再び・時の流れに 
〜〜〜私が私であるために〜〜〜



第13話 「本筋」は一つじゃない……歴史って、当てにならないのね……<その1>



 今年ももう後わずか。
 戦争の最中でも、クリスマスはやって来ます。そして、お正月も。
 そう、戦場にもクリスマスはやってくるのです。
 ついでに、艦長の頭の中にも。
 ホント、バカばっか、です。



 「ルリルリ、顔がにやけてるわよ。何考えてたの〜」

 ……はっ。

 いつしか私も、思考が跳んでいたようです。
 そう、ついに待ち望んだ知らせが届いたのですから!

 帰って、来るんです。

 アキトさんが!

 クリスマスイブの予定で。
 つまり……今日なんです!

 「ア〜キ〜トが帰ってく〜る〜、帰ってく〜る〜、

  アキト〜はサ〜ンタクロース〜♪、漆黒のサ〜ンタクロース〜♪」

 ……ユリカさんは浮かれっぱなしです。変な替え歌まで飛び出しています。

 ちなみに私が一番驚いたのは、なんとハルナさんが生きていたということでした。
 例によって極秘通信を覗いたのですけど。
 なにやらいろいろあったみたいですが、その辺はおみやげ代わりにじっくりと聞きましょう。
 今日は巡回航行の最終日。このまま何もなければ夕方までにはヨコスカの軍ドックに入港して、そのまま補給及び総合メンテナンスが行われます。その間は久々に長期休暇の予定です。年末年始ですから。まあ、あくまでも、予定ですが。
 もし歴史がまだ私たちの知っている通りに動くのなら、クリスマスの後に起こるのは……

 ジンシリーズの襲撃。白鳥さんとの出会いです。

 今度は……絶対に死なせたくありません。
 ミナトさんの泣き暮らす姿は……そして、ユキナさんの涙は……見たくないですから。
 何より、月臣さんに、親友を撃たせたくもありません。
 そう……いよいよ、本番なんです。アキトさんの……そして、私の戦いは。
 けど……やっぱり私も嬉しいんです。アキトさんに、会えるのは……ぴっ!
 ん? センサーに何かが掛かりました。
 下方向……海中から……いけません! これはっ!

 「艦長、敵襲です! 敵、チューリップ12、ほか多数! 海中より急速浮上中!」

 「ええええええええっ!」

 やられました……もうこの辺の敵は、あらかた排除済みだったはずなのですが。
 この数からすると……おそらく、極東地区に落ちたチューリップの残りが、全て集結したに違いありません!
 逆にいえばこれを落とせれば、極東地区も開放されるのでしょうが……。
 この布陣ということは、おそらく……やっぱり!

 「上空にも無人兵器多数潜伏している模様。完全に、囲まれました」

 「エステバリス隊、直ちに出動準備! グラビティブラストのチャージは!」

 「現在、0%。開始しますか?」

 全く……油断していました。グラビティブラストがチャージしてあれば、体制が整う前に、グラビティーラムで一気に突破・脱出が可能でした。ですが、こうなると、チャージが追いつくかが心配です。また、チャージが完了しても、2分で突破できなければ、無力化したナデシコが袋だたきになるだけです。

 「チャージはして。この戦い……グラビティーラムで包囲網を突破できなかったら……確実に私たちの負けよ」

 さすがにユリカさんも思いは同じです。このままいったら、援軍の当てがない籠城戦になります。

 「了解。グラビティーブラスト、チャージ開始します。ミニマムチャージですので、完了まで約15分から30分掛かります」

 ミナトさんの声も、どこか震えていました。

 「それまで持ちこたえられるかが勝負か」

 「そうですね」

 ゴートさん、プロスさんの意見も同じです。

 「みんな、最後まで粘りなさいよ。この船が沈むのは、全員があきらめたその時なんですからね」

 ……提督もすっかり貫禄が付きましたね。実は感心しています。

 最近ナデシコに対する軍の嫌がらせが、陰に陽に目立つようになってきていたのは、私をはじめとして、みんなが感じていることでした。
 何故、そんなことをするのか、私にはわかりません。エリナさんがしょっちゅう柳眉を逆立てていましたから、相当キツい嫌がらせだったみたいです。
 そしてどうも……そのたびに提督はナデシコ側に立って、軍の方々と折衝していたようでした。
 そのため表向きのトラブルはありませんでしたが。
 しかし……これは本当にまずいですね。私の見たところ脱出ルートは二つ。上空に向けでグラビティブラストを撃ち、あいた穴をエステバリス隊で保持しつつ突破するか、チューリップの一つをグラビティラムで強引に突き破るかのどちらかです
 ただ、どちらもコンデンサーにエネルギーがチャージされていなければ実行不可能。そこまでナデシコが持つかどうか。

 「ナデシコの興亡、この一戦にあり! ミナトさん、私とルリちゃんの指示に従ってポジション維持! メグミさんは援軍の要請を」

 「「はいっ!」」

 そしてエステバリス隊も次々に出動していきます。

 「スバル リョーコ、でるっ!」

 「アマノ ヒカル、出ます!」

 「マキ イズミ、出動します」

 「ダイゴウジ ガイ、いくぜっ!」

 「アカツキ ナガレ、出動する」



 「ねえ、フォーメーションは?」

 「この数だ! とにかく落とす! ロン毛! お前が中心になってくれ!」

 「任せたまえ、リョーコ君。まず、チャージが終わるまではディフェンスに徹する! この戦い、ナデシコがチャージできねば勝ち目はゼロだっ!」

 「そう来ると思ったぜ! オラオラ!」



 ですが、戦いはかなり苦しい展開になりました。
 元々戦艦を直衛するためには、普通なら最低6機の機動兵器がいります。私たちは高速機動を駆使して、それを4機でこなしてきました。ですが今回はあまりにも敵が多すぎます。飽和攻撃をかけられては、機動も回避もあったものではありません。純粋に力比べになってしまっています。
 ナデシコ自身も防御は強いが攻撃力には欠ける戦艦です。グラビティブラストは威力はあっても連射が効きませんし、正面にしか撃てません。全方位攻撃には案外弱いのです。
 せめて援軍が来ればいいのですが……。

 「そんなっ!」

 メグミさんが、呆然と立ちつくしています。

 「どうしたの、メグミちゃん」

 メグミさんは、怒りと、悲しみと、絶望が入り交じった青い顔で、艦長の質問に答えました。

 「援軍は、来ません……ナデシコでも勝てないような相手に勝てる、連合の艦船は、どこにもない、と……」

 「なんですってえっ!!!!」

 あ、エリナさんがついに切れました。無理もありません。
 連合軍の腐敗も、ここに極まれり、という感じです。

 「今戦わないで、何が連合軍よ! 何が地球を守るよ!」

 「せめてナデシコ級がもう一隻あれば。それが相手の言葉でした。そうすれば……援軍を出せたのだがって……」

 メグミさん、最後の方は、涙声でした。

 「ナデシコを、そしてナデシコ級戦艦を独自に運用している、ネルガルへの当てつけっていう訳ね」

 提督が、やれやれ、という顔でため息をつきます。

 「民間で使っていないで、さっさと寄越せば助けてやらんこともない、ですか。全くこれだから蜥蜴なんぞにいいようにやられるのよ」

 「とにかく、耐えて耐えて耐え抜きます。残念ながら、今攻勢に出たら、確実に負けます」

 艦長は、唇を噛みしめて、そう宣言しました。

 「戦いには何が起こるかわからないわ。はっきり言って、神風でも吹かなきゃこの戦い、勝てません。ですから、今は、耐えます。ほんの僅かな、そよ風さえも、決して見のがさないために!」

 敵は尽き果てることなくわきだし、包囲網もじりじりと厚くなっていきます。
 でも、私たちには耐えることしかできません。偶然でも奇跡でも、とにかく一筋でも勝利の光が見えたとき、その一筋を見落とさないようにするために。
 ですが、多勢に無勢です。一歩、また一歩と、ナデシコは追いつめられていきます。

 「艦長!」

 「こちらガイ! 弾が切れた。一旦帰還する!」

 「フィールド、0.2秒カット!」


 ズガガガガガガッ!


