>SYSOP

時に、2199年9月15日。
その日、敬老の日を挟んでの連休を利用してピースランドに帰郷していたルリは、ディナーの後の手遊びに、母親であるイセリナを相手に、テラスにてチェスを興じていた。

「4eポーン」

まずは定石通りの一手。手元のスイッチを操作し、ホログラフィー内に映る、どこかの魔法学園にある物を模した感じのリアルな装飾の施された白のポーンを2マス進める。
その後も、2手3手と教科書通りのありきたりな手をノータイムで指す。
そう。ルリにとって、この勝負自体はどうでも良いもの。
疎遠になりがちな実家の母との会話を円滑に進める為の小道具でしかない。
その間に交される盤外戦こそが、本当の勝負なのだ。

「ルリ、少々尋ねたい事があるのだけれども良いかしら?」

6手目、6cクイーン。
序盤の定石を頭から無視した一手を打つと共に、イセリナがそう切り出してきた。
どうやら、チェスの勝敗等どうでも良いのは向こうも同じ。
否、あからさまに悪手を打つ事で盤上に注意を引いた所を狙っての不意打ち。
流石は一国の王女、一筋縄ではいきそうもない。

「なんでしょうか、母?」

「貴女、春待ユキミって娘を知っていて?」

やれやれ、いきなり直球ド真中ですか。
内心でそう苦笑しつつも、ルリは母のセンスに舌を巻いていた。
敵の予想外の所を攻めるのは兵法の常作ではあるが、これは、ともすれば奇策に走るあまり自身のスタイルを見失いがちになる諸刃の剣。
この様に、正攻法をそのまま奇襲に変えるなど中々出来るものではない。

「勿論ですよ。何しろ、可愛い元部下の恋人ですからね」

「あら。それでは、彼女の実力の方も知っていて?」

「ええ。公式には、まだあまり名前を知られていませんが、彼女には次代の…いえ、その次くらいの世代の統合軍を背負って立ち得るだけの器を感じます」

と、取り敢えずリップサービスを交えた当り障りの無い返答を。その真意を探りに掛る。
だが、そんなルリの意図を嘲笑うが如く、

「それなら話は早いわね。  ねえルリ、その娘を後釜にして軍とは縁を切る気は無い?」

イセリナは、何の捻りも無く問題の焦点を口にした。

「……………どこからか圧力が掛りましたか?」

ついに来るべきものが来た。
おそらくは、これが最初の鐘の音なのだろう。
そう。終戦後、アキトを始めとする彼女の掛替えのない仲間達が与えてくれた穏やかな日々は、今日この日をもって終わりを告げたのだ。
その事を悟り、一瞬、胸に去来した一抹の寂寥感を押さえ込んだ後、ルリは最初に名乗りを上げた敵について尋ねた。

「う〜ん、半分正解と言った所かしら。
 確かに、グリューネワルト侯爵夫人からそれに近い打診があったわ。
 でもね、彼女の求めてきたのは、貴女とユキミ嬢の直接対決。
 それも、誰の目にもあきらかな形で。最低でも、二人の間に遺恨を残さない完全決着が所望だそうよ」

「なるほど。それでは、全霊にて叩き潰しましょうか? それとも鮮やかに倒してのけましょうか? あるいは余裕綽々で屠り去りましょうか?」

「(ホホホ)素敵。ルリでも冗談を口にする事があるのね」

いえ、結構本気で言ったんですけど。
扇で口元を隠しながらコロコロと笑う母を前に、胸中でそう呟く。
何より、今言った事はハッタリでは無い。
自分とユキミでは、それくらい厳然とした実力差があるという事実を端的に語っただけ。
そして、実際に戦えば、それが明確な形で証明されるだけの事である。
それを躊躇う理由など、ルリには何一つ無いのだから。

「はい、3fクイーンよ。ルリ、貴女にこの駒が取れて?」

一頻り笑った後、イセリナが唐突に。それも、これまた悪手以外の何者でも無い一手を指してきた。
新たな戦いに向けて高まったテンションに水を差され、やや憮然となる。
それもあって、

「ええ。何しろ、それ以外の選択肢の無い局面ですので。
 ついでに言えば、あと13手でチェックメイトですよ、母」

と、らしからぬ挑発的なセリフを口にしつつ、ルリは無防備なイセリナのクイーンを取るべく自軍のナイトを3fへ。
だがその時、予期せぬ出来事が起こった。

「え?」

ホログラム内の盤上。二つの駒が重なると同時に、黒のクイーンが淡く発光。
そして、クイーンが消えてナイトが現れる筈のマスに依然としてクイーンが。
そのすぐ横のマスに、白のナイトが黒にモデルチェンジ。イセリナのナイトとして現れたのである。
そのまま畳み掛ける様に、イセリナは次の一手を。
クイーンを斜め前のマスに進め、ナイトの前にあったポーンを取る。
と同時に、ハー○イオニーでなくても『なんて野蛮なゲームなの!』と言いたくなるくらい無駄にリアルに崩れ去るポーン。
どうやら、本来のルールのそれすら比較にならないくらい、このクイーンは絶対無敵な様だ。

「ズ…ズルイですよ、母」

思わずそう洩らすルリ。
だが、イセリナは悪びれる事無く、

「あら、私は最初に確認した筈よ。『このチェス盤は、ピースランド式のルールで設定されているけど、構わないかしら?』ってね」

グウの音も出ない一言。確かに、これは自分の油断だった。
所詮はローカルルール。その所為で悪手を指したとしても大勢に影響は無い。
否、寧ろ母に花を持たせる口実となる丁度良いハンデだと思って敢えてその内容を確認する事無く容認したのだが、まさか此処まで大胆な改変を行なっていようとは。
正に脱帽である。

