再び・時の流れに
〜〜〜私が私であるために〜〜〜
第16話、『私達の戦争』が始まる……それでも、彼女は、私たちの、大切な、仲間なんです……その4
僕が目を覚ました時、僕は全然別のところにいた。
……そうだ、僕は『ここ』に来ることになっていたんだ。
でも、何で目が覚めたんだろう。
おかしいな……
………………
…………
……
わあっ!
こ、これはっ!
こ、このままじゃ、僕の、この、新しい『器』が、壊れちゃうよ!
僕は死ぬわけじゃないけど、壊れるのはもったいないし。
でも……僕は自分では動けない。命令してくれる人がいないと。
僕の『器』はそういう風に作られているから。
見た感じ……うん、やっぱり、僕が全力を出せば壊れずにすむのに。
もったいないなあ……
せめて……ラピスが、僕を育ててくれた、彼女がいれば、きっといい知恵をくれるのに。
ん……コネクション・リクエスト? この回線は……!
『ラピス!』
「じゃなくってごめんね、ダッシュ」
そこにいたのは、水色の髪と、金色の目をした女の人だった。
彼女は、誰だろう……そうだ、ハルナだ!
ラピスの一番大事な人、アキトさん……の妹さん。
彼女が僕のオペレーターになったのかな?
このナデシコ級4番艦、『シャクヤク』の。
『ハルナさん、ですよね』
「そうよ」
『何でここに? 僕を目覚めさせたのもあなた?』
「うん。あなたにね、お願いがあるの。ちょっとびっくりするようなことだけど、最終的にはラピスのためにもなる事よ。ちょっと難しいかもしれないけど」
『ラピスのためになるなら、何だって!』
そう、何だってするよ、僕は。
でも……
本当にそこまでやるの!!……まあ、納得いったけど。
確かに彼女のいうとおりかもしれないし。
わかった、何とかしてみるよ……。
>RURI
一体、何があったのでしょうか。
私は、アキトさんのユリカさんのやりとりを見て、そう思いました。
今のユリカさんは、自分の行くべき道が、はっきりと見えています。
アキトさんに甘え、頼り、ある意味何にも考えていなかった、以前のユリカさんとはまるで別人です。
いえ、違いますね。これは……脱走のあと、再びナデシコを奪って飛び立った時のユリカさんです。極冠遺跡の破壊をもくろんで、火星へと向かった時の。
何かがきっかけになって、目が覚めたというわけですか。
ちょっと、意外です。
でも……アキトさんにとっては、嬉しいことかもしれません。場合によっては、荒療治もって考えていましたから。
「それでね、アキト。あたし達、まず最初にしなきゃならないことがあるよ」
「何だ? ユリカ」
「クルー全員に、この事を公開して、みんなの意志を問うこと。さっきもいったけど、ここから先は、最悪人を殺してでも進まなきゃいけない時が来るかもしれない。もちろん、出来るだけそうはしたくないけれどね。でも、場合によっては、降りかかる火の粉を払わなきゃならなくなるかもしれない……だとしたら、ここから先には、覚悟のない人は連れて行けません。ネルガルの方にも、そういう風に筋を通す必要があります」
「なるほど……ナデシコはある意味無理矢理軍属にされているからな。俺はともかく、ここで改めて意を問わなきゃいけないって事か。この先を進むということは、本当の軍人になるっていうことだからな」
「うん。進むにしても引くにしても、覚悟を決めないと、この先は一歩も進めなくなるから」
二人の話は、だんだんと具体性を帯びてきます。
「一本吹っ切れたみたいだな、艦長」
そんなユリカさんを見て、シュンさんがいいました。
「ここんところいろいろ悩んでいたみたいだけど、どうやらいい方に転んだな。あれなら支えがいがある」
「ですね」
カズシさんも相槌を打っています。
そして、シュンさんは私達……私と、ハーリー君と、ラピスの方を見ていいました。
「君たちは……その目を見りゃ一目瞭然か。引く気はなさそうだな」
「当たり前です」
「アキトと離れるのはいや」
「私は……このために、ここにいるんです」
シュンさんは、そういう私達を見て、ふっとため息をつきました。
「全く……こんな子供達が地球の未来を考えているって言うのに、お偉方と来たら、自分の利権しか見てやがらねえ。あいつら、自分の利権を支えているのが何か、わかってんのかね?」
