現実に存在する、非現実。
No.が書かれた黒いプレートが浮かぶ様は、そんな言葉を思い起こさせる。
何処とも知れぬ・・・否、場所などと言う概念が意味をなさぬ空間で、闇の声が交される。
「・・・・・・由々しき事態だ。」
「左様、実に由々しき事態だ。」
「初号機の覚醒。サードチルドレンとの融合。もはや、シナリオの修正は不可能だよ。」
「・・・碇め、これを狙っておったのか?」
「いや、それは有り得ん。・・・奴にとって、何のメリットも無いではないか。」
「しかし、サードチルドレンは奴の息子だぞ。」
「・・・探りを入れてみるか?」
「・・・そうだな、そろそろ《鈴》にも役に立ってもらわねばな。」
「左様。付けても鳴らないのでは、意味がない。」
「もう・・・失敗は許されん。我々には、時間がないのだ。」
「後戻りも、な。全てを手に入れるか、失うか。」
「無論、最後に笑うのは我々だ。その為の15年間だったのだから・・・・・・」
そしてプレート達は、沈黙の彼方へと消えてゆく。
最初から何も、無かったかのように。
◇ ◇ ◇
「・・・ごちそーさま。」
言ってアスカは、背凭れに身体を預けた。
そのままぼんやりと、未だ食べているシンジを見やる。
(使徒が来なくなったら、か・・・・・・)
アスカは最近、この事ばかり考えている。
・・・エヴァに乗る事が自分の全てではない。それは間違い無い事のはずなのだが・・・
(・・・あたしは、何をすれば良いの・・・?エヴァに乗らないあたしは、何が出来るの・・・?)
今まで、迷った事なんて無かった。選ばれたあの日からずっと、脇目も振らずに走って来たから。
そういう意味では、《エヴァに乗る事》はアスカの全てなのだ。
(・・・エヴァに乗れるって以上に、凄い事って何かないの?このあたしにしか出来ない、凄い事って・・・)
ちょっぴり幸せそうに御代わりを自分で盛るシンジを眺めつつ、アスカは更に考える。
(・・・大体、このバカでさえエヴァには乗れるのよ。使徒を倒してるのよ。もっと凄い事くらい、その辺に転がっていそうなもんよね。)
・・・何やらえらい言われようだが、当然と言うか何と言うか、シンジは見られている事すら気が付かずにせっせと食べまくっている。
「アスカぁ、どしたの?シンちゃんの事じっと見たりしちゃって〜?」
・・・代わりに、ミサトが気付いたよ〜である。一瞬で真っ赤になりつつ、怒鳴るアスカ。
「・・・な、な、な、何バカな事言ってんのよミサト!!こ、このあたしがシンジの事見つめてたりなんかする訳ないでしょ!」
「あらそ〜お〜?食べ終わってからずっとシンちゃんの方向いてたからぁ、て〜っきりそーだと思ったんだけど。」
「ち、違うわよ!ただちょっと・・・ちょっと考え事してただけよ!」
「そ〜なの〜?知らなかったわぁ。アスカって考え事する時に、左62度向いて考えるのね。」
実に楽しそうな口調で、突っ込みを入れるミサト。普段大雑把なくせに、こんな時だけは妙に細かい。
「だから違うんだってば!・・・そ、そう!バカシンジが何時までも食べてるから、牛にならないかなって思ってただけ!」
「アスカ・・・それちょっと違うよ・・・」
二人のやり取りを茫然と見ていたシンジが、取り敢えず小声で突っ込みを入れてみる。だがアスカに噛付かれそうな顔で睨まれ、思わず首を縮める。
「大体シンジが悪いのよ!何時までも何時までも何時までも食べてるから!だからアンタはバカなのよ!!」
「・・・ごめん。」
「ごめんで済んだら、ネルフは要らないわよっ!」
芸術的ともいえる八つ当たりに、ますます首を縮めるシンジ。こういう時のアスカには、逆らわないに限る。シンジはその事を、良く知っていた。
「まぁまぁまぁまぁまぁまぁ、そ〜コーフンしないで。・・・でも最近、ホントに良く食べるわよね。やっぱ、育ち盛りって奴?」
「・・・そりゃまぁ、二人分ですから。」
「「へ?」」
アスカとミサトの声が、見事にハモる。キョトンとした様子で、二人を見返すシンジ。
