< 時の流れに >
最初の一撃は完全に防がれてしまった。
・・・手加減など、勿論してはいない。
それどころか、攻撃の余波に巻き込まれて、後ろにいた連中が散り散りになってしまった。
『ふふふふ、仲間とはぐれてしまったぞ?
お前一人で、我と戦うというのか?』
「今更な事を聞くな。
それに、貴様如きを倒すのに、他人の手など借りるか!!」
―――ブン!!
打ち合わせていた刃を引き、今度は夜天光の頭部に向けて突きを放つ。
その攻撃を見事に見切り、逆に錫杖でダリアの胴を薙ごうとする。
防御のために、引き戻したDFSを右手でかざす―――いや、微かな手応えの後・・・すり抜けただと?
「くそっ!!」
錫杖の内側・・・つまり夜天光に接近しつつ、ダリアを左側に抜く。
辛うじて直撃は避けたが、一部装甲が抉れていた。
『あの距離で我の攻撃を避ける、か。
全く惜しい事よ・・・その腕を葬り去らねばならんとはな』
余裕をもってダリアから距離をとり、再び錫杖を構える夜天光。
その姿からは、圧倒的な余裕と・・・冷え切った殺意が湧き出ていた。
以前、遺跡の中で殺しあった時よりも、狂気と殺意が加速している。
また、その狂気に晒される度に、俺の中の殺意が育つ!!
「・・・その台詞、そっくりそのまま返してやる。
今回は眼球で済まさない、その存在そのものを―――消し去ってやる!!」
『弱い犬ほどよく吠えるわ!!』
お互いの距離を一瞬でつめ、自分の持つ武器を振るう。
DFSの攻撃が受け止められるのに対し、俺は北辰の錫杖を防ぐ術は無い。
だが、防ぐ事が出来ないのならば、避けるだけだ。
機械の力を借りて少々強くなったぐらいで、偉そうに吠える小者に負けるつもりは無い!!
「犬で思い出したぞ!!
ついでにケンの敵も討たせてもらおうか!!」
『このような場所にまで、つまらぬ過去を引き合いに出すとは・・・やはり愚息!!』
「貴様に息子呼ばわりされる覚えは、欠片も無いわ!!」
突き、右袈裟、胴薙ぎの三連撃を瞬時に繰り出す。
突きはかわされ、右袈裟は錫杖に止められ、胴薙ぎは装甲を削り取っただけだ。
続けて攻撃を仕掛けようとする俺に、北辰の反撃が襲い掛かる。
見事な円を描いて錫杖が上下左右から迫る!!
性格から根性まで、見事に捻くれた男だが・・・やはり腕は立つ!!
この男の信念にも、草壁の理想にも興味は無いが、その執念だけは認めてやる!!
上!! 避ける!!
右下!! 脚部を引き上げてかわす!!
胴、肩、顎に三連突き!! バク転で距離を取る!!
『逃げ足だけは上達したようだな』
「何をぬかす、貴様もその武器がなければ、既に死体だろうが」
―――再び対峙しながら、俺と北辰の殺意に衰えは無かった。
『・・・ふっ、一つ面白い技を見せてやろう』
「ほぉ、つまらん芸ならその場で斬り捨ててやる」
俺の挑発に応える事無く、突然―――
夜天光が虹色の光と共に消えた。
「!!」
反応をしたのは本能だった。
北辰に対する殺意だけに凝り固まった俺は、その存在の消失と出現を感覚で捉えていた。
その本能に従い・・・ダリアを無意識の内に前方に移動する。
次の瞬間、最前までダリアが居た位置を錫杖が上から貫いた。
『・・・あれを避けるか。
更に腕を上げたな』
突き出していた錫杖を構えなおす夜天光。
その北辰の口調には、微かに驚嘆の響きがある。
「それがお前の奥の手か?
小手先の芸だけは豊富だな」
勿論、小手先の芸ではない。
殆どタイムラグ無しの生体跳躍・・・信じられない技だ。
あのアキトですら、先程のタイミングでの生体跳躍は無理だろう。
そもそも、格闘・機動戦で使える機能ではない。
『ならば、その小手先の技を凌いでみせよ!!』
―――シュン!!
