< 時の流れに >

 

 

 

 

 

 

 

「―――!!

 正面に船影!!」

 

 ボソンジャンプが終わり、素早く周囲の索敵を開始したハーリーの声が、ブリッジに響き渡った。

 ミナトさんの替わりに、ナデシコCの操舵をしていた私も、思わず正面のスクリーンに目をやってしまう。

 

 そこには、確かに一隻の戦艦が浮かんでいた。

 まるで、私達がこの場所に、何時現れるか知っていたかのように。

 

「ハーリー君!!

 相手の船の型式は?」

 

「こちらのデータには登録されていません!!

 全くの不明艦です!!」

 

 ハーリーがオモイカネのデータベースにアクセスした結果を、尋ねてきたユリカに大声で返す。

 ・・・しかし、そんな事をしなくても、答は分かっていた。

 

「だけど、あのシルエットは・・・」

 

 そう、ルリの言葉の後に何が続くのか、皆分かっていたのだ。

 艦の色は鈍い銀色で統一されていて、細部も違うけど・・・あれはナデシコCだ。

 私とアキトが乗っていた、ユーチャリスのデーターを元に作られた戦艦。

 マシンチャイルドの実力を、十二分に活かせる『武器』

 その姿を現す前に、私達が沈めようと考えていたターゲット。

 

 奇襲を掛けるつもりが、逆に待ち伏せに会い、一瞬の油断が私達に生まれた。

 

 

 

『木星にようこそ、ナデシコの諸君!!』

 

 

 

「草壁・・・春樹!!」

 

 突然繋がった通信ウィンドウ

 そこには、私達の宿敵の姿があった。

 

 

 

 


 

 

 

 

「・・・三年前と変わってませんね。

 他人の船を使って、戦おうなんて」

 

 スクリーンに映る草壁に向かって、ユリカはそう切り出した。

 三年前と同じ・・・奪われたシャクヤクを使い、自分達と戦った事を揶揄している。

 そんなユリカの挑発に対して、逆に草壁は余裕の表情で切り替えしてきた。

 

『何の事だか分からんな。

 この船は、我等が木連のコロニーにて発見したもの。

 破損していた箇所を修理し、今では臥待月という名の木連の船よ。

 もっとも―――修理前には、実に興味深いデータが詰まっていたがな』

 

 

    ・・・ギリィ!!

 

 

 私の上方に座っているルリから、歯を噛み締める音が聞こえた。

 過去・・・自分が乗っていた船。

 そして、友人ともいえるオモイカネが眠る場所。

 ある意味、ルリにとって聖域と呼べる場所を、あの男達は汚したんだ。

 私でも、ユーチャリスを明日香グループに利用された時、言い表わせない戸惑いと怒りを覚えた。

 

 ・・・それはアキトと私の、あの二人だけの戦いの日々を汚される事だから。

 

「・・・その興味深いデータを知りながら、同じ事を繰り返すのか?」

 

『同じではない、既に状況は著しく変わっている。

 そもそも、現状を招いた元凶の人物すら、この場に居ないではないか。

 ・・・まあ、あれだけ情報と力を持ちながら、お粗末な結果ではあるな。』

 

 シュンさんの問い掛けに、今度は嘲るような口調で答える草壁!!

 その返答を聞いた瞬間、間違い無くナデシコの皆の戦意が跳ね上がった!!

 

 どれだけの・・・どれだけの思いをして、アキトがあの和平まで漕ぎ着けたと思ってるの!!

 本当なら無視をしても良かった、わざわざナデシコに乗る必要も無かった!!

 過去に戻ってまで痛い目にあって、辛い目にあって、それでも頑張ってきたのに!!

 最後の最後まで、私や皆が笑って暮らせるようにって、自分一人で消えて行ったのに!!

 

 

 ―――そのアキトを、貴方は侮辱するのか!!

 

 

『だが、私は彼に感謝をしているよ。

 彼が足掻かなければ、私はこれだけの『力』を手に入れる事は不可能だった。

 例えクーデターが成功した所で、大きな流れは変えられなかっただろう。

 ・・・しかし、今の私なら全てを変えられる。

 そうだな、今、君達の目の前にある『力』は、彼から私への贈り物とも言えるな』

 

 

 ―――――――――!!!!!!

 

 

 余りの侮辱の言葉に、一瞬私の頭の中は真っ白になった。

 人間って、怒りが限界を超えると・・・感情が無くなるって本当だったんだ。

 昔の私は『怒り』の感情どころか、殆どの感情を持っていなかった。

 アキトに助けられて、色々な経験をしてここまで『自分』という存在を築きあげた。

 

 その経験の中でも、これほどまでに怒りを感じた事は無かった。

 

「そこまで言うのなら、貴方が当時その情報を持っていれば・・・どうしましたかね?」

 

 声だけ聞く限り、シュンさんは冷静だった。

 その隣では、猛るユリカをジュンが押さえ込んでいた。

 私自身も、今にもグラビティ・ブラストを放ちそうになる衝動と、必死に戦っていた。

 

『決まっている、可及的速やかにナデシコを全力で沈める。

 クリムゾンの手助けを受け、ネルガルと明日香インダストリーのTOPを潰す。

 一部の良識派かつ有能な軍人を、北辰に始末させる。

 その後は、火星を拠点にじっくりと攻め入れば、地球の連合軍など内部分裂をして終わりだ。

 軍の暗部を知っている君なら、この戦法の有効性を一番良く知っているだろう。

 だとしたら、これが一番流血の少ない方法だと思わんかね?』

 

「その後、自分が支配者になるつもりか!!

