再び・時の流れに
 〜〜〜私が私であるために〜〜〜

 第16話、『私達の戦争』が始まる……それでも、彼女は、私たちの、大切な、仲間なんです……その3



 それは、偶然か、必然か。
 ある目的のためにここにいた私は、一つの噂を聞いた。
 『漆黒の戦神』が、ここにいると。
 そして昨日、それが事実であるとわかった。
 彼は今日、ネルガルのVIPを迎えに、空港に出向くらしいことも掴んでいる。

 「行きましょう」

 かつては憎むべき人物の相棒だった女。その女の声に、私は従った。
 私の名はチハヤ。カタオカ チハヤという。







 そのシャトルが到着したのは、つい先頃のことだった。
 一般市民……より正確に言えば、ネルガルの従業員やその関係者が使う区画とは全く別の一角。
 そこに『彼』はいた。
 テンカワ アキト。
 通称、『漆黒の戦神』。
 瀕死の西欧圏を、連合屈指の特殊部隊『Moon Night』とともに救った、おそらくは全地球圏最強の戦士。
 神秘のベールに包まれてはいるものの、ネルガルの関係者の間では、ナデシコ時代からその強さは知られていた。
 まだ私もそのころは、彼を味方とする立場の人間だった。
 いや、ある意味最も近い立場にいたと言ってもいい。
 同じ人物を敵とするという点において。
 敵の名は、カタオカ テツヤ。
 私の腹違いの兄だ。
 ネルガルのライバル企業の一つ、クリムゾングループ。その裏で密やかにささやかれた一つの名前……真紅の牙。
 クリムゾングループの非合法戦略を担当する連中のコードネームだ。
 そしてそれは……私の両親を殺し、そして私に拭えぬ烙印を押した男。
 その時より、私がこの世に存在している目的はただ一つとなった。
 奴は言う。これはお前の、そして俺の親父がやったのと同じ事だと。
 それがなんだ。そんなことは私の知った事じゃない。
 私にとってお前は、私の両親を殺し、私を踏みにじった異邦人でしかない。
 そして私は、父と同じ……そして奴と同じ道を歩んだ。
 奴の喉笛を喰い千切る牙を得るために。



 その奴が死んだ。
 そのことを知った時、何かがあたしの中で切れた。
 その時私を襲った感情は、笑いでも、哀しみでも、開放感でもなかった。
 それは……怒りだった。
 一心に追い続けた獲物を、目の前で横取りされた狩人。
 それが私だった。



 うつろな日々の中で、少しずつ、少しずつ、自分が壊れていくのを感じていた。
 理性は、すべてが終わったと語っている。
 なのに、感情がどうしても納得しない。
 何故兄は私の手の中で倒れない。
 何故私は兄の死に様を見下ろすことが出来ない。
 私がやられたように、あいつの○×を切り取って、あいつの○○に突っ込んでやれない。
 何故………………
 何故…………
 なぜ……

 ナゼ

 …



 『その権利を、あいつが奪ったから』



 もう、駄目だった。
 私は嗤う、私自身を。
 それは終わりのないゲーム。
 そして偶然手に入れたあるデータが、最後の一歩を踏み出させてしまった。
 戦神の強さを支えるあの武器……DFS。
 その最新改良版のデータを、誤消去したものと思われる痕跡から復元するのに成功してしまった。
 私はそのデータを初めとするいくつかの機密を手みやげに、クリムゾングループへと走った。



 クリムゾンも、馬鹿ではなかった。
 いや、人の使い方を知っているというべきだったか。
 私はある人物と組まされた。固定任務も無しの無所任工作員。ただしある程度のバックアップはあり。
 意味するところは明白だ。その人物は、あいつの女だったのだから。
 皮肉な組み合わせだった。
 組織が私達に期待したことは、どう考えても一つ……漆黒の戦神の消去。
 しかも公式非公式、一切の命令無しに。
 ある意味囮か捨て駒だろう。だが捨て駒であっても、機会はある。
 私はじっとその時を待った。



 そして今、私は彼をその視界内に捕らえた。
 まともに戦ったところで、勝ち目などあるはずもない。
 だが、彼のデータを検証した私と相棒の女……ライザは、ある共通した認識にたどり着いた。
 それこそが一筋の道。我々が賭けられるのはその道のみ。
 そして今日のこれは、その布石なのだ。
 私はじっと、機会をうかがっていた。






 >AKITO

 ひなぎくは特に何の問題もなく、ネルガルのVIPポートに到着した。
 機体はそのまま、後からナデシコが入港する予定のドックへと回送される。
 そして俺の目の前に、待ち望んだ人物が現れた……一人多かったが、むしろ御の字だ。
 イネスさん、ウリバタケさん、アカツキ、そして、おまけにレイナちゃん。
 現時点で考えられる最強のサポーターだ。後ネットを介してルリちゃん達が加わることになる。

 「やれやれ、わざわざ呼び出して何をさせる気だい、テンカワ君」

 皮肉げに聞こえたアカツキの声だが、決して本心ではあるまい。その位は俺にもわかる。
 むしろ近くで控えていた重役連の方が、俺やアカツキ以外の連中を疎ましげに見ていた。
 いや、訂正する。アカツキも、だ。
 仮にも会長だろうに。彼らから見ると、お忍びで遊び回っている道楽会長というイメージがまだ抜け切れていないらしい。
 まあ、知ったことではないか。

 「おい会長、いいのかい、あんな目で見られてよ」

 「ああ……今更ね……って、おいおいウリバタケさん、気がついていたのかい?」

 俺もあれっという思いと、やっぱりという思いが半々であった。
 まあ、バレているとは思っていたが、この時点でもうだったのか。
 レイナちゃんとイネスさんは当然知っているとしても、ウリバタケさんにまでバレているとはね。なあ、アカツキ、本気でバレていないと思っていたのか?

 「なんだよ今更。この際だからはっきり言っとくけど、本気でお忍びにするんだったら、毎回社内報のトップページをエリナさんと一緒に飾るのは止めた方がいいぜ」

 「あ……アハハハハ、こりゃしまった。ナデシコ配信用のやつから、僕の写真を抜いておくのをすっかり忘れていたよ」

 そういう理由だったのか。ま、今更今更。それでも黙っているところがナデシコなんだろうな。

 「まあ、それならそれで話はしやすい。テンカワ君、本題に移ろうか」

 アカツキは重役達をさりげなく無視して、俺と連れだって歩いた。

 「か、会長!」

 「あちらに迎えの車が!」

 アカツキはその声に対して軽く手を振る。

 「あーパスパス。僕はそういうかたっ苦しいのは嫌いでね。第一あんなリムジンにふんぞり返っていたら、それだけで女性とお近づきになる機会が減ってしまうよ」

 俺もウリバタケさんもイネスさんもレイナちゃんも、声を殺して笑っていた。こいつにしてはなかなか気の利いたジョークだ。
 だけれども、その次の展開は意外だった。
 重役達が車の方にいってしまった後。

 「はじめまして……かしらね」

 まだうら若い女性が、いきなり俺たちの目の前に現れたのだ。
 歪んだ殺気を立ち上らせながら。



 「おやおや、まさか本当に女性からのお誘いがあるとはね」

 アカツキは軽く流したものの、さりげなく一歩引いている。道楽会長と甘く見る事なかれ。アカツキはこう見えても一線級のエステバリスライダーなのだ。IFSで動かすエステバリスで戦うには、本人にもそれなりの心得というものがいる。そういう意味でなら、アカツキは素人ではない。

 「残念だけど会長さん、あたしがご挨拶したかったのは、あなたじゃなくって、そっちの英雄さんの方。はじめまして、テンカワアキトさん。私は、カタオカ チハヤといいます」

 慇懃無礼な挨拶……しかしその名には、どこか聞き覚えがあった。
 そのうちある人物の名が脳裏にひらめく。
 しかしその前に、意外なところから声がかかっていた。

 「カタオカチハヤ……確かこの間脱……失踪した社員が、確かそういう名前だったはずだが」

 アカツキ……今お前、『脱走』って言いそうにならなかったか? それに社員っていうことは……この子、ネルガルのシークレットサービスか? 『元』がつきそうだが。
 だがそのおかげで、俺は確信した。

 「テツヤの……妹さんか」

 「ご名答」

 やはり、そうか。
 だが、彼女がネルガルのSSにいたのは納得出来るが、なぜ脱走など?