 「フィールド、再展開。今の解放で、ナデシコの装甲板損傷。フィールドカットは、あと3回が限度です」

 グラビティブラストのチャージ率は、まだ50%にも満ちません。
 このままでは、じり貧です。何か……何か、道が欲しいです。
 その時、リョーコさんから通信が入りました。

 「ようルリ、ちょっと聞きたいんだけど」

 ライフルを乱射しながら、私に話しかけてきます。

 「なんでしょうか」

 「バーストモードのリミッターって、どうやったらカットできるんだ?」

 !!!
 口調は何気なかったですが、私はそれが意味することを知っていました。
 そう言えば、リョーコさんは見ているんですよね。
 フルバースト……対ナナフシ戦の時、ハルナさんがやった必殺技。
 フィールドジェネレーターに、とにかくエネルギーをチャージし続けることによってジェネレーターを暴走させ、まさに爆発的な出力のディストーションフィールドを発生させる方法……。
 あの後少し研究してみましたが、現在のエステバリス及びエネルギー供給ラインでは実現は不可能。暴走の方は機体にバッテリーを繋げば可能ですが、制御の方は無理です。フレームそのものを、このモードを使用することを前提に設計しない限り、強度的に持ちません。砲戦フレームですら3分で爆発、空戦フレームでやろうものなら、たぶん1分経たずに空中分解です。しかも爆発と同時にジェネレーターはグラビティーブラストと同様の重力衝撃波をまき散らすのです。逃げ場のあったハルナさんの時と違って、今回やったら間違いなくアサルトピットごと破壊されてしまいます!

 「ダメですリョーコさん! そもそも物理的に改造しなければできませんし、やっても爆発ですよ!」

 「でも……あれしかねえ。あれなら、ちょうどナデシコのグラビティーラムとおんなじように、敵中強行突破が可能になる。そうすれば……」

 「ダメです」

 そこに、割り込みが入りました。
 え、艦長……?
 それも、マジ怒りモードの。

 「スバル リョーコさん」

 あ、相変わらず……別人、みたい、ですね。艦長。
 ジュンさんが目をぱちくりしています。

 「いかなる理由があれ、自殺行為と見なされる行動は、艦長として許可できません。慎みなさい」

 「……わかった」

 「よろしい……ルリちゃん」

 モード持続のまま、私に話しかけてきます。

 「なんでしょうか、艦長」

 私も真面目に答えます。

 「リョーコさんのいっていたのって、以前ハルナちゃんがやった奴よね。あれ、再現できるの?」

 「一応は。ただ、研究してみましたけど、現有の機体であれをやると、必ず爆発してしまいます。衝撃波のおまけ付きで。実用化のためには、フレームそのものの再設計が必要です」

 「そっか……それって、簡単にできるの?」

 だんだんとモードが元に戻ってきました。何か考えついたんですか?

 「ええ、プログラムのインストールと外部バッテリーを接続すれば。エネルギーウェーブだけだと、いわばアンペア数が足りませんので」

 「時間は?」

 「通常整備と変わらないはずですが」

 「ふむふむ……」

 ……ユリカさん、なんかとんでもないことを考えていませんか?

 「プロスさん、生き延びるためなら、赤字になってもいいですか?」

 「……まあ、命あっての物種ともいいますしね。借金は生きていれば返済できますが、命は買い戻せませんし」

 なんか……ますます嫌な予感がします。

 「よーし、整備班の人〜」

 「おお、なんだ?」

 ウリバタケさんが忙しそうに答えます。

 「ごめんなさい! 予備の空戦フレーム、ぜ〜んぶ爆弾にしちゃいます!」

 「なんだと〜っ!」

 ……やっぱり。私も考えつきはしましたけど。



 一旦エステバリス隊を緊急回収。ナデシコは亀の子モードで敵の攻撃を耐えしのぎます。

 「嫌な仕事だぜ。ぶっ壊すために整備するなんてよ。けど、こうでもしないと生き残れないと来た。昔……特攻隊とかいうのの機体を整備していた奴も、こんな気持ちになったのかな」

 ぶつくさ言いながらもウリバタケさんはエステの改装を進めています。
 フルバーストモードにしたエステバリスを、自動操縦で敵のど真ん中に射出する。
 このモードのエステは、事実上DFSに匹敵するフィールドをまとったミサイルと化します。そして限界を超えて爆発するとき、今度はグラビティーボムとなって敵をなぎ倒すのです。
 チューリップを落とすのは無理でも、無人兵器ならかなりの数を巻き込めます。

 ……高い買い物ですけど、仕方ありません。このままでは、脱出すらできなくなります。

 最低限は残しておかなければなりませんから……使えるフレームは2機分しかありません。
 たった2発の実験兵器。これにナデシコの命運が掛かっているのです。



 そして、ギリギリのところで、作業は終了しました。
 敵影はますます濃くなり、ほとんど無人兵器の雲の中にいるような有様です。

 「おそらくシールドをあけられるのは後一度だけだよ」

 思兼の分析は、チャンスが一度しかないことを物語っていました。
 運命の時が……迫ります。







 >HIKARU

 2機のエステバリスが、カタパルトにセットされた。
 あたし達も、自分のエステバリスで、じっと待機にはいる。
 しんと静まりかえった雰囲気が、ちりちりとまとわりついてくる。
 ホント、なんであたし、こんな所にいるんだろう。
 冬のコスミケももうすぐだっていうのに、新刊も出さずにこんなところで命をかけている。
 あれは、去年……おっと、8ヶ月跳んでるからおととしか。あたしは悩んでいた。男と漫画、どっちを取るか。両方取れればよかったのかも知れないが、男を取れば漫画を捨てなければならなかった。
 結局あたしは漫画を取った。ただ、生きていくには糧がいる。
 事故で両親を亡くし、叔父夫婦の元に引き取られた。
 だが……その後はあまり言いたくない。ま、そう言う環境だった。
 学校を出てすぐ、男の所に転がり込んだ。
 そのままいったら、あたしはあいつの奥さんになっていただろう。
 そのぐらいには、好きだった。
 けど……あたしは、あたしの心を癒してくれた、あの夢を捨てきれなかった。
 ゲキガンガー、ナチュラルライチ、etc、etc……。
 あたしがいわゆる、『グレた』状態まで堕ちなかったのは、漫画やアニメが、あたしの心を癒してくれたからだった。
 紙に書かれた絵の向こうには、ディスプレイに映る絵の向こうには……夢の国があった。
 そこではあたしも『笑う』ことができた。
 現実では決して得られなかった『笑い』が、そこにはあった。
 そしていつしかあたしは、『オタク』への道を踏み出していた。
 けど……現実には、生きていくのはつらい。
 叔父夫婦の元にはいたくなかった。
 自活するにも、一人暮らしできるだけのお金を稼ぐには、それこそ『身』を売る生活でもするしかなかった。
 そんなとき、あたしは『運命』に出会った。
 ゲームセンターの中で、赤いベストを着た、ちょび髭眼鏡の『運命』に。



 そのゲームは、いわゆる体感ゲームだった。男の子なら誰でも憧れる、機動兵器のシミュレーションゲーム。それのとびっきりリアルな奴。
 青い猫の出てくる漫画の主人公ではないが、あたしには奇妙な特技があった。

 『ね、ヒカル、絶対うまくなるよ、だから一緒のクラブに入ろう!』

 器械体操部、バレエ部、新体操部……。家庭の事情がなければ、そっちに進んでいたかも知れない。
 何故かあたしは、逆さまになっても平衡感覚を失わない。逆立ちなら、腕が疲れるまで何分でも微動だにしないで立っていられる。そう言う妙な特技があった。
 身体感覚が、非常に優れているらしいのだ。新体操などの道具も、手足の延長のように操れた。
 バレエの方は、片足のつま先だけで1分立っていたら誘われた。
 足が疲れるので1分だったけど、立っているだけだったらたぶん10分でも20分でも平気だった。
 そんなあたしだから、この手の超体感系のゲームは大得意だ。どんなにぶん回されても的確に自分の位置を把握し、弾は狙った通りの位置に飛ぶ。地元では最強の女王であった。
 そして新発売されたゲームで、発売当日にパーフェクトクリアを成し遂げた(まあ、そう珍しいことではない)あたしの元に、あの男はやって来た。

