>OOSAKI

ある日、いきなり幻聴が聞えたと思ったら、俺は見覚えの無いコロニーっぽい場所に居た。
目の前には一面宇宙空間が広がっていて、透明な硬化テクタイトを隔てたその先に、どこかで見た様な外観の機動兵器が、
『それでも僕には守りたい世界があるんだ〜』とでも叫ぶカットインが入りそうな感じで、虹色ビームを盛大に撒き散らしている。
此処って、まさかあのガ○○ムS○○Dの世界?
OH、SHIT! なんてこった、最悪じゃないか!
しかも、俺ってば何で素のままなの?
こういう時は普通、キラきゅんかアスランたんに。
百歩譲っても、どこかの名ばかり主人公とか完璧超人な美形オリキャラに憑依するのが、異世界トリップ物のお約束だろ!
畜生、責任者出て来い!

だが、そんな俺の内なる慟哭を他所に、事態は刻一刻と悪化してゆく。
さっきから、マルチロックによる無差別攻撃を受けた両陣営のMS達がボコボコと撃墜されている。
いずれも、原作通りコックピットを避けての寸止め攻撃だった。
だが、只それだけの事。噂のセーフティシャッターとやらも、決して中のパイロットの無事を確約するものでは無い。
そこは戦場であり、ハイマット・フルバーストを浴びて推力を失った機体には、飛び交う流れ弾を回避し得る術など無いし、ついでに言えば周りは宇宙空間。空気すらない。
パッと見ただけではあるが、正直、アレはもう後は死を待つばかり。
戦闘終了後に救助される可能性なんて、精一杯楽観的に見ても精々コンマ以下と言った所だろう。

まあ、無理のある設定だとは思っていたが……………単に『直接手を下していない』ってだけなんだな、やっぱり。
とゆ〜か、アレよりも更に酷い状況から五体満足で。
少なくとも、後遺症が残る様な傷など負う事無く生き残るキラきゅんって、本当に人間なんだろうか?
いや、寧ろアレは只の演出だったんじゃ。
某なんちゃって主人公に撃墜されたのも、例の『やめてよね、本気になったらシ○が僕に勝てる訳が無いじゃないか』って言わんばかりな復活劇をやる為に、
安全マージンを残してワザとやったんと違うか?

って、暢気に現実逃避している場合じゃない! 
畜生、何か知らんが、主戦場がどんどん近付いてきてるじゃないか。
こうなったら、目には目を、歯に歯を、反則技には反則技をだ。
取り敢えず、まずは安全地帯まで逃げよう。話はそれからだ。
つ〜ワケで、クロック・ア〜〜ップ!

さて。救命艇の類はドコに……………って、あれ? おかしいな、時間が止まっていないぞ。
もう一度、クロック・ア〜〜ップ!

……………なっ! ひょっとして、コッチの世界だと特殊能力が使えないの?
畜生、福○嫁か! この世界の修正力か〜〜っ!

………
……

なんて感じの夢を、このあいだ観たんだけど、どう思うアークの上役?
やっぱ、疲れてるのかなあ?

『残念だが、それは現実なのだよオオサキ殿。真に遺憾な事にね』

HAHAHA、そんな訳ないじゃないか。
それとも、あの時、俺は死んじまってて、これは最後の挨拶とかだったりするのか?

『生憎だが、バルハラへと召される資格は、いまだ貴公には与えられていない。
 従って、今しばらくは、私と共にこの地獄に付き合って頂くしかない』

そうか〜

『そうなのだよ』

((ハア〜))

機せず、御互いに溜息を吐き合う。
埒も無い現実逃避をしていた事を、訂正はしても非難はしない。
アークの上役が、そんな心憎い気遣いをしてくれる位、俺の立場は逼迫していたし、
俺の方も、向こうの世界でのブローディアの参戦を始めとするアークの専横を許した事を咎めない程度には、アークの上役の厳しい立場を察していた。
今、俺達の心は一つだった。

そう。全てはアークが、向こうの世界の管理神(仮免)になった事が原因である。
取り敢えず、持ち前の使命感から、かなり無理をして。
再起不能寸前な身体に鞭打ち、どうにか職場復帰したっぽいアークの上役から裏面の事情を聞いた事で、
当初は『何て暴挙だ。矢張り、神は俺の敵だ!』と思ったあの人事にも、チャンとした理由がある事は判った。

何でも、アリシア人に限らず、神と名の付く役職にある者は、基本的に数百万年から数千万年単位の。
地球人から見れば永遠の命とも思える超長寿であり、しかも、基本的にボーと下界を眺めているだけな仕事なので、
永く続けている者程、思考が硬直し感情が稀薄になるという、職業病とも言うべき特性があるんだそうだ。
従って、彼等の業界(?)では、緩慢な消滅へと繋がる悪しきルーチンワークを打破する斬新なアイデアは極めてレアなものだとか。
そんな背景があったからこそ、例のアークの反則も『これまでの常識を根底から引っ繰り返す、素晴らしい発想』と、賞賛された訳である。
とは言え、とっても幸いな事に、向こうのお偉方達には、アークよりは良識が有った。
『偶になら兎も角、コレが主流になられても困る』というのが、彼等の偽らざる本音らしい。
そこで、模倣犯(?)の続出を防ぐべく、今回の様な異例な人事を実行。
敢えてアークを大抜擢し、その代償として、実現困難と思われる役職に就ける事で、
他の受験生達に『覚悟があるなら、やってみろ』という無言のプレッシャーを掛けた訳である。
地球人風に言えば、位打ち(出世と抱き合わせに実現不能な仕事を押し付け、相手が失敗したら徐にその責任を追及する、政敵を失脚させるの為のテクニック)と言った所だろうか?
これがアーク個人の事であれば、何の問題も無い。自業自得な話である。
だが、掛っているのはアレの進退だけでは無く、俺には縁も縁も無い地とは言え、平行世界における太陽系の命運。
『失敗しました。てへ♪』で済ますには些か規模が大き過ぎるし、何とも寝覚めが悪い。
そんな訳で、禁則事項に触れない範囲で精一杯梃入れをしてきたのだが………

