>OOSAKI
〜 ダークネス秘密基地、大会議室 〜
「説明しましょう!
マッハ・ウイング。一見、マッハ・バロン本人の超能力で飛行している様に見えたでしょうけど、これはチャンとタネも仕掛けもあるものなの。
掛け声と共に右手を上に突き出す、あの空飛ぶヒーロの定番のポーズ。実は、コレがポイントよ。
まずは、ステルス機能と光学迷彩によって完璧に隠蔽された小型ジェット機に、予め発進命令を出しておき、
地上に突風がおこらないギリギリの高度とスピードで飛行する様にプログラムされたそれが頭上に飛来した瞬間、
突き出した右手のリストバンドに仕掛けてある、肉眼では視認不可能な、超極細かつ高硬度の単分子ワイヤーを発射。
小型ジェット機の尾翼にそれを貼り付け、機体の急上昇に合わせてジャンプしてそのまま引っ張られて行き、
あたかも飛び立った様に見せかけたという訳ね。
勿論、自分の意志で飛んでいるように見せかける為の欺瞞工作はコレだけじゃないわ。
アップ(高速で一気に飛び去る)、ルックイン(上空で暫し旋廻)、ジグアウト(高速で飛びつつ、いきなり方向転換)等の
定番の飛行ルートが組み込んであって、それを状況に合わせて使い分ける事で………」
「あの〜、いきなりどうしたんですか?」
各部署からの報告を纏める会議席上で、唐突に得意の説明を始めたイネス女史に、俺は、おっとり刀に誰何の声を掛けた。
「誰かが、マッハ・ウイングについての説明を求めたような気がしたのよ。
あっ、ちなみにこの技は、百花繚乱に引っ張られてのパラグライダーという、過酷な耐風圧訓練を積んだサイトウ君ならではもの。
良い子は真似しちゃ駄目だからね♪ お姉さんとの約束よ(ハート)」
「しかも、微妙に芸風が変わってませんか? それも、チョッと良くない方向に」
「良いじゃない別に。初代ロンパ○ルー○のお姉さんなんて、最終的には○○歳でもお姉さんだったんだし」
拗ねた幼女の様な仕草で、俺の一般論を非難するイネス女史。
紫堂一曹と薬師一曹を弟子に取って以来、目に見えて表情が豊かになったのは結構だが、
性格が幼児退行しつつあるのは困りものである。
とゆ〜か、普段もこの調子で講義をしてるんだとしたら………良く生きてんな、あの二人。
「まあ、脱線はこの辺までにしましょう。零夜君、シンジ君達の訓練経過を報告してくれ」
不吉なビジョンと良くない流れを強引に打ち切りると、話を本筋に戻すべく、俺は零夜君を促した。
だが、イネス女史は、それを遮るように
「説明しましょう!
現在、シンジ君とトウジ君の二人は、木連式鍛錬術の一つである『一日30時間の訓練』の一種で、
軽めのスパルタスロンを行っているわ。
勿論、一日は24時間。だから、前述の条件は実現不可能と思うでしょうけど、これには、ちょっとしたカラクリがあるの。
本来、筋肉を鍛える方法としては、トレーニングとトレーニング間に24時間の空白をおいて超回復させる方式が一般的よね。
でも、木連には、特殊な飲み薬と針灸を併用する事で、超回復までの時間を12時間以下に短縮する秘術があるらしいの。
これを利用して、トレーニングと睡眠で42時間。食事と合い間の休息で6時間。
合計48時間で、二日を一日とするサイクルを作り、通常の三倍トレーニングして三倍回復させるという訳ね。
ちなみに、スパルタスロンっていうのは36時間で約246キロを走り抜くと言う、世界でもっとも過酷なマラソンのことで、
これの対抗馬としては………」
「ちょ…一寸待った!
やっぱ、その辺の事情を聞くのは、決闘が終わってからにしましょう。
先に何でも判ってしまっては少々興醒めですし」
「………まあ、確かにそうかも知れないわね。それじゃ、次の案件を伺おうかしら」
一瞬、オモチャを取り上げられた子供の様な拗ねた顔をした後、そう促してくるイネス女史。
あかん。何が何でも説明するハラだ。
俺達を見回す目は、獲物を狙う肉食獣のそれだし、顔にはもう『カモ〜ン』とか書いてある。
最近、あの二人とナカザトしか聞き手が居なかった所為か、どうも、聴衆の数に餓えている様だ。
「あ…綾杉君、マーベリック社の現状はどうだい?」
当座の矛先を回避すべく、俺は、イネス女史が知らない事を期待出来る報告をチョイスした。
「それなんですが、御報告の前に、会長より一つの提案を預かっておりますので、この席にて御検討頂けないでしょうか?」
提案?
