〜 同時刻。第三新東京市、新羽田空港 〜

早朝稽古代わりに、徒歩で空港へと向かった北斗達一行。
そんな彼等を、空港内のロビーにて意外な人物が出迎えた。

「お待ちしておりました、北斗様」

綺麗な敬礼を決めつつ、そう挨拶してきた長い黒髪の美女。
それは、北斗の中では、既に死亡説すら持ち上がっていた各務千沙だった。

「………お前、まだ生きていたのか? てっきり、過労死したもんだと思っていたぞ」

「お戯れを。たしかに、此処暫くは激務に追われていますが、只それだけの事。かつての氷室さんの苦労を考えれば……… 
 それに、毎日タンクベッド(1時間で8時間分の睡眠効果が得られる、木連固有の遺跡テクノロジーの一つ)で30分は睡眠をとっておりますで全く問題ありません」

北斗の身も蓋も無い物言いにも欠片も動じず、固めな軍人口調のままそう返答する千沙。
だが、その内容は、彼の予測を裏切らないアレなものだった。

「……………そうか」

内心、呆れかえる北斗。
そんな彼に向かって畳み掛ける様に、

「それに、出奔中の(ゴホン、ゴホン)じゃなくて。
 突発的に取られた、この一週間の休暇の穴を埋めてなお余りある効果を得られる画期的な秘策が、舞歌様にはあるそうなんです」

ややトーンを上げつつ、さも嬉しそうに、そう宣う千沙。

長年の苦労が、ついに報われた。
その顔は、そんな感じの晴れやかな笑顔だった。
某会長が見たら、さぞや惚れ直した事だろう。彼女は今、眩しいまでに輝いていた。
まるで、宗教画に描かれた聖母の様に。

(センセ。何や知らへんけど、あの別嬪さん、絶対騙されて………)

(馬鹿! 言うな…言うんじゃない。武人の情け。せめて、今だけは幻想に浸らせてやれ)

と、真紅の羅刹と呼ばれた北斗ですら、空気を読めない弟子の発言を制し、思わず労わってしまう程に。

「(グスッ)すいません、みっともない所を御見せして」

チョッぴり嬉し涙が零れた目元を拭いつつ、そう謝罪した後、千沙は話しを本題へ。
持っていたアタシュケースを開き、その中身を北斗の前に。

「何でも、これより北斗様達が赴かれる中国は、甚だ治安の宜しく無い所とか。
 それ故、万一の際の保険として、此方の品をお渡しする様に申し付かりました」

「ほう、良くまあコイツを持ち出せたな」

目の前に差し出された品に、先程とは別のベクトルで驚く北斗。
それは、かつて彼が愛用した武具兼部下兼装飾品。
『蒼天』『暗尭』『氷雨』『風魔』の情報端子と、携帯用DFS発生装置だった。

「それと、ダリアも例の場所に設置致しました」

「いやはや。随分と大盤振る舞い言うか………大丈夫なのか、そこまでやって?」

もはや感心を通り越して呆れ顔となりつつ、そう尋ねる。
そんな北斗に向かって、千沙は自信タップリに、

「勿論です。何しろ、例のオオサキ提督の奇策によって、北斗様は今、海王星付近で外宇宙生命体と交戦中という事になっていますから。
 それに、今回は『あくまでも外伝』ですので、少しくらいは『真紅の羅刹』としての北斗様が御活躍されても構わないのではないかと」

「そ…そうか。それじゃ、有り難く借りておくぞ」

意識が半分くらい別の場所に旅立っているらしく、良く判らない理屈を捏ねる千沙の勢いに押されながらも、手馴れた動作でDFSを懐に納め四陣を身に付ける。
実に、約一年振り(一応、ミルキィウエィ条約締結までは正規の軍人扱いだった)のフル装備である。

「うむ。やはり、この格好の方が落ち着くな」

千沙の構えた姿見用の鏡を眺めながら、我知らず笑みが零れる。
何と無く『好きにやっても良い』という免罪符を手にした様な気分になり、戦うべき相手のアテも無いのに、心浮き立つ北斗だった。

(セ…センセが、オナゴみたいに身を着飾るなんて。ひょっとして、天変地異の前触れやろか?)

