>SYSOP

時に、2015年8月30日。
その日の午後。丁度、イネスラボにてシンジの身体を元に戻す方法は皆無であるとの絶望的な結果が出ていた頃、芍薬の201号室にて、とある私的な裁判が開かれていた。

「(カン、カン)判決を下します。取り敢えず死刑」

「早っ! とゆ〜か、おざなり過ぎッス。何の審議も無しにそれは無いッス」

開廷と同時に裁判長役の百華より下された死刑判決に、猛然と抗議するイマリ。
そんな彼を冷やかな目で見詰めつつ、

「判ったわ。身内の誼で、一応それっぽい事もしてあげるわね。まあ、無駄だとは思うけど」

と言った後、百華は一転してハイテンションな口調で、

「被告人イマリ、いたいけな少女を毒牙に掛けた挙句、敵に寝返った罪で………ジャッジメント!」

イマリをビシっと指差しつつ、さりげなくコミニュケをオンに。
それによって、彼の目の前に桃色髪の少女のバストアップが映しだされ、

『イマリに対して裁判長『王 百華』の要請により、遥か異次元の彼方にあるナデシコ裁判所から判決から下される』

彼女の口から、フラットな口調でそんなナレーションが。
そのまま一秒、二秒、三秒と沈黙が続き、タップリと溜めを作った所で、

   ブッブブー

ブザー音と共に、ラピスは無言のまま両手を胸の前でクロスさせた。
と同時に、卓袱台の向こう側の。陪審員席のアスカ、レイ、マユミの三人もそれに習う。勿論、『×』だ。

「デリート許可!」

「って、なんなんッスかそれは!
 再審とか上告とかも無いッスか、この裁判は? 戦時下の軍法会議だって、刑の執行までにはもう少し手順を踏むッスよ!」

「あんたバカァ? 少しは自分のヤッたコトを考えてからモノを言いなさいよ。情状酌量の余地なんてある訳無いでしょ!」

「うっ!」

再び猛然と抗議の声を上げたイマリだったが、アスカの突っ込みに息を詰らす事に。
そう。初の単独任務に『これ以上は無い』ってくらい力の限り失敗した挙句に、厄介事の種を山程持ち帰ってきたのだ。
正直、自分でも釈明のしようが無いと思う。かつての部署に所属していた頃ならば、とっくに生を諦めていた状況だろう。
チラっと、弁護人席に座るミリアさんの様子を伺う。
相変わらず、この殺伐とした裁判の一部始終を微笑ましそうに。まるで、小さな子供のゴッコ遊びを前にした母親の様な雰囲気で此方を見詰めている。
事態を理解しているのか? それとも端から自分を見捨てているのか?
いずれにせよ、頼りになりそうもない。

「ま…待った! せめて兄貴が! 判決は、兄貴が帰ってきてからにして欲しいッス!」

そんな訳で、イマリは最後の命綱に縋った。
だが、現実は常に非情だった。

「ナオ様なら、昨日から出張中。明後日まで帰ってこないわよ

妖艶な微笑みを浮かべつつ、容赦なく止めを刺しに掛る百華。
そして、『気は済んだかしら?』と言わんばかりに肩をポンと叩きながら、

「ちなみに、刑のメニューとしては、『撲殺』と『刺殺』と『絞殺』と『銃殺』と『ムチムチプリン卵攻め』の五種類があるんだけど、どれが良い?」

「どれも嫌ッス! 特に最後のは最悪ッス!」

声を限りに絶叫するイマリ。
だが、グルグル巻きに縛られた蓑虫状態ゆえ、逃げるに逃げられない。

無論、その気になれば魔眼を使ってアスカ達に縄を解いて貰う事は出来るのだが、所詮は只それだけの事。
百華の姉御を篭絡出来るか否かは微妙な線(延命措置に伴う能力の弱体によって、強固な意志を持った人間には魔眼が通じない)だし、
仮に、この場は逃亡に成功したとしても後が続かない。
いずれ兄貴に狩り出されるまでの命。新たな罪科を幾つも重ねた挙句、ラクに殺して貰えなくなるのがオチだろう。

「一寸良いかしら?」

と、イマリが絶望しかけた時、軽く片手を上げながら、ミリアが初めて口を挟んできた。

『もう、ミリアさんたら。そんな消極的な態度じゃダメダメよ。
 こういう時は、胸を張って右手で力強く相手を指差しながら。大胆なカットインから『異議あり!』って、高らかに叫ぶのが法廷作法なんだから』

そんな某ゲームでしか通用しないラピスの苦言を『あら、ごめんなさい』と軽くいなしつつ、ミリアは弁護人からの物件として数枚の調査報告書を差し出した。

その内容はと言えば、最初に高橋ノゾム市長の簡単なプロフィール。
将来を嘱望されたプロボクサーでありながら、心ならずも父親の基盤を継ぐ事になった経緯や、
25歳の時、世界ランキングを上げる為の遠征時代に知り合った5歳年上の恋人と『できちゃった婚』をする筈だった所を、両家の親のエゴによって無理矢理別れさせられた顛末等が。
そして、彼の娘であり、今回の騒動の焦点とも言うべきアイリ=シオンバーグの置かれた微妙な立場について。
北欧系マフィアのゴッドファーザーの孫娘であり、早くに母親を亡くした所為か、まるで漫画の様な箱入り娘として育てられた事。
その所為か、非常におっとりとした性格に。それでいながら、自分付きの若い衆の目を盗んでは屋敷を脱け出し、ナイショで父親に会いに行く行動力の持ち主でもある事が。
最後に、イマリの勇み足によって起こる筈だったシオンバーグ家の報復は、自分の手によって手打ちに。
今後のお付き合い清い交際に限り許すとの向こうのドンと高橋市長の双方から許可を貰ってある事が綴られていた。

