>OOSAKI

  〜 3時間後。午前8時、ダークネス秘密基地、大首領室 〜 〜

半月程前、ささいな行き違いから尊敬する上司と仲違いしてしまった挙句、勢いだけで彼の元を出奔したナカザト ケイジ(元中尉)は、
己の愚行を悔やみつつも引っ込みがつかず、酒に溺れる毎日を。

『(グ〜、グ〜)』

行く当ても無く、路地裏で酔い潰れては、そのまま夜明けを迎えたり、

『おう、兄ちゃん。人にぶつかっておいて、謝りもせんで行くつもりかい?』

『(ヒック)うるせえ。無駄にツルんで歩いてる(ヒック)テメェ等が邪魔っけなんだよ』

『上等だ、この酔っ払いが。この世ン中の礼儀ってモンを教えてやるぜ』

   バキ、ドス、ドス………

時には、頭にヤの付く自由業の方々に喧嘩を売った挙句、ボコボコにされたり、

   ザ〜〜〜〜〜

『あはははははははっ!……………(グスッ)』

時には、大雨の中、笑いながら泣き崩れたり、

   ワン、ワン、ワン、ワン!

『(シッシッ)アッチ行け!』

   ガブッ!

『ぎゃやああああ〜〜〜〜っ!』

時には、野良犬に吼え掛けられた挙句、お尻を齧られたり。
そんな、落ちぶれ方までがマニュアル通りな、それはもう人として最低な生活を送っていた。

だが、そんなどうしようもない彼に、ある日、転機が訪れた。
なんと、店先で行き倒れになるという非常に迷惑な死に様を晒そうとしていた所を拾ってくれた、天使の様に………
という比喩表現は、神様がアレな所為か何となく侮辱な様な気がするので敢えて避けて。 (コホン)兎に角、とても心優しい女性が現れたのだ。
そのまま、彼女の好意で、全身無職のマダオから喫茶店のウェイターへと社会復帰を果たす事に。
しかも、店の二階に住み込みと、一つ屋根の下で暮らす願っても無いシチュエーション。

『知ってるか、ナカザト? 公務員のバイトは厳禁だって事?』

おまけに、慈悲深い人格者であるオオサキ提督は、いまだ彼の軍籍を剥奪していなかったので、帰るべき場所が。
ついでに、結婚資金までが順調に溜まっていく。
そんな恵まれ捲くった状態にありながら、最後の一歩が踏み出せず、無為に時を浪費するナカザト。
きょう日、少年向けのラブコメ漫画でも中々見られない様な優柔不断っぷりである。

しかし、そんなヘタレな彼をして、長期連載向けの牛歩戦術を捨てざるを得ない急展開が勃発。
なんと、彼女はナオの知られざる妹の一人。クリムゾンの尖兵たるブーステッドマンだったのだ!

………
……

「う〜ん。折角、山場のシーンだというのに肝心の絡みの部分が上手くいかんな」

「提督」

「矢張り、件のモモセ君の素材用画像データが少なすぎるのがネックか」

「提督!」

「ケンスケ君には、今後も頑張って貰わなくては………」

「提督!」

チッ。丁度、上手く構想が纏まり掛けていた所だったのに。
舌打ちしつつ、上司の心、部下知らずな。恩知らずの極みな男の方へと顔を向ける。

「なんだ? 今日は珍しく書類仕事の類を持ってこなかったり、昨夜の件の報告書すら“まだ”だったり、ナイショでケンスケ君に隠し撮り写真を焼き増しして貰ったりと、
 まるで初恋を経験したばかりの小学生みたいなリアクションを取り捲っている、我が副官のナカザト」

「なっ!? なぜ提督がその事を……………
 い…いえ、違います。アレはあくまで2015年世界に関する文化風趣の参考資料の一つとして現地工作員より渡されたものであって、
 決して疚しい目的で入手したものではありません! 本当であります!」

って、どんだけ嘘が吐けないんだよ、お前は?
ああもう。昨夜、初めて任せてみた作戦指揮に関しては如何にか及第点をやれるものだったのに、折角上がった自分の株価を別の分野で暴落させやがって。
ホント、どこまでも手間の掛かる男だよ、まったく。

「(コホン)まあ、それはそれとしまして。
 今しがた編集されていました映像は何なんですか? どうも、自分の声も収録されていたいた様なのですが………」

と、呆れる俺を他所に、どうにか気力を持ち直したらしいナカザトが、話を逸らすつもりでストライクな質問を。
そのドツボ振りに流石にチョッと同情したが、躊躇うことなく止めを刺す。
そう。いずれコイツは、俺の跡を継いで貰わなくてはならない人材。
今の内に、徹底的に鍛えておかなくてはならない。

「ああ、コレか。お前を主演に、今後の展開ってヤツをディスカッションしていたんだ。
 ほら、最近はCG技術が発達しているから、わざわざ台本とか書かなくても。
 フリーの素材集とかを流用するだけでも、M○D動画とかを作るノリで、概ねイメージ通りのカットを映像化出来るからな。いや〜、便利な世の中になったもんだ」

「………今後の展開でありますか?」

「そうだ。一大スペクタルな大冒険を通じて、普段はケンカしちゃうあの子と急接近ってのが劇場版のお約束だからな。
 まあ、そんな訳で心配は無用だ。件のモモセ君とは、遅くても今年中にはツーと言えばカーというくらい。
 あたかも、某メガネのグウタラ少年と魂の名を持つガキ大将の如く親密な仲にしてみせるから安心しろ」

「自分は別に『心の友』が欲しい訳ではないのですが」

「HAHAHA、そんなにガッつくなよ。いわゆる『まずはお友達から』ってヤツだ。
 もっとも、この決まり文句の元ネタである某出会い系番組では、こう言って結ばれたカップルは、そのほとんどが二度と出会う事無くそのまま自然消滅したらしいがな」

「それじゃ何の意味も無いでしょう!」

「そんな事はないぞ。傍で見ている分には実に楽しい」

「ああもう。どんだけ悪趣味なんですか、提督は!?」

当初は如何にか平静を保っていたものの、ついに何時も通り喚き始めるナカザト。
だが、今回のそれは只の空騒ぎでは無い。明確な別の意味があった。

此処までの俺とナカザトの会話の流れを思い出して欲しい。
そう。当の本人は気付いていないというか、感情の爆発に任せて無意識かつ反射的に言っているだけなのだろうが、
コイツは、件のモモセ君との仲を否定しなかったばかりか、消極的ながらもそれを認める発言をしているのである。
これで言質は取ったも同然。もはや遠慮は無用だ。(ニヤリ)

「判った、判った。それで、話は最初に戻るが、何の用だ?」

と、取り敢えずの矛先を収め。胸中では新たな陰謀(?)のネタなどを模索しつつも、表面上は話を切り替える。
それに安堵したらしく、ワザとらしく咳払いなどしつつ、

「(コホン)そうでした。提督、そろそろ………いえ、既に体育祭の開会式が始まっている時刻です。ブリーフィングルームの方にお急ぎを」

次いで『チョッとミスった』といった顔で、そう促してきた。

「やれやれ、もうそんな時間か」

つられてマイPCの画面右下の時計を見れば、既に予定時刻を5分ほど過ぎていた。
仕方なく、作業を中断して重い腰を上げる。
そんな俺の態度に不審を覚えたらしく、

「珍しく消極的ですね」

「まあな。正直、見てもあんまり面白いモンじゃなさそうだし」

「ひょっとして、健全なスポーツはお嫌いなのですか?」

「お前は、俺を何だと思ってるんだ?」

「ノーコメントであります」

と言いつつも、『この手のお祭り騒ぎが大好きな提督がナゼ?』と雄弁に目で問いかけてくる。
そんなナカザトの態度にせっつかれ、一応、その理由らしき事を語っておく。

「だってさ〜、アスカちゃんの率いる2Aときたら、世界中の各国を代表する仰天必殺技の持ち主達を総て打ち破った、あの黄金期の。
 往年のアマチュアボクシング日本Jrも顔負けなくらい、勝って当然な戦力が揃ってるんだぜ。
 もう本命ガチガチ。単勝じゃ銀行の金利よりはマシと言う程度の、あって無きが如しな配当しか付かなかった鉄板レースだぞ。
 それでもなお敢えて大穴を狙うどこかのマッドエンジニア達じゃあるまいし、これで『盛り上がれ』って言われてもな〜」