(クワワ〜〜ッ)

(いや、別に可笑しくはないと思うよ。何せ、北斗さんってば、故郷の木連では、かなりの有名人らしいから。
 何かのパーティとかで、フォーマルなドレスアップが必要な時もあっただろうし。それに、アレって只の装飾品じゃないみたいだし)

と、背後の弟子達が囁き合う、何気に失敬な論評さえ気にならない。
そんな上機嫌のまま、北斗は彼等を促し搭乗手続きを。
途中、特別貨物扱いのペンペンとは別れたものの、金属探知等の検査も無事通過。
太陽系で最も物騒な武具を身に付けたまま、彼は機上の人となった。

「ほう。二時間後に、機内食とやらが出るのか」

「サービス良いですのう、センセ」

「あの。いくらエコノミークラスでも、それぐらいは当たり前なんですけど………」

離陸後、フライト予定表を覗き込みながら語る師匠と親友の言にそう突っ込みつつも、シンジもまた、内心ではチョッと嬉しかったりする。
そう。何気に一門全員が、普通の旅客機に乗るのは、これが初体験だった。



   〜 3時間後、新上海空港 〜

「おお、此処が中国かいな。なんや、空港にソックリなトコやのう」

「(ハア〜)此処は空港そのものだよ」

到着と同時に、パシャパシャとデジカメで辺りを撮りながらそう呟いたトウジに、溜息混じりに突っ込むシンジ。
ややおざなりな感じだが、これは仕方あるまい。 何せ、あまりにもベタな。使い古され捲くったネタである。

「いや〜、何せ初の海外旅行。関西人としてはもう、まずはコレをやらんとイカン様な気がしてのう」

「うん。なんとなく言いたい事は判るよ、理解は出来ないけどさ。
 もう何も言わない。だから、せめて『荷物を見知らぬ人に持って貰う』のは止めようね」

と、更なるボケに走りそうな親友に、いかにもカモっぽいと思われたらしく、ヘラヘラと笑顔で拠って来た置き引き狙いらしい数人の現地人を黙殺する様に指示。
なおも付き纏ってきた手合いは、北斗に追っ払って貰った後、空港の外へ。
ネフル中国支部からの出迎えが待つ、待ち合わせ場所へと向かう。
そこで彼等を待っていたのは、『熱烈歓迎! 第三号的孩子一行先生(サードチルドレン御一行様)』と書かれた旗を掲げた、

「「「ま…舞歌!(さん)(はん)」」」



    〜 3時間後。ネルフ中国支部、第一実験場の管制室 〜

管制室に、謹慎明けと共に技術指導員として本部から出向してきている日向マコトの声が響き渡る。

「全回路正常。初期コンタクト、異常なし」

ついに始まった、記念すべき第一回目のシンクロ実験。
その晴れ舞台の様子を眺めつつも、中国支部司令官の顔は浮かないものだった。
と言うのも、彼が最も恐れていた事態が現実のものに。良かれと思って行なった歓迎式が何故か不評に終り、
噂の破壊神『真紅の羅刹』の勘気をこうむる結果となってしまったからである。
一体、何がいけなかったのだろう?

「絶対領域まで後、0.5、0.4、0.3………」

と、自問している間に、いよいよ運命の瞬間が近付いてきた。
それに合わせ、彼の意識もまた、実験へと集中する。
そう、まずは実験に成功してから。真紅の羅刹との関係修復については、それから考えるべき事だろう。

「初期コンタクト全て問題無し。双方向回線開きます。シンクロ率………シンクロ率28.3%!」

オペレーター席から、感極まった声での報告が。
かくて、機動数値ギリギリながらも、中国支部の虎の子たるエヴァ伍号機は、サードチルドレンという名の騎手を得た事によって、ついにその産声を上げた。

「極好!(すばらしい!)」

「大歓喜!(とても嬉しい!)」

「多謝! 大感謝的 第三号的孩子!(有難う! 感謝するぞサードチルドレン!)」

管制室内に歓喜の声が木霊する。
無論、中国支部司令の胸にも喜びが込み上げて来る。
だが、それも束の間の事。背後から猛烈なプレッシャーが。
振り返れば、そこには凄絶な笑みを浮かべた北斗の姿が在った。

「ふむ。良かったじゃないか、舞歌の兄貴」

言外に『これで、もう思い残す事はあるまい?』とでも言いたげな調子の祝辞を。
そう。初対面の時点から、どういう訳か彼は、自分を目の敵にしている節があった。
しかも、何故か決して名前で呼ぼうとはせず、数時間前に迎えに行かせた妹の兄と呼ぶのだ。

