>OOSAKI

   〜 7月7日、木連の某会議室。 〜

その日の昼下がり、とある会議室にて、明日に迫った和平一周年記念祭に付いての打ち合わせが行なわれた。
参加者は、何時ものナデシコの面々では無い。
全員、顔だけは知っていたが、あまり馴染みは無いメンツ。その所為か、会議は遅々として進まなかった。
それぞれの思惑が複雑に絡み合い、互いの足を引っ張っているのだ。
俺とて素人ではない。この業界が、こうしたドロドロとした感情の吹き溜まりである事は熟知していたつもりだった。
だが、それはあまりにも甘い認識であり、単に『つもり』でしかなかった様だ。
これに比べれば、普段の全体会議等、正に身内の馴れ合いでしかない。
それを再認識すると共に、気合を入れ直し、円卓に着いているライバル達に向かって発言する。
そう。此処は一歩も引く訳にはいかない。

「だから、此処は当然、『愛、おぼえていますか』。これで決まりでしょう」

満を持して持論を述べる。だが、対面に座るオッチャンが、すぐさま反論を。

「何を言ってるんです、オオサキ提督。
 そんな一部の人間にしか意図が伝わらないものなど論外。
 此処はズバリ、両陣営の国家斉唱でしょう。形式は重んじるべきです」

「いいや。確かに形式は重んじるべきだが、それは国家間において遵守すれば良い事。
 式典を盛上げる事を第一に考えるのであれば、魂を鼓舞する歌を。そう。矢張り『勝利のVだ! ゲキ・ガンガーV』しかあるまい」

それに続いて、隣りの席に座る海燕ジ○ーのインスパイヤな男が、既に滑ったネタを持ち出す。
それを指摘すれば、『あの時とは、彼女の知名度が違う』などと屁理屈を捏ねやがるし。

「何を言っとるか! 結局の所、歌うのはマリアちゃんなんじゃぞ。曲目なんぞ、彼女の好きにさせれば良い。
 ……………もっとも、外交官にして式典のスピーチ担当者の士気を鼓舞する為、『私の彼はパイロット』は外せんじゃろうが」

更には、その隣りのジジイまでが、物分りの良い事を言っている風を装いつつ、さりげなく自分の意見をアピール。

くうっ。マジで手強いぜ、コイツ等。
此処まで苦戦を強いられたのは、惣流=キョウコ=ツエッペリンとの交渉以来………
って、ごく最近じゃんか! それも、結局ボロ負けしちゃったし! ああもう、しっかりしろよ俺!
己を叱咤し、再び反論に望む。と、その時、

「何をやってるんですが、貴方方は!」

適当な仕事を与えて隔離してあった足手纏いが、息せき切って乱入してきた。

「お前こそ何をやってるんだ?
 明日、度を越した馬鹿騒ぎをするに決まっている某組織メンバーの監督を命じてあった筈………」

虚を突かれた動揺を押し隠しつつ、我が副官に向かって徐に来訪目的を問い質す。
それを遮る様に、ナカザトは何時も通りの仏頂面で、

「その件でしたら御心配無く。
 現在、整備員の方々には、例の特設会場の準備だけで無く、明日、『急遽、使用中止』となる予定の、とあるイベント用機材を製作して貰っています。
 納期ギリギリでの発注だった事もあって、ほとんどの者が、三日程前から碌に眠っていない状態。
 それ故、もはや自分が指導するまでも無く、無用の混乱は最小限に押さえられるかと」

「え…えげつない手を使うな、お前」

その鬼畜な所業に、会議室内メンバーからの非難の視線が集中する。
だが、ナカザトは小揺るぎもせず、

「人の事が言えた義理じゃないでしょう。
 一体、自分を隔離して、この様な密室にて、どの様な悪巧みをしていたのですか?」

痛い所をピンポイントで突かれ、思わず言葉が詰まる。
ええい、仕方ない。この朴念仁にも、少しだけこの業界の裏事情というヤツを教えてやるとするか。

「(コホン)実はな、明日の式典で、マリアちゃんに歌って貰う曲目の選定作業をしていたんだ」

「それでしたら………いえ、それこそ某組織の面々と話し合うべき事なのではありませんか?
 彼等は皆、彼女のファンクラブのメンバーなのですし」

フッ、青いな。 まだデビュー五日目とは言え、スタートダッシュとばかりに、使徒娘特有の強靭な体力を駆使しての24時間な活動体勢。
しかも、此処木連ではライバルとなる相手がいない状態だった事もあって、彼女は既に、キャン○ィーズやピン○レディの様な、代役の効かないトップスターとなっているんだぞ。
ファンクラブの会員数だって、もう5千人を超えている。
一々、一般ファンの意見なんて聞いていたら、決まるものも決まらん。

ふと見れば、他のメンバーも苦笑を浮べている。
おそらくは、ナカザトの世間知らずな意見に、俺と同じ感想を持ったのだろう。
目で合図。コクリと頷く三人。
かくて俺達は、懐からとある会員証を取り出して見せた。

「何ですか、それは?」

「見て判らんか? これは役職付きである事を示すゴールドカード。それも、俺は会員番号1号だぞ」

胸を張りつつ、そう宣言する。
実を言えば、この手のものに入会するのは初の経験なのだが、イザやってみると実に楽しい。
安○先生ではないが、一日ごとに確かな成長を遂げていくマリアちゃんの姿を見守るのは、たとえ様も無いくらい贅沢な道楽だと思う。
『ひょっとしたら、世のアイドルオタク達の何割かは、こうした何かを育てる充足感を味わいたくて、贔屓のアイドルを応援しているんじゃないか?』
そんな事を考える今日この頃である。

「ちなみに、ワシが2号じゃ」

同じく、声高にそう宣言する海神外交官。
先日、奇しくも同僚となった折、その近況を聞くとはなしに聞いたところによると、
何でも、半年ほど前に乗り込んだ直後は、某黒い悪魔の如く、1匹見つけたら30匹は居た、木連で馬鹿をやる地球人の数も、
主だった者の粛清が終って以降はメッキリ減ったとかで、最近じゃかなり暇だったらしい。
そんな訳で、とりあえず関係者全員に出してあったチケットにて、暇潰しがてらに例のファーストコンサートの会場へ。
そして、フっと我に帰った時には、もうファンクラブへの入会手続きを済ませた後だったとの事。
つまり、彼の参加は、ごく自然な成り行きであり、ある意味、王道と言っても過言では無いだろう。