「・・・シンちゃん・・・まさかあなた・・・」
「・・・・・・はい?」
「子供が出来たんじゃないでしょうね!?」
ごち。
いきなりなミサトの発言に、テーブルにペーゼをかますシンジとアスカ。
「・・・・・・ミサトぉ・・・・・・あのねぇ・・・・・・」
「あっはははははは、じょぉだんよ、じょぉだん。」
「・・・まったく・・・一体どこから、そんな発想が出て来るんです?」
額を擦りつつ、身を起こすシンジ。ミサトはにんまり笑いつつ、答えに見せ掛けた悪戯を仕掛ける。
「だ〜って、違和感ないでしょ?・・・アスカも、そ〜思うわよねぇ?」
「・・・言われてみれば、そんな気もするわね。」
「・・・アスカぁ・・・」
さっきまでの言い合いは何処へやら、一瞬にして共同戦線を張るアスカとミサト。流石は、似た者同士である。
「・・・ねぇアスカ。ちょっち、シンちゃんにあんたの服着せてみない?」
「え〜!?何でよ?」
「だってさ、似合いそうじゃない?ほら、この前着てたワンピース!あれとかさ。」
「何言ってんのよ、アレはあたしのお気に入りなのよ!バカシンジに着せるんだったら、制服で十分よ!」
「・・・ん〜・・・それも結構、イケるかも・・・」
目の前でとんでもない事を相談し出す二人に、シンジはただひたすら固まっていた。
余りの成り行きに呆然としていた、と言う事もあるが・・・ヘタな事を言ったら最後、絶対にロクでも無い事が起こるような気がしていた。
そしてそれは、ほぼ間違いなく真実だったりする。
『・・・私ハ、あすかチャンノ服ダッタラアレ着テミタイワネ。ホラ、誰ダカトでーとシテ来タッテ時ノ。アレッテ、可愛イワヨネ〜。』
そんなところに止めとして、初号機の会心のボケが炸裂する。再び、テーブルとお友達になるシンジの額。
「・・・あらぁ、どったのシンちゃん?」
既にシンジには、返事をするHPは残っていなかった。
◇ ◇ ◇
「・・・どう?リツコ。」
「・・・余り、芳しくないわ。」
定例ハーモニクス試験日。
レイとアスカは、テスト用エントリープラグの中でシンクロに集中していた。
・・・より正確には、集中しようとしていた。
「二人とも大分下がっているわね。・・・何か、あったのかしら?」
「・・・さあ。」
「さあって・・・レイはともかく、あなたアスカの保護者でしょ?」
「それはそうなんだけど・・・私もここんとこ、色々忙しくて・・・ね。」
「・・・ふ〜ん・・・知ってる?ミサト。不良への第一歩は、親の無関心から始まるそうよ。」
「・・・・・・それって一体、何時の話よ?」
「あら、何時の時代だって、人のする事なんて変わらないんじゃない?」
「・・・それは・・・そ〜かもしれないけど・・・」
「だから・・・人は、変わらなくてはならないのよ。」
「・・・そうかもね・・・」
◇ ◇ ◇
「・・・あ、終わったの?」
制服に着替え、ロビーに出て来たレイとアスカに声をかけるシンジ。
「うん、まあね。」
「・・・・・・ええ。」
「じゃ、帰ろっか。」
そのまま、異様に長いエスカレーターに乗る3人。アスカが先頭、そのすぐ後にシンジが乗り、更に2つ後にレイが続く。
「・・・どーでもい〜けどさぁ、何でシンジまで呼ばれたのかしらね?アンタ、今日何してたワケ?」
「・・・ロビーで、コーヒー飲んでた。」
「はっきり言って、バカよねそれって。」
「そんな事言われたって・・・・・・」
等と、他愛もない話をする二人を・・・レイはジッと、見つめていた。
その脳裏では、先日の会話と行動が、無限にリピートされている。
(『ダカラ・・・人ナノ。私ト頭脳体モ、彼モ・・・ソシテ、貴方モ。』)
(『れい。引ケ目ヲ感ジル事ナンテ何モ無イワ。生キテイルンダカラ、幸セニナル事ヲ考エナクッチャネ。』)
(「・・・少しだけ、このままでいさせて・・・」)
レイは、考える。自分は、一体どうしてしまったのかと。
(・・・どうして、私はあんな事を?どうして、あの事ばかり頭に浮かんで来るの?)