「ですから、偶にはそういう色眼鏡を外して。もっと純粋に、若人達の祭典を応援してあげて下さい」

「判った、判った」

そんな生返事を返しつつ、俺はナカザトを伴って賭けの本会場へ。
体育祭の模様を絶賛生中継中のブリーフィングルームへと向かった。



『え〜、本日は正に体育際日和といった晴天に恵まれまして………』

到着すると、壇上のスクリーンには、薄くなった髪の毛を無理矢理撫で付けて頭全体に貼り付けた。
丁度、冬月コウゾウを横に並べれば『使用前』『使用後』ってなカンジで養毛剤の宣伝が出来そうな初老の男が、定番なスピーチを垂れ流している所だった。
既に長時間に渡っているらしく、その下方に映る並び順が前の方の生徒達は、一様にダレた顔を。
そして、それを見ているナデシコクルー&トライデント中隊の面々もまた退屈そうにダレきっていた。
実に良くない状況だ。

仕方なく、チョッとでも娯楽性を高めるべく、映像編集を担当している春待三尉に命じて、
(ちなみに、ハーリー君ことマキビ少尉は、表の仕事(外宇宙生命体との交戦記録の報告)とプロスさんからの求めで地球に出張中)
監視カメラの視点を校庭のトラックの外周。各クラスが陣取る位置の更に後ろの父兄席に。
ぶっちゃけ、ナニか良からぬ事をしているであろう、グラシス中将の一派が居る所へ。

すると、予想通り無駄に豪奢な。僅か数時間で組んだ急造の物とは思えぬシッカリとした骨組みな矢倉の上には、応援用のボンボンを持ったメイド四人衆が。
その中心部に設置されたチョッと小粋なデザインのカウチには、グラシス中将が場違いなまでの貫禄を誇示しつつ、その身体を預けている。
そして、その横のゲスト席には、右側にサラ君とアリサ君が恥ずかしそうに頬を赤らめてチョコンと座り、
更にその横では、マキ君とアニタ君のバーテンコンビが、全く悪びれる事無くドリンク類の準備を。
左側の席には、どこかで見た様な妙齢の美女達が………って、アレは東中将と各務君! 
マズイ! 彼女があの場に居るって事は、当然、あの男が!

   ポロ〜ン

と、危惧する暇もあらばこそ、何処からともなく響き渡るクラシックギターの旋律。
その音の方向へとカメラを向ければ、そこには何故か水の張られたプールの真ん中に立つアカツキの姿が。
ナニか仕掛けがあるのか? それとも、ついにそこまで人間である事を捨てたのか? 判断に苦しむ所だ。

『やあ、みんな! 今日は、晴れの体育祭だ。
 持てる力を振り絞り、日頃の鍛錬の成果を存分に発揮してくれたまえ。
 およばずながら、この僕も応援させて貰うよ』

そんな俺の困惑とは裏腹に、絶好調で定番な。
それでも、中断された先程のスピーチよりは幾らかはマシな祝辞を並べ立てるアカツキ。
だが、その話の内容は、徐々に本筋から外れてゆき、

『と言う訳で、この若人達の祭典に華を添えるべく、その開会を前に一つ、アトラクションを用意してみた。
 題目は…題目はそう『愛の逃避行』だ。存分に楽しんでくれたまえ!』

そう宣言すると共に、手にしていたシャンパングラスを掲げて乾杯のポーズを。
そのまま、その杯に注がれてた美酒を美味そうに飲み干す。

   ザパ〜ン

それを合図にしたかの様なタイミングで、プールの底より水飛沫を上げて、彼の足元に巨大なハサミが。
偏光迷彩シートを脱ぎ捨てつつ、トライデントαがその雄姿を現した。

(ハッ)あ…アレは、俺が大事に暖めていた。
最終決戦辺りで演ろうと思っていた、オジサンでも出来るカッコイイ登場シーン! 畜生、先を越されたぜ!

『はははははっは〜!』

と、俺が憤慨している間にも事態は進み、アカツキとその忠臣たる中の娘。
メインパイロットを務めているであろうラシィちゃんの駆るトライデントαが、その四肢とホバー機構を駆使して父兄席に特設された矢倉へ。
プールを囲んでいた金網フェンスを飛び越え、校庭と生徒達を突っ切り、捕獲用ハサミ型マニピュレータの鎌首をもたげ、各務君を奪取せんと強襲する。
無法ではあるが見るものを熱くさせる、黎明期の宮○アニメを彷彿させるワンシーンである。
とは言え、矢張りコレは相思相愛だからこそ成立するネタであり、と同時に、現実はかの作品の如く甘くは無く、

『こんのアホが〜〜〜っ!』

  バキ! ボコ! ガキッ!

教え子達の晴れの舞台に乱入されたのが気に喰わなかったらしく、チョッピリお怒りっぽい北斗に、もうボコボコに。
もはや廃車にするしかないくらいメインフレームの潰れされた。
あきらかにオーバーキルってな感じに、念入りにぶっ壊されるトライデントα。
そして、当人達に直接的なオシオキを科そうと、彼が全壊した機体のコックピット部分を覗き込んだ瞬間を狙って、

   ドゴ〜〜〜ン!」

『(クッ)自爆だと。舐めたマネを』

『地獄へ道連れだ!』とばかりに爆発するトライデントα。
あからさまに相打ち狙いな、敵幹部の最後の攻撃っぽい荒業だ。
と言っても、彼等はそんな滅びの美学に殉じる様な殊勝な人間ではない。
程無くして、黒煙渦巻くその中から天高く飛翔して行く人影が。

『ははははっ! どうやら、今回は僕の負けの様だね。
 だが、次はこうは行かないよ。その時を楽しみに待っていてくれたまえ、千沙君』

どこかの怪盗よろしく大見得を切りながら、ゆっくりと飛び去ってゆくアカツキ。

『これぞ古の秘術、『あらあら違うわよ』の術です!』

その背後からチョコンと顔を出し、同じく見栄を切る、この手品のタネであるラシィちゃん。
そう。ぶっつけ本番でその為の厳しい特訓を積んだマッハ・バロンことサイトウと同じ。
否、それ以上に高難度のパフォーマンスを決められるのも、彼の背中にしがみ付き、ステルス製の飛行ユニットの各種制御を代行している、彼女の尽力があればこそなのだ。

『それでは、さらばだ北斗君!』

『また会おうです!』

かくて、そんな御約束な捨てセリフを残して飛び去って行く二人組。
本来ならば、此処で昴氣による波○拳っぽい技を駆使しての追撃が掛かる所なのだが、2015年世界ではそうもいかず、

『レッドフォース・バリアです!』

  カ〜ン、カ〜ン、カ〜ン

手持ちの小銭を利用しての羅漢銭(指弾)もATフィールドで弾かれ、流石の北斗も空を往くバカに手出しが出来ず、苦渋の表情で見送るのみ。

畜生。まさか、あんな露骨な専横を許してしまうとは。
これはもう、後でエリナ女史にチクって徹底的に折檻して貰わないと。
とゆ〜か、何故にトライデントαとマッハ・ウイングがアカツキの手に?
そりゃ、使徒戦中に開発された技術は総てネルガルにフィードバックしているから、やってやれなくはないだろうが、
如何やってプロスさんの監査の目を掻い潜って製作資金を捻出したのやら。
流石、腐っても会長とでも言うべきなのだろうか、この場合?。
(コホン)いや、この際そんな事は如何でも良い。俺的立場から、先ず確認しなくてはならないのは、

「班長、時田博士。アレ、ウチの機体には付いていないでしょうね?」

「な…何を言ってるんだよ、シュンさん。そ…そんな訳ないだろ」

「え…ええ、当然ですとも。
 確かに、自爆装置は科学者の嗜みではありますが、未来ある若人達が駆る機体にその様なモノを付ける筈が無いじゃないですか。イヤだなあ」

って、ビンゴなんかい! ナニを考えてるんだよ、オマエ等は!

