< 時の流れに >
「艦長、北斗さんの無事が確認できました!!
ただ、帰還する方法が無いそうなので、その場で留まってるそうです。
タカスギさんの指示で、損傷の少ないリョーコさんが、今迎えに行ってます」
「うん、分かったよハーリー君。
これで、エステバリス隊全員の無事が確認できたね」
本当に良かった・・・
前回、あの北斗さんでさえ敗北してるだけに、内心では心配でしかたがなかった。
でもこれで、機動兵器による攻撃はまず無いという事ね。
「帰還する方法が無いって・・・北斗には『四陣』があっただろうが?」
ハーリー君の言葉に疑問を抱いたのか、ナオさんがそう尋ねる。
その言葉を聞いて、少し顔を暗くした後、ハーリー君が説明をしてくれた。
「・・・北辰との戦いで、『四陣』は全部破壊されたそうです。
ですから、帰り道が分からないって、北斗さんは言ってました」
「・・・そうか、悪いな、言い難い事聞いちまって」
ハーリー君達にとってオモイカネのようなAIは、かけがえの無い親友みたいなものだ。
付き合いは浅いといっても、『四陣』とも交流はあったらしい。
その『四陣』が消えただけに、哀しい思いをしているんだと思う。
散り散りになっていたエステバリス隊が、それぞれの相手に勝利を収めて帰ってきた。
ナデシコCは無人兵器の攻撃に晒されていたけれど、今ではエステバリス隊が掃討に入ってくれてる。
後は相手が増援を呼んだり、逃げ出したりしないうちに、臥待月を抑えるだけ!!
―――それで、このクーデターは終わる!!
隣のシュンさんを見ると、大きく頷いてくれた。
分かってます、ここからが正念場・・・気を引き締める場面ですね。
ブリッジの中央でウィンドウボールに包まれている、ルリちゃんとラピスに視線を向ける。
この二人が勝利した時、これ以上余計な血を流す事無く、全ては収まる。
「皆!!
後もう少しでこの戦いも終わりだよ!!
エステバリス隊の人も頑張りましょー!!」
『・・・十分頑張ったよな、俺達?』
『タカスギさん、一番楽してませんでした?
むしろ囮になった、私とカインの方が大変でしたよ。
幸い、下半身を丸ごと交換すれば、戦線に復帰できましたけど』
『そうそう、美味しいところだけ持っていきましたよね。
中央突破を任されてたから、サレナタイプも全身傷だらけだし』
『・・・そうなんですか?
リョーコも比較的損傷は少ないですけど、一対一で六連を倒しましたよ?
私は右腕を失くした分、まだまだ未熟ですね』
『俺なんかな、右足一本持っていかれたんだぞ!!
お陰でウリバタケが煩くて、煩くて・・・』
『も、何とでも言え。
勝って無事帰れればいいんだよ、俺は。
うちのかみさん、怖いんだからさ』
『ああ、それには同情する(しますよ)』 (ガイ & カイン)
『・・・変なところで、意気投合してるし』 (アリサ & イツキ)
「真面目に戦って下さ〜〜〜い!!」
その時、意外な人物から通信が入った。
『こちらナカザト!!
ナデシコ、応答願う!!』
「ナカザトか!!」
突然の通信に、真っ先に反応したのはジュン君だった。
色々と言いながらも、やっぱり一番ナカザト君の事を心配をしていたみたい。
そのまま身を乗り出すように、通信ウィンドウに映ったナカザト君に話しかける。
「まだこちらには、百瀬君を交渉に使うような通信は入っていない。
直にナオさんにそちらに跳んでもらうから、周囲に気をつけろ!!」
『ああ分かった!!』
そして通信ウィンドウを閉じた後、視線でシュンさんに許可を求める。
シュンさんは少し考えた後で、ナオさんに言葉を掛けた。
「博打に勝ったからには、それなりの配当が無ければな。
ただ・・・無理はするなよ、ナオ。
多くは望まん、あちらにはどんな敵がいるか分からないからな。
危ないと思ったら、ナカザトを気絶させてでも連れて帰ってこい」
「了解しました!!」
そう言って、自分の周囲にジャンプフィールドを展開するナオさん。
ナデシコクルーの持つコミュニケには、昔アキトが万が一の場合に備えて付加した機能がある。
つまり、コミュニケを基点にして、ジャンパーのイメージングを助ける装置だ。
あの時以来、コミュニケも色々と様変わりしたけど、この機能は必ず付けられていた。
「ハーリー、サポート頼む!!」
「分かりました!!」
コミュニケの位置を割り出し、イメージングを助ける詳細な座標等を、ナオさんに送るハーリー君。
地球で散々ミリアさんの元に行く手伝いをしていただけに、その行動は的確で素早かった。
「よし!! ジャンプ!!」
―――パシュゥゥゥゥゥゥゥゥ!!
