――イーストハーレムの教会――

暗闇に閉ざされた教会に、呻き声が響く。呻き声をあげているのは、ユキナ。無様に地面にはいつくばる彼女をイツキが冷たく見下ろしている。

「ナゼ殺さなかったのユキナ?私の声は聞こえたはず」

「ガ・・・・アグ」

ユキナは答えることもできずにただ呻き声をあげつづける。その瞳からは涙がこぼれだしていた。

「もういいわ。あなたはそこでできそこない(ミスクリエーション)の干物になりなさい。・・・・さあて、ミナサン、外には細く・・・・美しい三日月がさがっています。罪人を串刺しにしたくなるような、ね

その時、突如として強い光が教会に差し込んだ。それとともに、窓を轟音とともに突き破り、バイクにまたがった男が現れる。その姿は、夜の闇の中、黒いライダースーツと同色のメットに包まれていた。首にはまた黒いマフラーがしめられている。男は難なく着地すると、イツキと対峙した。

「晩餐の前に無粋な方・・・・・・どなたです?」

その問いに答えるかのように、スカーフが風に揺れ、闇の中、白いドクロが浮かび上がる。黒一色かと思われたメットの前面に描かれた、白いドクロが。

「仮面・・・・・・ガイダー

 

その言葉に、イツキは眉をひそめ、ユキナは振り返り、その場の蝙蝠の怪人たちは身じろぎをした。

「ギィィィ!!」

羽を広げ飛び掛ってきた一匹にショットガンを発射する。その一撃で頭を半分吹き飛ばされた死体に、他のものたちが群がる。ピチャピチャ、ガツガツ、同族を喰らう音が鳴り響く。その音の中で男はショットガンを投げ捨て腰にさげていたブラスナックルを装着する。男は、他が邪魔で死体にありつけなかったために、再び自分へむかい始めた怪人達に雄叫びを上げながら拳を振り上げた。

「ウオォォォォォ!!ガイダーーーッ!!パァーーーンチ!!

命中した瞬間に、ブラスナックルに取り付けられた炸薬が、激しい爆発を起こし、殴りつけられた怪人の頭を吹き飛ばす。それを見届けることすらせず、男は更に空中にいる怪人へとむかって跳躍し、

「おおらああぁ!!」

その動きに一瞬虚を突かれた怪人に、蹴りを繰り出す。

「ガイダーーーーーーッ!!キーーーーック!!」

靴の底に取り付けられた、超高電圧のスタンガンから発せられた雷が、怪人を焼き殺す。地上に降り立つと同時に黒焦げにされた仲間の死に怯むことなく向かってくる怪人達に向かい再び拳を振るい始める。何匹かがその拳に頭部を、あるいはその片翼を破壊され大地に崩れ落ちる中、沈黙を守っていたイツキが、ゆっくりと口を開いた。

「仮面ガイダー、か・・・・・・嫌な名前だわ・・・。私の愛しい彼らを壊した男の名もそうだった。誰もが罵った私の力を、彼らだけが認めてくださったのにぃぃぃぃぃぃぃぃ

大きく開かれた、イツキの口から、きぃぃぃ、という高い音が発せられ、

「キサマ、木連の・・・・・・」

問いを投げかけようとした男、ナオのスカルメットが真っ二つになった。

「ナ・・ヴォ、ザ・・・ン!!ヴ・・・・ヴヴァァァァァァ・・・・」

「ユキナ!」

ナオの顔をみたユキナは破れた窓から逃げるように外へと飛び去っていく。

「おい!逃げたって何も・・・・・・!!」

反射的ににその場を飛び退くナオ。それとほぼ変わらぬタイミングで黒い影がナオが今までいた場所を薙ぐ。完璧にはかわしきれなかったのか、ナオの足から血が滲み出す。

「くっ・・・」

「いい反応です、しかし・・・よそ見はいけませんよ」

その言葉と同時に、イツキの背中からナオへと羽のような影が飛び出していく。ひとつ、ふたつ、みっつ・・・・徐々にスピードが上がっていく。致命傷は避けているものの、その一撃ごとに、ナオのライダースーツに裂傷が増えていく。

「へぇ・・・ニンゲンの割には頑張りますね・・・・・・さっさとあきらめれば楽に死ねるものを・・・・・・何をそんなにこだわっているのです?職務に対する責任感?安っぽい正義感?自分のプライド?・・・それとも、まさか、ハーレムの小童風情のために、とでも?」

「あいつらのことを・・・・・馬鹿にするんじゃねぇ!!

