――ハーレムの一角――

「おおーーユキナ!!アマチュアナイトの出場決まったんだって!?」

「まあねー」

「お前なら絶対いい話が来るぜ」

「まあねー」

「か〜〜〜〜っ!!余裕だね」

ハーレムの仲間たちに祝福されながら、ユキナは自らの語った目標が現実になるのを感じていた。

 

『ナオさん・・・・私はマライア・キャリーみたいに成り上がってやるの』

『私たちだって捨てたもんじゃあないっ・・・ってところを皆に見せてあげたいの』

『一人もギャングなんかにしたりしない』

『私はみんなの、夢になるんだ』

『夢に――・・・・』

不意に、ユキナの肩に手が置かれた。

「アッ・・・・イツキシスター」

 

――Cafe sigh zone――

ナオはCafe sigh zoneでまた和んでいた。

「ヒカルちゃん、梅こぶ茶ちょーだい」

「梅こぶ茶って・・・あのねえ」

「ナオ―――!!」

そこへ血相を変えたサイゾウが走りこんできた。ナオは思わず口にしていた飲み物をふいてしまう。

「なんだよぉ」

「事件だよ!!例の!!ハーレムでお前の知ってるガキが襲われたってよ!!そんで今そのバケモンを包囲したらしい!!」

ナオの目が、見開かれた。

――病院――

「エミリオ!!エミリオしっかりして」

「どいて!!」

「患者はチアノーゼが出ています!!すぐに集中治療室へ!!」

医師や看護婦達によって集中治療室へ運ばれる少年に他の子供達が必死に声をかける。

「エミリオーーー!!」

「ねえ看護婦さん、なんでガイダーはこないの!!」

「ガイ・・・・なに?」

「ガイダー!仮面(マスクド)ガイダーだよ!なんでガイダーは助けにきてくれないんだよお!!」

病院の廊下に、痛ましい叫び声が、響いた。

 

 

――ハーレム――

警官隊が、一つの店を取り囲んでいた。強い照明が、その屋上にいるものの影を照らし出す。

「・・・・まいったな、本当にあんな生物が・・・・」

部長(ボス)!!アレ!!」

「!!ナオ・・・・あのバカ!!命令違反だぞ!!」

ナオは静かに、うずくまって震えているそれに近づいて行った。そして、それが見慣れたバンダナをしていることに、気付いた。

「・・・・お前、ユキナ・・・・・・か?」

その声に反応して振り向いた蝙蝠(こうもり)のような怪物には確かにユキナの面影があった。

「ナオさぁん・・・・私・・・今・・どんなになってるの?なんか・・・・からだ・・変だよ・・ごわごわして・・頭の中が真っ赤になって・・・・・気がついたら・・エミリオの首にかぶりついてて・・・・そうしたら、死んだみたくなっちゃって・・・・」

「落ち着けユキナ!!お前まさか!!あの教会に・・・・」

「そう・・・・イツキシスターよ。シスターに誘われて、教会に連れて行かれて・・・・それで・・・・とがったのとかギザギザしたので・・・・なんかされて・・・・・・ア・・レ?」

ユキナの双眸が色あせていき、眼球が黒く染まっていく。

「・・・・・・・・・・・・アタシ、ダレのチをスったんだっけ・・・・・・・・?」

「ユキナ・・・・エミリオだろ!!しっかりしろ!!」

「あ・・・・ア・・ア ダメ ドンドンアタマがハッキリシナクナルヨォ・・・・・・イッテタ コウシテ ゼンブヲワスレテシマッテ ニドトモドレナクナルッテ・・・・!!

瞳の色を完全に無くすと同時にユキナは牙を向きナオに襲い掛かった。それに身構えつつ、ナオは語り始めた。

「ユキナ、聞け!!」

「昔・・・・仮面ガイダーって男がいた・・・・!!」

 

 

「ボス・・・・ナオが・・!!」

「チィ・・バカが、アレじゃ発砲もできん・・・・!!」

下では警官隊が近づきすぎたナオのために発砲することもできずに苛立ちを募らせている。

 

 

「あいつもお前みたいにクソどもに身体をバケモン同然にされちまった・・・・けどなあ・・・・あいつはそのゴリゴリした身体で悪党と戦いつづけたんだよ!!」

組み伏せ牙をつきたてようとするユキナを必死ではねのけながらナオは叫びつづける。

「無償でだ!!自分のためじゃねぇ!!他人のためにだ!!今だってそうだ!!今だってあいつはどこかで戦ってるはずだ!!」

鋭くとがった翼がナオの額を切り裂く。流れ出る血に構わず、ナオは真正面からユキナを見据える。

「どうだユキナ、いい話だと思わないか?お前も同じだ。お前もガキどもの夢になるんだろう?」

 

「おい!動きが止まったぞ!!」

「どうしたんだ!?」

警官達の戸惑いの声とは別に、ユキナの頭にはそのとき、違う声が響いていた。

どうしました ユキナ はやく殺しなさい 

そして神に贖罪の生贄を   生贄を!

その声に突き動かされるかのようにユキナは口から超音波を放った。ナオの頭部をかすり、血が噴出していく。ナオはたまらずその場にうずくまりくぐもった声をあげる。その光景を見たユキナに、わずかに理性が戻った。

「アア・・・・ア、アア・・・・・」

ユキナは逃げるようにして空へと飛び去っていく。その背に向け警官達が銃を撃つがあたりはしなかった。

そこには、ドクロをあしらったバンダナだけが残された。

 

 

 

 

「なあ、流石にそれは趣味が悪いと思うぞ」

「いいじゃんいいじゃん、それに、これはお守りなんだし」

「お守り?」

「そっ、ナオさんの話してた・・・・ガイダーだっけ?それの顔もドクロに似てるんでしょ?」

「だからって、それはなあ・・・・」

「もう、私がいいっていったらいいの。全く、本当に鈍いんだから・・・・

 

 

 

 

「バッカヤロー!俺が頭にきてんのは命令違反ってことだけじゃない!!」

屋上から降りてきたナオに部長は怒りもあらわにがなり声をぶつけた。

「あの距離にいて射殺できなかったのかってことだ!!なんで撃たなかったんだ?え!」

ナオは黙って、部長の眼前に拳を突き出した。

「!!」

「あいつの夢を、聞いたからさ」

その手には、ユキナのバンダナが強く握り締められていた。

 

 

「大丈夫!!いざって時はガイダーが助けにきてくれるんでしょ!!」

「仮面ガイダーってさ、ナオさんのことじゃないの?」

自分のふがいなさが、悔しかった。守ってやれなかったという自責の念と、ユキナを変えた犯人への、激しい怒りが、ナオの心を駆け巡った。

ナオの目は、大きく見開かれていた。瞳には、決意という名の炎が、宿っていた。