>SYSOP

時に、199X年。地球はセカンドインパクトの炎に包まれた。
海は荒れ狂い、大地は裂け、あらゆる生命体は絶滅したかに見えた。
だが、人類は死に絶えてはいなかった。
秩序が崩壊し、暴力が支配する地獄と化した荒野に、人々の悲鳴が木霊する。

   ブオ〜、ブオ〜

そんなイイ感じに世紀末な状態が既に15年に渡って続いている地にて、倒壊した街並を疾走するバイクの一団があった。
電動式バイク全盛の時代にも関わらず、全員が判で押したかの様にホ○ダのガソリン車。
しかも、フロント部に装甲や突起物を装着と、剣呑な改造が施されている。

それを操る者のいでたちも、また奮っていた。
全員が、厚手のアーミーパンツを履き、赤・青・黄色と、各種原色バリバリなアンダーシャツの上に防塵ジャケットを。
しかも、脛当てや肩当といった、銃火器全盛の現代では、どう考えても役に立ちそうも無い防具を装着済みといった念の入れ様。
先頭を走るリーダー風の男の、歌舞伎の連獅子を勤める役者の如く派手に跳ね捲くった赤毛を筆頭に、スキンヘッド、モヒカン、アフロと、ありがちな髪型。
顔面もまた、各種ペイントで装飾済みと、ある方向性に特化された装いなのだ。

人よ、その名を問うなかれ。一々名前なんて付けていたらキリが無いとしか思えないくらい、彼等はイイ感じに、某世紀末救世主伝説のザコキャラだった。
きっと多感な少年時代に、千○繁さんの名演によって、深層心理に『かくあるべき』と刷り込まれた世代なのだろう。

「ひゃ〜〜〜っはっはっはっ!」

無意味な哄笑を上げている、リーダーっぽい赤獅子男の妙に甲高い声からして、まず間違いない。
とは言え、別に彼等は『謎のコスプレ集団』という訳ではない。
実際に、この辺一帯を縄張りとしている、狂った時代が生んだ現役の武闘集団なのだ。

言うまでもない事とは思うが、その設立の背景や経緯は、モデルとなっている作品と、ほとんど同じである。
相違点と言えば、いまだ紙幣制度が崩壊してはいないので、『ケツも拭けやしないぜ』とばかりに、トランクに詰められた札ビラを投げ捨てたりはしない事ぐらいだろうか。
ともあれ、そんな腐敗と自由と暴力の真っ只中、澱んだ街角で彼等は出会った。

「リーダー、女が居ます。しかも、かなりの上玉ですぜ!」

「おお。胸がまったく無えのがアレだが、好事家に高く売れそうなカンジの美少女だぜ」

獲物の発見。喜び勇んでそれに群がる雑魚キャラ達。
まずは御約束。哄笑を上げつつバイクで少女の周りを前方に回り込み、その周囲を取り囲むと、

「お嬢ちゃん。荒野の一人歩きは危ねえぜ〜」

「そうそう。何せ、俺達みたいなのが居るからよ〜」

「「「ギャハハハハ〜〜〜ッ」」」

更にコンボを。ベッタベタなトークをかまして、薄い桃色のチャイナ服を纏った少女を嬲りだす。
一見、『サッサと捕まえろよ』と突っ込みたくなる様な無意味な行為に見えるが、これも立派な示威行動。
反抗心を挫いて、傷つける事無く獲物を拿捕する為の。所謂、捕獲テクニックの一つである。
ある意味、弛まぬ研鑚によって育まれた正統派スタイルとさえ言えよう。

「おうおう。そんなに怖がんなくてもイイじゃねえか。何も、とって喰おうってんじゃねえんだからよ」

「そうそう。どっちかってゆ〜と、喰われるのは俺等の方だしな。ほら、極一部をよ〜」

「って、馬鹿野郎! 大事な商品に色気出してんじゃねえ」

ブルブルと震える少女を前に嗜虐心を刺激されたらしく、ヘラヘラ笑いながら、何時もより多めにイジってみる。
今、彼等は輝いていた。見事なまでに、己のキャラを演じきっていた。
惜しむらくは、獲物が恐怖心からではなく、屈辱感から震えていた事だろうか。