最早見慣れた感じのある、虹色の輝きが弾ける。
そしてその場には・・・ナオさんが呆然とした表情で佇んでいた。
余りに意外な展開に、私を含めるブリッジクルーの動きが止まる。
普段の態度はどうあれ、こんな切羽詰った場面でふざけた事をする人じゃない。
「ナ、ナオさん?」
恐る恐る、私が尋ねる。
「・・・何故だ、ジャンプを・・・キャンセルされた」
―――その一言に、私達は本当に凍りついた。
『理由を教えてあげようかい?』
「貴様、ヤマサキ!!」
ブリッジに現れた新しい通信ウィンドウには、あのヤマサキが映っていた。
その姿を見て、ナオさんが叫び・・・私は嫌悪感で胸が一杯になった。
この人が行った実験の数々を、私は知っている。
アキトの記憶の中で、ナオさん自身に降りかかった悪戯で、そして・・・今まで集めた情報の中で。
『そう興奮すると身体に悪いよ、ヤガミ君?
それにしても、君がジャンパー体質だったなんてねぇ〜
どうだい、そこに居るユリカ君と一緒に、一度僕の実験室に遊びに来ない?』
「・・・御免だな、俺には被虐趣味なんてない。
それに貴様なんぞに、艦長には指一本触れさせん」
底冷えのする声で、ナオさんが断言する。
その返事を聞いても、ヤマサキはへらへらと緊張感も無く笑っていた。
『う〜ん、ま、別に今更ジャンパーの研究なんて、する必要は無いんだけどね。
・・・あ、捕まえたの?
じゃ、適当に監禁できる部屋に閉じ込めておいてよ、後で僕が『使う』から』
声を掛けられ、後ろを振り向いたヤマサキの背後に・・・私は知り合いを見つけた。
それはこのタイミングで、もっとも見たくない人物だった。
「ナカザト!!」
シュンさんが叫ぶ。
何より最悪な相手に捕まった、自分の副官の身を案じて。
・・・蘇るあの記憶が、私に声さえ出す力を奪っていた。
『ああ、この人がナカザトさん?
しかし北斗君の攻撃で隙が出来たからって、連絡船で乗り込むとは無茶するねぇ
お陰で予想より早く、ジャンプが使えない事がバレちゃったよね』
「やはり、お前達の仕業か・・・ジャンプが出来なくなったのは」
連れ去られていくナカザト君を目で追いながら、ナオさんが尋ねる。
『御名答〜
って、目の前でこれだけヒント出してれば、誰にも分かるか。
ちなみに、君達がジャンプで地球に逃げる事も不可能だよ。
疲れてもいいなら、試しに跳んでみたら?』
「!!」
その発言に私達の間に緊張が走る!!
ナオさんに起こった事を考えても・・・ハッタリとは思えない。
心の何処かで、逃げ道があると考えていた。
だけどのその手段は、突然取り上げられてしまったのだ。
重苦しい空気が、ブリッジの中を満たす。
先程までの浮かれた優勢気分は、既に消え去っていた。
だけど・・・まだ手はある!!
そうだ、こんな事で負けてられないもの!!
簡単に私は諦めたりしない!!
「ハーリー君!!
北斗さんは何時帰ってこれる!!
それと、エステバリス隊の皆の調子は?」
私がハーリー君にそう尋ねると同時に、また新しい通信ウィンドウが開く。
『心配するな、今・・・帰った所だ。
後5分ほどで、格納庫に入れる。
話は聞いたぞ山崎。
―――今度は、お前に借りを返してやる』
『あ、久しぶりだね北斗君。
元気そうでなによりだよ、北辰さんとの戦いも見せてもらったよ!!
いや〜、あの北辰さんに勝つなんて、凄い凄い』
感嘆をあげながらも、何処か馬鹿にしたような口調に・・・北斗さんの顔が怒りに染まる。
もし目の前にヤマサキが居れば、瞬時に挽肉にされていたと思う。
『・・・変わらないな、お前も、北辰も、そして草壁も。
いいだろう、俺が引導を渡してやる!!
