――ニューヨーク――
国連ビルFBI分室
その部屋では、今、昨日行われたであろう殺人事件に関する、スライドが流されていた。
「娼婦アレン・デニソン、十三人目の被害者だ。他の遺体と同じように体液の九割がなくなっている」
「うえ・・・・摩天楼の天使がもったいない」
その異様な死体に気分の悪さを覚えながらも、部屋に集まっている男たちは事件に関する検討を開始する。
「それと最近増えてるハーレムの連続失踪事件、時期的に見ても関連があるんじゃないのか?」
「関連ったって、どんな?」
「そこでだ、今回入手したこいつなんだが・・・・」
スライドに一枚の写真が映し出される。そこには、ニューヨークの空を舞う、鳥のような影が映し出されていた。
「なんですかコレ・・・・鳥?」
一人が鼻で笑う。
「明るいこの街の夜ならカラスだって飛んでますよ」
そのとき、おかしくてたまらない、といったふうな笑い声が部屋に響いた。
「プップハハハハ、翼長四メートルの鳥ね」
全員の視線が一点に集まる。
「連続殺人も失踪事件もその怪人が絡んでるって線じゃないスか?」
「怪人だぁ!?」
「おい・・・・お前は!!」
ブラインドが開け放たれ、光が部屋に差し込み、一人の男を照らし出した。
「ヤガミ ナオ」
「ちっす」
ナオの姿を見て、その場にいた男たちは舌打ちをした。
「キサマは部外者のハズだ。出ていけ」
「ハイハイ、スイマセンね。どうも」
すぐまさまかけられた煙たそうな叱責にこたえ素直に立ち上がりながら、ナオは質問を投げかけた。
「ねえ、部長(。なんでFBIはこの件を公表しないんスかね?」
「フン・・・・ここは経済の中心だぞ。パニックを避けるためだ」
「タハ、13人もミイラになってりゃ十分でしょ。もうホームレスだって噂してますよ。なんで警戒発令しないんです、お得意の隠蔽体質?それとも・・・・」
ゆっくりとナオは部長に近づきながら、まるで揶揄するかのような口調で質問を続ける。
「この国の誰かさんが承知の上でやらせてる・・・・とか」
「おい!めったなことを言うな!!」
部長は激昂しつつナオの胸倉を掴んだ。
「お前に話す事は何もない」
そう言いながら手を離した部長に、
「・・・・・・・・いいんですかね、そんな手回しの悪いことやってて・・・・」
ナオはサングラスをゆっくりと外しながら言った。
「この国に、仮面(ガイダ―はいないんだぜ」
しばらくの間を置いて、ナオはサングラスをかけなおし、おどけた様子で部屋を去った。
「なんてね。失礼しゃあしたあ」
「マスクド・ガイダー?」
「フン・・・・またか。・・・・ヤツの作り話だよ」
ナオが去った後、繰り返されたその名を卑下するかのごとく、部長は言った。
「無償で戦う仮面の戦士、そんな酔狂な男がいるものか」
ナオは、行きつけの喫茶店へと足を運ぶことにした。
――Cafe sigh zone――
「ナオよぉ・・・・お前また捜査から外されたんだって?」
ナオの顔を見るなり、「Cafe sigh zone」の店主雪谷 サイゾウはいった。
「相変わらず地獄耳だなぁ、サイゾウさん。しょーがないじゃん、俺キラワれてんだから」
ナオは涼しい顔でコーヒーをすする。
「ナオさんくち悪いからね〜」
ウエイトレスのヒカルは笑いながら茶化す。
「まあ、別にいいだろ、そのおかげでこうやってサボってても給料もらえんだし」
「何を言ってるんだ、お前は。そんなことをいってるから・・・・」
「ヒカルちゃん、ご馳走様。じゃあ嫌われ者は嫌われ者らしく、痴漢退治でもしてくらあ」
サイゾウが説教を始めるより早く、ナオはその場から退散した。
「あっ、こらまて!」
「いってらっしゃ〜い。・・・・それにしても、あーあ、サイゾウさんならともかく、すっかり窓際族みたいになってるね」
「ともかくは余計だ」
ふう、とため息をつきながら、サイゾウは腰をおろした。
「にしても確かに変わっちまったな・・・・昔はもっと正義感がケンカ売ってるような男だったのに」
「ナオさんがあ!?うっそだー」
「うそじゃあねえよ、やつは昔、捜査官としての腕を変われてインターポールに出向していたことがあるんだ。世界的に猛威を振るった狂信的カルト集団の正体を探るためにな」