 「一つだけ聞かせて」

 事態についていけないイネスさんとウリバタケさんを置き去りにして、俺と彼女はいつの間にか余人の立ち入れない空間を形成していた。
 かろうじてその端にアカツキとレイナちゃんが引っかかっている。

 「何が……聞きたい?」

 わかってはいたが、あえて俺は聞いた。

 「あいつ……笑って死んだの? それとも泣いた?」

 「実は……それを見たのは俺じゃない。妹の方だ。だが……多分、笑っていただろうと思う」

 その時、彼女の体が、なぜかぐらりと揺らいだような気がした。

 「妹? あなたが殺したんじゃなかったの?」

 殺した、の台詞に、イネスさんとウリバタケさんの顔色が変わったが、うまくアカツキが押さえてくれた。

 「おい、アキ」

 「待ってください。この場は様子を見ましょう」

 「殺そうとはしたさ。だが、俺が手を下そうとしたところを、妹に邪魔された。けどあいつは、俺たちごと自爆しようとした……妹のやつは、最後まであいつのことを助けようとしていたが、結局は、駄目だったらしい。そういうことだ」

 「……嘘は言っていないみたいね」

 「ああ。君には聞く権利があるからな」

 テツヤから聞いた話と、ネルガルのSSにいたという話を合わせてみれば、導き出される結論は決まったようなものだ。
 そう、以前の俺と同じだ。
 だからこそ、俺は彼女に嘘をつくことは出来なかった。
 ある覚悟を決めででも。
 そして彼女は……唐突に笑い出した。
 壊れた人形のように。

 「アハハハハ……なによ、それ。あんたの妹さんなの、あの馬鹿を殺したのって。おっと、殺しちゃいないんだっけ。そっか、あいつったら、あんたと一緒に自爆しようとして、自分だけ自爆しちゃったって言うのね……そっか……あんたじゃなかったんだ……あんたの、妹なのか、そっか……」

 俺には何も言えなかった。そして、分かってしまった。
 俺の時は、対象を見定めることが出来た。そして奴をこの手で倒して、はじめてすべてが燃え尽きた。
 後に残ったのは虚無だけだったが、それでも燃え尽きることが出来た。
 だが彼女は、燃え尽きることすら許されない炎だ。
 テツヤが倒れた時、確実に彼女の中で何かがずれたのだろう。
 思い詰めた一念が行方を失い、歪んで弾ける。
 それが何処に向かうかは、俺にはよく分かる。
 復讐を遂げるのは、それを志した者にとっては神聖なる権利だ。何人たりとも……自分と同じ境遇のものを除けば、それを侵すことは許されない。
 自分以外の者の手にかかって死ぬなどと言うことは、あってはならないことなのだ。
 そいつにはそんな権利など無い。事故で死ぬ権利も、寿命で死ぬ権利も、復讐の対象者には許されていないのだ。
 相手に許された死に様は、自らの手にかかる、ただ其れのみ。
 それ以外の死に様をそいつに与える者は、すべてそいつと同じ目に遭わねばならないのだ。
 それが、復讐というモノの持つ業なのだから。
 そう、多分俺とて、もし北辰が苦しむことなく寿命や事故で死んだりしたら、間違いなく狂っただろう。すでに狂っていた俺が狂うというのもおかしなものだが、狂気の中、ただ一筋の理性をつなぎ止めていた復讐の念が切れた時、俺ならば間違いなく『本当に』狂う。
 だから、分かる。
 もし奴が、他人の手にかかったとしたら……



 「そうなのね……あなたじゃ、無かったのか……参ったなあ……」



 けだるげな嗤い。やはり、と俺は思う。
 もし俺以外の人間が北辰を殺したとしたら、きっと俺はこう言っただろう。



 『なぜ、俺の邪魔をする』



 明らかに狂った物言いだが、これが復讐者特有の考え方なのだ。
 だから、俺はこう言った。



 「妹に手を出したければ、まず俺を殺してからにするんだな」



 その時の俺は、完全にあの時の俺に還っていた。







 >INEZ

 それは……狂気と狂気のぶつかり合い。そうとしかあたしには表現出来なかった。
 目の前に現れた少女が、どこか狂気じみた気配を帯びていたことはすぐに分かった。けど、まさかアキト君も、ここまでの狂気を内に秘めていたとは、さすがに予測出来なかったわ。
 いえ……これはあたしの観察不足ね。兆候はいくらでもあったもの。
 でも、これは確か。アキト君は大丈夫。狂気といっても、ある種の気配みたいなものだし。だが彼女……チハヤさんの方は、本物の狂気だ。ある種のオーバーペルソナに陥っている。普通の人間は、自分自身が一番大切なものだ。だが、時に人間は自分より大切な物を見つけてしまうことがある。そうなった人間はよきにつけ悪しきにつけ、狂う。そのことが何よりも大切になってしまうのだ。
 ある種の宗教や、麻薬などによるものが分かりやすいだろう。麻薬中毒患者は、薬を得るためには他のすべてが犠牲になってしまう。彼の『理性』が、それを正しい行為だと認識してしまうのだ。
 今の彼女もそれと同じだった。自分にとって大切な物……復讐の念が、すべての行為を正当化する。今の彼女の目には何も映ってはいない。邪魔をする物は、すべて敵。
 それは愛という名の狂気そのもの。昔から愛憎は表裏一体というが、まさにその通り。
 相手を愛しすぎても、憎しみ過ぎても、待ち受ける結末は一緒。
 それは相手の独占に他ならない。
 今までの話の流れからすれば、彼女にとって今のアキト君は、愛する人物を横取りした間男に他ならないというわけだろう。もっとも横取りしたのはハルナちゃんの方みたいだけど。
 けど、そうするとアキト君の反応も、きっと決まっているわね。ほら、思った通り。



 「妹に手を出したければ、まず俺を殺してからにするんだな」



 そう言うと思ったわよ、アキト君。
 さて……彼女の方はどう出るかしらね。



 「そう来るわけね……愛されているのね、妹さん」

 「あんたと同じ異母兄妹だけどな」

 あえて挑発するかのようにいうアキト君。全く、口説き方が下手ねえ。今度あたしが伝授してあげようかしら。けど、今あたしが口を挟んでも、彼女、聞きそうにないわね。仕方がない。アキト君に任せましょうか……余計酷くなりそうな気もするけど。

 「けど、困ったなあ……あんたが相手なら、まだ勝ち目があったんだけど、妹さんとなるとなあ……」

 虚ろな声で言う彼女。アキト君はよく分かんないって言う顔をしている。私には分かったけどね。

 「あんたが相手なら、あんただけを相手にしている限り、あんたにはあたしは殺せない……そう読んでいたんだけど、妹さん相手なら、多分あなたはあたしを殺せる。そう、今この場でも」

 「……ふっ、確かにな」

 アキト君からも、黒い殺気のような物が立ち上るのが感じられた。正解よ、チハヤさん。アキト君の性格だと、まさにその通りになるわね。自分がいくら痛めつけられても堪えない人だけど、他人の痛みには耐えられない人だもの、アキト君は。

 「駄目ね、これは。最初はここで刺し違えようかと思ったけど、意味ないんじゃ計画の練り直しだわ。悪いけどおとなしくしていてね。分かると思うけど、こうして今となっては敵地のここに乗り込んでくるのに、何の準備もしていない訳じゃないわ」

 「無事に帰らなければ、何かがあるというわけか」

 ま、基本ね、その位。

 「はったりだと思うのは勝手だけど、後のことは知らないわ。じゃ、この場は帰らせてもらうことにする。言っとくけど後ろの会長さん、あんたも余計な手は出さないでね。あたしは元々こっちの内部にいた人間よ。さすがに脱走者一人位で、SSの全システムを書き換えるようなことはしていなかったみたいだからね」