「私は3号です」

その隣りの席から、静かにそう告げる西沢氏。
一見、アイドルとは無縁の人生を送っている様に思える経歴を誇るかの御仁だが、その実体はさにあらず。
彼の参加は、寧ろ必然だったと言うべきだろう。
聞く所によると、マリアちゃんが御茶の間を賑わした事で、かなりの経済効果があったとの事。
となれば、木連の経済を背負って立つこの漢が、介入してこない筈が無いという寸法である。

とまあ、こう言うと、些か不純な動機での参加だと思われるかもしれないが、これはもう必要悪だろう。
何せ、風紀と規則に矢鱈と五月蝿い此処木連にあってなお、彼の全面的なバックアップの下に、二つ返事で承認が。ほぼ無条件に、好き勝手な芸能活動が出来るのだ。
その恩恵は、計り知れないものがある。

「そして、俺が親衛隊長だ」

最後に、月臣中佐が得意げに名乗りを上げる。 正直言って、彼の参加は流石に意外だった。一体、どういうプロセスを経た結果なのだろう?
それを知る為の手段が無い訳じゃないが、怖くてチョッと見れないと言うのが偽らざる俺の本音だ。
ともあれ、木連の硬派の代表格とも言うべきこの男がアッサリ転んでくれたのだ。これを利用しない手は無い。
そんなこんなの思惑から、現在の役職に着いて貰ったと言う訳である。
もっとも、この影響力という奴は諸刃の剣で、デメリットもまた大きなもの。
昨日、再び特設会場で開かれたセカンドコンサートなんて、怨敵成敗とばかりに、月臣夫人が日本刀を振りかざして乱入するという珍事があったりもした程なのだ。
まあ、そこはマリアちゃん。上手く彼女の攻撃をあしらいながら、さもアトラクションであるかの様に振舞い、見事に場を納めてくれたので大した問題にはならなかったのだが。
ホンに、その優れたアドリブ能力には頭が下がる思いである。
もしも、アレがマジな襲撃だったとバレた日には、流石の東中将も、直属の部下を『御咎め無し』には出来なかっただろう。
そんな訳で、月臣中佐には、今の体制が軌道に乗り次第、半強制的に更生&脱会して貰う予定だったりする。
当然ながら、これは会員番号トップ3だけの最高機密だ。

「つまり、何ですか? 自分に某組織の動きを押さえさせたのは、無用の混乱を避ける為ではなかったのですか?」

「チャンと避けてるだろう?  アイツ等までこの会議に出席させていた日には、それこそ大混乱になっていた所だ」

何かを搾り出す様な声音で問うてきたナカザトに、胸を張ってそう答える。
そう。世間じゃ談合=悪というイメージがあるが、これは何も、私利利欲オンリーという訳じゃないのだ。
だが、そんな俺の誠意は、我が副官には通じなかったらしく、何か吹っ切れた様な顔で一頻り乾いた笑い声を上げつつ、

「(クッ、クッ、クッ)提督は何時もそうだ。
 外面は割りと良い癖に、中身はずぼらでイイ加減でイジメっ子で、おまけに調子良くって、一人で美味しいところを全部持っていくんですよね。
 しかも、『自分は何でも知っています』って顔をしておきながら、実は大事な所が一本抜けているし。
 良い歳して、一体、どこの萌えキャラですか、貴方は?
 そう言えば、第8話の中盤で、自分がチョッとだけ優位に立ちましたよね。
 アレ、自分としては結構ギリギリな賭けで。運良く読者の反感を得ずに済んだので、『これで何とかなるかも』って喜んでいたんですよ、実は。
 それが、第9話でアッサリ逆転。しかも、東中将まで味方に付けて。二人掛りでなんて、ズルイじゃないですか。
 まあ、元々そういう役所ですから、あえて表立って文句は申しませんが。
 それはそれとして、何か最近、自分の出番って減少傾向にありませんか?
 このSSじゃ出番無しの筈だったホシノ特務中尉になんて、いきなり対イロウル戦と言う名の桧舞台が用意されたって言うのに。
 チョッと意志薄弱過ぎですよね。もっと初期プロットは大切に………って、それだと、もうすぐ全く出てこなくなるんですよね、自分の名前って。
 ひょっとして、自分はカグヤさんの様に、このままフェイドアウトしていくキャラなんですか? 彼女と違って、ラスト直前での巻き返しの予定も無しに。
 ふふふっ、良いですね提督は。このSSじゃ主役のお一人。こんな心配とは無縁ですもんね。
 しかも、特権を傘に着てやりたい放題。すぐに横道にそれて趣味に走って。
 その内、『本気でアキトを奪還する気があるんですか?』って、ミスマル大佐辺りに問い詰められても知りませんよ、自分は。
 ああもう。いっそ何もかも捨てて出奔。物語後半に、したり顔で苦言を呈しながら主人公のピンチに颯爽と現れるタイプのキャラに転向したい気分ですよ。
 でも、無理ですね。これは、そのまま忘れ去られる可能性の高い諸刃の剣。自分の様な地味キャラでは、とてもとても。
 大体、登場人物が多すぎなんですよ、このSSは。ゲストキャラまで含めれば、既に三桁に迫ろうかって大人数。ハッキリ言って異常です。
 嗚呼、『スパロボだって此処まではやらないぞ』と、小一時間くらい問い詰めてやりたい。これだから素人は困るんです。
 しかも、『どうせ脇役の長い台詞だから誰もまともに読まないだろう』って、碌に見直しもせずに、書きたい放題書いているんですよ、このセリフ。酷いと思いませんか?
 酷いと言えば、原作との統合性を図る為だけに、今回の話で自分、提督を庇って右手を失う予定だったらしいんですよ、初期プロットだと。
 一体、何が哀しくて、そんな事をしなけりゃならないんでしょうね。
 提督は、主人公補正に加えて、悪の大首領補正まで掛かっているという、殺しても死なない無敵キャラなのに。
 思えば暴虐な贔屓っぷりですよね。足りないのは、対になるヒロインくらいじゃないんですか?
 当初、その役を務める筈だった葛城ミサトとは、結局擦れ違いっぱなしで終りそうですし。
 ああ。ヒロインと言えば、某同盟の面々って、どの娘をとってもヒロイン属性が薄すぎませんか?
 その分、個々の能力は無意味に高くて。ヒーロー属性だけは、キ○=ヤ○トよりもゴテゴテと付いていたりしますが。
 何せ、『私のアキトを救〜いだすま〜で〜』って感じですよね、今の状況って。客観的に見ますと。
 まあ、飛んでる魚のヘンテコリンな世界をパートタイムで旅する勇敢な某少年と違って、
 『二人で仲〜良く帰〜る日』ってのは、永遠に訪れないでしょうけど。だって、物理的に不可能ですし。
 嗚呼、ひょっとして。実は、漆黒の戦神じゃないんですか? このSSの真ヒロインって。
 料理が上手で。一見、頼りなくて寂しがり屋で。でも、実は芯が強くて。
 ハッキリ言って、某同盟のメンバーの誰よりも良い御嫁さんになりますよ……」