今まで、こんな事はなかった。寝ても覚めても、ひとつの事しか考えられないなど。
・・・ましてや、その度に顔が火照るなど・・・
「・・・綾波?どうしたの、綾波?」
「・・・・・・え?」
自分の名を呼ぶ声に、レイは「はた」と我に返る。エスカレーターは無意識の内に降りていたようだが、その場でぼうっとしてたらしい。目の前に、心配そうなシンジの顔がある。
「・・・碇君・・・」
シンジがすぐ近くで見つめている、と意識した瞬間、一気に顔に血が登るレイ。なんだか分らないが、つられて赤くなるシンジ。それでいて、お互いの視線は吸い付いたように離れない。
「・・・ちょっとアンタ達、何やってんのよ?」
「・・・え、あ、いや、その・・・」
そんな、世界を作っちゃってる二人に割り込むように、アスカの不機嫌な声がかけられる。何故か、うろたえるシンジ。
「・・・とにかく!さっさと帰るわよ、バカシンジ!」
「あ、うん・・・・・・そ、それじゃ綾波。また明日。」
「・・・・・・あ。」
「え?」
早足で歩き去るアスカを追いかけようとするシンジに、思わず手を伸ばすレイ。思わぬその行動に、びっくりするシンジ。
「・・・な、何?」
「・・・・・・・・・」
それっきり、また見つめあう二人。呼び止めたレイにしても、自分の行動理解出来てないのだから会話が続かなくて当たり前である。
「・・・・・・こらバカシンジ!さっきからアンタ、何やってんのよ!?」
「わっ!?・・・あ、アスカ・・・な、何って・・・その・・・つまり・・・」
一体いつの間に戻って来たのか、いきなりシンジの耳元で怒鳴るアスカ。普段の2割り増しの剣幕に、2割り増しでおどおどするシンジ。それがまた、アスカの神経を逆撫でする。
「・・・何よ。あたしには言えないような事なワケ?」
「・・・い、いや。そ、そんな事は・・・無いと思うけど・・・」
一転、ドスの効いた声で問い詰めるアスカ。いつもと違う迫力に、ひたすらビビるシンジ。
と、その時。
緊迫した空気を切り裂く、聴きなれたサイレンの響き。
「・・・使徒だ!」
シンジのその叫びに、若干の安堵が含まれていたのは致し方の無いところであろう。
◇ ◇ ◇
「・・・目標は、依然沈黙を保っています。」
ネルフ第一発令所。
その広い空間には、緊張と困惑が微妙にブレンドされた空気が漂っている。
「・・・この前の奴みたいに、また特攻してくるつもりかしら?」
スクリーンに映し出された、どことなく鳥類を彷彿とさせるシルエットを睨みつつ、ミサトが誰にとも無く呟く。
「何ともいえないわね。・・・少なくともサイズ的には、何時かの奴よりずっと小さいけど。」
その呟きをいつものように引き取って、リツコが必要と思われる情報を提供する。
「つまり・・・特攻して来ても、そんなに怖くないって事?」
「そうね。・・・もっとも、それより質の悪い攻撃を持ってないとは限らないけど。」
「・・・ま、あんな高いところにいられたんじゃあ、こっちの打つ手も最初から限られてるけどね。」
呟き、少しだけ考えると・・・ミサトは、部下達に指令を出した。
「零号機と弐号機は、ポジトロンスナイパーライフルを装備。アスカがフォワード、レイはバックアップ。兵装ビルの影から、波状攻撃を仕掛けるわ。・・・取り敢えずは様子見だから、撃ったらすぐに隠れるのよ。いいわね?」