 それを聞いてアカツキ君、さすがに顔色が悪くなったわね。ある意味SSはネルガルの暗部そのもの。その気になったらいくらでも手はあるわ。こりゃ後手に回ったわね。

 「……行かせてもいいか、アカツキ」

 「ああ。確かに一本取られた。この場は見送って、すぐに手を打たないとな」

 そして人騒がせな妖精は、この場を去っていった。狂気という名の羽を背に。
 去っていく彼女の元に、一人の女が寄り添った。
 意味ありげな微笑みを浮かべながら。



 ……厄介事が増えたわね、テンカワ君。医務室ではいつでもカウンセリングを受け付けるわよ。







 >REINA

 「テンカワさん……」

 あたしには、それだけしか言えなかった。
 西欧のあの事件は、まだ後を引いていたんですね。
 けど、あたしの一言だけで、彼は立ち上がった。

 「すいません、驚かせてしまって……」

 「全く……どこで何やってきたんだよ、お前」

 班長があきれたようにいう。事情を知らなければ、そうとしか言えませんよね。
 けど……今はそれより大切なことがあるはず。

 「あの、それより、あたし達にはやらなければならないことがあるんじゃないですか?」

 「……レイナちゃんのいうとおりだね」

 テンカワさんは小さくうなずくと、私達の方をじっと見た。

 「急ぎましょう」

 と、丁度その時、重役達を乗せたリムジンが追いついてきた。

 「仕方がない。小言で時間を買うか」

 アカツキさんのジョークに、あたし達は笑い転げた。
 今までのことを忘れるかのように。







 本当に小言と引き替えに(笑)、私達は工場のようなところに着いた。
 たくさんのハンガーに、無数のエステバリスもどきがごろごろしている。
 それを見て私は気がついた。ここはれっきとした研究所だ。ただ、リアルサイズのエステバリスを組む必要があるんで、工場みたいに見えるだけだって。

 「うぉ〜〜〜、さすがにモノホンの研究所は燃えるなあ〜〜〜〜」

 ……班長、お気持ちは分かりますけど恥ずかしいです。

 「で、アキト君。こうして秘密の研究所に博士とスポンサーを集めたっていうことは、何を作らせたいわけ、一体」

 イネスさんがテンカワさんに詰め寄ります。
 するとアキトさんは、イネスさんではなく、アカツキさんに答えを返しました。

 「アカツキ、例の手続きは?」

 「ああ、後は僕のマスターキーをここから……よし、完了だ。封印は解かれたよ、テンカワ君」

 そのとたん、壁の一角にあった大型ディスプレイに、見慣れた顔が映りました。

 『はいこちらナデシコ……アキトさん!』

 そこにはルリちゃんの顔が映っていました。



 「さて、みんなそろったな」

 アキトさんがそう言います。

 「おいアキト、ここまでお膳立てしたっていうことは……あれか? なんか新型でもあるんだな!」

 班長、ヒートアップしているなあ……気持ちは分かるけど。
 そしてアキトさんも、お約束を外すようなことはしなかった。
 別の場所に、大きなウィンドウが広がる。
 それを見た瞬間、あたしは思わずうなり声をあげた。
 班長も同様だ。
 それは、それほどまでにぶっ飛んだ代物であった。

 「アキト……てめえ、ゲキガンガー3でも作る気か!」

 「どっちかって言うとゲキガンガーVの方ですね。こっそり代替機として作っておくんですから。けどこれはちょっと置いておきます。さすがにこれを組むにはウリバタケさんの力でも、一人じゃ無理ですからね。まず部品自身が足りませんし。アカツキ、そっちは頼む」

 「ああ、任せたまえ。封印は解かれた……今頃各部署の現場担当者はひっくり返っているよ、きっと」

 この時点では知らなかったのですが、この封印とは、今私が見ているメカのパーツを、それを作れる現場に極秘で作るようにとの会長命令だったそうです。機密保持という理由もあったそうですが。
 で、アキトさんは改めてあたし達に言いました。

 「こいつを作るには、さすがに時間が足りません。突貫工事でも、どうしても一月はかかります。でも、さすがに一月もの間、乗機無しとは行かないでしょう。かといっていまさら普通のエステバリスでは、俺の機動について来れない……毎回使い潰すわけにも行きませんしね。で、とりあえずお願いしたいのはこれです」

 改めて一枚の設計図が提示されました。さっきのメカと土台は共通のようですが、大分スカスカしています。

 「現在そろっている試作品のパーツで組める、最低限の仕様です。装甲もろくにない上、武装はDFSと一部の火器しか使えないが、何とか俺の機動に耐えられます。他のパイロットには使いこなせませんが、俺が使えばエステよりは戦闘力を発揮出来る」

 そしてテンカワさんは、私達の方を見渡しました。

 「ウリバタケさんとレイナちゃんには実際の組み立てと調整を。イネスさんには問題が起きた時の処置とインターフェースのチェックを、そしてルリちゃんには運用ソフトの作成をお願いしたい。頼む……時間がない」

 言い終わると同時に、深々と頭を下げます。

 「まあ……いいだろう。その代わり、いいか、テンカワ」

 班長は、軽くうなずきながらも、にやりと笑って言いました。

 「何ですか?」

 「あ、ついでに会長も。こいつを見てくれ」

 そう言って班長は、どこに持っていたのか、一枚のディスクをセットしました。
 そして三度広がるウィンドウ……そこにはあの、ハルナ謹製の設計図が表示されていました。

 「「「これは!!」」」

 テンカワさん、アカツキさん、イネスさんの声が綺麗にハモります。

 「こいつの予算を通してくれ。さっき見て気がついたんだが、さっきのあれと、共通して使えるパーツが結構あるぜ。どうせ0Gフレームも新調しなきゃいけなかったんだろ? アキトのあれが終わったら、こいつを組ませて来んねえか?」

 「詳しくは検討してみなくては分からんが……」

 そうつぶやくアカツキさんに、とどめを刺したのはイネスさんでした。

 「会長、これはものすごいわ。このままじゃ商品にはならないけど、次世代機を作る際に有効なアイディアのてんこ盛りよ、これ。それでいて設計に無理もないし、技術的なものはさっきのあれを作れるなら何の問題もないわ。あれより汎用性が高い分、投資を取り戻すのも早いでしょうね」

 「ドクターのお墨付きか。なら、やるしかないね」

 あ、テンカワさんも呆然としていくます。
 ウィンドウの中で、なぜかルリちゃんも。

 「ウリバタケさん……これは一体」

 「あん? これか? 残念なんだが、これはハルナの作品だよ。俺の温めていたアイディアを元に、あいつがこうして具体的な形にしやがったのさ。兄思いの妹を持って幸せだな、こんにゃろ……無事に帰ってくるといいな」

 最後はちょっとしんみりと、班長は言いました。

 「ハルナ……」

 アキトさんも、そう、小さくつぶやきました。



 そしてその日から、私と班長は、不眠不休大車輪、八面六臂の大仕事に取りかかったのです。
 そして半日ほど遅れて、ナデシコは月ドックへと入港してきました。







 >RURI

 ああ、びっくりしました。ハルナさん……いつの間にあんな物を。
 ハルナさんの部屋で、私は息を落ち着けていました。
 この仕事は自室のコンソールでは操作が間に合いませんし、ブリッジでやるわけにも行きません。そう言うわけで、ブリッジの方はハーリー君と、くっついたままのラピスに任せて、私はここにお籠もりです。
 けれど……一体どんな改造したんですか、ハルナさん。ここ、十分サブブリッジ……いえ、メインブリッジとして機能しますよ。
 おまけに反応速度がナデC並みに速いです。これで通信施設が充実していたら、まんま制圧戦闘すら出来てしまいます。

 「さあ……急ぎますよ」

 間に合わせの機体とは言え、それだけに動作プログラムは完全なオーダーメイドになります。メインルーチンは『アレ』の流用が効くものの、そのブロックを組み合わせて統一された機動を可能にするには、細かい調整が必要不可欠です。
 私はIFSの同調率をめいっぱいに上げて、プログラムの作成に入ります。

 『補助は任せて、ルリ』

 思兼も手伝ってくれます。そしてもう一人。

 「シミュレーションは引き受けてあげる。オリジナルなら丸ごと作っちゃうんだろうけど」

 プラスさんまで顔を出しています。けど、思兼級コンピューターって、私の思っていた以上に深みがあるんですね。プラスさんのサポートは、私と思兼双方に、さらなる領域を見せてくれました。