消えた、いや前方!!
超至近距離からの突きを、辛うじて回避する。
身体が泳ぎ、隙が出来た夜天光にDFSを振るう―――消えた!!
「本当に、逃げるのだけは上手くなったな!!」
『何時までその強がりが続くかな?』
右手から襲い掛かる錫杖を、左に飛んでかわす。
次の瞬間には、左手から錫杖が突き出される。
―――これも、無理矢理に機体を捻って避ける!!
無茶苦茶な機動に、ダリアと俺の身体が悲鳴をあげる。
だが、そのダリアが軋む音は、自分の身体に走る激痛は、歓喜の声だった。
そうだ!! この方が歯応えの無い敵より、余程良い!!
目の前の敵は、長年俺が戦ってきた敵だ!!
生まれた時から、今までの人生の中で、常に敵であり続けた男だ!!
「くくくくくく・・・はははは!!」
繰り出された錫杖に、DFSの刃をあわせて斬り込む。
さすがに、交差法で反撃をされるとは思っていなかったのか、一瞬北辰の連撃が止まる。
攻撃自体はお互いに避けたが、動きを止めた北辰に、今度は俺が流れるような連撃を繰り出す。
『何を笑う』
「楽しいからに決まってるだろう!!」
フェイントを仕掛け、DFSを錫杖で止めさせ。
がら空きになった夜天光の胴体に蹴りを入れる。
体勢の崩れた夜天光に追撃をいれようとするが、またも生体跳躍によって逃げられた。
まさに逃げるのにはうってつけの技術だな、生体跳躍とは。
『この追い詰められた状況を楽しむ、だと?
気が触れたか、貴様』
気が触れた・・・だと?
お前からそんな台詞を聞こうとはな。
「そこがお前の限界よ、北辰。
所詮、弱い者苛めしか出来ない小者が、偉そうな事を言うな。
幼少の時、自分を超えた俺をお前は避けた。
アキトの存在から、俺を当て馬に選び逃げた。
そして、研磨される俺達の存在を恐れ、己を機械の身体に変えた!!
逃げ続けるお前に、俺とアキトが培った業が負けるものか!!」
DFSを突きつけ、俺がそう言い切る。
なまじ腕が立つだけに、北辰に勝てる存在は限られている。
その極少数から目を逸らすこの男に、俺は負ける気などしない!!
『小賢しい事を言うな!!
貴様如きに我の何が分かる!!』
「分かりたくもない、貴様の心中など!!」
―――そして再び、錫杖と真紅の刃がぶつかりあった。
幾度刃を防がれ、幾度攻撃を避けただろう。
北辰はあれからも、生体跳躍と錫杖の連撃で俺を攻め立てた。
しかし、圧倒的に有利な立場に居ながら・・・ダリアを沈める事は出来ない。
それは、徐々に俺が奴の攻撃を見切ってきたからだ。
生体跳躍といえど、殆どが死角からの攻撃に専念するのみ、対処が出来ないわけじゃない。
錫杖の存在は相変わらず鬱陶しいが、それも夜天光の攻撃スピードに慣れた俺には通じない。
それが分かっているのだろう、北辰の口数も減り・・・俺の笑みは更に深くなる。
―――そろそろ、お互いに最後が近い事を感じていた。
『何時までもお前に煩ってる暇は無い。
終わらせてもらおうか』
「その台詞は聞き飽きた。
こっちこそ・・・冥府に送ってやるよ」
『我に触れる事がやっとの状態で、どうやって勝つつもりだ?』
「それは見てのお楽しみだな!!」
ドン!!
最大加速でダリアが夜天光に接近する。
今までの戦いの中で、生体跳躍の力場を作っている機械が、その背面にある事は分かっていた。
北辰がどうやってその装置を使い、生体跳躍を操っているのかまでは分からないが。
ただ、お互いに狙う場所は十分に分かっている。
北辰は決して背後を攻撃されないよう動く、俺の狙いが必ずそこだと読んでいるからだ。
―――そして、それは正しい。
『ふん、何とほざいた所で。
貴様の狙う場所は承知済み・・・この勝負、お前に勝機は無いわ!!』
そう言い残し、ダリアが到達する前に、その場から生体跳躍を行う夜天光。
背後はまずない、前面に再び出てくる可能性も低い!!