思い出すのは、薄汚れた路地の中、その日その日をなんとか生き延びた遠い日の自分。一人の恩師のおかげで暗闇から抜け出すことのできた、自分。

そして、この街で出会った、同じ薄汚れた路地の中、確かに希望をもって未来へと生きている子供達。誰に頼るでもなく、自分の力で希望という光を得ようとした、少女。

「あいつは昔の俺だった・・・・・・何もかもなくしちまっておっこっちまったあそこから、這い上がろうと一生懸命だったんだ!それを、キサマは、キサマは!!

「ふん・・・なるほど。同病相憐れむ、というやつですか。・・・・・・くだらない。本当にくだらないわ

イツキはナオの叫びをあざ笑い、そして、怒りを露わにした。それとともに、羽が先ほどまでとは比べ物にならないほどの速度でナオの右足を切り裂いた。ベキ、という鈍い音が鳴る。

(・・・・・・!?み・・見えな・・・・)

「そういうくだらない感傷のために彼らは壊された・・・・・・しかしね」

更に繰り出される羽にナオの身体は切り刻まれ、激しく血が噴出す。

「今新しいパトロンが私を愛してくれているわ」

ナオはたまらず床に倒れ、自分の意識が遠ざかるのを感じた。

(つ・・・・つええ・・・・・)

 

 

 

あまり時間はたってはいないだろう。ナオは、自らの首を締め付ける感触に目を覚ました。イツキが、その体躯からは想像もできぬほどの怪力をもってナオの身体を片腕で吊り上げている。ナオが目を覚ましたことに気付くと、イツキは嘲笑に、顔を歪めた。

「仮面ガイダー・・・・だって・・・・?どこが?アハハハハハ、あんなに小さき者も救えずに・・・・

「クッ」

イツキの体が音を立てて変化し始める。美しい女であったものから、恐ろしく、そして醜い怪物へとその姿をあらためていく。

「オマエガカメンガイダー?コノ・・・・オオウソツキノニセモノメガ・・・フ・・フフ・・ハハハハハハハハ」

開かれた口から再び、きぃぃぃぃという音が鳴り始める。口内にそれとわかるほどの力が蓄えられていく。ギャアギャア、という取り巻きの怪人達の声すら、ナオには自分を嘲笑っているかのごとき響きを感じた。

「ク・・・・ソオ・・・・」

ナオの瞳から不覚にも涙がにじみ出る。本当にこのまま、誰一人として救えないまま、俺は終わるのか?ナオがそう思った瞬間。

疾風が、訪れた。

 

 

鋭い光が怪人達とナオの姿をあきらかにし、猛々しいエンジン音が真夜中の空気を震わせた。色めき立つ怪人達。バイクにまたがり現れたその男に、イツキまでもが動揺した。

「マサカ・・・コンナトコマデェェェェェェ」

(お前・・・・)

危機に瀕していたナオですら、暫く我を忘れた。その場の注目を集めた男は、満を持していたような顔つきで言い放った。

「すまねえなぁ・・・・ナオ!!遅くなっちまった!!まあ、ヒーローは、遅れてやってくるってかぁ!!」

どこか楽しげでもある口調。口上が終わると同時に、口元が引き締められ、精悍な男の顔が現れる。

そう、この男こそ、大豪寺ガイ(ヤマダ・ジロウ)

「ばっか・・・・ヤロォ」

ナオの目から、また涙が溢れ出した。ただし、先ほどとはまた違う、涙が。

ガイが、腕を振り上げると同時に、腰のベルトの風車が、回転しはじめる。それとともに、眩いばかりの閃光が、ベルトを中心に発せられていく。

ガイダー

 

ガイが腕を振るうに連れ強くなる、夜の青白い光が塗り替えられるのではないかと思うほど眩く、その場を照らし出す光とともに、ガイの肉体は変貌を遂げていく。

変・・・・身・・・・!!