『そう落ち込まないでくれたまえ。
 貴公の不安はもっともな事と思うが、マユ嬢は貴公が思っている以上の傑物。実に良くやってくれているよ。
 それに、今丁度、ミリアリア嬢の知己を得て中華飯店バスターにて五目焼飯を御馳走に。プランCの取っ掛かりを得た所。
 貴公の立てた向こうの救済プランの方も、順調に進んでいる様だね』

そうか〜、結局プランCに落ち着いたか。
出来ればプランAがベストだったのだが………

『いや、貴公の言いたい事は判るが、コネなどゼロの状態からの出発なのだから仕方あるまい。
 それに、ディアッカ殿はイザーク殿の親友。将来的には、プランAに移行する事も充分可能だよ』

アークの上役からの、向こうの世界の近況報告&なぐさめを受け、『問題ない。どこかの髭親父の立てた計画よりは順調な展開だ』と、胸中でどうにか折り合いを付ける。

そう。俺のマユちゃんへの助言の骨子は、まずはコネを作る事である。
何せあそこは、キラきゅんの想いは地球よりも重く、それを邪魔する連中の命はティシュペーパーよりも軽い世界。
主要キャラを味方に付けない事には、たとえブローディアの加護があったとしてもヤバイ。
下手をすると、世界の修正力によって、唐突に相転移エンジンがオーバーフローするなんてアクシデントが起こりかねないし。

そこで、俺が見出した最も有力な協力者候補が、あのオカッパツンデレ男という訳である。
意外に思われる向きもあるかも知れないが、俺の見る所、彼が同作品において最も行動が首尾一貫している信頼の置ける人物だったりする。
まあ、単に他がアレなだけという見方もあるのだが………
(コホン)ともあれ、将来は白服に出世するし、母親は有力な政治家とバックボーンもバッチリ。
おまけに、下の者には。ぶっちゃけて言えば、自分を立ててくれる人間には、口では何と言おうと基本的に優しいし。
後ろ盾としては、かなりの優良物件だろう。
唯一の懸念材料は、マザコンな男はロリコンを併発し易い事だろうか?
とは言え、出発点からして目茶苦茶不利な立場。そこまで心配していたら何も出来やしない。
そう言う意味では、先にディアッカの知己を得たのは幸いかもしれない。
まあ、イザという時には、将来の玉の腰を慰めに、マユちゃんには泣いて貰うしかないないんだけど。

なお、言うまでも無い事とは思うが、此処で彼女の兄やピンクの電波ゆんゆん娘を協力者に選ぶのは論外である。
もしも理由が判らない方は、色んな意味で衝撃の話題作、ガ○ンムS○EDとガン○ム種死のDVDを見て欲しい。
そうすれば、きっと俺の切ない胸の内を判って頂ける事だろう。

『(コホン)まあ、それはそれとして。例のシンジ君の体内にて休眠期に入っている使徒の件なのだが、本当にLCL化の機会がくるまで回収しなくて良いのかね?』

勿論だ、アークの上役。
いきなり少女化しただけでも大問題なのに、何の切欠も無くそれが解決したら『また何時か少女化するんじゃないか?』って疑心暗鬼の種を残す事になるじゃないか。
それに、シンジ君にはカヲリ君が付いている。
彼(?)へのフォローは完璧さ。ノー・ブロブレムだぜ。

『そうかね? 私としては、今すぐ回収する事を推奨したいのだが………実は貴公、面白がっていないかね?』

HAHAHA,そんな訳ないじゃないか。

と、アークの上役の邪推を一笑に伏せる。
そう。能力に制限が設けられているカヲリ君や、擬似第四階梯の俺では良く判らなかった、シンジ君の身に起こった事態も、彼の調査によってもう把握出来ている。
その結果、暫くはこのままの方が良いというのが、俺とカヲリ君の出した共通の見解だ。

問題の焦点は、例の使徒が不完全状態で覚醒した事。
例の記憶の模倣も、実は特殊能力などではなく、そうした欠損部分を埋める為の本能的な行為だったらしい。
極論すれば、通常の使徒が成体とするならば、彼の使徒は幼成体のまま覚醒してしまったと言った所だろうか?
そんな訳で、何の覚悟も無いままに生まれてすぐ生命の危機に晒されたもんだから、彼女的(?)には、おんもは危険が一杯な、とても怖い場所だとの認識が刷り込まれる事に。
その結果、転生し易い様に行われるカヲリ君による魂の抽出凝縮化を。
所謂、使徒娘のモト化した我が身の状態を逆手にとって、綾波レイのスペアボディではなく、彼女が生まれた大地へと。
自分の人格のベースであるシンジ君の中へと逃げ込んだのが、今回の顛末という訳である。

ちなみに、アークの上役が回収を急いでいる理由は、このままだとシンジ君が聖母マリアの再来となる可能性が。
もしも、正規のルートで妊娠する前に使徒娘の休眠期が終了して転生が始まってしまった場合、彼(?)が処女受胎する事になるからである。
しかも、産まれてくる子供は、天使の名を冠する使徒娘。
これが、いかに盛大に因果律を狂わすかは、管理神の知識など欠片も無い俺にも容易に想像がつく事だ。

とは言え、前述にて述べた通り、安易に元に戻しても、彼(?)に要らざる恐怖心を刷り込む事に。
そして、現在、母親(?)の気も知らんとヌクヌクとその体内で安らいであろう引篭もり娘にも、モラトリアム期間が必要だろう。
そんな訳で、元に戻る際には、それなりに明確な理由を付けて。
具体的に言えば、第14話での暴走とか第20話でのシンクロ率400%とか最終話のサードインパクトの時とかにしようというのが、俺とカヲリ君の出した結論だ。

蛇足だが、3回あるチャンスの内、どのタイミングで元に戻すかは状況を見て臨機応変に。
もしも、前述の二回の事故(?)が、話の展開から回避された際には、素直にラストチャンスを待つ事になっている。
なんとなく、サードインパクト頼みな事がドンドン山積みになっている様な。
まるでイ○エンドっぽくなっている気がするが、その辺は華麗にスルーする。
専門用語で言う所の『気にしたら負け』ってヤツである。
この際、『全滅エンドじゃないだけマシ』と、割り切るべきだろう。

