〜 2199年 1月 2日 ホテルサンジェルマン 〜
年を跨いでの大一番も無事終了。
現在トライデント中隊の子達は、ホテルサンジェルマンのシアタールームにて運命の瞬間を待っている。
と言えば、結果は敢えて語るまでもあるまい。
まったく。役者だよなあ、エクセル君って。
「待たせたな、諸君」
09:00。定刻通り、大佐がシアタールームに訪れた。
「おめでとう。君達は見事合格だ。いや、本当に良く頑張ってくれた。ありがとう」
満面の笑顔を浮べつつ、彼らに祝辞と労いの言葉を掛ける大佐。
「あの。失礼ですが、どちら様でしょう」
そのフレンドリーな態度に戸惑いつつ、春待訓練生が誰何の声を掛けた。
「おいおい。どちら様は無いじゃないかな? 自分達の教官を捕まえて」
「「「はい?」」」
目を丸くする少年兵達。
「おや? この晴れの舞台に合わせ、久しぶりに一張羅を着込んでみたんだが。ひょっとして、似合ってないかね?」
と言いつつ、これ見よがしにポーズを決める大佐。
「「「………………」」」
少年兵達の混乱は、今や最高潮に達していた。
無理もない。彼らの知る大佐は、スキンへッドに凍て付いた瞳を湛えた生粋の兵士だ。
ロマンスグレーの髪でもなければ、慈愛に満ちた眼差しをする事もない。
絶対に白いスーツを着込んだりはしないし、胸に紅い薔薇を挿したりもしない。
まして、間違ってもナチュラルにハーフ・ターン決めたりする人間では無い。
「ま…まあ、私の事等どうでも良いか。
それでは、これより諸君らの配属先についての説明会を始めさせて貰う。
全員、これから流す映像を心して見てくれたまえ」
リアクションが無い事に戸惑いつつも、大佐は手元のスイッチを押し、ダイジェスト版エヴァンゲリオン+αの上映会を始めた。
いまだ少年兵達は呆けているが、中盤辺りまでに正気に戻れば問題あるまい。
新たに追加した、鋼鉄のガールフレンド編の反応が楽しみだ。
「………差し詰め、如何なる国家にも属さない地球を守る為の軍隊と言った所かな。
おっと。対外的には悪の秘密結社の手先という事になる以上、これは少々的外れな宣伝文句だったね」
あれから五時間後。例の映像を見終わり、現在、大佐の口から補足説明が行われている。
上官というより校長の様な態度だが、此処サンジェルマンで集会を開く以上、これはもう仕方あるまい。
当初の予定地であるウチ(火星駐屯地)の大会議&視聴覚室は、例のディスカッション以来、完全隔離状態にある。
そう。間違っても、多感な年頃の少年兵達を招ける場所では無いのだ。
「本日12:00時を持って、基礎訓練は総て終了。
貴官らは幼年学校卒と見なされ、全員が士長としてトライデント中隊に配属となる」
続いて、エクセル君司会の元、任官式を執行。これにより、晴れて彼らは、公式に軍人と成った。
社会的地位を得ただけでなく、今後は、それなりの額の給料も支払われる事に成る。
と言っても、すぐに社会からドロップアウトする予定なんで、使う機会はまず無いんだけどね。
「春待ユキミ士長に於いては、主席卒業者として三等特曹に昇進。
と同時に、尉官位を得るため、某士官学校へ編入して貰う」
「了解致しました」
最後に、春待三曹が別カリキュラムに組み込まれる事が語られた。
これが、正式に彼らの隊長と成る為の措置なのは言うまでもない。
そう。喩え18人しか居ない機工部隊(普通は整備兵や偵察兵が居るので、歩兵中隊とほぼ変わらない人数に成る)であっても、
中隊規模の戦力の指揮を行うには、最低でも三尉の階級が必要なのだ。
「尚、今日の門出を祝し、ささやかではあるが宴の席を設けてある。
つ〜わけで、堅い話はこの辺にして。野郎共、宴会だ〜〜〜っ!!」
それまでの軍人口調を一変させ、今度は宴会の音頭をとるエクセル君。
何時もながらマルチな役所だ。
「うぉおおお! やぁってやるぜ!!」
鷹村士長の歓声を合図に、三々五々宴会場へ向う隊員達。
此処で、俺はある異常に気付いた。
前を歩く大佐の後方には、エアポケットの様な空間が空いている。これは、まあ判らなくも無い。
問題なのは、その三歩後ろを歩く少女………山本士長である。
他の少年兵達が、必死に距離を取りつつあらぬ方向に視線を泳がしているのに対し、
彼女は一人、頬を染めつつ、大佐の背中に熱い視線を送っているのだ。
う〜ん。前からそんな気はしていたが、事此処に至っては最早疑う余地は無いな。
彼女はファザコンだ。それも、かなり重度の。
いや、参った。今後は俺も、彼女への接し方は気を付けねばなるまいて。
「愛と言う名の〜、忠誠心〜!」
宴もたけなわとなった頃、何時の間にやら、壇上でメイド四人衆のオンステージが始まっていた。
どっから持ち出したのか、ギターは勿論、ドラムやキーボードまで揃っており、執事三人衆+支配人が演奏を担当している。
何時もながら、彼らが戦時中のナデシコに参戦していなかった事が惜しまれる光景だ。
「畜生、コッチも負けてられね〜ぜ!