「……………今日中に総て外しておく様に。でないと、冬のボーナスは出ないと思ってくれ」

あからさまに動揺しつつ、引き攣った笑顔でそんな御題目を述べる彼等に、眩暈を堪えつつ引導を渡す。
二人共、理解不能な理屈を並べ立て何事かブ〜たれている様だが、当然そんなものは頭から黙殺する。
チョッとだけ、新兵器の開発が終わった直後、口封じとばかりに、その計画に関わった科学者達の皆殺しを命じる類の人間の心境が判った様な気がする俺だった。



  〜 更に3時間後。午前11時00分、ダークネス秘密基地、ブリーフィングルーム 〜

そんなこんなで第一中学校の体育祭が始まった訳なのだが、意表を突く予想外な展開はアカツキ主演のオープニングセレモニーだけに留まらなかった。

『ハリ○ーン・ボルト!』

『ジェッ○・アッパー!』

『ローリ○グ・サンダー!』

『ギャラ○ティカ・マクナム!』

『ブーメ○ン・テリオス!』

てな感じに、次元の違う強さを発揮して見開きページで圧勝。
そんな仲間内の下馬評を大きく裏切り、なんと大本命だった2Aが大コケ。
既に大会も中盤に差し掛かった現在もなお、トップどころか下から数えた方が早い順位に低迷しているのだ。
それだけに、始まった直後のダレた雰囲気も何処へやら。皆、顔色を変えて焦っている。
取り分け、檄し易い性格の鷹村二曹と赤木士長などは、モニターの真ん前に齧り付きエキサイト。
声を枯らさんばかりに、もはや応援とも悲鳴とも区別の付かぬ絶叫を上げている。

そう。単勝では賭けてもあまり意味が無い。
かと言って、賭けに参加しないのもつまらないので、皆、少しでも配当を上げる為に、2A流しで連勝単式の賭け札を買っている。
従って、このままでは親の総取りとなり、画面の向こう側の2Aの生徒達と共に、敗北の歌を合唱する事になりかねないのだ。

「(クッ)よもや、こんな事になろうとは。この俺の目をもってしても見抜けなかったわ!」

思わず、搾り出す様な悔恨の言を漏らす。
そんな俺に、ナカザトはのほほんとした口調で、

「そうですか? 自分としては、わりと良くある展開だと思うのですが」

(ハア〜)気楽でイイなあ、お前は。今回も一人だけ賭けに参加してないし。
少しは、二匹目の泥鰌を狙ってギャンブルに出た挙句、見事に玉砕した。
圧倒的な大差でビリケツな。もはや完全に優勝の目が無くなったB組に大枚賭けていたもんで、既にorz状態な二人組の心中も察してやれよ、まったく。

とは言え、コイツの言もまたそう的外れなものではない。
実際、『エースの不調が伝播してチームが崩れる』ってのは、確かに良くある話だ。
ましてや、敵チームの士気が異様に高いとあっては尚更である。

競技の合間合間に、2Aの生徒達が詰めている区画がアップに。
画面に映るカヲリ君の顔は、何時も通りの優美な笑顔を称えている。
だが、その額には常ならぬ井型のマークがハッキリと浮かんでいる。
内心では、相当お怒りの御様子。このままボロ負けした日にはきっと、グラシス中将と言えどもタダでは済まないだろう。
そう、この2A不審の原因の一つ。敵チームの士気がこれ以上ないくらい上がっているは、あきらかに彼の老人の御乱行の所為だったりするのだ。

考えてみて欲しい。
確かに、幾つかの事例を経て、漫画染みた大金持ちだと認知されて久しい。
もはや第一中では知らぬ者とて居ないグラシス中将のやる事なので、今更、専用の特等席を作ったくらいでは誰も驚かない。
だが、その上に何人もの美女達がズラリと鎮座しているとなれば、話は全く違ってくる。
当人達の人徳もあってか、いかがわしさの類は感じられないものの、それでも充分羨ましいと言うか、
傍から見れば、人生の勝ち組を通り越して、アキトも顔負けな質量を揃えたハーレム状態なのだ。これはもうシャレにならない。

実際、下の段に座る他の2Aの父兄の皆様は、既に諦観の境地に。
苦笑いを浮かべつつも、中将の余禄でわりと快適な観賞状況にあるゆえさほどでもないが、それ以外の。周囲からの目はかなりイタイ。
もしも憎しみで人が殺せたらなら、流石の中将も今日が命日になりかねないくらい嫉妬の視線が集中している。
取り分け、思春期の少年達からのそれは、既に概念レベルで現世に影響を与えかねない質量が。
所謂、『若さ故の情念』というヤツである。

そして、その想いは一つの形を伴って現れた。
メイド四人衆を初めとする色とりどりの美女達からの黄色い声援を受けている、許されざる大罪人達。
『2Aの連中にだけは負けるな!』とばかりに他のクラスの男子達は団結しあい、その結果、2Aの男子の成績は全く振るわない。
ぶっちゃけ、点数の加算に反映されない順位しかとれない状態に。

とまあ、これだけでも相当に不利であるにも関わらず、計算違いは女子の方にも出た。
勝利を確実視されていた、使徒娘達の成績不振である。

取り敢えず、カヲリ君とアスカちゃんに関しては前評判通りの活躍をした。
体育祭のルール上、一人が参加出来る種目の最大数は三つ。
それを守りつつ効率良く稼ぐべく、なるべく点数の高い種目を選んで出場し、その総ての競技で一等を取った。
陸上競技があまり得意でなかったレイちゃんもまた、水泳競技では大活躍。
メドレーリレーのアンカーを勤め、見事にチームをトップに導いた。
しかし、他のエース達は。使徒娘達は、いっそ見事なまでに玉砕したのだ。

まずはラナちゃんだが、彼女に関しては誰も期待していないので割愛する。
参加は一種目のみであり、まだ出場すらしていないが、まあ多くは求めまい。
失格になる様な不始末さえしでかさなければ、それで恩の字である。

問題なのは他の二人。
水泳競技の本命であり、勝って当然だと。
心配なのは、あまりに速過ぎてその異常性に気付かれる事だけだと思われていた、ウミちゃん。
彼女は、自由形50m、自由形100m、個人メドレーの3種目に参加し、その総ての競技で失格した。

『何故!? どうして!? 極限まで速さを追及した、ジェニファー直伝のシャーク泳法のどこが悪いって言うのよ!?』

そう。その泳ぎには重大な欠陥があった。
なんと彼女、国際水泳連盟が定めた正規の泳法が。
クロールとか平泳ぎと言った普通の泳ぎ方が出来ない娘だったのである。

なんと言うか、そりゃあ自分より数段速く泳ぐ娘に泳ぎ方を教えようだなんて、トップ・アスリートの恩師になる類の野心の無い。
所謂、普通の体育の先生はやりたがらないのも判るんだが………
頭から無視して、ほったらかしというのも教育者として如何なものかと。

とにもかくにも、確立された泳法の形骸化とやらを懸念するどこかの偉い人の意向によって、21世紀の水泳界は潜水泳法に甚だ優しくない。
ぶっちゃけ、新たな泳法の確立を認めない方針を採っている。
従って、ニューウエーブ過ぎて常人にはマネをする事すら困難なウミちゃんのそれは、どれほど速くても公式戦では無意味なものだったりしたのだ。

だがまあ、彼女の場合はまだ救いがある。
何故なら、不可抗力な部分が。こうなった責任の半分位は、件の体育教師の怠慢の所為だからだ。
いや、実際問題、如何に天才的な頭脳を誇るカヲリ君とアスカちゃんでもコレに気付けという方が無茶と言うか。
俺自身がそうだった様に、中学校の体育祭で此処まで厳密に公式ルールが適用されるなんて予測不能だったろうし。

そんな訳で、今回、最も問題なのはミオちゃんだった。

   ガシャン、ガッシャン、ガッシャン!

『って、少しは避けろ〜〜〜!』

障害物競走では、ネットやハードルや跳び箱といった障害をガン無視。
どこかの地上最強のオヤジの如く、その総てを粉砕してゴールへ一直進。

『『『オーエス!オーエス!』』』

『えい』 『『『キャアアア!』』』

   ドタタッタタ!

綱引きでは、空気を読まんとフルパワーを発揮。
力が均衡していた所への唐突な重心移動によって敵・味方の双方を粉砕。

『って、ナニやってんのよ、アンタは!』

『(フッ)攻撃は最大の防御よ』

『こんのアホ〜! モノには限度ってモンがあるのよ!』

棒倒しでは、守備の要たる棒を支える役でありながら棒を持ったまま攻撃に参加するという、ルールを根底から覆す。コロンブスも呆れる様な暴挙に出る始末。
これはもう、本大会のMVPものの大活躍と言えよう。勿論、悪い意味で。

『でも、この仕打ちは良くないって言うか、体罰なんて何の解決にもならないと思うの』

『うっさい。それ以上ガタガタぬかしたら、もう一枚石を乗せるわよ』

かくて、画面の隅では、アスカちゃんがA級戦犯の制裁を………じゃなくて、コマッタちゃんなクラスメイトに教育的指導を。
正座の上に重しを乗せるという日本の伝統に則った古式ゆかしい方式で、ミオちゃんに反省を促す中、

  ピン・ポン・パン・ポン

『体育祭本部より通達です。今、トップのランナーが校門近くまでやってきました。
 1年生は、200m走を一時中断。2年生による5qマラソンの為に場所を空けて下さい』

との放送が入り、トラックに詰めていた生徒達がその内側への退避を終えると、それを待っていたかの様なタイミングで校門からシンジ君が。
そのすぐ後ろに、中学生にしてはそこそこ長身で体格の良い。
如何にも運動部のエースといった感じの少年が三人程追走中。
そのまま、トラックに入ると同時にラストスパートに。一気に彼女を抜き去りに掛かる。