北辰同様、塵も残さずこの世から消し去ってやる!!』
苛烈なまでの戦う意思が、北斗さんの身体に無意識のうちに昴気を纏わせていた。
朱金に輝くその姿と、その怒声を浴びてもなお・・・ヤマサキの笑いは止まらない。
まるで、私達の行動の一つ一つが、可笑しくて仕方が無いというように。
『無理だね、君達は・・・ナデシコCは此処で沈む。
さあ、最後のステージに行こうか?
歴史が変わり、影で有り続けた存在が、表舞台に上がる瞬間を!!』
ヤマサキの声と共に―――
「「キャァァァァァァァァァァァ!!!!」」
二つの絶叫が、ブリッジに響き渡った。
「ルリちゃん、ラピスちゃん!!」
悲鳴と共に、二人のウィンドウボールが消える!!
突然の出来事に、呆然としていた私達の中で最初に動いたのはナオさんだった。
「どうだ、ナオ?」
二人の容態を見るナオさんに、シュンさんが厳しい声で尋ねる。
「・・・二人共、完全に気絶してます。
それに脈が不規則で、心音も怪しい!!
直にイネスさんに連絡を!!
ハーリー!! 何時まで呆けてるんだ!!」
「は、はい!!」
急いでイネスさんに連絡をしようとするハーリー君。
だけど、通信ウィンドウは開かなかった・・・
「どうして、連絡が!!
―――ああ!! オモイカネがフリーズしてる!!」
『チェックメイトだな、ナデシコの諸君』
混乱するブリッジに現れた通信ウィンドウには・・・草壁中将が映っていた。
「何を・・・二人にしたんですか!!」
『別に大した事では無い』
私の叫びに、無表情でそう応える草壁中将!!
その目には、まるで私達の存在など既に入っていないとばかりに・・・冷たい光が宿っていた。
『ふざけるなよ!!
貴方はそれでも、人の上に立つ人間か!!
こんな、こんな非道な真似をしておいて!!』
その叫び声は、草壁中将の後ろから聞こえた。
ウィンドウ内で草壁中将が振り返ると、ラピスちゃんと瓜二つの女の子を抱えて泣いている百瀬さんがいた。
ぐったりとして動かない桃色の髪の少女に、ハーリー君に似た黒髪の少年が泣き付いている。
そしてその隣では、長い黒髪の少年が目を瞑った少女を支えて立っていた。
『一矢、お前は誰に向かって暴言を吐いているのか・・・分かっているのか?』
『今更、上官も親も関係無い!!
ラビスをフルコンタクト状態から、無理矢理切断するなんて・・・結果は分かっていたはずだろう!!
神経に掛かる過負荷で、息もろくに出来ない状態なんだぞ!!』
・・・それは、ルリちゃんとラピスちゃんと同じ症状だった。
つまり、フルコンタクト状態だったルリちゃん達を、強制的に切断する事で神経系に過負荷を掛けたんだ。
―――こんな、人間の考える事じゃないよ。
『大丈夫、死んでないし。
それにほら、思惑通りナデシコCは完全に停止しちゃったしさ』
『ヤマサキ・・・お前の考えた作戦だったのか!!』
ブリッジに入ってきたヤマサキに、一矢と呼ばれた少年が吠える。
それを煩そうに聞いていたヤマサキは、私達に気付いて・・・手を振ってきた。
『ああ、冥土の土産に教えてあげるよ。
つまりさ、ルリ君とラピス君がハッキングを仕掛けてくるのは定石でしょ?
だからさ、こちらはラビス君とハル君の二本分、回線を用意したんだ。
そして、途中でハル君はハッキング合戦から退出してもらって・・・バシーン、ってね。
ルリ君が突然抵抗が減ったから、怪しんで回線から逃げようとした時は焦ったよ、うん』
「・・・貴様等、本当に血の通った人間か?」
ぐったりとしたラピスちゃんとルリちゃんを抱えて、ナオさんが怒りに震える声で問い質す。
その言葉は、ここに居る全員の言葉だった。
『ここまでして・・・そんなに自分の欲を満たしたいのか、草壁!!』
それは血の叫びだった。
一矢君の言葉から推測すると、この二人は親子のはず。
なのに、その一矢君の問い掛けに対する草壁中将の応えは、辛辣だった。
『そうだ、私の辿るべき道はまだ途中だ。
こんな石ころに、何時までも係わっている暇は―――無い』
そう言って背後に居るヤマサキに視線で合図を送る。
ヤマサキは頷くと、蹲って少女に縋っている少年を引きずり起こす。
『さ、ハル君・・・早く相転移砲の計算をしちゃって下さい。
向うのオモイカネとやらが再起動をする前に、ね。
じゃないと、ラビス君の治療をしないよ?』
その単語に私の中で恐怖が弾ける。
ヤマサキは・・・何て言ったの?