「お…お〜い、ナカザト……………さん? そのなんだ。まずは落ち着こうよ…ね」

ノンブレスで呪言めいた繰言を並べ立てるイッちゃった顔をした男に、恐る恐る話し掛ける。
何と言うか、目の色がかなりヤバイと言うか、もう色々壊れてる感じだ。
一体、何がいけなかったのだろう?
だが、そんな心からの心配を他所に、

「ご心配無く。自分は極めて冷静です。
 ええ。今なら提督達を相手に、ウイリアムテルの真似事が出来るくらいにね」

そう言いつつ、ナカザトは円卓の上に飾りを兼ねたお茶菓子として置いてあったフルーツの盛り合わせからリンゴを手に取ると、
何の躊躇いも無く、俺の頭の上にそれを乗せた。

「ちょ…チョッと待て! お前の射撃の腕って、確か『素人よりはマシ』レベルじゃなかったか?」

「はい。ですから、誤って提督の眉間を打ち抜いたとしても、それは不幸な事故であります」

清々しい笑顔で、そう宣うナカザト。そして、

   バタン!×2、ガシャン!(ガ〜ン、ガ〜ン、ガ〜ン)

突如として鳴り響く、銃声という名の即興舞踏曲。
その旋律に合わせて放たれる凶弾を回避しながら、ドアへ、窓へ、裏口へ。
互いの無事を祈りつつ、俺達はそれぞれのルートで会議室から逃亡した。
いやはや、普段マジメなヤツ程、キレると怖いねえ。
今後は、見切りを誤らない様に注意せねば。



   〜 翌日。 午前11時、木連、和平一周年記念式典会場 〜

先月、報道陣を前に行なわれた籤引の決定に従い、今年の記念式典は木連の主催。
午前九時、式典開催。海神外交官の司会のもとつつがなくプログラムは進み、固い形式的な部分は無事終了。数々の余興が披露される時間帯となった。

『あれから〜、少しだけ時間が過ぎて〜、思い出が〜、優しく〜なったね〜(イエィ)』

そのトップバッターはマリアちゃん。
ゆったりとしたドレスに身を包み、腰まで届くピンク色のロングヘアなウイッグに星型の髪止めを着けた、某影武者歌姫の仮装にて、
『機動戦士ガ○ダムS○ED NIGHT C.E.73〜EMOTION コンサート・アンコール・エンディング・バージョン』を。
この大舞台にも物怖じせずに、祭りの幕開けを盛上げるべく熱唱中。
そのステージが、また奮っている。
彼女の足場となっている物。それはなんと、コックピット部分に各種音響設備を組込み、原典の如くピンク色にカラーリングされたダイマジン。
倉庫に死蔵されていた、タカスギ中尉の元乗機(大戦中、アキトが駆るブラックサレナにボロ負けして投降してきた時に捕獲したヤツ)を流用した機体なのだ。
つまり、実際に先の大戦にて使用された掛け値無しの本物。
おまけに、音楽関係の各種ギミックに加え、遠隔操作にて簡単な機動さえ可能な親切設計。
二重の意味でとってもレアな、某組織入魂の一作である。

『ほ〜しの降る場所で〜、貴方が〜笑っている事を、い〜つも願ってた、今、遠くて〜も〜、また会えるよね〜』

推薦曲が通らなかった事を惜しみつつも、目の前の熱演に目を細める。
そう。これは、不幸な事故によって談合が途中解散になった事による苦肉の策。
タイムアッップの末に、某組織に発注してあったモノに決まったという訳なのだが、今となってはコレで正解だったと思う。
勝利の女神は、矢張りマジメに生きている者達に微笑むらしい。
今は亡き………じゃなくて。あの後、急性心神喪失症と診断され緊急入院したナカザトも、きっとベットの上から応援してくれている事だろう。
まあ、大量に鎮静剤を投与された所為か、目覚めるのは明日の昼以降の予定なんだけどね。(笑)
この辺、気は心と言うか、『夢の中では、きっと』と言うヤツだ。

チラっと、隣りの席に座る妙齢の美女に。
今も安らかな昏睡状態にあるナカザトの主治医たるフィリス君に目をやる。
何でも、彼女の診断によると『過労、睡眠不足、栄養失調に加え、カンテン症も再発』と、心身共にズタボロの状態だったらしい。
一通りの病状説明が終った後、最低でも一週間は絶対安静との宣告を受けた。
だが、大事な式典を前に、フォロー役の副官抜きでは戦力的に些か厳しい。
そんな訳で、一時的な中途退院を打診するが聞き入れて貰えず、次善の策として、ジュンにそれを頼もうとしたが、何故か連絡が取れない。
仕方なく、最後の手段としてハーリー君に頼もうとした所、謎のクラッシュを起こして煙を吐くコミニュケ。

そう。フィリス君がこの場に居るのは、そんなこんなで困り果てていた所へ、『もし宜しければ』と言う善意の申し出によるものなのだ。
しかも彼女、事務レベルの仕事をやらせたら、ナカザトなんかより遥かに有能だった。
流石は初代マシンチャイルドとも言うべき女傑。御蔭で、どれほど助かった事か。
報酬代わりに、今夜、夕食を奢る約束なのだが、その働きと全く釣り合っていない。
と言って、改めて謝礼を包んでも、素直に受け取ってくれる様な女性じゃない。
正直、心苦しい限り。いや、困ったもんである。

とか何とか、回想シーンを入れている間に、舞台は次の演目に突入した。
ダイマジンの肩から飛び降りると同時に二人に分身。
右手平に飛び乗ったマリアちゃんが髪止めを付け替え、左手平の方のマリアちゃんが、羽織っていたケープを脱いで露出度アップ。二曲目の準備完了である。
ちなみに、分身後は、あのキャラを演じるのに頭身がチョッと足りなくなるので、ロングスカートで隠してコッソリ上げ底ブーツに履き代えていたりするのだが、
これは関係者だけが知る極秘事項だ。

ともあれ、会場は大盛況。取り分け、優人部隊と某組織の面々が座っている辺りが大騒ぎになっている。
対照的に、地球から来た政府高官達は呆然としているが、まあ、そのうち慣れるだろう。
とゆ〜か、コロニーの土星側外周部で、ありもしない外宇宙からの侵略戦争の真っ最中って事になっているもんだから、
地球側からの参加者と言えば、売名の為に参加したであろう二流所だけだから、実はどうでも良い?