 『はじめまして、プロスペクターと申します』

 『はあ』

 仕事に困っていたあたしの元に、いい仕事がある、と彼はいった。
 仕事はなんとパイロット。ちょうど、あの木星蜥蜴が襲ってきたころだった。

 「IFSという画期的なシステムにより、操縦そのものを練習する必要は、ほとんどないのです。しかし、無重力空間での空間把握、及び射撃などのセンスを持っている人は、軍の中にもそういません。なに、人殺しをしろとはいいません。実戦に出るかどうかも分かりませんし、そう言うときには軍関係の出身者が優先されます。あなたはいわばパイロット候補生ですから」

 プロスさんの嘘つき。
 しっかり実戦で命がけじゃない。
 でも、あの時のあたしには魅力的な話だった。
 正式に会社員としての身分保障がつく。
 最初の一年は研修。その間生活費どころか住むところまで支給される。寮で缶詰になるっていうことだけど。
 しかし、行き場のないあたしには喉から手が出るほどありがたかった。
 そしてあたしはプロスさんの期待に応えた。
 友達もできた。
 同年の女性、リョーコとイズミ。3人揃ったあたし達は無敵だった。
 そして決まった配属先が……ここだった。



 「衣食住完全支給、時間的なゆとりもありますから、趣味に費やす時間も取れますよ」

 今考えてみれば、あたしのことは調べてあったのだろう。IFSがあれば、あたしでもエースパイロットになれる。
 そしてあたしは、ちゃんと成果を出し続けてきた、
 アキト君ほど凄くはないし、最近はDFSの関係でリョーコの伸びが凄いけど、あたしだって負けてはいない。
 リョーコやガイ君がフォワードなら、あたしはリベロだ。得意の射撃で、後方から確実自在にみんなを支援する。
 今ではすっかり馴染んだこの場所を、失いたくはない。
 あたしは隣に立つ、ピンクのエステを見た。
 実は最近ちょっと気になっている。
 話の合う同士だというのもある。話していても異性同士の雰囲気にはあんましならない。オタクな話題が飛び交っているだけだし。
 けど、話をしていると、とってもいい人なのが分かる。
 熱血馬鹿だし、性格も顔もくどいけど、実は凄く真面目で誠実なのだ。
 ゲキガン馬鹿なのが気にならなければ、かなりの優良物件だぞ、彼。
 と、彼のアサルトピットが開いた。
 どうしたんだろう。

 「おーいヤマダ、どうした」

 「すまん。緊張したらトイレに行きたくなった。まだ時間あるだろ」

 「ああ。ただすぐに無人機の打ち出しだから、急いで戻って来いよ。時間がないからな」

 「……わかった」

 その時私は、ふと違和感を感じた。
 なんか、いつもの彼らしくない。
 そして……彼は、隣には戻ってこなかった。







 >RURI

 時間になりました。

 「無人機、発射シーケンス起動。フィールドコントロール同調。射出方向よし。準備、完了しました」

 「じゃあ、いきますよっ!」

 乾坤一擲の作戦はスタートしました。

 「むじんくん1号、射出っ! 続いて2号、射出っ!」

 そのネーミングは、何とかして欲しかったですけど。

 ドガガガガガガッッ!

 「フィールド閉じてっ!」

 ほんの一瞬で、ナデシコ中に赤ランプがともります。

 「フルバースト、起動!」

 「起動します」

 そして、私がそう言うと同時に、ウィンドウの中に映る2体の空戦フレームが、派手なオレンジ色の光をまき散らしはじめました。
 それに巻き込まれた機動兵器が、ばたばたと落ちていきます。

 「予想持続時間、後1分、進路……ええっ!」

 その時、突然、2号機の自動操縦が解除されました。

 「時間がもったいない。こいつを最も有効に使えるルートを教えてくれ、ルリちゃん」

 「「「「「ヤマダさん!!」」」」」

 奇しくもブリッジ内の女性の声がハモってしまいました。

 「何やってる「時間がもったいねえ!」

 艦長の声は、ヤマダさんの叫び声にかき消されてしまいました。
 この作戦の唯一の懸念が、自動操縦では、十分な敵を巻き込めないことでした。でも、有人で行ったら、その人は……どかん、です。
 ですが……ヤマダさん、いつの間に潜り込んだのですか?
 けど、変な話、そのことを問いつめている暇は、もうありません。今そんなことをいっていたら、ヤマダさんは無駄死にするだけです。
 私は独断で一次案を作って、ヤマダさんと艦長に送りました。
 ユリカさんにもわかったみたいです。4秒で修正案が帰ってきました。

 「これが修正ルートです。さっさとしてください」

 そしてたった30秒のダンスが、私たちの目の前で始まりました。
 ヤマダさんは私と艦長の指示したラインの敵に対して、豪快な体当たりをかましていきます。無人ではかわされていたはずの敵に、むじんくん2号……無人じゃないですけど……は、片っ端から食らいついていきます。
 その頑張りのおかげで、雲の間からこぼれる日差しのような、一筋の花道が出来上がりました。

 「今よ! 脱出して!」

 「おうっ、何、叱られるまでは死ねるかっ!」

 ラスト3秒前、ヤマダさんの乗ったアサルトピットが切り離され、海に向かいます。
 その直後、耐えきれなくなった2機が重力爆発を起こしました。
 2機の波動が干渉し、強力な時空の歪みが、干渉波となってあたりの無人機を蹴散らしていきます。
 その脇で、ヤマダさんの乗ったアサルトピットが、自動兵器の群れに突っ込んでいきました。どうやら最大懸念だった重力干渉にはやられはしなかったようですが……

 「ヤマダ君……」

 「……泣いてる暇はないわっ! 彼の開いてくれた血路を、今こそ切り開くのよっ! グラビティーブラスト、チャージは!」

 「チャージ率、85%!」

 「85……限界は100秒ね……ルリちゃん、グラビティーラム、形成!」

 「エネルギー逆流、ナデシコ、バーストモードに移行。グラビティラム、形成します」

 「ミナトさん、進路、8−7−15、出せるだけいって!」

 その進路は、うまくヤマダさんが生き延びていれば、一番回収のしやすい進路です。
 さあ、今度は私が正念場です。ここで失敗したら、ヤマダさんに申し訳が立ちません!
 私の制御に従って、ナデシコの前方に、オレンジ色の鏃が浮かび上がります。
 そして相転移エンジンと、補助の核パルスエンジンが、ここぞとばかりに動力を絞り出します!
 オレンジ色の鏃を掲げたナデシコは、行く手を阻む敵を、戦艦、駆逐艦を問わずにうち砕いて前進していきます。

 「限界まで、後、15、14、……」

 「もう少しよ、ルリちゃん、頑張って!」

 何とか、いけそうです。
 ですが……

 「いけないっ、ユリカ、チューリップが!」

 後一歩というところで、位置を変えたチューリップが、私たちの進路上に立ちふさがります!
 もちろん、このまま突っ込めば、チューリップを貫くことはできます。しかし……チューリップを破壊していたら、時間切れになります。予想ロスタイム10秒。結果、5分間の空白が、ナデシコに生じます。
 そうなったら……絶対にナデシコは持ちこたえられません。飽和攻撃を受けて、1分たたずにナデシコは全壊です。

 「もう……アキトに会えなくなっちゃうじゃない! 邪魔よ! そこのチューリップ!」

 半ばぶち切れた艦長が、目の前のチューリップに向けて怒鳴り散らしました。
 びしっと突き出された指が、まっすぐチューリップをさしています。
 と、その時……

 ぴしぴしぴしっ。

 「あ、あれ……?」

 その指先に差し貫かれたかのように、チューリップにヒビが走ります。

 「爆発するぞっ!」

 「総員、対閃光防御よっ!」

 ジュンさんと提督の言葉を聞いて、ブリッジ中のみんなが顔を伏せたとたんに、すさまじい光が私たちに降り注ぎました。
 あっ、いけません。
 今のショックで、グラビティーラムの維持が解けてしまいました。
 時間は……大丈夫です。オーバーヒート寸前でした。
 そして私が艦の管制に意識を戻した瞬間、見知らぬ信号が二つ、マーキングされていました。
 これは……!!!!

 「大丈夫だったか、ナデシコ。こちらテンカワアキト、アリサちゃんと共に、脱出を支援する!」

 「アキト!」

 ひときわ大きいユリカさんの声が、ブリッジ中に響き渡りました。
 ちょっと気の早いサンタさんは、私たちに、特大のプレゼントを届けてくれたのです!