「ありがとう、北斗君」

司令官としての矜持から、何とか平静を装いつつ礼を返す。
だが、内心ではもう、生きた心地がしなかった。

「たしか、これで暫くはお役御免だったな」

「ああ。何とも情けない話で申し訳ないが、ウチには連続して実験を行なえるだけの設備が無くてね」

おまけに、また予算の獲得から始めないといけないし。
と、現実逃避気味に胸中で呟いてみる。

これは決して大袈裟な話などでは無い。
ネルフ本部では頻繁に。週に一度は行なわれているシンクロ実験だが、これとてタダでは無い。
実を言えば、一回行なうだけでも莫大な額の資金が掛るのだ。
それ故、貧乏な支部では、その工面すら一苦労だった。
そう。『予算が無い』と口癖の様に冬月やリツコが愚痴る本部の財政状況も、中国支部から見れば、正に御大尽様なのである。

「そうか。では、俺達はこれから修行に出かける。準備が整ったら、シンジの携帯に連絡を入れてくれ」

そう告げると同時に、クルリと背を向けて管制室から出で行く北斗。
それと共に、プレッシャーが薄らいで行く。と、その時、

「あの。北斗さん達は、この支部に居ては下さらないのですか?」

『これで一安心』と言った中国支部司令の気も知らず、彼の妹の口から、気弱げな声音でありながら、とっても大胆な質問が。

「当然だ。元々、此処には修行の為に来たんだからな」

柄にも無く儚げ雰囲気を漂わせた。
少なくとも、彼的にはそう思える仕種の彼女に、苛立たしげにそう答えた後、『あらかじめ、そう言ってあった筈だぞ』と、突き放した様に締め括る北斗。
だが、そんな殺伐とした空気を無視し、

「各種トレーニング施設でしたら、この支部内にも………」

と、尚も引きとめようとする舞歌。
そんな口上を遮る様に、

「悪いが、俺にはオモチャで遊ぶ趣味なぞ無い」

と、北斗は駄目押しを。
その眉間には皺が寄り、不快を顕に。故郷の者が見れば我先に逃げ出す様な渋面となっている。
だが、そんな彼の神経を逆撫でする様に、さも気遣わしそうな顔で、

「そうですか………判りました。
 ですが、この支部の外に出られるのでしたら、せめて護衛を付けさせて頂けませんか?
 お恥ずかしい話ですが、この街の治安はあまり良くないもので」

「お前は、俺を何だと思っているんだ?」

ついには、先程までのそれすら比較にならないプレッシャーを。
否、既に殺気の領域に突入したそれを放ち始める北斗。
そんなピリピリとした空気を無視し、端的な事例を上げつつ、舞歌は尚も翻意を促そうとする。

そんな二人のやりとりに当てられ、キリキリと痛む胃の辺りに手をやりながら、再び自問する。『一体、何がいけなかったのだろう?』と。

やはり、早くに両親を失った所為か、つい甘やかして育てたのが拙かったのだろうか?
それとも、目を離すと心配だったので、つい自分の秘書官職に就けた事が拙かったのだろうか?
最愛の妹の困った………否、致命的な言動を前に、走馬灯チックに、その半生などを振り返ってみる。
ある意味、現実逃避である。

彼の名は、黄 七雲。
中国支部の若き司令官であり、奇しくも木連の首相たる東 舞歌に瓜二つな容姿の。
本物(?)とは正反対に、心優しく善良だが場の空気を読む能力が欠片も無い妙齢の美女、黄 舞歌の、五歳ほど歳の離れた実の兄である。



   〜 二時間後。中国支部内、職員用大食堂 〜

   トン、トン、トン
               ジュワ〜〜〜ッ

軽快なリズムで乱切りにされた野菜が、既に充分火を通されたバラ肉の上に。そのまま、強火で一気に炒め上げられる。
そこへ、別途に炒めてあったイカ、エビ、ホタテといった魚介類と金華ハムでダシを取られたスープが加えられ、軽く炒め煮された所へ水溶き片栗粉が。