「逃げちゃ駄目だ、逃げちゃ駄目だ、逃げちゃ駄目だ、逃げちゃ駄目だ………」

「って、何をブツブツ言ってんだよ!」

その辺の雰囲気に気付いたらしく、苛立ち紛れに少女の肩を乱暴に掴もうとする赤獅子男。
だが、そんな彼の右手は空を切り、

「やっ!(ドスッ)」

気合一閃。鋭い踏み込みで懐に潜り込んだ少女の裡門頂肘が、その鳩尾へ。
半ばカウンターに近いタイミングで決まったそれに、屈強そうな外見の赤獅子男も堪らず崩れ落ちる。

「「「リーダー!?」」」

呻き声を上げて突っ伏した赤獅子男の姿に、取り囲むザコキャラ達に動揺が走る。
その間隙を狙って、

「おっしゃあ!(バキッ)」

「クワッ!(ベシッ)」

物陰から飛びだしたジャージ姿の少年が、箭疾歩(震脚のエネルギーを爆発的な突進に使う歩法)からの上段突きを。
モヒカン頭の男の横ッ顔を強打し、その一撃にてノックアウト。
更に、廃ビルの三階の窓から、一羽のペンギンがダイビングを。
十数メートルの距離を滑空した後、文字通りの怪鳥蹴りを隈取のペイントが施された男に決めた。

だが、彼等の快進撃も此処まで。
不意打ちで三人を。更に、浮き足立っていたザコキャラの二人を連携攻撃で倒したものの、元の人数が違う。
たちまち残りの十数人に囲まれ、一転して劣勢に追い込まれる事に。
そして、いよいよ敗色濃厚となった所で、

「ふむ。この辺が限界か」

そんな呟き共に、赤い旋風が駆け抜け、まるで小麦の穂を手折る強風の如く雑魚キャラ達を駆逐。
『あべし』とか『たわば』と叫ぶ余裕すら与えず、彼等の最大の見せ場を奪う形で、戦闘を強制終了させた。

「三人で五人か。まあ、初陣にしては良くやった方だな」

数分後。一個小隊程の人数だった雑魚キャラ達を、縄抜け不能な木連式緊縛術で縛り上げた後、
北斗はニヤリと笑いつつ、弟子達の戦い振りをそう論評した。

「ホンマでっか、センセ?」

初の実戦を終えたばかりの。いまだ興奮冷めやらぬといった感じのトウジが、勢い込んでそう尋ねる。
何せ、この分野では、シンジに一歩も二歩も出遅れている格好。
彼的には、この辺で一丁逆転というか、生身のそれでは負けたくないといった所なのだろう。

「うむ。特に、最初の不意打ちで、確実に倒せる相手を見出せたのは上出来だった。
 多人数を相手にする場合は、この辺の見極めが死命を制する。次ぎの選定も上手くやれよ」

「えっ? センセ、まずはイッチャン間の抜けた顔をしたヤツを狙うっちゅう話や無かったんですか?」

「だから、それでイイんだよ。その指示は、単にオマエ向けに簡単に。要点のみを言っただけだ」

「なるほどのう」

北斗の賞賛&事後説明に、納得顔となるトウジ。
実際、今ならば『まずは頭数を減らす』という狙いが何となく判るが、初陣前の、あのカ〜と血が上った状態で同じ事を言われても、上手く頭に入らなかった気がするし。