 「現在のナデシコの状況は?」

 「損傷率20%、なれどフィールドジェネレーターほか、戦闘装備はほぼ無傷です。フィールド及びエネルギーが回復し次第、戦闘に復帰できます」

 アキトさんの質問に、私はきびきびと答えました。

 「それはよかった。何とか間に合ったみたいだな。少し下がっていてくれ。ちょっと危ない大技を使う」

 アキトさんの乗る機体……それは、前の世界で見慣れた、ブラックサレナによく似た機体でした。ほとんどサレナと一緒なのですが、エネルギーウェーブを受信するためのウィング部分が存在せず、そのかわりに背中のユニットがやや大型化しています。
 そして腕まわりの装甲が薄くなっていて、代わりに自由度が増しているようです。
 オリジナルのサレナにとって、腕は銃器のマウントポジションでしかなかったのですが、今のアキトさんはDFSを使いますから、そのために腕を動かせるようにしたみたいです。
 それでもエステバリスより遥かに自由度は劣りそうです。腕が横にほとんど開かないですし。普段のエステが裸なら、ブラックサレナはフル装備のプレートアーマーを着込んでいるようなものです。頑丈なぶん、どうしても自由には動けません。
 そんな中でアキトさんが、わざわざ『大技』というからには、かなり威力のある技なのでしょう。
 と、私たちの見ている前で2本のDFSが発動します。
 続いて巨大なショルダーガードを思わせる肩のあたりが、ぐるりと回転を始めました。
 両の腕を、天に突き出すかのように。
 そして長く伸びたDFSが、徐々に縮みはじめます。
 しかし、以前のようにブラックホール化するまではいかず、1/3ほどの長さで止まりました。
 しかしその分、太さが太くなったように感じます。
 そこにアキトさんの『叫び』が重なりました。



 「我が身よ、渦潮となり、竜巻となりて敵を呑み込め!

  奥義・
渦竜奔走撃!



 声と同時に、ブラックサレナの脚部スラスターが全開になりました。
 弾かれたように、ブラックサレナは天を駆け抜けます。
 と、バランスが崩れたのか、機体がスピンをはじめました。
 いえ……違います! あれは意図的にスピンを行っているのです!
 その回転と共に、DFSに集束していたフィールドが、ほんの少し、その結合をゆるめます。
 ゆるめられたフィールドは、常態のように機体を覆っていきますが、その強度に、どうも意図的なムラが付けられているみたいです。
 その光景は、どう見ても……

 「ど、ドリル?」

 ユリカさんがあげた素っ頓狂な声が、ブリッジ全員の気持ちを代弁していました。
 ブラックサレナは、今、一つの回転するドリルとなって、敵に突っ込んでいくのです! 2本のDFSが、ちょうどナデシコのグラビティーラムのように、攻防一体のトップを形成し、機体を覆うフィールドは、意図的に付けられたムラがちょうど溝になって敵をえぐります。
 雲か蚊柱に見えるほど密集していたことが、無人兵器たちにとって仇となりました。
 黒とオレンジのドリルは、無人兵器の群れに次々と穴を穿っていきます。

 「うぉぉぉぉぉぉっ! あれぞ、ゲキガンスクリュー! さすがはアキト、我が心の友よ!」

 ……!! い、今の、声、は……

 「ヤマダさん!」

 メグミさんがあわててコミュニケを繋ぎます。

 「いけっ! アキト、そこだっ!……あ、メグミちゃん、どうした、そんなに驚いた顔して」

 「驚いたも何も、無事だったんですか!」

 「はい、ヤマダさんのアサルトピットは、私が保護しました」

 そこに、見慣れない人からの通信が割り込んできました。
 ウィンドウの中に映ったのは、銀髪の、胸の大きな、美しい女性でした。まだ若い……リョーコさんたちと同じくらいの歳でしようか。

 「あなたは、どなたですか?」

 ユリカさんの質問に、その女性は歯切れのいい言葉遣いで答えました。

 「はじめまして。私は元西欧方面軍特殊遊撃部隊『MoonNight』所属のアリサ・ファー・ハーテッド大尉です。このたび、民間協力部隊『ナデシコ』へ、補充パイロットとして出向することになりました。以後、よろしくお願いいたします。
 なお、先ほど、脱出したとおぼしきアサルトピット一基を保護いたしております。こちらの所属で間違いないでしょうか」

 「はいっ、間違いありませ〜ん! ありがとうございました〜」

 あのー、ウィンドウの前で手を振らないでください、艦長……気がゆるみすぎです。相手の方、思いっきり引いちゃってますよ。

 「と、取りあえず、了解いたしました……聞きしにまさる艦ですね……

 ほら……いわれちゃってます。
 同時に、アキトさんからも通信が入りました。

 「こちらアキト、取りあえずチューリップ10個と、無人兵器をだいたい8割くらいはつぶせたと思う。だけどこっちもこの辺で限界だ。悪いが残りは何とかしてくれ。苦しいかも知れないが、さすがに全部は無理だった。みんな、頼む」

 す……凄いなんてもんじゃありませんね。なんかまた、問答無用のレベルが上がったみたいです。
 そして、こっちは……

 「みんな! いける!」

 「あったりめえだいっ!」

 「あたしも大丈夫ですよ〜」

 「今のあたしは根回し役人……準備官僚……なんちゃって、ぎゃはははははっ!」

 「……こちらアカツキ、いつでも出動できる」

 ちょっとくらっと来ましたが、大丈夫そうですね。

 「よーし、行くわよ! アキトにいいとこ見せましょう!」

 ユリカさんの掛け声と共に、ナデシコは逆襲に転じました。
 そして15分後、私たちは見事に残りの敵を粉砕しました。







 今からみんなでアキトさんのお出迎えです。ユリカさんも私もメグミさんも、みんな仕事をほっぽり出してこっちに来ちゃいました。今ブリッジにいるのは、仕事を押しつけられたジュンさんと、手が放せないミナトさんだけです。
 カタパルトが開き、2機のエステバリス……1機はブラックサレナですけど……と、中距離用VTOLエアシャトル1台が、ナデシコに合流しました。
 通常サイズのエステバリスは、そのまま空いた駐機スポットへ固定されます。
 でも珍しいですね。銀色に塗装された空戦フレームなんて。ナデシコでも、陸戦フレームと違って、空戦フレームはみんな同じ色なんですけど。

 「銀色の空戦フレーム……おい、まさか、『白銀の戦乙女』か!」

 リョーコさん、ご存じなんですか?

 「あれ、リョーコ、知ってるの?」

 ヒカルさんも同じことを考えたようです。

 「会ったことはねえけどな。西欧方面軍一の腕利きとして有名だぜ。まともに戦ってもかなりの腕だが、あだ名が付いたのはあの槍を使い出してからだ」

 「槍?」

 よく見ると背中にフィールドランサーが装着されています。

 ……この時期にもうできていましたっけ。

 「ネルガルの試作品なんだけど、彼女、それを使って物凄い戦果を上げたんで、そのまんま贈呈されたっていう曰く付きの代物だぜ。こっちに戻ってきて最初に読んだネルガルの社内報に載ってたから、印象に残ってたんだ」

 「な〜るほど」

 リョーコさん、意外なものを読んでいたんですね。エリナさんならわかりますけど。
 と、まず先に、シャトルとのドッキングベイの方から、何人かの人が現れました。

 「うおおぉぉっ!」

 ……整備班の人から物凄い歓声が上がりました。まあ……金髪碧眼スタイル抜群の美女が目の前に現れたのですから。私はちらりと自分の胸元に目を落とし……メグミさんの方をみたら、目がばっちりと合っちゃいました。
 よくこういうとき『私には将来がある!』とかいったりしますけど、私は16になってもこっちの方面では望みがないことを知っています。
 悩みは一緒ですね……

 「うおおおおおぉぉぉぉぉぉぉぉっ!」

 おや、また歓声が上がりました。
 また美女が現れたのでしょうか。
 そう思ってそちらを見ると、今度は東洋系の、どっかでみたような女の人が、整備士の服装で降りてきました。
 なんだか……エリナさんが整備服着ているみたいです。でも、よく見ると髪の端がややざんばらで、表情も柔かです。
 ひょっとして、姉妹?