上下左右、いずれかの4つ!!
「―――任せたぞ、『蒼天』『氷雨』『暗尭』『風魔』!!」
ドドドン!!
俺の号令に従い、夜天光が消えた瞬間を狙って『四陣』が飛ぶ。
上方に『蒼天』、右側に『氷雨』、左側に『暗尭』、下方に『風魔』が配置に着く。
待つ事も無く、結果は現れた。
『もらった!!』
「ちっ!!」
ダリアの下方に現れ、錫杖を突き出してきた夜天光。
『四陣』に意識を向けていたぶん、半瞬反応が遅れた!!
機体はその攻撃を避けれたが、その場から払われた錫杖が俺の持つDFSを破壊する!!
だが、俺はその攻撃を受けながらも、『風魔』に命令を出していた。
―――ドン!!
『何ぃ!!!』
北辰の叫びと同時に、パイロットスーツの中で『風魔』と繋がっていたネックレスが弾け飛ぶ。
『四陣』は連携を取ってこそ、その防御力を最大限に活かせる武器だ。
・・・単体で、夜天光ほどの機体を攻撃し、そのフィールドを打ち破ればその身も砕け散るだろう。
「お互い、手痛い被害だな」
『強がりを言うな、貴様には既に攻撃手段は残っていまい』
生体跳躍の装置を壊された動揺を押さえ込み、北辰がそう嘯く。
俺は砕けたネックレスに手をあて、微かに笑った。
感傷、だと・・・この俺が?
枝織の悲しむ声も、俺の中に響いている。
考えてみれば、この『四陣』との付き合いも四年にも及ぶな。
だが、最早攻撃手段はこれだけしか残っていない。
「本当に・・・俺が丸腰だと、そう思っているのか?」
ダリアの右手に『氷雨』を握り。
左手に『暗尭』を握り込みながら、俺はそう呟いた。
「証明してやるよ、お前が俺にも・・・アキトにも勝てない事をな」
『・・・ならば、見せてみよ』
己の持つ錫杖に、絶対の自信を持つからなのか・・・動揺から立ち直った北辰は冷静だった。
錫杖を構えるその姿にも、隙は無い。
DFSの刃でさえ防ぐのだ、幾ら歪曲場を集中させた拳を振るっても、その錫杖は砕けないだろう。
ならば、それ以上の威力で攻撃をするのみだ。
「悪いな、『氷雨』『暗尭』」
赤い髪に隠された両耳のイヤリングが、澄んだ音で鳴った。
―――別れを告げるように。
「羅刹招来」
北辰に最強最大の攻撃を加えるべく、最後の封印を俺は解いた。
ゴォォォォォォォォォォォォォ!!!!!!!
以前とは比べ物にならない力が、ダリアの身体中を駆け巡る。
収まりきれない力が、機体という器を内部から食い破って噴出しそうな感じだ。
操っている俺自身、そのフィードバックと力の奔流に流されそうになる。
対峙する北辰からは、ダリアの背中に生まれる、4対の漆黒の翼が見れただろう。
これが、アキトが恐れ封印した相転移エンジン デュアル稼動モードか・・・確かに、桁外れだ。
『忌々しい翼よな。
確かにあの戦神を思い起こさせるわ。
だが・・・それでも我には勝てん!!
DFSを失った時点で、貴様の敗北は決したのだ!!』
「確かに、今のダリアでも素手で勝つのは難しいだろう。
だがな・・・一撃で勝負はつく。
逃げ場の無いお前に、最後の戦いをする勇気があるかな?」
気を抜くと遠くなる意識を、唇を噛み締めて留める。
ここで気を失っては、笑い話にもなりはしない。
何より、身体の痛みに比例して、俺を駆り立てる戦意は高まる一方だ。
『貴様くらいよ、我に向かい臆病者と叫んだ者は。
未だ、あの男に拘り、つまらぬ夢を見るのか?』
それは、北辰の最終通告だったのかしれない。
俺はその問い掛けに、嘲笑を浮かべて応えた。
無言のまま、夜天光が前傾姿勢に入る。
どうやら、覚悟を決めたらしい。
―――なら、始めるか。
『砕け散れ!!