そう言えば、この間のパーティ席上で、『近々、面白い物を御目にかけよう。楽しみにしていたまえ』とか言ってなたな、グラシス中将。
大雑把な当たりをつけつつ、俺は、営業用なのか天然なのか区別のつけ難い笑顔を浮かべている綾杉君に先を促す。
一礼した後、彼女が語った内容は、掻い摘んで言えば『公式にダークネスのスポンサーになりたい』というものだった。
これは、実務レベルでは『非公式』が『公式』に変わるだけなのだが、対外的には大きな意味がある。
そう。一企業に過ぎないマーベリック社が、世界各国に先駆けて公式回答を出す事で、
いまだに何のリアクションも取ろうとしない国連首脳陣のケツを叩くのを狙っての策なのだ。
と同時に、ダークネスを後ろ盾につける事で、活発になってきたネルフの掣肘を牽制するのも、中将の目的の一つらしい。
「既に、例の放送で流してもらう為のCMも出来てるんですよ」
と言って、綾杉君は、一枚のDVDを再生させた。
すると、数秒の空白の後、著作権を無視して特○野郎○チームのテーマソングが流れ出し、
『数々の戦場を渡り歩いた我々職業軍人は、戦争の終結と共に退役させられ、一般社会へと放り出された。
だが、僅かな軍人年金を頼りに燻っている様な我々ではない。
筋さえ通れば、金次第で何でもやってのける命知らず。
不可能の可能にし、巨大な悪とイイ感じに手を結んだ証券会社を設立させた』
ダダダダダッ(機銃の発射音と共にタイトル挿入)
チャチャラチャ〜、チャチャチャ、チャラチャチャ〜、チャツチャチャチャチャ〜
『わしは、元西欧州軍中将グラシス=ファー=ハーテッド。通称アドミラル。
奇襲戦法と先物取引の名人。
わしの様な天才経営者でなければ、大手証券会社の会長は勤まらん』
本人が語るナレーションが流れる中、カヲリ君に傅かれながら会長室で職務に励むグラシス中将。
百歩譲って此処までは良いとしよう。だが、
『私は豹堂ハヤト。営業部長です。
自慢の弁舌に、取引相手は皆イチコロですな。
ハッタリかまして、個人向け投資の御相談から大口の証券取引まで、
どんな商談でも、纏めてみせますとも』
CMが進むにつれ、言っている事がどんどん怪しくなり、
『よお、まいど。俺様こそ鷲爪マサキ。
通称、クレイジーイーグル。
運転手としての腕は天下一品。
奇人? 女好き? だから何?』
ついにはアクションシーンが盛り込まれ、派手なカーチェイスやヘリのアクロバット飛行の上に、
『送迎最速理論』だの『定刻通りに只今参上』だのといった、あまり理解したくない書き文字が入り、
『Paul Samegema. It is gourmet geniuses.(ポール=サメジマ。料理の天才です)
I will finish up any dish in magnificence.(どんな料理も華麗に仕上げてみせましょう)
However, please permit and do only the monster.(でも、ゲテモノだけはカンベンして下さい)』
料理をしながら黒服共を蹴散らすという、言ってる事とやってる事が微妙に違う………
いや、それ以前に、証券会社とは何の関係も無い世界へと突入し、
『私達は、「エクセル」「チハヤ」「カスミ」「ミルク」
「「「「通称メイド四人衆」」」」
美貌を武器に、不法侵入者の相手はお手の物。
貴方のハートを狙い撃ちよ(ハート)』
エクセル君のガンアクション、綾杉君の狙撃、カスミ君のトリッキーなナイフ捌き、ミルクちゃんの飛び蹴りが、それぞれワンカットづつ入り、
『我々は、筋の通らぬ世の中に敢えて挑戦する、頼りになる新進気鋭の、』
『『『証券会社、マーベリック!!』』』
『融資を受けたい時は、何時でも言ってくれ!』
最後に、集合写真風のアングルから全員で社名を名乗り上げる形で、もはや一般企業としての体裁すら保っていないCMは終わった。
僅か二分足らずの間に、俺の中にあった大事な何かを完膚なきまでに破壊して。
ううっ。チョッと見ない間に、ここまで常識を失っていたなんて。
これだから、中途半端に適応能力が発達した人間は困るんだ。
「いかがでしょう? 私共としては、会心の出来だと自負しているのですが」
頭を抱える俺に、追い討ちをかけるかの如く、綾杉君が感想を求めてきた。
「取り敢えず、このCMは没。中将には、そう伝えといてくれ」
「えっ!? ……………あの、やっぱり私、脱がないと駄目ですか?」
頬を染めつつ、大暴投な事を尋ねてくる綾杉君。
ううっ。一番まともだと思っていた、この娘からしてコレか。怖いな、環境って。
「それ以前の問題だよ。
中将の意見も判らなくは無いが、一般企業が悪の秘密結社のスポンサーってのは、やっぱり拙いだろ?
対外的な悪評は勿論、非合法団体への出資ってのは、確か、法的にも問題があったんじゃないか?」
万が一にもこんな物を放送する訳にもいかない故、取り敢えず、正論っぽいものを語って諭してみた。
これに対し、綾杉君は、『非公式にとはいえ、既にダークネスは、国連が軍事国家として捉えている』とか
『経営権については、将来現れるであろうダークネスを支持する国家で再度取得すれば良い』などと、
見かけに依らず強引な論法で食い下がってくる。
カヲリ君に助けを求めるも、この件に関しては既にサジを投げているらしく『決定権を持つのは提督ですわよ』とか言ってとりあってくれない。
そして、議論が硬直し、水掛け論になり始めた時、
『夢が明日を呼んでいる〜 魂の叫びさ、レッツゴー・パッション!』
突如鳴り響く、木連の国歌。………じゃなくて。これって、まさか? いや、間違いない!
ピコン
「総員、第一種戦闘配備!
戦闘要員は全員、ロサ・カニーナ放送室のヤマダを拘束に向かえ!」
コミニュケで指示を出すと共に、俺自身も現場へと向かう。
まったく。馬鹿だ馬鹿だと思っていたが、やはり此処まで馬鹿だったか、アイツは!