「何て言うか、イマリってば上手い事ヤッたわね。所謂、逆玉ってヤツ?」

「前提条件の瓦解を確認。………無罪?」

「そんなワケ無いでしょ、レイ。ロ○コンには人権なんて無いのよ!」

「そうですね。此処は生かさず殺さずがベストかと」

提出された書類によって再審議となり、陪審員席にてボソボソと相談しあう三人娘。
何やら不穏当なセリフが混じっている気もするが、これで流れは大きく変わり、

「(カン、カン)判決を下します。前後の事情を鑑み、減刑し終身刑。執行猶予三年とします」

成○堂弁護士の様に劇的ではないにせよ、見事に大逆転。
今回の私的裁判は、微妙な意図を含んだ、きまぐれオレンジな判決内容となった。



    〜 翌日。高橋ノゾム新市長の私宅 〜

「とゆ〜ワケで、兄貴が尻拭いをしてくれた御蔭で虎口を脱した俺は、コッチの世界での基盤を固める為、明日、高校デビューする事になったッス」

「良かったですね、イマリ兄さま」

そんな脳味噌が常春っぽい………じゃなくて、春の陽だまりを思わせる雰囲気を纏った二人のやりとりを微笑ましげに眺める高橋市長。
彼にしてみれば、休日に娘が居る生活は至極貴重なもの。
しかも、とあるサングラスの男の尽力によって、里親とのトラブルの種も解決済みとなれば尚更である。
それに、直に拳を交えた事もあってか、イマリ個人についても、彼は気に入っていた。

「うむ。些か唐突な気もするが、社会生活を送る上で、学歴は無いより有った方が良いからね。
 ついでに言えば、部活動は学生生活の華だよ。たとえば、ボクシング部とか」

と、些か無理のある事を言い出した挙句、

「おお、そうだ。丁度、此処に、その聖書とも言うべき作品があったりするのだよ」

強引に自慢のライブラリーを披露して洗脳を。
済崩しに、夢半ばで道を違えた自分の後釜に据えようとする程に。
だが、そうした野望に水を差す形で携帯の着信音が。
そう。世間で思われているほど、市長というのは暇では無いのだ。

「そんな訳で、私は官舎の方に戻らねばならないのだが………イマリ君、くれぐれも間違いの無い様にね」

そんな釘を刺す一言を残して、急遽発生したトラブルを解決すべく、慌しく出かけていく高橋市長。
残されたイマリとアイリ。図らずも二人きりというシュチエーション。
もっとも、彼等は市長が危惧した様な展開が起こるには、双方共に精神年齢が低過ぎた。

「う〜ん、困ったッス」

「どうしたんですの、イマリ兄さま?」

「いや、実を言うと、俺、これまで学校ってのに行った事が無いッス。
 んでもって、兄貴達は明日の転校手続きで忙しそうなんで、その辺の心得を市長に聞こうと思ってたんッスよ」

「まあ、困りましたわね。私が御助言出来れば良かったのですが、私も学校には行った事がなくて」

と、此処で、アイリは暫し考え込んだ後、

「…………そうですね。以前、御話頂いたアスカさん達にお尋ねするというのどうでしょう?」

「駄目ッス。良くは判らないんッスが、今、『夏休みの宿題』ってのが佳境らしくて、取り合って貰えなかったッス」

そんなこんなのやり取りの後、図らずも開けっ放しになっていた彼のライブラリーの中から『高校デビューのススメ』を。
その題名に誤魔化され、二人は最悪な参考資料をピンポイントでチョイスしてしまった。
そう。知識に乏しいが故に起こる過ちという点では同種であっても、その焦点のベクトルが全く違う問題が発生したのだった。

【レッスン1】
不良というのは、まず見た目が勝負です。
喧嘩が苦手な人でも、見た目を変えるのは簡単に出来る筈です。
パンチパーマやリーゼントがベストですが、お金がかかるし、手入れも大変です。
スキンヘッドという手もありますが、童顔の人は野球少年に見えてしまうという危険性もあります。
初心者はまず髪を金髪に脱色してみましょう。
薬剤が強すぎると髪が白くなってしまうので注意しましょう。
脱色してもまだ迫力の出ない人は、マユ毛を剃って下さい。
眉間に皺を寄せると、なお良いでしょう。

「どうッスか、アイリちゃん?」

「凄いです。とても精悍に見えますわ、イマリ兄さま

本に書かれていた手順に従って、チョッとだけ脱色してみたイマリの姿を心から絶賛するアイリ。
彼女的には、迫力や威圧感という以前に、彼の髪の色が自分に近くなった事が嬉しい様だ。

【レッスン2】
多分アナタは自分が強くなった気でいますが、それは錯覚です。
あくまで『なんちゃってヤンキー』だという事を忘れないで下さい。

「なるほど。所謂、『形から入る』と言うか、まだ外見をそれっぽくしただけなんッスね」

「危ない所でしたわね、イマリ兄さま」

【レッスン3】
学ランのホックは必ずはずしておくクセをつけましょう。
中にワイシャツを着てはいけません。
柄のシャツ、またはTシャツを着て個性をアピールして下さい。

「良く御似合いですわ、イマリ兄さま。
 何となく、ジョバァーナさんやブチャラティさんみたいです」

こんな事もあろうかと用意してきた転校先の制服を着込んだイマリを、再び心から賞賛するアイリ。
外見的には一気にヤンキーぽっくなったが、彼女的には馴染みの雰囲気だけに寧ろ安心出来る様だ。