「しかし、何だな」

と、此処で、『初陣の話しはこれで終り』とばかりに話を区切った後、

「やはり、エサが良いと喰いつきが違うな」

北斗は、ニヤニヤしながら愛弟子の一人を眺める。
それに釣られて、トウジとペンペンも人の悪い笑みを。
無遠慮な視線に晒され、赤面する可憐な少女。

「って、もう止めましょうよ、北斗さん〜」

否、Sサイズな薄桃色のチャイナ服に、付け毛の御団子を付けて中国娘に女装した、碇シンジだった。

「何を言ってるんだ、シンジ。
 四人連れの時は半日歩き回ってもカスリもせんかったのに、この釣り方に変えたとたん、たったの20分で最初の当たりが来たんだぞ。自分の技術に、もっと自信を持つが良い」

誠意溢れる口調でそう宣う、北斗。
だが、笑ったままの目が、その言葉を裏切っていた。

「そんな自信欲しくありません! ってゆ〜か、コレ、婉曲なイジメでしょ、絶対!」

「何を馬鹿な。敵の油断を誘う事こそ、虚拳の本質。
 お前は今、その奥義に迫らんとしていると言うのに」

「せやで。一撃必殺を狙うしか能の無い、わしには絶対でけへん技や」

「クワ〜、クワ〜」

も…もうダメぽ。
決死の抗議を、三人(?)掛りで諭され。否、取り合って貰えないっぽい事を悟り、趣味の某超大型掲示板っぽく落ち込む、シンジ。
そんな彼に向かって畳み掛ける様に、

「正直な話、此処まで才があるとは思っていなかったぞ。
 おお、そうだ。お前が望むのであれば、影護家に伝わる秘伝中の秘伝を。例の、枝織の使う女体化の技を伝授してやっても………」

「結構です!」

そんなシンジの絶叫が響き渡る、8月1日の中国某所だった。







オ チ コ ボ レ の 世 迷 言

外伝 僕らの一ヶ月間出張





発端は、第九使徒戦が終結した翌日の事。
冬月に呼び出されたミサトが受けた命令。より正確には、冬月がゼーレから受け、それを彼女へと丸投げした一つの辞令だった。

「ええっ! シンちゃん………じゃなくて、サードチルドレンを中国に出向させる?」

「うむ。中国支部にあるエヴァ伍号機とのシンクロ実験の被験者を務めて貰いたいのだが………」

「無理です。基本的に、彼は善意の協力者なんですよ。
 只でさえ、最近は事あるごとに北斗君に『あのはねっかえりを、もう少しどうにかしろ』と、アスカの言動をネタに、チクチク嫌味を言われているっていうのに。
 そんな事を言い出したら最後、今の協力関係が崩れかねません」

「むう……」

やや興奮気味なミサトの必死な反論を受け、渋面となる冬月。
その内容も、彼女にしては的を得たものだっただけに、彼をして咄嗟に言葉が出ない。
だが、これはゼーレからの厳命。『はい、そうですか』と引き下がる訳にはいかない。
そして、事は極めてデリケートな。ゲンドウ宜しく『命令だ』の一言で片付く問題でも無い。

「だがね、葛城君。その命令書にも書かれている通り、これは国連を通しての正式な要請。おいそれと断る訳にはいかんのだよ」

「仰りたい事は判りますが、無理なものは無理です」

「いや。君が尻込みするのはもっともだとは思うが、兎に角、一度、打診だけでもして貰えないかね?
 もう一枚の。中国支部からの要請書にも書かれている通り、伍号機が稼働した暁には、その所属は、無条件に本部に移る事になっている。
 つまり、三機目のエヴァを確保するチャンスなのだよ」

「そ…それは確かに、魅力的なお話ですが………」

そんな訳で冬月は、交渉のキーパーソンであるミサトが飛びつきそうな条件を提示しつつ、粘り強く説得を続行した。
この辺、正に中間管理職の悲哀。
ゲンドウが失踪して以来、関係各所との交渉事で遅れを取りつつあるものの、今だけは『アレが居なくて良かった』と、痛切に思う彼だった。