こんな事もあろうかと施してあった安全装置は………そうか! アレの協力を取り付ければ、あんなもん無いも同然か。
畜生! 手引きした(に決まっている)ダッシュ共々、徹底的に折檻しちゃる!
堅い誓いを胸に秘めつつ、ハンガーへの道を急ぐ。その時、
『提督、何でか判んね〜けど、あの馬鹿は放送室に居なかったぜ』
『各種電源もOFFのままです』
という、リョーコ君とアリサ君の報告が。
くっ。となると、どうやって放送を………
「フフフ、フン、フン、フ〜ン」
しているのかを思索しながら玄関へ出ると、バラボラアンテナとバックパックバッテリーを背負ったヤマダを発見。
右手の渡り廊下を歩きながら、此方の気も知らんと、鼻歌交じりに、ハンディパソコンで放送中の映像をチェックしていやがった。
な…なるほど。放送室ではアッと言う間に袋の鼠になるんで、移動しながら放送するハラだったのか。
こんな時に限って狡猾なヤツめ。だが、その悪行も此処までだ!
「ヤマダ〜!! パイロット七つの誓いの一つ、『放送機材には手をださない』を忘れたか!?」
と、叫びつつ、殴りかかってから、度重なるカヲリ君との思念波通信の効果か、ちょっとだけ早くなっている思考で『超』後悔する。
曲がりなりにも北斗の指導を受けた事もあるヤマダに………
バキッ
当たる筈がない俺の右ストレートが、何故かクリーンヒットした。
大げさな。まるで、北斗の一撃でも食らったかの様に吹っ飛んでいくヤマダ。
シ〜〜〜ン
ん? なに白目剥いてるんだよ、お前。
どうせ『いいパンチだぜ!』とか言いたくてワザと食らったんだろ?
演技もそこまで行くと、白々しすぎるぞ。
予想外の展開に混乱する、俺。
「見事な一撃でした。
まさか提督が、これ程の戦闘能力を隠し持っていたとは。
正直、此処まで意表を突かれたのは久しぶりです」
背後から投げ掛けられた意味不明な感想が、それに拍車をかける。
だが、そんな俺の困惑を無視して、なんか敬意の篭った瞳で敬礼した後、大佐はヤマダの亡骸(?)を引き摺って行った。
って、ちょっと待てい!
自慢じゃないが、俺の格闘術なんて、下手すりゃ鷹村二曹や浅利三曹にも負けちまう程度のものだぞ。
どこをどう突いたら、大佐をビビらせる様なもんになる?
ジソク280キロ、ショウゲキアツ450キロ
なんだそりゃ。
サッキノ、アンタノパンチ
嘘つけ。その半分だって無理だぞ、ハッキリ言って。
ニクタイハ、セイシンニ、シハイサレルモノ
つ…ついに副作用が出始めたのかよ。
って、誤魔化されるか! それなら、なんで今日になって、いきなりこんな事になる!?
もっと早い段階で、自覚症状がでるだろ、普通!
ドンナチカラモ、ツカワナキャ、ナイノトオナジ ダカラ、キヅカナカッタダケ
………コイツとは、一刻も早く縁を切ろう。
改めてそう誓う、世界中にゲキガンガー3の第一話が放送された日の午後6時12分だった。
〜 翌日、2199年の火星駐屯地 〜
「何だコレは?」
ナカザトからの緊急の呼び出しに応じ、三週間ぶり司令官室を訪れると、俺のデスクは書類の山に埋もれていた。
「提督が遊び呆けている間に溜まった、18日分の御仕事です」
「遊んでいたつもりは無いんだが?」
「では、言い方を変えましょう。
提督が勝手に自宅療養をしていた間に溜まった、18日分の御仕事です」
実は、もう固まっちまってるじゃないかと疑いたくなる位、人形じみた動きの無さで淡々と語るナカザト。
これまでには無かったリアクションである。
可笑しいな、この感情が無駄に豊かな男に何があったんだ?
「それじゃ、大して変わっていないだろ」
いぶかしみつつも、そう切り返すと、
「その通りです。
此処にある書類を決裁して頂けない場合には、どんな詭弁を並べたとしても、漆黒の戦神奪還計画が頓挫するのと同じ理屈であります」
って、なんじゃそりゃあ!
「おいおい。脅し文句しては、チョッとかまし過ぎじゃないのか?」
取り敢えず、平静を装いつつ、からかう様な語調でそう言ってみる。
だが、ナカザトの返答は、俺のなけなしの余裕を完全に奪い去るものだった。
「これは脅しなどではありません。
自分の方で対処できるものは、この二週間の間に可能な限り行ってあります。
此処にあるのは総てそれ以外のものであり、
5日後の5月3日まで仕上げて頂けなかった場合には、第二回目の模擬戦は行われず、我々は隠れ蓑を失う事になります」
「そ…それにしても、チョッと多すぎないか、コレ」
「書類に目を通して頂ければお判りになると思いますが、連合軍は、各国の市民団体とTV局の要請に折れたらしく、
第二回目の模擬戦は、一般にも公開される事になってしまいました。
それに対応する為、急遽、提督の決裁が必須となった書類が急増したという訳なのです」
シ〜〜ン
な…なんてこったあ!