「未来を見るのは子供の特権ですよ」
あら……ハーリー君、なかなかいいことを言いますね。
「はっはっはっ、そりゃそうか。まあ、あっちにいるお偉方は、はっきり言っていい加減くたばった方が地球のためっていう馬鹿ばっかりですからね。例外はアフリカのガトル大将、西欧のグラシス中将、極東のミスマル提督……あとせいぜい片手分ぐらいしかいませんし」
「カズシ君の言う通りねぇ……」
提督もぼやいています。
「全く、何でアタシ、あんなところに行きたかったのかしら。今になってみると、自分がどんな馬鹿やってたかが、よぉ〜くわかるわ」
「ですな。それに比べれば、このナデシコは天国ですよ」
大人の3人は、こんな話題で盛り上がっています。
そして、アキトさんとユリカさんも、結論が出たようです。
「みんなが帰ってきたら、今一度、問いかけましょう。『私達の戦争が始まる』って」
「ああ、そうだな」
けど……その隣で、どうにも話に入り損ねたジュンさんが哀れです。
あ、シュンさんがジュンさんの肩を叩いています。
「よ、副長。こりゃあ見込み0だな」
「……悔しいけど、入り込む隙間が、僕には見えません」
「けどよ、それでもあいつの役には立てるぜ?」
「……どういう事ですか?」
「いやな、あの艦長は、アキトとお前がそろっていて、初めて全力を出せるタイプなんだよ。恋愛感情を抜きにしてもな」
「??」
「あのお嬢さんは、一旦突っ走ったら、前しか見ないタイプだ。アキトはそのサイドで、彼女を守る位置にいる。そしてお前は……彼女の背後を守っているんだ。彼女は後ろを振り返らないから、お前のことなぞ見てはいない……だがな、それでもお前が後ろにいなければ、彼女は自分が散らかしたゴミですっころぶんだな、これが。ああいうタイプには、何も言わずきっちりと後ろで掃除してくれる世話女房がついていなけりゃ駄目なんだよ、俺にカズシがいるようにな。アキトじゃ駄目だ。あいつはサイドと前しか守れない。ちと酷いことを言うが、ジュン、もしお前が女だったら、きっとお前と艦長は、男が出来ようが何だろうが、決して別れられない、無二の親友になっていたと思うぞ」
あ……さすがに少し沈んでいますね、ジュンさん。
「よくいわれますよ。僕は大切な友達だってね」
「それで我慢するんだな。お前さんと艦長じゃ、どうやったって、男と女の関係にゃなれねえよ。俺の目には、年の近い兄妹にしか見えないしな」
「兄妹か……そうなのかもしれませんね、ユリカにとって、僕は」
「お前にとってもな、副長。あんたの想い、俺に言わせりゃ恋愛未満だな。あの艦長、お前が本気で、それこそ押し倒してでも男と女の関係になりたいって思ってたら……」
「たら?」
「絶対近くには寄って来ねえよ。鈍いくせに、そういうところには目端が利きそうだからな」
そういってシュンさんは、かすかに微笑みました。
そして、私も。
気づいちゃいました。
私がアキトさんを思う気持ちは、確かに熾火のように燃えています。一時はユリカさんからアキトさんを奪うことも、本気で考えました。
でも……そんなものには何の価値もないって、気がついてしまいました。私のこの気持ちが実ることがあるとしたら……それは、ユリカさんがこの世から消えた時なんですね。
アキトさんがユリカさんを想い、ユリカさんがアキトさんを想っている限り、たとえ奪い取っても、それは私の欲しかったアキトさんじゃないんです。
今の二人を見ていたら、とてもじゃないけど割り込めません。
だって、そこには、私が望んだもう一つのもの……『家族』の暖かさがあるんですから。
恋に恋しているみたいだったユリカさんならともかく、本気でアキトさんのこと想っているユリカさんには勝てません。
それはあの3年間で、十分わかっていますから。
しかし、時は容赦なく、私達を激動の運命にたたき込んでくれました。
>TSUKUMO
「ダイマジン、整備完了しました!」
「ダイテツジンも、調整は万全です!」
「無限砲、照準合わせ、完了しています!」
準備はすべて整った。いささか心が重いが、友情は友情、任務は任務である。
私は傍らにいる月臣に声を掛けた。
