< 時の流れに >

 

 

 

 

 

 

 

 エステバリス達が戦いに赴いた頃、俺はオオサキ大佐と向き合っていた。

 

「・・・本気で行くつもりか?

 はっきり言って、無駄死にをする可能性の方が高いぞ?」

 

「一応勝算はありますよ!!

 俺が臥待月に潜り込めれば、コミュニケを使ってヤガミさんのボソンジャンプを誘導出来ます。

 そうなれば、百瀬君を連れて逃げ出す事も可能です」

 

 それにヤガミさんの実力なら、草壁をピンポイントに押さえる事も可能だ。

 ・・・ただし、全ては俺が無事に臥待月まで辿り付けたら、の話だ。

 

「確かに、この草壁の後ろに映っているのは百瀬さんみたいです。

 オモイカネにあるデータで検証した結果ですから、確実です」

 

 マキビ君がナデシコCの操作をしながら、片手間にそんな事を調べてくれる。

 今の所、エステバリスと敵の機動兵器との戦いは膠着状態。

 ナデシコCの殆どの機能は、臥待月とのハッキング戦に使われている。

 マキビ君はユリカ艦長の指示の元、艦の制御と無人兵器との戦いに追われている。

 

 そんな状態の中で・・・俺の無茶な頼みを聞いてくれた彼には、感謝の言葉も無い。

 

「僕も関係者ですからね、百瀬さんとは。

 マスターにも、よく奢ってもらいましたし」

 

「・・・だとしても、臥待月制圧後に行くのが常識的な考えだろう。

 確かに、ナオをリスク無しに侵入させられる案は魅力的だ。

 それ以前に、あの男は未だに連絡船に乗るなら死ぬと言いやがるしな。

 だが、現在の所、お互いの戦力は拮抗している。

 ここでお前が人質になるような事があれば、見捨てるにしろ助けるにしろ、致命的な隙に繋がるだろう。

 だから俺としては、その案は却下だ・・・艦長、副長はどう思う?」

 

 俺をそう諌めた後、オオサキ大佐は隣で指揮をとるユリカ艦長と、ジュンにそう尋ねた。

 

「・・・まだ戦いは始まったばかりです、下手に事を急いでは仕損じます。

 この戦いが絶対に負けられない以上、臆病なほどの慎重さが必要だと思います。

 ナカザト君、それ位君なら分かるよね?」

 

「・・・・」

 

 俺はユリカ艦長の言葉を聞きつつ、ジュンを見ていた。

 つい先日の事だった、ジュンから『失った女性』について聞かされたのは。

 そのジュンは少し間を置いた後、こう言った。

 

 

 

 

 

「行きたいなら、ナデシコを降りる覚悟で行け。

 こちらも、お前は死んだものとして考える」

 

 

 

 


 

 

 

 

 その日、珍しい事に俺の部屋に制服姿のジュンが訪れた。

 お互いに険悪な仲ではないが、わざわざ部屋に足を運ぶほどの関係でもない。

 地球連合大学ではライバルだったし、戦争が終わった時には目の上のコブだったのだからな。

 

 だが、特に邪険にする必要も無いし、部屋に入れる事を拒む理由も無い。

 俺は怪訝な顔をしながら、ジュンを部屋に入れた。

 

「ナカザト・・・お前、百瀬さんを何処まで追いかけるつもりだ」

 

 ジュンのやつが放った、最初の台詞がこれだった。

 さすがに予想外だった言葉に、俺も動きを止める・・・

 いきなり人の部屋を訪れて、問い質すにしては失礼な質問だ。

 

「別に、お前にどうこう言われる筋合いは無いと思うが?」

 

「・・・何だか状況が似てきてるんだよ、俺とお前のな」

 

 良く見ると、ジュンの顔色は悪かった。

 今も落ち着き無く、俺の部屋の入り口で小さく足踏みをしている。

 以前の神経質で、小心者だったジュンならともかく、再会をしてからこんな姿を見るのは初めてだった。

 

「立ち話もなんだろう、入れよ」

 

「・・・・・・・・・・・・ああ、そうだな」

 

 

 

 

 

 