スピーカーより流れるBGM、『天国と地獄』の序奏。
別名『駆け足行進曲』と呼ばれるそれをバックに、遠目にもハッキリ判るくらい少年達のペースが上がってゆく。
だが、その差が縮まらない。否、それどころか、徐々に引き離されてゆく。
トラックを半分程回った所で、少年の一人が限界に達したらしく失速し、トップ争いから脱落。
他の二人は最後まで粘ったものの最後まで差を詰められず、結果、そのままシンジ君の勝利で競技は終了した。

『只今の5q走の結果は、1着、2A、碇シンジ君。2着、2F、雲童ハジメ君………』

結果発表のアナウンスを背に受けつつ『あと一歩だったのに』と言わんばかりの表情で悔しがる二人の少年達。
どうやら、その『一歩』がどれほど分厚いものなのかには気付いていない様だ。

そう。俗に『マラソンとは自己との闘い』などと言われるが、なにもタイムだけが総てという訳ではない。
コーナーで鎬を削るF1レース程ではないにせよ、駆け引きがモノを言う部分が確かに存在する。
それ故、シンジ君を先行させていたのは決して不自然な事ではない。
何故なら、その方が有利と判断したから。
昔、先行したまま逃げ切れないイカ○ガーというマラソン選手が居たが、その先例が示す通り、暫定トップの者は寧ろ不利な条件が少なくないからだ。

ちなみに、当時はそんな彼の二番煎じを行う者が。
純粋なアマチュアである学生諸氏と違って、会社の名前を背負って走る場合、トップ集団の一人としてTVに映る為に、最初の数qに照準を絞って調整を。
自己の実力以上のPR効果を上げた後は、大会役員に目を付けられない程度のペースで完走を目指す。
そんなプロ意識に徹した選手が結構いたらしい。
ホンに世知辛い世の中である。

閑話休題。兎に角、敢えてシンジ君を抜かず、リズムを掴みつつ体力を温存する指針に。
勝負所である終盤までのペースメーカーにしていた三人の少年の選択は決して間違ってはいなかった。
彼等の失態は、彼女の武器を知らなかった点にある。

格闘ゲームの影響からか、女性キャラというと攻撃力が低い代償にスピードが速いというイメージがあるが、これはあくまでゲームバランスを取る為の方便に過ぎない。
オリンピックの各種記録が指し示す通り、純粋な体力勝負となると、どうしても女性は男性に及ばない。
これは絶対の真理である。少なくとも表の世界では。

そして、シンジ君はと言えば、いまだ裏の方にチョコッと足を踏み出した程度の技量。
従って、実の所、彼女の陸上関係のタイムは、女子中学生としては既に相当なレベルにあるものの、
男子のそれとしては、運動部のエース級と当たった場合、勝算は薄いと言わざるを得ない程度のもの。
しかし、これはあくまで、まともに勝負した場合である。
ついでに言えば、いまだパワーやスピードの上限を。
14歳少女の限界値という名の壁を越えられないだけであって、持久力という点においては、既に特筆すべきものを持っている。

瞬発力が総ての短距離走とは違い、長距離走ならば、体力差を誤魔化す方策は幾らもあるし、
北斗の弟子であるシンジ君にとっては、5qなど大した距離ではない。
そう。おそらくは、彼女の狙いは最初からトラック勝負。
レース序盤からトップに立つ事で頭を抑え、足音から後続の少年達との距離を測り、
『何時でも抜ける』と思わせつつも、実際に抜き去るには困難という微妙な。タイム的には平凡な速度を維持。
そして、常人にとっては疲労がピークに来る終盤で、己の武器を発揮。
温存していた体力を注ぎ込み、たった今400m走が始まったかの様なスピードで一気に逃げ切った訳である。

  ピン・ポン・パン・ポン

『体育祭本部より通達です。
 中断していました1年男子の200m走が終了次第、2年男子による800m走を行いますので、選手の方は入場門へ集合して下さい』

放送の指示を受け、その足で次の競技へと向かうシンジ君。
ちなみに彼女、5q走のチョッと前には1500m走もこなしている。
休み無しで長距離走の3連投と、普通なら『ふざけんな』というラインナップだ。
とは言え、これは仕方がないだろう。
実際問題として、いくら競技時刻が重ならないとは言え、この3種目の総てに参加する生徒なんて学校側も想定していなかったろうし。

『只今の800m走の結果は、1着、2A、碇シンジ君。2着、2F、似蛭田ケン君………』

とか言ってる間に、比較的距離が短かった事もあり、800m走も終了。
競技中、どこかの格闘家の如く重いコンダラ……じゃなくてローラーを引き摺るイメージに囚われる事も無く、僅差ながらもシンジ君は一着でゴールイン。
これにより、2Aは辛うじて優勝の可能性を残したまま午前の部を終えた。

流石に疲労が顔に出始めた、画面内のシンジ君。
3連戦3連勝。2A男子が得た得点の実に1/3以上を一人で稼ぎ出し、本来ならこれでお役御免なのだが………
実は彼女、あと2種目に参加しなくてはならいのだ。と言うのも、

『ほら、チャっチャと着替えなさいよ。トップバッターの模範演技がもう始まるわよ』

『大丈夫。とても似合っているから。過去の実績がそれを証明しているわ』

2A応援席にて、とある衣装を手に急かすアスカちゃんとレイちゃん。
カヲリ君もまた、優しげに微笑みつつも、さりげなくシンジ君の退路を塞いでいる。
そんな舞台裏の幕間狂言が行われている中、これまで実況役を務めていた青年。
否、良く見れば男装である事が丸判りなレベルのチャチな変装をした女性が、放送席の横に作られた即席の壇上に立ち、

『ある時は、実況中継のアナウンサー』

と言いつつ、黒ブチ眼鏡を外しつつパッと背広を脱ぎ捨て、下に着込んでいたと思しき白衣に。
眼鏡もチタンフレームのスリムな物に替え。

『またある時は、救護テント詰めの女医師』

と、再び見栄を切った後、ゆっくりと背を向けて溜めを作り、

『しかして、その実態は!』

此処で、壇上の下からスモークが。
些か邪道ではあるが、21世紀の今日では元ネタ準拠でやるには規制が厳し過ぎる故、やもえない措置だ。

『音無マリア、愛の戦士モードで推参です!』

と、名乗り上げつつサーベルを振り回して殺陣を決めた後、その切っ先を左手の掌に突き刺すポーズを。
そのまま吸い込まれ様にブレードの部分が掻き消えてゆき、パンと手を打てば、その手の中にはマイクが握られている。
その手品に合わせて、男の子なら誰もが知っている、あの曲のイントロが。

『このごろ流行りの女の子〜、お尻の小さな女の子〜』

胸元の大きく開いた例の衣装で、世代を越えて愛される名曲『キューティ・ハニー』を熱唱するマリアちゃん。
ちなみに、実写版なので、当然、倖○來未バージョンである。
そう。どうせ邪道なら、邪道のまま極めるべきなのだ。



『(ドンドン)フレ〜、フレ〜、3〜ね〜ん、び〜ぃ〜ぐ〜み〜!』

そんな彼女の全体応援を皮切りに、3年A組より順繰りに持ち時間3分程のアトラクションが。応援合戦が始まった。
そして、こういう展開になった以上、今、3年生達が演っている様な応援団風にガクランを着こんで太鼓を打ち鳴らす。
そんなオーソドックスな応援など2年A組には許されない。
そう。周囲に期待されている以上、それに応える義務があるのだ。

「暴論ですね」

「って、人のモノローグに突っ込むなよ、ナカザト。マジにテレパスかよ、お前は」

「顔に書いてあるんですよ、提督の場合」

「そりゃマズイな。ホントに?」

と、内輪ネタを入れている間に準備が整ったらしく、壇上の周囲を取り囲む形で十数本の。1m程の高さの細長い燭台の上に火の灯された蝋燭が。
その中央に、何時もの露出度重視のチャイナ服ではなく、如何にも実用性重視といった感じの功夫服を着たシンジ君の姿が。

『はい!』

掛け声と共に、右横に控えていたアスカちゃんが彼女に向かってヌンチャクを投げる。
それを振り返る事なく。目線を前に向けたまま、ブーメラン状に横回転していた棍の先端を右手で掴むと、その勢いを殺す事無く、体の内側に沿った縦の回転へと変化させる。
そのまま、その反動で一気に反対側の肩へヌンチャクを振って、首から反対の脇下へ回し、
今度はもう片方の棍の先端を左手で掴み、肩口から背中を回して反対側の腰上の位置で取る回し、再び右手に。
そんなパフォーマンス性の高い。往年の名作『燃えよド○ゴン』を彷彿させる華麗なアクションを決める、シンジ君。
そして、そのままヌンチャクを縦横に振り回しつつ、ゆっくりと右側に置かれた燭台に近付くと、