「うわ〜、舞歌さんが料理なんてしてる。しかも、笑顔で。正に奇跡の映像よね」

「まったくだ」

特大の中華鍋にて八宝菜を調理中の舞歌の姿を、さも嬉しそうに撮影する桃色髪の少女が洩らした感想に、心から同意する北斗。

実はあの後、小一時間程の擦れ違いっぱなしな不毛な問答の末に、この数ヶ月の教師生活によって鍛えられた柔軟な頭脳が。
力ずくでは対応出来ない問題の解決法を摸索し得るそれが、この異常事態の有効な活用法を導き出したのだ。
そう。これは、せっかくだから、この悪夢を木連の者達にも御裾分け(ゴホン、ゴホン)じゃなくて、
最近、木連で話題の芸人であるマリアが出したそれに便乗し、彼女を影武者に仕立て上げ、何かと悪い噂の絶えない舞歌の『いめいじあっぷ』の為に
『ぷろもうしょんSDVD』をデッチ上げてしまおうという企画である。

その第一歩が、今、撮影中のこの映像。
何気に二級調理師(中国の上級調理師免許。最上位の特級ともなるとホウメイさんクラスであり、中国全土でも数える程しかいない)の免許を持っていた舞歌のその特技を活かし、
一般職員の為に、額に汗して料理を作っているというもの。
ちなみに、二歩目としては、モップによる廊下の掃除&偶然通り掛った職員に『頑張って下さいね』と某未亡人の様に微笑むシーン。
三歩目として、某女性職員が訴えてきた相談事を親身になって聞き、一緒にその解決策を摸索すると言った、
些かベタではあるが本物の舞歌には絶対出来そうも無い演技をして貰う手筈になっている。

無論、その対価は充分に用意した。
その一つが、現在、喜々として撮影に勤しんでいる桃色髪の少女の来訪。
そう、ラピス=ラズリ専務をパイプとする、マーベリック社からの資金援助である。
これによって、中国支部の財政は、かつて無いくらい潤ったのだが………

「北斗君、本当にコレで良いのかい?」

何かが激しく間違っている。
根拠こそ希薄なものの、自分でも良く判らない衝動に突き動かされ、七雲司令は敢えて危険と判っている質問をした。

「無論だ。実際、お前の妹は、実に良くやってくれている」

ニヤリと笑いながら、そう返答する北斗。
その笑顔を見て確信する。これは、件の舞歌という女性への意趣返しという訳ではなく、やや屈折しているものの、ささやかな善意すら含んでいるのだと。
と同時に、この危険人物もまた、決して話の通じない人間ではない事を実感する。
ならば、自分が取るべき行動は一つしかない。
一人の人間として、まずは語るべき事を全て語る事だ。
口では伝わらない事があるのは確かだが、実際に口にしなければ伝わらない事は、それ以上に多い。
『沈黙は金成り』の有為を認めつつも、敢えて『雄弁の銀』を選ぶ。
それが、七雲司令の自論である。

「件の東 舞歌という女性の事を何一つ知らない私が言うのもなんだが、少々無理があるのではないかね?
 お恥ずかしい話だが、私の妹は、全くと言って良いくらい指導者としての資質に欠けている。
 どれほど似ていたとしても、見る者が見れば容易く別人と判ってしまうと思うのだが?」

「安心しろ。指導者としての資質が欠如しているのは、舞歌も同じだ」

「えっ? 君の自国の首相じゃなかったのかい?」

「遺憾な事に、その通りだ」

一瞬、言葉の意味が理解出来ずに絶句する。
そんな彼に向かって駄目押しとばかりに、

「とゆ〜か、本人に会えば、お前の妹はまだマシな方なんだと痛感するぞ」

そんな北斗のぶっちゃけトークに、早くも挫けそうな七雲司令だった。

「まあ、なんだ。兎に角、お前は、早死にだけはするなよ。
 『東 八雲が生きていたら』。アイツが死んだ時。そして、済崩しに舞歌が首相となっちまって以来、自称有識者共がしたり顔で口にするセリフだが、コイツは間違いなく真実だ。
 お前だって、妹を後世『中国史上、最凶最悪の魔女』とか呼ばれる存在にしたくはあるまい?」

ポンと肩を叩かれつつ、そう言われた言葉が。
根拠の無い、荒唐無稽な。舞歌に限って有り得ない話でありながら、何故か鋭い剣の如く心に突き刺さる。
その態度からすれば、先程までより遥かに身近な存在となった筈なのに、北斗という人間が更に遠くなった様な気がする彼だった。



   〜 翌日。とある荒野の街角にて 〜

そんなこんなで、中国到着二日目の早朝。
出かけに舞歌と一悶着あったものの、例のプロモの撮影をネタに御暇願い、影護派一行は支部の外へ。
ウォームアップを兼ねて、彼女が『此処だけは御止め下さい』と言っていた無法地帯へと走って出かけた。
いよいよ修行開始である。