「敵は多いな、ナオ・・・・いや、たいした事はないか・・・・・」

ゆっくりとバイクから降りて、うろたえたイツキから逃れその場に座り込んでいるナオに歩み寄り、静かに肩に手を置き言った。

「・・・・今夜はお前と俺でダブルガイダーだからな」

「シャラクサイワァァァ!!」

叫んだイツキの背中から再び翼が二人へとむかって放たれる。ガイは片手をすッ、と出すだけでそれの軌道を変えてしまう。あらぬ方向へとそれた翼型の怪人達を切り裂いていく。

「キィィィィ」

それにイツキが気をとられた数瞬後、ガイの姿は消えていた。せわしなくその姿を求め、あたりを見渡すイツキ。しかし、焦りからか、なかなか見つけることができない。

「バーカ!俺はこっちだ!!」

ガイはイツキの注意が怪人達が向けられたそのときに、天井へと飛び上がり、演出のために暫く反応を待っていたのだ!

「ヒ・・・・・・ヒィィィィィィ」

「ドウリャァァァァァ!!」 

天井に穴があくほど力強く、ガイはイツキめがけてとび落ちていく。

「ガイダアアアアキィーーーック!!」

「ヒ・・ギィィ!!」

鋭く繰り出された足がイツキの左腕を半ばから吹き飛ばした。イツキはその痛みのためかおどろおどろしい叫びを上げて街へと飛び去っていく。その他の怪人達も主に付き従うように次々と後に続いていく。

「!!・・・・マズイぞ、こいつらもうイっちまってる!外に出ちまったら見境なく人を襲うぜ!!って、おい!!ガ・・・・・

「ぐずぐずすんな、ナオ!!先に行ってっからな!!」

ブオオオオオォォォォォォォォ・・・・・・

・・・・・・・・ナオが、警句を叫んだ時には既に、ガイは愛車、ガイクロンに乗って走り出していた。

「・・・・・そうだよ、忘れてたぜ。あいつは馬鹿でかい声でまくし立てる上に人の話はこれっぽっちも聞かないようなやつだった・・・・いてて」

置いていかれた形になったナオは痛みにこらえつつ自分もバイクで走り始めた。

「チクショーー!!どいつもこいつも待ちやがれーー!!」

 

 

――ニューヨーク市街地――

そびえ立つ摩天楼。

「おい、あれ」

「え?」

夜の闇すら照らし出していた街に、不穏な影が飛び込んできた。空に無数に浮かぶ、怪人達。人々の姿を認めた怪人達は次々と地上へ向けて降下し、人々を襲い始めた。

「吸血鬼がこんなに!!」

「ギャアアアアア、なんでぇぇ!!」

人々がパニックに陥り始めた時、

「た・・・すけ・・・・・・なに?」

・・・・ォォォオオオオオオ

男は、駆けつけた。一陣の疾風のごとく、町を駆け抜けていく。

「ギ・・・ギギ!!」

怪人達は自分達の方へと向かって来るガイクロンを空を飛べぬものへの嘲りを含めて見下ろした。

「このコウモリ野郎ども、安心するのはまだはえぇんだよ!!」

ガイはそういうやいなや路上に停車していたタクシーを台座にして、そのまま宙へと飛び出した。

そして、地を這うだけのはずのものが、自分に迫る驚きのあまり静止した一匹の顔面にガイクロンの後輪を押し当て、

カカカカン ギャルルウゥン

一気にバイクのギアを落とし、車輪の回転で肉を抉る。頭部を削られた怪人はそのまま落下していく。

「ギ・・・・・・・・」 「ギルルルル!!」

同族の死にいきり立ったのか一気に向かって来る怪人達に囲まれつつガイはガイクロンにビルの壁を走らせ態勢を整え、今度は自分の肉体だけで宙へと舞った。目の前の怪人に拳を振りかぶる。

