「それで、わたしのした質問の答えはわかったの」
アイはカナタを抱き寄せながら、空を見つめていた。
「なんだっけ」
「古代火星人は、なにを望んでA級ジャンパーを生み出したのか」
「あ、それかぁ。考えてたんだけど、忙しくてまだわかんない。でも、いまだったら、直接訊いてみたらどうかな」
カナタも火星の空を見上げた。
白いもやのような影が、浮かんでいる。それは雲でも大気中のナノマシンが発光しているわけでもない。信じがたいほど巨大なものが、そこに存在しているのだ。
「でっかいね」
「そうね。全長は火星の衛星であるフォボスの10倍以上。200キロを優に越えているらしいわ」
「すごい。そんなのがボソンジャンプしてきてるんだ」
「そう。あれが古代火星人の“箱舟”。まだあれだけだけど、これからまだまだ増えるわよ。すべてのジャンプが完了するまで一ヶ月以上、質量を考えると目眩がするわね」
しばらくは言葉もなくその威容を見上げる。
そのうちにカナタの脳裏に天啓が閃いた。
「そうか!」
手を叩いて、アイに抱きつく。
「わかった! なんでA級ジャンパーが生まれたのか!」
アイは楽しそうに笑っていた。
「言ってみなさい」
「A級ジャンパーは、脳の作りが人間と古代火星人の間にあるんだよね! それで、両方の思考が理解できる。そうだよね!」
カナタは自分の思いつきに興奮していた。その答えの先にあるものを想像するとぞくぞくと震えるような感覚に襲われる。
「だったら答えはひとつだよ。――翻訳者! A級ジャンパーは古代火星人と人類の間に立つ翻訳者なんだ! 古代火星人はあのままどこかに行っちゃうわけじゃない、あたしたちと交流するつもりなんだ。そうでしょう、アイさん!」
アイがくしゃりとカナタの髪を掻き混ぜた。
「正解。それが最後のカードよ。交渉がうまく纏まれば、もう戦争なんてしている場合じゃなくなる。地球の艦隊が火星に到着する前に、彼らとの交渉を纏めるのがわたしたちの役目なの」
すっとカナタの熱が冷めていた。
「あたしたち?」
「あたりまえでしょう、バカね。A級ジャンパーはわたしとあなたしかいないんだから。ほかに誰がその役をやるっていうの」
「えぇっ! でも、そんな、まさか……うそぉっ!」
「ネルガルが必死になってあなたを生み出した理由はそれ。さあ、これから忙しくなるわよ。なんといっても、火星の命運と人類の未来がかかってるんですからね」
アイの笑みは意地悪くもあり、優しくもあった。
カナタはもう一度空に浮かぶ“箱舟”を見上げる。
どうしようもなく大きな未来がそこにある。
加速するカナタの未来は、まだ終わりを見せてはくれないようだった。
<了>