 珈琲にはうるさいジュンの奴に、自分から淹れるのは気が引ける。

 備え付けの冷蔵庫に入っていたミネラルウォーターを、コップに入れてジュンに渡す。

 ジュンは小さくお礼を言って、そのコップを受け取った。

 

 ナデシコ系列の戦艦は、軍の採用艦とは思えぬほどに生活スペースが充足している。

 個人の部屋にした所で、本当にこれが戦艦なのかと疑うような贅沢さだ。

 ま、民間出身のクルーにとっては有難い事なんだろうがな。

 

「俺がお前に似てきている、ってどういう事だ?」

 

 勧めるままに椅子に座ったジュンが、その言葉を聞いて動きを止めた。

 

 そうして、暫くの間・・・お互いに沈黙を保つ。

 

「前の戦争時・・・俺も敵方の女性と衝突を繰り返して・・・惹かれていった」

 

「・・・それで?」

 

「彼女は―――極普通の女性だった。

 あの当時の戦いは、『漆黒の戦神』に対抗するために、数多くの非常識な敵が存在した。

 『真紅の羅刹』もそうだったが、彼女は本質的に強い敵を求める人物だ。

 逆に弱者には興味を示さない。

 だが、クリムゾンが解き放った猟犬は、人間を意図的にブーストした『化け物』だった。

 己の寿命を削り、未来を捨てて得た『力』だ、弱いはずが無い。

 そして限られた時間ゆえに、自分の行動に躊躇いすら無かった。

 そんな気違いじみた戦場に、彼女は巻き込まれて・・・俺の目の前で、死んだ」

 

 淡々と語るジュンの背中は、異常なほどに強張っていた。

 当時を知る人間は限られている。

 その女性を失った時・・・ジュンはどんな思いをしたのだろうか。

 確かに状況は似ている。

 敵側に想い人が居て、そこに異常なまでの存在がいるなんて事も。

 

「だが、百瀬君には特殊な能力がある。

 自分の身一つなら、完璧に守れる」

 

「それじゃあ、彼女一人で『真紅の羅刹』に勝てるのか?」

 

 ・・・勝てるはずがない。

 報告書を見る限り、超能力そのものを操る5人を相手取り、完全勝利を収めたのだから。

 もし俺がその場に居ても、近付く事すらなく死んでいるだろう。

 

「そんなレベルの戦いなんだよ、彼等のステージはな。

 少々の力など、蟷螂の斧に等しい・・・

 先に話した彼女だけどな、俺の目の前で、俺の無力さを思い知らせるためだけに、殺されたんだよ。

 ブーステッドマンの一人の、自己満足だけのためにな」

 

 ジュンの目は何も見ていなかった。

 それは現在ではなく、過去だけを見ている目だった。

 自分の古傷を抉る時、人は誰もがこんな顔になる。

 

 

 

 

 

「もし、百瀬君を人質に降伏を呼び掛けられたら・・・お前はどうする?

 既にお前との接触を知られている以上、絶対に無いとはいえないぞ」

 

 

 

「・・・その時は、俺は―――」

 

 

 

 


 

 

 

 

「じゃ、これで予定通りだな。

 まさか、本当に百瀬君が臥待月に乗り込んでるとは、思わなかったが」

 

『使える手は全て使うだろうさ。

 これは、お互いに最終決戦でもあるんだ。

 勝って全てを手に入れるか、負けて全てを失うか、だ』

 

 光学迷彩とステルス機能に特化した連絡船に乗り込みながら、俺はジュンと通信をしていた。

 ジュンの奴は、殆ど勢いでIFSを付けたらしいが、俺の場合は義手を動かす為に取り付けた。

 そのIFSがこんな場面で役立つとは―――人生とはつくづく面白い。

 

 しかし、士官として後方にいるはずの俺達が、そろってIFSを付けるとはな。

 

「確かに俺としてもブリッジで戦々恐々としているより、自分で動いていた方が気が楽だな。

 不思議な感覚だが、今では統合軍士官の名前に魅力を感じてない。

 ・・・昔は誰よりも、お前やユリカ艦長よりも出世してやると、意気込んでいたのにさ。

 お前のアドバイスがなければ、下手したらオオサキ大佐にまた銃を向けてたかもな」

 

 そう言って苦笑をしながら、船の状態をチェックする。

 特に際立った腕を持つわけでない俺が、戦場に乗り出すのだ・・・恐怖がないと言えば嘘になる。

 だが、全ては自分の我儘で始まった事だ、それに今更引き返す気もない。

 

 

 

 逢いたい女性が居るから逢いに行く、それだけの事だ。

 

 

 

 

 

 

 

 

『じゃあな、またお互いに無事だったら・・・酒でも飲みに行くか?