と、ルリが胸中で一頻り反省したのを見計らった様なタイミングで、

「良いですか、ルリ。確かに貴女は卓越した能力を持っているわ。
 それこそ、使い方次第では、太陽系の全てを支配出来そうなくらいのね。
 でもね、たとえどれほど優れた能力を持っていたとしても、それは決して、貴女が卓越した人間である事を示す証左とはならないの。
 その気になれば、付け入る隙は幾らもあるわ。丁度、こんな風にね」

イセリナの苦言に、ますます恥じ入る。
感情の一部は、いまだ『卑怯』と叫んでいるが、そんなものは敗者の戯言に過ぎない事をルリは良く知っている。
そう。自分が戦うべき相手は本物の外道共。
この程度の卑劣な手など、ほんの序の口。引っ掛る方が間抜けなのだ。

「漸く、あの日と同じ顔付きに戻ってくれましたね」

「ええ。感謝します、母。久しぶりに、本来の自分を取り戻す事が出来た気がします」

そう言って頭を下げると同時に、これまでの自分の生活がいかに善意に満ちたものであったかを再確認。
それを有難く思うと共に、少しだけ心が寒くなる。
愛すべき人々とは正反対な、悪意に満ちた人間の存在というものを思い出したが故に。
だが、このまま一般人となり、戦いを放棄するという気などルリには毛頭無い。
自分が逃げれば、他の誰かが。主にアキトが傷付く事を熟知している彼女にとって、それは選択肢とさえ呼べないものだった。

「正直、先程までの柔和な表情も捨て難いのだけど、一昨年のアレを見てしまった後ではねえ」

「もう、母ったら。そんなにイジメないで下さい」

大戦中、己の身柄をチップに政府高官達を相手に啖呵を吐いた時の事を揶揄されると共に、
あの時のそれが自分の本質であると指摘され、心中複雑に。
だが、そんなイセリナの言を正しいと感じる自分が居る。

一度目の歴史では只通り過ぎただけの、栄えようが滅びようが全く気にならなかった場所。
現在は、『イザという時、アキトさんの後ろ盾となれば』ぐらいのつもりで、上辺だけの適当な付き合いをしていた実の両親。
だが、今日この夜、イセリナは名実共にルリの母親をやっていた。
太陽系の歴史が大きく動いた瞬間だった。

   チャラララ〜、チャラ〜ララララ〜

と、その時、かつて自分が鳴らしたチャルメラの生音を取り込んだコール音と共に重要度S以上の緊急メールが。
『タイミングの悪い』と小声で愚痴った後、IFSを通して母には見えない様にその内容を確認する。
数秒後、ニヤリとばかりな人の悪い笑みが思わず零れる。
そう。その内容はルリにとって予想外な吉報であり、しかも、この場合、寧ろベストタイミングなものだった。

「母、済みませんが、今回はこれで失礼させて頂きます」

「あら。何か良くない事でも起ったの?」

唐突に別れの挨拶を始めた娘に、イセリナが不安気にその訳を尋ねる。
それに対して微笑みながら。ルリを良く知る者であれば、何か企んでいると一発で判る独特の表情を浮かべながら、

「いえ。実は先程、知り合いのティンカーベルにネバーランドへと誘われまして。
 私としては、このチャンスを逃したくは無いのですよ」

「え?」

娘の余りにも彼女らしからぬメルヘンな返答に呆気に取られる、イセリナ。
そんな母の様子に頓着する事無く、

「それでは、来週の週末にまた来ますね。
 その時、御土産に幸運をもたらす妖精をテイクアウトしてきますので、近日中にその娘の為の戸籍を一つ用意しておいて下さい」

と、言いたい事を言い終えると、なおも呆然としている母親を残して足早に立ち去っていった。

その数分後。漸く我に帰ったイセリナが改めてルリを探したが、その姿は何所へ消えたやら。
彼女の出国手続きが為されていた事以外には、ルリがピースランドを後にした痕跡は全く見付からなかった。
夏ももう終わりを迎えようとしていた日のミステリーだった。







オ チ コ ボ レ の 世 迷 言

第13話 妖精、侵入





影護北斗の朝は早い。
いや、午前五時よりシンジ達の朝錬の指導を行なっているのは彼の妹(?)なので、より正確に言えば『影護枝織の朝は早い』と表記すべきなのかも知れないが。
いずれにせよ、木連流柔術影護派の面々は主人公がヒロイン化した後も変わらぬ日常を。弛まぬ研鑽の日々を送っている。
変わった事と言えば、鍛錬後の汗を流す為の風呂の順番が、北斗OR枝織→シンジ→トウジ&ペンペンと、零夜によって明確に定められた事。
また、浴室からお茶の間に来る前にキチンとした服装に着替える事が、シンジに義務付けられた事だろうか。

食事の準備が整うまでの。湯上りに薄着でゴロンとする一時は至福のもの。
それだけに、グデ〜と半分溶けているかの様に寝転がっているトウジ&ペンペンを羨ましそうな顔で眺めるのが、この所のシンジの日課となっている。
もっとも、口に出しては何も言わない。
不満がない訳ではないが、それでも、毎回104号室で風呂を借りるよりはマシだと思っている様だ。

「いただきま〜す!」

「「「いただきます(クワ〜)」」」

家長代理たる枝織の元気の良い音頭と共に、影護家の朝食が始まる。
当初は『通常の食事は北斗、おやつを主軸とする甘い物は枝織』という形で二人(?)の間で協定が結ばれていたのだが、朝のアニメを観る都合上。
また、子供(アキ)のお守は枝織の方が得意なので、零夜がミサトのお守に掛かりきりになり始めた頃より、現在の体制となっている。