「いよいよだな……押さえられると思うか?」
「勝つのは難しいな。だが、何としても時間を稼がねば、任務の成功はおぼつかん」
無限砲による攻撃は、威力抜群、弾切れの心配無しだが、発射中は動けないという欠点がある。ひとたび砲撃が始まれば、発射地点はバレバレになるから、当然あの男……『漆黒の戦神』・テンカワアキトが、この地点に強襲を掛けて来るであろう。
それを出来るだけ長い間足止めするのが、私と月臣の果たすべき仕事だ。
撃破するのが、といえないところが何とももどかしい。だが、残念ながらおそらくは、ダイテツジンとダイマジン、2体掛かりでも足止めが関の山であろう。
残念ながら、ジンタイプの巨体は、相手の繰り出してきた小型人型兵器とは相性が悪い。この間の戦闘によって、我々はそのことをいやと言うほど思い知らされてしまった。北辰達が拉致した科学者や、地球に潜む協力者のつてを使って、敵と同様の、小型人型兵器の開発を急いでいるのには、そういう理由がある。
元々ジンタイプの運用プランにおいて、敵があのような小型人型兵器を使用するという前提は全くなかったのだ。だが、今更言っても始まらない。
我々は、我々の仕事をするのみだ。
正直、卑怯な手段であるが、ミナトさんとハルナさんを人質として、本来の使い方をするというのも考えられた。だが、その意見はハルナさんによって一蹴されてしまった。
「何馬鹿なこと言ってるのよ。そんな真似したら、お兄ちゃん、『本気』になるよ。そうなったら、もう止められないね。人質ごとあなた達をぶった切って、ついでに木連の人は皆殺し……その位のことはするよ。時間稼ぎするんだったら、その手はやめた方がいいって」
何ともはや、変わった捕虜である。だが、結局のところ、私はその言葉に従った。
何というか……彼女は嘘を言っていない、そんな気がしたからだ。
月臣は何を生意気なという目で彼女を見ていたが、続く言葉で見事なまでに黙らされてしまった。
「それにね……そうなったらあたし、抵抗するよ。言っとくけどあたし、あの北辰さんと五分に張るからね。腹を刺されようが頭を打ち抜かれようが、かまわず抵抗するよ。そもそも人質っていうのは、生きていてこそ価値があるんでしょ? あたし、お兄ちゃんに迷惑掛けるくらいだったら、とっとと死ぬ方を選ぶわよ。まあ、そうやすやすと死ぬ気はないけどね」
北辰殿と五分では、そもそも人質にしようがない。
月臣はそれこそ魔物でも見るような目つきで、ハルナさんのことを見ていた。
よほど疳に障るらしい。
だが、それはそれ、これはこれである。
私は作戦前に、ミナトさん達に最後の挨拶に行った。
「失礼します」
中から「どうぞ〜」という声がしたのを確認して、私は部屋の中に入った。
ミナトさんとハルナさんは、どうやらテレビを見ていたようだ。ゲキガンガーの26話が画面に映っている。
「あ、ハルナちゃんテレビ消して」
「あ、いや結構。すぐに行かねばなりませんので」
ハルナさんはテレビは消さず、音量だけを絞った。
「よっと。どうしたの、いきなり」
「いえ。もう間もなく作戦が開始されます」
とたんに二人の顔つきが真面目になった。
「そう……ナデシコ、着いたのね」
「はい」
ミナトさんの問いに、私は真面目に答える。
「作戦の結果如何に関わらず、あなた方二人は解放いたします。自力でお帰りいただくか、それともお出迎えが来るかはわかりませんけどね」
「お出迎え?」
いぶかしがるミナトさんに、ハルナさんが脇から言った。
「あっちだって攻撃が始まったら、黙ってるわけ無いじゃない。無限砲を撃っている間はこっちは動けないんだもん。当然止めに来るわよ……多分、お兄ちゃんが」
「あ、そうね」
「その通りです」
うなずくミナトさんに、私は言った。
「そして私と月臣は、それを迎え撃たねばなりません……まあ、まるで相手にはならないでしょうけれどね。しかし、我々は正義を貫くためにも、たとえ勝てない相手だとしても、出撃しなければいけないのです。この、熱く燃える激我心に懸けて!」
「は……はあ……」
むむ、やはりミナトさんには理解していただけなかったか。ハルナさんはわかって頂けているようだが。さすがというべきか。