サラ、リョウ、マサト、手ぇ貸せ! 2番、鷹村 シノブ。バー○ング・ラ○を歌うぜ!」
こちらも負けじと生バンドを始める少年兵達。
俺にはその手の知識が無いので良く判らんが、どちらも素人の演奏とは思えないレベルだ。
如何でも良いが、彼らは何時こういった技能を身に付けるのだろう?
「うぬぬぬっ、猪口才な〜 ミルク! 例のヤツやんな!」
「は〜い♪ 三番、ミルク=ボナパルト。蛇さんの真似やります」
そう言うと、彼女は次々に自分の関節を外してゆき、手足と腰の関節を総て外した後、
「いきま〜す♪」
首の振り子運動によって少しずつ前進を始めた。
そのウネウネと這って行く様は、確かに人面蛇と言った趣だ。
なまじ彼女の顔が愛らしいだけに、酷く背徳的な感じがする。
「ちぃ〜っ、ならコッチはアレだ。いけ〜、マサト」
「ほ〜い。四番、中原マサト。キング・アラジンの真似やります」
そう言うと、此方は腹這いに成った後、海老反り固めの要領で足を前に倒してゆき、
背中の上まで来た所で両足首をそれぞれの手で掴むと、一気に前まで引き降ろした。
その姿は、まるでヨガ行者の様なのだが、どこかユーモラスな雰囲気が漂っている。
先程の演技が妖しい物だっただけに、ちょっと救われた気分だ。
だが、執事三人衆にとっては許しがたいものだったらしく、次々とクレームが入れられた。
「ちょっと待て。それの何処がキング・アラジンなんだよ」
「It is complete.
(まったくだね)。それでは作りかけも良い所だよ」
「そうですね。キング・アラジンを名乗るからには、その体制でゴロゴロ転がる位の事はして欲しかったですね。」
「ちょ、ちょと待った。俺が先輩から習った時は………」
「だあ〜、元ネタも知らね〜で演ってたってのかよ。これだから近頃のガキはよ〜」
「Do not get angry so.
(そう、怒るな)アレが放送していたのは彼が生まれる前の話。知らないのも無理ないね」
「ですが、まあ。今のは不完全な演技ということで」
と言いつつ、ヒョウドウ改め豹堂営業部長が何やら書き込んでいる先には、何時の間にやら対戦成績表が貼ってあった。
しかも、既に両者の一回戦の欄には、共に△のマークが記されている。こ、この流れは………
「よっしゃあ! このまま一気に突き放すよ。ハっちゃん!」
「はい、御任せ下さい先輩。五番、綾杉チハヤ。いきなり、吐血。(ゲフッ)」
「やらせるか! いけ〜、ケイタ!」
「え…え〜と。六番、浅利ケイタ。いきなり、昼寝」
嗚呼、やっぱりそうだった! これじゃ、昨日のナデシコ新年会の二の舞じゃないか。
とゆ〜かコラ、汚いぞ浅利士長! 当事者の一人の癖に、真っ先に現実逃避するなんて。
畜生、やっぱり救済策なんて没だ。
原作通り、お前はトライデントのパイロットに、たった今決定。精々、苦労しまくるが良い。
サカウラミ
五月蝿い! 俺が提督だ。上等兵ならぬ士長の人事権を弄くって何が悪い。
と、言っいる間にも、俺と大佐のテーブルに飾られていた『貴賓席』の文字が『審査員席』に変わってるし。
そりゃあ、この手の事が嫌いとは言わんが、二日連続で付き合う体力なんて俺には無いぞ。
「おっとイカン。明日は重要な会議があったんだ。すみませんが、私は御先に失礼………」
「(ガシッ)いけませんなあ、提督ともあろう方が敵前逃亡を為さるなど」
俺の手を取り、冗談めかしてそうの宣う大佐。
だが、その目は全く笑っておらず、掴んだ右手を基点に、何時でも関節技に移行できる体勢を取っている。
かくて、俺の退路は完全に絶たれた。
「17番、宗像カスミ。安来節を踊ります」
「負けるかよ! いけ〜、リョウ!」
その後も宴は無制限に盛り上がり、まさに狂乱の内に過ぎていった。
ホーホッ、ホーホッ………(梟の鳴き声)
「月に変わって、おしおきよ!」
「(フルフル)先輩〜! それだけは…それだけは止めて下さい」
「やあああ〜ってやるぜ! ヤ○パンサー!!」
「シノブ! そりゃマズイだろ、色々と!」
ううっ、もう勘弁して。
『 1月 8日 曇り』
本日、最も知名度の低い使徒の魂を回収。
図らずも、既に歴史が改竄されつつある証明を得た。
ある意味、幸先の良いスタートと言えよう
まあ、その過程を無視ればの話しなんだけどね。
常夏の国と成った今でも律儀に実施されている冬休みを終え、本日は第三中学校の始業式。
と同時に、カヲリ君の学生デビューの日である。
当初の予定通り、極力目立たない様に振舞っていてくれると良いのだが………
一抹の不安を覚え、アークに命じて一寸覗いてみる。
今頃は丁度、HRで自己紹介をしている時間の筈、
「自己紹介は良いわね。
自己紹介は、人と人の絆を繋ぐ最初の切っ掛けに成ってくれる。リリンが産んだ文化の極み。そう感じないかしら、1Aの皆さん?」
って、いきなりレッドゾーンかい!