その辺りの事を、可能な限りオブラートに包んでアークの上役に伝える。
そんな必死の弁舌の甲斐あって、あまり良い顔(比喩表現)はされなかったが、何とか納得して貰えた。
心ならずも、彼に更なる心労を与えてしまった気がするが、この辺が俺の限界。
怨むなら、是非ともアークを怨んで欲しい所である。

……………多分、無理だな。なんだかんだ言っても、彼はアークには甘いから。
アークの上役が去った後、胸中にてそう呟く。
そして、溜息を一つ吐いた後、俺は自分の職務を果すべく自室を後にした。
そう。彼が彼で大変な様に、俺は俺で大変なのだ。

嗚呼、いっそトリップ物の主人公に。
等価交換の原則とか戦力バランスとかを無視した完璧超人になりて〜や。
でも、ヤオイだけはカンベンな。



   〜 5時間後、弐号機コアの安置室 〜

本日の昼食は焼きそば。わざわざ料理人を指定しての一品だ。
そう。立場上、あまり甘い顔は出来ない故、それとなくホウメイさんからヘルプを受けての。
俺自身、『流石に可哀想だな〜』と思ったが故の事である。
ちなみに、実質的な味の方は可も無く不可も無しレベル。
味見したカヲリ君の評価では『漸く30点と言った所ですわね』と厳しい物だった。
だが、この一皿には、ホウメイさんのそれにも負けないだけのものが。
某組織の面々では無いが、プライスレスな付加価値がある。
実際、岡持ちを片手に出前を持ってきてくれたアカリちゃんの顔は実に良い笑顔で、何となく凄くイイ事をした気になり、食べる前からチョッと幸せにして貰ったし。
いや、アレは良いものだ。

そんな事をつらつら考えながら、焼きそばを完食。カヲリ君に淹れてくれた茶を啜る。
チラッと時計を見る。昼休み終了十分前、頃合だな。

「んじゃ、そろそろ引き上げるか」

「(クスッ)了解ですわ」

かくて、今回も無事サルベージ成功。
木連の最高のVIPとその首席秘書官は、約50分間の。
体感時間的には、約六日間の異次元旅行を終えて現世に復帰した。
既に、これで5回目となる手順。もう慣れたものである。
まあ、各務君ではないが、こんな前人未到の小旅行を昼休み中に行なうってのは、人としていかがなものかと思うが。
もっとも、相手は東中将。『職務中でも出動OK』とか言い出さないだけマシなんだろうけど。(苦笑)

「はあい。お待たせ♪」

とかなんとか言ってる間に、備え付けの仮設シャワー室でLCLを落とした東中将が。
何時も通り上機嫌。各務君から聞いた時には『まさか』と思ったが、中の人と親友付き合いしているという話は、どうやら本当らしい。
このままでは、『キョウコさんを出してあげてね。舞歌のお願い』とか言い出すのは時間の問題だろう。実に困ったもんである。
だが、此処木連にて俺達よそ者が自由に行動出来るのは、彼女の便宜があればこそ。
しがない店子としては、あまり強くは出れないのが現状である。

ちなみに、向こうの世界。イネス女史の調査によると、某精神の部屋や某ドールハウスと違って、体感時間に肉体年齢が加算されないとの事。
それ所か、LCL化には若干だがテロメアの修復効果が。
平たく言えば、気休め程度ながらも若返りの効果も確認されているらしい。正に良い事尽くめである。

とは言え、このダイブ。実は、俺達が環境を整えさえすれば誰にでも出来るというものでは無い。
具体的に言えば、かの世界の大家である惣流=キョウコ=ツエッペリンとの相性の問題だ。
例としてあげればイネス女史。
彼女もまた、データ取りの為と称してコアの中に入った事があるのだが、幸か不幸かあまり適正が無かった故、最初の一回より後はダイブ不能になっている。
何でも、『ナットウキナーゼによる血中酵素濃度と代謝機能向上との相互関係による考察』とかいう、
素人の俺には良く判らない話題で中の人と意見が真っ二つに分かれ、なまじ止める人間が居なかったもんだから最後にはもう大喧嘩になったらしくて、
キョウコ女史から出入り禁止を喰らっていたりするのだ。
蛇足だが、前述の事例を理由に、某組織メンバー達からのダイブ要請の総てを、俺が無条件に却下した事は言うまでもないだろう。
相性が良い訳が無いし、何より、そんなもんにまで付き合っていられるほど、俺もカヲリ君も暇じゃないし。

  シュッ

とか何とか言ってる間に、カヲリ君のジャンプにて東中将のオフィスに到着。
12時59分。滑り込みセーフである。

そんな俺達を、あからさまにホッとした顔で出迎えてくれる各務君の影武者君。
その容姿は驚くほど彼女にソックリなもの。
良く見れば、本物よりもやや小柄なのだが、並べて見なければまず気付かない程度の誤差でしかない。
いや、実に惜しい。双子と言っても通じるこのルックスで、妹じゃなくて弟だって言うんだから詐欺である。
世の中間違っているな。いっその事………

「(コホン)自分は、LCLにも娘溺泉にも浸かる気はありません。どうか御容赦の程を」

と、俺がとある算段を始めた時、各務君の影武者改め、彼女の弟である千里君が、それを先回りする形で釘を刺して来た。

チッ、感の良い。………いや、あの『やれやれ、またか』と言わんばかりな顔付きからして、既に東中将辺りから打診されていたんだろうな。
いや、考える事は皆同じというか、矢張り早い者勝ちなネタだったか。

「(クス、クス)あら、随分と千里ちゃんが気に入ったみたいね。
 そんなシュン提督に、チョッと彼の事でお願いがあるんだけど………」

と、俺が胸中で悔しがっていた時、その隙を突く形で、東中将得意の強引なお願い攻撃が。
心のガードを瞬時に固めつつ、その内容を吟味する。

オブラートの部分を取っ払って要点だけを抜き出すと、それは、数日後に行なわれるであろう葛城ミサトの昇進祝いに各務姉妹………じゃなくて各務姉弟を出席させたいとの。
と、同時に、その席に、春待三尉を参加させて欲しいとの事だった。