 「レイナっ!」

 あ、エリナさんが驚いています。やっぱり身内だったようですね。
 でもまだ人は出てきます。
 続いて出てきたのは、やはり東洋系の男性です。何というか、表情は柔らかいのに、ぴんと一本筋の通った……柳の木のような感じのする人です。そして、続いて立派な体格の男性と、なんだかお父さんという言葉がぴったり来るような中年の男の人が出てきました。これで、こちらからは全部みたいですね。

 「うおおおおっ!」

 ……また歓声です。きっと、アリサとかいった、銀色のエステの人が降りてきたのでしょう……あら?
 そう言えば彼女、さっきの金髪美女そっくりだったような……
 あ、やっぱりそっくりです……双子か何かでしょうか。
 そしてその脇で……

 「おいアキト、さっと降りてこい! ついでにこいつをバラさせろ!……って言いたいとこだが、今のナデシコにゃこいつを固定できるスペースがないぞ、デカすぎて。取りあえず、そこの作業台の所に置いてくれ」

 「わかりました」

 ただ、ブラックサレナは元々宇宙戦用ですからね。歩くスピードとかは、かなり遅いです。
 あ、ようやっと作業台に固定されたようです。

 「全く、こういうときは、ハルナちゃんのありがたみが死ぬほどわかるぜ」

 「では、詳しい整備ポイントは、レイナちゃんに聞いてください」

 そして、黒い機動兵器のハッチが開きました。
 そこにいたのは……

 「アキトさん!」







 >MEGUMI

 あらあら、叫んじゃって。ルリちゃん、大人ぶっていても、やっぱりまだ子供ね。
 そんなに嬉しかったのかしら。

 「アキトアキトアキト〜〜〜! 凄かった〜! やっぱりアキトはあたしの王子様!」

 「わっ! こらユリカ! 抱きつくな! 胸がっ!」

 ……艦長はもう少し大人になってください。うらやましい……

 はっ! 今のはなしなしっ!

 「艦長、それより、そちらの方をきちんと紹介してくださいな」

 「はい……」

 やれやれ、ムネタケさんに艦長が叱られるようになる日が来るとは、初めてあった頃からは想像もつきませんでした。
 この人たちは、アキトさんが帰還するのと同時に、ナデシコに対する支援として、連合軍西欧方面軍から派遣されてきた人だそうです。
 男性3名、女性3名。後、ヨコスカでもう2名補充が来るとかで、今ハルナさんとあちらの男性が迎えに行っているとか。
 ムネタケさん、残念でしたね。恋人との再会は、ヨコスカまでお預けになりそうです。
 おっと、紹介が始まりました。

 「ハーイ、この場にいる人はちょっとこっちを向いてくださ〜い」

 ……ナデシコ保育園っていうあだ名は、ルリちゃんのせいばかりではない気がします。

 元々ナデシコのメインクルーに、未成年者がやたらに多いことに対する皮肉なんですが、れっきとした成年の艦長からしてあれでは、文句も言えません。

 「正式なお披露目は入港後に行いますけど、取りあえずこの場で簡単に紹介いたしま〜す」

 最初に挨拶したのは、一番偉そうな中年のお父さんでした。

 「はじめまして、オオサキ シュンといいます。西欧方面では、アキト君たちの上司に当たりました。このたび西欧方面の沈静化に伴い、その恩返しの意味もかねて、ナデシコ部隊に協力する旨、命令を受けました。今後ともよろしくお願いいたします。なお、このナデシコ内に於いては、ムネタケ提督の補佐として、副提督を勤めさせていただきます」

 ぱちぱちぱちと、拍手の音が響きました。

 「よろしくね、オオサキさん」

 「いえ、提督。提督の方が階級が上なのですからお気になさらず」

 「わかったわ。業務の割り当てとかは、後でまた」

 二人は握手をした後、それぞれが控えました。
 続いてガタイの大きなおじさんです。

 「はじめまして、タカバ カズシです。オオサキ副提督の補佐官としてこのナデシコに着任しました。あらかじめいっておきますが、公式の、あらたまった場以外では、私のことはカズシと呼んでくださって結構です、というかお願いします。というのも、前の基地で私のことをタカバと呼んでいたのが、気にくわない上司だけだったもので、タカバと呼ばれるとつい身構える癖がついてしまいまして。私は見ての通りの身体ですので、身構えると結構みなさんに恐い思いをさせてしまうと思います。そう言う訳ですので、どうか遠慮無くカズシと呼んでください」

 笑いと共にまた拍手がおきました。なにか、見た目に寄らずひょうきんな方ですね。
 あ、3人目の男の人が挨拶をします……ちょっと頼りなさげですが、結構いい男ですね。どんな人なんでしよう。

 「はじめまして、クラウド=シノノメと申します。あらかじめ断っておきますが、この名前は仮のもので、本名は別にあるかも知れません」

 ……? どういう事でしょう。それにこの人、今では珍しいくらい、綺麗な言葉を使いますね。私は元々声優でしたから、こういう言葉遣いには気を遣うようにしていますが、ここまで綺麗な言葉を使う人ははじめてみました。

 「というのも、私は実は過去の記憶を失っています。奇しき縁に導かれ、このオオサキ副提督の元で参謀の仕事を勤めさせていただいておりますが、実のところ私が何者なのかは未だにわかっていません。しかし、受けた恩義を返すためにも、誠心誠意、勤めさせていただく所存です」

 ちょっとみなさん引いてますね。何といいますか……昔ニホンにいたという、サムライ……いえ、武士、ですね。そんな雰囲気がします。
 そして紹介は女性陣にうつりました。

 「はじめまして、サラ・ファー・ハーテッドと申します。こちらでは、通信士を勤めさせていただくことになります」

 あ、ということはあたしの同僚、交代要員になる訳ですか。仲良くしなきゃいけませんね。

 「ここで働かせていただくと共に、西欧で世話になった人のハートを、ぜひとも射止めたいと思います」

 ……えっ?

 今視線は、列の端に立っているあの人の方を見ていた気が……。
 あ、ルリちゃんと艦長のチェックが厳しくなっています。
 アキトさんは……冷や汗かいていますね。
 おまけに男性陣も。
 まあ、あれだけの美貌ですからね……
 と、続いて隣の女性が話し始めました。

 「私は、アリサ・ファー・ハーテッドと申します。よく見ていただければわかる通り、こちらのサラとは双子の姉妹です。私の方が妹になります。ナデシコではパイロットの補充要員となりますので、同じパイロットの方、そして整備班の方は、特によろしくお願いします」

 そう言って整備班の男共にウィンク一つ。あ〜あ、男共、舞い上がっちゃって。

 「そして私の目標は、最強のパイロットの方に並び立つこと。できれば、公私を共に過ごせるようになることです」

 ……あなたも、ですか? 今度はリョーコさんの目がキツくなっています。
 あ、ヒカルさんにからかわれて赤くなってますね、リョーコさん。
 でもチームワークは大丈夫でしょうか。
 アキトさんは……視線が増えた分、冷や汗が倍増ですね。
 しかしとなると……私の目は最後の女性の方を向きました。

 「はじめまして、私はレイナ・キンジョウ・ウォンといいます。この名前でもわかると思いますけど、そこにいるエリナの妹です。姉さん共々、よろしくお願いいたします」

 なんかエリナさんの目がキツいですね。仲、悪かったんでしょうか。

 「で、隣のサラとアリサがなかなかの問題発言をぶちかましていましたが、私はテンカワさんの妹の、ハルナちゃんと大のなかよしになりました……ちょっと、そこの男共、今何を想像した!

 そっちを見ると、数名の整備員さんたちが、顔を赤くしています……ああ、そう言う勘違いをしたんですか。

 「……えー、決してハルナとそんな関係になった事実はありません。単なる親友です。で、私は、サラやアリサと違って、漆黒の戦神様を別に男とは見ていないので、さっきっから恐い目をしている方々、私をそういう目で睨まないでください」

 ぷぷっ、艦長とルリちゃんとリョーコさんが、あわてて下を向いていました。
 結構面白い方ですね。

 「ちなみにそんな訳であたしはフリーですが、私は自分より整備のへたくそな男とはつきあう気はありませんので、誘うんでしたら腕を磨いてからにしてください。今いった通り、ナデシコでは整備班に加わります。よろしくっ!」

 あ、ウリバタケさんが出てきました。

 「俺が整備班班長のウリバタケだ。よろしくな」

 「え、ウリ博士?