「あんなの不許可です。ラ○ス=ク○インの胸は、もっと慎ましいんです!
 公式3サイズなんて嘘っぱちとしか思えないボディラインなんです!
 モノマネならば、もっと元ネタを研究するべきです!」

「(チッ、チッ、チッ)君こそ研究不足だな、ラシィ君。
 最初の曲目はミー○=キャ○ベルなんだから、アレで正解だろう?
 二曲目もまた然り。右側の娘を良く見たまえ、ラク○=クラ○ン役の娘は、明らかにサイズダウンしているじゃないか」

「でもでも、アレだって○乳と呼ぶ程じゃ………」

「否、そこが良い! 正に心憎いまでの演出だよ。
 考えてもみたまえ。もしも、この幻のデュエットが実現していたとしよう。
 あの見栄っ張りなお姫様が、素のままで○ーア=○ャンベルの隣りに立つと思うかい?」

「な…なるほどです。流石です御主人様、深遠なその御考えに感服しましたです!」

俺の前列の席に座る、小柄なポニーの少女を相手に、ど〜でも良い事を自慢げに語っているロンゲの男など、その最たる者と言えよう。(笑)
もっとも、彼等の存在こそが、式典の成功を死守する為の鍵だったりするのだが。

そう。実はラシィちゃん、全使徒娘中もっとも広範囲にATフィールドを展開可能なのだ。
それによって、万一、此処がテロにあったとしても、指定区画のガードを。彼女の周辺に座っている、地球側の代表32名+アカツキの安全を確保するという寸法である。
また、木連の要とも言うべき東中将の側には、絶対無敵の守護神、真紅の羅刹こと北斗が。
各種重用施設は、ボナパルト大佐の指揮の下、トライデント中隊と7人の教官達が警護している。
更に会場の外には、木漏れ日の中うたた寝をする少女と、それを見守る少年といった初々しいカップルを装った、万年寝太郎娘とその保護者のケンスケ君が伏兵として待機中。
そして、この過剰なまでの戦力をもってしても対応しかねる最悪のケースに。
想定よりも三桁ばかり大規模な襲撃があった場合には、最後の手段として、A級ジャンパーの存在がバレるのを覚悟で、
グラシス中将の隣りで優雅に微笑んでいるカヲリ君に緊急脱出を(ラシィちゃんのサポートがあれば、DF付きの乗機無しでも、百人単位の多人数を連れてジャンプ可能)
頼む事も視野に入れている。
些か反則気味ではあるが、正に万全な警備体制だろう。

   ブルルル、ブルルル

と、俺とて趣味に走って遊んでいるだけじゃないところを親愛なる読者諸氏にアピールしていた時、マナーモードにしてあったコミュニケに、メールの着信を告げる振動が。
この晴れの日に興醒めな事だが、A級以上の緊急通信は着信拒否にしておく訳にもいかない。
己の立場を恨めしく思いつつ、マナーモード特有の小さな画面に映ったそれを確認する。

って、ゴートからかよ。最悪だな。…………… えっ、隠し子? ライザが保護を求めている? 現在、アクア=クリムゾンの別荘に潜伏中? 何だよソレ?
ありえない事実の連続に困惑しつつも、取り急ぎ、トイレに行くふりをして退席する。
そして、誰も居ない事を確認した通路で、秘匿回線にて連絡。
カヲリ君と、こうした予想外のアクシデント用の予備兵力として待機して貰っていたアニタ君に緊急出動を依頼した。



   〜 三時間後、とある喫茶店 〜

取り敢えず、式典の方は無事終了。一息入れるべく、アカツキ達を伴って最寄の喫茶店に入った。
正直、事の顛末がメッチャ気になるが、この後は昼食を兼ねた立食パーティが。
今や最大の敵とも言うべき、カグヤ君との対戦が待っている。
暢気に覗き見などして、余計なSPを浪費する余裕などない。
連絡が無いのは無事な証拠。アニタ君が付いている以上、向こうは問題無いだろう。
そう。幸か不幸か、その実力を発揮する機会に恵まれていない為あまり知られていないが、彼女は現時点での使徒娘中で最強。
一人で一個中隊級の白兵戦能力の持ち主なのだ。

あれで、も〜チョッとまともな言葉使いをしてくれたらなあ。
運ばれてきたコーヒーを啜りながら、思わず、そんな贅沢な感想が胸中に湧起る。
何しろ、ああ見えて、こうした単独任務を任せられるだけの良識と判断力も兼備しているのだ。
今更、荒事専門の職種にトラバーユして貰う気などサラサラ無いが、どうしても勿体無いという感じがしてしまう。
もっとも、これは彼女に限った事ではないのだが。
実際、使徒娘は皆、マンガの主役が勤まる様な飛び抜けた実力を持った超一流の人材揃い。
問題があるのは、その性格のみ。ある意味、ナデシコクルーの資質を極端にしたのが彼女達と言っても過言では無いだろう。

「(スゥ〜、スゥ〜)」

そう。腹立たしい事に、俺の隣の席で寝こけている娘でさえ、その戦闘力と索敵能力には目を見張るものがあるのだ。
ホンに神様は不公平である。まあ、アークなんぞにその候補生が勤まる事を考えれば、良識なんて期待する方が間違っているのだろうが。

と、この世の無常を胸中で愚痴っていた時、

「提督。今、この喫茶店の周りを、百人前後の武装した兵士が包囲。
 主武装はアサルトライフルで、重火器の類は無し。これから突入してくるつもりらしいです」

その隣の。寝たきり少女の介護をしていたケンスケ君が、俺に小声でそう囁いた。

ヒット! 期待はしていなかっただけに感慨も一入。
狙い易い様、わざわざ郊外まで出てきた甲斐があったな。
しかも、運良く他の客の姿も無い………

「って、いち早く襲撃を察知しておきながら何故起きないんだよ、この娘は!」

かくて、機会のある度にやっている囮捜査(?)が、今回ついに成功した。
だが、肝心の。不可視領域まで伸ばした数本の髪の毛で周囲の索敵を行なっていた主戦力が、この体たらく。思わず憤る。
そんな俺に向かって、ケンスケ君は淡々と、

「多分、見せ場は全部、従姉妹に譲る気じゃないんでしょうか?」

「幾ら何でも、それは好意的な解釈が過ぎると思うぞ」

「やだなあ。悲観的な解釈なんてしたら、彼女とは付き合っていられませんよ」

な…なんて説得力のあるセリフなんだ。
畜生。オジサン、中学生相手に完璧に言い負かされちゃったよ。

   ガタン! (ザッ、ザッ、ザッ)

とか言っている間に包囲が完了したらしく、喫茶店内に雪崩れ込んでくる武装集団。

   ガシャン!