  ビュン

と、それまで以上に高速で。火の灯った蝋燭の先端部を掠める軌道で真横にヌンチャクを振りぬく。
狙い違わず、カンフー映画のワンシーンの様に、6本の蝋燭の火がフッと消える。
その勢いを殺さず重心を逆に。右足を大きく踏み出すと同時に、持っていたヌンチャクの鎖の部分を基点に手の甲の上で回して握り位置を変更。
今度は火の消えた蝋燭の隣の6本を逆手で。テニスで言えば、フォアハンドで振り抜いた体勢から逆に。バックハンドで真横に振りぬく。
計12本。右側の蝋燭の火が総て消える。

『はい!』

アスカちゃんが再び号令。今度は二丁のトンファーを。
それを左右それぞれの手で掴むと共に、軸の部分を基点にビュンビュンと。
後期OP版のアルバ○ロ=ナ○=エ○ジ=ア○カの如く振回しつつ、ゆっくりと移動。

『『えい!』』

そして、壇上の真ん中まで来たシンジ君を狙って、右側からアスカちゃんと委員長ちゃんが。
左側からはレイちゃんとマユミちゃんが次々にカラーボールを投擲。

   トス、トス、トス、トス

その同時攻撃の総てを回転させたトンファーで打ち落とす。
お次は六尺棍。その先端を穂先に見立て、震脚からの『突き』を。
それを何度か繰り返しながら左側に寄って行き、最後に真横に大きく『払い』左側の蝋燭の灯火を一気に消し去る。
その演舞の間に、委員長ちゃんが燭台を片付け、アスカちゃんが等身大の藁人形を設置。
シンジ君もまた左端まで寄って行き、レイちゃんより何やら紐状の物を受け取ると、

   シュッ

藁人形の頭部を狙って、その先端部。俗に流星錘と呼ばれる物の錘の部分を投擲。
だが、惜しくも命中せず………否、最初からコレは牽制の一手だったらしく

   ヒュイン

手首を返して引っ張る手元の動きに合わせ、通り過ぎた筈の錘がヨーヨーの如く180度転進。
藁人形の身体を基点に繋いでいた糸が絡みつき、

『えい!』

グルグル巻きになった所で、一本釣りの要領で引っ張り上げ壇上の中央へ。
シンジ君自身もまたカヲリ君の補助を受けて。バレーのレシーブの様な構えをとっていた彼女の手をカタパルトに大きく宙を舞い、
あくなき特訓(第十四話参照)の末、本当に出来る様になってしまった必殺技。
あの『ラ○ダー月面キック』を生放送で披露してくれた。

いや、素晴らしい。 北斗に言わせれば、シンジ君には武具を操る才能が欠片も無いという話だったが、素人目には全くソレを感じさせない。
先の模範演技たる、マリアちゃんのライブに勝るとも劣らぬクオリティだ。

「(ウウッ)もったいない。ホントなら、あの演舞はコレで演る筈だったのに〜」

と、右隣に置かれた意匠を凝らした金ピカな箱をペシペシ叩きつつ地団駄踏んで悔しがるラピスちゃん。
気持ちは判るが、それは出来ない相談である。

そう。現在、シンジ君を主演に2Aが演じている、この演舞。
その青写真を描いたのは、実はこの子だったりするのだ。
だが、幸か不幸か当初の野望。ライブで聖○士ゴッコをやるという目論見は、その初期段階で脆くも潰える事になる。
そして、その原因こそが、北斗がシンジ君に武具を持たせようとしない最大の理由だったりする。

と、こう言えば、もうお判り頂けただろう。
少々言い難い事だか、ソコを敢えてオブラートに包まず端的に言えば、彼女には扱いきれないのだ。本物の武具は重すぎて。

嗚呼、非力を補う筈の武具が、更に己の非力を浮き彫りにする事に。
如何に『武とは最初に力ありき』とは言え、チョッとやるせない話である。

ちなみに、今回、シンジ君が操って見せた得物の数々は総て強化プラスチック製。
一番重い六尺棍でさえ750gと、女性にも優しい大変お手軽な重さ。
コレに対し、ラピスちゃんの用意した星をも砕く天秤座の武器の数々はと言えば、あからさまに無駄な予算を掛けた24金製。
一番軽い双節棍(ツインロッド)ですら約5s。
一番重い円盾(シールド)に至っては40sを越える超重量兵器。彼女には、持ち上げる事さえ困難な代物なのだ。
コレを原典のイメージ通りに。アル○スの戦士っぽくヨーヨー攻撃に使うなど、正に夢のまた夢だろう。

『えい!』

   ドスン

とか言っている間にも、今度は件の藁人形を相手に、三節棍を駆使してホールドした体勢からの跳ね腰っぽい投げ技を披露すると共に、
その投げた勢いを殺す事無く自身も低空の前宙を決め、そのまま壇上に叩きつけた仮想敵の上に膝を落とすという、
パっと見はダンスのアクロバットの様に優美だが、その実、かなりえげつないダウン攻撃を。
最後に、形のみをそれらしく似せた模擬刀を閃かせて見得を切った後、クス球をカット。
彼女の前に必勝祈願の垂れ幕が零れ落ち、演舞終了である。

模擬刀を構えた残心の体勢のシンジ君に向けて、鳴り響く万来の拍手。
俺もまた、画面越しにではあるが、その一翼の担う。

うん、予想以上の出来栄えだ。
これで、準備期間は実質たったの5日だっていうんだから恐れ入る。
応援合戦で一位を取ったクラスに与えられる30点のボーナース得点(2位は20点、3位は10点)は、もう貰ったも同然だな。



  〜 午後12時45分、2Aの陣地 〜

『(ハア〜)正直、アタシもあんま人の事を言えた義理じゃないんだけど、敢えて言わせて貰うわ。
 素直に人の話を聞くって事が出来ないのかしら、この学校の生徒共は』

そんなこんなで体育祭も一段落し、お昼休みに。
一瞬、ミリアさんの用意してきた、この手の催し物定番の重箱弁当を前に眼を輝かせたものの、
スグに目の前の問題を思い出したらしく、溜息混じりに愚痴を零す、アスカちゃん。
折角のソレも、自軍の成績が振るわない現状では、性格的に素直に享受出来ないらしい。

そう。優勝確実と思っていた先程の応援合戦ですら、2Aは二位止まりに。
優勝は、ゲストのマリアちゃんに浚われてしまったのである。
勿論、これは本来あり得ない筈の事態。
全校生徒の内、その過半数を超える者が、ルールも良く読まずに無効投票をした結果だったりする。

『残る競技数は約1/3。此処から逆転を狙うのはかなりキツイわね。(ハア〜)ブツだわ』

『アスカ、それを言うなら鬱(ウツ)だから』

と、宙に文字を書きつつ突っ込むシンジ君。
相変わらず、肝心な所で空気の読めない子である。

『(ゲッ)どうやって覚えろってのよ、そんな小難しい字を!?』

『コツがあるんだよ。例えば、『リンカーンはアメリカンのコーヒーを三杯飲んだ』って感じに覚えるとか』

『ナニそれ?』

『え〜と。年表の語呂合わせみたいなものなのかな? 字を解体して部分的に覚えるの。
 リン→林で、その間にカン→缶を。『木缶木』と書いて上の段。
 アメリカ→米で、コを回転させて凵に。そして、その下にヒの字を。
 最後に右隣りにノを三杯書いて下の段。合わせて『鬱』
 これなら一つ一つは結構簡単だろ?  他にも、優人から人情を取ると『憂人』とか、人の夢と書いて『儚い』とか、己の心と書いて『忌まわしい』とか』

『………もうイイ。ナンか聞いてるだけでブルーだわ』

いや、全くだ。
どうして、そんなに発想が後ろ向きなんだか、この子は。
計画成就の為にも、これはどげんかせんといかんのう。

  バサッ

と、俺が胸中で今後の方針を検討していた時、突如、グラシス中将達の座る矢倉の背後に怪しい人影が。

『(フッ)待ちに待っていたよ、この絶好の瞬間を!』

『風の様に去ったと見せて、再び風となって訪れる。
 これぞ『アタシはき○どーちゃんの術』です〜!』

偏光シートを脱ぎ捨て、叫び声も高らかに奇襲を仕掛ける、どこかのロンゲ男とポニーの少女。
どうやら、あの後、延々4時間以上も身を潜めていたらしいが、ハッキリ言って無駄な努力である。
当然の如くそれに気付いていた北斗が、飛び掛ってきたその鼻先に、

『葬らん!』

   カキ〜ン!