「(モグモグ)うん、やっぱり卵焼きはシーちゃんの作ったのに限るね」

さも美味しそうに砂糖タップリな。料理人のプライドからか、零夜は絶対作ってくれない甘々な卵焼きを頬張りつつ目を細める枝織。
そう。『女子たるもの家事の一つもできなくてなんとします』という木連人特有の思想に凝り固まっている零夜の方針もあって、最近はシンジも料理の手解きを受けていたりする。
これは、それを利用して枝織用に特別に作って貰ったもの。
彼女的には、北斗との協定を守っているという口実と自分の趣味とを兼ねた、正に一石二鳥な一品だった。

   テッテッテテテテテ、テレテッテテテ〜レ

そんなこんなで朝食をあらかた食終えた頃、TVの画面上ではAパートが終了。
アイキャッチに、ツンツン頭の主人公が傘をクルクル回して、人民服を着た擬人化された子豚の投げるド○ゴン○ールを染之○染太郎っぽく受け止めている。
そして、そのままCMに入る瞬間を見計らって、

「ねえねえ、枝織お姉ちゃん」

先の使徒戦が終了して以来、鈴原家の家長たるハルキが朝も夜も無い状態となった事もあって、再び影護家の朝食に付く様になったアキが、隣に座る枝織の袖を引きながら、

「お姉ちゃんみたいにオッパイを大きくするには、どうしたら良いの?」

ゆったりした着流し風な簡素な浴衣姿(当然、着付けは零夜が行なっている)の胸元を。
世間の平均値を軽々とクリアした形の良い乳房を指差しながら、上目使いにそんな爆弾発言をかました。

「ア、ア、ア、ア、アキ! 朝っぱらから、なんちゅうコト言い出すねん、オマエ!」

動揺から激しくドモリつつも、突如としてとんでもない事を口にした妹を叱責するトウジ。
だか、そんな彼をスルーしつつ、

「う〜ん。枝織、そんなに大きいかな?
 ミーさんとかに比べれば、ちっちゃい方だと思うけど」

「そういう極端なのじゃなくて、お姉ちゃん位のが良いって言うか。
 あんまり大き過ぎると、それはそれで将来苦労しそうだし………と、兎に角、アキは負け犬にはなりたくないの」

「え〜と。その………胸が小さいと負け犬なの?」

「うん。『機体の性能差が、戦力の決定的な差では無い』って、この前観たアニメに出ていた赤い彗星な人が言ってたけど、それって只の負け惜しみって言うか。
 どう考えたって、スタイルが良い方が魅力度が高いに決まってるもん」

と、零夜が居ない事もあって、赤裸々な女の子の会話が。
そして、相手が枝織であるが故に、それは良くない方向に突き進んで行き、

「じゃ、試しにチョッとやってみる?」

「えっ? 試しにって、どういう事なの?」

「うんと、うんと。詳しい理屈は枝織も良く知らないんだけど………
 大丈夫。アーちゃんのお腹には丁度良い感じに余ってるお肉があるから簡単だよ」

「ち…違うよ、枝織お姉ちゃん! これは贅肉じゃなくて少女期特有の………」

この時期の少女の悩みをピンポイントで突くデリカシーに欠ける発言に猛然と抗議する、アキ。
だが、枝織はそれに構う事無く、

「えい(ポン)チョイ(トス)チョイ(トス)チョイナっと」

彼女の腹部に軽く掌底を。
氣を流す事でその周辺の脂肪細胞を流動状態とし、その間に素早く幾つかの経絡秘孔(ツボ)を指拳にて刺激。
その結果、腹部に集中していた皮下脂肪が、腹直筋を始めとする各部筋肉の急激な収縮よって胸部に押し上げられた状態で固定。
と同時に、胸筋も操作され理想的なバストラインを形成。
かくて、僅か数十秒にて、平均以下のツルペタだったアキの胸がBカップに。
相対的には小振りながらも、身長との縮尺比を考えれば充分なサイズに急成長。
客観的視点から見れば、小学生低学年特有の体型から中学生レベルのスタイルに変化するという、ビュー○ィ・コ○シアムの美の達人達も真っ青な驚異の美容整形が完了した。

「うんうん。実を言うと、自分以外の人にやるのって初めてだったんだけど、思ったよりも上手くいったね♪」

完成した自分の作品(?)を眺めつつ満足そうに頷く枝織。
だが、肝心の被験者の評判は芳しく無かった。

「お…お姉ちゃん、なんか、胸と、お腹が、引き攣ってるって、言うか、身体が、上手く、動かないんだけど」

ギクシャクと油の切れたオモチャの様な手振りを交えつつ、アキは息も絶え絶えに抗議の声を。
そう。人魚姫が人間化する際に声を失った様に、この魔法の如き人体矯正術にも相応の代償が必要だったのだ。

「大丈夫、大丈夫。普段は使っていない部分の筋肉を使っているんで身体が戸惑っているだけだから。若いんだし直ぐ慣れるよ、きっと」

「でも、なんかもう、痺れを通り越して、身体中、痛みだして、慣れる前に、死んじゃいそうだよ〜」

終には泣きが入り、涙声で訴えるアキ。
だが、基本的にその手の機微に鈍感な枝織には上手く通じず、その悲痛な訴えも、いそいそとデジカメの準備をする彼女の心を動かすには至らなかった。
そして、こういう時、その暴挙を止めるべき立場の者達はと言えば、

(お…落ち着け、わし! あの胸は作り物、あの胸は作り物、あの胸は作り物、あの胸は作り物……………つ〜か、アレはアキやんけ!)

この突発的な展開のショックから開けてはいけない扉が開きかかったらしくて、何やらインモラルな葛藤を抱えていたり、

(なんだろう。何故か判らないけど、何かにボロ負けしたかの様な敗北感が………あれ? そう言えば僕、何で枝織さんを止める気にならないんだろう?)