 「ここだけの話、ナデC時代のルリちゃんですら、思兼の能力の、せいぜい20%くらいしか使っていなかったのよ。まあ元世界の差を考慮しても、そう違いはないと思うわ。逆に言えばそのままでも思兼は、後5倍……いえ、25倍はパワーアップ出来るって言う事よ。何を以てパワーアップとするかという問題はあるけどね。今の効率なら、私がこうやって間借りする余裕があるくらいよ」

 私と思兼が協力してプログラムを作り、プラスさんが片っ端からそれをテストして問題点を洗い出す。プラスさんはハルナさんの分身とは言え、さすがに自分で考えてプログラムを書くことは出来ないそうです。ですがこういう仕事ならお手の物だとか。
 私自身信じられないほどの効率の良さで仕事は進み、見る間に制御ソフトが形を成していきます。
 けど……一つだけ後遺症が残りそうです。このコンソール、便利すぎます。これに慣れちゃったら、ブリッジのコンソールを使うのにもいらいらしそうです。

 「あら、だったらYユニットつけるついでに改造しちゃったら?」

 ……そうしましょう。



 そしてナデシコは、無事月へと到着しました。







 >AKITO

 この時点で打てる手はあらかた打った。大きいのは後一つだけだ。
 あのチハヤとか言う子のことは気になったが、それより先にやることがまだある。
 俺はアカツキとともに研究所を離れ、ドックへと向かった。

 「アカツキ……迷惑ついでだが、もう一つ頼みたいことがある」

 「ん、なんだい?」

 「Yユニットのことだ……あれをシャクヤクではなく、ナデシコに取り付けて欲しい」

 そのとたん、アカツキが唖然とした顔をした。

 「……どうした、アカツキ」

 するとアカツキの唖然としていた顔が、今度はだんだんと笑い顔に変わっていった。
 やがてそれは爆笑になる。

 「おい、どうした、アカツキ」

 「い、いや、そうするとこれはルリちゃんかハルナ君……多分ハルナ君の独断かい? まさか君が知らないとは思わなかったよ」

 ……? 何をやったんだ、ハルナ。

 「まあ、百聞は一見に如かずだよ」

 そう言ってアカツキは、俺をドックへと、引っ張るように連れて行った。



 ドックの中で、俺は久々に唖然としていた。
 隣ではまたアカツキが笑っている。

 「それそれ、その顔が見たかったんだよ、僕は」

 まあ、気持ちは分かる。今までこっちが驚かせっぱなしだったしな。
 大きく空いたスペース。そこはナデシコが入港する予定の場所だ。その隣に、ナデシコ4番艦……シャクヤクが停泊している。
 過去で見たように、Yユニットを装着した姿で。
 そして、よく似たものが隣の空白スペースにも置いてあった。

 「Yユニット・ナデシコ仕様だよ。いつの間にか僕の名前で建造が指示されていたらしいね。まあ、まさに渡りに船だけど。戦いが激化している昨今、元々スキャパレリプロジェクトの遂行が目的だったナデシコでは、この先ちょっとキツかったからね。基本的にはシャクヤクについているのと同じだよ。電装系が大分違うから、中を開けると別物なんだけど、シャクヤク用と同じく二基の戦闘用増設相転移炉と攻撃管制支援コンピューター・サルタヒコ……はシャクヤクだった。こっちにはタケミカヅチを装備してある。あと今のナデシコにはいろいろと裏技が増えているから、その対応も少し加えてある。艦としてはシャクヤクの方が新しいけど、このナデシコ用Yユニットは、逆にシャクヤク用の後で作ったから、少し改良出来たしね」

 これは……この先の戦闘計画が、大幅に変わるかもしれないな。俺は思わずそう思った。



 シャクヤクはドック艦コスモスや、レールガンを装備した対木連仕様のカキツバタと違って、ある意味純粋にナデシコの後継艦である。後のナデシコBは、明らかにこのシャクヤクの延長上にある艦だ。極端な話、ナデシコは本来、スキャパレリプロジェクトだけで使い捨てる予定だった試作艦なのである。そのため機構的な制約も意外と多い。威力は抜群だったが、チャージに時間がかかる上、前方にしか撃てないグラビティブラスト。それでいて武装をほぼそれのみに頼った仕様。戦艦としてみた場合、明らかに欠陥品だ。
 つまりナデシコは、本来ユニット構造や相転移エンジン・グラビティブラストなどのデータを実働艦としてテストするための物だと言うことだ。スキャパレリプロジェクトがたとえ失敗しても(もしくは成果が無くとも……現状みたいに)、ナデシコの運用データが取れれば、それだけで十分ネルガルには価値があったのである。
 そうでなければ、こうまで早く4番艦までの設計が完成しているわけがない。当時の俺はそんなこと考えもしなかったが、今の俺にはよく分かる。コスモスはナデシコと同時期、カキツバタは多分敵の実態が分かった頃に、ある程度泥縄式に設計されたものだろう。どっちも戦艦としてみると、前方以外が弱いなどの、ナデシコの持つ構造的欠陥が解消されていない。
 そしてシャクヤクはナデシコのリニューアル版であり、ナデシコがアルファバージョンならさしずめベータバージョンである。ナデシコの運用データを元に、細かい点を改良したものだ。ネルガルとしてはここからもう一段階発展させたところで、商品として売り出すつもりだったのだろう。
 ただ、ある意味困ったことに、その試作艦であったナデシコが強すぎた。
 ナデシコの性能ではなく、集めたクルーが優秀すぎたのだ。性格はともかく腕は一流……これは逆に言えば、型にはまった組織にはなじめない人材ばかりが集まっていたと言うことだった。そしてそれにやはり型にはまらないユリカの発想と、型にはめようとする人物がいなかったこと、この二つが合わさり、ナデシコはこれだけの強さを発揮したのだ。
 前回でも、今回でも。



 そしてナデシコは今、単なる民間運用の助っ人戦艦から、連合軍のシンボルになろうとしている。半分は妥協の産物だが、軍もある程度は腹をくくったと言うことだ。
 そんな状況下なら、まあナデシコの強化案も、重役会を通って不思議じゃない。

 「議事録を見てぶっ飛んだね、僕は。まさにこのタイミングしかないって言う時に、不在の僕からって言う形で提言が出ている。さすがにエステのパーツ類と違って、戦艦用のパーツともなると、重役会の承認無しでは建造出来なかったからね」

 特にあの石頭と裏切り者の巣になっている重役会では。
 アカツキに説明された俺は、ある意味あきれていた。ハルナの奴……一体ネルガル内部に、どこまで仕掛けをしたんだ?
 まあ、ラピスの言うとおり、その正体がこの世界で稀代のハッカーだというのなら、その位のことはできたのかもしれないが。
 けど、Yユニット装備艦が二隻……これは後々問題になるかもしれない。今回の防衛戦が間に合えば、前回と違ってシャクヤクは多分生き残る。そしてさすがに連合軍もネルガルの好きにはさせないだろう。シャクヤクは連合の艦として使われるはずである。
 そしてYユニット装着艦は、あの相転移砲が使えるのだ。これもまた一種の裏技的な使い方で、前回でもユリカが思いつかなければ(何でも技術的に見るとかなり無茶な発想だったらしい)、発明というか発見というかは、かなり後のこととなったはずである。
 だが逆に言えば、一度手段が知れ渡ればそれは拡散する。何しろ相転移砲はグラビティブラスト以上に『必殺兵器』だ。原理上一度発射されて相転移空間に巻き込まれたら、それこそ現代科学では防御手段が事実上無い。遺跡が無効化出来た以上、防御手段はあるはずだが、それが判明するまでには多分そうとうの時間がかかるだろう。その間はまさに『撃った方が勝ち』の兵器だ。連合がそれをどう使うかで、おそらく戦局そのものが大幅に変わってしまう。
 そして何より恐ろしいのは、木連側に原理を知られることだ。何しろ相転移エンジンがあれば、照準・管制はともかく、発射は可能なのである。そして木連側は、地球側を圧倒的に(それこそ数千倍のオーダーで。無人戦艦の数を考えてみれば分かる)上回る数の相転移エンジンを生産出来る。『下手な鉄砲も』と、数で来られたら手の打ちようが無くなってしまう。ましてや敵中に特攻して相転移砲を自爆覚悟で撃つ『神風戦艦』なんぞを使われた日には目も当てられないことになる。
 そう考えると、できるだけ相転移砲の使用は控えた方がいいのかもしれない。使うにせよ控えるにせよ、結果として今後の戦局は、前回の記憶は使えなくなる可能性が高いということだ。
 おそらく先手が打てるのも、この基地襲撃までであろう。
 そして……ここから先は、はっきりと意識を変えなければならない。
 みんながどう思うかが、ちょっとだけ不安であった。