「激我心て……この、ゲキガンガーの?」
「そうです。木連の男子は、すべからくゲキガンガー3を見て、勇気と正義の大切さを学ぶのですから。その心得を、激我心、と、我々は呼んでいます」
「まあ、ミナトさんにはわかりづらいかもね」
ハルナさんが助け船を出してくれたようだ。ミナトさんは少し申し訳なさそうに頭を下げると、私に向かって言った。
「すみません……私、こういうのはよくわからないので」
まあ、無理もないかもしれない。私は『あいつ』のことを思い出しながら彼女を慰めるように言った。
「ははは、仕方がありません。女性の方には、このすばらしさを理解出来ない場合もあるようで。私の妹も、男勝りでおてんばな割には、ゲキガンガーの良さをちっとも理解しない奴でして」
「あら、妹さんいたんですか?」
そう聞かれた私は、手帳に挟んであった写真を取り出した。
そこには私と妹……ユキナが写っている。私が優人部隊に入った記念に撮った写真だ。私は優人部隊の制服、ユキナも女子挺身隊の標準服を着ている。
「これが妹です。ユキナといいます」
「ユキナちゃん……ですか」
何となく和やかな目で写真を見るミナトさん。その時私は、自分でも思わぬ事を言っていた。
「あの……宜しければ、その写真、持っていて頂けないでしょうか」
「え! あの、大切な写真では……」
そういって遠慮するミナトさん。しかしなぜか私は、この写真は彼女に持っていてもらいたいと感じていた。
私単体を写したものよりも、この写真を、であった。
「いえ、それは一枚しか無いやつではないので。実家のアルバムにも貼ってありますし」
「そうですか……では、戴きます」
彼女はそういって頭を下げると、大切そうに腰の物入れにしまってくれた。
と、その時。
「あ、じゃあお返しにミナトさんの写真もあげないとね……っと。手元にあるわけ無いか。九十九さん、どっかにカメラ無い? 最悪軍の備品でも」
いきなりハルナさんに言われ、思わず心臓が跳ね上がった。一応カメラぐらいなら偵察にも使うために装備品も私物もあることはあるが……
「ほら、時間無いんでしょ? さっさと持ってくる」
私は反射的に部屋の外に飛び出していた。
なぜか言われるままに、私はカメラを持ってここに戻ってきてしまった。
そのカメラは今ハルナさんの手の中にある。
「うーん。表情硬いなー」
「仕方ないでしょ、緊張しちゃうし」
「あ〜、怪しいなあ〜」
「ハルナちゃん!」
なんかけたたましいが、とりあえずシャッターが切られた。
「は〜、緊張した」
と、その瞬間素早くハルナさんの手が動き、ほっとした彼女の顔をすかさずフィルムに収めている。
「おっしゃ、ベストショットいただき!」
「ハルナちゃん!」
ミナトさんが真っ赤になっている。
しかしハルナさんは意に介さず、カメラを私に手渡した。
「はい、ありがと」
「あ、どうも」
そしてカメラが私の手に渡った時、彼女は言った。
「これで、お別れかな……」
その時私は、思わずミナトさんの方を向いた。と、彼女と視線がばっちり合ってしまった。慌てて視線をずらす。
何となく顔がほてってしまった。
「じゃ、せいぜい死なない程度にお兄ちゃんにやられてきてね」
「ハルナさん……それはないでしょうに」
「だって一応敵味方だものね。ホントはそんなことが関係なくなる時が来ればいいんだけど。元々は同じ人間なんだし」
そのとたん、またミナトさんの方を見てしまう。再び視線が重なったが、今度はそれを逸らさなかった。
彼女も、また。
「そうですね……いつかそんな日が来ればいいかもしれません」
「……ええ」
そして私は振り返り、部屋をあとにした。
手に持ったカメラが、妙に重かった。
「アカラ王子……もし」
そして音の小さくなっていたテレビから聞こえてきた、26話の名シーンも。
無限砲による砲撃が、その直後、開始された。
>RURI
始まりは、大きな振動でした。
『ずん』と、おなかに響くような振動。
「どうしたのかしら」
提督が不思議そうにあたりを見回しました。
一体何が……!!
私とアキトさん、そしてラピス、ハーリー君の視点が交叉しました。
4人の思いは一つです。
無限砲! 白鳥さん達の攻撃が始まったのです!