下らぬ夢に溺れた愚か者よ!!』
「貴様にその言葉、そのまま返してやる!!」
お互いに相手に向けて最大の加速を行う!!
ダリアの内包するエネルギーは、通常とは比べ物にならない加速を示した!!
「アキト!! お前の技、使わしてもらう!!」
両手の『四陣』に、一斉にエネルギーが流れ込む!!
無言の叫びを、俺の心が聞いた。
枝織の泣き声が響いた。
その全てを、俺は呑み込んだ。
「両手に宿りし、死に逝く者を運ぶ螺旋よ!!
哭け!! 人を!! 時を!! 運命を葬り去るために!!」
両耳のイヤリングが砕ける中、ダリアの両腕に漆黒の渦が現れる。
『氷雨』と『暗尭』のジェネレータを、DFSの替わりに使った結果がこれだ。
そう、流れ込む力にアイツ等が耐えられない事は、勿論・・・・分かっていた!!
『馬鹿な!!DFSも無しにマイクロブラックホールを!!』
夜天光の突撃する動きが鈍る!!
この土壇場で、己の甘さを悟ったか!!
「ああ!! それも二つもな!!
これは・・・アキトの置き土産だ!!
奥義!! 八竜皇が一竜、『螺旋哭竜掌』!!」
ゴォォォォォォォォォォォォォァァァァァァァァァ!!
漆黒の螺旋が、徐々にダリアの両手を喰い尽くしながら、その両腕に宿る。
俺はその二つの死の竜を引き連れ、最後の距離を駆けた。
『貴様!! 貴様如きが!! この我をまた超えるというのか!!』
「ああ!! 何度でも超えてやる!!
そう、何度でもだ!!」
右手の黒龍が、夜天光の左手を喰い尽くし突き進む。
例の錫杖すら、半ばで砕け散る。
防御が役に立たないと判断した北辰は、最後の悪足掻きをする!!
『まだだ、まだ終わりではない!!』
右手に残った錫杖を、そのままダリアのアサルトピットに向けて振り下ろす!!
くっ!! この距離、このタイミング・・・避けられん!!
―――ドン!!
『おのれ、ヤマサキの愚作如きが!!』
「『蒼天』!! お前!!」
計り知れないエネルギーを発するダリアから、そのエネルギーを経由した『四陣』最後の『蒼天』が散る。
その爆発により、夜天光の右腕が吹き飛ぶ。
そして同時に、俺の右手についていたブレスレットが砕けた。
最後まで、自分に課せられた使命を守って、『蒼天』は散った。
「・・・義理堅い奴だな、お前」
感傷は後でいい。
今は、『四陣』の奴等に笑われない戦いをするのみだ!!
目の前には、両腕を失い呆然とした夜天光があった。
「貴様に最早言う事は、何も無い!!
―――魂までこの世から消えうせろ、北辰!!」
突き出した両腕を合わせ、夜天光に当てる!!
両手に宿っていた黒竜が、お互いに引き合い、弾き合い―――高々と、哭く。
コォォォォォォォォォォォォォンンンン―――
『だが、貴様達―――』
最後に、何かを言おうとした北辰と・・・
夜天光そのものと、ダリアの両腕が・・・
宇宙に生まれた二つのブラックホールの螺旋に喰われ、完全に消滅する。
前方に広がる全てを喰らい尽くしながら、二匹の黒竜は哭きながら消えていった。
「借りは返したぞ、くそ親父」
一度に身近な者を沢山亡くした枝織が、心の中で泣き叫ぶ。
掛ける言葉は無かった、アイツ等が居なければ負けていた。
以前は鬱陶しいだけだった身を飾る『四陣』のアクセサリーが、今は存在しない事が無性に空しかった。
「ああ、良い友達だったな・・・本当にな」
その言葉を枝織に向けて呟きながら、俺は・・・ナデシコCへと通信を送る。
そうだ、そこにはまだ最大の獲物が残っている。