「う〜ん、あの人達ッスか。俺としては、兄貴路線の方が良いッスが………まあ、まだ駆け出しだから仕方ないッスね」

彼女付きの若い衆と比べられた事に苦笑い。
いずれはナオっぽく、キッチリと黒服を着こなす路線へと成り上がる事を胸に誓うイマリだった。

【レッスン4】
カバンに教科書を入れてはいけません。
常にカラッポにしてペッタンコにしておいて下さい。
ヤンキー初心者のアナタは「それじゃ、カバンを持ってる意味ないじゃん」と思うでしょう。
そう思うアナタはカバンに鉄板を入れておいて下さい。
敵のパンチをよける時に役立つでしょう。

「なるほど、そういう事ッスか。高校生ってのも中々大変そうッスね」

「意味が判るんですか、イマリ兄さま?」

「勿論ッス。エージェントなら当然の心得ッス。
 ちなみに、俺のシューズにも、破壊力を上げる為に鉄板が仕込まれているッス」

【レッスン5】
昔友達だったマジメな人たちとは縁を切って下さい。
仲間だと思われたら総てがバレてしまいます。
声をかけられてもシカトしましょう。
どうしても出来ない場合はカゲでこっそり会って下さい。
昔の写真は処分しておきましょう。笑顔で写ってる写真など、もってのほかです。

「(フッ)問題ないッス。マジメな友人なんて、俺には一人も居ないッス」

それに、昔のデーターの類も、既に全部処分してあるッス。
先日、自分が生まれ育った施設を襲撃した時の事を思い出しつつ、胸中でそう呟くイマリ。
考え無しに見えても、そういった裏世界の話を軽々しく口にしない程度のTPOは弁えている彼だった。

【レッスン6】
歩き方です。
できるだけ力をぬいて、ダラダラ歩きましょう。
そしてガンをつけられたら睨みかえします。
【補足】街中を歩く時はできるだけ強そうな友達と一緒に歩きましょう。
(強そうな友達をいっぱい作りましょう)

「う〜ん。前半部は良く意味が判らないッスね。
 でも、後半部は完璧ッス。俺には、無意味なまでに強い友人が沢山居るッス」

「良いなあ、イマリ兄さま。私、友達って一人も………」

憧憬の篭った。それでいて寂しそうな顔でそう呟くアイリ。
複雑な家庭環境の所為で、学校へ行った事もないが故の悲劇だった。
そんな彼女を元気付けるべく、

「大丈夫ッス。俺も昔は似た様なモンだったッス。
 アイリちゃんにも、すぐに友達が。ってゆ〜か、既に俺が友達ッス!」

「イ…イマリ兄様は。その、友達ではなくて………(///)

モジモジと赤くなりつつ、何事が呟いているアイリに不審を憶えたが、
すぐに『ああ。ヤッパリ、最初の友達は同性が。出来れば同世代の娘が良いッスね』という誤った推論に至り、チョッピリ凹むイマリ。
そんな、大昔の少女漫画の様な甘ったるい空気を振り撒きつつ、突っ込み役不在なポケポケワールド形成する、チョッと特種なバカップルだった。



そんなこんなで、その翌日。イマリの高校デビューの日。その校門前にて、

「イ〜マ〜リ〜! アンタって子は!」

向こうの親御さん同伴だと思って。
いきなりな転入で、色々と書類の偽造が忙しかった事もあって、つい外泊を認めてやれば、いきなり不良化して現れたイマリの姿に激昂。
出会い頭に、鋭い踏み込みからの大振りな。野球のサイドスローっぽいモーションで掬い上げる様な右掌底を放ってその身体を浮かせると、そのまま空中コンボへ。
それも、ダウンを許さぬ様、倒れる方向へのカウンターとなる形でパンチの連打と、明らかにハメ技っぽい連撃を。

「やれ〜! 舞え〜、ジ○ー=ヤ○キ!」

「おおっ! まさか、この目で舞舞(チョムチョム)を見る事が出来る日が来ようとは。私は今、猛烈に感動している!」

そんな百華(保護者役その一)の猛攻を、無責任に&感極まった面持ちで囃子立てるナオ(保護者役その二)と、徹夜での仕事明けにチョッと様子を見に来ていた高橋市長。
かくてイマリは、転校初日にして学園の伝説となった。(合掌)







オ チ コ ボ レ の 世 迷 言

第12話 グラビティ・ブラストの価値は?





   〜 9月3日 第一中学校体育館 〜

夏休み明けの試運転を終えて、時間割が元に戻り始めた三日目の4時間目。
その日の2Aの授業は体育。男子はサッカー、女子はバレーだった。

   バシッ

173cmと、女子中学生としてはかなり長身な身体から強烈なスパイクが。
上手くブロックの隙間を縫って放たれた事もあって『今度こそ決まった』と確信する。
だが、そんな彼女の想いも虚しく、コートに突き刺さらんとしていたその会心の一撃も、
横っ飛びに床上を平行に飛翔した、短めなボブカットの少女の右手によって弾き返される事に。
全くもって憎たらしい。これで、彼女によって潰された得点チャンスは、一体何十回目だろうか? もう数えるのも馬鹿らしい程だ。
しかも、彼女がダイビングレシーブしたそれは、正確に亜麻色髪のセッターの定位置へと飛ぶチャンスボールに。

慌てて、他のチームメイト達が、赤み掛った金髪の少女のスパイクを封じに掛る。
彼女の得意手は、Aクイックからの高速アタック。
極めて強力な攻撃であり、事実、これまでに十点以上の得点を決められているが、既にタイミングは掴めている。
そのジャンプに合わせ、三枚同時に。全てのコースを潰す形で、ブロックが上手く決まった。
だが、それはオトリだった。