胸に去来する自分でも理解出来ない新たな感情に戸惑っていたり、

「クワ〜(モグモグ)」

種族の違いからか状況そのものが理解出来ないらしく、『我関せず』とばかりに朝食に没頭していたりと、まるで当てにならない状態。
実の兄も、その親友も、これまで何かと可愛がっていたペンギンも、振って湧いた災難に難渋しているアキを助けてくれそうにない。

「早く、元に、戻して〜」

かくて、人を疑う痛みを覚え、少女は大人になっていくのだった。



   〜 1時間後。第一中学校2A教室 

あの後、『北ちゃんの馬鹿。せめて何枚か撮るまで待ってくれても良いのに』とブーたれる枝織の抗議を黙殺して手早く整体術を解除。
既に全身筋肉痛の兆候を起こしていたアキの身体をチェックし、後遺症の類は無い事を確認してホッと一息。
そのまま、登校時間が迫っていた事を口実に、後始末を総て零夜に押し付け、北斗は逃げる様に学校へ。

「綾波(はい)、相田(はい)、碇(はい)………」

心の片隅で、今日はチョッと寝坊した事を。
枝織の暴挙に気付かず寝過ごしてしまった事を後悔しつつ、担当クラスである2Aの出欠を取っている。

「魚住………ん? ウミのヤツはどうした?」

病欠とは縁が無い身体であり、もう一人の問題児と違ってズル休みの類を良しとしない性格の娘なだけに、理由無き欠席に不審顔となる北斗。
その呟きに答える形で、ダークネスが誇る諜報員であり、転校組の使徒娘達のフォロー担当でもあるケンスケが、

「魚住でしたら、何だかんだで結局レポートが間に合わなかったもんで、昨日、チョッと………」




『さて、これでお前を生かしておく理由は無くなったな』(三日遅れで完成したレポートをチェックした後、淡々とした口調で剣呑なセリフを口にする空条博士)

『え…ATフィー『ス○ープラ○ナ・ザ・ワー○ド!』(ピキン)』(身の危険を察してATフィールドを展開しようとするも、先手を打たれ硬直するウミ)

『お前のス○ンドの特性。その紅い壁を張られると厄介だって事は、もう知っている。カッタルイ事は嫌いな性質なんでな、使う前に止めさせて貰ったぜ』

『…………』(硬直したまま動けないウミ)

『オラ、オラ、オラ、オラ、オラ、オラ、オラ、オラ、オラ、オラ、オラ、オラ、オラ、オラッ!』

    バキ、ボコ、ガキ、グシャ………(ス○ープ○チナのラッシュを受け、静寂の世界にてズタボロに。使徒娘である彼女して全治三日の大怪我を負うウミ)

『お前の敗因はたった一つ。ウミ、たった一つの単純な答えだ。お前は俺を怒らせた!』




「………てな事があったもんで、多分、明日辺りまではイイ感じに再起不能(リタイヤ)なTO BE CONTINUED状態です」

「ほう。意外だな、アレは女子供に手を上げる様な男には見えなかったが」

「ええ。本来は、そういうフェミニストな人なんでしょうね。
 実際、修羅場ってた魚住を一喝して制した後は、淡々としているって言うか。
 上手く文章が纏まんなくて苦戦している彼女を言葉少なながらも的確に導いている所なんて、博士って言うより古き良き時代の父親みたいな感じでしたし。
 ですが、彼女のレポートの完成が三日程遅れた所為で、最近色々と擦れ違いが多いらしい娘さんとの約束を破る事になっちゃったもんだから、ついカッとなったらしくって………」

「なるほど。そういう事なら仕方あるまい」

裏面の事情を知った事で納得顔に。小声で『アレには良い薬だしな』と呟いた後、北斗は朝の点呼を再開。
本日転校してくる予定だった空条ミオに関しては、読み上げる事無く出欠簿の彼女の欄に『遅刻』と記入。
そのまま、鈴原、ハーテッドと言った御馴染みの名前が淡々と呼ばれてゆき、

「日暮………ん? ケンスケ、ラナのヤツはどうした?」

これまでも『今日は〜、暑いから〜、や〜』だの『太陽が〜、イジメルの〜』といったアホな理由でしょっちゅうズル休みをしている娘だけに、特に感慨も無く今度は名指しで。
なんの気なしに、北斗は実質的な彼女の保護者に欠席の理由を尋ねた。
だが、今回のそれは前例に倣うものでは無かったらしく、

「判りません。今朝、迎えにいった時にはもう居ませんでした」

そう言いつつ、探る様な目で北斗を見詰めるケンスケ。
ラナが自発的に万年床から這い出す等、極めて稀有な。
四ヶ月以上に渡って彼女の面倒を見ている自分ですら、出くわした事の無い事態。
それだけに、知っていそうな人物のリアクションから。
あわよくば、その口から裏面の事情を知りたいと言った所だろうか。
しかし、そんな彼の思惑を無視し、『そうか』と小さく呟いた後、北斗は出欠簿の彼女の欄に欠席と記入。

「洞木」

と、そのまま何事も無かったかの様に点呼を再開した。

「って、頭からスルーですか!」

北斗の薄い反応に、思わず突っ込むケンスケ。
諜報員にあるまじき堪え性の無い事ではあるが、これはもう不可抗力。
そう。彼としては、かなり必死な。どうしても有為の情報が欲しい局面だった。

「スルー? ひょっとして『どうして放って置くのか』という意味か?」

そんな想いを察してか、北斗は横文字に弱い木連人らしい事を聞き返した後、

「ああ見えても、アレは自分のケツは自分で拭ける女だ。
 勝手に生きて勝手に死ぬだけの事。心配しても仕方あるまい」

彼が知りたいであろう答では無く、考える為のヒントを提示した。

それを受け、頭をフル回転させ前後の事情を。特にヤバ目なネタを念入りに再チェックするケンスケ。
その結果、浮かび上がってきたのが夏休みの。浜茶家『海が好き』で地元のヤ○ザと揉め事を起こした一件。
もしも、あの連中のバックが動いたとしたら………
でも、何で今頃になって? ひょっとして、普段とのギャップから見付かるのに時間が掛かったから?
いや、いずれにしてもヤル事は一つだ。