数秒の沈黙の後、漸く再起動を果たし、目の前の現実を理解する。
「兎に角、自分も出来るだけの事はしますから、早急に作業に取り掛かって下さい」
それに追い討ちを掛けるように、ナガザトは疲労感を漂わせた声音で最後通牒を出してきた。
良く見ると、目の下にはハッキリとクマが出来ており、制服の下のYシャツも、襟と袖口が垢染みている。
アライグマよりも綺麗好きな、普段のコイツからは考えられない事だ。
突然に。それも加速度的に増えていく書類。
奮闘したものの、敵の圧倒的な物量に対応しきれず大苦戦。
そして、困り果てた末に、やっと繋がったのが今朝の俺への連絡。
そんな経過が、特殊能力を使用するまでもなく判るくらい、深刻な憔悴ぶりだった。
「判った。取り敢えず、お前はもう寝ろ」
多分、第四使徒戦終了後は、ずっと不眠不休だったのだろう。
先に一人で帰した事を後悔しつつ、俺はそう促した。
「提督! いったい何を言って………」
「いいから睡眠を取れ。これは命令だ!」
怒声と共に、愚図るナカザトを強引に下がらせる。
ハッキリ言って、この件はコイツが頼りだ。途中で倒れられては堪らない。
そんな打算を巡らしつつ、改めて実感する。これが、本当に大ピンチである事を。
………さて、久しぶりに燃えてみるか。
〜 5月12日 再び火星駐屯地 〜
「………とまあ、第二回模擬戦を前に、一寸ばかり様々な問題が起こったりもしたが、本気になった俺の手にかかれば、どうという事はない」
「提督」
「模擬戦は5月8日に無事実施され、大成功のうちに終了。
俺達は、何の問題も無く帰途につき、昨日の深夜に駐屯地に到着した」
「提督!」
「ナカザトなどは俺の手腕に心底感動し、ついには『一生ついて行きます!』等と言い出す始末………」
「提督!」
ちい。丁度、筆がノッていた所だったのに。
舌打ちしつつ、あいも変わらず愛想というものに欠ける我が副官の方に顔を向ける。
「いい加減、嘘八百を並べるだけの日記を書くのは御止め下さい」
俺が口を開く前に、畳み掛ける様にそう宣うナカザト。
コイツときたら、こういう『外す』方の呼吸ばかりが、どんどん達者になっていくのだから始末が悪い。
「随分と御挨拶だな。とゆ〜か、いったいどこが嘘なんだよ?」
取り敢えず、話の接ぎ穂として、素朴な疑問を提示してみる。
するとナカザトは、何故か顔を真っ赤にして、ありもしない嘘の箇所とやらを勢い込んで指摘し始めた。
「例の書類は、結局半分も完成しなくて、最後はムネタケ提督に泣きついて、やっとどうにかして頂いた事をお忘れですか」
無論、俺も黙ってはいない。その根拠の無い強引な論法を、的確に論破してゆく。
「問題なのは書類の完成じゃなくて、模擬戦を行う為の環境が整うか否かだろ?」
「どうにか実施出来た模擬戦だって、真紅の羅刹が参加していないと知った関係各所から、ブーイングの嵐だったじゃないですか」
「連絡艇に乗っていたマスコミ連中は勿論、参加した将兵にも死人はでなかったんだ。大成功だろ?」
「オニキリマル親善大使の木連別宅に、招待という名の拉致監禁をされかけたのは?」
「俺は今、こうして此処に居る。 終わり良ければ総て良しさ」
「………………」
俺の隙の無い理論武装の前に、流石のイチャモン男も言葉を失う。
まったく何を考えているのやら。
伝記に付き物のハッタリとしては充分許容範囲内じゃないか、これ位の脚色。
「………判りました、もうそれで良いです。
ですが! 最後の部分だけは、絶対に削除して下さい」
「う〜ん、どうしよっかな〜♪」
「提督〜!」
とまあ、俺達が苦しかった闘いの日々を反芻し、互いの健闘を称え合っていると、
シュッ
「ごきげんよう、提督」
約束していた時刻となったらしく、カヲリ君がラピスちゃんを伴ってやって来た。
そして、居を正して敬礼するナカザトにも優雅に挨拶………って、アレ?