「りょーかい!」
「・・・了解。」
てきぱきと指示を下すミサトに、それぞれの反応を返す二人。そんな様子を、シンジは心配そうに見つめている。
「・・・二人とも、大丈夫かな?」
『マァ、ナルヨ〜ニナルンジャナイ?』
(・・・そんな無責任な・・・)
『アラァ頭脳体ッテバ、ソンナニアノ子達ガ心配ナノ?』
(そ、そりゃあ心配だよ。友達なんだし・・・・・・)
『・・・フ〜ン、《ともだち》ネエ・・・』
(・・・・・・何だよぉ。)
『ベッツニ〜?』
・・・又もや二人羽織で漫才を始めるシンジ達をよそに(と言っても、当人達以外には聞こえてないのだが)行動を開始する弐号機と零号機。兵装ビルから取り出した、エヴァの身長ほどもある巨大なライフルを肩付けし、使徒の様子を窺う。
「・・・・・・3・2・1、いくわよっ!」
掛け声と共に、道路に躍り出る弐号機。片膝をつき、銃口を使徒にポイント。目標がセンターにロックされる。後は、引き金を引くだけだ。
と、その時。
照準モニターに、虹色の光が射す。薄曇の天気で、太陽を背にしていると言うのに。
「・・・何?」
アスカのつぶやきがミサト達のところに届いた瞬間、上空を覆う雲が急速に引いて行く。
大いなる光に、畏怖するが如く。
「・・・い・・・いやぁあぁぁぁぁぁぁっっ!!」
「一体どうしたの!?」
「分かりません!MAGIは分析不能を示しています!!」
「心理グラフに異常!精神汚染が始まっています!!」
「なんですって!?」
(いや・・・!何かが・・・何かがあたしの中に入って来る・・・あたしの心を、こじ開けようとしている・・・!)
アスカは、パニックに陥っていた。
為体の知れない何かが、自分の中に押し入って来る異様な感覚。
それは初めてのようでいて、以前感じた、だけど思い出したくない絶対恐怖であった。
「・・・レイ!」
ミサトの叫びに応じ、零号機のライフルが光の束を使徒に叩きつける。だがそれは、空しくATフィールドの前に弾かれてしまう。
「・・・ダメか!」
絶望の言葉が、ミサトの口からこぼれ落ちる。その波紋は、発令所の全てを一瞬、止めさせた。
そこへ止めとばかりに、零号機にも使徒の光が浴びせかけられる。一応ビルの影に隠れてはいたのだが、何の役にも立たなかった。硬直するレイ。
(・・・あなたは・・・誰?)
[私ハ・・・アナタヨ。]
レイの前には・・・湖に半身を浸した、レイが立っていた。
[私トヒトツニ、ナリタクナイ?]
(どうして?)
[私ハ、アナタダカラ。]
(私は私。あなたじゃないわ。)
[・・・ソウ。ジャア・・・]
言ってレイは、姿を変える。その姿をみた瞬間、レイの目が大きく見開かれる。
[ドウ?コレガアナタノ心ニアッタいめーじ。・・・コレナラ、ヒトツニナリタイデショウ?]
「・・・ぁ・・・あぁっ・・・あぁあぁぁぁぁぁぁっっ!!」
「・・・レイ!」
滅多に聞けない、レイの絶叫とゲンドウの動揺。それは即ちネルフの・・・人類の敗北を意味していた。
そんな中。
シンジはただ、二人の苦しむ様を見ているだけだった。
『・・・イイノ、頭脳体?アノ子達ホットイテ?』
(だ・・・だって・・・)
『念ノタメニ言ッテオクケド・・・コノママニシトイタラ、アノ子達ノ精神ガ壊レチャウワヨ?』
(精神が・・・壊れる?)