「ガイダァアアーーパァーーーンチ!!」

強烈な拳の一撃で一匹の頭部を砕く。

「ドオリャァアアアアア!!」

仲間の末路に臆することなく、腕に噛み付いてきた二匹を拳で力任せに吹き飛ばす。

それらを皮切りに、怪人の群れを次々葬り去っていく。

 

 

「ちょっとちょっと、サイゾウさん!!アレ・・・・」

sigh zoneのヒカルも、その姿を自らの目で捉えていた。

「!!」

突如町を襲った吸血鬼の群れを退治していく異形の姿に、サイゾウは思わず目を見張る。

「アレが、ナオの言ってた・・・・・」

「ウソ・・・・・」

 

 

――ブルックリン橋――

「グ・・・ゴブ、ハア、ハア」

左腕を失ったイツキは、ガイと戦い始めた怪人達から離れ独り逃げ帰ろうとしていた。

「カエラ・・・・ネバ・・アノ・・・・オカタノモトヘ・・・・ワタシヲ・・・・・・アイシテクレルアノ・・・・・・・」

ォォォォォォオオオオオオオオオオオオ

「!・・・・ナオ・・・・・・」

バイクのエンジン音に一瞬身震いしたイツキだが、目下の橋を走って追って来ているのがナオだと知り冷静さを取り戻す。

「フン・・・・ツクヅクムダナコトガスキナノネ ツバサモモタナイウジムシメガ」

「逃がすかあああ!!」

ナオはそのままのスピードで柱へと延びる鉄のパイプを駆け上がっていく。

「へっ・・・・・・どーだ、バーカ

「チ・・・・コノ・・・・・・シニゾコナイガアアア!!

キィィィィィィ、という音とともに、再びイツキの喉から音波が発射される。その音波がナオの頭を貫こうとした時、全く違う方向から発射された音波がそれを弾いた。ギィン、という音が響く。

「ナ・・ニィ」

「!!・・・・・ユキナ!!」

ナオを救ったのは、どこかへと飛び去っていったユキナだった。その表情には、自分を取り戻したものの意志がうかがえた。

「チ・・・・イイイ・・コ・・・・ノ サレガキイイイイ

叫びとともに放たれた翼がユキナを切り裂く。

「ユキナ!!」

「ナオ・・・・サン。ソイ・・・ツ、ヤッツケ・・・・・・」

あたりに血を撒き散らしながら、ユキナの身体は水面へと消えていった。

「・・・・・・オーケー、ユキナ」

ナオは呟くと一気にスピードを上げてイツキの高度を追い抜き、

「オラアアア!!」

「ギ・・・・エエエエ・・・・・」

イツキの背にのしかかった。バイクの重みを受けて、イツキが苦悶の叫びを上げる。

「どーだ!!四百キロだぜ!!堕ちやがれええぇぇ!!」

「キ・・・サマアアアア」

オオオオオオオオオオオオオオオ!!

ナオはまたもや遅れてきた戦友へ振り返った。

「ナオ!!行くぜええええ!!」

「おおガイ、来い!!」

その声と同時にガイはガイクロンを蹴り空へと飛び出し後方へ半回転、キックの態勢を整える。

「ア・・・ハハハハ イイキニナルナニンゲン・・・・・・・・」

それと同時にイツキは狂ったように笑い始める。

 

「電光ぉーーーー!!」

 

「キサマラハ・・・・カミニミハナサレタ!!カワイソウニ、ヒャハ、ヒャハハハ」

 

「ガイダーーーキィーーック!!」

 

「シヌ!!シヌ!!シニタエル!!ヒトリモノコラナイイイイ!!」

 

 

 

 

 

バァカ 俺たちがいるかぎり・・・

 

 

 

もう   一人も死なすかよ!!

 

 

 

ガイの蹴りがイツキを貫いた時の、ナオの表情は、そう語っているようだった。