「カヲリ君、ラピスちゃんはどこだい?」
俺の誰何に『おかしいですわね、先程まで私の隣に居たんですけど………』と言いつつ、小首を傾げるカヲリ君。
かくれんぼをして喜ぶ様な子では無い故、少々不安を覚えつつ、手分けして辺りを探す。すると、
「ナカザト、コワイ。ナカザト、イヤ」
なんと彼女は、俺の机の下に隠れガタガタと震えていた。
それも、まるで北辰と相対した時の様に、人形の様な仕草でだ。
この少女が此処まで追い詰められるなんて只事じゃない。
「ナカザト、お前、いったい何をした?」
ラピスちゃんを慰める役をカヲリ君に託した後、俺は、彼女が怯える原因となった男を廊下に連れ出し、その理由を問い正した。
「自分にも全く判りません。
何しろ、あの少女とは、ほどんど面識すら無いものですから………」
と言って、首を捻るナカザト。
嘘を言っている風では無いが、俺には決定的な心当たりがある。
「正直に言えよ。
こないだ説得に行った時、まるで聞く耳を持たなかったもんだから、なんか過激な折檻でもしたんだろ、お前。
そうでもなければ、この状況は説明がつかんぞ」
「自分は、そのような愚劣な真似はしません!」
だよなあ、やっぱり。(苦笑)
だが、他には思い当たる事なんて何も無い。
仕方なく、俺は原因を模索すべく、激昂するナカザトを宥めつつ、その日にあった事を残らず話す様に促した。
「あの日、ミスマル邸を訪れた自分は、保護者であるミスマル提督が不在だった事もあって、あの少女との直接交渉を行う事にしました。
家政婦の方に案内され、彼女の自室に入ると、何やらTVアニメを観賞中でした。
そして、その余りに真剣な表情に、声を掛けるのも躊躇われたので、仕方なく、番組が終了するまで待つことにしました」
「ふんふん。まあ、妥当な所だな」
「その後、自分もそのアニメを見るとはなしに見ていたのですが、
フリーダムなる人型機動兵器に乗っていた少年兵の言動が余りにも酷かったので、
つい、『議論で完璧に論破されて逆切れ。その挙句に実力行使か。クズだなコイツ』と呟いたら………」
「お…お前、なんて事を。謝れ! 全国一千万の腐女子の皆さんに謝れ!」
胸倉を引っ掴みつつ、世間知らずのコイツにも判る様に丁寧に原因を教えてやる。
まったく、何が『全く判りません』だ。おもいきりド真ん中のストライクじゃないか!
「す…すみません。確かに、子供の前で言う事ではありませんでした。少々大人気なかったと、反省しております。
ですが、これだけは御理解下さい。
自分が非難したのは、無軌道極まりない件の少年兵であって、かの作品自体を貶すつもりなど毛頭ありません。
実際、ああいう感情だけ行動する人間を物語の主軸に組込む事で戦争が無くならない理由を間接的に指摘した表現方法は、
子供向けの作品とは思えない秀逸なものだと思っております」
コ…コイツもうダメぽ。
にしても、それであんな状態になるなんて、意外と打たれ弱かったんだなあ、ラピスちゃんって。
これがホシノ君だったなら、今頃コイツのクレジットカードは、限度額一杯まで引き出され、
止めとばかりに、太陽系全域での指名手配犯にされていた所だ。
「………ハイ」
その後、取り敢えず、ナカザトを平謝りに謝らせてみる。
本人には罪の意識が無い故、甚だ誠意に欠けたものだが、それでも多少は効果があったらしく、
ラピスちゃんは、今回の訪問の目的である、彼女が編集したSDVDを渡してくれた。
だが、普段の調子には程遠く、ナカザトの差し出した握手を求める手を頭から無視し、
『目をそらしたら取って食われる』と言わんばかりの表情で後退。
そのままカヲリ君の後ろに隠れると、顔半分だけをチョコンと出して不安そうな目で此方を見詰めている。
嫌われたものだな、ナカザト。まあ、無理も無いけど。
「そのなんだ、カヲリ君。
なんかもう逆効果みたいだし、二人の和解は、また今度、ゆっくり時間をかけてやるとしようや」
「そのようですわね。
(クスッ)ナカザトさん、次にお会いする時は、ラピスちゃんと忌憚無く笑い合える関係となっている事を期待していますわよ。
それでは、ごきげんよう」
シュッ
と、天使の微笑みと共に無理難題を押し付けた後、カヲリ君は、ラピスちゃんを連れて帰途についた。
「提督〜、なんなんですかあの弱腰な態度は。
そうやって提督が甘やかすから、あの少女はあんな我侭な性格になるんですよ!
先程の態度なんて、初めて叱られた幼女のそれじゃないですか。
確かに、少々過剰に怯えていた様ですが、ああいう時こそ毅然とした態度をもって接するべき………」
彼女達が去ると同時に、恨みがましい目でコッチを見つつ、賢しげに教育論などを宣うナカザト。
少なくとも、コイツがこういう認識でいる間は絶対無理だな。
と言って、ラピスちゃんの過去なんて教えようもんなら、後悔し捲くった挙句に首を括りかねないし………ああもう、面倒臭い!