「えい(ペシッ)」

肝心のボールはアスカの前を素通りし、時間差攻撃でアルビノの少女の下へ。
スパイクと見て深く構えていたレシーバー達を尻目に、彼女はチョンと合わせるだけのフェイントを。
そのまま自由落下で。吸い込まれる様にブロックに飛んだ少女達の足下へと決まり、

  ピッピー

これがファイナルポイントとなり、試合はアスカ率いるBチームの勝利となった。
下馬評を大きく裏切り、終ってみれば15対4。圧勝だった。

「め…目茶苦茶よ! いくらネットを低めに設定してあるからって、その身長で! 身体能力高過ぎよ、貴女達!」

思わずそう絶叫する対戦相手の長身の少女。
無理も無い。何せ、彼女達Aチームは6人全員がバレー部員。
しかも、彼女は部のエースアタッカーだったりするのだ。ハッキリ言って屈辱だった。
だが、そんな心からの叫びを、アスカは鼻で笑う様に、

「あんたバカァ? 先にケンカを売ってきたのはソッチでしょうが。
 コッチだって、アンタがワザとマユミやラナを狙うなんてヒキョーな事をやらなかったら、こんな大人気ないマネはしなかったわよ」

「卑怯とは何よ! サーブで隙のある相手を狙うのは当然の事でしょうが!」

「どこの熱血バレー漫画よ、ソレ? たかが体育の授業でそこまで勝負に拘る、フツウ?
 ってゆ〜か、そんな根性だから、実質4対6の勝負にも勝てないのよ!」

そんな売り言葉に買い言葉な口論を。
後難を恐れ、見て見ぬ振りをする体育教師。
そして、唯一その場を収拾し得る力を持ったカヲリとは言えば、

「実質4対6って………私、完全に員数外なんですね。実際、ど〜しようもない運痴なんですけど」

「そんなに拗ねないの。アスカさん的には、あれでも精一杯貴女の弁護をしているつもりなのだから。
 マユミにはマユミの長所があるってことね」

イジケるマユミを慰め、

「ブルマ………とうとうブルマまで。男としての牙城が、どんどん崩れていく。(泣)」

「御免なさいシンジ君。見学の所を無理矢理コートに連れ出してしまって。
 でも、アスカさん同様、私もあの人達には負けたくなくって。勝利の為には貴方が必要だったってことね」

落ち込むシンジを慰め、

「(ポン)大丈夫、とても良く似合っているわ」

「そんな的外れな賞賛は感心しないわよ。TPOを弁えなさいってことね」

シンジの肩を叩きつつ、悪気の無いままに彼女(?)に止めを刺さんとしたレイを諌めたりと、
試合が終った事で空中分解したチームメイト達へのフォローに手一杯で、そこまで手が回らない状態だった。
ちなみに、そんな喧騒の中、6人目の少女たる日暮ラナはと言えば、

「(スゥ〜、スゥ〜)」

コートの隅っこで、今日も安らかに寝息を立てていた。
学年一の才媛でありながら。また、常人を遥に越える身体スペックを誇りながらも、体育の成績だけは抜群に悪い彼女だった。



   〜 20分後。昼休み、2Aの教室 〜

「さぁ〜て、メシやメシ!」

喜色満面にそう宣うトウジ。
お昼を告げるそのセリフを合図に、他の2Aの生徒達も昼食の用意を始めた。
さりげなく廊下側の席に陣取る一般生徒達。
そして、一般的でない生徒達はと言えば、ケンスケの席を基点に窓際に集中。
2学期に入って以後は、向かい合わせる形に机を並べた形で、9人一緒に食事を摂っている。
もっとも、カヲリやヒカリの望み通りの展開と言うにはやや無理のある。
どちらかと言えば、互いの棲み分けが終った結果、それぞれのグループに固まったと言った感じの、甚だ色気に欠ける雰囲気のものだったりするのだが。
実際、6対3の。否、今となっては7対2と言う『それ、何てギャルゲー?』といった感じの、他の男子生徒達から見れば垂涎の環境に置かれながらも、

「しっかし、何やな。(モグモグ)やっぱ、シンジの抜けた穴は大きかったちゅうか、(モグモグ)今日の体育の時間程コッチに居て欲しいと思った事は無かったで」

「やれやれ。まだ根に持ってんのかよ、トウジ。らしくないぜ」

「じゃかあしい。(モグモグ)わしを見捨てたチームメイトその一の癖に、したり顔で語るなて」

と、前学期までと似た様な馬鹿話に花を咲かせるトウジとケンスケ。

前者は完全な天然だが、後者は保身の為の演技が多少含まれている。
そう。今少し色気のある展開を望んでいるであろうカヲリとヒカリには悪いと思うが、
周りが美少女だらけなこの環境で、素直に鼻の下を伸ばしていたりしたら、猛烈な勢いで男子生徒達(一部女生徒)の恨みと嫉妬を買う事になってしまうだろう。
なるべく自然体に。そうした事を意識させない様に振舞うべき。
それが、ケンスケの下した判断である。