「ハーリー君!!」
「駄目なんです!!
オモイカネ!! 早く再起動をしてよ!!
お願いだからさ!!」
涙を流しながら、必死にウィンドウボールを操るハーリー君。
だけど、オモイカネのフリーズ画面は・・・答えを返さない。
「ハーリー君、再起動のシーケンスを早く!!
私も手伝うから!!」
ブリッジに走りこんできたイネスさんが、ハーリー君を叱咤している。
『くそったれ!!
動け、動けよ!!』
『駄目です・・・ナデシコからの供給フィールドが無ければ、エステは・・・
補助バッテリーでは、パーソナルエステの消費に追いつけない!!』
『敵は直そこに居るんだよ、ひとっ飛びで拳が届くじゃねぇか!!
こんな事で、こんな処で―――死んでたまるかよぉ!!』
リョーコちゃんとアリサちゃん、そしてヤマダさんの悲痛な叫びが聞こえる。
・・・エステバリスへのエネルギー供給すら、止まっているの?
『ウリバタケ早くダリアの両手の換装を!!
この機体なら、相転移エンジンを積んでいる!!
いや、両手など無くても船一つ、落としてみせる!!』
ナデシコCの格納庫を蹴破り、飛び出そうとする北斗さん。
そんな北斗さんに、余りに聞きなれた声が響く。
『無駄な足掻きよな・・・愚息よ』
『・・・馬鹿な!!』
呆然とする北斗さんに、私は自分の聞き間違いでない事を知った。
顔は見えないけれど、この声は・・・
『貴様は・・・俺が殺したはずだろうが!!』
『ふふふふふ・・・確かにお前は我との決闘に勝った。
だが、この戦いには勝てん。
もう一度、最後の言葉を言おう。
―――貴様等に勝利は無い』
『そういう事だ、中々の健闘だったなナデシコの諸君。
相転移砲、発射用意!!』
「艦長!!
成功するしないは別で、ボソンジャンプを!!」
シュンさんが叫ぶ。
「それは駄目!!
フィールドが正確に展開できないわ!!
オモイカネが動いていないと、ナデシコCを完全に覆い切れない!!」
イネスさんが必死にオモイカネの再起動をしながら、そう叫び返す。
必死に打開策を探す私に、ジュン君が話しかけてきた。
「・・・ユリカ、ドクターと一緒にホシノ君達を連れて逃げろ。
君達とホシノ君、マキビ君、ラピス君だけなら、個人のジャンプで逃げられるだろう?」
「―――そんな、出来ないよジュン君!!」
突然の提案に、私は反射的に反対した。
ここで皆を残して逃げ出すなんて・・・そんな事、絶対に出来ないよ!!
「ナオさん、あなたはオオサキ提督を頼む。
有能な人材は、一人でも多く生き残るべきだ!!
ユリカ、ここで全滅したら本当に終わりなんだ!!」
私の肩を掴み、大きく揺すりながら説得をするジュン君。
『だからさ、無駄だって言ったでしょ?
こっちはボソンジャンプの中枢を担う、『遺跡』を完全にコントロールしてるんだよ。
だから君達が木星に来る時期も分かってたし、出現場所も知っていた。
それどころか、この場所に現れるのを三時間も遅らせたんだよ?
食事前に襲撃するなんて、エチケット違反だよ全く。
ま、何て言うのかな・・・つまり、全部茶番だったんだよ、この最終決戦』
希望を全て打ち砕く言葉を、楽しげに話すヤマサキ。
「ふざけないで!!
貴方達は、一体人の命を何だと思ってるの!!」
―――それは私の心からの叫びだった。
『ならば応えてやろう。
貴様等の命は、我等の栄光の礎になる為にあったのだ。
相転移砲―――』
『草壁!!
山崎!!
北辰!!!!!!!
そこで待っていろ、今殺してやる!!』
『無駄だ間に合わん、仕えるべき相手を見誤った者、真紅の羅刹よ。
―――発射!!』
キュオォォォォォォォォォォンンン―――
私は祈った。
神様にじゃない。
お父様にでもない。
ただ一人だけ。
ただ、逢いたいと思った人に向けて。
彼は神様なんかじゃない。
そして本当は英雄でも、王子様でもない。
それはもう分かってる。
でも、逢いたかった。
何時か、きっと逢えると信じてた。
―――そして、全ては白い世界に飲み込まれた。
第二章 現在を・・・
END