 そして、ナデシコが月に到着した。さて、迎えに出るか。
 ラピスが呼んでるし。







 >HARI

 「ナデシコ、着艦しました」

 オペレーター席で僕が告げると、隣でエリナさんがふっと息を抜きました。
 なんかつられてラピスも息を抜いています。

 「やれやれ、やっとついたわね」

 エリナさんが肩の力を抜きます。

 「このあとナデシコは、今後に備えたメンテナンス及び改修工事に入ります。それに合わせて、乗組員全員に2日間の完全休暇が与えられます。ただし、緊急時には呼び出しがかかる可能性があるので、通信手段は確保しておいてください。ここの都市内ではコミュニケが生きていますので、装着したままにしておくのが一番確実でしょう」

 ジュンさんがブリッジからそう言うと、それに続いてユリカさんが言います。

 「それじゃあみなさん、よいおやすみを〜〜〜」

 そして、そう言うが早いか、目にもとまらぬスピードでブリッジを退出してしまいました。
 普通最後じゃないんですか? 艦長の退艦は。そう思ってブリッジの方を見ると、ジュンさんの肩をオオサキ副提督が叩いていました。
 ……そう言うことですか。ご苦労様です、ジュンさん。
 と、僕の視界の隅を桃色の髪の毛が通り過ぎていきました。
 ああ、やっとお役御免ですか。なんか寂しい気もしますけど。
 ま、仕方ないですね。



 実は僕も最後の方になります。思兼がチェックしている、人の出入りリストに承認を与えないといけないので。
 なんだかんだで2時間後、艦内の全員が退出しました。

 「ジュンさん、全員退去がすみました。あと僕とジュンさんだけですよ」

 「ご苦労様、ハーリー君」

 こうしてみるとジュンさんって、凄く有能なんですよね。なのにどうしてここまで目立たないんだろう……これもまた才能なんでしょうか。
 そして僕は思兼を休眠モードにして、ジュンさんとナデシコを出ます。
 と、ジュンさんが何か不思議そうな顔をしていました。

 「どうしました? ジュンさん」

 「いや……なんか忘れ物をしたような気が」

 忘れ物……っていったって、今回の上陸で持って下りる必要があるのはカードくらいですよ、完全な私物を除けば。読みかけの本でも置いてきたんですか?

 「う〜ん、何だったっけ……」

 歩きながらも、ずっと考え込んでいます。
 全く、心配性ですね。
 と、僕が思った時でした。

 「ああああああっ! 思い出した!」

 突然大声で叫ぶジュンさん。

 「な、なんですか!」

 「あの密航者の女性、どうなってたんだ!」

 !!!!!
 僕たちは慌ててナデシコに引き返しました。途中で提督や艦長にも連絡をいれます。

 「本気で忘れてたわ! あの襲撃の衝撃が強すぎて」

 「ですな提督! よく考えたらクラウドも謹慎していたはずですし」

 「あ、副提督、それはあくまでも『自主謹慎』ですから問題はないんですが」

 「クラウドさん、確かちゃんと退艦してましたよ」

 「わっすれてた〜〜〜、ジュン君、ありがと〜」

 「いや、ユリカのためなら……」



 けれども、いたはずの侵入者は、当然というか、何処にもいませんでした。
 工事のため、メンテナンスハッチも隅々まで開けられています。そう言う意味では、今のナデシコに隠れられるところはありません。けど、侵入者の痕跡は、影も形もありませんでした。

 「どうします、提督」

 工事中のナデシコの一角で、こっそりと巨頭会談が行われています。僕は明らかに場違いですけど。

 「退艦時のどさくさに紛れて逃げたことはほぼ確実ですね。今となっては探すのも難しいでしょう」

 シュンさんがため息をついています。

 「見事なまでに、心理的なエアポケットに落ちていましたね、俺たち」

 カズシさんも同じくため息です。

 「同感です」

 ユリカさんもやや沈みがち。と、提督がぽつりと言いました。

 「隠した張本人の小娘はさらわれちゃってるし、どうしようもないわね、これは。仕方ないわ。侵入者は『いなかった』事にしちゃいましょ」

 「それはいくらなんでも……」

 シュンさんが思わずあきれたような声を出しました。が、提督は平然として言います。

 「アタシは変な話、こうして立ち直るまでは不良軍人・ごますり軍人だったからね。こういう不祥事のもみ消しには自信があるわ。さんざん上司の失態をごまかしたものよ」

 「いいんですか? それで」

 ユリカさんもあきれています。

 「実際のところね、あの侵入者は、いろいろな意味で『いない方がいい』のよ。ここだけの話。この件ね、はっきり言って馬鹿正直に報告したら、かえって大事になるわ。それこそあのテンカワの思惑をぶちこわしかねないくらいのね。言っとくけどこれはアタシの保身でものを言っているんじゃないからね。誤解しないように」

 「しかし……」

 「しかしもかかしもないわ」

 不満そうなジュンさんを、眼力だけで提督が押さえ込みます。

 「副長、その正直さがあなたの美点だけど、同時に最大の欠点でもあるのよ。あなたにはこういうのが『汚い大人の判断』に見えるのかもしれないけどね、それでも大人は子供より高い視点で物事を見ているわ。この件にはね、あなたの知らない、本当の『大人の事情』が絡んでいるのよ。だから悪いけど、この場はアタシ達に任せて」

 その時僕は、これだけあくどい話をしているのに、提督の目が澄んでいるのに気がつきました。何となく、嘘を言っているのではないことが分かります。

 「木連、ですか?」

 と、脇からユリカさんがツッコミを入れてきます。提督はユリカさんの目をじっと見つめ……その視線が揺らがないのを見て取ると、小さな声で言いました。

 「ここまで来たらごまかしようがないわね。アタシも実のところ、詳しい話は知らないんだけど、その通りよ。ま、多分ナデシコの改修が終わったら、アタシが言うまでもなく、テンカワアキトが言ったと思うけどね。だからあたしは最低限のことしか言わないわ。
 あなた達が何も知らないように、軍の上層部も、木星蜥蜴が実は木連……要するに意志ある存在であることを隠しているわ。はっきり言ってあなたのお父様……ミスマル提督も、この事は知らないと思う」

 「お父様も?」

 「ミスマル提督も?」

 ユリカさんもジュンさんも、口を揃えて言います。

 「そうだ。西欧では事実上トップの、グラシス中将ですら知らなかった」

 シュンさんもそう言いました。さすがにユリカさんもジュンさんもぽかんとしています。

 「嘘……」

 「本当よ」

 提督は目線を下げて言います。

 「はっきり言って、連合軍の何人がこの事実を知っていたのかは、アタシには分からないわ。でも知っている人の意志は一つだった。この事実は、明かしてはならない……ってこと。そして今まで、この秘密は信じられないレベルで守られているわ。どういう訳かテンカワアキトは知ってたみたいだけど」

 「アキトが!」

 テンカワさんの名前が出てきたとたん、目の色が変わるユリカさんを、提督が押さえます。

 「それは今は関係のないことだから置いとくわ。アタシが言いたいのはね。ある意味腐りかけているこの連合軍において、こうまでしっかりと秘密が守られていたこと自体がすごい驚異なのよ。つまりこの問題はそこまで大きいって言うこと。だから私達はね、この事を知った……その事実からまず隠さなくっちゃいけないの。幸いナデシコは独立している。私とオオサキ副提督がだんまりを決め込めば、事実上それだけで上にこの事実は伝わらないわ。いい加減な話だけど、最初は無視していただけに、いまさらスパイも送り込めないみたいだし」