ちなみに、今、トウジが不貞腐れている原因は、四時間目の体育で起こったとある事件の所為である。
発端は、ジャンケンで負けて、心ならずもキーパーをやらされた事。
そうした守備的な事は性格的に不向きであるが故に、彼的には、この時点で結構ストレスだった。
しかし、そんな当人の意に反して、資質的には大いに恵まれていた。
そう、彼もまた北斗の弟子。シンジ程ではないが、反射神経の鍛えられ方は並じゃない。
だもんだから、何の気無しに、ロングシュートなど止められて当たり前な。どこかの負けず嫌いなGK張りなスーパーセーブを連発する事に。
その結果、敵チームのサッカー部の部員達がムキになり、オーバーヘッドキックだのセンタリングからのダイレクトボレーシュートだのと言った高等技を披露。
だが、それでもなおトウジの牙城を崩せず、そのままヒートアップし過ぎた結果、アバウトな体育の授業っぽく、後半に入る頃にはルール無用な展開に。
的当ての鬼よろしく四方八方から。終いには、味方からもシュートが飛んできて、もうボコボコにされたのである。
鍛えている御蔭で、肉体的にはさしてダメージは無かったものの、心理的には大ダメージな。チョッピリ人間不信に陥りそうな出来事だった。

「あん時、オマエが居てくれたら、代わりにジャンケンで勝っといて貰ろうてたろうし。
 つ〜か、ホンマは、オマエがMFで、わしがFW。『来い、シンジ!』とか叫んで、強烈なシュートで敵を蹴散らすっつうのをやる筈だったんやで〜」

右隣の席のシンジにヘッドロックをかましながら、そう宣うトウジ。
友人同士のふざけ合い。たいていはトウジがシンジに絡む形で発生している、これまで何度となく見られた良くある光景である。
だが、今は前提条件が違う。それで流せない人間が約二名居る。

「いや、そりゃ無理だって。お前、ドリブル下手糞だもん」

と言いつつ、委員長が『不潔よ〜!』と叫んだり、レイが問答無用の実力行使に出る前に、さりげなく二人の間に割って入り誤魔化しに掛るケンスケ。
笑顔を取り繕ってはいるが、内心は冷や汗タラタラだった。
正直、少女化したシンジに対して、何の蟠りも無く以前と同じ態度を取れる事は、得難い美徳と言うか稀有な才能だとは思うのだが………物には限度というものがあるし。

「つ〜か、無駄にくっ付き過ぎよ、アンタってば。
 今のシンジは曲りなりにも女の子なんだから、もっと丁重に扱いなさいよ」

援護射撃感謝だぜ、惣流!
と、机の下に隠した右手で小さくガッツポーズを取りつつ、言い難い事をスッパと言ってくれたアスカを内心で絶賛する。
ケンスケの立ち位置からは言えない一言だっただけに、正に値千金の価値を持つ苦言である。

「ナニ言うてんねん、アスカ。男か女かっちゅう前に、コレはシンジやで。ンな細かい事まで一々気にしてられるかい」

だが、トウジの性格からしてかなり有効と思われたそれにも、ごく自然にそんな返答が。
チョッとおかしい。少なくとも、一昨日までは。女生徒の格好で自己紹介した始業式では、目茶苦茶意識していた筈なのに………

「少しは気にしろ! つ〜か、何でいきなりアタシの名前が呼び捨てなのよ!?」

「(ハア〜)その歳で健忘症かいな。こないだ『何時までも『惣流さん』や『綾波さん』じゃ他人行儀っぽくて嫌だから名前で呼べ』って言うたんは、オマエやろが」

「アタシはシンジに言ったの! ジャージの分際でアタシとタメ口なんて、100億年早いわよ!」

「うわ〜、ゴーマンや。相変わらずジャイアニズム全開やのう、アスカは」

(止めてよね、そんなツンデレな会話。委員長の機嫌が悪化するじゃないか)

って、ハッキリ言えたらなあ〜
と、仲良くケンカしているアスカとトウジを前に胸中で嘆息。
そのまま『ギブアップ』とばかりに、シンジの対面の席に座るカヲリに目でヘルプを求める。
そんな、ケンスケの要請に応じ、

「(クスッ)どうやら吹っ切れた様ですわね、トウジ君」

と、何時もの華の様な笑顔で毒気を抜き、二人の口論を封じた後、

「おう。男でも女でも、センセはセンセ、シンジはシンジやで」

「大変結構な御返事ですわ。昨日の北斗先生による洗礼は、既に貴方の血肉となっている様ですわね」

と、さりげなく裏面の事情を語るべく、話を誘導し始めた。

「あの件については、口頭で告げるだけでも充分効果的でしたでしょうに。(クスッ)随分と愛されてますわね」

「いや、そない大袈裟な。つ〜かソレ、表現がチョッと違うて、カヲリはん」

パタパタと手を振りつつ、そう突っ込むトウジ。
だが、軽く流そうとする彼の意図を封じ、カヲリは、さも意味ありげな微笑みを浮かべつつ、

「あら。北斗先生の裸身を見た事がある人なんて、あの方の故郷でさえ数える程しか居なくってよ。
 それに、いきなり証拠を突きつけられた事でインパクト抜群だったでしょう? それこそ、価値観の崩壊に値する位に」

「え〜と………なんつうか、概ねそんなカンジや」

「それこそが北斗先生の狙いですわ。
 正に身体をお張りになっての訓辞。貴方にだけは、シンジ君に隔意を持って欲しくなかったってことね」

カヲリの説明に、『そうだったんか(のか)』と言わんばかりな、チョッと感動の面持ちとなる木連流影護派の門弟達。
ケンスケもまた、トウジがシンジの今の性別を気にしなくなった理由を察して納得顔となる。
だが、裏面の事情を知らない者には、この説明だけで判る筈もなく、