「先生! 俺、チョッと気分が悪くなったんで早退します!」

「そうか。まあ、精々足手纏いにならん様にな」

キャラに似合わぬ勢いで早退許可を求めるケンスケにそう苦言を呈しつつも、北斗は目で許可を出す。
そして、駆け出して行くその後ろ姿を見送りながら『(フッ)若いな』と呟いた後、

「洞木」

と、再び何事も無かったかの様に点呼を再開した。

「………あの、北斗先生。チョッと良いですか?」

それを遮る形で。困惑顔で、恐る恐る切り出す委員長ちゃん。
何を聞きたいのかは判らないが、SHRの時間が押しているこの状況でなお彼女が尋ねてきたのだ。
これは只事ではあるまい。

「ん? どうしたヒカリ?」

それ故、北斗は彼としては限界ギリギリな優しい声音で先を促した。
この辺、教職が板に付いてきたというか、過去の数々の失敗が無駄では無かった証左である。
その甲斐あってか、何度が小さな咳払いをした後、

「あの。そろそろ空条さんを許してあげてくれませんか?
 彼女ももう充分反省しているでしょうし、いつまでもあのまま放って置くのは如何なものかと」

ウミとラナについては、『あの娘達は先生の同類なので心配するだけ無駄』と認識しているらしく、敢えて触れずにスルーしつつ、
委員長ちゃんは、本日付けで転校してきたミオの救助を求めた。
そう、彼女は現在進行形でピンチに陥っていた。何故かと言えば………



   〜 40分前。第一中学校、校門前 〜

「(ふぁぁ〜〜)っと」

出かけに色々あった所為で、何時もに増してテンション低く。
欠伸など洩らしながら、さもダルそうに歩く北斗。
教師が出勤する早めの時間帯とあって登校中の生徒は疎らだが、それでも後難を恐れてか彼を避け、あたかもモーゼの十戒の如く左右に分かれて人垣を形成している。
そんな、校門までの一本道へ割って入る小柄な人影が。
着崩した感じの。否、動き易い様に所々簡易な改造が施されているっぽい第一中学の制服を着込み、
額に『一撃必殺』と書かれたハチマキを絞めたツインテールの少女が、彼の前に立ちふさがり、

「お初にお目に掛ります。私は空条流重自在拳、空条ミオ。
 影護北斗殿、いざ尋常に勝負!」

そんな勇ましい口上と共に、ファイティングポーズを。

「(ハア〜)」

オーソドックスな半身の構えから此方のスキを伺っているらしいミオを前に、思わず溜息が零れる。
どうやら、また馬鹿が来たらしい。
しかも、正直言って気に入らない態度だった。
単に形振り構わず自分を殺したいのであれば、この場を戦場に選んだ選択眼は悪くない。
教職と言う名のぬるま湯の如き日常に浸かる直前の、自分が最も油断するであろう瞬間。
しかも、周りには複数の生徒達が居て、人質には事欠かない状況。
もしも彼女が只の刺客であったなら、『中々目端の利くヤツだ』と内心褒めてやったかもしれない。
それを、不意打ちを仕掛けてくるなら兎も角、堂々と姿を現した挙句に高らかに名乗り上げとは。
正に愚の骨頂。興醒めも良い所だ。

そして、もしも口上通りに彼女が正々堂々たる勝負を望んでいるのだとしたら、これはもう輪を掛けてどうしようもない。
そう。正式な決闘に拘るのであれば、その作法を守って、それなりの手順を踏むべきなのだ。
北斗の中では馬鹿の代名詞であるヤマダやラシィでさえ、その辺の最低限の礼儀くらいは心得ている。
それをコイツと来たら。こんな人目のある中、此方の都合も考えずに……………

「ヤッ! ヤッ! ヤッ!」

と内心で愚痴っている間に、目の前の馬鹿娘が仕掛けてきた。
が、その所為で、北斗のヤル気は更に低下した。
教科書通りの手数を重視した順突きの連打。
錬度こそシンジやトウジより若干上な様だが、只それだけの何の捻りも無い攻撃。
これで自分に勝つつもりなのかと思うと、もう失望を通り越して呆れてしまう。
とゆ〜か、自身の連打が上体の動きだけでかわされカスリもしていないというのに、何故こんなに自信満々に攻撃を続行できるのだろうか、この娘は?
もう何十発も繰り出しているんだから、そろそろ力量差というものを悟ってくれても良さそうなものだろうに。
と言って、こんな衆人環視の前で生徒に手を上げたら、また神楽坂(2Bの担任を務める同僚の女教師)のヤツが五月蝿いし……………嗚呼、もう面倒臭い!

そんな今にも耳の垢でも穿りだしそうな劣悪極まりないテンションの中、
もはや防御を捨てて全力攻撃を仕掛けてきているミオを、北斗は教師としての体面から嫌々ながらも穏やかに取押えに掛る。
だが、彼女の右正拳を左手で受け止めようとした際、予期せぬ事が起った。
体重移動はおろか碌に腰も入っていない手打ちの拳が、信じられない様な重さを。
拳打の測定値で測れば700前後と、優人部隊の者でも中々居ない。
剣の月臣元一朗、柔の白鳥九十九と並ぶ三羽烏の一人。八極を修めた剛拳士として知られる秋山源八郎クラスの高威力を誇っていたのである。

「(チッ)」

思わず舌打ちが。
舐めて掛っていた事もあって、流石の北斗も威力を殺しきれず体勢を崩す。

「超重力拳!」

その隙を狙って、技名も高らかに嵩に掛って攻め立てるミオ。
その内の何発かを今度は丁寧に弾きつつ、北斗は彼女の技を冷静に分析しその特性を探る。

そして、それに気付く共に納得した。
要するに、コイツは偶々戦闘向きな能力を持って生まれてきた所為で、自分を強いと勘違いしているド素人だと。
馬鹿の一つ覚えな連打を繰り返している事から見ても、おそらく技と呼べそうなレベルの物は、順突き、正拳、鉤突き(フック)の三つだけ。
まして、それさえ大した錬度のものでは無い。
予め対策を立て、その特殊能力を封じ込めさえすれば、多分、シンジでも勝てるレベルだろう。

