火星の土は乾いていた。
カナタの脚の下で、割れて崩れる。何もかもが乾いているのに、それでもなぜか緑に溢れている。
――変なの
それがカナタの火星に対する偽りのない感想だった。
「知りたかったことは、全部知ることができた?」
追いついた背から、アイはそう問い掛けた。
「うん」
「満足した?」
「うん。知ることができてよかった」
「そう……」
火星にナデシコがボソンジャンプで到着してすぐ、アイは、カナタに言ったのだ。
『――知りたいことがあるなら、自分の眼で確かめてらっしゃい――』
そして、ネルガル・コアネットの、秘匿データベースへのアクセス手順とパスワードを教えてくれた。
先に行っている、と言い残し、カナタを置いてアイはナデシコを降りた。
残されたカナタは、独りでネルガル・コアネットに没入した。
ミライのサポートもなく独りで潜るコアネットは、巨大で寒々しかった。
アイに教えてもらった手順をたどり、秘匿データベースにアクセスする。
パスワードを入力すると、すべての秘密の扉が解き放たれた。
『
テンカワ・カナタ
先天性A級ジャンパー
マシンチャイルドとしてBレベルの調整
父: テンカワ・アキト
母: ミスマル・ユリカ
』
違う――
カナタが知りたかったのはこんなことではなかった。
テンカワ・アキトも、ミスマル・ユリカも、カナタにとっては見知らぬ他人でしかない。
両親の項目にその名を目にしたときに、やっとカナタは自分が本当に知りたかったことに気づいたのだった。
――アイさんは?
アイの名が、なぜここにないのか。
カナタが求めていたのは、その名だった。
カナタは貪るように先を読み続ける。
『
受胎は2195年頃と推定
母ミスマル・ユリカが遺跡との融合より救出された2201年に
受胎が確認される
火星産児育成法により即座に堕胎が決定
』
「堕胎?」
違和感があった。なぜなら自分はこうして生きているからだ。しかもA級ジャンパーとして。
『
2201年12月 分裂を開始した卵子を入手
実行は統合軍担当の潜入班による
→ 詳細はファイル<SSB−2200034>
人工的な手段による育成はA級ジャンパーとしての能力に影響があると危惧
そのため、志願者による代理母体での出産を計画する
2202年1月 計画は実行段階に移行
母体として理想的な、A級ジャンパーの女性が志願したことによる
代理母体はイネス・フレサンジュに決定
ただちに卵子の着床処置に着手――――
』
「イネ……ス……?」
カナタはその名を知っていた。
ナデシコで、何度か耳にした名前。それはたぶん……。
「――そうか。そうだったんだ。アイさん」
なにもかも、すべての真実がカナタの中にピタリと収まった。
それはカナタが求めていたものとは微妙に異なっていたが、それでもカナタを満たしてくれる。
これでいい。
そうカナタは心から思えた――
そしてカナタはナデシコから、火星の大地に降り立ったのだった。
そこにはすでに何千人という人々と、アイの姿があった。
全員が空を見つめている。カナタはアイの背に近寄り、少しだけ体を預けた。
「……知りたかったことは、全部知ることができた?」
「うん」
「満足した?」
「うん。知ることができてよかった」
「そう……」
アイはそれだけ言って、口を閉じた。
「アイさんがあたしを産んでくれたんだね」
アイは何もこたえない。
「それに、いままでずっと育ててくれたんだ……」
カナタは精一杯の努力で次の一言を続けた。
「お母さんって……呼んでいい?」
「――そうしたいなら……好きになさい」
うん! とカナタはすべての力でアイの背に抱きついていた。