「チョッとカヲリ。結局、どういう事なの?」

色々と別の勘繰りをして、
『ひょっとしてBL? しかも、両刀?』『北斗先生の裸体、筋肉、碇君には不要なもの。そう、あの人は敵なのね』『ふ…不潔よ!』
と、それぞれ内心でパニくっている友人達を尻目に、思い当たるネタが無いらしく、アスカはキョトンとした不審顔でそう尋ねた。
それを受け、カヲリは悪戯っぽい微笑みを浮かべながら、

「(クスッ)この件については、あまり詮索しない事をお勧めしますわ。知らない方が精神的幸福ってことね」

「今更、あの地球外生命体教師がナニやったとしても驚きやしないわよ。前置きは良いから、サッサと教えてってば」

「はいはい。それでは、今少し近くに寄って下さいませ。少々刺激が強過ぎる御話。他の方達には秘密ってことね」

言われるままにカヲリに近寄り耳を欹てるアスカ。
レイとマユミもそれに習い、一拍送れて、意を決したヒカリもナイショ話の輪に参加する。
それを確認した後、カヲリは徐に。
すぐ傍に居る三人だけに聞える位の小さな声で『実は、北斗先生は女性ですの』と、何気に彼の人の本国でも、あまり認知されていない事実を告げた。

「「「う…嘘〜〜〜っ!」」」

「ホンマやて」

絶叫する三人娘を前に、チョッピリ優越感に浸りつつそう呟くトウジ。
と同時に、初めて生で見た肉親以外の異性の裸がアレだった事が、チョッピリ悲しくもある彼だった。
ちなみに、北斗にその身体の秘密を告げられた後、つい『此処は是非、口直しに枝織はんのヌードも!』と漢気溢れる心からの叫びを上げてしまい、
赤面した師匠にボコボコに殴られたのは、その場に居た二人だけの秘密である。



   〜 午後6時。帰宅途上 〜

本日はヤボ用とかで北斗が不在だったので、修行の方は自主トレだった。
軽くウオームアップを済ませた後、各々、習った套路の反復練習を主とした訓練を。
だがそれは、唐突に振り出した夕立によって中断する事に。

  ジャッ、ジャッ、ジャッ、ジャッ………

「ひゃあ〜! こら、タマランわ」

土砂降りの雨に見舞われながら、家路を急ぐトウジ達。
途中、彼とシンジの脚力に友人達(アスカは、保身の都合上ほぼ毎日。ケンスケも時々見学に来ている)が付いて来れず、仕方なく 近くのスーパーの軒先に飛び込む事に。

「これは止みそうもないね」

水滴を払いながら空を見上げ、そう呟くシンジ。
彼の頭上には、灰色雲が厚く敷き詰められ、そこから滝の様な豪雨が降り注いでいる。

   ピカッ!
       ゴロゴロゴロ………

一瞬、空が光り。数拍置いて地鳴りにも似た重低音が。
どうやら、落雷の方は左程心配無い様だ。
だが、先の見立て通り、一時の雨宿りの間に降り止むのは無理っぽい。

「マイッタわねえ」

腕組みをしたアスカが唸る。
だが、そんな困り顔の友人達を尻目に、

「シンジ。折角だから、もうチョッと悲しげな顔で土砂降りの空を見上げてくれないか?
 ああ、惣流も。どうせ腕を組むなら、もっと下の方で。胸を隠さない形で組んでくれると嬉しいんだが」

こんな事もあろうかと、厳重な防水処理を施してある愛用のデジカメを構えながら、水を得た魚の様に生き生きとそんな戯言を宣うケンスケ。
被写体への愛が産んだうっかりセリフであり、彼的には悪気は欠片も無いのだが、この一言は、只でさえ容量の少ないアスカの堪忍袋の尾を切るに充分なものだった。

「シンジ(ピッ)」

アーヴっぽい微笑みを浮かべつつ、彼女は立てた親指をクルリと下に向ける、ゴー・トゥ・ヘルのサインを。
それを受け、シンジは滑る様な動きでケンスケの懐に潜り込むと、彼が反応するよりも早く、右手刀で肘の内側を打ってデジカメを取り零させ、アスカにパス。
そのまま、痺れて抵抗力の奪われた左腕を捻り上げた。
だが、そんな御仕置チックな攻撃も、

「うおおっ! カメラが! 手がメッチャ痛いのに、背中に押し当てられた柔らかでありながら弾力のある胸の感触が何とも。
 畜生! シンジ、お前は俺にどうしろって言うんだ!」

と、既にスイッチの入っていたケンスケには、あまり効果が上がっていなかった。
そんな某組織のメンバーを彷彿させる様な痴態に呆れつつ、アスカは更なる一手を。

「(ハア〜)アンタってば、全然懲りて無いみたいね。
 まあ良いわ。取り敢えず、今撮ったのは消去して………」

「って、止めろ惣流! ぶっとばすぞお!」

ジタバタと暴れるケンスケ。だが、関節部を完璧にホールドされている為、シンジの拘束は小揺るぎもしない。
結果、ブンブンと目茶苦茶に右手を振り回すだけの滑稽なものに。
それを、さも楽しそうに眺めながら、

「ホーホホホホッ。カメラ如きにナニが出来るっていうの。
 あっそれ、ポチっとな。……………って、ゴメン。間違えてメモリーを初期化しちゃったわ。てへ♪」

「もろぞぶんがあ〜〜〜っ!」

血涙を流しつつ悔しがるケンスケの姿に溜飲を下げるアスカ。
コレまでチョコチョコ堪っていた借りを一気に返した形なので、結構爽快だった。
とは言え、何時までもこんな所で即席コントなどやっていても仕方が無い。
チラっと、土砂降りな空を一瞥した後、