「判った。この件が上手く纏まったら、君個人に特別ボーナスも出そう」

「えっ、本当ですか?………って、チョッとお待ちを。  (ペラペラ)いえ。あくまで私は、シンジ君の事情を鑑みて無理だと申し上げているのであって………」

つい一月前であれば、アッサリ引っ掛ったであろう誘いを回避し、更にゴネるミサト。
無論、最終的には引き受けるつもりなのだが、アンチョコの『相手が好条件を提示してくる時こそ要注意。承諾は、その真意を見定めてから』とあったのを見て、
此処がゴネ時と判断しての事である。
そう。カヲリが『ミサト更正計画』の為に打った一策は、明らかに余計な結果を生んでいた。



   〜 午後7時半。芍薬の裏庭 〜

その日、芍薬で開かれたバーベキューパーティは、異様な空気に包まれていた。
名目的には、アスカ&トウジの追試合格を祝うと同時に、第一中学校が夏休みに突入した景気付けに開かれた席なのだが、何故かピリピリとした緊張感が漂っていた。
そう、今は夏休み。受験戦争という名の最前線に配属済みな進学校志望の者を除けば。大多数の学生にとっては、正に恵みの季節。
海や山といった各種レジャーへ。そして、ひと夏のアバンチュールを。
そんな期待の膨らむ今日この頃なのだ。

「シンジ君、夏休みの御予定はどうなっているかしら?」

最初に動いたのは、カヲリだった。
本来ならば、もっと早い段階で。具体的に言えば、修学旅行中に約束を取り付ける予定だったのだが、
済崩しに使徒戦に巻き込まれがちなシンジはもとより、彼女自身も色々多忙だった事もあって、これがファーストアタック。
そう。義理の祖父であるグラシス=ファー=ハーテッドの帰省に合わせ、シンジを西欧州へ。
過日、色々と真摯に話し合った結果、双方の幸福の為、全面的な協力を約束してくれたお姉様達を交え、本格的に彼を篭絡する為の前準備である。
これに対し、シンジはチョッと思案顔になった後、

「え〜と………北斗さん、その辺どうなってるんでしょうか?
 夏休み中って、やっぱり特訓とか合宿とかやるんですよね」

やや諦観気味な表情を浮かべつつ、己の師に今後の予定を尋ねた。

「無論だ。幸い、トウジも補習を免れたからな。8月31日までミッチリやるぞ」

それを受け、北斗はシンジの予想通りの返答を。
だが、此処で予想外な展開が。次善の策として、カヲリが『それでしたら、修行地は西欧州などいかがかしら?』とばかりに、
その利便性を上げて実家への勧誘を始める前に、

「丁度良かったわ。そんな貴女達の為に、もってこいの旅行計画があるのよ」

何時の間にやらパーティ会場に現れた妙齢の美女に、先を越される事に。

「………まだ居たんかい、お前は。いい加減にしとかんと、本当に千沙が死ぬぞ」

「大丈夫よ、千沙はやれば出来る娘だから」

「物には限度ってもんがあると………まあ良い。これは俺が口を挟む問題じゃないしな。
 (コホン)それは、それとして。さっきの申し出は却下だ。俺は来年まで木連には帰らんし、当然、シンジ達を連れて行く事も認めん」

呆れ顔で、そんな暖簾に腕押しな悪態を吐いた後、北斗は先手を撃って舞歌の誘いを全面拒絶。

「良いか、シンジ、トウジ。アレが太陽系随一の魔女だ。
 アレが目の前に居る時は、一瞬たりとも気を抜くな。捕まったら最後、骨までしゃぶられるぞ」

そして、己の弟子達に、木連首相の端的なプロフィールを語った。
彼自身の経験も踏まえた、真摯な忠告でもあった。

「あらあら、嫌われたものね」

けんもほろろな北斗の態度に、微笑みながらそう宣う舞歌。
だが、内心ではチョッと感心していた。
たしかに、自分は今、彼が懸念している様な事を考えている。
それどころか、この件を足掛りに、彼の弟子達を上手く言い包めて木連に帰化させ、
ゆくゆくは真紅の羅刹親衛隊(但し、北斗を守るのではなく、北斗から被害者を守るのが仕事)に仕立てようという計画の青写真すら、既に出来上がっている。
まあ、それを隠す気など無かったのだが………

正直言って、チョッと感慨深い。
何しろ、北斗に己の意図を見透かされるなんて初めての事。
これが『負けて嬉しい姉心』と言うものなのだろうか?