そう。今回の強化合宿の御題は、初の実戦だった。
これまでの修行の成果を試す武者修行の様なそれに、基本的に争いを好まないシンジ以外の者は。
取り分けトウジなどは『やったるで〜』ばかりに、期待に胸を膨らませていたのだが………

「釣れんな」

「釣れまへんなあ」

釣り場(?)に到着して既に2時間。
舞歌曰く『取り分け、外国人は狙われ易いんです』と、さも入れ食いを示唆する前フリだったにも関わらず、最初の獲物はいっこうに引っ掛からなかった。

「盗賊の皆さんも、その道のプロですからね。
 やっぱり、北斗さんを見れば、遠目にでも『危険な相手』だと判るんじゃないでしょうか?」

「ふむ。俺が同伴していてはカモに見えないと言う事か」

遠回しに『もう止めましょう』という意味を込めたシンジの意見を、純粋な問題点の指摘と受け取りつつ、暫し沈思黙考する北斗。
たしかに、接近してくる相手の気配ならば絶対に見逃さない自信があるが、数キロ先から双眼鏡等で確認された場合、いかに自分でも、その先行偵察を察知するのは容易ではない。
まして、その辺りの技術など何一つ教えていない弟子達では尚更である。
となると、これは釣り方自体を変えるべきだろう。

「よし。俺は姿を隠すから、お前等だけでこの辺を一周してこい」

と、まずはありきたりな打開策を指示してみる。
だが、小一時間歩き回っても成果は上がらなかった。
次ぎに、歩くのを個別にしてみるが、やはりヒット無し。
最後の手段として、ペンペンだけで歩かせてみようとするも、

「(フルフル)北斗さん………幾らなんでも、それは無いでしょ」

「そうか? 俺としては、間違いなくコイツが一番弱そうに見えると思うんだが?」

「言いたい事は判りますが、あまりにも不自然過ぎます。
 とゆ〜か、それ以前に、盗賊にしてみれば襲撃する意味がありません」

と、何故か逆らい難い。まるで零夜の様な雰囲気を纏った、シンジからの駄目出しが。
かくて、初の実戦稽古は、対戦相手に恵まれず、このまま企画倒れとなるかに思われた。
だが、昼食を取るべく最寄の街まで戻り、とある屋台にて本場のラーメンを啜っていた時、

「ふむ。此処は一つ、エサ自体を美味そうなものに変えてみるか」

屋台の前の。すぐ先の古着屋の店先に飾られていたカラフルなデザインのチャイナ服が、北斗の目に留まった事により急展開を迎える事に。
そう。前回、悪しき前例を作ってしまった事が、今回もまた祟ってきたのだ。

「シンジ、アレを着てみないか?」

飾られたチャイナ服の一つを。丁度、彼に合いそうなサイズな薄桃色のそれを指差しながら、北斗がそう宣う。

「嫌です」

躊躇いも無く即答するシンジ。
だが、既にウグイス嬢の服を着た事がある身としては、定番の『あんなものを着るくらいなら死んだ方がマシです』攻撃が使えない。
加えて、それを強要しているのは彼の師であり、仲間である筈の兄弟弟子達もまた、良く言えば一致団結、悪く言えば悪ノリして敵に回っている。
それ故、最後には押し切られる事に。
おまけに、その古着屋の女主人というのがまた、どうもソッチの趣味人だったらしく、嬉しそうにウィッグだの各種化粧品だのを用意して来る。
そんな彼女の好意によって、その仮装は前回よりも更に完璧な物となり、



   〜 再び、冒頭の世紀末っぽい某荒野 〜

「そんなこんなで、今現在に至るというこっちゃ」

「って、誰に向かって喋ってるのさ!」

明後日の方向にカメラ目線を向けつつ、説明口調で語り出した親友に突っ込むシンジ。
そんな未熟者な彼に、トウジはさも『仕方ないのう』と言わんばかりな調子で、

「あかん、あかんて。こういう御約束に一々疑問を持っとたら、この業界じゃ生きていけへんで」

「どこの業界だよ! とゆ〜か、さっきまでのは全部回想シーンなの? 長過ぎじゃないか、幾ら何でも」

「(ハッハッハッ)甘いで、シンジ。
 コレくらいで驚いとったら、グ○ップラー○牙やワン○−スは読めへんて」

そんな掛け合い漫才している間に、彼等の目の前に護送車が到着。
それに、捕獲した十数人の盗賊達を乗せた後、

「よ〜し、次行くぞ」

彼等の師が、訓練の続行を宣言した。

「え〜っ。もう止めましょうよ、北斗さん〜」

既に泣きの入った声音で、そう懇願するシンジ。
だが、実はそうした媚態とも取れる仕種こそが、彼の師や兄弟弟子達の嗜虐心を誘っていたりする。
典型的な悪循環。そこに気付けないのが彼の限界であり、これは知性というより資質の問題である。