だが、この手の性格のヤツは技で破れても。
どこかのKO狙いの勘違いボクサーの如く、己の土俵以外での敗北を認めようとしないもの。それでは勝っても意味が無い。

「仕方ないな」

自嘲気味にそう呟いた後、この困った生徒に教育的指導をすべく、北斗は久しぶりにその肉体の潜在能力を全力開放。更に氣に依る身体強化を。
普段の十数倍に高まった筋力によって、ミオの右正拳突きを正面から受け止め、左手でその手首を掴んで拘束。
返しの左鉤突きもまた、同じ要領で封じ込めた。

「さて、これで両手は使えんな。次は蹴りか? それとも、このまま俺を押し潰しに掛かるか?」

ニヤリと意地の悪い笑みを浮かべつつ、そう尋ねる北斗。
最早ミオには後者以外に選択肢が無いのを判った上での、なんとも人の悪い質問である。

さて、此処で少々状況説明をさせて頂こう。
通常、正拳突きの破壊力は、大まかに言えば握力×体重×スピードによって決定する。
従って、拳にキレもスピードも無く震脚を伴う発剄も行なわれていない以上、
達人級の破壊力を得る為には、どれほど軽量に見えようと消去法で体重が常識外なまでに重い事になる。
そう。ミオの超重力拳とは、インパクトの瞬間だけ自分の体重を数倍に引き上げる事で打撃力を大幅アップさせるという、
生まれながらに強靭な肉体を持っている使徒娘ならではの必殺技なのだ。

実際、両手を拘束してガップリ四つの体勢になった事で北斗自身もその能力の勢力化に入ったらしく、丁度、ダリアを発進させた直後くらいの負荷が。
約5G程の重みが身体に圧し掛かってきている。
無論、この程度のGなど北斗にとっては大したものではないが、目の前の少女はこれが精一杯。
大腿筋の張り具合からみて、両足を踏ん張っていなければ今にも潰れそうな。蹴り技を出すなど論外な状態にある。
かと言って能力を解けば、自分の剛力に対抗する術が無くなり、そのまま一捻りにされる事になる。
それ故、本来ならばこのまま我慢比べを続け、この膠着状態から脱出するチャンスを伺う一手しかないのだが、

「ち…超重力拳7倍!」

北斗の挑発にしっかりのっかり、ミオは躊躇う事無く短期決戦に。
ベ○ータと対決した時の孫○空の如く、自身が無理なく操れる範囲を逸脱した能力の行使を。

「8倍! 9倍! じゅ…10倍だあ〜っ!!」

ついには、明らかにオーバースペックな領域へ。
それでも能力発動に成功。と同時に『決まった!』と勝利を確信する。
だがそれこそが、北斗の注文通りのリアクションだった。

「気は済んだか?」

「そ…そんなあ〜〜っ!!」

何事も無かったかの様に問い返され、愕然とするミオ。
そして、その心が折れたのを確認した後、

「それじゃ逝って来い」

と、どうでも良さそうな調子で宣まうと共に、北斗は掴んでいた左手を放してそのまま一本背負いを。
いかにも軽々とした滞空時間の長い投げだった所為か、一瞬、彼にしては手加減をしているなあと思うギャラリー達。
だが、現実は常に非情だった。
落下スピードと体重は確かに凡庸なものだったが、そこに10倍の重力が掛け合わされた結果、

   ドゴ〜〜ン!

大気圏外から地表に激突と、第一話から落下ネタを披露したテッ○マン・ブ○ードの如く、その身をもって校庭にクレーターを作成するミオだった。



   〜 再びSHR中の2Aの教室 〜

「ふむ。確かに、あのまま校庭に大穴を開けておくのはチト拙いな。シンジ、トウジ、後でアレを埋めて…………」

「そうじゃなくて! あの穴の底で今も苦しんでいる空条さんを助けてあげて下さいって言ってるんです。
 確かに、今朝の一件は彼女に非がありますし、先生にしてみれば軽いオシオキのつもりなんでしょうけど、私は、これ以上は明らかにやりすぎだと思います!」

多少逆ギレが入っているものの、迷いの無い瞳でそう言い切る委員長ちゃん。
その姿を眺めながら『おしいな』と北斗は既に何度目になるか判からない感想を抱いた。
己が正しいと思う事を正しいと言い切る。
口で言うのは簡単だが、これを常に実行するのは容易な事ではない。
ましてや、葛城ミサトの様にダダっ子の論理では無く、理性的な対話をもってそれを行なおうとするならば尚更だ。

それだけに残念でならない。
そうした稀なる気概の持ち主が、どこから見ても非戦闘員である事が。
実際、北斗の見立てでは、武道家に必要な精神的成熟度に関しては、委員長ちゃんのそれは今のシンジすら伍する程のもの。
あの勢いだけで覚悟に欠けたエセ武道家娘に、彼女の爪の垢でも煎じて飲ませてやりたい位だ。

「なあ、ヒカリ。『人間の力は、普段は三割しか使われていない』って、話しを知っているか?」

満を持しての冗談が滑った上に、このまま委員長ちゃんに誤解されたままでいるのも面白く無い。
それ故、北斗は裏面の事情を。能力が暴走したらしく、今も十倍の重力下にあるミオをほったらかしにしてある理由を語り出した。

「えっと。『身体の安全性を保つ為に脳にリミッターが掛かっている』って話の事ですか」

「まあ、そんな所だ。それでな、実を言うと、俺達武道家は、その残りの7割を使えるんだ」

そりゃそうでしょうね。
と、北斗の数々の偉業(?)を反芻しつつ、胸中で納得する委員長ちゃん。
その横で、アスカが呟いた『嘘ばっかり。たかが3倍チョッとでアンタみたいな化け物になるワケないじゃない』という意見にも激しく同意する。
が、その時、北斗のセリフの一部に違和感を憶えた。
俺達? 複数形? って事はまさか!?