「IRA?人民寺院やブランチ・デビディアンみたいな?」
静かにバイクがナオをのせて走り始める。
「Jupiter Union・・・・Successor of Mars・・・・だったっけな。ほとんどXファイルみたいな話だ。とにかくそいつらをナオは一人で壊滅させちまったらしい。もっとも、ナオは自分の手柄じゃないってこだわってるけどな」
「仮面・・・・なんとかでしょ。全く、子供みたいなこと言うんだから」
ヒカルはクスリと笑った。
「ま、ともかく知りすぎたってことだ。あいつは信じて戦った結果牙を抜かれちまった・・・・ヒドイ話だ」
――ハーレムの一角――
そこでは一人の少女の歌声が響いていた。少女の周りには、ちょっとした人だかりができていた。子供から老人まで、その顔ぶれは様々だ。しかし、誰もが少女の歌声に聞きほれていると言う点だけは一致している。少女の歌には技術もさることながら、その響きにはどこか人をひきつける不思議な魅力がある。少女が一曲歌い終わると、周りからいっせいに拍手が巻き起こった。
「ありがとうユキナ、これでまた生きる勇気が湧いてくるよ」
「まーーたおおげさなんだから」
「流石だな、マライア・キャリー」
軽い拍手とともにナオは少女――ユキナに声をかけた。それと同時にチップを集めていた子供に向かって、いくらかの金を渡した。
「わーいナオだー!」
「おお、元気だなコゾーども」
ナオの姿を見つけいっせいに自分の身体にとりついてくる子供達に苦笑しながらナオは相手をする。
「本当にスバラシイ歌声でしたよ、ユキナさん」
そこへ、修道服をきた髪の長い女性が現れた。
「あ、シスター」
ユキナにシスターと呼ばれた女性は、微笑みながら賞賛の言葉を続けた。
「ぜひ今度の礼拝でゴスペルでも歌ってほしいわね」
「そんな、がらじゃないよ」
「ユキナちゃん、その人は?」
ナオは子供達に体のあちこちを引っ張られながら聞いた。
「えっと、シスターのイツキさん。最近ハーレムに来たんだけどねー、ほら、イーストハーレムの方に誰もいない教会あったでしょ?あのキッタナイところに好んで赴任したって言う変わりもん」
「こらユキナ、シスターにむかって」
礼を欠いた物言いをするユキナを大人達がたしなめるが、当のイツキは気にした様子もなく微笑んでいる。
「みなさん、どうです。今日夜露をしのげる所のない方、教会でよろしければ。少しだけなら食べ物もありますし」
「ホントかい、シスター。ありがてぇ!」
子供達の相手をしつつ、ナオも冗談めかして声をかける。
「慈悲深いな、シスター。俺も仕事クビになったときには頼むぜ」
「喜んで。神の愛は誰しも受ける権利があります」
ナオの軽口に、イツキは微笑んでこたえた。
それからしばらくして、ナオはユキナ達に彼女らの金庫に案内された。廃棄された乗用車のシートがくりぬいてあり、ユキナ達はその中に今まで稼いだ金を蓄えていたのであった。小銭ばかりではあるが、そこには既にかなりの量の金額がたまっていた。
「へぇ・・・・だいぶたまったな」
ナオはよくここまでためられたものだと感心した。
「そろそろ十分じゃないのか?アポロ何とかの発表会に出るにはよ」
「もう、アポロシアターのアマチュアナイト、でしょ」
少し口を尖らせながらユキナは滝の発言に突っ込んだ。そして、ゆっくりと振り返り、夕暮時の街ではしゃぐ自分の仲間達を眺める。
「アマチュアナイトは単なる発表会とは違うのよ、お客さんだってシビアだし、上手くいけば大物プロデューサーから声がかかる可能性だってあるんだから。ジェイムズ・ブラウンも、ナット・キングコールだってアマチュアナイト出身なんだよ」
「へぇへぇ、わかってるってば、それ聞くのは何回目だと……」
「それにね」
いつの間にかユキナの表情は引き締まった真剣なものになっていた。めったに見せないユキナの表情にナオは目をひきつけられる。
「最近ハーレムで失踪事件が増えてるけど大して騒いでもくれないでしょ。この街のごろつきは世間にとってどーでもいい人間なんでしょうね。私たちだってそう、身寄りはないし、たいした未来もないし。でもね、私は絶対にこのアマチュアナイトで成り上がってマライア・キャリーみたいになってやるの。そして、私は・・・・私はみんなの・・・・」