「何を言ってるんだシンジ。出稽古は、まだ始まったばかりだぞ」

「せやで。しかも、せっかく軌道に乗ってきところ。此処で押さんで、どないするねん?」

「クワ〜、クワ〜」

そんな訳で、北斗の指導の下、実戦訓練はシンジをエサにする形で尚も続いた。
ちなみに、その後4時間の間に、更に3組の獲物が釣れた。
数にして、累計47名。実はコレ、中国支部が支援する警護団体の、月平均の検挙人数の3倍近い数であり、留置所はもう満員御礼の札が出ていたりする。(笑)

「(ハア〜)こんな事を続けていたら、僕、遠からずブラックリストとかに載るんだろうな〜」

期待以上の成果を得て、意気揚々と帰途につく北斗達の後に続きながら、報復の刺客を恐れ、つい溜息混じりにそう愚痴るシンジ。
だが、彼の師はそれを曲解し、

「案ずるな。明日は、別の仮装で勝負すれば良いだけの事だ。
 幸い、マリアとか言う芸人と同様、お前の顔立ちは確たる特徴が無い。
 それ故、服装と化粧の組合せを替えるだけで、その辺は幾らでも誤魔化せる。この俺が保障しよう」

「いりませんよ、そんな保障〜」

いまや木連におけるコスプレ女王とも言うべきアイドルを先例にシンジを諭す北斗だったが、その労わりの心は愛弟子には上手く伝わらなかった。
常識とか羞恥心とか言う名の壁が、二人の間には横たわっていた。




そんなこんなで、シンジ達の訓練の初日が終った日の深夜の事、

「俺、やっぱり葛城さんの足手纏いでしか無いのかも知れない」

昨日の伍号機の機動を祝う中国支部の職員達で賑う酒場の片隅にて、最近出来たばかりの現地の友人に、酒の勢いから愚痴を零す日向マコトの姿があった。

「どうしたね、マコト? らしくないよ〜、本部への定時連絡で何かイヤミでも言われたあるか?」

「(ング、ング………プハ〜)いや、只の事実の指摘さ。
 実際、俺が謹慎された直後の使徒戦(サンダルフォン戦)も、葛城さんの機転で見事ダークネスを出し抜いて勝利を勝取ったし。
 それに、今日聞いたシゲルの話じゃ、最近、懸案だった整備班との確執も、かなり改善されたらしいんだ。
 この件なんて、俺には手も足も出せなかった難事なのに。ホント、情けないよ」

「そんな事ないあるよ〜 このままマコトが帰らなかったら、きっと書類の海に溺れて溺死するね、その女」

ハイピッチで杯を重ねるマコトを気遣い、彼との会話から推測した推論にてそう慰める中国支部職員A。
実を言うと、彼的にはマコトの話を誇張の入った物だと。話半分なものとして聞いている。
故に、実は自身が言ったセリフは偶然の産物。只の事実の指摘であるとは夢にも思っていない。
そう。本部とは異なり、中国支部の職員達は、いまだ常識と言う名のぬるま湯の中の住人なのだ。

「書類仕事なんて、専属の秘書官が就けば済む事じゃないか。
 今はまだ尉官だから実行しないだけ。きっと今回の出向は、葛城さんの佐官に昇進に合わせての、人事異動の実験措置なんだ〜」

アイヤ〜、これは重傷あるね。
嘆息しつつ、内心でそう呟く中国支部職員A。
幸か不幸か、葛城ミサトの容姿と大まかな性格については、毎回ダークネスの放送が此処中国でも流されているので良く知っている。
それ故、マコトが己の上司に憧れを抱く気持は判らなくはない。
実際、約四ヶ月前の使徒戦突入以来、彼女はネルフで最も有名な職員であり、
そのエキセントリックな言動に露骨に眉を顰める者も少なくないが、使徒撃滅への情熱や裏表の無い性格を支持する者も。
ぶっちゃけて言えば、自分の周りにも結構ファンが多かったりするのだから。
だが、マコトのそれは、そんな彼等とは一線を画すもの。此処まで来ると、ほとんど女神に対する崇拝の領域である。