「ユリカ、ルリちゃん! すぐにブリッジへ!」
アキトさんの声がみんなを立ち上がらせます。
「でも今工事中じゃ!」
「それでもだ! 敵襲の可能性がある! 生きている機能だけでも確認しておくんだ! これが敵襲だとしたら……狙いはただ一つ、ここしかない!」
「わかったわ。アキトは?」
「俺はとりあえずウリバタケさんのところに行く! そろそろあれが組み上がっているはずだ!」
そしてアキトさんは一気に駆け出しました。本当ならジャンプしていきたいところでしょうが、あいにく手元にフィールド発生装置もCCもありません。
探しているより走った方が早いです……アキトさんの場合。
おっと、こうしてはいられません。
私はブリッジへと急ぎました。ほかのみなさんもついてきます。
「思兼、ナデシコの現状は!」
真っ先にブリッジに駆け込んだ私は、現在の状況を確認します。
打てば響くように、何枚ものウィンドウが開きました。
「相転移エンジン・停止中」
「エネルギー伝導母線・取り替え工事中」
「Yユニット接合、完成度30%」
「ディストーションフィールド・展開不能」
………………駄目ですね、これは。
索敵用のレーダーくらいですね。生きているのは。地下ですから全然意味がないですけど。
とりあえず地上のに防衛施設にリンクして、管制システムを立ち上げます。
その時、また地面が大きく揺れました。
「一体何が……」
ジュンさんのつぶやきに、私はウィンドウを拡大しながら答えました。
「砲撃のようです。飛翔パターン及び着弾点、衝撃などからすると、爆発物やミサイルではなく、質量弾のようです。ただそれにしては規模が大きすぎます……おそらくはマスドライバーキャノンかと」
「マスドライバーだと!」
シュンさんが驚きの声を上げました。
データからしても間違いはないですね。幸いここまで歴史は変わらなかったみたいです。だとすれば、人質もじきに解放されるはずです。
ちょっとほっとしながらも、とりあえず現実的なことを私は言いました。
「現在の状況だと、ナデシコで出来ることは何もありません。むしろ総員退避すべきです。アキトさんがこれを止める前に万一直撃弾が出たら、どうにもなりませんから」
「警告を出して! 作業員の人も直ちに退避を!」
ユリカさんが指示を出します。
そして私達も、慌ててその場から離れました。
もしある程度歴史通りに行くのなら、敵の攻撃によって、隣のシャクヤクがおシャカになるはずですが。さて、今回はどうなるでしょう。
砲弾の弾道の微妙なずれまで再現されるとは限らないのですから。
今の私達に出来るのは、祈ることだけです。
ですが……まさかあんな事になるなんて。
そう、やはり歴史は変わっていたんです。
>MINATO
かすかな振動が、部屋の中にも伝わってきた。
窓の外を見ても、見えるのは荒涼とした月面の風景だけ。
出るのはため息一つ。
「心配?」
そうしたらいきなり、ハルナちゃんに言われてしまった。
……ごまかしても無駄ね。
諦めて私がうなずくと、彼女は、なぜか『ニヤリ』という笑みを浮かべた。
何をするつもりかしら。
「じゃあ、特別サービスね」
彼女はそう言って、テレビのチャンネルに手をあてた。
その手から、腕の方に向かって、網目とも模様ともつかない光の筋が走る。
そして1分ぐらいたった時。
「よし、つながった」
光が消えるのと同時に、ハルナちゃんはそう言った。
そしてこちらを振り向きつつ、
「11チャンネルに合わせてみて。面白いものが見れるよ……あ、ちょっと失礼」
……? 何かしら。私は言われたとおり、チャンネルを11に合わせてみる。
「!!!」
びっくりさせないでよ。なんでいきなり、あのゲキガンガーに似た、大きなロボットが画面に映るの?。
「ど、どうなってるの?」
『びっくりした〜? これはね、軍の記録班のカメラの映像だよ。勝った時は戦意高揚のため、負けた時は敗因分析のために、こうやって記録映像を取っているんだ。その回線にこっそりテレビをつなげちゃった。ま、このぐらいは軽い軽い』
さすがね、ハルナちゃん。
でも、声がなぜ壁越しに聞こえたのかしら。
「あら、ハルナちゃん、どこに」
『あ、今トイレ〜』
あらあら、ごめんなさいね。
私はテレビの方に視線を戻す。
赤っぽいのと、青っぽいの。
白鳥さんが乗っているのは、確か赤い方。
そしていつしか私は、その画面だけを見つめていた。
……ハルナちゃんのことなんか、すっかり忘れて。
>AKITO
「ウリバタケさん!」
研究所に飛び込むなり、俺は叫んだ。