「ホラ、もう行くわよ。ジャージは、イイ感じに廃人化してるカメラを。シンジはペンペンを背負ってやんなさい。多分、その方が早いわ」

そう言いつつ、彼女は鞄を頭の上に掲げながら雨の中に飛び出した。



   〜 15分後 芍薬101号室 〜

「ぐわぁ〜! 靴がもう、水入ってカッポガッポやで。気色ワル〜〜」

「ううっ、俺の写真が。アレは会心の手応えだったのに………」

零夜から渡されたタオルで身体を拭きつつ、ふって湧いた災難を愚痴るトウジとケンスケ。
そして、彼女に勧められるままに既にペンペンが先行している風呂場へと直行した。
シンジも、何の気無しにそれに続こうとする。
無論、他意は無い。チョッと前までならば、日々の修業の後、仲間達と共に入浴するのが日常だったのだが故の反射的な行動である。
だが、今となっては誤解を招く基であり、零夜の勘気に触れる行為でしかない。
襟首を掴まれ、『もう頼んであるから、シンジは綾波さんの所で御風呂を頂いてきなさい』と、再び外に放り出される事に。

「ううっ。やっぱり、女って不便だ」

バタリと閉じられたドアを前に、思わずそう愚痴るシンジ。
何せ、精神的には思春期の男の子。それ故、零夜の勧めに従うのは、どうにも気が進まない。
だが、このままベチャ付く衣服でいるのも気持が悪い。
おまけに、先日など『嫁入り前の娘が、風呂上りの姿を人前に晒すなど言語道断です!』と、理不尽な理由で叱られた身。
多分、トウジ達が上がってくるのを待っても無駄だろう。

仕方なく、シンジは重い足を引き摺りながら御近所さんへ。
クラスメイト達の住む104号室へと向かった。
何となく嫌な予感がするが、他に選択肢が無かったが故に。



「あの。綾波さん………じゃなくて、レイさん。
 そろそろ勘弁して………とゆ〜か、いい加減離れて貰えない? ご高説はもう判ったからさあ」

「駄目。最初が肝心」

毎度の事ながら、彼の悪い予感は図に当たった。
マユミが揃えたと思われる少女趣味丸出しな小物の並ぶ浴室にて、何とも居心地の悪い入浴を済ませた後、礼を言うべくリビングに顔を出したら、
夕方のニュースを見ていた二人から揃ってブーイングを浴びせられる事に。
何でも、自分の様にサラッとした髪質は日々の手入れが肝心とかで、バスタオルで適当に拭いただけなど、彼女達に言わせれば神をも恐れぬ暴挙らしい。

「そうね。レイも当初は酷いものだったもの」

タオルに水を含ませる様に丁寧にシンジの髪を乾かしているレイの姿を前に、感慨深げにそう宣うマユミ。
そう。これは彼女の巧みな誘導尋問によって、チョイチョイとシャンプーを付けて流しただけである事もバレた為、半強制的にもう一度洗髪させられたが故の事である。

たかが頭を洗うだけで、どうして三種類もシャンプーが必要なのさ!
声を大にしてそう主張したかったが、結局二人の押しに負けたヘタレな。
ついでに言えば、リンスとかトリートメントとかという言葉を良く知らないシンジだった。

そんなこんなで、その後もケアだのマッサージだの理解不能な単語のややこしい手順を経て漸く開放された頃には、すっかり夕食刻になっていた。

「あら。シンちゃんたら、今日はまた一段と美少女ね。
 良いなあ、このお肌の張り。水玉を綺麗に弾いてもう、お姉さんってば思わず妬けちゃうわよ」

丁度、玄関口で鉢合わせた。出会い頭にプニプニと頬っぺたを突きながら、そんな戯言を宣うミサトをさりげなく黙殺しつつ、部屋へと入る。
と言っても、別に隔意がある訳では無く、自分が少女化した後も、何の蟠り無く接してくれるその態度には結構感謝している。
実際問題、激変してしまった人間関係の中、彼女が一番変化の無かった人物だった。
とゆ〜か、なんかもう最初の3分位で、自分が男だった事なんて忘却の彼方へとうっちゃってしまったとしか思えない節があるのだが。
正直、その順応性の高さを、チョッとで良いから分けて欲しいと思う。

ちなみに、最も人間関係の変化した人物は零夜だった。
帰国した初日こそかなり戸惑っていた感じだったが、翌日にはこの異常な事態に折り合いを付け、その結果、どうも自分を女として扱う事に決めたらしい。
それはまあ良い。いや、あまり良くは無いのだが現状では仕方ない。
だが、まるで『どこに出しても恥かしくない嫁に』とばかりに、折に触れ、自分に花嫁修業っぽい事をさせようとするので困ってしまう。
夕食後、『さあ、シンジ。特別訓練よ』と言われ、武術の套路かと思ってやらされたのは、実は日舞の稽古だったし。
昨夜なんて、『ほう。シンジに茶を嗜ませるのか。なら、矢張り大文字流か都大路流が良かろうて』『もう北ちゃんたら。格闘茶道なんて邪道よ』と、北斗さんと口論していたし。
出来れば、どっちも願い下げにしたいものである。

そんな事をつらつら考えながら食卓へ。そこでは、零夜が忙しく夕食のメニューを並べていた。
そして、自分達がやって来たのに気付き、『いらっしゃい葛城さん』と笑顔と共に何時もの挨拶を。
たが、いきなり真面目な顔に。何時ぞやの、軍艦の艦橋で提督と挨拶していた時の様な軍人の顔となり、