「判った。それじゃ、俺がアメでお前がムチ。それで良いだろう?」
「了解致しました」
いまいち納得していない表情ながらも、ナカザトは漸く矛を収めた。
よしよし。実際問題、俺自身も、ちょっと厳しく接する人間の必要性を感じていたところ。
これで、イザって時は、全責任をコイツが負ってくれる。正直、願ったりな展開だ。
それに、良くも悪くも、コイツは正論の申し子だからな。
間違っても、体罰を加えたり差別的な事を口にしたりはせんだろう。
「まあなんだ、『もう駄目だ』と思ったら何時でも言えよ。
その時は、知り合いの神様に頼んで、どこか別の銀河系にでも転生させてやるから」
「何ですかそれは?」
いぶかしむナカザト。
現時点では理解されない事は判ってだが、俺としては、これだけは言っておきたかった。
何せ、万一破局の日が来たりしたら、コイツにしてやれる事なんて、もうそれしか残って無さそうだし。
「(コホン)只の戯言だよ。
それじゃ早速、今回の目玉とも言うべき、碇シンジVS葛城ミサトの一戦を見るとしようか」
と言って、その場を取り繕うと、俺はSDVDを再生させた。
チャーチャ、チャチャチャ、チャラララ、チャチャチャ………
まず【グラップラー・シンジ 黎明編】とタイトルが入り、
次いで、残酷な○使の○ーゼ、緒方○美ヴァージョンをBGMに、
北斗に竹刀で小突かれながら公園の外周を延々と走り続ける二人の少年という、PV風の映像が流れ出した。
例の『逃げちゃ駄目だ』を連呼するパートでは、見るからに『劇薬』って感じの液体を無理矢理飲まされるシーンを挿入。
何事か喚いているようだが音声は入っておらず、それがかえって生々しさを助長させている。
流石ラピスちゃん、基本を押さえた見事な演出だ。
「話には聞いておりましたが、真紅の羅刹の指導とは本当に凄い効果ですな。
見て下さい、あの二人のは走りを。最初は素人丸出しだったのに、終盤ではかなりフォームが安定しています。
何より、肩の動きが無くなって上体が安定しているのが良い。所謂ナンバ走りと呼ばれる走法ですね。
個人レベルでの格闘の場合、いかに予備動作を消すかが一つの焦点。
それを、これほど短期間の間に身に付けさせるとは。いや、流石としか言いようが無い」
何やら薀蓄を垂れつつ感嘆するナカザト。
戦術眼は素人同然だが、こういう一寸した変化を見つけるのが上手く、また、それを生かすだけの知識も持っているのが、コイツの強みだ。
ハッキリ言って、職業選択を間違えたとしか思えないものがある。
『よ〜し、集合』
と、俺がナカザトの資質について再考考している間に、PV風の展開が終了し、5月7日との書き文字と共に音声が入りだした。
『(ハアハア)どうしたんでっか、センセ? 今日は(ハアハア)まだ23周しか走ってませんで』
息を切らしつつも、元気一杯そう尋ねるトウジ君。
ちなみに、現在彼等がキャンプを張っている公園の外周は約2km。
過酷な訓練の後遺症からか、彼は既に常識を失っているらしい。
『お前が走るのは構わんが、シンジは、四日後に決闘を控えている。
ぼちぼち勝つ為の算段を伝授せんと間に合わん』
その言葉に、ゆっくりと頷くシンジ君。
息も絶え絶えの様子だが、その目は死んでいない。
おそらくは、口をきく労力も惜しんで、次の展開に備えているのだろう。
彼の方は、常識を持ったまま訓練に適応した様だ。
ある意味、凄まじいまでの精神力である。
かくて、俺が計画成就への手応えを感じている中、いよいよ攻撃方法のレクチャーが始まった。
『いいかシンジ。
まず、お前が自覚しなければならない事は、自然界において、体格差は絶対の物だという事だ。
小が大に勝つ事などありえない。それが現実だ』
そりゃそうだ。
身長で約15cm。ウエィトに至ってはミニマム級とライト級くらい違うからな。
おまけに、実力も向こうが上ときては、まともにやったんじゃ勝負にならん。
『そんな…それじゃあ、シンジは絶対に勝てないってことやないですか!』
『話は最後まで聞け!』
ネガティブな話に、何故かトウジ君の方が激しく反発。
それを一喝して制すと北斗は最初の訓示を続ける。
『だが、武道家は違う。
武術とは、数多の先人達が弛まぬ研鑚の末に得た真理という名の武器。
その力は自然界の掟さえも容易く凌駕する。
彼我の戦力差を正しく認識する事さえ出来れば、絶対である筈の体格差でさえもまた、戦いにおける状況の一つでしかない』
『北斗さんでも、自分より強い相手と戦った事があるんですか?』
此処で、初めて口を開くシンジ君。
その質問内容は、北斗の意図を正確に把握したが故のものだった。
『ああ。一年程前に、手痛い敗北を喫した事があってな。
木連式柔術、訓戒壱之段『武術とは、己が非力を知りて一歩目』
この意味を、改めて思い知らされたもんだ』
『セ…センセが負けたんでっか!?
相手は、一体どういう………やっぱ、八千馬力のサイボーグとか、空飛ぶ宇宙人とかでっか!?』
トウジ君の無茶苦茶な質問に、一寸懐かしそうな顔をしながら
『まあ、そのうち会う事もあるだろう』と言った後、二人に立つように指示しすると、
『良く見ていろよ』
北斗は10m程前方から二人に向かってダッシュ。
彼等のすぐ目の前でスライドする様に真横にステップすると、そのまま後ろに回りこんだ。
肩を叩かれ、驚愕の声をあげる少年達。その顔は、まるで幽霊でも見たかの様に青ざめている。
はて? 確かに鋭い動きではあるが、充分常人レベルのもの。
視認出来ないという程じゃなかっただろうに。
「あれは、クロスオーバーステップ!」
「なんだそりゃ?」
「まず、左右どちらかに抜く様に見せかけ、相手の視界がその方向に振られた瞬間、
踏み込んだ足を軸に逆サイドへステップしてその死角に飛び込み、そのまま一気に抜き去るという、