『待ってました』とばかりに、紫苑君愛用の粉砕バットでグッバイ・メモリアルアーチの刑に。

『『あ〜〜れ〜〜〜!(で〜〜すぅ!)』』

   キラッ

自軍の成績不振のイライラも込めたっぽい特大の一撃を受け、ギャグ漫画の住人らしく、彼等は真昼の空に輝く時間外れのお星さまとなった。
う〜ん。コイツ等もコイツ等で、もう本気で如何にかしないといけない所まで来ているのかもしれないな。
このままだと、アッチの世界に定住したまま帰ってこれなくなりそうだし。



  〜 午後3時15分、再び2Aの陣地 〜

その後も、2Aの低迷は続いた。
玉入れやムカデ競争といった団結力がモノを言う競技では、どうしても他のクラスに勝てず、
また、勝算の高いエース級の人材を、午前の部を中心に行われた個人競技に優先的に割り振っていた関係で、ラストスパートなど掛けたくても掛けられない状態だった。



借り物競争に出場したマユミちゃんは、クジ運には恵まれて。
首尾良く『お嬢様』と書かれたカードをゲットし、それを引き当てた際の反応だけは群を抜いて早かったものの、肝心の当人の体力がネックとなり、結果はビリに。

『でもね、私の所に来た時点で力尽きるというのも如何なものかしら。いくら何でも、運動不足が過ぎるってことね』

『(ハア、ハア)ごめんなさい、お姉さま』

息も絶え絶えながらも掴んだ手は放さない。
その突出した根性のパラメーターを、少しは別の所に割り振って欲しいと思うのは、俺のワガママだろうか?



また、パン食い競争に出場したレイちゃんは、途中まではトップだったものの、レースの山場であるパンをゲットした直後に昏倒。そのままリタイヤする事に。
どうも、調理パンの中の具材が拙かったらしい。

『……………お肉、キライ。ソーセージもキライ』

『もう。だから、パンは咥えたまま『遅刻、遅刻!』と叫びながら走るのが基本だってアレほど言ったのに。この食いしん坊さんが』

救護用テントにて、珍しく絡むレイちゃんとミオちゃん。
互いに天然系のボケキャラなので、話はドンドン明後日の方向に。
だが、それに突っ込む人間は、その場には居なかった。



『(グ〜、グ〜)』

『やれやれ。まっ、概ね予想通りだから良いけどね』

そんな幕間狂言と同時進行にて、苦笑を浮かべつつ二人三脚ならぬ二人二脚で。
ラナちゃんの身体を支えながら、徹夜明け&体育祭の撮影のダブルヘッダーで酷使された身体にムチ打ち、超スローペースながらも着実にゴールを目指すケンスケ君。

前後の事情を知る俺的には、中々泣かせる光景なのだが、それ以外の。
実情を知らない他の生徒達から見れば、ピッタリと寄り添ったその姿は、
『どう見ても、男女混合の二人三脚に託けてイチャイチャしてやがりますよ、コイツ等。本当に(ry』
と、映っているらしく、更に周囲の反感を買う結果に。



そんなこんなで得点は振るわぬまま体育祭は終盤を迎え、いよいよ最後の競技。
全学年男子による騎馬戦を残すのみとなった。

此処まで、学年トップの2Dが725点。二位の2Cが708点。三位の2Eが697点。四位の2Aが655点。午後の部でチョッと盛り返したものの、結局ドベの2Bが590点。
従って、2Aが逆転優勝を果たす為には、複数の勝利条件を。

@更なる得点の加算を許さぬ様、同学年の騎馬を優先的に狙う。特に、暫定一位である2Dの騎馬は必ず全滅させる。
A敵の騎馬から鉢巻を奪い捲くり、最低でも21点(一枚が一点)以上のボーナス得点を稼ぐ。
Bクラス別の取得鉢巻数でもトップを取り、総合優勝ボーナスの50点もゲット。

この三つの条件を総てクリアしなくてはならないのだ。

尚、これは基本的に男子生徒は全員参加な競技なので、特例として、これが四種目となる選手でも出場できる事になっている。
そんな訳で、これが五種目目となるシンジ君が出場しても全く問題ない。
そう。近代スポーツ界においては、ルールとは縛られるものではなく利用する為のものなのだ。

『イイ! 負けたら逆さ吊だからね!』

決戦を前に、シンジ君の胸倉を掴みつつ最後の激励を送るアスカちゃん。
だが、自軍の命運を託した期待のエースの反応は芳しくなく、

『そんなあ。無茶だよ、そんなの出来る訳ない。
 とゆ〜か、コレってもう出発点から。話の方向性自体がオカシイよ、絶対。
 素直に4騎全員(2Aからの参加騎馬数)が生き残る努力をした方が、ずっと簡単じゃないか。
 他のクラスの騎馬を潰すのも、鉢巻の収集も、それぞれ分担出来るし、
 何より、最後まで生き残った騎馬はそれだけで10点貰えるから、勝利条件だってもう少し軽く………』

『って、あんたバカァ?
 周りは全部敵。それも、露骨に目の敵にされてンのよ、ウチのクラスは。
 ナニをドウしたって、ユーゾームゾー風情が生き残れる筈ないじゃない!』

『でも、アスカの言ってる事は、もっと無理だと………』

『だあ〜〜っ、もう! その無理をドウにかスンのが主人公補正ってモンでしょうが!』

なんてメタな………じゃなくて、一進一退な白熱の攻防だろう。
う〜ん。言いたい事をハッキリ言える様になったのは良いんだが、矢張り、その方向性に問題がある様な。

とは言え、シンジ君の言も判らなくはないんだよね。
これが自分一人でやる事だったら、そろそろ諦めが付くと言うか、良い意味で開き直れる頃合なんだろうが、騎馬戦は四人一組でやるもの。
己の生命線とも言うべきフットワークを他人任せにした状態での戦いとあっては、不安も募ろうというものである。

(フッ)此処は矢張り、班長が組んだ対人戦闘用特殊シミュレーターにて………
彼女と違って5日じゃ形にさえならなかったんで、途中から裏ワザを使用。
ツエッペリン博士のお宅の軒先を間借りして、体感時間的には3ヵ月以上に渡って修行を積んだ、彼女のライバル。
そう、あの少年の出番だ。

胸中で下した決定を告げるべく、特訓中、彼の指導に当たっていた桃色髪のコーチの方を見遣ると、既にその姿は其処には無く、

  バンバラ、バンバラ、バンバラ………

『HA〜HAHAHA! タリホ〜!』

既に画面の向こう側へ。
マサキの駆るジェットヘリにて、第一中学校へと到着する所だった。

……………まあ確かに、トウジ君にジャンプの秘密がバレない様、そうした偽装が必要なのは判るんだが、他に方法が無かったんだろうか?
ま…まあ良いか。今更だよね、アレくらい。

『(ピシィ)さあ、今こそ駆け抜ける時! 最初からクライマックスで行くわよ!』

『おっしゃあ、まかしとかんかい! 
 見せてやるで、わしの『喧しい(ゴン)』へぶらっ!』

到着と同時に始まった寸劇を、ゲンコツを落として強制的に終了させると、北斗は出稽古に出していた己の弟子の状態をチェック。
当然ながら、コッチで(勝手に)やった彼への梃入れ策に気付いたらしく、小さく舌打した後、

『まあ良い。出番だ。騎馬戦に出ろ。敗北は許さぬ』

と、矢継ぎ早に。有無を言わさぬ命令を。

『『了解しました!』』

そのプレッシャーに気圧され、反射的かつ機械的にそれを拝命する二人の弟子達。
かくて、アスカちゃんの立てた無茶な作戦は、師匠からの厳命となり、
比較的身体能力の高い運動部系の男子の内、トウジ君と背格好の近い(運の無い)二人を加え、色んな意味で『もう勝つしかない』一騎の騎馬が誕生した。

   ブゥオオオオ〜〜〜、ブゥオオオオ〜〜〜

体育祭の定番たるピストルの号砲に代わって、チョッと雅に。
“ついで”とばかりにラピスちゃんが持ち込んだ機材によって、渋い法螺の音が校庭に響き渡り、それを合図に15分一本勝負のバトルロイヤル。
本体育祭の目玉にして優勝の行方を決定する最終競技、全男子生徒による騎馬戦が始まった。

『『『(ドッドッドッドッ)うお〜〜〜っ!』』』

校庭に砂埃を上げつつ、各学年共に20騎。合計60騎の騎馬達が、鬨の声を上げ戦場を駆け抜ける。
まずは、当たるを幸いの潰し合い。各騎馬とも、手近な敵騎馬との交戦状態に。