「う〜ん。じゃ、また今度ね♪」

そんな訳で、その成長振りに免じて『この場は』引き下がると、舞歌は『今度も、その次も無い!』という北斗の罵声を背に、もう一人の被保護者の下へ。

「ナオ様、ア〜ン

想い人の利き腕を巧みにロックしつつ、焼き上がったばかりの牛肉を自分の箸で彼の口元へ。
そんな定番な事をやっている、最近、いきなり24〜5歳な。自分と同世代っぽい外見となってしまった少女の様子を見がてら、
『ち…違うんだミリア!』と、的ハズレな弁解を繰り返しているナオや、
それを適当にあしらいつつ、『俺、椎茸は嫌いッス』とか『アタシもピーマン嫌〜い』と駄々を捏ねるイマリとアスカを優しく諭すミリアといった、
ほのぼのとしているのか殺伐としているのか判断に苦しむヤガミ家のホームドラマを、更に混ぜっ返しに向かった。

そんなこんなで、小一時間後。
さりげなく行なわれたカヲリの西欧州への誘いは『悪いが、お前のホームグランドじゃ、絶対にアレを甘やかす結果になる』と彼の師による鶴の一言で、アッサリとボツに。
『それなら、せめてこの場だけでも』とばかりに、彼女がシンジに絡みだし、『そうはさせません』とばかりに、更にマユミとレイが割って入てる。
そんな、色んな意味で宴もたけなわとなった所で、

「よし、夏休み中は中国へ行くぞ」

暫し思案顔をしていた北斗が、唐突にそう呟いた。

「って、いきなりどうしたのよ、北ちゃん? それに中国って………」

隣で彼の給仕をしていた零夜が、怪訝そうに尋ねる。
それもその筈、中国と北斗とでは、全くと言って良いくらい接点が無いのだ。
彼の突発的な思考に慣れている彼女をして、理解不能な展開である。

「逃亡先の選択に、特に意味は無い。
 強いて上げれば、比較的近くて、『俺との関連性が全く無い地だから』だな。
 そういった意味じゃ、カヲリが誘ってくれた西欧州は最悪だ。これ幸いとばかりに、アレの実家に舞歌が常駐しかねない」

「ほ…北ちゃん」

耳元で囁かれた返答に、思わず絶句する零夜。
彼女にして見れば、晴天の霹靂どころではない珍事である。
嗚呼、まさか北斗の口から『逃亡』なんて言葉が出てくる日が来るなんて。

と、一瞬、心から嘆いたものの、

「……………そうね。
 幸い、『こんな事もあろうかと』、既にシンジ達にはパスポートを取得させてあるし、
 路銀の方も、向こうで二〜三ヶ月暮らせるぐらいは今すぐ工面出来るわ。
 その気になれば、何時でも戦略的撤退は可能よ」

よ〜く考えれば、無理もない事だと悟り、零夜は北斗達の逐電を幇助する事にした。
そう。所詮、どれほど強かろうと、一兵士が国家に敵いはしない。
不様だろうがなんだろうが、此処は逃げの一手しかないのだ。

「うむ。明日は丁度、トウジの父親が退院する日ゆえ、アキ(トウジの妹)の後事は心配あるまい。
 そんな訳で、明日は退院手続きの手伝いとアレを連れ出す事情説明を。そして、明後日の一番に此処を発つから、準備を進めておいてくれ」