正直、危ういと思う。 マコトは今、数年前、散々貢がされた挙句に手酷く捨てられた従兄弟にソックリな目をしている。
だが、短い付き合いながらも、彼が愚直なまでに真っ直ぐな性格だと。
翻意を促しても、決して諦めない男である事もまた知っている。

「なら、この出向をチャンスだと。己を磨く為のモラトリアム期間を貰ったと思うよろし。
 まだ一ヶ月近くあるよ。その女の側に居たいのなら、本部に帰る日までに、今の評価を引っ繰り返す実力を身に付ければ良いね」

だから中国支部職員Aは、敢えてその背中を押す事にした。
万に一つの。虚仮の一念が岩を穿つ故事を信じて。
それに、従兄弟のケースとは違って、相手は社会的な立場のある女性。
最悪でも派手に玉砕するだけで、そう酷い事にはならないだろうと思ったが故に。

「そうか………うん、そうだよな。諦めたら、そこで御終いだもんな」

中国支部職員Aの激励に深く頷きつつ、己にそう言い聞かせる様にそう呟く。
そして、差し出された彼の手をシッカリと握り、感謝の意を伝える。
そこに言葉は無い。そう。男の友情に、そんな無粋なものは不要なのである。

だが、そんな熱いドラマを演じたばかりだと言うのに、

「あのさ。さっきからチョッと気になっていたんだけど………」

「うん? 何あるか?」

「今、俺達ってば何語で会話してるんだろう?」

黙っていれば判らない事を。重箱の隅を突くが如く、些細な設定の矛盾点を論う、シンジ以上に空気を読めないマコトだった。

「(フッ)夜空の星にでも聞くよろし」

嗚呼、苦しいフォローを有難う中国支部職員A。




>?

   〜 5日前。7月27日、とある次元の狭間 〜

その日、私は過去何度目かさえも認識し得ぬ後悔の念に暮れていた。
なんと、駆け出しの限定管理神役審査認定官に過ぎないこの身が、
多次元宇宙を含めたこの銀河系の最高指導者の一柱たるル○ュ○ェ○様からの召集を受けたのだよ。
本来ならば名誉の極み。末代までの自慢話となる拝謁だろう。
だがそれも、御叱りを受けるものとなれば話は別だ。
そう。あれ程の不祥事を起した直後の事となれば、この召集は絶望的な事としか思えない。
嗚呼、精々受験資格の失効くらいだとタカを括っていた己の不明が情けない。

事此処に至った以上、私自身もタダでは済むまい。
おそらくは、一級限定神免許剥奪の上で投獄という事となるだろう。
それは良い。当然の報いでしかない。
だが、せめて現地協力者には。オオサキ殿には累が及ばぬ様にせねばならい。
これは、私に残された最後の矜持であり、同時に、彼との友誼の証でもある。
そして、もしも叶うならば、アークめの命乞いを………

そんな思いを胸に、私は宇宙一豪奢な裁判所の門を潜り、我が生涯最大にして最後の栄誉を賜りに向かった。

『お初にお目に掛ります。限定管理神役審査認定官■■■■■、お召しにより御前に参上致しました。
 この度、自分の様な若輩者が暁の明星様に御目通りを叶いましたる事、身に余る光栄。その御尊顔を拝し奉り、恐悦至極に御座います』

万に一つも粗相の無いよう細心の注意を払いつつ、ル○ュ○ェ○様の御前にて御挨拶を。

この時の事を思い出す度に冷や汗(比喩表現)が出る。
おそらく私は、自分で思っていた以上に追い込まれた状態だったのだろう。
後になって振り返れば、これは正に噴飯物の挨拶だった。

おそらく、あの御方は私の卑しい心底を見透かしていたのだろう。正に汗顔の極みである。
だが、そんな愚かな私を咎めるでも無く、あの御方は私の愚考を諭して下さった。
生涯忘れ得ぬであろう、あの御言葉にて。