そして、その一人が俺達の席のテーブルを蹴倒した。
やった当人は、勢いと言うか示威行動のつもりなんだろうが愚かな事だ。
自ら、己の死刑執行書にサインするとは。

「嗚呼! 最後に食べようと思っていたサクランボが! なんて…なんて事をするですか、貴方!!」

それまで、この世の幸せを独り占めしたかの様な空気を振り撒きながらチョコレートパフェを頬張っていた笑顔の激変と同時に、
怒りに任せて放たれたATフィールドにより、サイコキノで折檻される皆○二尉っぽく壁にめり込む武装兵士A。

「絶対に許しませんです! 表に出やがれです!」

その裂帛の気合と共に、そのまま壁が崩壊。
周り兵士達も、もんどりを打って外に放りだされる。
う〜ん。出来ればドア方向にやって欲しかったね。
まあ、どの道、襲撃があった時点で、この店の命運は尽きているんだけど。(笑)
カウンターの下で震えている店長とウエィトレスさんには、せめて多額の慰謝料&迷惑料を。
これから殲滅される連中に請求して貰うとしよう。

    ズガガガガガッ〜!(チュイン、チュイン)

そんなこんなで、武装歩兵三個小隊VSラシィちゃんという、結果の見えた戦いが始まった。
何せ、敵である彼等の主武装は、アサルトライフルとスタングレネード。
肉眼で確認できるくらい分厚く張られたATフィールドの前では、重装甲の戦車に虚しい銃撃を浴びせているも同然なのだ。
実際、アレを破ろうと思ったら、最低でも50sは爆薬を積んだゴリアテ(キャタピラ付きで、移動が可能な誘導式地雷)が。
或いは、インチ単位の大口径バズーカが欲しい所である。

「(カシャ、カシャ)準備完了です! さあ、どこからでもかかってくるです!」

対するラシイちゃんの主武装は、背中のバックパックから出したメイドの七つ道具の一つ、折りたたみ式クイッ○ル・ワイパー。
うんうん、彼女にしては充分理性的な行動だ。
こんな事もあろうかと、事前にガ○ダムSE○Dを例に、コロニー内で加粒子砲を撃つ事の危険性を切々と説いておいた甲斐があったな。

「でやあ〜〜です!」

   ドス、バキ、グシャ

前言撤回。一応、死人が出ない程度には手加減されている様だが、ATC(ATフィールドコート)で強化されているっぽい彼女の得物の破壊力はシャレになっていない。
ハキッリ言って、戦場はもう一方的な虐殺。(?)
例えるならば、棒立ちな敵MSを一方的に切り伏せるソー○スト○イク状態。
おまけに、浮き足だった兵達を収める者が。
部隊の指揮官っぽい男が、運悪く壁の倒壊に巻き込まれたらしくて既に瓦礫の下なもんだから、組織だった撤退行動も取れず、良い様に蹂躙される事に。

あれ? あのガマガエルの様な容姿は、どこかで見た気が。
たしか、最初にバが付く名前だった様な。
バ、バ、バット、バール、バスケット…………駄目だ。ど〜しても思い出せない。
く〜っ、なんて言うかこう、喉元まで出掛かっているんだが。

「やあ。そろそろ俺の出番ッスかね♪」

と、小骨が喉に刺さったかの様な不快感と戦いながら、俺が必死に記憶を掘り起こしていた時、
何故か、日に焼けた肌をした小柄な高校生くらいの少年が戦場に乱入。
緑色と、少々変わった色の瞳で此方を見詰めながら、ラシィちゃんに向かって『動くな』と宣まいやがった。
だが、当然ながら、逆上した彼女がそんな制止に応じる筈が無い。
『邪魔です!』とばかりに、いかにもザコキャラっぽくアッサリと張り倒される。

って、ヤバイな。遂に無関係な一般人まで巻き込んじまった。
だがまあ、アレはもう自業自得だろう。何せ、危険だと判りきっている相手の真前に無造作に進み出たんだから。
まったく、危機感と言うか生存本能ってのが無いのかね、今の若い子は。
それも、木連でコレとは。怖いね〜、平和ボケって。
嗚呼、太陽系の将来が心配だ。

「チョコパフェさん、貴方の敵は取ったですよ!」

そんなこんなで、脳味噌が程好く温かそうな少年が昏倒した数分後、敵部隊を全滅させ己の攻撃衝動を満たしたっぽいラシィちゃんの勝鬨の声が。
終ったな。この件はもう東中将に連絡してあることだし、受取人が来たらサッサと御暇するとしよう。

「お〜い、アカツキ。取り敢えず、此処の修繕費はネルガルで立替といて………って、何を彫像みたいに固まってるんだよ。
 フィリス君達は兎も角、あの程度の銃撃戦で身が竦む様な可愛げのある人間じゃないだろ、お前は。一体、何をふざけて………」

   ウゴカナインジャナクテ、ウゴケナインダヨ、カレラハ

何で?

   サッキノショウネン、ゴートヨリカクウエ。テレパスニヨルアンジガ、カカッテル。

なるほど。アレはラシィちゃんの動きを封じたつもりだったのか。
危なかった。正直、かなりヤバイ能力の持ち主だったんだな。
だが、相手が悪かったな少年………って、チョッと待て! じゃあ、何で俺はその対象から外れているんだよ。

   アンタハ、ギジダイヨンカテイ。アノテイドノチカラジャ、ナイノトオナジ

………取り敢えず、アカツキ達の暗示を解け。

    アイヨ

かくて、アークの唯一の取り得によって、徐々にスローモーションの倍率が低くなっていく映像の如く、ゆっくりと通常動作に戻って行くアカツキ達。まずは一安心といったところか。
だが、……………嗚呼、なんなんだろう、この喪失感は! 何故か知らんが、何か取り返しのつかない事が起こっている気が猛烈にする!

