 

 

 

「・・・無事に帰ってきて下さいね、イネス・・・・・・・シュンさん」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

その5に続く

 

 

 

 

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