トライデント中隊の隊長である春待三尉と葛城ミサトとを出会わせてみて、その反応を見たいから。
それによって、ネルフとの連携が可能であるか否かを見定める為。
そして、今後、2015年サイドで木連側の代表が必要となった場合、その役は各務君が勤める事に決まったので、正式に顔見せを。

建前として上げた理由は、そんな感じだった。
無論、東中将の目的は別にある。そんな事も判らない様では、提督家業なんてやっていられない。
とゆ〜か、各務君と違って2015年世界で顔を売る必然性があるとは思えない千里君を出席させる理由なんて他には考えられない。
おまけに、春待三尉の参加まで求めてきたとあっては、もうミエミエである。
各務君は勿論、事の当事者である千里君まで驚いている様だが、そこがまた東中将らしい。
その外観と相俟って恥らう乙女っぽい仕種なのが些かアレだが、言外に彼の方は『脈あり』である事を伝えてくる心憎い演出だ。

ちなみに、彼女はアカツキの名はアの字さえ口にしていない。
策など弄さずとも、確実に馬鹿は来ると踏んでいるのだろう。
実の所、俺も全くの同意見だ。(苦笑)

にしても、概略は春待三尉から聞いていたので予測は出来ていたが、どうも東中将は、本気で彼女をヘッドハンティングするハラらしい。いや、困ったモンである。
(フッ)此処は当然、

「了承」

と、彼女の『お願い出来ないかしら?』というセリフに被せる様に。
某北の国に住まうジャムマスターにも負けないスピードで承諾する。
前述の考察は時間を止めて。クロックアップで長考に入っていたからこそ出来る芸当。
そして、彼女の不意打ちに対して、その程度は予測していたと。
『良いだろう、受けて立とうじゃないか』という感じのハッタリを効かす為の小細工である。

東中将に喧嘩を売る。普段なら絶対やらない愚行だろう。
だが、既に覚悟は完了している。
正直、現段階では一介の新参少尉な。海の物とも山のものとも判らない存在でしかない春待三尉に目を付けた慧眼は流石だと思うが、それだけに拙い。
彼女は、今後の連合運と統合軍との戦力バランスを保つ上での切り札と成り得る貴重な人材。おいそれと渡す訳にはいかない。
つまりコレは、いずれは全面対決の避けられない案件。
ならば、勝てる条件が揃っている内に、敢えて東中将得意の土俵にて勝利し、その意図を完全に挫くのが上策と見ての決断である。
そう。これは交渉なんて甘っちょろいものじゃない。
互いに相手の反抗心を奪う事を目的とした、心を抓む戦いなのだ。

「な…何を言ってるんですか舞歌様!」

そんな俺達の睨みあいに一拍遅れて、悲鳴の様なキンキン声で、東中将に翻意を促す各務君。

「あら、良いじゃない。お仕事の方も、大分余裕が出来た事だし」

「まだ、溜まりに溜まっていた、これまでの分が片付いただけです!」

と、その後も、何となくデジャブーを憶える攻防が行なわれているが、それだけに勝敗は簡単に判ってしまう。
(フッ)後手に回った時点で、既に君の敗北は決定しているのだよ、各務君。潔く覚悟を決めたまえ。
出来れば、母性本能とか犠牲的精神などに目覚めて某ロンゲの男の面倒を見てくれたりすると、オジサンはとっても助かるぞ。
ついでに、フラれる事が確定している弟君も上手く慰めてやってくれ。



  〜 翌日。午前9時、ナデシコ荘の保健室 〜

昨日の東中将への宣戦布告を始め、この所、色々と心労が重なったので。
また、以前より折に触れて勧められていた事もあって、明後日より開かれる統幕会議への出席を前に、俺はメディカルチェックを受ける事にした。

「血圧、脈拍、共に前回よりも、やや高目。筋肉疲労も溜まっていますね。
 あと、血液検査の結果も芳しくありません。今少し、アルコールの量を減らして………」

医師の仮面を被って苦言を並べてくるフィリス君の話を総合すると、ほぼ去年と同じ結果らしい。
つまり、概ね健康体。身体が資本な商売だけに重畳な事である。

ホッと一息吐いた所で、昨日の一件を反芻する。
極論すれば、東中将の策は、婚姻による強固なパイプ造り。
有力者若しくは将来の有力者を身内に取り込む事で、院政っぽいものをやる事だろう。
しかも、その過程自体も存分に楽しむ気でいる始末。
正に、彼女の様な天才にしか成し得ない大胆かつ強力な策である。

だが、対抗策が無い訳ではない。
一見、アカツキはもう手遅れっぽいが、ネルガルについては心配無い。
以前聞いた話なのだが、何でも、実権はエリナ女史に、会長の席は、もうすぐ見つかる予定の生き別れの弟に譲る旨を記した辞表と、その為の環境とを既に整えてあるらしい。
あの当時は只の惚気話。
『アフターケアは万全さ。待っていておくれ、ハニー』とか寝言をほざいているだけに見えたが、今思えばアレは、既に東中将の野望を見越しての布石だったのかもしれない。
流石、腐っても。どんなにイイ加減でチャランポランでも、大会社の会長と言った所だろうか?

春待三尉に関しては、もっと簡単。
彼女には既に意中の相手が居る故、つけ入る隙など無い。
おまけに、彼女は身持ちが硬い………と言うか、男性恐怖性の気があるので、姦計の類に引っ掛る心配も無い。

とは言え、油断は禁物だ。
怖いのは、東中将のニュータイプ顔負けな直感力。
春待三尉の事情はトップシークレット故、流石の彼女も知らない筈なのに、お見合いの相手役として千里君をチョイスするという、ある意味ベストな人選してくる辺り、実に侮れない。

その辺の事は、昨日、葛城ミサトの昇進祝いの席への参加の伝える辞令を出す際に充分に伝えてあるし、
春待三尉自身も、己の置かれた立場の危険性を正しく認識している故、問題ないとは思うのだが……………って、大丈夫だよね。信じて良いんだよね、ハーリー君。(汗)