そして、周りを見渡せる様に。
頭数が半減して敵の視認識別がし易くなった所で、この手の集団戦闘における序盤のセオリー通り、多人数による包囲殲滅戦。優勝候補潰しが始まった。
当然、シンジ君の駆る騎馬にもそれは殺到してくる。それも優先的に。
だが、既に幾つもの戦場を渡り歩いている彼女が、こんな模擬戦如きで怯む筈もない。
まして、今回は乗っている馬もまた、他とは一線を画す実力派だった。

性格的に、自分から動く事を是とする。
この手の競技の場合、突撃オンリーになりがちなトウジ君が、敢えて己のスタイルを捨てた。
シンジ君のファイトスタイルに合わせた、所謂“待ち”の体制に。
そして、彼女が鉢巻を取り易くする為に、

『よっと。(ドン)』

突進してくる敵の動きに合わせて、バックステップと呼ぶには微妙な距離の僅かな後退。
ボクシングで言えばスゥエアーに近い回避行動を。
そのまま懐まで呼び込み、攻撃を躱され体勢が崩れた所を狙って、震脚と共に肩口から反らした上体をぶつける様に押し返す。
当然、敵の騎馬は大きく崩れるので“その隙を狙って”という訳である。

『凄いや、トウジ。何時の間にこんな器用な事が出来る様になったのさ?』

『はっはっはっ、特訓の成果に決まっとるやろが。ちなみに、コツは勇気とタイミングやで』

と、シンジ君からの賞賛を背に、チョッと自慢気なトウジ君。
何気に和んではいるが、これはリラックスというもの。
戦場で気を緩めるほど、二人は未熟ではない。
更に軽口の応酬を続けつつも、後ろを取られぬ様、戦場の端を背にする形でゆっくりと移動しつつ、敵の攻撃を誘っている。

それにしても、なんて凶悪なコンボだろう。
馬の差と騎手の差を上手く生かし、大きな動きの無い。
後ろの二人なんて交戦中は只立っているだけという、自騎の弱点も巧みにカバーした。
素人にも優しい、無駄の無いコンパクトな攻撃だ。

だが、それでもなお、予断は出来ない苦しい状況だった。
開始時間5分で既に9騎の騎馬より鉢巻の奪取に成功と、驚異的なハイペースで来ているのだが、それでも尻に火を付ける存在が。

『オラオラ、どけどけどけ〜〜え!』

中学生の身でありながら既に180cm後半の長身。
体重の方も軽く100sを越えそうな堂々たるポッチャリ系の巨漢を馬首とした2Dの騎馬が、
本来ならトウジ君がやりそうなカンジの突進を繰り返し、当たるを幸いとばかりに鎧袖一触に。
騎手の方もまた、ケンカ腰に相手の騎手を突き飛ばして転落させるといった、頭から鉢巻を取る気の無い戦法にて、敵の騎馬を次々に薙ぎ倒している。

そんな力技オンリーな2Dに対し、此方は技で勝負とばかりに、2Cの騎馬はやたらと軽いフットワークで敵騎馬を翻弄しつつ、
騎手を務める跳ね捲くったマンガチックな癖ッ毛の子が、

『ういにんぐ・ざ・れいんぼぅ』

と、シンジ君のそれを彷彿させる流麗な手業を駆使して、敵の鉢巻を奪い捲くっている。

両騎共にシンジ君達に負けないハイペース。
時を待たずして。すぐにも、この三騎だけになりそうな勢いだ。

と、問題なのはココ。一騎あたりの敵の数が、ほぼ三等分されているという点である。
57÷3=19で、これに最終局面で戦うであろう他の二騎を足して21。
そんな、机上の計算ですらギリギリの線。
このままでは、鉢巻の数が足りなくなる可能性がかなり高い。

  グシャ

とか言ってる間に、病的なまでにガリガリな体躯の。
全員、判で押した様に度の強そうな眼鏡を掛けた、見るからに『ガリ勉』といったカンジの人材だけで形成されていた子達の騎馬が“勝手に”潰れた。
否、下画面に小さく映るスロー再生を見るかぎり“一応”突発的な強風に吹かれた所為らしいが…………それでもねえ。
嗚呼、なんとなく弱い者イジメっぽい気するらしくて、これまで誰も手を出さなかった事が此処に来て災いしたな。
ともあれ、これで計算が合わなくなちまった。急げ、急ぐんだシンジ君!

尚、蛇足だが、アスカちゃんの読み通り、この時点で2Aの他の騎馬は全騎脱落済みだったりする。
後半に続く。

  ウダダ、ウダダ、ウダ、ウダ、ダ〜ダ

う〜ん。コレの元ネタの人といい、昔かげろうで今は疾風な中の人といい、あれで還暦も間近な歳だってんだからサギだよな。

閑話休題。そんなこんなで、アイキャッチと共に場面は転換し、勝負は終盤戦に。
ここまで14分が経過し、残り時間は後1分。
この時点で、我等がシンジ君は20枚の鉢巻を取る事に成功した。

だが、最後の一枚が難関だった。
そう、既に残ったのは三騎のみ。目の前に居る重戦車タイプな2Dと軽騎兵タイプの2Cの騎馬だけ。
しかも、2Cの子は16枚しか取れなかった関係で、このまま三騎とも残った場合、彼等もまた逆転優勝が出来なくなる事に。
つまり、暫定トップのクラスである2Dの子以外は倒して勝つしかない。
互いに雌雄を決する事が確定した。もはや一騎を残して全滅という判り易い形で決着を付けるしかない状況なのだ。

『おりゃあ!』

と、掛け声も高らかに突進してくる2Dの騎馬の矛先を回避しつつ、ジリジリと間合いを詰めながら此方の様子を伺っている2Cの騎馬を牽制するシンジ君。
唯一、生き残りさえすれば勝ちな立場でありながら逃げに回らない。
『攻撃は最大の防御』という事を良く理解している、2Dの子。
もはや時間が無いにも関わらず、焦る事無くチャンスを待つ胆力を持つ、2Cの子。
共に最終決戦の相手として申し分の無い。一介の中学生をやらせておくには勿体無い様な強敵。
ホンに、人材というものは探せば何処にも居るものである。

『いくぜ!』

そして、残り15秒の所で。
2Dの子が一際鋭いチャージを仕掛け、それをシンジ君が躱した瞬間を狙って、ついに2Cの子が動いた。
一気に間合いを詰め、その距離が3m程の地点に達した所で、その余勢を駆って、

『親父直伝、鉢巻取ってお馬さん殺し、ソロバージョン!』

必殺技名の名乗り上げも声高らかに、己の騎馬より大きくジャンプ。
ゆっくりと伸身の前宙の軌道を描きつつ、半回転した状態から。
丁度、水泳の飛び込みの様な体勢から、両手を伸ばして頭上よりシンジ君の鉢巻を狙う。
なんかもう、パッと見は後先考えてない自爆技っぽいカンジだが、
騎馬役の子達が飛んだ子の後を追う形で着地予想ポイントにダッシュしている所を見るに、そのまま受け止める自信があるのだろう。

って、拙いぞ! 只でさえ回避し難い位置からだってのに、体重を乗せた体当たり系の攻撃。
あれではシンジ君の腕力では弾くのは難しいし、上手く回避しきれたとしてもお馬さん殺しが。
死角となる背後を狙って、骨法の浴びせ蹴りの亜流っぽく。伸身前宙の二回転目の余勢を駆っての踵蹴りが飛んでくる事に。
畜生、どこのトンデモ武道漫画だ。北斗でさえ偶にしかやらんぞ、そんな理不尽な大技は。

『クソったれ!』

此処で更にアクシデントが。
チャージをスカされ死に体に。体勢を立て直し反転してくるまでは蚊帳の外に居る筈だった2Dの子までが参戦。
己の騎馬のハイスペックを生かして強引に。
砂埃を高らかに上げつつ、パワースライドっぽい動きで180度ターンを決め再度チャージ。
奇しくも、左45度の角度から迫る2Cの子とは逆サイドとなる右45度からの同時攻撃を。
否、一瞬だが2Dの子の方が早い。
それだけに拙い。回避の為に体勢を崩した状態からでは、2Cを迎え撃つシンジ君が更に不利になる。

それを見取ってか、これまで受けに回っていたトウジ君が此処で初めて攻勢に出た。

『せいや!』

   ドン!