   ブルルル、ブルルル

と、苦悩する俺の下に、再び緊急のメールが。取り急ぎ確認したその内容に思わず絶句する。
あの後、アチラにも襲撃があったが、アニタ君の活躍もあって首尾良く撃退。目出度い事だ。
ゴートの特殊能力で襲撃者達を洗ったところ、その正体はクリムゾンの特殊部隊。まあ、此処までは良い。
いや、事がテシニアン島で。クリムゾンの勢力化で起こった以上、実際には色々問題なのだが、此方からそれを指摘しても得るものなんて無いので、敢えてスルーする。
問題なのは、この後に続く文章。
なんと、『あの』アクア=クリムゾンが。ある意味、ロバート=クリムゾンよりも悪名高き天下のサイコ少女が、俺との会談を求めてきたのだ。
しかも、文末には『来て下さらないと、アクア、泣いちゃうから』とある。
これが、言葉通りの意味でないのは明白だ。
おそらくは、俺自身との直接交渉でなければ、ライザの引渡しを拒否するという意味だろう。
ついでに言えば、ゴートとアニタ君の安全も交渉材料の一部と言ったところか。

(フッ)噂などアテにはならんな。祖父顔負けな、中々に狡猾な手口を使ってきやがる。
そんな感想を抱きつつ、この後のスケジュールを再調整。
フィリス君に、いずれこの埋め合わせをする事を約束すると共に、予約しておいたレストランへは、俺の代理としてカヲリ君に同行してもらう事にした。

さて。鬼が出るか? 蛇が出るか?
いずれにせよ、今は公務が。パーティへの出席が先だ。
取り敢えず、今回の黒幕の顔でも拝んでくるか。



   〜 午後9時、火星駐屯地のイネスラボ 〜

戦い済んで日が暮れて、今日の騒動も一段落を迎えた。
だが、責任者的な立場の人間にとっては、ある意味、此処からが本番だ。
そう。とかく厄介事というものは、実は事後処理の方が遥かに難しかったりする。
しかも、此方の処理能力を明らかに逸脱した難易度設定となるケースさえ珍しくない。
まして、今回はダークホースが大暗躍。
此方の予測に反し、アクア=クリムゾンは、俺が了承の返事を出すと同時に、ゴート達をテシニアン島から開放。丁重に安全圏へと送り出したのだ。
そこからカヲリ君にジャンプで運んで貰ったのだが………その内訳は、ゴート達だけでは無く、数十人の襲撃者までセットになっていた。
正直、彼女の意図がまったく読めない。おまけに、その内の一人が大問題だった。
そんな訳で俺は、目の前のベットに寝かされている昏睡状態の少女を。
今回の事件がきっかけで救出に成功したらしい、元優華部隊隊員の王 百華ちゃんを前に途方に暮れていた。

彼女を包む、拘束具を兼ねた厚手の寝巻き越しにもハッキリと判る、その豊かなバストに思わず溜息がでる。
実は彼女、向こうに居た間にかなりヤバイ薬を投与されたらしくて、その外見が大きく変化。
かつては小学生を名乗っても充分通用したであろう華奢な幼女体型が、別人の如く、野性的で肉感溢れるグラマーな身体に。
背丈も十五p以上伸びており、黒を基調とした濃い目のメイクと相俟って、いかにも『悪の女幹部です』といった外見となってしまっているのだ。

もっとも、これ自体は大した問題じゃない。
幸い、肉体自体には大した後遺症は無いらしく、イネス女史の見立てによると、遅めに来た成長期との相乗効果によって引出された結果との事。
言ってみれば、洗脳された美少女が辿るお約束の亜流。物語後半に登場する敵陣営の新キャラで、正体は物語中盤で誘拐された妹分の少女というケースだ。
そして、本来ならば、ラスト直前に重傷を負い、そのショックで洗脳が解けるという王道な展開が。
敵陣の真っ只中にも拘らず、主人公の腕の中で荘厳なBGMをバックに独白しつつ死亡。
クライマックス感を高めると同時に、さりげなく敵首領の弱点を暴露するという心憎い構成に。
もしくは、適当な理由で復活し、そのまま何食わぬ顔で主人公のハートをゲット。
エピローグで、小姑と化したそれまでのヒロイン役との小競り合いを描いてハッピーエンドとなったりするのだが、
彼女の場合は、優華部隊を始めとする関係者達を驚かす為の一発ネタで終る話でしかない。
そう。これが、肉体の成長だけならば!

真に問題なのは心の後遺症。
度重なる洗脳と投薬の結果、仲間達と過ごした間に育まれた御茶目な性格とその記憶が総て失われており、
今の彼女には、殺人人形としての自我しか残されていない。
つまり、ヤマザキの爪痕は、別の形で。それも、最も許し難い形で刻まれていたのだ。

嗚呼、何も出来ない己の無力が恨めしい。
戦闘要員と敵陣営の提督という間柄だった故、さして交流があった訳では無いが、
それでも、大戦中の在りし日、無邪気な笑顔を振り撒きつつナオを追いまわしていた頃の彼女を知っているだけに、やりきれない思いで一杯……………って、チョッと待て! 
もしかして、ひょっとして……………アーク!!

   アイヨ

この間、コアを介して惣流=キョウコ=ツエッペリンの自我意識にダイブした様に、百華ちゃんの心の中にもダイブ出来るか?

  デキルヨ

良し! 早速、やってくれ!

   ゴジマンノ、リンリカンハ、ドウシタノ?

棚上げするしかないだろうが、この場合!
イネス女史をして手も足も出ない現状では、他に方法が無い。

   イツゾヤミタイニ、テキトウナリユウヲツケテ、アキラメレバイイジャン

……………早くやれ。でないと、俺のSPの続く限り折檻フルコースだ。

   アイヨ

そんなこんなで繋がれてゆく心のバイパス。安堵と共に、思わず溜息が漏れる。

まったく。もう一年以上も………否、よ〜く考えると、有史以前から人類を見るとはなしに見ていた(見守っていたなんて脳が腐っても考えるもんか)癖に、
何でこの辺の機微が身に付かないんだか。
とゆ〜か、オペレーション・リバースエンド(約一年前に実行された、木連への奇襲作戦)の虐殺を、俺が欠片も気にしていないと本気で思っているんだろうか?
(ハア〜)多分、考えた事も無いんだろうなあ、こういう繊細な心の問題なんて。

俗に、溜息を一つ吐く度に幸せが一つ逃げてゆくと言うが、仮にそれが事実だったとしても、もうとっくに在庫切れだろうから気にしない。
この辺、所持金がゼロだと、教会での復活や宿泊費がタダになる某RPGのバグと同じ境地。
『貧乏も底を突けば怖いもの無し』と言うやつである。
胸中にてそんな戯言を玩ぶ事で、ささくれ立った己の心を宥めつつ、俺は百華ちゃんの心の中にダイブした。

『少女よ、何故に死を求める?』

『生きているのが。クリムゾンの姓が重いのです』

最初に出てきたのは、小さなモニター画面だった。
おそらくは、襲撃前の状況確認。別荘内を盗撮したものを見ていたのだろうが………何だってこんなものが一番最初に。
いや、それ以前に、この映像が事実とは認めたくない。
と言うのも、画面に映るゴートのヤツは、何故か、シャレで作った俺の物をやや簡素にした感じの神官服姿。
おまけに、アクア=クリムゾンまでが、シスターの仮装をしていたのだ。
これが現実世界のものだったら、真っ先に『ドッキリ』を疑うところである。

『ふむ。確かに、姓は束縛であろう。
 だが同時に。汝に自由を、今の豊かな生活を約束するものではないのかね?』

『いいえ、私は只の人形。そして、この別荘はショーケース。
 所詮は、お爺様の延命の為に飼われているだけの存在にすぎません』

訳が判らないが、双方共に兎に角マジな表情。
まるで、これまでの生を懺悔する者と、その告解を受ける神父の様な雰囲気を漂わせいる。
畜生! 俺は、ミステリー・ゾーンにでも迷い込んじまったのか?