「聞いてるんですか、シュン提督!」

うわっち。チョッと思考の海に填まり過ぎてたか。
それまでのクールビューティ振りが嘘の様に、恨みがましい目で。
何となく、拗ねた様な調子で詰問してくるフィリス君を前に反省する。
何しろ、今回の簡易人間ドックは、昨日の今日だと言うのに彼女が好意でやってくれた事。
いや、些か不謹慎だったな。失敗、失敗。

「(コホン)まあ、良いでしょう。お歳を考えれば、充分健康体ですし。
 ですが、過信は禁物です。提督が厳しい鍛錬を己に課しているのは色々思う所があっての事でしょうから敢えて止めはしませんが、少しは御自愛下さい。
 でないと、今に本当に身体を壊しますよ」

俺が素直に謝罪した事で溜飲を下げたらしく、声音を元の調子に戻し、彼女は話しをまとめに掛った。
だが、その中にチラホラ聞き捨てならない単語が。

「チョッと待った。鍛えられてるの、俺の身体って?」

「御謙遜を。この一年の間に、提督が影ながら積まれた鍛錬は普通じゃありませんよ」

そう言って、やや興奮気味に専門用語を並べだすフィリス君。
その内容を噛み砕くに、彼女の見立てでは、俺は筋肉の総量よりもその質を高める事に主眼を置いたアイソメトリック系の訓練を重点的に積んでいた事になっているらしい。
その御蔭で、筋肉年齢が、去年に比べて10歳近くも若返っているんだとか。
正直、身に憶えが……………って、あったな。(泣笑)
多分、身体能力強化→全身筋肉痛→イネス女史謹製の回復薬の服用(出来れば遠慮したいのだが、社会復帰までの時間が大幅に短縮するので仕方なく愛飲している)→超回復。
このコンボを、既に何回も繰り返している所為だろう。
つまり、極論するならば、能力に目覚めてからの此処4ヶ月程の日々は、毎日がナチュラルに特訓の日々だった訳である。
う〜ん、にしても10年前の体力か。ピークの頃とはいかないまでも、兵士としてそこそこ戦えていた頃だよな。チョッと得した気分だ。
もっとも、元が大した事が無いから過信は禁物だけど。

と、フィリス君の診断結果に耳を傾けながら、そんな事をつらつら考えていた時、

「こんな所に居たんですか、提督」

両手にアタッシュケースを下げた我が副官殿が、息せき切ってやって来た。

若いくせに体力無いなあ。今なら、俺の方がマシなんと違うか?
汗だくなその姿に、思わずそんな感想を抱きつつ話しを促す。

「どうしたナカザト、そんなに慌てて?」

「『どうした』じゃありません!
 シャトルの搭乗時間が迫っております。必要な荷物は、こうして用意してありますので御急ぎ下さい」

そのセリフに時計を確認すると、既に予定の出発時刻を過ぎていた。
う〜ん。あまりダメージが無いんで気付かなかったが、イネス女史程では無いにせよ、フィリス君の説明もまた長めなものらしい。
この辺、矢張り職業病なのだろうか?

「おお、もうこんな時刻だったのか。すまんなナカザト、何時もながら苦労を掛けて」

そんな事を考えつつも、彼のフォローを労う。
何時もならこんな事は口にしないのだが、今はフィリス君の前。
この辺、チョッとした見栄。『自分はチャンと部下の苦労に報いていますよ』という所を見せたくての事である。

「べ…別に提督の為という訳では。仕事なので、仕方なくやっているだけです」

って、お前はどこのツンデレキャラだよ。
頼むから、赤面だけは止めてくれ。思わずサブイボが立っちまったぞ。
あまりに寒いネタに、フィリス君の視線までが冷たくなっているし。

「それじゃあ、時間が押してるんで」

彼女への挨拶もそこそこに、俺は逃げる様に保健室を立ち去った。
嗚呼、やっぱ慣れない事はするもんじゃないなあ〜



   〜 9月1日。地球、連合軍司令部の一室 〜

「身体は空気で出来ている。
 ギャグ体質で、背景キャラ。
 幾つの二次作品に出演しても脇役。
 ただの一度も見せ場は無く
 ただの一度も(クルー達に)理解はされない
 彼のものは常に独り。舞台裏にて雑務に追われる。
 故に、その生涯に意味は無く、
 台本には、きっと通行人Aと書かれていた」

「………何を訳の判らない事を言ってるんです提督?」

渋面でそう宣うジュン。 仕方ない。少々興醒めだが、レクチャーしてやるか。

「いや。何だかんだで、俺が自由に動けるのは、お前がコッチで頑張ってくれている御蔭だろ?
 だから、日頃の感謝の意味も込めて、久々の出演に合わせ、チョッとキャッチコピーの一つも付けてやろうかと思って。名付けては『無限のエキストラ』だ」

「要するに、何時もの戯言なんですね。それで、結局何の御用ですか?」

うわっ、サラっと流しやがった。
畜生! こんな事は俺のシナリオには無いぞ。
とゆ〜か、どうしたんだよジュン!? お前はそんな男じゃないだろう!

予想外な展開に驚愕を隠し切れない。
だが、そんな俺に追い討ちを掛ける様に、

「おお、オオサキ提督ではありませんか。御久しぶりです」

ノックと共にやってきた白鳥少佐が、何時も通りのやや堅苦しい挨拶を。
だが、これは只の擬態だろう。
彼がジュンの執務室に訪れる。その理由なんて、一つしか無いし。(ニヤリ)

「すまん、アオイ。一寸良いか?」

「ん? 何かな、白鳥さん」

(フッ)出だしは友好的に振舞うとは。今回はまた、手が込んでいるな。
さあ、白鳥少佐。今、ジュンが被っている『デキる青年将官』なんて仮面を引っぺがしてやるが良い。

「三日目の資料の28ページ目なんだが、矢張り統合軍側からクレームが来たぞ。
 念の為に用意して置いた改訂版に差換えて貰うべきではないか?」

「ああ、例のヒサゴプランの資料か。
 まいったな。紹介程度で重要部は乗せていないから、アレでイケると思ったんだが」

「同感だ。だが、連中にしてみれば、己が優位な部分は僅かでも確保して置きたいのだろう」

「判った。ブロスさんには、俺から話を通しておく」

「うむ。無用な軋轢は避けるに如くはない」

だが、そんな俺の期待とは裏腹に、ジュンの前だと言うのに、白鳥少佐が極普通な態度で。否、まるで親しい同僚っぽい会話を交わしている。
お…俺はどこのミステリーゾーンに迷い込んだんだ?
それとも、こないだ異次元に出張した際、帰ってくる時、間違えて別の平行世界に来ちまったのか?
ああでも。それなら、アークは兎も角、アークの上役が気付かない筈が無いし。
畜生! 何がどうなっているんだ?