 その一瞬、奇妙な間が空きました。みんな、ぽかんとして、レイナさんとウリバタケさんを見ています。
 次の瞬間、メインクルーの間に爆笑が広がりました。

 「に、似合いすぎ、ウリ博士だって」

 「き、きっついぜ!」

 「……やるわね」

 「れ、レイナさん、それハマりすぎ」

 「そりゃ傑作だ」

 ……あら?
 私はおなかを押さえつつも、妙なことに気がつきました。
 まず、ルリちゃんが笑っていません。むしろ、真面目な目になっています。
 そして何よりウリバタケさんが目を白黒させて、レイナさんに詰め寄っています。

 「ちょ、ちょっと、そ、それは」

 「……? え、まさか、本当に、瓜博士?」

 「取りあえずそれは後でゆっくりと……
そ、そりゃキツいぜ、レイナちゃん!」

 そしてとってつけたように、ウリバタケさんは騒ぎに混ざりました。

 ……何かあるんでしようか。まあ、私には関係なさそうですけど。
 まあ、取りあえず自己紹介は終わりました。でもアキトさん、この後が大変ですよ……あら、いつの間にかアキトさんがいません。

 ……逃げましたね。まあ、行き先の予想はついていますけど。
 そしてこの日、新たに6人の仲間を、ナデシコは迎えました。



 ……え、後4人増えるんですか?







 >INEZ

 「お帰りなさい、アキト君。真っ先にここに来てくれるなんて、うれしくなっちゃうわね」

 「か、からかわないでくださいよ、イネスさん!」

 ふふふ、そう言うところは全然変わってないわね。

 「はいはい、お目当てはこちらでしょ。大丈夫、軽い打ち身と擦り傷だけよ。一日寝ていればすぐよくなるわ」

 ベットに寝ていたのはヤマダ君。さすがにアサルトピットで敵の群れに突っ込んで、無傷とはいかなかったわ。

 ……信じられない軽傷だったのは確かだけど。運がいいわね、本当に。

 おまけに墜落寸前の所を、アリサさん、っていったかしら、アキト君と一緒に来たパイロットの人に助けられた訳だし。

 「大丈夫だったか、ガイ」

 「ああ、たいしたことねえさ。ま、見ての通り軽傷だ。すぐによくなるって」

 「……よかった……本当に、よかった……」

 「おいおい、何泣いてんだよ、お前らしくもない」

 「事情は着いたばかりでわからないが……相当苦しい戦いだったみたいだな」

 「まあな。楽勝、とはいわんよ。ただ……ちょっと訳あって、無茶したのは確かだ」

 「訳?」

 「ああ……実はな。お前がいなくなった後……リョーコのやつがプレッシャーでつぶれかけた。あ、安心しろ。今はもう立ち直ってる。むしろ以前より動きに切れが出ているくらいだ。なんかこう、吹っ切れたみたいでな。俺には女の気持ちなんか分からんが、まあ、今は無理している様子もない。心配するな。
 ただな……そのせいで一つ疑問がわいてな。本当に命がけの戦いっていうのは、絶対の死地に飛び込むっていうのは、どんなものかって思ってな。だんだんそれが気になり始めた。
 何も死にたい訳じゃない。ただ、リョーコは明らかに、戦いを、死ぬことを怖れ、それに負けかけていた。俺も一回、アキト、お前と同じ、丸裸で敵に襲われるっていう経験をした。
 ヒカルが助けてくれたが、恐ろしかったぞ、あれは。そして、いつもそんな状態で戦っているお前は、どうなのかなって、思っちまってな。
 で、さっきの戦い、はっきり言って、ナデシコは命運がつきていた。リョーコがフルバーストを使おうと言い出す始末だ」

 「フルバースト……ハルナが前やったやつか?」

 「ああ。でもルリちゃんの話によると、あれはやれば必ずエステをぶっ壊しちまうらしい。けど、確実にぶっ壊れるんならって、艦長が思いきってな。予備のフレームを爆弾代わりにして、何とか時間を稼いだんだ」

 「……よくウリバタケさんが承知したな」

 「そこまで追いつめられていたんだよ、ナデシコは。
 ただ、どう考えても、この計画には穴があった。フルバースト化したエステバリスは、いわばDFS化したミサイルだ。けど、そのままじゃ敵を大量には巻き込めない。自動操縦なんざ、奴らは簡単にかわすからな。戦果を上げるには、人が乗ってなきゃ無理だった。だから俺は……こっそりそのエステに乗り込んだ」

 「ガイっ!」

 「落ち着け、アキト。
 相当にヤバいが、これをやらなきゃ絶対にナデシコは沈む。誰かが乗り込まなきゃいけない。だとしたら、一番生き残る確率が高いのは、俺だ……。自慢じゃないが、ガタイの丈夫さには自信がある。実際、ほかの奴らじゃ生きて還れなかったかもな。
 それに……俺は知りたかった。常に死を覚悟して戦場に向かう気持ちっていうのが、どんなものかを。死んじまったらなんにもならねえし、そんなことが許される訳はない。
 だがあの状況は……それが許される瞬間だった。
 やらねば死ぬ。やっても死ぬだろうが、必ずではない。0が0でなくなる以上、俺の命を賭ける価値はある。
 で、ついやっちまったんだ……」

 「無茶しすぎだ、ガイ!」

 「分かってるって。けど、分かったよ。その時の俺の心に、死に対する恐れは全然無かった。人間……本当に大切なもの、ひょっとしたら自分の命より大事なもののためになら、死んでも悔いは残らないんだな。あの時俺が感じていたのは、ある種の満足感だった。おっと、安っぽい自己満足だなんていうなよ。俺は別に、海燕ジョーを気取った訳じゃないし、真似をした訳でもない。ただ、何というか……俺の体の中から、余分な迷いや、恐怖が、すっと剥がれ落ちていったんだ。
 満足っていうか、穏やかな気持ちだったな、あれは。そして俺は……心から燃えられた。ほんの30秒足らずの時間が、まるで30分くらいに感じられたよ。
 なんでアニメの戦闘シーンがあんなに長くなるのか、よく分かったぜ。あの感覚を映像にしようとしたら、時間を引き延ばして密度を薄くしないと、見ている人間には伝えられん。
 ま、なんていうのか、生きるために死ぬ。生と死の狭間の境地ってやつが、少し見えた感じだよ。
 そして、こうして生きて帰ってこれたおかげで分かった。
 アキト、お前……こんな思いで戦ってきたんだな、ってな。
 強い訳だぜ、お前はよっ!」



 ……よく言うわね、ヤマダ君。

 けど、きっとあなたのいう通りなんでしょう。ね、アキト君。
 ずっと昔、失った記憶の彼方に、誰かに命を救われた覚えがある。
 どうしても思い出せないんだけど、死の危機にさらされた私を、誰かが命がけで救おうとしてくれた。
 その人は、決して強そうには見えなかった。顔も何も覚えていないんだけど、何となくアキト君を見ていると、その人のことを思い出す。
 他人のために、つい命がけになっちゃうあたりが、重なるのかしらね。
 そしてヤマダ君も、彼に似てきた。
 なんていうかヤマダ君、ただのゲキガン馬鹿から、男の顔になっていた。
 あるいは……本物のゲキガンガーのパイロットにね。
 どっちかしら。



 「じゃ、失礼します」

 「アキト君も怪我なんかしちゃダメよ」

 そして彼は安心して出ていった。
 ……ま、あたしの思いは、しばらく封印しておきましょう。
 今の彼には、あたしの思いを受け入れられるだけのゆとりが、まだ無いし。
 早くいい男になりなさい、アキト君。