零夜の言を頼もしく感じつつ、北斗は最終的な指示を。
かくて、木連流柔術影護派門下生達の中国強化合宿が、弟子達の承諾無しに此処に決定した。

「こんらあ〜、ペンペン! 返しなさい! それは私の肉よ!」

「(バサッ、バサッ)クワ〜、クワ〜!」

「(クッ)チョッと見ないウチに、やたら身が軽くなっちゃって〜! 
 ってゆ〜か、何気にホバリングなんてかまさないでよ! 一応ペンギンでしょうが、アタンは!」

折を見て中国行きの説得工作を行なう筈だった某作戦部長が、『昨日の友は今日の敵』とばかりに、かつての同居人と熱いバトルを繰り広げている真っ最中の出来事だった。



   〜 翌々日。芍薬の101号室、影護家 〜

「(ゴソゴソ)さて。これで、お前がウチに入り浸る大義名分は無くなったって訳だ」

その日の早朝。零夜の用意した旅行道具一式を信玄袋に詰め込みながら、鼠を甚振る猫の笑顔で、嬉しそうに北斗はそう宣った。

「どう言う意味よ、それ?」

ハトが豆鉄砲を食ったかの様な表情で尋ねる、ミサト。
正直、北斗の言葉の意図が全く判らない。
昨夜、丸々一晩かけた話し合いの席で、

『つ〜ワケで、取り敢えず、中国支部にも顔を出してよ〜』

『知るか! 俺達は、舞歌から逃げ(ゴホンゴホン)じゃなくて、修行に行くんだ』

『旅費はコッチで出すからさ〜』

『ほ〜う。それで報酬は?』

『へっ?』

『シンクロ実験とやらをやらせるのであれば、その支部までの旅費は只の経費。
 やって欲しけりゃ、それなりの謝礼くらい別途に用意するのは当然の義務だろ?』

『って、ズコ〜イ! 北斗君てば、何時からそんなに守銭奴になったのよ!』

『コレぐらい言っておかんと、お前の場合、際限というものが無いだろうが!』

といった感じに、チョッとだけ揉めたものの。
途中でカヲリちゃんにヘルプに来て貰ったりもしたが、シンジの中国支部への出向の件は、『修行の妨げにならない範囲ならば』という条件付きながらも、既に承諾して貰っている。
従って、仕事関係の話では無い筈なのだが………

「お前が毎日ウチにやってくるのは、シンジを正規パイロットに勧誘する為なんだろ、一応は」

「へっ?」

「チョと待て。まさか初期の目的すら忘れていたのか?」

「や…やあねえ。そんな訳ないじゃない」

慌てて言い繕うミサトだったが、そのリアクションは、どう見ても欠片も覚えていなかった事を物語っていた。
所謂、お約束である。

「まあ良いさ。一ヵ月後、餓死していなかったら、また会おう」

それに敢えて突っ込まずスルーを。
そして、話はこれで終わりとばかりに、北斗は信玄袋を担ぎ上げると、

「ちょ、チョッチ待って。餓死って、どう言う意味よ?」

「そのままの意味だよ」

問質すミサトに取り合わず、彼は振り返りもせずに出て行った。

「何なのかしら、まったく」

ミサトは困惑顔でそう呟く。彼女には、まるで訳が判らない問答だった。
もっとも、この場に居た者で、判っていないのは彼女だけだったのだが。

「あの。本当に判らないんでっか?」

「(フルフル)無理だよトウジ。ミサトさん、なまじ順応性が高いもんだから、もう完全に生活の一部になっちゃってるんだよ」

「なるほどのう。それはそれで難儀な話やな」

その鈍さに呆れるトウジ。それをシンジが諭し、

「それじゃ零夜さん、カヲリさん、僕等もこれで。(ペコリ)」

「餞別も仰山貰ったさかい、中国土産、期待しとって下さい」

「クワッ!」

と、各自が別れの挨拶を告げた後、北斗の弟子達二人+一匹も、彼等の師の後を追っていった。



「それでは、私もこれで御暇させて頂きますわ」

「えっ。もう行っちゃうんですか? 実は先日、新茶が手に入ったんで………」

「御免なさい。そろそろ、お爺様の朝食を作らなくてはならない時刻なものですから」

それに続いて、カヲリも零夜に辞去の挨拶を。
やや社交辞令っぽい感じのやりとりだが、これは仕方ない事だろう。
両者共に、良く言えば、誰に対しても礼儀正しい。悪く言えば、他人に対して一線を引いた対応をするのがスタンダードなスタンスなのだから。