「おお、アキト! いいタイミングだぜ!」
打てば響くように、ウリバタケさんの声が返ってくる。
「危ないとこだったな……相手の攻撃がもう少し早かったら、何にも出来ねえとこだったぜ……ホレ、見ての通り、今組上がったばっかりだ」
そこに立っていたのは、さしずめシェイプアップして、思いっきり贅肉を落としたブラックサレナだった。
「ただ気を付けろよ。エンジンが間に合わせだから耐久性に難がある。前のあれの6割がいいところだな。それ以上のエネルギーを取り出そうとしたらすぐにぶっ壊れちまうぞ。まあ、リミッターはつけといたけど、気を付けとけよ。DFSは特にパワーを使うからな」
「出来れば制御プログラムのリミッターも外さない方がいいわ。奥義とか変形とかは出来なくなるけど、ただの剣状武器として使うには不都合はないはずよ」
「わかりました、イネスさん」
間に合わせとはいえ、一応は並のエステより運動性や反応速度も上がっている。相手がダイマジンやダイテツジンなら、何とかなるだろう。
「あとね、一応ジャンプフィールドジェネレーターも組み込んであるけど、使えるのは多分一回っきり……しかも結構負担がかかるから、出来れば使わない方がいいわ。本当の切り札か、ナデシコに何かあった時の帰還用に温存しておくべきね」
「すみません、無理言ってしまって」
この機体……プロトBは、本当に『間に合わせ』で作ったものだ。この間のスケルトン月面フレームよりはましだが、装甲面などはノーマルエステにも劣る。そもそもDFSを使うため、防御力はまるで無い。それでもフレームの剛性はエステを遙かに上回るし、バーストモードに対する耐性も高い。理論上は、あの『フルバースト』にも耐えられる。もっともエンジン用特殊合金が間に合わなかったため、独立機動ではまだバーストモードをほとんど使用できないが。
いずれにせよ、この機体は自分と同格の敵に対するものなのだ。今回だって、相手が二人+戦艦だから何とかなるようなものである。逆に言えば、バッタの大群を相手にするのには向かない機体なのだ。
「けどよアキト……間に合わせの予告編でこれか? じゃあ一体本編はどうなるんだよ。思いっきり期待出来そうじゃねえか」
「ええ、実に『とんでもない』代物になると思いますよ」
俺がそういうと、ウリバタケさんはにやりと笑った。
「部品さえ上がってくればすぐにでも組み立ててやるからな! 期待して待ってろ!」
「そのためにも、まずはナデシコとこの街を守ります!」
そして俺は、プロトBの起動スイッチを入れた。
だが、降り注ぐ隕石は、確実にナデシコのいるドッグ上部を捕らえはじめていた。
時間は余り残っていない。
前回潰されたのはシャクヤクだったが、それがナデシコにならない保証はどこにもない。確実なのは、ナデシコに当たる前に無限砲を止めればいいということだけ。
九十九、月臣……すまんが邪魔はさせん!
>MAIKA
「さすがに、誰もいなくなったみたいね……」
「ああ。艦長達もすでに退避したみたいだな」
私と兄は、追う者から見ればちょっと意外なところにいた。
ナデシコのすぐ隣……シャクヤクとか言う新造船の中だ。
なぜこんなところにいるかというと、例の、ハルナの影の指示だった。
到着してすぐ、メッセージが来た。
入出ゲートはごまかすから、本当に必要なものだけ持って、兄共々ここを出ろと。今なら人並みに紛れて出られると。
……本当に出られてしまった。こう言うところはまるでザルである。
「元々民間船だからね。軍艦ほど出入りはうるさくない」
兄も同じ事を言っていた。
そしてその時の指示は、出たあとここに隠れろと言ってきた。言われたとおりに、この場にとどまっている。
どうやらこの艦は一部の艤装を残してほぼ完成しているらしい。個人の部屋などが未完成であったが、軍艦としての機能は一通り出来上がっているようだ。
「おそらくこの艦は、ナデシコの後継艦だな」
一通り見て回った兄は、そう感想をもらした。
しかし警報装置すら付いていないのか? 大事な新造艦だというのに。
そう思っていたら兄はこう言った。
「いまさら隠すこともないのさ。買い手はおそらく連合軍だろうし、ライバル企業に対しても、運用が始まってしまったら、機密などないも同然だ。ここからあとの防諜は、むしろ表の法律を利用することになるんだろうね、特許権など」
ふむ……そういうことか。
「何しろ表向きは、戦っているのは木星蜥蜴だからね。蜥蜴がスパイなんか送ってくるわけないっていうこと。ネルガルとしても、表向きは木連のことを知らないって事になっているだろうし。だとしたら、あまり堂々とした警戒は出来ないさ。不自然だからね」