 >RURI

 「オレはチャーハン大盛!」

 「私、オムライスをお願いします」

 「ミートソーススパゲティーを」

 「アキト〜、あたしはメンチカツ定食!」


 戦闘でお昼を食べ損なったみんなが、食堂へ押し掛けてきています。
 といっても、一部の人達は目的が違うみたいですけど。
 リョーコさん、サラさん、アリサさん、そしてユリカさん。
 あなた達はここにご飯を食べに来ているのですか? それとも……今更ですか。
 私も人のことを言えませんし。
 でも、やっぱりチキンライスはアキトさんのものが一番です。ホウメイさんのものもとっても美味しいんですけど、やはり何かもの足りません。
 これが愛情の味なんでしょうか。
 でも……キッチンの中でさりげなくアキトさんにからんでいる、ホウメイガールズのみなさんにガンを飛ばすのはやめた方がいいと思います。
 私ですか? もちろんそんなことはしません。
 アキトさんの前でそんなはしたない真似をするのは逆効果ですから。
 私だって、少しは学習します。

 「あ、そうだ、いけないいけない」

 と、突然、ユリカさんが席を立ちました。
 足下に置いてあった袋を手にして、食堂の端に向かいます。
 袋の中身は丸めた紙……あ、ポスターですね。
 そう言えばそうでしたっけ。前回もこんな事がありました。

 「ホウメイさーん、ここにポスター貼っていいですかー?」

 「ああ、いいよ。クリスマスパーティーのだろ?」

 それを聞いてユリカさんはいそいそとポスターを張り出しました。
 でも、それを見て、また前回のことを思い出してしまいました。
 今回はどうなるでしょうか。前回はヨコスカ入港と同時に、ついに連合軍がしびれを切らして、ナデシコを軍に無理矢理編入しました。
 しかし今回は事情が変わっています。予期せぬアキトさんの西欧出向、そして、帰還。
 おまけに西欧方面軍から人員まで補給されてしまいました。アカツキさんとエリナさん、どう思ったのでしょう。
 ここに来る前にちらりと西欧方面軍の記録を見ましたが、アキトさん、相当活躍したみたいです。アキトさん自身の資料は、どうやら意図的に削除されていましたが、オオサキさんたちが所属していた特殊部隊、MoonNightの行動記録を見れば一目瞭然です。そして西欧方面軍は、その最精鋭部隊を潰す覚悟で、貴重な人材をナデシコに派遣してきているのです。
 ある意味、連合軍の覚悟が分かります。
 さてさて……どうなるのでしょう。もはや完全に、歴史は変わってしまっていますから。



 食事が終われば、お仕事が待っています。
 まだハルナさんが合流していないので、私はあんまりブリッジを離れられません。
 こういうときばかりは、あの人がいないことが寂しくなります。
 まあ、今日の夕方には会えるんですけど。
 エンジンも思ったほど調子は悪くなく、到着まで問題はなさそうです。
 ふと思いついて大広間をモニターしてみると、やっぱり、クリスマスパーティの飾り付けを、ウリバタケさんが忙しそうに仕切っています。
 前回は危うくアカツキさん主催のパーティーに女の子を取られるところだった訳ですけど、今回は時間的にアカツキさんは出ていくゆとりがないですし、アキトさんもいますから、最初っからにぎわいそうですね。

 「あらあら、みんな仕事をする気あるのかしら」

 ……うっかりしていました。戦闘機動操舵による疲労で、ミナトさん、午後は臨時におやすみでした。当然今操舵を担当しているのはエリナさんです。

 「まあ、仕方ないかもね。今は生き延びたことを、素直に祝いましょう」

 ……ちょっとびっくりです。こういうことも言える人だったんですね。

 「そうそうルリちゃん、このあと合流する人のこと、聞いてる?」

 「いえ、聞いていませんけど」

 そう答えつつも、私はちょっとびっくりしました。
 てっきりネルガル関係だと思っていましたが。
 ということは……誰でしょう。
 3人までは、まあ見当がつきます。
 ハルナさんと一緒に向かった、ヤガミとかいう人と、彼らが迎えに行ったラピスとハーリー君でしょう。ハーリー君から、こっそり聞いていますから。
 でも、あと補充が4人来るという話なんですよね。となるとあと一人って、誰でしょう……。
 しかしエリナさんがこの様子では、連合軍の動きとかは入ってきていないんでしょうか。
 ちょっとカマを掛けてましょう。

 「でも、何か急に人が増えましたね」

 「ええ、ここのところ本社との連絡も途絶え気味だったし、私はパーティなんか出ている暇はなさそうね」

 ……そう言えばずっとナデシコに乗りっぱなしですものね。会長と会長秘書がここでずっと過ごしているとなると、本社の方は大丈夫なのでしょうか。
 前回のアカツキさんはなんて非情なんだと思ったときもありましたけど、本社の重役さんたちに比べれば全然ましだったことを知ったのは、アキトさんのことを知ったあとですし。

 「連合軍、どういうつもりなんでしょうか。今現在では、ナデシコは民間の協力者ですよね」

 「ええ、軍属待遇に近いかしら」

 今日のエリナさん、少しいつもの鎧がゆるんでいるみたいですね。チャンスかも知れません。

 「でも……いつまでこの位置を保てるんでしょうか。ここのところの連合軍の動きはひどすぎます。さっきだって、アキトさんが間に合わなかったら、ナデシコは沈んでいました」

 そうです。あのメグミさんの蒼白な顔は、決して忘れられません。

 「それについては少し気になることがあるの」

 ……? なんでしょう。
 けどエリナさんは、笑って私にいいました。

 「ルリちゃんがいくら大人っぽくても、聞かせたくない話はあるわ。こういうことは大人に任せておきなさい」

 ……そう言うエリナさんも、社会的に見たら子供扱いされる年だと思いますが。

 でも、ちょっと気になりますね。思兼、この件に関する情報はありますか?

 「あるよ」

 小さなウィンドウが、エリナさんの死角にこっそりと立ち上がりました。

 「クリムゾングループが、かなり積極的に連合軍に食い込みはじめているらしい。プロスさんやゴートさんは、この件の対応のため、ひょっとしたらナデシコを降りるかも知れない。エリナやアカツキが上位権限で使っていた通信のログを、ルリのプライベート端末に置いておくよ」

 !!
 前回とは、明らかに対応が違います。ずれた歴史の歯車が、クリムゾンをも動かしはじめたのでしょうか。
 前のクリムゾングループは、このころは出遅れを取り戻すために、力をためている時期でした。彼らが本格的な活動をはじめたのは、ナデシコの件が終わってから。遺跡を飛ばしてしまい、ネルガルが受けた打撃を回復している時期に、クリムゾンは勢力を伸ばしはじめたのです。
 けれども、今度のクリムゾンは、動きが積極的になっています。何が彼らを動かしているのでしょうか。
 ひどく、いやな予感がします。
 こうなると……情報が欲しくなります。けれども、いくら私でも、そこまでの力はありません。それにこの先、いくつもやらねばならないことが、私にはいっぱいあります。
 ハルナさん……。
 ふと、彼女のことが頭に浮かびました。
 逆行者であるという理由のほかに、裏の世界に通じていることを隠しておきたかったという彼女。

 ……潮時かも知れません。今の私には、力が必要です。

 細かいこだわりを捨て、彼女に協力を請うべきでしょう。
 全ては、アキトさんのために。







 >SEIYA

 「ちょっといいですか?」

 「ん? おお、アキト、なんだ一体」

 珍しいな、こいつがオレにあらたまって用事とは。
 ま、いいか。こっちの準備はほぼ終わったしな。
 どうせパーティーは明日だし、大丈夫だろう。
 今日の方が雰囲気は出るんだろうが、いくらなんでも入港初日には、やることが一杯ありすぎる。実際24日は、入港手続きだけで真夜中になっちまうだろう。そんでもってみんなで寝坊してってことになるのが見え見えだ。
 そしてオレが連れてこられたのは、格納庫だった。レイナちゃんの監督で、例の黒いやつの分解整備が行われている。
 ちょうど背中から、何かが降ろされているところだった。
 ん……おい、アキト! ありゃあ!

 「お願いしたいのは、あれです」

 アキトのやつは、その降ろされたものを指さしていった。

 「超小型の相転移エンジンです。ですがなにぶんにも試作品でして、今のままでは長時間稼働させることができません。ウリバタケさんには、あれを改良して、完全なものを作って欲しいんですよ」

 な……なんだとっ! お前、いつの間にそんな面白いものをっ!
 DFSの時にもびっくりさせられたが、今回はそれ以上だ!