「お待たせしました。それで、御用件は何ですか、提督?」

一通りの話しを終えた後、真顔でそう尋ねてくるジュン。
だが、その慇懃な態度こそが最後の一打ちだった。

「お…俺の知っているジュンと白鳥少佐は死んだ〜〜〜っ!」

そんな捨てセリフを残して走り去る。
背後から『どうされたんだ、オオサキ提督は?』『多分、疲れてるんだよ。色々と常識外な戦闘の連続だから』なんて憐れみの篭ったセリフが聞え、
それがまたドリルの如く深く心を抉ってくれる。
若人達の心無い態度に傷付き、俺はハートブレイクだった。



   〜  14:00 特別会議室  〜

昼下がりの会議室に、各分野のエキスパート達の説(ゲフンゲフン)解説の声が木霊する中、比較的前列の一寸グレードの高いシート席に俺は座っている。
だが、前回同様、各部署によって色分けされた席順でありながら大きく異なる点が。
今回の俺の席は、右から連合軍の将校、統合軍将校と並んだ一番左端。
敢えて名付けるならば、木連駐留軍将校のエリアだったりする。
もっとも、隣の席が空席だったり、同じ木連からの出向組(?)である秋山大佐とも大きく距離を取られていたりするんで、実質、俺一人しか居ないけど。(笑)
嗚呼、今更って気もするが、こうやって実例を示されると、自分が主流派からは見放されたアウトローだという事を実感する。
とゆ〜か、そこはかとない悪意を感じる程………って、それはチョッと僻み過ぎだろうか?

とは言え、この席順にもメリットが無い訳では無い。
周りに気兼ねをしなくて済むし、何より、前回と違ってノーマークなので比較的自由に。
某有名教授の熱弁を、右から左へと聞き流してもOKな辺りが実に有難い。

そんな訳で、暇潰しを兼ねて、俺は先程の異常事態について遠視&過去視能力にて検証を。
イメージングの関係から、能力名を発動のキーワードにした方が制御し易い(この辺、クロックアップで学んだ経験則)んで、
先日、ロストメモリーズと名付けたそれを使用して、ジュンと白鳥少佐の関係を洗ってみた。
そして、その結果は、俺を心ならずも納得させ得るものだった。

細かい部分は、あまりにもベタで臭い………じゃなくて、当人達のプライバシーを尊重して細かい描写をする訳にはいかなので、その概略だけを語れば、

異境の地に島流しにされた己の不遇を嘆きつつも、それに負けずに頑張る白鳥少佐。
その熱意に絆されたジュン(何せ基本的にお人好し)が、彼への苦手意識を押さえつつ、それをフォロー。
白鳥少佐もまた、色々思う所はあったものの背に腹は代えられず、ジュンの好意を受ける。
結果、なんとなく仕事上の付き合いが始まり、ギクシャクしつつも多少は友好的になってゆく。
決定的な転機は、そんな関係のまま一年以上が過ぎたある日の飲み会。
酔った勢いから、“つい”ハルカ君への積極的な行動が取れない己の心情を吐露する白鳥少佐。
それに感化され、ジュンもまた艦長に告白出来ず『お友達』であった頃の事を語る。

そんな経緯を経て、二人は判りあった(?)のである。
何と言うか、流石は木連人と言った所だろうか?
まあ、仲良き事は美しきかな。たとえ、誤解から生まれた砂上の楼閣の様な友誼でも、無いよりはあった方が良い。
ましてや、それで仕事の効率が上がり、アキト奪還計画の裏方作業を。
実質的には表の世界にて、各種情報操作に奮闘してくれているジュンへの負担が減ると言うのであれば、俺としては万々歳である。

それに、彼等が友好的なのは、あくまでビジネスパートナー(?)としての関係。
プライベートに関しては。平たく言えば、ユキナちゃんが絡めば『ソレはソレ、コレはコレ』だし。
実際、先日の遊園地での乱闘は。取り分け、止めとばかりに白鳥少佐が放った飛竜三段蹴り(相手を蹴り付けた反動で再ジャンプしての連続飛蹴り)は見事なものだった。
正に、怒りの電流迸るって感じ?(笑)

「それでは、本日はこの辺で」

そんなこんなで、前述の後日談として、白鳥少佐がハルカ君にこっ酷く叱られる様を眺めている間に、本日の抗議は終った。
それに合わせ、さりげなく凝り固まった筋肉をほぐしながら、さも真面目に聴講していたフリをする。
この辺はもう、紳士のマナー。有為な講義をして下さった博士達に対する敬意の念を持の事である。
そう、彼等は決して悪くない。生憎と、俺には理解不能だっただけの事だ。

そんな自己弁護をしつつ帰り支度をしていた時、参加者達が出払ったのを見計らった様なタイミングで、ミスマル中将が話し掛けてきた。
なんでも、個人的に話したい事があるらしい。
はて? 一体何だろう……………って、まさか!?