『ソウ。・・・人ハ、精神ヲ直接見ラレル事ニ耐エラレナイワ。自分自身ガ正視出来ナイ部分マデ、知ラレテ平気デイラレル訳ナイジャナイ。』
(・・・うん・・・)
『ダカラ・・・壊レルノ。スベテノ人ニ嫌ワレル・・・ソンナ重圧ニ耐エラレナクテ。』
(・・・・・・・・・)
『アノ子達ヲ、ソンナ目ニ合ワセテイイノ?』
(・・・僕は・・・)
シンジの右手が、無意識に動く。
父さんに、進路相談の電話をかけた時のように。
・・・そして、再び戦う決意をした時のように。
(・・・僕は・・・今の僕は何が出来るか分からない。分からないけど・・・綾波やアスカを、見捨てるなんてこと絶対に出来ない!助けたいんだ!だから、教えてくれ!僕は一体、何が出来るんだ!?)
『・・・ソレ、こまんど?頭脳体。』
(・・・・・・え?)
『れいチャントあすかチャンヲ助ケル、ッテ言ッタデショ?ソレハ、こまんどナノカシラ?』
必死に言い募るシンジに、初号機はのんびりと・・・しかしいつもとは何処か違う口調で問いかける。シンジは戸惑いつつも、ハッキリと答える。
(・・・そうだよ。僕は、綾波とアスカを助けたい。いや、助けるんだ。)
『分カッタワ。ジャア、行キマショウカ。』
シンジは頷き・・・駆け出した。
◇ ◇ ◇
「・・・・・・こ、ここは!?」
シンジの目の前には、弐号機の横顔があった。
駆け出した瞬間、いきなり世界が変わったのだ。
呆然とするシンジに、相変わらず緊張感の無い初号機の声が響く。
『便利デショ?頭脳体ガソノ気ニナラナイト、使エナイ技ナンダケドネ。・・・ソレヨリ、コンナトコロデタダ突ッ立ッテテイイノ?』
「・・・そ、そうだ!僕はどうすればいいの!?早く教えてよ!」
『マズ、元ノさいずニ戻ラナクッチャネ。・・・頭脳体、元ノ私ノ姿ヲいめーじシテ。ソウスレバ、元ノ私ニ戻レルワ。』
早速シンジは、必死で念じ始める。かつて自分が乗っていた、初号機の姿を。
やがて脳裏に、初号機の姿が浮かび上がる。間髪入れず、初号機が叫ぶ。
『跳ンデ頭脳体!』
反射的に、身を躍らせるシンジ。耳元で風が唸りを上げ、視界の角には弐号機の赤が流れて行く。
そして初号機が叫ぶ。凛々しく、力強く。
『臨戦体勢移行!初号機活動形態、開始!!』
◇ ◇ ◇
「・・・いや・・・やめて・・・心を・・・心を犯さないでぇ・・・」
アスカは、泣いていた。闇におびえる赤子のように。
思い出したくない様々な過去が暴かれ・・・最後の、何があっても思い出したくない部分に侵略の手が伸びた時。
ふっ、と心が、軽くなった。
侵略者の突然の消失に、アスカは思わず顔を上げる。
涙に歪む視界には、見慣れたシルエットがそびえ立っていた。
・・・と、その角が二つに割れ・・・中から小柄で華奢な人影が現れる。
「・・・シン・・・ジ・・・」
シンジは微笑み、言った。恐ろしい夢を見た娘をあやす、父親の口調で。
「・・・もう、大丈夫だよ。ごめん、怖い思いをさせて・・・」
アスカは。
アスカは飛び出した。
血の匂いのするエントリープラグの中から。
自分を安心させてくれる、ぬくもりに向かって。
「あ、アスカ!?」
慌てて、初号機の手を差し出すシンジ。その手を踏み台に、アスカはもう一度飛ぶ。
「・・・シンジっ!!」
アスカは飛び込む。シンジの胸に。
「・・・あ、アスカぁ。く、苦しいよ・・・」
シンジの声など聞こえぬが如く、アスカはぎゅっと抱きしめる。少しでも力を弛めたら、何もかも消えてしまうとでも言いたいように。
「・・・怖かった・・・怖かったの・・・!」
がたがた震えながら、涙声で言うアスカ。そんなアスカの背中に、そっと手を添えるシンジ。それは一種感動的な、一幅の絵画であった。
・・・そんな2人を、モニター越しにではなく見つめている赫い瞳があった。