アメフトのランニングバックなどが使う走行テクニックの一つです」
俺の質問を受け、ここぞとばかりに薀蓄を垂れだすナカザト。
例の特別講義を受けて以来、どうもイネス女史の影響を受けつつある様だ。だが、まだまだ甘い。
「その割には、なんかショルダータックルとアッパーストレート風の掌底突きの打ち方も教えているみたいなんだが?」
所詮は付け焼刃。このように、幾らでもツッコミを入れらる程度のもんでしかない。
「いやその。そりゃあ、攻撃しない訳にはいかないでしょうし………」
『手の力で突くんじゃない。大地を踏締め、その力を伝えるんだ』
「あっ。トウジ君の方には、崩拳を教えている様ですね。
でも、あの踏み込みの感じは、刑意拳よりも八極拳の影響が色濃く出て………ああ、今度は裡門頂肘だ」
とかなんとか言っている間にも、画面の中の二人は習った技の習得に励み、
次いで、トウジ君の攻撃を、件の特殊なステップでシンジ君が避けるという練習へと変わり、
最後に、北斗に習った三つの技が一つのものとなり、葛城ミサトを倒す為の算段が整った。
幕間として、緊張して眠れないシンジ君を、北斗が強制的に寝かしつけるシーンを挟んだ後、いよいよ決闘開始である。
『はじめ!』
北斗の号令と共に、修練場の中央で睨み合う二人。
共に八オンスのグローブを着用した、打撃系の一戦だ。
葛城ミサトは、軽くスタンスを縦に広げ、左手を突き出した攻撃重視のスタイル。
対するシンジ君は、スタンスを横に広げ、前後左右に瞬時に動ける体制をとりつつ、右手を突き出している。
妙だな。てっきり『アンタ、それじゃ左右逆でしょ!』とか、ツッコミを入れてくると思っていたんだが。
とゆ〜か、いくら赤木リツコの前だからって、決戦前に全く舌戦を仕掛けて来ないっていう時点で超不自然だよな。
「やはり、監視カメラの映像を見た様だな」
「ですね」
「「(ハア〜)」」
順調に成長しているシンジ君に比べて、この馬鹿女ときたら………せつなくて、つい溜息が漏れる。
おまけに、北斗は『任せておけ』と言っていたが、アレはタネがバレたらそれまでの技。どうすんだよ、おい。
『いくわよ!』
と、俺達が困惑している間に戦端は開かれ、左ジャブ………いや、半ばストレートに近いノリで、拳の弾幕を張る葛城ミサト。
リーチの差を上手く生かした隙の少ない有効な攻撃だ。
思わず『大人気ない』と言いたくなるが、これは互いの面子を賭けた真剣勝負。
それを口にしては、シンジ君への侮辱となるだろう。
何より、勝負はまだ五分と五分。判官贔屓を始めるには、まだ早すぎる。
「凄い。スウェー・バック(上体を反らしてパンチ避ける)とパーリング(敵のパンチを手で払う)だけで、あの猛攻を封じきるなんて。
防御の練習なんて全くしていないのに、彼は何故あんな事が出来るんでしょう!?」
シンジ君の予想以上の健闘に、興奮気味に状況を語るナカザト。
「そりゃ、防具を着けていたとは言え、全力で打ってくるトウジ君の懐に飛び込む訓練を続けたんだ。
度胸と動体視力は、それなりに鍛えられてるだろう。
パワーの差も、利き腕をフルに使う事で対処してるしな。
それに、ソッチ方面の才能があるって、多分最初から判っていたんだろうな、北斗は。
でなきゃ、今回の決闘は、流石に無謀すぎる」
などと、その実況に対し、解説風のコメントなど返しておく。
これは作法と言うものだ。
「それにしても、本当に凄い。
これなら、彼女の性格からして、焦れて強引な攻撃を仕掛けてくるのは時間の問題です!」
「そうなんだよなあ。さて、どうしたもんだか」
「何を言ってるんです。決まってるじゃ………
しまった! 例の技は、もうネタバレしてたんでした! どうするんですか、提督!」
「俺が知るか! つ〜か、これは昨日の出来事だ。
お前が騒いだって結果は変わらん。黙って見てろ」
とか言ってる間に、葛城ミサトは左フックから右の回し蹴りを放った。
それをバックステップで避けて大きく距離を取った後、今度はインファイター張りに鋭く突進。北斗に習った技、『隻眼崩し』を仕掛けるシンジ君。
迎撃の一撃を、例のクロスオーバーステップによって避け、そのまま死角からショルダータックルを敢行。
そして、低く沈めた身体を大きく伸び上げつつ、相手の顎へ目掛けてカチ上げる様な掌底突きを放つ。
不意打ち+崩れた体制の相乗効果によって、決まり難いこの攻撃も、かなりの高確率で決まる筈だった。だが、
バキッ
彼の攻撃は綺麗にかわされ、逆に、巻き込む様な右フックをカウンターで貰い、ダウンを喫した。
これで、もう疑う余地は無いな。
シンジ君の使ったあの技は、変化球に例えれば、キレの良いフォークや高速スライダーの様なもの。
必ず決まるとまでは言わないが、ああも簡単にかわせる筈が無い。
まして、カウンターで狙い撃ちにしようと思ったら、打撃の神様、川上哲治選手の如く『ボールが止まって見える』ような超人的な動体視力を身に付けるか、
予め、そこに来るとヤマを張るしかない。
前者は、まずありえない。そして後者は、『その技が来る事を、予め知っていなければ』実行不可能なのだ。(怒)
『へへ〜ん。見て見てリツコ、ビクトリーよん』
派手なダウンを取った事に浮かれ、赤木リツコに向かって、得意げにガッツポーズをとる葛城ミサト。
だが、これは彼を舐め過ぎである。
『お〜い。何やってるんだ、お前は』
北斗の声に振り向けば、すぐ目の前に、ファイティングポーズを取ったシンジ君の姿が。
そう。仮にも北斗の手解きを受けた者が、あの程度で終わる筈が無い。
地獄を流離った経験は伊達では無いのだ。
『見掛けに依らず、タフねアンタって。
こんな事なら、ダウンした上からストンピングでもしてやるんだったわ』
『それは、勝敗はギブアップもしくはTKOというルールを忘れていた貴女が悪いんでしょう?