 戦争に勝ったからと言って、地球に住んでいる人達を無視する事は出来ないぞ!!

 幾ら言い繕った所で、その方法では木星は侵略者にしかなりえない!!

 世代が交代した以上、100年前の遺恨だけでは人は・・・新たな被害者は納得できないはずだ!!

 彼我の人口差を考えても、何時かは地球は支配から抜け出すぞ!!」

 

 一応は落ち着いたユリカの身体を離し、ジュンが鋭い声でそう問い質す。

 しかし、その問いに対する草壁の返事は・・・嘲笑うような笑みだった。

 

『地球の支配者か・・・小さいな』

 

「何・・・ですと?」

 

 今まで黙ってユリカ達の口論を聞いていたプロスさんが、初めて口を開いた。

 草壁が漏らした言葉が、余りに予想外だったからだ。

 

『小さい、と言ったのだ。

 どちらにしろ、君達があの戦神の理想に拘る以上、私の理想と交わる事は無い。

 戦神が君達を守ろうとしたように、私は木連を守る。

 そして、守りきった後・・・私はその先を行く。

 ―――さあ、お互いに被害を最小限に食い止める為、単騎で現れたのだ。

 最後の決着をつけようか、ナデシコの諸君?』

 

 通信を切ろうとする草壁に、ルリが叫んだ。

 

「アキトさんは!!

 アキトさんを捕まえた遺跡は、その船にあるんですか!!」

 

 オペレーター席から立ち上がり、草壁を睨みつけるルリ。

 私や他のクルー達も、その聞き逃せない内容に耳をそば立てていた。

 

『・・・その質問に答える義務は、私には無いな電子の妖精よ。

 ただ、遺跡は確かにこの船に有る。

 真実を知りたければ、我等を越えて掴め!!』

 

 

 

 


 

 

 

 

「臥待月前方にボース粒子を確認!!

 粒子の大きさから、機動兵器と推測されます!!

 その数・・・七!!

 同時に臥待月から、無人兵器の排出も確認!!」

 

 ハーリーの報告を受けて、ユリカが指示を飛ばす。

 

「エステバリス隊の皆さん、機動兵器の相手は任せます!!

 ラピスちゃんは予定通り、ハーリー君にナデシコCの操舵を預けて!!」

 

『よっし、出撃命令が出たぞ!!

 行くぞ皆!!』

 

 そう言い残して、サブロウタさんがアカツキさんから譲り受けたパーソナル・カスタムで発進する。

 流石にあの準備期間では新機体を作れないからと、浮いていた機体を使ってる。

 それでも、普通のエステバリス・カスタムより余程戦力になる。

 

『おう、任せとけ!!

 前回の借りを、10倍にして返してやるぜ!!』

 

『・・・っ、うるせーぞ、ヤマダ!!

 気合が入ってるのは分かったから、早く出ろ!!

 こっちもさっきの草壁の言い草で、いい加減キレかかってるんだからな!!』

 

 興奮しているヤマダさんを怒鳴り、その後にリョーコが『赤雷』を片手に持って続く。

 次に控えていたアリサは『ヴァルキリー・ランス』を構え、カタパルト上で一呼吸置いた。

 

『この戦い、負けられません。

 必ず・・・勝ちます!!

 何よりも、アキトさんの名誉を守るために!!』

 

 碧眼に怒りを漲らせて、アリサが飛ぶ。

 

『怪我しないでよ、カイン!!』

 

『そっちこそ、無茶しないように!!』

 

 最後にイツキとカインさんが、お互いを気に掛けながら宙を駆ける。

 そして、6人が飛び立った後・・・真紅の機体がカタパルトに現れた。

 以前見た時よりも、若干体型が大きくなっている。

 その理由は、新たなエンジンを搭載したせいだろう。

 だけど、エステバリスよりも余程人間に近い、そのバランスの取れた姿は変わっていない。

 何よりも映像越しにでも感じる威圧感は、3年前よりも凄みを増していた。

 

 

 

 それは唯一、アキトと互角に戦った存在、真紅の羅刹・・・

 

 

 

「北斗さん、思う存分・・・暴れちゃって下さい!!」

 

『ふん、もとよりそのつもりだ』

 

 ユリカの台詞に、北斗さんがふてぶてしい笑みで答える。

 だけどその瞳は、最初から一つの機動兵器だけを追っていた。

 その因縁の深さや、思いの丈は・・・部外者の私には想像もつかない。

 

『・・・北斗、出るぞ!!』

 

 

 

 

 

 

 ―――そして、14体の機動兵器が・・・お互いの守るべき船の前で相対した。

 

 

 

 

 

 


 

 

 

 

「ラピス!!

 私達の相手が攻めてきましたよ!!」

 

「了解!!」

 

 お互いの相手は・・・この日、この場所に来るまでに、既に決まっていた。

 エステバリス隊も、無言のまま六連に向かい。

 少し離れた場所では、ダリアと夜天光が相対していた。

 

 そして私とルリにも、自分達のプライドを賭けて再戦するべき相手がいた!!

 

「ハーリー君、後は頼みましたよ」

 

「任せたからね、ハーリー!!」

 

 ルリと私は同時に自分のIFSをフルコンタクトにして、周りにウィンドウボールを展開させる。

 意識が完全に電子の世界に突入する前に、ハーリーの声が聞こえた。

 

「OK、任せてよ!!

 僕も一ヶ月間の特訓の成果を見せてやるさ!!」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 ――――――こうして、最後の戦いは始まった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

その6に続く

 

 

 

 

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