 「はあ、そんなものなんですか?」

 ユリカさんはちょっと不思議そうにしています。

 「そんなものなのよ、今の連合軍は」

 提督はそう言うと、みんなの方を見渡して言いました。

 「ま、そう言うことにしましょ。後でテンカワアキトに言っておけば、多分彼が何とかするんじゃないかしら」

 「頼る訳じゃないんだがな……一度合流した方がいいか」

 僕もそれに賛成しようとして、ふとあることに思い至りました。

 「ちょっと失礼します」

 僕はコミュニケを通じて、思兼を呼び出します。

 「思兼、ラピスはどうしているかわかる?」

 すると、どうやらネルガルの研究施設にいるみたいだった。ここは……あ、テンカワさんと一緒にいるのか。

 「すいませんけど……今テンカワさん、ラピスと一緒みたいです。しばらくはそっとしておきましょう」

 「そうか……それは仕方がないな」

 シュンさんがそう言って目配せをします。
 と、カズシさんが僕を抱え上げて、自分の肩の上にのせてしまいました。わっ、とっ、とっ……びっくりしたなあ。

 「よ、ラピスちゃんが離れちゃって、何となく寂しいんだろ。どうだ、俺たちと一緒に飯でも食いに行かないか? ホウメイさんの飯もうまいが、たまにはほかの飯もいいだろ」

 僕はそれを否定しようとして……否定出来ない自分に気がついてしまいました。
 結局、僕の口から出たのは、この一言でした。

 「ご一緒します」



 と、その時でした。

 「おおい! 人がいるぞ!」

 「全員退艦したんじゃなかったのか?」

 「いや、寝ているみたいだ」

 ……何の騒ぎでしょう。
 みんなも顔を見合わせています。

 「とにかく行ってみましょう」

 シュンさんがそう言うと、みんなは立ち上がって声の方に向かっていきました。
 そしてそこにいたのは……。



 「「「「「ヤマダさん!!!」」」」」







 >AKITO

 ルリちゃんとラピスも合流し、俺は一息ついていた。
 これからの方針も話し合いたかったからだ。
 ハーリー君はまだ作業中だとか。とは言っても、今すぐ彼の意見を聞かなければならないということもないだろう。そう思っていた矢先だった。

 「何、ハーリー……え、アキトを? 最大の緊急……わかったわよ」

 ラピスが俺に向かってコミュニケを差し出してきた。

 「ハーリーから。なんか緊急事態だって」

 ……何事だ? とにかく出てみよう。
 俺がコミュニケの範囲に入ったとたんだった。

 「アキト〜〜〜〜〜〜! 大変よ〜〜〜〜〜!」

 とてつもないユリカの大音声が、辺り一帯に響き渡った。

 「何事だ一体。もっと落ち着いて話せ、ユリカ!」

 俺も思わず怒鳴り声になる。ルリちゃんやウリバタケさんとかも何事かと様子を見に来た。
 そこに二発目が来た。さっきよりは音量を絞っていたようだが。

 「ヤマダさんが見つかったの〜〜〜!!」

 俺は思わず目を白黒した。どういう事だ?
 と、俺の服の裾が引っ張っぱられた。

 「ラピス、悪いけどちょっと……」

 「あの、私です」

 裾を引っ張っていたのはルリちゃんだった。
 その目が、『内緒の話がある』と言っている。

 「ウリバタケさん、とにかくあっちへ行ってみます」

 俺はその場のみんなにそう言った。

 「ああ、なんかよくわからんが、艦長がああなったら、押さえられるのはお前だけだろ。作業は続けておくからちょっと見て来いや」

 そしてその場を出た俺のあとを、ルリちゃんとラピスもついてきた。



 三人だけになったのを確認すると、俺はルリちゃんに聞いた。

 「何か知っているのか?」

 「はい……うっかりしていました」

 何かものすごくばつの悪そうなルリちゃん。どうかしたのかな?

 「けどガイが見つかったって、何のことだ?」

 「そう言えば、そこまではよく知らないんでしたよね」

 そう言うとルリちゃんは、俺にナデシコであった出来事を説明しはじめた。



 「なるほど……ハルナの奴が、ガイと九十九の奴をすり替えたって言うのか? 大胆なコトするなあ……まあ、そうしなければ、また大幅に歴史が変わっちまうところだったのか」

 「ハルナ……よくそんなことまで」

 ラピスの疑問ももっともだ。どうやらハルナの隠し球は、俺たちの想像以上のものがあるらしい。
 だがそれはまたあとだ。今は見つかったガイの処遇の方が先だろう。
 ユリカとジュンがいないんなら、話は早かったんだがな。
 しかしそうなると……予定を早めた方がいいかもしれないな。
 とにかく、ガイと会ってからだ。



 ドック脇の医務室で、ガイはまだ寝ていた。
 提督達が、じっと俺のことを見つめている。ユリカやジュンもだ。
 俺たちのただならぬ雰囲気に気がついたのか、ガイを診ていた医師は、特に心配ないとだけ言ってその場を外してくれた。

 「アキト……」

 緊張感漂う中、ユリカが言った。

 「ねえ……そろそろ教えてくれない? アキトが何をするつもりなのか」

 俺は迷った。時期的には、そろそろユリカたちにも真相を教えなければいけない時期だ。だが、『今』、そして『この場』で言っていいものか。
 それに、できることならこの問題は、もっと多くの人に聞いてもらいたいとも思っていた。
 だとすると……そう、俺が考えている時だった。

 「うう……ここは……おう、アキトか」

 「ガイっ!」

 「ヤマダさん!」

 絶妙のタイミングで、ガイが目を覚ました。



 起きたガイは、ぐるりとあたりを見回すと、みんなに聞いた。

 「ここは、どこだ?」

 「ネルガル月ドック内の医務室よ」

 ユリカがそう答える。

 「一体どうしたの、ヤマダさん」

 「ん、ああ……」

 その視線が、なぜかルリちゃんをポインティングする。ルリちゃんは少し思案すると……こう言った。

 「全部、話してもいいと思います。真実の方を」

 「「「「真実?」」」」

 その場の視線が、一斉にガイとルリちゃんに向かった。ちなみに俺の視線もだ。

 「真実とは、一体……」

 そう聞くシュンさんに、ルリちゃんはしっかりとした声で答える。

 「アキトさん」

 ただその言葉は、俺に向いていた。

 「決断の時かもしれません。ナデシコのみんなに、木連のことを告げるべき時が来たんじゃないでしょうか」

 「やっぱり……何か知ってたの、アキト」

 そう聞くユリカの体は、かすかに震えていた。
 薄々とは気がついていたと言うことか。
 確かに、潮時だな、これは。
 そして、念のために俺はガイとルリちゃんに聞いた。

 「真実、っていうのは?」

 「地球と木連の関係と」

 「俺と九十九……そして、ミナトさんとの間に何があったかだ」

 そうか。
 俺の心は、それを聞いて決まった。



 「ユリカ……そして、ジュン。実のところ、この場で今から俺の言うことを知らないのは、お前達二人だけだ」

 「あたし達だけ?」

 「僕と、ユリカ、だけ?」

 ユリカとジュンが怪訝そうになった。

 「ああ。ルリちゃんとラピス、そしてハーリー君は元々、提督達には西欧その他ですでに教えてある。ガイもどうやら知っているらしいからな」

 「ああ、九十九から聞いた」

 ちょっと遠い目になるガイ。

 「あの……その『九十九』って言うのは?」

 ジュンがガイに尋ねる。俺はそこに割って入った。

 「ああ、それも今からまとめて説明する」

 「そうか、ならいいんだ」

 ジュンが引いたのを確認して、俺は言葉を続けた。

 「まずは一番大事なことから言おう。俺達が戦ってきた木星蜥蜴……その本当の姿は、100年前、月から、そして火星からも追われた、当時の月世界独立派……その子孫だ。つまり木星蜥蜴……いや、木連の人たちは……れっきとした『地球人』だ」

 ユリカとジュンは、ごくりとつばを飲み込んだ。

 「これはその木連人……あの俺そっくりだった男、白鳥九十九から聞いた話だがな」

 そして俺の言葉を引き継ぐように、ガイが語る。
 それは木連の歴史であり、真の姿でもあった。
 その内容は、俺もよく知っているものだった。

 「……と、まあこんな事だ。情けない話だぜ。なあ艦長、本当の『正義』って言う奴は、一体どこにあるんだろうな……はっきり言って俺は、もし地球連合軍に一分の『正義』もないとしたら、多分あっちについちまうぜ。極端な話、あいつらが結果的にだが、無人兵器で一般の人達を巻き込んでいなかったら、俺は多分、今頃九十九を連れてあっちに亡命していたぜ」