寧ろ、余所見している間に攻撃を仕掛けなかった事を感謝して欲しいですね』
『このクソガキ〜〜〜ッ!!』
舌戦で敗れて逆切れし、強引なラッシュを仕掛ける葛城ミサト。
だがそれは、パワーの代償にスピードと回転力の落ちた雑な攻撃。シンジ君には掠りもしない。
ヒョイ、ヒョィ、ヒョイ………パス
しかも、要所要所で放つ彼の手打ちのジャブが面白い様に決まり、それが、更に彼女の激昂を煽っている。
と、此処だけ見るとシンジ君が優位の様だが、これはボクシングの試合では無い。
ダメージの回復+相手のスタミナ切れを狙っているのは判るが、判定勝ちというルールが無い以上、
必ず倒して勝たなくてはならず、彼にはその為の手段が無い。
単純に優勢に立った事を喜んでいるっぽいトウジ君は兎も角、北斗にこの絶望的な状況が理解出来ない筈が無い。
いったい、どうするつもりなんだ?
『シンジ、大地を踏締めろ!』
と、俺が焦りを感じ始めた矢先、北斗からの指示が飛んだ。
一瞬の戸惑いの後、シンジ君の顔には理解の色が。
なるほど、そういう事だったのか。
「どうしましょう提督!
教え子のピンチに、真紅の羅刹は錯乱しているみたいですよ。室内なのに『大地を踏締めろ』だなんて!」
「馬鹿、あれは暗号を兼ねた比喩的表現ってヤツだよ。
良いから、黙って見てろ。この勝負、北斗の作戦勝ちだから」
まったく、一々無駄に興奮しやがって。お前はフーリガンかい。
と、俺がナカザトの将来に不安を覚える間に、シンジ君の目が、チャンスを窺う者のそれへと変わる。
そしてその数秒後、先程とほぼ同じ展開で、葛城ミサトの懐へと飛び込こむ。
だが、そこから先が決定的に違った。
ドス
彼が死角から放った技は、ショルダータックルではなく、腹部への裡門頂肘だったのである。
右手を振り上げた体勢のまま一瞬硬直。そして、そのままシンジ君にもたれ掛かる様に崩れ落ちる葛城ミサト。
振り返りざまに右フックを出そうとした出鼻へのカウンター気味の一撃。
しかも、タックルに対処すべく重心を前に倒した所への肘打ちだ。これでは立てない。
『ミサト!』
グッタリと倒れた親友に駆け寄り、脈を取りつつ腹部のダメージを診察する赤木リツコ。
暫しの緊張の後、あからさまに安堵した顔をした所をみると、大した怪我ではないらしい。
実に、喜ばしい事だ。未来ある少年に、重い十字架を背負わせる事にならなくて本当に良かった。
ついでに、葛城ミサトの無事についても、一応喜んでおくとしよう。
………なんか最近、あの馬鹿女に情が移りつつあるな。自分で自分が怖い。
『最後に、これは助言ではなく命令だ。
勝敗を決したあの技。あれは『隻眼崩し』の裏の技で、『隻眼殺し』と言うんだが、実戦ではもう使うな』
エンディングとスタッフロールが流れた後、映像特典との書き文字と共に、北斗があの決闘の問題点を指摘する様子。所謂反省会の模様が入っていた。
ツボを押さえた心憎い演出。とゆ〜か、俺的には、此方の方が重要度の高い情報。ラピスちゃんに感謝である。
『えっ? 何故なんですか?』
不思議そうに理由を尋ねるシンジ君。
何せ、接戦を勝利に導いた技。いきなり『封印しろ』と言われても、抵抗があるのも無理はない。
だが、これは北斗が正しい。
『今回は、相手に技が見切られていたからこそ腹に。それも腹直筋の部分に当たり軽傷ですんだ。
だが、本来この技は、相手の虚を突く事を前提としたもの。
つまり、防御姿勢をまったく行わない相手の脇腹に、震脚からの肘を入れる技だ。
肋骨は容易く折れ、肺に突き刺さる。
それは、お前が望むものではあるまい?』
『殺傷力が強すぎる…という事なんですね』
シンジ君の返答に、満足げに頷く北斗。と、此処で放送は終了した。
凄いや! つい半年程前、俺が2015年での不殺を頼んだ時には、
『めんどくさい』だの『勝手に死ぬ奴のことまで面倒みきれるか』とブーたれていた北斗が、あんな事を言うなんて。
ひょっとして、木連の…ひいては太陽系の未来は、かなり明るい?
と、俺が未来に希望を擁き始めた時、
「そうか! つまりアレは、『トウジ君の真似をしろ』という意味だったんですね!」
って、ナカザト。お前、今頃気付いたんかい。
「今考えてみれば、わざわざ二人が打ち合う形の練習法にしたのも、
シンジ君に見取り稽古をさせるのが目的だったのでしょうな。いや、流石は真紅の羅刹であります」
その癖、そんな所ばっかり理解が早いし。
ホント、どうなってるんだろうな、コイツの脳味噌って。