『お爺様が求めているのは、クリムゾンの呪いを受け、不老長寿の妙薬となった私の血だけ。
 叶う事なら、この身を引き裂いて全身に浴び、ジーク・フリートの如く不死身となりたいのでしょう。
 神話とは異なり、そんな事をしても無意味なので実行には移さない………只、それだけで御座います』

『愛ゆえの擦れ違いなど、良くあるものだ。
 此処へ汝を閉じ込めたのは、汝を守る為とは考えられないかね?』

『いいえ。その証に、血の契約の為、お爺様は10年前に私を。
 そして、他の男が近付かぬ様、ある事無い事よからぬ噂を………
 いえ、どの様に言い繕ろうと、所詮は畜生道に身を落とした亡者の繰言。お笑い下さいませ、大神官様』

ギャ〜ッ! 大神官!? なんてこった、チョッと見ない間に増長しまくってやがるぜ、ゴートのヤツ!
おまけに、あの妖怪ジジイの活力の源は、アクア=クリムゾンの血!?
ああもう、どこから驚いたら良いのやら。

『己を卑下するのは止めるのだ、少女よ。
 家柄も異能の才も、所詮は人が生きて行く為に道具に過ぎん。疎ましいのであれば、どちらも捨ててしまえば良い」

『ですが、その様な事は叶わぬ夢………』

『問題ない。確かに、今すぐには。この身には敵わぬ技ではあるが、我がタオのお力を持ってすれば造作も無い事だ』

『まあ』

ゴートの安請け合いに、一筋の光明を見付けたかの様に可憐な顔を輝かすアクア嬢。
って、チョッと待て! 俺には出来ないぞ、そんな器用な事!

……………いや、アークの上役になら出来るのか。サードインパクトのドサクサに。
あの馬鹿も、考え無しに無責任な事を並べ立てているじゃないかった訳か。
確かに、そういう事情ならば、俺としても協力するに吝かでは無い。
まして、それがあのジーサマへの手痛い一撃となるのであれば、此方としても願ったりだ。

それにしても、彼女を彩る数々の悪評は総てデマ。
実は、実の祖父によって束縛されたなんて。
しかも、最後にはゴートなんぞに引っ掛っちまうとは。なんて憐れな………

『だが、今のは総て嘘なのだろう?』

『はい♪ チョッとしたオチャピーです、大神官様(ハート)』

………前言撤回。一体どういう会話なんだ、今のは?
嗚呼、二人の思考論理が欠片も理解出来ない。
とゆ〜か、こんなモンを見せられて、なんで小揺るぎもしないんだろ、百華ちゃんの自我意識は?
あっ。とか言ってる内に突入命令が。

   バタン

そんなこんなで、二個小隊程の兵士を率いて別荘内に。躊躇いも無く、かの魔境へと踏み込む百華ちゃん。
どうやら、恐怖心というものが麻痺させられているらしい。

『(フッ)愚かな。汝らが既に潜入し、このタイミングで攻めて来る事は、我が異能力にて読めていたわ。このゴートが、何の備えもしていないと(バキッ)ぷげら!』

まずは、何やら長口上を垂れているゴートの側頭部に旋風脚を叩き込む。
そして、『良し!』と、俺がその妙技に感歎している間に、その後ろの聖壇にて赤子をあやしていたライザの確保に。

   ガコン

だが、なんとこれが本当に罠だった。
ゴートが、あえてあの位置から動かなかったのは、彼女の突入コースを限定する為だったらしく、
ヤツの狙い通り、勇ましくも先陣をきって突入した百華ちゃんを包囲する形で、突如、ガラス状の硬化テクタイトの壁が四方を囲んだのだ。
動揺する、後陣でアサルトライフルを構えていた兵士達。その背後から、

『ウエルカム♪』

そんな彼等を殲滅すべく、隣室へと繋がるドアからアニタ君が登場。

『ヘ〜イ、ゴ〜!』

イマイチ気合の抜けるイントネーションの掛声を放ちつつ、一本足打法に構えた真紅の棒を、間合いを無視して無造作にフルスイング。
それに合わせ、1m程の長さだったそれが、孫悟空の如意棒の如く10m近くまで伸び、別荘内部の兵士達を痛打。横薙ぎに薙ぎ払い、一網打尽にした。
ちなみに、本来ならば、これだけの質量と遠心力を伴った攻撃を食らったら即死ものなのだが、そこはそれ、彼女ならではの技術によって、チャンと手加減がなされている。
そう。彼女の得物は、彼女自身が作り出した特別製。
重量を無くしてスポンジレベルまで柔らくする事も出来れば、鋼鉄よりも固くし、その穂先を鋭い槍状にする事も可能。
おまけに、前述の様に伸縮も自在と、これがTRPGだったらゲームバランスを崩壊させかねない万能兵器なのだ。

『ヘ〜イ、バ〜ン!』

とか言ってる間に、室内の敵を掃討完了。 窓から乗り出し、別荘を包囲していた後詰の兵士達を、これまた手加減のなされた熱線砲で狙撃するアニタ君。
う〜ん。頭じゃ判っていたつもりだったが、こうして実戦を見ると、彼女ってば本気で戦闘能力が高いな。
これで、当人は至って平和主義者。特に血を見るのが大の苦手で、水準以上の料理の腕を持ちながら、魚も捌くところを見てもキャーキャー騒ぐんだから笑ってしまう。

『…………任務失敗と判断』

と、此処で初めて、僅かに動揺する百華の自我意識。
そして、奥歯に仕込んであった毒薬にて自害を決意するが、それを読んだらしいゴートの手によって、透明な牢獄内に睡眠ガスが噴出され、その意識は闇に沈んだ。

………
……

って、チョッと待て! コレで終わりか! 彼女の記憶は、これで全部なんかい!