いや、落ち着け俺。この位は十分予測範囲内じゃないか。
それに、対人関係さえ上手くいけば、少々の奇行くらいは、
「そう、ヒカリさんは料理が趣味なの。素晴らしいわね」
「趣味なんて言う程のものじゃなくて、その…単に必要に迫られて覚えただけで」
「あら、料理を振舞うべき相手がいると言うのは幸福な事よ。
まして、食べて欲しいと願う相手が居るのであれば、それは至福と言うべきじゃないかしら」
「べ、別にそんな(赤面)」
「ん? どないしたんや委員長?」
「まあ、なんて高貴な言葉遣いなの。敬意に値するわね」
「はあ?」
「古き良き文化。関西弁の守り手である貴方を、尊敬するってことよ」
が…頑張れケンスケ君。君だけが頼りだ。
「(クスッ)真実を映しだす貴方のカメラも、私の心まで写し取る事は出来なくてよ、ケンスケさん」
って、追い討ちを掛けて如何するカヲリ君!
〜 11:28 第一中学校、図書室前 〜
その後も快調に飛ばしまくるカヲリ君。
唯一の救いは、始業式なので11:00下校に成った事………いや、所詮は問題の先延ばしに過ぎないか。(泣)
放課後。校内の案内役を押し付けられた委員長ちゃんなんて、もう完全に引いちゃってるし。
「えっとその、此処が図書室です」
にしても、この手のものって、時代を通じて変わらんなあ。
奥の席には、これまた図書室の定番とも言える、如何にも気の弱そうな眼鏡の文学少女が………って、あれは山岸マユミ!
何故だ、何故この時点で此処に居る!
彼女が此処に来るのは、『鋼鉄のガールフレンド』よりもさらに後。第三中学の文化祭が行われる数週間前の事の筈だぞ。
しかも、彼女の中に眠っている繭型の使徒は、力押しの通じない超厄介な相手だった筈………カヲリ君!
(覗き見とは感心しないわね提督。プライバシーの侵害ってことよ)
それについては謝る! だが、今はそれ所じゃ………
(ええ、判っているわ。此方でも、もう確認済みよ。既に彼女に寄生しているみたいね)
慌てて連絡を入れた俺に、いっそ憎たらしくなるくらい冷静に状況説明をするカヲリ君。
それによれば、現時点では休眠状態にあり、目覚める可能性はかなり低いとの事。
これは、現時点ではアダムが第三新東京市に無い御蔭らしい。
(それで、如何します提督? 私自身は、DNAレベルで人間化していますから問題ありませんけど)
サキエルが来た時には如何なるか判らんか。なら、早いに越した事は無いな。
どうせもう、彼女が奇異の目で見られるのは避けられないだろう。
なら、一つや二つ奇行が増えても同じ事。うん、後は野となれ山となれだ。
つ〜わけで、カヲリ君。一つ頼むわ。
「(了解ですわ)ごきげんよう、眼鏡の御嬢さん」
「(キョロキョロ)わ…私ですか? その…誰かと御間違えなのでは」
「呼びかけたのは私で、その相手は貴女。間違いなくてよ。
読書の邪魔をして御免なさいね。実は、貴女に御願いしたい事が………」
かくて、ダークネスが行った最初の悪事は、いたいけな少女の拉致監禁と相成った。
う〜ん、正に悪役って感じ。(笑)
『 1月 25日 晴れ』
本日の昼のニュースで、木連在住の地球大使館員や外交官らによる不祥事が報道された。
その発覚の基点と成ったのはハーリー君。
普段は鼻にも引っ掛けてくれない幸運の女神の気まぐれによってミスマル中将の元まで届いた、奇跡の報告書によるものである。
後で聞いた話によると、MPが大使館に踏み込んだ時、彼は度重なる拷問により、全治7日間もの大怪我を負っていたらしい。
周りは総て敵。報告書が届く確証も無い。正に絶望的な状況下。
それでも、最後まで口を割らなかったんだから大したものである。
きっとホシノ君も、多少なりとも君の事を見直した事だろう。
少なくとも、俺の評価は大幅に引き上がったぞ。良くやったな、ハーリー君。
『 2月 8日 晴れ』
イネスラボより、本日付でヒーローが出荷された。
と同時に、ある重要な問題が発生。
ヒーローの名前を、まだ考えていなかったのだ。
う〜ん、如何しよう?
懸念されえていたサイトウの就職活動も無事終了し、明後日から、本採用に先立つ研修期間に参加の予定。
つまり、いよいよ彼の、2015年世界での潜伏生活が始まるのだ。
これに先立ち、今日、サイトウ専用強化服の最終調整が行われる事に成っている。
さて、どんな風に仕上がっているかな?
〜 火星駐屯地 地下秘密区画 〜
バルカンの火薬庫よりも危険な此処火星駐屯地にあって尚、最危険地帯として一般職員達に忌避されているイネスラボ。
其処で俺を待っていたのは、その悪名に恥じぬ異様な光景だった。
ソロリ、ソロリ(ガチャガチャ) ピタ! ソロリ、ソロリ(ガチャガチャ) ピタ!