「ん? どうしたのかねオオサキ君。掃除用具入れ用のロッカーを漁ったりして?」

「(ハハッ)いえ、何でも。只の想い過ごしでした」

奥の談話室に入る前に、いつぞやのライフル(序章参照)が再設置されていないかどうか確認したが結果はシロ。
と同時に、この中将の口振りからして、何かの誤解で『私はね、信じていたんだよ君の事を………』とか言い出し、艦長をネタにバーサークするつもりでは無いらしい。
まことに重畳である。

だが、そんな俺の安堵を嘲笑う様に、

「実は大変な事が。昨夜、ユリカより連絡があったのだが、新学期を前に、ラピス君が小学校を中退すると言い出したらしいのだよ」

中将から相談は、バイオレンス色こそ無かったが、衝撃度では決して前回に負けないものだった。
ううっ。このまま、悪しき恒例行事になるんじゃないだろうな、コレ。
終いにゃ泣くぞ、俺は。

「嗚呼、まさかこんな事になろうとは。
 ルリ君の折に散々悔いたと言うのに、今度はラピス君の異変に気付かなかったなんて。
 私は…私は一体どうしたら良いのかね、オオサキ君!」

そんなの俺の方が聞きたいです。(泣)

「憎っくきは、甘言を弄してあの娘を利用せんとしているグラシス爺! 君もそう思うだろう!?」

濡れ衣です、それ。
どちらかと言えば、主犯はラピスちゃんの方……………って、まてよ。
調子に乗った彼女とグラシス中将とが、小規模ながらも2199年でもマーベリック社を設立。
木連にてエンターティナーな事業に乗り出した話は知っているが、それだけでは。
元々、学校なんてそっちのけでコッチに入り浸り。
機密保持をネタにそれを咎めれば、今度は2015年にチョッカイを出す様な状態だったのに、今更という気が……………

「失礼。この件に関して、艦長とホシノ君は何と言っていますか? 冷静にありのままをお教え下さい」

自分で言っている内容に自分でエキサイトしてゆく中将を宥めつつ、俺は前後の事情を尋ねた。
それを受け真顔に。艦長自身が関わるネタで無い御蔭でどうにか理性が働いたらしく、すぐに平常心を取り戻し、コホンと咳払い等した後、淡々と語りだすミスマル中将。

「それなんだが、何故か二人共ラピス君の肩を持ってな。
 特にルリ君なんて『別に良いんじゃないですか。登校拒否の挙句の退学と言うならば大問題ですが、自分のやりたい事を見付けた上で出した結論ですから』なんて言った後、
 さり気無く『私自身、中学を卒業して年齢的な条件が整ったら、連合軍に入隊するつもりですし』等と爆弾発言をする始末なのだよ。
 私としては、出来れば通常の大学と言わないまでも士官学校を出てからにすべきだと………」

「ああ。その件に関しては説得しても無駄ですのでスルーして、今はラピスちゃんの事を」

「むむっ。その口ぶりからして、知っていた様だね。
 (コホン)そのなんだ。矢張り君も、この件でルリ君に論破されたクチかね?」

いえ、最初から諦めてるんです。
と、本音を言ってしまうと面倒な事になりそうだったので、敢えて口にはせず胸中にのみ留め、誤解からシンパシーを抱いているっぽい中将に再度先を促す。

「うむ。そのラピス君なのだが、兎に角『あそこは私の居場所じゃない』の一点張りでな。
 それを後押しする様に、『携帯履歴、ナデシコ関係者しか入ってませんでした。ラピスが歳相応の生活を送るには、まだ時期尚早だった様ですね』と、
 ルリ君に状況証拠付きで支持されると、何となく此方の方が理不尽な事を言っている気がして。
 ましてユリカに『今はラピスちゃんの好きにさせて上げましょうよ、お父様。
 大丈夫、アキトが帰ってくれば万事OK。元々、学力の方は何の問題も無いモン、小学校はそれからでも遅くないですってば』と、言われてしまったものだから、どうにもなあ」

取り敢えず、一々モノマネするのは止めて。
中将の無駄に発達した記憶力&演技力を前に、思わず胸中でそう絶叫する。
とゆ〜か、要するに俺に丸投げする気なのね。
予測出来ていただけにキツイわ、実際。(泣)

「おお、そうだ。今日、君に相談する事を話したら、ルリ君が『それでは『政界入りフラグが立ちました』とシュン提督にお伝え下さい』と言っていたが、一体何の事かね?」

最後にそう言った後、期待に満ちた目で返答を促してくるミスマル中将。
だが、俺としては答えに詰る質問だった。
答えが判らないからでなく、中将が納得してくれる様な内容の説明をする自信が無かったが故に。
そう。中将だけでなく、ホシノ君もまた、俺に無理難題を押し付けてきたという訳である。
え〜と。と…取り敢えずクロック・アップ!



「(コホン)判りました。事此処に至った以上、総てをお話します。
 アキトの事を快く思っていない連中に知られると拙いので、極一部の関係者だけで内々に進めていた計画なのですが………」

と、3時間ばかり。現実世界では6秒ほど長考してデッチ上げたストーリーを、もっともらしく語り出す。
とは言え、別に総てがハッタリという訳では無い。
元ネタは、何時ぞやの酒宴の席での一幕。
2015年でのマーベリック社の大成功に気を良くしたグラシス中将が、酔った勢いで飛ばした、
『いや。これで、軍人で中将、商人で大会社の会長か。一つ、次は政治家で大統領でも目指してみるかのう』
というジョークをベースにしたものである。

荒唐無稽な。中将自身、深く考えずに思い付きで言ってみただけの戯言だろう。
だが、実はコレ、現実化すれば極めて有為な話だったりするのだ。

西欧州軍の司令官職の引継ぎは、極めて強引かつ一方的な力技によって既にほぼ完了済み。
グラシス中将の後釜を勤める事となるフリーマン准将の実力も申し分は無く、29歳と司令官をやるには些か若過ぎる年齢ではあるが、その手腕は確かな信頼に値する。
つまり、今後もこれまでと遜色の無いバックアップが得られるという訳である。
此処で、フリーとなった中将が。彼の様に絶大なネームバリューのある軍人が政界入りしたらどうなるか?
少なくとも、当選を期待してもバチは当たらないだろう。

そして、おあつらえ向きに、西欧州の知事戦の告示は来年の2月。
アキトが帰ってくる3月にギリギリだが間に合う。
ポッとでの新人では大した発言権は無いだろうが、それでも無いよりはマシな筈だ。
それに、近い将来、中将が順当に出世していけば政治的な後ろ盾に。
そう。アキトの身を守る上での強力なカードと成り得る訳である。

とは言え、口で言うほど簡単ではない。
政治家になるには。まして有力なポストに就こうと思ったら、恐ろしく金が掛るのだ。
この辺が、金権汚職が蔓延する最大の理由なのだが、取り敢えず、その手の体制批判はスルーしておく。
問題の焦点は、マーベリック社のグラシス会長であれば、『何てインチキ!』って感じの、限り無く黒に近いグレーな手段とは言え、金銭的な問題が一気に解決するという点である。