   ソウダヨ。ダッテ、キョウカショチカンリョウトドウジニ、ジッセントウニュウサレタンダモン

なんってこった!
う〜ん………と、そうだ! 彼女もLCLに還元して、大戦終結直後の状態に戻せば良いじゃないか。
ついでに、例の暗示も、その時に消しといて貰えばモアベターだな。

   ムリ。カラダガ、カコニサカノボッテイルワケジャナイモノ。

そう言えば、アークの上役もそんな事を。 正確には、過去の状態に戻すんじゃなくて、単に肉体のテロメアを操作して若返らせ、記憶を取捨選択して消すだけだって言っていたような。
って事はつまり………単に身体が若返るだけで、初期化された記憶は戻らないのか?

    ソウ

したり顔(?)で、アッサリと止めを刺すな〜!
ってゆ〜か、なんかこう起死回生の策は無いんか? 曲りなりにも、神様の候補生の風下に、厚かましくも居座っている存在だろ、お前は!

   ソ…ソコマデイウ

言ったがどうした! 文句があるなら、この状況を何とかして見せろ!

    ムリ

うが〜〜〜っ!

   バタン

「御任せ下さい、タオ! 貴方様の忠実な下僕めが、この絶望的状況を打開しうる画期的な策を携えて参上致しました!」

終ったな、何もかも。
胸中で、そっとそう呟く。正に、止めの一打ち。息せき切って室内に侵入してきた、相も変わらず神官服を着込んだままな変態の最後通牒によって、俺の心は諦観に塗り潰された。
ううっ、ゴメンよ百華ちゃん。無力なオジサンを許してね。

「肩を落とされてるのは、ゴートさんの話を聞き終えてからになさって下さいな、提督。
 少なくとも、現状を打破しうる策である事は保障しますわよ」

と、そこへ、無駄に縦横の面積が大きな死神の背後から天使の声が。

「ほ…本当かいカヲリ君?」

「はい。只、少々倫理観を無視した行為であり、正直に申しますと、私としては賛成しかねる策なのですけれど。実行するか否かの判断は、提督に御任せしますってことね」

やや顔を曇らせながら、そう宣うカヲリ君。
ううっ。やっぱ、世の中そう甘くはないのね。(泣)
だが、僅かでも可能性があるというならば是非も無い。何せ、神様はアテにならないし。
さあ、逝こうぜ悪魔!

「メインとして、一年程前からラピスちゃんが編集中だった、先の大戦のドキュメンタリー映画、『時の流れに』の映像を使用する予定ですが、
 それだけでは単に記録をなぞるだけの行為に過ぎません。
 肝心の心を。当時の感情を呼び覚ます為には、百華さんの関係者全員の協力が必須ってことね」

かくて30分後。すぐに脱線するゴートの繰言をカヲリ君が補足・要約する形で策の内容が語られ、最後に、彼女がそう締め括る事で終了した。

胸中で、それを吟味する。
正直、確かに人として誉められる様な策じゃない。
何しろ、彼女の自我意識の中に多人数で押しかけ、強引に記憶を引っ張り出そうと言うのだから。
カヲリ君が嫌悪するのも無理ないと思う。
おまけに、最悪、暗殺者と言う名の人形から、王 百華という役柄を演じる人形へと変えるだけの行為に終るかもしれない。
だが、それでも実行するだけの価値はあると思う。
何故なら、例え最悪の事態となったとしても、俺が口を噤んでさえいれば、優華部隊の心の重しが、幾らかでも軽くなるからだ。
そして、この身はとっくに地獄逝きが決定している。今更、罪業の一つや二つ増えたところで同じ事だ。

「本作戦を承認。コアにダイブするのと同じ要諦にて王 百華の精神世界に入り込み、その記憶を呼び覚ます」

「あら、それだけですの?」

作戦の実行を決意した俺に、カヲリ君が痛い所を突いてきた。

多分、彼女は気付いているのだろう。
前述の正攻法が失敗した場合、俺がもう一つの策を。
半強制的な記憶の刷り込みを行い、あの娘の中に、王 百華に酷似した人格をデッチあげるという鬼畜にも劣る真似をするであろう事を。
一瞬、カヲリ君にも片棒を担いで貰おうという誘惑に駆られてしまう。
まったくもって度し難い男だな、俺は。

「勿論、それだけだ」

馬鹿な考えを振り払いつつ、彼女の気遣いを謝絶する。
そう。これは、俺一人が背負うべき罪業だ。
たとえバレバレだったとしても、絶対にカヲリ君を関わらせる訳にはいかない。

「それじゃ、後は参加者を募ると共に、スケジュール調整をしてからと言う事で」

そう言って話しを締め括り、半ば強引に二人を退室させると、
俺はもう一つの問題を片付けに。
ライザに、今後の身のふり方をレクチャーすべく、待たせている別室へと向かった。

「そんな訳で、今後、君達親子には、とある場所にて生活して貰う。
 そこは現在、さる特殊な戦時下にあるんで、完全に安全とは言い難いが、各種防災設備は整っているし、イザとなったら、そこを出て別の就職口を探してくれても構わない。
 平たく言えば、これから世話する会社は、あくまでも此方のオススメというだけであって、最終的な判断は君に任せるという訳だ」

かくて、『安全の見通しが立たない限り、一切の情報提供は約束できないわ』といった切り口上を皮切りに、
頑なに此方との歩み寄りを拒否する雰囲気を漂わせているライザに対し、一時間以上に渡って誠意溢れる説得を行ったが、ほとんど関係は改善されなかった。
仕方なく、そのまま今後の展開についての話に移ったのだが、俺が『これ以上の安全策は無い』と自負するその内容が、何故か彼女のお気に召さないらしく、
その視線は、当初以上に険しいものに。

「(コホン)まあなんだ。取り敢えず、俺が失脚して国家反逆罪とかで電気椅子送りにでもならない限り、そこに居れば絶対にクリムゾンには見付からないと保障しよう」

そんなこんなで、そのプレッシャーに耐えつつ、俺は一通りの説明を終えた。

「随分と自信タップリじゃない」

言外に、『クリムゾンの怖さを判っていないのね』と鼻で笑うライザ。
だが、その物言いこそ彼女が。ひいてはクリムゾンが、俺の陥っているこのフザケた状況を知らない証拠である。
(フッ)まずは、精々驚いて貰うとするか。

「そうさなあ。多分、半日も暮らせば、イヤでも納得すると思うぞ。
 まあ、騙されたと思って、取り敢えずコイツを持ってそこへ行ってみてくれ」

そう言いつつ、俺はライザに、当座の生活費が入ったキャッシュカードと、マーベリック社の女性用制服一式を差し出した。




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