 俺はあまり飲めないが、お前は前科持ちだしな』

 

「ああ、そうだな。

 とっておきの、良い店を教えてやるよ」

 

 

 

 


 

 

 

 

「・・・不本意っすね」

 

「まあまあ、そう腐るなよ。

 ラビスとハルの事を考えると、九重か百瀬さんが一緒に行くしかないんだ。

 逆に、山崎の元に二人だけを残すのは危険すぎる」

 

 それに、草壁閣下直々に百瀬さんは召集された。

 イマリにこの事を話すと、必ず無茶をすると分かっているので、一矢はイマリを残したのだ。

 俺としても、一矢達の安否が気に掛かる・・・だが、コロニーに居る現在では、何も手助けはしてやれない。

 

「そう言いますけどね、千里さん。

 俺達が居残りで、姉さん達と一矢さんだけが臥待月に行くなんて・・・」

 

「あー、もういい加減駄々をこねるなよ、ガキじゃあるまいし。

 というより、俺もキレるぞ最後には」

 

「・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・」

 

 腐るイマリを宥めつつ、俺達は先を急いだ。

 殆どの人間は、最後の決戦に気を取られていて、俺達の動きに気が付いていない。

 もっとも、気付いたところでイマリの『魔眼』で、全てを忘れてもらうだけだが。

 

 この手の侵入戦では、俺の『ポイント』とイマリの『魔眼』は無敵だった。

 あらゆる警戒網を突破して、目的地までの最短距離を走る。

 一矢から聞かされた話を信じる限り・・・この戦いの結末に、碌な結果は残らない。

 

 

 

 ―――いや、もしかすると最低最悪の未来が待っているかもしれない。

 

 

 

 

 

 お互いの能力をフルに使い、俺達が目的の部屋に辿り着いたのは、侵入してから30分が経った頃だった。

 長距離を『ポインタ』で跳ぶのは、体力と時間の無駄だ。

 また短距離を連続で跳ぶのも、負担が大きい。

 どうしても、歩きの時間が発生する以上、これだけの時間が掛かるのは仕方が無かった。

 

「見張りは・・・四人、か」

 

「流石に重要人物っすね。

 警備をしている四人にも、隙が無いっすよ」

 

 素早く状況を確認した俺とイマリは、最終目標を前にして最大の難関に当たっていた。

 目的の部屋までは、現在地から三階の渡り廊下約30m程を渡っての、一本道なのだ。

 それだけの距離を移動するのに、部屋の前に番をしている四人が気が付かないはずが無い。

 勿論、警備の人員があれだけとは思えない・・・必ず控えの人員が存在するだろう。

 厄介な場所に閉じ込めてくれたものだが、元々そういう目的で作られた部屋なのだ。

 イマリの『魔眼』で支配しようにも、同時に四人は無理だ。

 一人一人の目を覗き込む前に、通報されてしまう。

 そうなると、前後から挟撃されて・・・ご臨終だな。

 

 ・・・自分達の所属していた組織なだけに、その実力を俺は甘くみてはいなかった。

 

「仕方が無い、本番前に疲れたくなかったが・・・俺の『ポインタ』を使う。

 イマリは俺に捕まったまま、周囲を警戒しておいてくれ」

 

「了解」

 

 一瞬、自分の意識が消えるのを感じた後・・・身体から抜け出した意識が、廊下を走るスピードで動く。

 幾らイマリが見張っているといっても、侵入者としては悠長な事は出来無い。

 俺としても意識が抜けてる状態で、怪我などはしたくないしな。

 

 背筋を伸ばし、見事な姿勢で警備をしている四人の軍人を通り過ぎ、俺は目的の部屋に意識を滑り込ませた。

 

 ―――今!!