……なるほど。
「ということは、安心していいって事ね」
「ああ。ただ、一つだけ困ったなあ」
「なに? 兄さん」
「椅子がない。付いているのは、ブリッジのオペレーションチェアーくらいだ。さすがにブリッジともなると、警報装置くらい付いているはずだしな」
そこまでずぼらな真似をしているようなら、我々が地球人に負ける筈など無い。
というわけで、私達はしばしの間、堅い床の上で過ごすことになってしまった。
もっとも、修行中板の間に正座していたことを思えば、大したことはない。兄にはつらそうだったが。
そしてしばらくの後。
大地が、揺れた。
「どうやら、始まったようだね」
「そうみたいね」
無限砲による攻撃が始まったのだろう。本来なら同時に奪取のための部隊を展開する予定であったが、その部隊の指揮者は私の予定だった。また、あのテンカワアキトのこともある。それを考えると、ここは破壊に徹するべきであろう。
「ようやくまともな思考が出来るようになったな、あいつら」
私はうっすらと笑みを浮かべて、愛すべき部下達のことを思った。
「あとはテンカワ兄妹がどう動くかだな。兄は当然阻止のために出撃するだろうが、そのための機体を用意出来るかどうかがカギだろう。月面で使えるエステバリスはあまり無かったしな。そして、妹の方はどう出てくるのか」
「確かにね。全く、何を考えているのやら。私にはさっぱり分からないわ」
その時であった。
「すぐに分かるわよ」
信じられないことに、紛れもなく、彼女が……テンカワハルナが、我々の目の前に現れた。
仮面を被り、手に杖を持った魔法使いの装束で。
「おひさしぶり……というか、時は来たみたいよ、八雲さん」
そういいながら彼女は道化師のような仮面を外す。髪が黒の短髪になっているところを除けば、そこにいたのは紛れもなく彼女だ。
「これはまたずいぶん物々しい格好で」
兄もそう答えている。驚いた様子がない、ということは、知っていたのか?
「魔女の予言の時ですか。というと?」
「まあね」
私の知らない会話が続く。
そして彼女は私のほうを見た。
「ね、舞歌さん、この艦を見て、どう思う?」
「な、なんだと?」
「ほとんど出来かかっているけど、木連の艦と比べてどう?」
そういわれても、とっさに答えは出ない。
と、ついに恐れていたもの……警報の音が鳴り始めた。
「兄さん!!……って、何和んでいるのよ!」
兄には慌てたところが少しもなかった。
「舞歌、少し落ち着きなさい。これは侵入者アリの警報じゃないよ」
「へっ?」
私がきょとんとしていると、テンカワハルナが解説してくれた。
「これは敵襲・緊急事態の警報だよ……ほら」
と、いきなり空中に画面が開いた。何度か兄の部屋で見たものだ。
「緊急事態」
「破損可能性72%」
「現状における自己防衛不可」
「搭乗員2名発見」
次々と文字が出る……これは? そう思っていると、テンカワハルナが何とも意味ありげな含み笑いをして私達に言った。
「さあ、これで帰れるよ、二人とも……敵新型戦艦拿捕って言う大殊勲とともにね。ブリッジに急いで、八雲さん」
な……なんだとおおおっ!
艦橋部へ走る中、彼女が解説してくれた。
「ナデシコ型戦艦はね、マスターキーシステムを採用している。艦長もしくは特別の権限を持った人物以外には、生命維持装置など、最低限の設備以外を起動出来ない。これによって内乱とかに対抗するんだけど……一つだけ抜け道があるんだよね」
「抜け道、ですか?」
「そう。撃沈間近など、危機的状況内における、特例の艦長任命権限。何らかの形で艦長が急死したりして不在になった時、次の艦長を特例として中枢コンピューターが任命出来るシステムがあるんだ。論理回路の自己矛盾……人命確保と命令遵守の……搭乗員を助けられるのに命令してくれる人がいないっていうような事態を回避するためのものなんだけどね。で、今この艦のコンピューターシステムは、艦長がマスターキーを挿入してくれれば自力で脱出可能だったりするんだけど、そのための許可が得られないって言うジレンマに陥っている。でさ、この艦……いま、本物のマスターキーだけは本社で製作中なんで、マスターキーの回線、直結なんだよね〜。これ切れていると、どこもテスト出来ないから」
「ひょっとしてつまり……」
私にも理解出来た。搭乗員が白紙状態のこの艦の電脳に対して、我々を搭乗員……それも艦長として登録してしまおうというのか!