「だあ〜っ、カタい! つ〜か、なんやねんその時代劇の悪家老みたいな面従腹背なセリフは。『私は謀反を企んでいます』とか視聴者にアピールしたいんかい、自分?」

「め、滅相も御座いません! 決してその様な大それた事など………」

「ほうか。なら、それを証明せい。 せやな。取り敢えず、ワイの事をサッちゃんと呼んでみい」

「はっ? …………そ、そんな! 貴方様の真名を口にする事すら、私の様な若輩者には己が分を越える事。それを愛称にて御呼びするなんて。そんな恐れ多い」

嗚呼、これが咎人に対する最後の慈悲というものなのだろうか。
だが、それにしたって。なんと言うか、いま少し普通なものの方が…………

「うっさい。ワイはサッちゃんや。ほれ、リピート・アフター・ミー」

「ど…どうかそればかりは御勘弁を」

正直に言おう。この時点で私の思考能力は停止していた。
それ故、それまで用意していた言い訳のセリフは全て頭から消え去り、只、ル○ュ○ェ○様の御言葉に反射的な返答をする事しか出来なくなっていた。
虚心坦懐とは、あの様な心理状態の事を指すのだろう。
そう。たった数十秒の会話を交わしただけで、私の心は丸裸にされていたのだ。

「カ〜ッ、近頃の限定神は質が落ちたのう。
 横っちの爪の垢でも飲ましてやりたいで、ホンマ」

「横っち?」

「おう。此処とは違う平行世界の住人なんやけど、これがなんともオモロいヤツでな。
 キーやんなんてもう、本業ソッチのけでコナかけとるで。
 もっとも、馬…じゃなくて竜王のヤツも『横島殿は我が息子の家臣である』とか、根拠レスな事を言うとるし、
 文の字もまた『何を言ってるんです。最初に彼に恩寵を与えたのは私ですよ』とか言ってスカウト権を主張しとる。
 このまま行けば、数百年ぶりにドラフトで複数指名になりそうな塩梅や」

なんと! 主神を筆頭に、竜王公主や文殊菩薩と言った高位の神々が挙って獲得しようとするなんて。
さような事は、かのジャンヌ=ダルク女史以来の誉れ。
嗚呼、羨ましい。本当に羨ましい。この次元にも、その様な聖者が誕生していれば………

「まあ、最後に勝つのはワイやけどな。なんせ、横っちのコレを押さえてあるさかい」

気が付けば、懊悩すべき事柄すら忘れ、私はル○ュ○ェ○様の御話に。
小指を立てつつ、千里眼を誇るヒャ○メ殿の能力を持ってしても絶望視されていたル○オラなる女性の魂の欠片を回収した時の苦労話や、
それに纏わる、彼女と横島殿との悲恋の物語に魅せられていった。




「おっと。なんやかんやで、ち〜とばかり脱線し過ぎたのう。
 いや。只の木っ端役人Aやと思うったら、意外に聞き上手つ〜か。中々侮れんやんけ、オマイ」

『過分な賞賛、悼み入ります』

「それがイカンちゅうか………まあ、エエわい。そこまで徹底すれば、ある意味貴重な個性やからな。
 さてと。それじゃ、こっからが本題や。
 今回、オマイを呼んだんは他でもない。オマイんとこのアレ。地球人管理者名アークとか言うヤツの事なんやが………って、何、いきなり今にも死にそうになっとんねん?」

『お気遣いなく。既に覚悟は出来ております。どうぞ御存分に御処分を』

嗚呼、判っていた事ではあるが、矢張り破局は避けられなかったか。
残酷な御方だ、ル○ュ○ェ○様は。わざわざ私の警戒心を奪い去ってから、御沙汰を下されるなんて。

諦観に身を任せつつ、己の軌跡を振り返りながら最後の時を待つ。
嗚呼、思い出すのは此処最近の事ばかり。
無理も無い。良くも悪くも、アークめの審査を引き受ける前の私は、平凡そのものな人生だったからね。
それが、どこをどう間違ってこんな事になったのやら。

そうだね。思えば私は、ごく当たり前の。大した器でもない、どこにでも居る平民の出。
それが、一級限定神などという過分な役職に就いたのが、そもそもの間違いだったのだろう。
嗚呼、理想に燃えていた学生時代よ。 その頃の想いは、今もこの胸にある。だが、矢張り私などでは、こんな大役を上手くやれる筈が無かったのだろうねえ。
嗚呼、総てが遠くなってゆく。 そして、思念体である私の存在自体もまた消えてゆく。生きる意志を放棄したが故に。

『申し訳ありません、ル○ュ○ェ○様。
 私の一命を持ちまして、どうか…どうか地球人には寛大な御処置を―――――』

「って、勝手に死ぬな〜〜〜っ!!」




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