「ねぇ、ナオ!アレのお話聞かせてよ!!」
「アレって?」
「仮面(ガイダー!!」
「あっ、馬鹿、やめとけよ。明後日まで帰れなくなるぜ」
いつの間にか自分のところに話をねだりに来た子供達にナオは微笑を浮かべた。
ナオは身振り手振りをつけながら子供達に親友の雄姿を語り始めた。語ることで、自らの記憶をより鮮明にする。インターポールの一員として対した組織。その組織の技術によって、異形の姿と力を与えられた怪人たち。
「敵は半獣の吸血鬼や食屍鬼どもだ。どいつもこいつもハンパじゃねぇ。そこで一発」
その怪人たちに、一人立ち向かった男。骸骨を思わせる面。バッタがそのまま起き上がったかのように醜いその姿。しかし、その姿は同時に、見るものを安心させるような頼もしさを感じさせた。
ナオは、息を吐きつつ向き直り、気合を込めて拳をくりだし、ユキナが少し不安そうな顔をして構えていた木の板を叩き割った。
「ガイダーパンチ。こいつは岩をも砕く。そして、こいつがとどめ」
飛び上がり傍の木からはらりと舞い落ちた葉に蹴りを放つ。
「ガイダーキック!!」
ナオの蹴りを受けた木の葉はきれいに二つに分かれた。
「これで怪物どもはいちころってワケさ」
「すげぇ!」
「どうだ、ガイダーはカックイーだろ」
「うん、カックイー!!」
「サイコーだろ」
「うん、サイコー」
「そうか・・・・サンキュー」
自分の話に興奮し、はしゃぐ子供達を見て、ナオは今もどこかで戦いつづけている戦友に想いをはせた。
(ガイ、聞こえているか。お前に憧れる、子供達の声が。お前は、ヒーローになったんだ。お前が憧れていた、強くて、かっこいい、ヒーローに・・・・・・・・。戦友(よ・・・・お前は今・・・・どこで戦っている・・・・)
怪物と化した、自分の姿。それに静かに傷つきながらも、決してくじけず、自らが憧れた、『ヒーロー』であろうとした男。時には暑苦しく思えるほど熱く燃える心を持っていた男。その男に憧憬を抱く子供達に囲まれながら、ナオは静かに夕日を見つめた。
「お前ら、気をつけて帰れよ!いなくなっていい人間なんか一人もいないんだからな」
「大丈夫!!いざって時にはガイダーが助けにきてくれるんでしょ!!」
「ねぇナオさん、私思うんだけどさあのすんごいカラテといい、そうやってバイクにまたがって現れるところといい」
少し赤らめた顔で、ユキナは笑いながらいった。
「仮面ガイダーってさ、ナオさんのことじゃないの?」
「そいつぁいい・・・・・」
ナオは思わぬ言葉に少しおどろきつつ微笑んだ。
――イーストハーレムの教会――
不気味なほど静まり返っている教会。そこには人工の灯火はなく、月明かりだけが、その中を照らす。汚い身なりをした男たちが、呻き声をあげながら、教会の床に倒れている。その頬は削げ落ち、腕などは骨と皮しかないのではないのかと思うほど細い。
「ひ・・ひ・・・・ひもじいよぉ・・・・。なん・・とかしてくれよシスター・・・・・・」
「ひもじい・・・・そうでしょう。生まれ変わるにはたくさんのカロリーが必要ですからね。今宵は月の下で外食してはいかがですか?神の恵みのパンをほおばり・・・・紅い・・酒(を」
口元だけに微笑を浮かべ、イツキがそう言った時、教会の扉が開かれ、来訪者が現れた。
イツキは昼間見せた穏やかな表情とはまるで違う冷たい眼差しを扉の方に向けた。しかし、たずねてきたのが知人であると知りその表情を再びやわらげる。
「あら、ナオさん・・・・でしたね。なにか?」
「シスター、一人かい?」
「ハイ・・・・ミナサン食事を済ませた後帰ってしまわれましたので」
「なあシスター、最近は市長も変わって治安がよくなったって言うニューヨークでよ、ひとさらいやら吸血鬼事件やらこそこそとやってる変態ヤロウがいるらしいんだわ。ちょうどあんたが来たころから・・・・な。教会ってのは人がわんさか集まるんだろ?あんた・・・・なんか知らねえかな・・・・」
「う〜〜ん、申し訳ありませんが、そんなウワサは何も・・・ねぇ」
「そうか・・・・邪魔したな。また来るぜ、懺悔でもしにな」
「ハイ、いつでもどうぞ」
ナオは素直に引き下がると、教会に背を向けた。
再び闇に閉ざされた教会の天井には、不気味な影が無数にぶら下がっていた。