 ガイの言葉は、それで終わった。

 「アキト……これって、本当のことなの?」

 ユリカが俺のことをじっと見つめる。ジュンもまた、じっと下を見つめている。

 「やはり、今の連合軍は、腐りきっていたのか……」

 そう小さくつぶやく彼の瞳には、光るものが浮かんでいた。
 そして俺は、そんな二人に言った。

 「すべて本当のことだ。そして……」

 そこで俺は言葉を切った。
 ふと、あることが頭に浮かんだからだ。
 ここで俺の意見を言うのは簡単だ。だが、特にユリカには、できれば単純に俺の言うことだからということで意見を認めてもらいたくはない。
 木連との和平は……あくまでもみんなの意志で行われなければならないのだ。
 だとするとそのままこの場で俺の意見を言うのはよくない。
 俺は『木連との間に和平を結びたい』と続けるつもりだった言葉を、別の物に差し替えた。



 「お前達なら、どうする?」



 俺はそう、二人に問いかけた。







 >RURI

 ちょっと、意外でした。
 てっきりここで、『木連と和平を結ぶつもりだ』っていうと思っていたのですけど。 アキトさんも、少しは考えていると言うことでしょうか。
 ユリカさんは、なんか考え込んでいます。
 ジュンさんは……やっばり考え込んでいますね。
 まあ、無理もないでしょうけど。

 「ねえ……アキト」

 と、ユリカさんが口を開きました。

 「今、アキトとヤマダさんが言ったこと、全部本当なんだよね」

 「ああ、ここで嘘を言ってなんになるんだ?」

 「だよね……だとすると、やっぱり戦争になっちゃうね……」

 私は思わずずっこけました。みるとみんなが思いっきりずっこけています。

 「おいおい艦長、じゃあ今まで俺たちは何をしていたんだよ」

 カズシさんが頭を押さえて起きあがりながら言います。でも、ユリカさんは、ものすごく真面目な顔をして言いました。

 「今まで私達がしていたのは……害虫駆除です」

 そのとたん、周りの人の動きが見事なまでに止まりました。
 私も、そしてアキトさんも。
 これは……一本取られたかもしれません。けど一体、いつの間にそんな大人の発想を得られたのですか?

 「確かにな……ただ一方的に、俺たちに悪さをする奴を、とにかく殲滅していったわけだから、そりゃ害虫駆除と一緒か……」

 ヤマダさんが、乾いた口調でつぶやきます。
 そしてユリカさんも、言葉を続けました。

 「この間の事件で、ハーリー君が死にかけたり、ラピスちゃんがさらわれそうになった時、あたしは胸がつぶれそうになりました。そしてこの戦いを続けていくことになれは、私達は、人を……それこそ、あの侵入者さんと同じように、人を殺さなきゃいけなくなる、って気がついたんです。そして……」

 そこでユリカさんは、アキトの方をじっと見つめました。

 「アキト……人を、殺したこと、あるのよね、きっと……」

 私は思わず目を伏せてしまいました。
 アキトさんの、そして、ユリカさんの顔を見ていられなくて。
 そして……アキトさんは言いました。

 「ああ」

 と、短く、一言だけ。
 その一言には、どれだけの思いがこもっているのでしょうか。
 ユリカさんは知りません。アキトさんがその手を血に染めて他人の命を奪ったのは、すべて……ユリカさん、あなたのためだということを。
 そしてアキトさんにも、そのことを告げる気は全くないでしょう。
 何の意味もないことなのですから。

 「あのね……アキト」

 そんなことを思う私の耳に、ユリカさんの声が飛び込んできました。
 ただ、その声は、今まで聞いたことがないくらい、しっとりとした……色気、とでも言うのでしょうか。大人の女性が、愛する男性を誘うような、そんな、艶のある、不思議な声でした。

 「あたし、アキトはあたしの王子様だと、ずっと思ってた。今でも、そう思ってる。でも……あたし、アキトが人殺しをするのは見たくない。でもこのまま戦いが続いたら、きっとアキトはまた人殺しをしちゃうと思う。だってアキトはあたしの王子様なんだもん。あたしやナデシコに危機が迫ったら、たとえ相手が人間でも、アキトは相手を倒しちゃう……ちがう?」

 あ……頭、いたいです。
 間違ってはいないのに、甚だしく間違っている気がします。
 アキトさんも頭を抱えていました。
 今までの深刻な雰囲気がどっかへ行ってしまっています。

 「あ、あのな……ユリカ。何でそういう発想ができるんだ、お前は!」

 「え、違った?」

 「間違ってはいないけどどっか間違ってる!」

 私と同じ事を考えています、アキトさん。

 「おかしいなあ……」

 「おかしいのはお前の方だ! そのぶっ飛んだ思考回路、何とかならないのか!」

 あ……
 二人の喧嘩を見ていて、私は激しく心を揺さぶられるものがありました。
 これは……昔のアキトさんとユリカさんの喧嘩です。
 アキトさんが、『黒の王子』になってしまう前の。
 あの、平和だった頃の……。
 胸の奥が、つんと痛くなりました。
 いやよいやよも好きの内、なんていいますけど、これを見ていると実感出来ます。
 本来内向的で、人付き合いが苦手だったアキトさん。けれども、ユリカさんにひっかき回されているアキトさんは、それがどんなに酷い扱いでも、『かまってくれる』事自体が、そして、何の打算も無しに自分に好意を向けてくれることが、ことのほか嬉しかったのではないでしょうか。
 いると迷惑なのに、いないと無性に寂しい。
 ユリカさんは、きっとそんな人だったんだと思います。
 大人になって、無意識のうちに築いていた心の壁を、平気で蹴倒して土足で上がり込んでくる存在。
 そして、いつしかそこにいるのが当たり前になってしまった存在。
 そして……ある意味、恋人という段階をすっ飛ばして、『家族』になってしまった存在。
 その時、私の中で、何かが溶けて消えたような気がしました。



 「何とかならないって……ひっど〜い、これでもあたし、一生懸命考えたんだよ? このまま行ったら、ナデシコに乗ってるみんな、全員人殺しにすることになっちゃうんだし」

 「うっ……」

 「アキトはいいよ、なんていうか、それを覚悟しているみたいだし、あたしや提督や副提督は、ある意味そううお仕事だし。でもね、メグミちゃんとか、ミナトさんとか、そして何より、ルリちゃんやラピスちゃんやハーリー君にまで、人殺しの汚名を着せようっていうの? それってやっぱり、少しおかしいよ……」

 「そ、それは……」

 これはうかつでした。ユリカさんが、そこまで真面目に将来を考えていたなんて……。
 前回は割となし崩し的に、木連のこととかもよくわからないうちに、戦闘に突入していました。相転移砲で有人戦艦を何十隻と粉砕しちゃったり。
 でも、私達には、人を殺しているという意識は、どこにもありませんでした。
 そう考えると前回、私達は何をしていたのでしょうか。
 ゲキ祭の一体感、『ナデシコ』という場に対する思い、そして……破れた和平。
 ある意味私達は、理想を追いすぎていたのかもしれません。
 ですが今回は……ユリカさんも、何というか、現実を見据えています。
 何があったのでしょうか。



 「なら、どうするというんだ、ユリカ」

 「アキト……」



 あ、なんかアキトさんの雰囲気が変わりました。
 今のアキトさんは、あの、復讐鬼とも言える頃の気迫を出しています。
 ユリカさんも、思わず目をぱちくりさせています。



 「今ここでナデシコが引いたら、木連側はかさにかかって攻めてくるぞ。彼らにとって見れば、俺たちは自分たちを否定した『敵』だ。そしてその結果命を落とすのは、何も知らない人たちばかり……彼らにとっての本当の『敵』であるはずの存在は、一番安全なところで、何も知らない人たちを盾にして、のうのうと過ごしているんだ。はっきり言っておくが、ここでナデシコが『人殺しなんか嫌だ』といっても、結局のところ人が死ぬことには変わらない。死ぬのが敵か味方か、手に掛けるのか見殺しにするのかの差でしかない。この戦いに対して、俺たちは誰一人として、傍観者の立場には立てない。この戦いは……すでに、『俺達の戦争』になってしまっているんだ」