「失礼致しました。この度は御昇進おめでとうございます、葛城三佐」

と、綺麗な敬礼と共に祝辞を述べた。

「「「おめでとうございます」」」

つられて、シンジ達も敬礼と共に唱和した。

苦笑するミサト。そして、シャレで答礼を返す動きを見せる。
だが、途中で思い直し、彼女は『ありがと』と、普通に感謝を述べた。
堅苦しくて嫌だったのか? それとも、何か別の理由があるのか?
何とも判断し難い、曖昧な笑顔だった。

「でも、零夜さん。何でミサトさんが昇進した事が判ったんですか?」

らしくない態度に不審を憶えつつも、そう尋ねるシンジ。
それに対し、零夜が答える前にケンスケが、

「馬鹿、あの襟章を見れば一目瞭然じゃないか」

「襟章?」

「襟に付いてるバッチの事だよ」

言われて、シンジは初めてミサトの襟に付いていた物に気付いた。
それは、二本線に☆一つのデザインだった。

「線一本が尉官、線ニ本が佐官。んでもって、星の数で階級を表してんの」

「ほ〜う、そうだったんかい」

「って、トウジも知らなかったのかよ!
 こんなの基礎だぜ基礎! 今まで何を習ってたんだよ、お前等!」

いや、そんな事を言われても(かて)
と、胸中でハモるシンジとトウジ。
だが、そんな苦笑している友人達を尻目に、ケンスケは益々ヒートアップし、

「よっしゃあ。明日、昇進祝いをやりましょう!」

と、図らずも話を史実通りな展開へ。

「ちょ、チョッと、ケンスケ君。別にイイわよ、そんな事………」

自宅ならば兎も角、流石に影護邸でそんな真似をするのは抵抗があったらしく、ミサトがやんわりと止めに掛る。
だが、彼女の意図を察しつつも、それに応じる事無く、

「大丈夫、チャンと会場を押さえますから。
 幸い、この手の事に関しては、俺にはコネがあります!」

と言いつつ、携帯で何処かヘメールを送った後、

「それじゃ、決まり次第連絡を入れますんで。
 ちなみに、参加費の一部は葛城さんへの御祝儀って事で宜しく!」

北斗達に向かってそんな事を言い残すと、鼻歌でも歌い出しそうな調子で。
更なる参加者を募るべく、クラスメート達の住む御近所さんへと勢い良く出掛けていった。

ちなみに、彼の言う所のコネである某会長秘書はと言えば、漸く取れた僅かな休息時間を利用し、
来客用の一室にて、姉妹の一人を詰問中だった。

「折角、弟子入りしてすぐ鍋を持たせて貰うという異例の抜擢をして頂いたのに、貴方の我侭の所為で、ペナルティとして皿洗いからやり直しとなってしまったんですのよ。
 ウミ、この責任をどうやって取るつもりですの。アカリはきっと泣いているってことね」

「もう、カヲリってば。そんなに青筋立てて怒らなくっても良いでしょ。
 ほら、『若い時の苦労は買ってでもしろ』って言うし」

「そういう事は、苦労させた本人が言う事ではありませんわ。責任転嫁も良い所ってことね」

「まあまあ。ちなみに、ナッピーは『相手は、あのホウメイ殿。食器洗浄機あるのに、わざわざ手で洗わせているのには、何らか意図があると思われる』
 って言ってるけど。心当たり有る?」

「そ、それは………」

口篭るカヲリ。実は、心当たりが無くもない。
何でも、古の調理人達が、最初の修行として皿洗いをさせられるのは、それが雑用だからでは無く、皿に残ったソースや残飯から、店の味を盗ませる為だと言う逸話がある。
取り分け中国では、その為にワザと少しだけ残すのが贔屓の客の作法(表向きの理由は『充分にもてなして貰った。自分はもう満腹だ』と示す為)とされていたらしい。
衛生上の問題から、現在では完全に絶滅した修行法である。
だが、基本的に病原体の類を受けつけない強靭な肉体を誇る自分達ならば………

「(ピコン)突然の御連絡をすみません、シュン提督。実は、ホウメイさんの所で御厄介になっているアカリの事なのですが………」

確認するべきかもしれない。
そう思ったカヲリは、2199年に連絡を。
『止めた方が良いな。見たらきっと後悔するぜ』というシュンの忠告に愕然。
今日まで問題を引き伸ばしにしてしまった事を後悔しつつ『構いません』と断言し、改めてアカリの近況をライブで流して貰う様に頼んだ。

   カチャ、カチャ、カチャ、カチャ………

それを受け、数瞬後、画面には日々平穏の厨房にて、スポンジで一心不乱に皿洗いをしているアカリの姿が。
そして、そんな彼女を遠巻きにする形で某組織の面々が、

『おお、時々背伸びをしながら流し台に向かうあの後ろ姿!
 イイぞぉ! もう踏み台を使うほど小さくはなく、さりとて普通に流し台に立つにはほんの少し背丈が足りない、この絶妙のバランス! 正に、完璧な背伸びエプロン振りだ!
 裸エプロンとはまた違った趣の。男のロマンを刺激して止まない、この時代の少女にしか持ち得ない………』

   ピコン

耐え切れなくなり、非礼とは思ったが強引に通信を切る。
確かに、色んな意味で後悔する映像だった。

「うん。思ってたより、ずっとイイ感じね」

「……………本気ですの、その発言は?」

「えっ? だって彼女、とっても大人気じゃない」

「(ハア〜)前から思っておりましたけど、今日という今日は確信しましたわ。
 貴女は結果論の鬼です。もう処置無しってことね」

あの衝撃映像を前にしても全く悪びれないウミに脱帽。
天を仰ぎつつ、匙を投げるカヲリだった。




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