 「ったく、一体どこでそんなものを手に入れてきたんだ?」

 それでも一応、オレはそう聞いた。もしこれがどっかから盗んできたようなものだったら、オレは手を貸す訳にはいかないからな。
 まあ、こいつがそんなことをするとも思えないが。

 「詳しくは言えません。ですが、これの改良、完成は、たぶんウリバタケさん、あなたにしかできないと思います。理由は……こいつをばらしてみれば判ります。といっても、今現物は一つしかないので、これは改造しないでください。必要なパーツは、何とか手配しますから、その時に改めて連絡をください。データは、これです」

 そう言って奴は、オレにディスクを渡すとそのまま行ってしまった。
 なんか忙しそうだな。どうやらあいつも、結構仕事が溜まっているらしい。

 「あ、班長ー」

 ん、レイナのやつが呼んでるな。
 そうそう、あいつ、どうやら『裏』でのオレのことを知っている誰からしいな。
 『裏』なんていっても別に大したもんじゃない。それなりの『技』を持つ人間にしか見つけられないところに、こっそり作った趣味の掲示板とかだ。
 同好の士を見つけだすために作ったようなもんだった。
 それがそっちの筋でいつの間にか有名になっちまって、今ではちょっとしたにぎわいになっている。ハッキングなんていう趣味のあるやつは、そのことをおおっぴらには言えないからな。たどり着くこと自体が身分証明になっていたそのコミュニティは、いろんな意味で居心地がよかったんだろう。
 そこでオレが使っていたのが『瓜博士』というハンドルだ。
 今そこの常連には、全世界に散る腕利きのハッカーが50人ほどいる。ただし、原則として犯罪行為(情報法違反を除く)をしていない奴らのためのコミュニティだ。そう言うさらに暗部の連中は、それこそ独自のスペースを使っている。
 実際メンバーが特殊なことを除けば、オレの作ったスペースは表の世界の掲示板とかわりはしない。濃い連中がいろいろなことを語り合っているだけだ。
 けど、まさかあんな子がいるとはね。ちょっと意外だったぜ。出入りしている中に、女の子らしいのは、『妖精』と、『アキトの目』と名乗る、とんでもない腕利きの二人くらいだと思っていたんだが。
 そう言えば『アキトの目』って……テンカワの知り合いじゃないだろうな。今まで気にしたことはなかったが、あいつのことだ……あり得るかも知れんな。
 ま、そう言うことはあとでまとめて考えればいいことだ。今はこの新型、新型。
 小型相転移エンジン以外にも、面白い技術がいっぱいありそうだからな。
 実にバラしがいがありそうだぜ。
 しかし……ざっと見ただけでも小型化した上に集束率をべらぼうに上げたグラビティブラスト、あれだけの機動戦に耐えられるフレーム構造……しかも外付けオプションでだ……そのほか、目につかないところにも、いくつもの画期的な機構が使われていそうだ。
 次世代どころか、三世代くらい先をいってそうな機体だな、こりゃ。
 どこでこんなもん手に入れたんだ?
 けれども……こいつの技術を使えば、できるかも知れないな。
 夢にまで見た、究極の機体が。



 レイナちゃんの手伝いもあって、オレはほぼこの機体のシステムを理解した。

 ……化け物だ、これは。

 だが、何よりぶったまげたのが、この相転移エンジンだ。
 連鎖型相転移システム。オレが密かに開発しようとしていたシステムが、こいつには使われている。
 いや、こいつはオレの研究を形にしたものといってもいい。
 理論的にはうまくいくはずなんだが、予算とパーツが手に入らないのでシミュレーションで我慢していたオレの研究。
 盗まれたか、とも思ったが、よく見るとオレの見落とした欠陥が改良されていた。
 ただ……あまりにもオレのモノに似すぎている。この改良をしたやつは、俺と同じ思考パターンの持ち主としか思えない。
 まるで、未来のオレが現在に届けてくれたみたいだぜ。

 「……ん?」

 「どうしました、班長」

 おっといけねえ。今は仕事中だ。
 けど……なんか引っかかったな。が、仕方ない。後にしよう。
 今はこいつを完全にしなけりゃならんしな。
 だけど……無茶だぜ、これは。一回使っただけで、システムが金属疲労を起こしている。きれいに疲労が分散したからいいようなものの、これがどっかに集中していたら、絶対に吹っ飛んでるぞ、こいつ。

 「ダメだ、これは。これ以上負担をかけたら、確実に壊れちまう……おーい、アキト、聞こえてるか?」

 「はい」

 アキトのやつは食堂にいた。そう言えば夕飯の仕込みの時間だな。

 「例の新型エンジンな、こりゃダメだわ。作り直さないと使えないぞ」

 「そうですか……そりゃまずいな。じゃあすみませんけど、追加装甲は外しておいてください。エンジンの修理にはどのくらいかかりますか?」

 おいおい、人の話はちゃんと聞け、アキト。

 「修理は出来ねえよ。一から作り直さんとダメだ。それも今使っている部品じゃ強度が足りない。もっと丈夫で熱や圧力変化にも強い材質を使わないとな」

 オレがそう言うと、アキトは少し考え込んだ。

 「予算に糸目をつけないで考えてもらっていいですけど、どんな材料なら理想的ですか? まずそれを知りたいです」

 予算を気にしないとなれば……やっぱりあれだよな。

 「最高なのがネオダイヤモンドセラミックスだ。強度、耐熱耐電、何をとっても理想だが、いかんせん加工そのものがむずかしすぎる。丈夫なのがあだになって成型できないからな。産出量も少ないから、こんなもんでつくったら補給が滞る。ただ、シリンダージョイントだけはこいつで作りたい。あそこが吹き飛んだら全部がパーだし、ここに負荷がかけられないと出力を出せない」

 「ジョイントにネオダイヤモンドセラミックスと、となるとほかには?」

 俺は即座に答えた。

 「基本的にはチタン系の合金だ。一つだけ理想のものがあるが、ちょいと作り方が解らねえ。ま、それ以外のモノを使うなら、場所に合わせて計算して、パーツブロックごとに調節だな。硬けりゃいいもんでもないし」

 「なんですか、その一つというのは」

 やっぱり気になるか。俺は答えてやった。俺も知りたいんだが、さすがに街の修理屋じゃ手に負えないんだよな。材料工学は専門外だし。
 パーツそのものは、一度手に入れて研究したんだが。あれはいじりがいがあった。
 きっと企業でも研究しているんだろうな。

 「バッタのエンジンだ。木星蜥蜴の動力部に使われている合金だよ。あれは凄い。さすが異星の技術だな。どうやって生成したかは知らないが、相転移エンジンの材質としては理想的だぞ。これに限らず、現行のエンジンにも有効だ」

 「バッタの……ですか」

 アキトのやつは、そう言って考え込んだ。
 そして、とんでもないことを抜かしやがった。

 「大きい声では言えませんが……」

 ウィンドウまで小さくなりやがった。

 「手にはいるかも知れません。一応、そのつもりで研究してください」

 ……おい、お前、どこにコネがあるんだ?



 (そう言う使い方もあったんだ)

 (言われてみればその通りだよな。盲点だった。ラピス、ユーチャリスで使っていたバッタのエンジンも、同じ金属で作っていたはずだよな)

 (うん、あれは元々プラント独自の精製技術で、この時代じゃまだ木連のプラントでしか生成できなかったはずだよ。ネルガルやクリムゾンが作り始めたのはユーチャリスができた頃だし)

 (今からでも作れるか?)

 (効率を考えなければね。現行の施設で作ると、生産量が専用プラントの1/10以下になっちゃうから)

 (そりゃまたずいぶんと……)

 (成分を純化するときに無重力ゾーン精製が使えないからだよ。このプラント抜きで作ろうとしたら、スープの上澄みをすくうような真似をしなきゃなんないから、地金の1/10くらいしか使えないんだ。あとはただの合金と変わらないから平気だけどね)

 (その精製プラントを作るのには時間がかかるのか?)

 (前ネルガルが造ったときは、建造に、物理的に2年かかったはず。データを供給しても間に合わないと思うよ。どうする?)

 (それでもいい。量産する訳じゃないからな。取りあえず必要量を作れるようにしたら、あとはアカツキにでも売ってやろう)

 (そうだね)



 だがアキトは、この行為がまた一つ歴史を歪めたことに気がついてはいなかった。




その2へ