「そう。今もって半人前以下のウデしか無いんで意識的に使うのはまだ無理だが、シンジやトウジも十割の身体能力を引き出した事がある」

言葉の意味が伝わったのを見計らい、徐にそう宣う北斗。
と同時、まだまだ一般人だと思っていたクラスメイトがそんな人外魔境に片足を突っ込んでいた事に驚愕する2Aの生徒達。

「「「ええっ!?」」」

「って、トウジ。お前まで驚いてどうする」

その輪の中に、自分の弟子の姿を見つけ、思わず眩暈を覚える。

(なあシンジ、わし等ってば何時の間にそんな凄い事をヤッたんや?)

(一番最初にだよ。ほら、入門した直後、毎日徹底的に走り続けたでしょ。
 アレは臨界業って言って、意図的に極限状態に追い込む事で火事場の馬鹿力的な潜在能力を引き出すのを目的にした修行だって、
 例の決闘が終った後に教えて貰ったじゃないか)

(おお。(ポン)そう言えば、何となくそんな事を習った様な気がするのう)

小声で、もう一人の弟子がフォローを。

「(コホン)兎に角だ。この経験の有無こそが、武道家と一般人とを隔てる最初の壁だと俺は思っている」

その様子に安堵しつつ、北斗は委員長ちゃんの方に向き直り改めて話しを進める。

「つまり、アイツは今、現在進行形で頑張っている訳だ。精々、暖かく見守ってやれ」

「あ…あのまま潰れちゃったらどうするんですか?」

「無論『そこまでの器だった』というだけの話だ。
 まあなんだ。一応アレも俺の生徒だからな。チャンと命だけは助けるから安心しろ」

「そのセリフのドコを安心しろって言うのよ!」

あまりの事に、ついに敬語すら忘れる委員長ちゃん。
と、その時、噂の少女が五行山に封じられた斉天大聖の故事の如く。
まるで轢死体の様にピクリともせずに寝転がっていたクレーターの底より土煙が。

「もんがあ〜〜!!」

爆発的に膨れ上がった氣と共に、雄叫びも高らかに空条ミオが復活。
無差別に重力倍化攻撃を。二昔前の超能力漫画っぽく、自身を基点としたその周囲の大地を抉り出した。

「やれやれ。どこまでも傍迷惑なヤツだ」

そう言って嘆息した後、北斗は2A教室の窓よりふわりと跳躍。
正気を失いバーサークモードに入った。只でさえ大ダメージを負っていた校庭に止めを刺し始めたミオを安らかに寝かし付けに向かった。



   〜 昼休み。再び2Aの教室 〜

「(モグモグ)やれやれ。酷い目にあったわ」

「酷い目もナンも(モグモグ)自業自得やろが」

斜向かいの席にてそう呟く。一時限目から四時限目までを保健室のベッドで寝倒した後、昼休みのチャイムと共に何事も無かったかの様に復活という、
自分でもチョッと出来そうもない偉業(?)を成遂げたミオに、尊敬と呆れを半々にした心境にてそう突っ込むトウジ。

「(モグモグ)だって、だって。人間の耐久力には(モグモグ)上限ってのがあるのよ。
 私の超重力拳は(モグモグ)それを明らかに超えるもの。
 つまり、勝算は(モグモグ)決してゼロじゃなかったんだから。
 胸を借りる意味でも(モグモグ)まずは一辺(モグモグ)最強の相手と当たってみるってのは(モグモグ)決して間違いじゃ………」

「いや(モグモグ)キッパリと間違いやて。
 そら、わしも一発がウリやさかい(モグモグ)マグレでも何でも当たりさえすれば勝てるつ〜感覚は判らんでもないけんどな(モグモグ)いきなりセンセは無いやろ、幾ら何でも。
 それこそ(モグモグ)プロテストに合格したばかりの幕○内○歩が(モグモグ)リ○ルド=マル○ネスに挑戦する様なモンやで」

「確かに(モグモグ)そんな感じだったっけ。(モグモグ)んじゃ、んじゃ(モグモグ)もうチョッとお手頃な相手に(モグモグ)心当たりない?」

「う〜ん。せや(モグモグ)わしなんてどうや?
 そら、まともにやったら勝負にならへんやろが(モグモグ)あの超能力っぽい技無しっつうルールなら(モグモグ)結構イイ線行くと思うんやけど?」

「ダメダメ。(モグモグ)相手が君じゃ、西部劇の早撃ち勝負みたいに(モグモグ)ドッチが先に当てるかっていう(モグモグ)単純な図式にしかならいなじゃい。
 ってゆ〜か(モグモグ)下手すりゃ死んじゃうよ、君。
 何せ(モグモグ)私の拳は(モグモグ)ピストルよりも危険な凶器だもん。
 おまけに(モグモグ)君の拳をまともに貰ったら(モグモグ)立場が逆になる可能性もあるし。
 そんなリスクだけが高い勝負なんて(モグモグ)願い下げだよ」

「おお。そう言えば(モグモグ)そんな気もするのう。
 実際、昔、ケンスケから聞いた話じゃ(モグモグ)その手の決闘つ〜うんは(モグモグ)銃の性能が上がった所為で(モグモグ)
 相打ちになるケースが加速度的に増えたもんじゃから(モグモグ)アホらしゅうなって廃れていったらしいし」

武道家としての資質&性格が似通っていた事もあってか、何となく意気投合。
初対面とは思えないくらい会話が弾む、トウジとミオ。体育会系特有のノリである。
だが、当然ながら、それを面白く思わない人間も居る訳で、