 「……アキトの、いうとおりだね。もう、『私達の戦争』は、始まっちゃったのかもしれない……」

 そう言ってユリカさんは下を向きます。

 「でも……」

 小さい、震えた声がします。でも私には、それが噴火の前触れの、小さな地震のように思えました。



 「それでもアキトのいうことは間違ってる!!」



 初めて見ました……真っ向からアキトさんに逆らうユリカさんって。







 >AKITO

 その言葉は、俺の胸の中の、何かを切り裂いて飛び込んできた。
 言うなあ、ユリカ。けど、容赦はしないぞ。
 なぜかワクワクしながら、俺はユリカに言った。

 「今俺がいったことは、紛れもない事実だぞ。いくらこっちが白旗を掲げたところで、相手は止まらない。本当の意味で先に手を出したのは、どっちかというと地球側なんだからな。少なくともあちらはそう思っている。単に頭を下げたくらいじゃ、納得するわけがない」

 「うん、あたしもそう思う」

 あっさりとユリカは俺の意見を肯定した。

 「けどね、アキト。アキトのいうとおりにしていたら、いつまでたっても終わらないよ。お互い妥協出来ずに戦ったら、あとには何にも残らない。でも……それって、木連の人も同じじゃないの? それとも木連の人って、地球の人全員を滅ぼすまで、戦いをやめる気はないの?」

 俺はそう言われて、しばし考えた。
 九十九は絶対そんな事をしたりはしない。月臣は……やりかねんな。北辰は……こう言うことは考えまい。草壁は……そこまで馬鹿じゃあない。あいつの目的は、自らの信じる正義を通せる世界の設立だ。逆説的な言い方だが、その意味では地球圏の腐った政治家よりよっぽど筋が通っている。ただそのための手段が、あまりにも過激で、それを認められない人も多かったということだ。あいつの信じる正義が『我は正義なり』だったのも問題だったな。それは独裁者の台詞そのものだ。

 「妥協点が、無いわけじゃあない」

 俺はとりあえずそう答えた。

 「あくまでも俺の知る限りだが……相手はこちらが心底『参った』というまで手を引くつもりはないだろうな……こっちがそういわざるを得なくなる、決定的な状況になるまで」

 「そっか……でもそれって、テロリストの戦法だよ」

 なかなか鋭いことをいうな、ユリカ。

 「それに……なんか変だよ、その木連さんの戦法。ねえ、アキト、一つだけ聞いていい? あなたがなんでこういう事を知っているのかはとりあえずどうでもいいの。でもね、これだけは知ってたら教えて……木連の人達は、何を狙っているの? 何をしたら、自分たちの勝利を確信出来るの? そうじゃなかったら、この戦い、どう考えてもどっちかの全滅でしか終わらないもの。木連の人がもし本当にものすごい力を持っているんだったら、最初っから戦争になるわけがないもの。無人兵器の性能と、投入量、そしてチューリップ……あれだけの物量を投入出来るっていうことは、もし木連の人が地球側を殲滅しようとしたら、それは十分出来たはずだよ。でもそうはしなかった。つまり木連さんの側にしても、地球を殲滅する気はなかったっていうことになる。でも、なら、どうすれば木連さんは自分たちの勝利を確認出来るの? 地球の政治家さん達をやっつけて、その後釜を取るクーデターみたいな事をしたって、その先に待っているのは内乱の嵐だよ。それとも木連さん達って、そんなこともわかんないの? ねえ、アキト……」

 畳み掛けるようにまくし立てられて、俺は思わず言葉に詰まった。
 さすがは戦略シミュレーション無敗……いや、この間負けて一敗の頭脳。見た目と言動があれでも、こういうことにはやたらと頭が回るな。
 木連の戦略目的……それは『ボソンジャンプの支配』だ。どんなに地球側が抵抗しようとしても、これを押さえられたら、地球に勝ち目はない。圧倒的な機動力と行動範囲を握られ、どんな抵抗も無に帰すことになる。また、制御されたボソンジャンプがあれば、小惑星帯や木星の資源を、真の意味で有効に活用出来るようになる。これらの輸送コストが事実上0になれば、地球の経済は完全に木連に首根っこを押さえられてしまうだろう。軍事もまた然りだ。戦場にいくらでも兵力を転送出来るとなったら、戦略が根本的に変わってしまう。
 だが、俺は迷った。これを告げてもいいものかと。
 これを告げたら、ユリカの取る戦略はただ一つ。以前と同じ、ナデシコによる遺跡の破棄。だがそれでは、問題は解決しない。
 だから俺は、こう言った。

 「それはあるはずだ。だが、それでは問題は解決しないだろう」

 「どうして?」

 「いいかユリカ、よく聞け」

 俺はユリカの顔を、じっと真正面から見つめた。決して視線を逸らさずに。

 「この戦いの根底には、お互いに対する無理解と不信がある。特に木連の側には、常に地球側が自分たちを裏切ったという意識がまとわりついている。この意識を払拭出来ない限り、言葉と話し合いによる和平は事実上不可能だ。そういうものは、相互の信頼の上に成り立つものだからな。どんな条件で和平を結んだとしても、相手がそれを遵守するという保証が全くないのでは、そんなものにはなんの価値もない」

 「そうだね、さすがはアキト」

 「茶化すな」

 俺は少し怒った口調で言う。

 「だから木連側は、地球がどうやってもこの手の条約を無視出来ない……逆らったらそれこそ自分たちが滅びる、そうこちらが思うまで徹底的にこちらを痛めつける必要がある。そして地球側も、ある意味それは同じだ。この件に関する本当の悪役は、自分たちの権益と名誉を守るためには、木連に滅んでもらうのがもっとも好都合だ。彼らを人類国家とは認めず、ただの異星人か、よくてテロリストのような存在に貶め、ものも言わせずに抹殺する……それこそが、そいつらにとっての理想だ。ただ、現実的には連合軍の方がやや不利だ。このままだと押し切られる。そう思ったからこそ、なりふり構わずに、こうしてナデシコを強制徴収したんだろうな」

 「そういうことなのね……」

 ユリカは、そう、小さくつぶやいた。
 その目が不敵な輝きをたたえている。
 それは……かつて反逆者としてナデシコで飛び立った時の瞳。

 「アキト……アキトはあたしの王子様だよね」

 「……認めた覚えはないぞ」

 「でも、いつもアキトはあたしの王子様だった」

 ……何か、とてつもなくイヤな予感がする。

 「そしてアキトは、木連の人達とは、和平を結びたいんだね、きっと」

 読まれたか。まあ、それくらいはバレバレか。

 「そうだ。難しいと思うがな」

 「あたしもそう思う。ねえ提督、木連と地球が和平を締結しようとしたら、具体的にどんな活動が必要になるんですか?」

 突然話を振られて、ムネタケが慌てている。

 「そ、それはね……まず大前提として、木連が『主権国家』として地球に認識されないと意味がないわ。和平条約っていうのは、国家間のものだからね。その上で、連合政府の代表と、木連側の代表が調印することによって和平条約は成立するわね。それをふまえて、連合政府側の意見を、和平で統一する必要があるって事。具体的には、まず軍部からの働きかけが早道ね。軍の5大管区、アジア・ユーラシア、ヨーロッパ、オセアニア、アフリカ、アメリカの5つのうち、3つが和平の意志を示せば、連合政府も和平の方向で動かざるを得なくなるわ。何しろ戦っているのは兵隊さんだからね。兵隊さんが戦う気がないんじゃ、政府としても無理に戦えとは言えないわ。ましてや相手に和平の意志があるならね。これでいい?」

 「わかりました、提督。ありがとうございます」

 ぺこりとユリカが頭を下げる。
 そして顔を上げると、ユリカは俺の方をじっと見た。

 「アキト、あたし、やっぱり人殺しになるのはいや。ましてやあたしのためにアキトが人殺しをするところを見るのはもっといや。だとしたら、あたしに出来ることは、一つしかない」

 そして、きりっとした目で、俺と、回りのみんなを見る。

 「この戦い……何としてもやめさせます。それがあたし達の出来ることならば。アキト……協力してくれる?」

 俺に出来ることは、ただうなずくことだけだった。
 泣きそうになるのを必死にこらえて。







 だが……俺たちはまだまだ甘かったことを、このあと思い知らされることになる。
 この問題は、俺の考えている以上に底が深く、濁りきっていることを、俺はまだ知らなかったのだ。




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