アキトが着ていた物と色違いのマントを羽織った薬師士長が、二昔前の漫画に出てくる泥棒の様な動きで、試薬ケースを運んでいたのである。
「久しぶりだな薬師士長。いったい何をしてるのかね?」
「て、提督!(ガチャガチャ)
あっ、すいません。今ちょっと話し掛けないで貰えませんか。コレ、俺の人生丸ごと買えちゃう値段の薬なんですよ」
おっとり刀で話し掛けた俺を制し、彼はまたスリ足で慎重に歩き出した。
ホント。いったい何が起こっているんだろう?
暗雲の如く立ち込め始めた疑念を抱えつつ、俺は薬師士長の後に続き、魔界への門を潜り抜けた。
「彼のあの恰好なら、私じゃなくてラピス=ラズリの趣味よ」
俺の顔を見るなり放った、イネス女史の第一声はコレだった。
どうやら、おもいっきり顔に出ていたらしい。
その後、薬師士長に給仕された紅茶(何故か怖いくらい俺好みの味)を堪能しつつ聞いた所によると、
彼の服装は、セカンドインパクト直後のアッチの世界で大活躍した某闇医者のコスプレで、
現在、彼がイネス女史の下で医術を学んでいるのも、その延長によるものらしい。
「ところで、紫堂士長は何処ですか? たしか、10日程前に退院してましたよね」
「彼なら、例の機体のテストパイロットを勤めるとかで、整備班の所に入り浸ってるわよ」
はい?
「ちょ…一寸待ってください。
薬師士長の資質を疑う訳じゃありませんが、何故そんな配置にしたんですか?
素人考えですが、弟子としてどちらか選べと言われれば、普通は紫堂士長の方でしょう? 既に看護士の資格も持っていることだし」
「長い目で見るならYesね。でも、現状ではそうもいかないわ」
「何故です?」
「その為の時間が無いからよ。
実際問題。紫堂君が身に付けている医療技術は、看護士レベルでば、ほぼ満点と言って良いわね。
それだけに、あれ以上の技術となると、如何しても専門的な知識と経験が必要になって来るのよ。
こればっかりは、短期間の詰め込み教育で如何こう出来るものじゃないわ」
成る程ねえ。
一寸勿体無い気もするが、約束の日ももう近い事だし仕方あるまい。
うん。物事はポジティブに捉えるべきだ。
衛生兵が二人に増えると思えば、これは寧ろ有難い人事。
それに、紫堂士長は、何でも器用にこなせる逸材。
ある意味、もっともテストパイロット向きじゃないか。
「それに、貴方が思っているより、この子はずっと医者向きの人材よ。医師免許だって、もう交付されてるし」
ブッ!(ケホッ、ケホッ)
いかん。紅茶が気管支に入った。
「あら、大丈夫?」
「『大丈夫?』じゃ、ありません。
幾らなんでも、医師免許の偽造はヤバイでしょう、人として。
ああもう。貴女が付いていながら、如何してラピスちゃんを止めてくれなかったんですか?」
「私も一寸拙いとは思ったんだけどね………」
俺の剣幕に押されてか、バツの悪そうな顔で釈明するイネス女史。
それによると、この一件の主原因は、薬師士長のコスプレの元と成った件の闇医者が、獄中にて非業の最期を遂げた事にあった。
つまり、『医師免許さえあれば避けられた悲劇。なら、最初から持たせてしまえば良い』という事らしい。
いや何と言うか、二人とも『薬師士長に医者と成るだけの能力が無い』という可能性を、まったく考慮していない所が怖いな。
まあ、イネス女史の手に掛かれば、相手が猿だって医者に仕立て上げられるんだろうけどね。
かくて、俺はこの件に関する懸念を総て放棄し、本来の用件を切り出した。
〜 イネスラボ第一実験室 〜
「頬にいっぱい風受けて、夢に見た〜ふるさ〜とに〜、暖かな〜母の元に〜、帰りたい〜何時の日か〜」
俺が実験室のドアを開けると、其処には、アメコミから脱け出したかの様なコミックヒーローが、
手術台に腰掛つつ、サイ○ーグ009のエンディングを口ずさんでいた。
「提督ですか?」
気配を察したのか、サイトウは、ゆっくりと此方に振り返り、
「それ以上近付かないで! 此処は貴方の様な人が来る所じゃない!」
と同時に、制止の声を発した。
本人は、影のあるヒーローを演じているつもりなんだろうが、その姿はもう、異様としか言いようが無い。
「いや、近付くなって言われてもなあ」
「察して下さい。
日の当る場所で有徳の人として尊敬されている提督と、人生踏み外した挙句、吹きすさぶ風が似合いすぎる改造人間となった俺とでは、
所詮住む世界が違うんっすよ」
と言いつつ、今度はシェークスピアの悲劇の如き苦悩のポーズをとるサイトウ。
その姿は、どう見ても自分に酔っている様にしか見えない。
「その。怒らないから正直に言ってくれよ、イネス女史。
ひょっとして、本当に改造したのか? 特に脳味噌辺り」
「そんなわけ無いでしょ! 強化服の制御用に、多少アレンジしたIFSを入れただけよ」
だよねえ。
「ふっ、改造人間は孤独だぜ」
「ああそうだな。判ったから、さっさと始めようか」
かくて二時間後。出だしこそ色々モタついたものの、強化服の最終試験は無事終了。
パワーアシスト機能によって強化されているとはいえ、ナオやミルクちゃんと比べても遜色の無いその身体能力は、
予定されているヒーロー役を演じるに充分なものだった。
二人と比べれば無駄の多いオーバーな動きも、この場合は寧ろプラスに働いていると言って良いだろう。
「よう、ご苦労さん。
良い感じだったぞ、サイトウ。あれなら、特撮無しでアクションムービーが撮れるぜ」
「ふっ、任せてください提督。
自慢じゃありませんが、今の俺がオリンピックに出ようものなら、金メダルでオセロができますぜ。
まあ、身体検査をパス出来ればの話ですけどね」
労いの言葉を掛けた俺に、斜に構えたポーズを取りつつ答えるサイトウ。
本人はニヒルに笑っているつもりなのだろうが、マスクごしな所為か結構滑稽である。
だが、それを笑う事など俺には出来ない。
冷静になった今なら判る。俺同様、コイツもまた、正気と狂気の境界ギリギリの所で戦っているのだと。
「失礼ね。その程度の検査に引っ掛る様な、ハンパな仕事はしていないわよ」
はい?
