カナタとアイが暮らしている部屋は、アマテラスコロニーの北居住ブロックにある。
政府から割り当てられた画一的なマンションの一室だったが、ふたりの親子が生活するには十分な広さといえた。
玄関から外に出ると、さっそくカナタたちと同年代の子供がちらほらと挨拶をしてきた。
それに適当に応えながら、エレベータでエントランスに出る。するとそこにも多くの子供たちが集まっており、ちょっとした園児の遠足状態になっていた。
全員そろって学園に御登校というところだろう。ここから歩いて五分とかからない距離なのに、仲のいいことだ。
カナタとミライは、その集団に加わることなくエントランスから外へと出る。彼らとは目指す先が違うからだ。
彼らは通常教育課程の幼年課である。しかしカナタとミライは特別教育課程に組み込まれていた。
つまりマシンチャイルド専門の英才教育機関360−GENESだ。
建て屋は同じ敷地内にあるものの、その教育内容はまったく違う。通常教育課程の生徒と、特別教育課程の生徒は、自然と交流が少なくなりがちだった。
人工の青空の下、カナタはミライの手を引いて走り、学園の門を潜る。
ここまでくると、琥珀色の瞳を持ったマシンチャイルドの子供も何人か見かけるようになる。
カナタとミライは彼らに声をかけながら教室に入り、授業が始まるまでのひとときを楽しむのだった。
「うにゅ……」
ミライが情けのない声を洩らしたのは、昼休みも近い午前最後の授業中だった。
見ると端末に向かって必死に何かしている。身を乗り出して覗き込むと、スクリーンには『うにゅにゅ〜〜(ToT)』と泣いている、ミライの顔のいたずら書きが踊っていた。
「なにこれ」
先生にばれないようにひそひそと耳打ちする。
「ボクの領域に侵入された。データ全部消されちゃう〜」
いたずら書きそのままの顔でべそをかくミライは、そのハッキング攻撃に対処しようと必死なのだった。
360−GENESに通うマシンチャイルドには、電子世界にひとりひとりの専用メモリ領域が割り当てられる。
授業中のメモや個人的な情報はすべてそこに保存するのだから、それを消去されたのではたまらない。
通常教育課程でいえば、机の中身を勝手に捨てられたり、ロッカーを水浸しにされたりするようなものだろうか。
つまるところ、これはマシンチャイルド同士のイジメだった。
カナタは教室をざっと見渡した。
教室には十八人のマシンチャイルドがいる。その中にくすくすと笑いあう同じ顔をしたふたりの姿があった。
「まぁた、あいつらかあ」
それはシオン、カノンの双子のマシンチャイルドだった。
フランス人形のようなかわいらしい顔立ちの裏に、どうしようもない悪戯好きのメンタルを隠し持つふたりは、ことあるごとにミライをいじめて喜んでいるのだった。
くるくるに巻いたプラチナブロンドを揺らしながら笑う双子をにらみつけ、カナタはミライのサポートを開始した。
「ミライ、あんたの領域のデータは、いったんあたしの領域にコピーしとくから。だいたいプロテクトが甘いのよ、なにやってんの」
「だってぇ。先生が共有のロジックはいじっちゃダメって……」
「自分の領域にコピーしたら、それはもう自分のもんでしょ。自己防衛は生命の基本的な権利でしょうが。甘っちょろいこと言ってるから、こんな目にばかりあうのよ、あんたは」
「うにゅぅ」
言い合いながら、侵入が可能なルートを一つ一つ潰していく。あらためてみるとミライの個人領域は穴だらけだった。これでは好きなように侵入されて当然だ。
「あたしの領域からガードロジックを転送するからそっちで実行して」
「にゅ」
素早いチームワークでそれを実行すると、ミライの個人領域の穴はほとんどふさがった。しかしすでに侵入を許してしまった分はどうしようもない。正面から闘って、叩き出すしかなかった。
「あー、こいつらって、ホント陰険」
双子ならではの阿吽の呼吸なのだろうか。
カナタとミライが追い詰めようとしても、のらりくらりとかわされてしまう。
時間をかければどうにかなるだろうが、それでは授業が終わってしまいそうだ。
「……こうなったら最終手段。究極爆弾投下!」
ぽい、と消しゴムを双子にむけて投げつけた。
「きゃん」
後ろ頭を押さえて、双子が振り返った。憎らしそうにこちらをにらむのに対し、舌を出して応じる。
その隙に、ミライが双子を個人領域から追い出すことに成功していた。すべてのセキュリティホールを埋め、その上でカナタの作ったガードロジックを最強レベルで実行。
「うにゅにゅぅ。これで安心」
「これで安心、じゃないって。ほら、ずいぶんやられちゃってるよ、あんたの個人情報」
「にゅ……。にゅ〜」
しゅんとするミライの領域にデータを転送したところで午前の授業は終了した。