「へ〜、そりゃイイわね。早速、一杯貰えるかしら?」

そして、ワザと軽薄を装って人間関係を上辺だけのものにし、決して深入りはしようとしないのが、第三の女性、葛城ミサトの特性である。
先の二人とは真逆なタイプでありながら、他人に対して警戒心が強いという所だけがソックリ。
そんな三人だけが残されれば、結果はもう押して知るべし。

「あっ、葛城さんには、特に用意した物があるんです」

「へ〜え、何かしら?」

「(ドン)はい、どうぞ♪」

笑顔で、特大の茶碗に盛られたお茶漬けを勧める零夜。
しかも、給仕を終えたその手には、今、シッカリと塩の入った壷が握られている。

そう。意外に思われる向きもあるかも知れないが、実は、この二人の仲は芳しくなかった。
何せ、葛城ミサトは、典型的な猫属性の性格。かたや、紫苑零夜は典型的な犬属性。
間に立って仲をとりもつ、シンジの様な人間が不在となれば、上手くやっていける筈が無いのである。

「な…何の真似かな、零ちゃん?」

「貴女に零ちゃん呼ばわりされたくないと、何度も申し上げた筈ですけど?」

漸く事の経緯に気付き、内心冷や汗を掻きつつも誤魔化しに掛かるミサト。
だが、それも虚しく、笑顔で返答する零夜の声音には、一グラムの好意すら含まれてはいなかった。

「やだなあ。私達ってば、もう結構長いこと苦楽を共にしてきた仲じゃない〜」

「ええ。苦労の方は、よく共にしましたよね。不本意ながら」

媚びる様なミサトの言葉が続く度に、零夜の笑顔にヒビが入り、声のトーンが落ちていく。
無理もない。余人なら兎も角、およそ彼女に対しては、逆効果にしかならない態度なのだから。
両者の相性は、正に最悪だった。

そして、そんな悪循環なやりとりが暫し続いた後、ついに零夜の口から、

「シンジが居ない以上、葛城さんが此処に居る理由はありませんよね?」

と、疑問系でありながら、明確な意図を伴った決別の一言が告げられた。

「そんなあ! 明日から私にどうしろっていうのよ〜」

「知りません」

「そこを何とか」

「駄目ったら、駄目です!」



   〜 3時間後 赤木ラボ 〜

「(カチャ)それで、結局どうなったの?」

いつも通り、自分のラボへ茶飲み話をしに来たミサトにコーヒーを差出しつつ、リツコは半ば惰性だけで先を促した。

「色々と話し合った結果、今後は食費を入れるっつう約束で、零夜ちゃんも出入りを認めてくれたわ。差し詰めプチ家族扱いってとこかしら」

「ふ〜ん。彼女を相手に、良くそこまで妥協を引出せたわね」

少々驚きつつ、その交渉手腕を賞賛するリツコ。
何しろ、先の経済封鎖(第3話参照)が失敗して以降、少しでも関係を改善すべく、シンジに支払おうとした各種バイト代は、その受取りを全て拒否されているのだ。
おそらくは、両者の間に定期的な取引が行なわれていたという事実を潰す為の(裁判沙汰になった場合、これが結構重要なポイントになる)措置だろう。
つまり、今もってネルフは、全く信用されていないという訳である。
しかも、支払われるべきバイト代と同額の金額が、彼の口座にその都度振り込まれている辺りが、実に嫌味っぽい。
それが一転、ミサトからならば、食費だの旅費だのを受け取るというのだ。
彼女個人に関して言えば、居候から下宿人に変わっただけなのだが、ネルフの作戦部長という公人としては、これは長足の進展である。