『 2月14日 晴れ』
本日、実に十数年ぶりにチョコを貰う。
100%義理だと判っていても、やはり美少女&美女からのプレゼントと成ると心が躍る。
女性職員の多い職場特有の役得と言えよう。
だが、三箱目のチョコの包みを開けた時、ある重大な事実を思い出した。
コレって、ホワイトデーには御返しをしないと拙いんだよな。
………如何する、俺?
本日は聖バレンタインデー。
本来なら『真聖戦』と言うべき戦いに突入したであろうこの日も、アキトが不在な為、小春日和の如き静けさを保っている。
某組織に於いては、匿名で送られてきたチョコを巡って内部崩壊を起こしているらしいが、ウリバタケ班長を2015年に隔離してある所為か、
小競り合いレベルの騒ぎしか起こっていない。
正直言って、平和すぎてやや物足りなさを感じる程である。
時折訪れる女の子達のプレゼント攻勢が、本日最大の刺激と成りそうだ。
そんなこんなで、小川のせせらぎの如く時は流れ、午後五時。
久しぶりに定時に帰宅し、貰ったチョコをチェック。
アキトだったら手作りが主流なのだろうが、相手は俺なので全部市販品である。
これはまあ良い。
実際問題、いまさら本命チョコなんて貰っても困るだけだからな。
だが、全員が判で押した様にウィスキーボンボンなのには閉口する。
いったい俺は、女性隊員達から如何いう目で見られているのだろう?
ガサッ、ガサッ、ガサッ………
色々思う所はあるが、仮にも好意で送られた品。有難く頂く事にする。
最初に開けたのは、今日に合わせて地球から郵送されてきた艦長のチョコ。
これはもう、溜息しかでない様な一品だった。
販売元が某大手酒造メーカーで、呆れた事に、中のウィスキーが超極上品なのだ。
嗚呼、なんて勿体無い。
『提督〜〜〜!!』
うわっち。って、あれ?
『見て下さい、チョコですよチョコ!
それも、チロルとかパラソルなんてチャチなチョコじゃなくて大きな板チョコ!
嗚呼、僕は今日という日を生涯忘れないだろう!』
通信拒否に成っているコミニュケに強制割込みを掛けてきたのは、現在地球の実家で自宅療養中(?)な筈のハーリー君だった。
なにやら酷く興奮しており、フェードアウトする事無く画面に張り付いたまま叫び続ける。
その右手には、『義理』と極太文字で書かれた熨斗紙のついた材料チョコが、確りと握られていた。
「は、派手な義理チョコだな」
しまった。つい、そのまま口走っちまった。流石のハーリー君も傷ついて………
『そりゃあ、確かにこれは義理かも知れません。でもでも、ルリさんと出会ってから早三年。初めて貰ったチョコなんですよ!』
………いないな。ホント、タフな少年だ。
それにしても、こうまで舞い上がるかね。義理チョコ位、三年前(?)の状態だって貰えたと思うぞ、多分。
単に2月14日を迎えたのが、今回が初めてというだけで。
まあ、貰えるのは精々市販の板チョコ位だろうけど。
って、あれ? かえってグレード下がってないか? この場合。
『そう! 提督の目から見れば、これは小さな一歩かもしれません。
ですが、僕にとっては大きな一歩なんです!