「むむっ。そんな背景があったとは………
 確かに、それならばラピス君が会社経営に専念しようとするのもやむ無しかも知れん」

いえ、別に今まで通り片手間で充分です。
提示された内容の有効性と義侠心との間に挟まれ呻き声を上げるミルマル中将に、そんな裏事情がバレ無い様に注意しつつ話しを更に進める。

そう。実を言えば、ラピスちゃんの力が本当に必須なのは、資本金を得る為の初期段階だけだったりする。
と言うのも、投資家の立場というのは、世間で思われているほど高いものでは無いからである。

これは決して不当な扱いという訳ではない。
株とはあくまで架空の資産であり、些細な事で消えてなくなる淡雪の如く不確かなもの。
この辺は、20世紀末のバブル経済崩壊や21世紀初頭の某超大型証券会社の末路が示す通りである。
おまけに、大投資家イコール敏腕経営者という図式も滅多に成立しない。
下手に経営に口を挟んだ挙句、実質的な利益を上げていた自身の宿木たる企業を潰してしまった事例など、さして珍しくも無いほど。
それ故、その手の法整備の進んだ23世紀現在でさえ、社会的信用はあまり向上していないのだ。

そして、この理屈は、当然ながら2015年の世界でも同様である。
にも関わらず、彼の地にてマーベリック社がブイブイ言わせているのは、あくまで超大手だから。
企業としての規模が、普通では無いからである。
その実力を示す証左として、大口融資先の尽くが企業実績を伸ばしている点も大きい。
また、発展途上国への支援や孤児院の経営といった、所謂、福祉事業にも力を入れている事も、社会的地位の向上に一役買っている。
しかも、世界を手玉に取る悪の秘密結社、ダークネスのメインスポンサー様なのだ。
世間のイメージとしては、正に絶対無敵な怪物企業と言った所だろうか?

だが、そんな彼の企業にも、一つだけ致命的な弱点があったりする。
そう。上記で述べた様な環境を整え得る優れた経営手腕を持ってるのって、実はカヲリ君だけなんだよね、あの会社。(笑)
いや、別にグラシス中将が経営者として無能って訳じゃないんだけど、あの人は基本的に方針を決定するだけ。
事業拡大の斬新なアイディアを出した後は、全部彼女に丸投げだし。
しかも、営業部長である豹堂を使って、やらざるを得ない様に退路を塞いだりするらしいのだ。
この辺り、老獪な軍人っぽいって言うか実に性質が悪い。
まだ確認はしていないが、大方2199年での旗揚げに関しても、既に手を打っているものと思われる。

んでもって、今はそれでも良い(?)のだが、諸般の事情から長期に渡ってカヲリ君の協力を得るのは難しいものがある。
そんな訳で、いっそ計画成就の暁にはシンジ君を。
いや、葛城ミサト以外の人材を全員拉致(ゴホン、ゴホン)じゃなくて、ヘッドハンティングするってのもアリかもしれんと思索する、今日この頃。

そんな裏事情を、なるべくソフトに。オブラートに包んで説明する。
時に興味深そうに、時に渋面となりグラシス中将を罵るミルマル中将。
そして、俺の話を総て聞き終えた後、

「うむ、君の話は良く判った。
 正直に言えば、マーベリック社などと言ういかがわしい会社に預けるのは少々不安だったのだが、
 グラシス爺は只の傀儡で、実質的な経営は、爺には勿体無い義理の娘であるカヲリ君が切り盛りしているのであれば、いきなり潰れる様な事もあるまい。
 ラピス君に関しては長い目で。ユリカと君の勧め通り、結論を出すのはアキト君の帰還を待ってからにするとしよう」

暫し瞑目して考えを纏めた後、渋々ながらも当座のラピスちゃんの自由を認めてくれた。
しかし何だな。すっかり中将の呼び方が『グラシス爺』で定着しちゃってるな、この人。まあ、無理もないけど。

とと。此処で油断してどうする、俺。
問題なのは、これからじゃないか。

「(コホン)ところで、オオサキ君。ものは相談なのだが………」

そら来た。

「無理です」

皆まで言わせず、俺はミスマル中将の話をブッタ切る形でそう断言する。
そう。伊達に長考に入った訳では無い。
当方に迎撃の用意あり。覚悟も完了済みだ。

「おいおい。まだ何も言っていない………」

「駄目です。円満に退役がなさりたいのであれば、キチンと後継者を育ててからにして下さい」

そんな切り口上に、グラシス爺………じゃなくて、グラシス中将に触発され、自分も『引退→第二の人生』のコンボを決めようと企むミスマル中将に釘を刺しに掛る。
物欲しそうに何やら目で訴えているが、そんなものは頭から無視。
こんなその場の思い付きで、フリーマン准将の二の舞を演じるなんて全くの論外だ。

とゆ〜か、もう少し冷静に考えて欲しい。
元々が後継者候補だった彼と俺とでは立場がまるで違うし、能力や器だって全然足りていない。
ぶっちゃけて言えば、中将が求めているのは、近い将来にて破綻が約束されている人事なのだ。
アークじゃあるまいし、そんな役職に就くなど願い下げである。

第一、俺には俺で将来へのビジョンがあるのだ。
そう。まだ誰にも言っていないナイショの話ではあるが、実は俺、アキトが無事に帰ってきて事が一段落したら退役するつもりでいる。
その後は、故郷の西欧州へ。退職金で、今は廃墟と化している懐かしの我が家を改築して隠遁生活に。
小さな書斎でブランデーをチビチビやりながら、先の大戦と今回の使徒戦を綴った回想録を書くのだ。
そして、10年ばかり経って。ほとぼりが冷めた頃を見計らい、書き溜めたそれを出版して夢の印税生活に。
嗚呼、なんて心豊かな余生の過ごし方なんだろう。

そんな遠大かつささやかな夢を叶える為にも、此処は一歩も引く訳にはいかない。
断固たる決意を漲らせつつ、俺はミスマル中将の説得を粘り強く続けた。




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