「任して頂戴。最近はもう、交渉事に関しちゃチョッとしたモンなんだから♪
 報酬の件だって、散々ゴネられたけど、最後には首尾良く『色々と面倒臭そうだからイラネ』って形で、私が粘り勝ちしたし」

「(ハア〜)貴女ねえ」

だが、その後に続いたミサトの言に、その評価は一変した。
呆れた事に、折角向こうが請求して来たバイト代の支払いを、渋り捲くった挙句に断ってきやがったらしいのだ、この女は。
要するに、先のそれには、リツコが行った様な皮算用など欠片も含まれていなかったという訳である。
まあ、だからこそ彼女は、北斗達に『信頼は出来ないが信用はされている』のだろうが。

「……………てなカンジで、もうけんもほほろだったのよ、零ちゃんてば。酷いと思わない?
 実際、食費云々の件だって、カヲリちゃんの口聞きで何とか纏まった様なモンでさあ〜」

その後も続く、ミサトの愚痴混じりな近況報告に耳を傾けつつ、その内容を吟味する。
何と無く、引っ掛るものがある。
そう、カヲリ………カヲリ=ファー=ハーテッド。最近、良く耳にする少女の名前だ。

若干14歳でありながら、世界でも五指に入る証券会社の秘書を務める才媛。
また、北斗程ではないが人外な戦闘能力の保持者でもあり、諜報部の報告によると、
既に二桁を超える誘拐&暗殺目的の襲撃を受けながら、その総てを独力で撃退していているとの事。
しかも、暗殺目的の方の襲撃は、どうもゼーレによって行なわれたものらしいのだ。

ゼーレから排除対象と見られている。
これは、彼女がネルフの敵である事を。或いは、最終的には敵に回る可能性が高い事を意味している。
にも拘らず、件の少女は、補完計画の要とも言うべきレイが心酔する相手であり、
何故か、ウチの広報課にも彼女のファンが多かったりするのだから、もう笑うしかない。
そんな危険人物が、どうやらミサトとも接触しているらしい。その真意は?

「いや〜、流石に深夜に呼び出したのは『チョッちマズイかな〜』とか思ったりもしたけど〜」

「貴女ねえ、拙いと思った時点で止めなさいよ」

と、おざなりに突っ込みを入れるリツコ。
どうやら、噂の少女も、ミサトには大分振り回されているらしい。
チョッと心が軽くなり、なんとなく、アレコレ悩んでいる自分が馬鹿らしくなって来た。

きっとミサトは、この複雑怪奇なゲームのジョーカーなのだろう。
だからこそ、アチコチで嫌われているにも拘わらず、本気で憎まれる事はなく、
足手纏いでしかない様に見えて、ダークネスや北斗と言った、自分では手も足も出ない相手を振り回して、
その圧倒的な実力差を物ともせずに、曲りなりにも張り合って見せる。
こんな離れ業、ゲンドウにだって出来るかどうか怪しいものだ。

だから、敢えて『カヲリに関わるな』とは言わない事にする。
下手な先入観を与えて、その行動を規制する事は、そんな彼女の長所をスポイルする結果にしかならないからだ。
そう。この圧倒的に不利な状況で勝利を得る為には、ワイルドカードたるミサトの一点買い。この大穴狙いに賭けるしかない。
何を持って勝利とするのかさえ定かでは無い身でありながら、何故か、そう確信しているリツコだった。

「だって、だって。カヲリちゃんってば、その道のプロだし、絶対に負けられない勝負だったんだモン」

「理由になってないわよ。助っ人を呼ぶなとは言わないけど、その相手の都合くらい考えなさい」

だからこそ、今日も彼女は、社会不適合者スレスレな親友の世話を焼く。
『天才と○○は紙一重』という言葉の意味を噛締めながら。




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