それにですよ。実はチョコだけじゃなく、准尉への昇進祝いまで貰っちゃったんですよ!』
と言いつつ見せびらかすその左手には、万年筆かネクタイピンと思しき大きさの贈答品。
って、一寸待て。二週間以上も前だろ、例の件の功績で昇進したのって。
………成る程。ヤボ用を纏めて片付けたなホシノ君。
『おや、其処にあるのはチョコじゃないですか。
それも、本命クラスの高級品ばかり。いや〜、流石は提督。スミに置けませんね』
「おいおい、オジサンをからかうなよ。
これこそ混じりっけ無しの義理チョコそのもの。言ってみれば、盆暮れの御贈答と同じ物だよ。
まっ、そんな事は如何でも良い。それより、例の出向の件なんだが………」
思わず零れそうになる涙をグッと堪えつつ、話を計画の件へと移す。
それと同時に、それまでの浮かれ捲くった姿を一変させ、ナカザトばりの事務的な報告をしてくるハーリー君。
良いねえ、このメリハリの利いた態度。
言いたい事は既に言い終えたから…ってのもあるだろが、それでも、一寸前までの彼には到底出来なかった事だ。
『………という訳で、海神外交官の赴任は、予定より一週間ほど遅れる事に成っています』
巣立つ雛鳥を見送る母鳥の様な心境で、彼の報告を受ける俺。
それによれば、懸念されていた木連との外交問題は、前任者を全員更迭する事で『手打ち』と成ったらしい。
本来なら極刑もあり得る犯罪を犯した者も少なくないだけに、俺としては、甘すぎる処罰としか思えない。
だがこれは、政治力学を知らない門外漢の、勝手な言い分に過ぎないだろう。
それと、今後の木連とのパイプ役は、海神(わだつみ)伝七郎という初老の政治家が勤める事になる。
これもまた、今後の国交問題における重要な要素と言えよう。
なんでも、彼を推挙したグラシス中将によると、10年前に大病を患って半引退状態になる前は、『伝法の伝七』と呼ばれ、
連合議会で恐れられていた実力者なんだそうだ。
ともあれ、事政治に関して言えば、俺に出来る事なんて無きに均しい。
ハーリー君が命懸けで勝取った政治カードを、東中将とかの人物が、有効活用してくれる事を信じるしか無いのが実情である。
「おう、今度は3月22日にな。必要な物は多めに準備しておけよ。何せ、コッチは何も無い所だからな。それじゃ。(ピッ)」
ハーリー君との通信を追えた後、再びチョコの征服に掛かる。
しかし何だ。こう甘いと、やはり食傷するな。上手い事、中のウイスキーだけ取り出す方法は無いもんだろうか?
そんな事を考えながら、俺は、本日二個目のチョコの箱を開けた。
うぐっ。
それを食べた瞬間、口の中に一杯に、只々激甘な甘味だけが広がっていく。
ペッ、ペッ、ペッ。何だこりゃ。中身がウイスキーじゃなくてシロップじゃないか。この裏切り者〜!
怒り共に乱雑に包み紙を広げると、其処には差出人の名前と共に『アルコールは控えめに』とのメッセージが添えられていた。
ふっ。君はもう、遠い場所に行ってしまったんだね、フィリス君。
『 2月29日 晴れ』
作戦名『ヤットデタマン』成功。
回収した15体の綾波レイのスペアボディはLCLに浸して貯蔵し、例のブツの方は、秘密基地中央部に安置した。
今後は、全体がつぶさに見渡せる特別席から、事の推移を見守る事になる。
人類の女神を自認する身に相応しい扱いだろう。
そう。正直言って、俺はコレが碇ゲンドウよりも嫌いだ。
当初はアークの上役に引き渡し、因果地平の彼方にでも送って貰おうと思っていたのだが、
補完計画の裏面を知った今となっては、それすら生温いとしか思えない。
そんな訳で、俺は無い知恵を絞り、その悪行に相応しい未来を用意する事にした。
計画終了の後、己の幸福な境遇に絶望するであろうその姿が、今から楽しみだ。
『 3月21日 晴れ』
本日、只でさえややこしい人間関係が、俺の予測を超えて複雑化している事が発覚した。
カヲリ君と艦長達のそれに関しては、放って置いても何とか成りそうな気がするが、ヤマダを取り巻くそれは、極めて深刻だ。
しかも、本人には欠片も自覚無し。呆れる位まったくの無頓着ときては、如何にあの娘達でも長くは持つまい。
来るべき破局の日に備え、今の内に、基本方針だけでも早急に決めておくべきだろう。
さて。ヒカル君と御剣君、どちらに付くべきかな?
「ごきげんよう提督」
その日の昼下がり。カヲリ君と、京人形を思わせる和風美人が、俺の執務室にジャンプしてきた。
「ん? 如何したいカヲリ君。最後の定期報告なら、確か明日の筈だぞ」
「それなんですが、此方の女性が、如何しても提督と直に御話したいと仰られて」
カヲリ君に促され、進み出る和風美人………ってカザマ君じゃないか。
「よう、久しぶりだなカザマ君。一寸見ないうちに、ますます美人になったな。誰か良い人でも出来たのかね?」
俺のナイスな挨拶に、何故か小首を傾げるカザマ君。そして、困惑した表情のまま
「久しぶりって………先の臨時全体会議から、まだ10日も経っていませんけど?」
え? って事は、君もあの場に居たの?
なんてっこった! 全然印象に残っていない。
いやそれどころか、もう何年も会っていないと思っていたぞ。
「(コホン)ま…まあ、そんな事は如何でも良いです。
本日、御多忙であろう提督の所へ敢えて御伺いしたのは他でもありません。
例の計画について、如何しても聞き届け頂きたい重要なお願いがあるんです」
困惑する俺を尻目に、強引に話を進めるカザマ君。
その輝く切れ長の瞳には、不退転の決意がアリアリと見て取れる。
可笑しいな。彼女は、こんな積極的なキャラじゃなかった筈………
ああ、そうか。だから忘れていたのか。所謂、アオイ ジュンの法則ってヤツだな。
「対使徒戦のパイロット、私に変えて下さい!」
はい?