 

 ここからでは見えない、自分の本当の身体を引っ張るような感触。

 さっきまで軽かった身体が、実際の肉体を得て重力に従う。

 膝を地面に立てたまま、正面を向けば・・・そこには湯呑を持って、正座をしている舞歌様が居た。

 

 流石に、突然現れた俺達に驚いた顔をしていたが、次の瞬間には湯呑を置いて・・・小声で叱られた。

 

 

 

 

 

 

 

 

「・・・女性の部屋に入る時は、ノックくらいしなさい。

 最低限のエチケットです。

 でないと、ご両親とお姉さんの躾が疑われるわよ」

 

「「は、はぁ・・・すみません」」

 

 

 

 


 

 

 

 

「あの、飛厘さんはどちらに?」

 

「・・・元一朗君の容態が悪化したらしくてね。

 今朝、病院の呼び出しを受けて出て行ったわ」

 

 ・・・最悪のタイミングだ。

 もしかすると、一矢の話にショックを受け過ぎたせいかもしれない。

 健康体の時でも、かなり精神にくる内容だ。

 重体の月臣さんには、きつすぎたのかもな。

 

「それで、一体私に何の用かしら?

 あんな方法で侵入してきた以上、何か大切な用事があるんでしょ」

 

 ―――もし『大切な用事』じゃなかったら、お仕置き

 

 ・・・舞歌様の顔には、露骨にそう書いてあった。

 外の見張りに見付かる事も気にせず、やるといったらやる女性なのだ。

 人間としての格で負けている俺とイマリは、かすかに震えていたりした。

 

「じ、実は一矢が掴んだ情報なのですが。

 この戦いにもし草壁閣下が勝てば、舞歌様は消されます」

 

「・・・・・・・まあ、後顧の憂いは断つべきでしょうね。

 私も草壁に恩赦を与えたせいで、今ではこの有様です。

 彼も同じ轍を踏む気は無いでしょうしね」

 

 俺の台詞を聞いても、眉一つ動かさず、超然とお茶を飲む舞歌様だった。

 クーデターが起こり、自分が捕らわれた時点で・・・ある程度の覚悟は決めていたということか。

 だが、こちらとしては、ここで舞歌様に終わってもらっては困るのだ。

 

「ですから、俺達が助けに来たんですよ。

 飛厘さんの事は気に掛かりますが・・・逆にこの場に居なければ、そうそう問い詰められないでしょう。

 それに秋山さんの妻として、利用価値もありますし」

 

「・・・・・・・・・・・・悪かったわね、どうせ私は一人身ですよぉ」

 

 ・・・・・・・・・・いじけて畳の目を抓まないで下さい、お願いしますから。

 

 

 

「なぁ・・・・何かイメージと大分違うんだけど?」

 

「普段はこうらしいぞ、姉さんに聞いた」

 

 

 背後で嫌な汗を掻いているイマリが、小声で俺に話しかける。

 俺も前を向いたまま、姉さんに聞いた舞歌様の本性を教えていた。

 

「そうなると、海神さん達は地球への交渉役に使うつもりね。

 さすがに人の使い道を考えてるわ」

 

「「立ち直りも早っ!!」」

 

 

 

 

「・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・君達、お姉さんに喧嘩を売ってるのかなぁ?」

 

 

 

 


 

 

 

 

「・・・まさか、そんな馬鹿な事を、草壁は本気で」

 

 要点だけまとめた話を聞いて、舞歌様はその重大さを一瞬で理解してくれた。

 そして、絶望的な現状すらも。

 

「この戦いに勝つ必要な要素は、『漆黒の戦神』の参戦以外有り得ません。

 そして、彼が今回の戦いに間に合う保証も・・・ありません。

 ですから、舞歌様には後々の為に、生き残ってもらわなければならないんです」

 

 

 その時―――

 

 

 

 

 

 

 

  ドォォォォォォォォォオオオオオオンンンンンン!!!

 

 

 

 

 

 

 

 強烈な振動と音が、俺達の居るコロニーに襲いかかった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

その7に続く

 

 

 

 

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