「ミオ。それにトウジ君も。お口に物を頬張ったまま会話するのはお止めなさいな。少々マナー違反ってことね」

と、まずはカヲリが御小言を兼ねた牽制の一言を。
その尻馬に乗って、

「あの。それと空条さん。考えがあっての事なのは何となく判るし、素人の私が口を挟むのも如何かと思うんだけど、そういった物をそんなに食べても大丈夫なの?」

既に五箱目になるカロ○ーメイト(フルーツ味)をパクついているミオに、全く別な話題を振って話しを逸らしに掛る委員長ちゃん。
実を言うと、どこかの誰かさんに話しを合わせようと、一時は必死に武道関係の知識を学んだ事もある彼女だったが、性格的に向いていない上に、
北斗の教えは一般的なそれのカテゴリーに収まらない為、結局はチグハグに。
それ故、ナチュラルにその手の話で盛り上がれるミオに対するその声音には、チョッとだけ嫉妬も混じっていたりするが、
そんな事は黙っていればトウジには判らない事なので、友人達は生暖かい目をしつつもスルーする。
この辺、女の友情である。

「そういった物? (ハッ)まさか、貴女あの忌まわしきコーヒー党なの? それともチーズ原理主義者………」

「いえ、そう言うんじゃなくてね。『そんなに沢山食べて大丈夫なの?』って意味なんだけど」

ややピントのズレた返答をするミオに面食らいながらも、何とか意思の疎通を図ろうと、委員長ちゃんは粘り強く会話を続けた。
何せ、何気に7箱目に突入中。
既に累計で2400カロリー以上と、一食分には多すぎる量のエネルギーを摂取しているのだ。
もしも三食全部この調子だとするならば、一日の総摂取カロリーは平均的な成人男子の三倍以上という事になる。
女子中学生としては恵まれた体躯の少女ではあるが、ハッキリ言って尋常な数値ではない。

「勿論よ。こう見えても、ウミちゃんよりは経済観念があるつもりだかんね。
 チャンとお店を選んで箱買いしたから、一個当たり100円チョッと、とってもリーズナブルだよ。(エッヘン)」

「そういう意味でもなくて………あの。ひょっとして、朝食と夕食もカロリー○イトなの?」

「ううん。夕食は、約50kgで1万円ポッキリっていう兎に角安かった干し肉を7個ばかり仕入れてあるんで、それを適当なクズ野菜と一緒に煮込んで鍋に。
 朝食は、それをオジヤにしてるの。
 いや、コッチの方が美味しいし安く上がるんでホントは昼食もコレ系にしたいんだけど、流石に学校にコンロと鍋を持ってくる訳にもいかないしね」

「そ…そうなんだ」

聞けば聞く程に想像を絶する。もう、どこから突っ込んで良いのか判らないミオの食生活に、顔に縦線が。
もはや相槌を打つのが精一杯な委員長ちゃん。
だが、そんな彼女を尻目に、

「う〜ん、そりゃまたシュールちゅうか。けんど、チョッとソソられるシチュエーションやのう。
 一辺、ヤッてみたいもんやな。センセに頼んだら、許可を貰えんもんやろか?」

興味津々といった顔付きで、そう宣うトウジ。
そして、それに呼応して、

「あんたバカァ? そりゃ、あの『俺が正義だ』教師なら、その程度のゴリ押しなんて簡単でしょうけど、
 この残暑なんて言葉じゃ到底言い表せない殺人的な気温の中、ナベ物なんて食べられっこないでしょ。
 つ〜か、アタシの目が黒いウチは、そんな暑苦しい物を教室に持ち込むなんて許さない………」

「キムチ鍋に一票」

「って、いきなりナニ言ってんのよ、レイ!」

「辛くて夏場でも美味しい。私、アレに入っているニラとおもちが好き。アスカの目も黒くない。問題ないわ」

「えっ? えっと、確かに私の目は蒼いけど、それは言葉のアヤって言うか………チョッと、カヲリ、マユミ。このバカに何か言ってやってよ!」

トウジの言を馬鹿な事と切って捨てようとするも、無意識の内に味方だと思っていたレイが造反。
独特の調子で語られる彼女のズレ捲くった三段論法に対応しきれず、体勢の立て直しを兼ねて、その保護者達にヘルプを求めるも、

「う〜ん、困ったわね。確かに、この陽気の中で鍋物を頂くのは少々遠慮したいですし………
 此処に新たな冷房設備を増設するには、どのくらい掛るかしら? 上手く、業者の方のスケジュールが合うと良いのだけれど」

「あと、教室内の設定温度を下げて貰う為の根回しも必要ですよね。幾つくらい包みましましょうか?」

「そうですわねえ。校長先生に1本(百万円)、空調会社の方々に3本程お渡しすれば………」

「って、食べる方向で話しを進めてど〜する!
 とゆ〜か、たかが鍋食う為に一体幾ら掛ける気よ、このブルジョワが〜〜〜っ!」

彼女達は彼女達で別のベクトルで常識が無かった為、四面楚歌に。
そんなこんで、今日も今日とて、もはや2Aの名物とも言うべきアスカの咆哮が教室に響き渡る。
その甘美と呼ぶには些か激しすぎる音色を背にして、

「ごちそうさまでした」

と、一人、恙無く食事を終えた事もあって、さりげなく席を後にするシンジ。
一見コソコソしている様にも見えるが、これは先日習ったばかりの穏行術を実地で試しているだけであって、決して逃げている訳じゃない。
そんな、もっともらしい言い訳を胸中で並べつつ、『カウンターパンチャーか。うん、好みのタイプだわ』てな感じに、
チョッピリ危険な転校生に目を付けられる前にその身を隠さんとする、いまだに主人公としての気概というものに欠ける彼女だった。




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