「私、甘えていました。
棚ボタで先輩の秘書に納まり、先輩と一緒に御仕事をし、時は夕食まで御馳走になってしまう。そんな夢の様な今日までの日々に」
え…え〜と。
「でも、夢はやがて覚めるもの。実際、此処暫くの私は、迫り来る約束の日に怯える毎日を過ごしていました。
そんな時、異世界の少女が………山岸マユミさんが教えてくれたんです。幸せとは、自分の手で勝取るものだと!」
あっ、なんとなく話が見えてきた。出来れば理解したくなかったが。
「たった数百メートルの距離をカヲリさんと一緒に居たいが為に、ワザワザ家とは反対方向に歩く姿を見た時には、目から鱗が落ちる思いでした。
嗚呼、あれぞ正に真実の愛!」
いや、世間じゃヤバイと判断される類の行為だぞ、それ。
とゆ〜か、たった三日間のハーデット家での監禁生活(?)の間に、あの少女の性格が其処まで歪んでいたなんて………
恐るべしカルチャーショック&インティプリティング。こんな事なら、使徒の除去作業中は、ずっと寝かしつけとくんだった。
「私、先輩の御傍に居る為なら何でもします。道化を演じる事も厭いません。如何か宜しくお願いします。(ペコリ)」
この手の事に慣れていない所為か、途中で盛大に赤面。
それでも最後まで言い切り、深々と頭を下げるカザマ君。
その真摯な態度から見て、生半可な事では諦めそうに無い。
「(コホン)そのなんだ。君の決意は良く判った。それじゃ、もう一人の当事者を交えて話し合うとしようか」
そんな訳で、予定より一週間ばかり早く、あの男の卒業試験が行われる事に成った。
北斗には結構ブータレられたが、俺にはこの『毒をもって毒を制す』な方法くらいしか、カザマ君説得の手段が思いつかない。
まあ、元々が只の人身御供で始めた事。これでヤマダがリタイヤしたとしても、本人の主張通り、カザマ君に責任を取ってもらえば問題あるまいて。
それから四時間後。帰宅した北斗から一応合格したとの連絡が入ったので、二人に会うべく日々平穏へと向う。
待たされている間に更に煮詰まったらしく、既にカザマ君は暴発寸前な状態だが、敢えてそれには気付かないフリをする。
所謂、保身の為の処世術というヤツである。
「待って万葉さん。幾らなんでもそれは無茶です!」
時ならぬ紫苑君の叫び声と、日々平穏に飛び込んで行く人影。
異常を察し、俺達も急ぎ店内へと向う。そこで待っていた光景は、
「でや〜〜〜!!」
ガキッ
いきなり仕込刀で居合を仕掛けた万葉君と、それを受け止めた小振りの刀。
「久しぶりの会ったってのに、随分な御挨拶だな万葉。って、ナニ泣いてんだよ、お前」
ヤマダの問い掛けに、瘧の様に身体を震わせる御剣君。その頬には一筋の涙が零れ、
「(グスッ)たった九ヶ月で良くぞここまで。信じて(ヒック)信じていたぞ、ガイ〜〜〜!!」
遂には刀を取り落として泣きじゃくりだし、ヤマダの胸に縋りつく。
う〜ん、いったい何が如何なっているんだ?
「察しってやって下さい提督。
普段は曖気にも出しませんでしたけど万葉さん、ヤマダさんの事、ずっと心配していたんですよ」
「心配って言われてもなあ。後半は兎も角、前半の行動はちと違うんじゃないか?」
「いいえ。あれこそが万葉さんの思いの象徴。
『志半ばで散る運命なら、いっそ自分の手で』そういう覚悟で放った一撃なんです!」
恍惚とした表情でそう給う紫苑君。
感情的には到底許容出来なかったが、理屈だけは如何にか納得する俺。
う〜ん。此処に来て以来、ヤマダのガの字も口にしないから、てっきり愛想を尽かしてたんだと思っていたんだが…………
いやはや、過激な愛情表現だ。
「御久しぶりですね、ヤマダさん。
ああまで親身になって心配してくれる女性がいるなんて、良い御身分ですこと」
我に帰った御剣君が顔を真っ赤にして走り去った後、カザマ君は、氷点下を下回る声音で声を掛けた。
やれやれ、完全にテンパっているな。
「違う! 俺の名は、ガイ・ザ・ソードマスターだ!!」
「誰がソードマスターだ!(バキッ)」
背後より北斗の、色んな意味で鋭い突っ込み。
ノーバウンドで壁に激突する辺り、まるで手加減が感じられない。だが、
「酷でえなあ師匠。本気で死にかけた末に貰った免許皆伝だぜ。チョットくらい自慢したってイイじゃねぇか」
何事も無かった様に喚きだすヤマダ。
如何やら、その不死身っぷりにも、更に磨きが掛かった様だ。
「何が免許皆伝だ。御情けで切り紙をやっただけだろうが」
アホを見る目で蔑みつつ、ヤマダの戯言を切って捨てる北斗。うん?