と、掛け声と共に此方まで地響きが聞こえそうな震脚を踏み、すぐ目の前まで迫っていた敵の鼻先へ。
その運動エネルギーの総てを注ぎ込んだ頭突き。
確か『心意杷』とか言う技を、騎馬の馬頭を務める子の、将来はメタボが心配そうなポッコリお腹へドスンと一発。
無論、そんなものを直撃で貰っては、如何に中学生とは思えぬ100sオーバーな堂々たる巨体の持ち主と言えど堪らない。
突っ込んだ勢いもそのままに、後方に弾き飛ばされる事に。

だが、2Dの子はそれでもなお終わらなかった。
乗騎を後方に弾き飛ばされながらも自身は前方に跳躍。
反則(ルール上、騎馬が潰れた時点で騎手は攻撃権を失う)となるのも構わず………というより、寧ろ闘争本能の赴くままの最後の攻撃に。
右のロング・フック。否、どちらかと言えば、フライング・ラリアートに近い、打撃力よりもそのまま押し潰す事を狙った一撃を。

シンジ君の。そして、2Cの子の顔に、ハッキリと驚愕と焦りの色が。
そう。このままでは2Dの子の体当たり攻撃によって、三人とも共倒れに。

『えい!』

と、此処で実戦経験の差が出た。
2Cの子よりも一瞬早く我に帰ったシンジ君が、まず右斜め前から迫る2Dの子の迎撃を。
殴り付けてきた横薙ぎの一撃をスウエーで躱しつつ、横合いから。
目標を失い死に体となった彼の身体を真綿の様にやんわりと受け止める。
と同時に、さり気なく鉢巻を奪取。そのまま、その勢いを殺す事無く力のベクトルを修正。
抱き締める形でロックした2Dの子の体を、ボディスラムの要領で2Cの子の方に投げ飛ばした。

『『ぐわっ!!』』

狙い違わず、折り重なって地に落ちる2Dと2Cの騎手達。
確か『御神楽』とか言ったか? 敵の身体を盾としつつ同士討ちを狙う見事な投げ技だ。

   ブゥオオオオ〜〜〜、ブゥオオオオ〜〜〜

と、接戦をモノにした感慨に浸る間も無く、此処で戦いの終了を告げる法螺の音が。
やれやれ、正にギリギリだったな。
だがまあ、これで逆転優勝ゲット。賭けの方も、本命の1つ2A−2Dで決まりだな。

  ピン・ポン・パン・ポン

『体育祭本部より、只今の騎馬戦の結果をお知らせします。
 一位、2年A組、騎手、碇シンジ君。二位、2年E組、騎手、切出シュウ君。三位以降は、該当者無しとして空位とします』

はい? 2位? 切出?……………そう言えば序盤戦で、

『キャ〜〜ッ! シュウ君達にナニするよ、アンタ達!』

なんてカンジに、味方の黄色い声援をバリヤにして敵の攻撃から身を守っている。
何故か、如何にも少女受けしそうなカンジの美少年が揃った騎馬が一騎居た様な………おや?
ま…まさかアレ、最後まで生き残ってたの? 

取り急ぎ、春待三尉にその辺りの映像をダイジェストで出してもらう。
う〜ん。なんか『背景と溶け込み過ぎ』って言うか、自軍の女子達にキャアキャア言われながらダベってるだけだが、確かに生き残ってやがる。
しかし、イイのかねアレ? なんと言うか…何かが反則であってくれんもんかね?

『なお、一位となりしました2Aの騎馬と、途中で落馬しました2Dの騎馬ですが、
 最後の接触が『暴力行為に当たるとのではないか?』との指摘を受け、大会本部での教義の結果、それぞれ5点のペナルティを科す事になりました』

………………って、なんてこったあ!
それじゃ2Aは721点にしか………いや、2Dも減点で720点になって………でも、2Cが16点加算だから724点で………アレ? ま…まさか!?

   ブロロォ〜〜〜! ブロロォ〜〜〜ッ! キキキキ〜〜〜ッ!

と、その時、毎度御馴染みな蒼いルノーが、堅気の中学校には似つかわしくない、あからさまに法定速度を無視したスピードで急接近。
校門を潜ると同時にパワースライドに持ち込みながら、飛び込む様な勢いで駐車禁止となっていた関係で空いていたスペースへ。
丁度、2Aの応援席のすぐ側へと愛車を横着けにし、

『お…終わっちゃった。最後の競技にさえ間に合わなかった。
 ナゼ! ドウして! もうコースレコード間違いなしなタイムでカッ飛んで来たってのに!!』

いや、それは前提条件が違うって言うか、速ければ間に合うってもんじゃないだろ。デ○リアンじゃあるまいし。
う〜ん。もはやトンデモ理論を語らせたら、ヤマダや剛○武君にも負けないものがあるな。葛城ミサト、恐ろしい子。

『零ちゃんも、零ちゃんよ! 酷いじゃない、ドウしてこんな重要なコトを隠していたのよ!』

『決まっています。もっと重要な事が。ネルフで部長職以上の幹部会議があったからです。
 貴女も公人ならば、私用よりも公務を優先させて………いえ、それより如何して此処に居るですか? まだ会議中の時間帯な筈ですよ』

『ソレはソレ、コレはコレよ!』

『そんな訳ないでしょう!』

と、応援席にて掛け合い漫才が行われる中、体育祭は閉会式に突入。
何故か第一中学校の校長や教頭ではなく、代理としてマリアちゃんが司会をしている事を除けば恙無く進行し、

『第2学年、優勝、2年E組。準優勝、2年A組………』

あの“あんまりな”試合内容に、再審議を期待していた俺達の願いも虚しく、アスカ組………じゃなくて、2Aの敗北が決定した。

「「「だああ〜〜〜〜っ!!」」」

悲嘆の声を上げつつ、各々が握り締めていた賭け札を一斉に投げ捨てる。
所謂、様式美というものである。
競輪・競馬場では迷惑行為でしかないが、後で掃除をするのも彼等なので何の問題も無い。
そう。問題なのは、この後のフォローだ。

「(パン、パン)はい、注目〜〜!」

まずは、表彰式が続く大画面を前になおも嘆き続ける面々を前に、手を打ち鳴らしつつ呼びかけ耳目を集めた後、

「確かに残念な結果に終わったし、俺自身、最後のアレにはチョッと言いたい事があるが、これも勝負だ。仕方が無い。そろそろ気持ちを切り替え、素直に敗北を受け入れよう。
 (コホン)さて、このままだと親の総取りという事になる訳だが、これはあくまでも仲間内の賭け事。
 ルールを守るのは当然の事とマナーだが、あまり四角四面になるも如何かと思うし、かと言って、単純に掛け金の払い戻しというのも些か興醒めと言うか、面白くない。
 そこでだ、今回の掛け金は次回に持ち越しという形に。ベットの倍額に………」

と、大岡裁きっぽい裁定を(何せ、利益主義に走っても後が面倒なだけで、俺の懐が暖まる訳じゃないし)下そうとした時、
賭けの集計役を務める春待三尉が、恐ず恐ずと手を上げつつ如何にも申し訳なさそうな声音で、

「て…提督。残念ですが、そのお話は成り立ちません。居るんです、当選者」

「えっ?」

思わず呆気に取られる、俺。
それを察してか、春待三尉は、判り易い様にと画面上に当選者のポートレートを表示。
そこには、先日、アクア君の所から保護してきた青年の、証明写真特有の少し緊張気味な顔が映っていた。

「あ〜ナンだ。(ポン)カイン君、キミ、如何いう賭け札の買い方をしたのかね?」

丁度、すぐ近くに居た噂の男に、思わずフラットになった声音で肩など叩きつつ尋ねてみる。
だが、そんな俺の硬化した態度に気付く事無く、まわりの空気も全く読まずに、

「えっ? え〜と。一応、一通りの説明は受けたのですが、チョッと難しかったと言いますか。
 正直な話、真紅の羅刹が受け持っているという2Aの前評判が高い事以外は良く判らなかったので、
 取り敢えず、単勝で五枠全部押さえてみたんですが………ひょっとして、何か拙かったんですか?」

って、しかも自覚すら無いのかよ!
ダメだコリャ。多少なりとも、まだ矯正の余地が残っているナカザトなんかとはモノが違う。
アキトに匹敵し得る超天然さんだぜ、コイツは〜

「(コホン)カイン君、チョッと付き合ってくれないか」

「はい?」

「イイからコッチへ。男同士、腹を割って話をしようじゃないか」

ようやく自分の置かれた状況を察したものの、その原因が判らないらしく訝しむコマッタちゃんの背を押し、強引に隣の談話室に押し込む。
まずは隔離成功。だが、問題は此処からだ。
何せ、相手はアキトと同レベルの難物。チッとやソっとじゃ焼け石に水どころか逆効果にさえなりかねない。
さ〜て、どう切り出したもんかね?




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