「なあ、紫苑君。切り紙ってなんだ?」
「剣術を学んだ者が、最初に貰う目録の事です。
あっ、スイマセン。これじゃかえって判り難いですね。
えっと、地球の武術の概念に当て嵌めるなら、柔道の黒帯みたいなものだと思って貰えれば良いと思います」
成る程ねえ。まあ、九ヶ月の成果としては立派なもんだろう。
おまけに、木連の基準で初段ともなれば、地球じゃ国体クラスに相当するだろうし。
「なっ! アレって免許皆伝の証じゃなかったのか! 畜生、裏切ったな師匠! 俺の気持ちを裏ぎ………」
「やかましい。(ガコッ)」
無様な繰言を囀る口を塞ぐべく、北斗のアッパーが虹色の軌跡を描いた。
車田風に吹っ飛び、天井へと激突するヤマダ。流石に今度は、10カウント以内に立つのは無理っぽい。
う〜ん、ラピスちゃんにも見せてやりたかったなあ。
〜 15分後 シミュレーションルーム 〜
「おっ、ダーク・ガンガーのデータもチャンと入ってるじゃねえか。せっかくだから、俺はコレを選ぶぜ!」
何事も無かったかの様に復活した後、何故かヤマダは、事情を話した訳でもないのに勝手に納得。
『パイロットの座を掛けて勝負だ!』と言い放った。
そして、カザマ君もこれを承諾。有難い事に、収拾困難と思われたこの事態が、済崩しに解決してくれたのである。
ちなみに、件のダーク・ガンガーとは、向こうの世界でヤマダが駆る予定のエステバリスの名称で、
「アホですか貴方は。
それ、簡易型DFSとバーストモードが付いているだけで、スペック自体は只のノーマル機ですよ。
そんな物で、どうやって私の白百合に勝つつもりなんです?」
件の様な性能のものだったりする。
各専用機への監視の目はやたら厳しく。また、新たにその手の機体を作ろうとすれば、如何しても各方面を刺激してしまう。
そこで産まれた………否、デッチ上げられたのが、この機体という訳なのだ。
正直言って、戦力的に些か心許無い気もするが、まあ仕方あるまい。所謂、『大人の事情』と言うヤツである。
「まっ、細かい事は気にするな」
「………判りました。では、戦場の設定は其方に御任せます」
シミュレーションポッドに入る二人を見送りながら、事の是非を再検討してみる。
考えてみれば、ヤマダに剣術を習わせたのは、対シンジ少年用の予行演習であって、
パイロットがコイツでなければ成らない理由なんて、別に無いよな。
対使徒戦も、バーストモードでフェザーランチャーを撃てば片が付くだろうし、カザマ君なら此方の指示に必ず従ってくれる………
って、考えるまでも無いじゃないか!
畜生! いったい俺は、何をトチ狂ってヤマダなんかを選んだんだ!
「如何いうつもりです?
何も無い宇宙空間。それも、両者の距離がフェザーの有効射程ギリギリなんて。狙い撃ちにしてくれと言ってる様なものですよ」
「ふっ。ハンデだよ、ハンデ」
良いぞ、この御調子者。そのまま負けちまえ!
「くっ、馬鹿にして。良いでしょう、後悔させてあげます」
その意気だ! 頑張れカザマ君!!
内心、必死にエールを送る俺。
だがその五分後。勝敗は実に呆気なく決まり、希望の灯は無常にも消え去った。
「なあ、北斗。アレ、狙ってやったと思うか」
「狙ってはいただろうな。だが、成功するか否かは別問題だ。
今のアイツの腕では、もう一度やれと言ってもまず無理だな」
「そうか」
改めて、先程の戦いを反芻する。
いきなりバーストモードに入り、考え無しに特攻するヤマダ。
対するカザマ君は、その場にて狙いを定め、必中の間合いでフェザーを撃った。
此処までは俺の予測通り。だが次の瞬間、信じられない事が起こった。
なんと、ヤマダがDFSでフェザーを叩き落したのだ。
あり得ない事態に動揺し、射撃精度を著しく落すカザマ君。
かくて、ヤマダの接近を許してしまい『勝負あり』である。
う〜ん。どう考えても、実力で勝ったとは言い難いよな。
アレがマグレなのは、今、北斗が保障してくれたし。
「それにしても、カザマとやらは精神面の鍛錬が足らんな。
近付けば近付くほど捌き難くなる事くらい、一寸考えれば判るだろうに」
「成る程。カザマ君が冷静に対処していれば、二発目か三発目で決まっていた訳か。
って、それじゃ只のフロックって事じゃないか、ヤマダの勝利って」
「平たく言えばその通りだ。だがな、運も実力の内って言うだろう?」
そう言って、得意そうにニヤリと笑う北斗。
この九ヶ月間、苦労を共にしていただけあって、その成長振り(?)がかなりご自慢らいしい。
となると、適当な理由を付けてカザマ君にコンバートって案は没だな。
畜生、結局パイロットはヤマダか。ううっ、難儀じゃのう。
真っ白に燃え尽きたカザマ君を医務室に運びながら、俺は特大の溜息を吐いた。