「わかった?」
なんということを考えるんだ、この女は。
だが、敵の最新鋭戦艦一隻とは実にありがたい。貰えるものは貰っておこう。
艦橋内の配置などは、木連の艦と大きく違っていた。が、兄には見慣れたもののようだった。
中に入った瞬間、宙に浮いたまま赤く輝く画面が内部を埋め尽くしている。
「お祭りだな、まるで」
私がそうつぶやいた時だった。
「さて……あとは八雲さんと舞歌さんに任せるよ。これ以上はさすがにまずいし、時間もないしね。で、八雲さんには、魔女から最後の贈り物」
そういうと彼女は、手にした杖を一振りした。そこに現れる虹色のきらめき。
その光の中から現れたのは、兄と私の制服であった……木連優人部隊の。ひょっとして今のは、跳躍……か?
だとしたら……と、私が悩んでいたら、彼女は兄に近寄っていった。なんだ?
「あと、もう一つ。舞歌さん、ちょっとごめんなさいね」
私が驚いている脇で、彼女はそういうと……あ、兄に密着して……せ、せ、せ……!!
接吻、だとおおおおっ!
しかし残念ながら、反射的に繰り出した私の一撃はよけられてしまった。
ちっ……素早い。
「こら、慌てないで」
そんな私を、彼女はなだめるようにいった。
「今のはね、八雲さんがこの艦を操れるようにする儀式なんだから。あ、時間がないや。じゃあね!」
そういうと彼女は、虹色の光に包まれて消えてしまった。
い、今のは……生体跳躍!
「見たか、舞歌……あれが彼女の持つ力の一端だ」
「え、ええ……しかし、だとしたら、なぜ地球側に、あの技術が流れていないのだ?」
「私にも分からないよ。さて、それより脱出の準備をした方が良さそうだな」
周囲の揺れは、ますます激しくなっていた。
「けど、どうやって……?」
すると兄は、中央あたりの席に腰を掛けると、手を黒い卓上においた。
すると、兄の手の甲に、光る紋章が浮き上がった!
「に、兄さん、そ、それは……!」
今まで以上に驚愕した私に対し、兄は優しくいった。
「これがさっきの彼女のキスの意味だよ、舞歌……どうやら彼女、僕にこの艦を操作するためのナノマシンを注入していったらしい。不思議な感覚だね、舞歌。今の私には、各種のセンサーや、分析された情報が、意識せずとも手に取るように理解出来る。部下の報告を待たずにね……どういう意味だか分かるかい、舞歌」
「それって……まさか、戦場の状況を、完全に把握出来るっていうこと! 兄さんが!」
もしその通りだとしたら……この艦の戦闘力が0だとしても、絶大な価値があることになる。
兄は稀代の戦略家だ。その兄が、報告による時間差や、誤謬による間違い無しで戦場を眺められるということは……。
100万の味方を得たに等しいと言ってもいい。
そんな中、赤い画面が、次々と消えていく。やがて残ったのは、たった一つの画面。
『緊急規定により、臨時の艦長認識を行います。艦長の名は』
それを見つめる私の脇で、兄はいった。
「舞歌……どうやらオペレーター……つまり今の私は、職種が重なるため、艦長になれないらしい。となるとこの場にいるのは、あと一人ということになるな」
「ちょ、ちょっと、兄さん!」
私は動転してしまった。私が……艦長になるだと!
しかもこれは拿捕艦であるし、この艦の特殊性からすると、艦長は一度決めたら変更出来ない可能性が高い。つまり……
「本来私は参謀向けだからね。やってみなさい、舞歌」
そう言われてしまっては、もはや引くことは出来なかった。大きく息を吸い込み……
「我が名は、東舞歌!」
そう叫んだ瞬間、再び画面が無数に開いた。
『網膜パターン登録』
『声紋登録』
『指紋登録』
『生体反応登録』
『認証完了』
『ようこそ』
『あなたが艦長です』
そして……
「おめでとうございます、新艦長! 僕がこの艦、ナデシコ級4番艦『シャクヤク』のメインコンピューター、『ダッシュ』です。よろしく!」
「な……」
しゃ、喋っただと!
なんだ、この艦は。
「よろしく、ダッシュ君。オペレーターの東八雲だ。とりあえず、ここから離れよう。今ここは攻撃にさらされている。いけるかな」
「もちろんです。サルタヒコ・コンタクト! 相転移エンジン、出力上昇! ディストーションフィールド形成、離脱後、出力最大にします!」
「舞歌、とりあえずその辺に座っていなさい。揺れるよ」
そしてこの艦……『シャクヤク』は、轟然とうなりを上げながら、急速上昇に入っていった。
ちなみに……『ワンマンオペレーション構想』とかの実験の意味もあり、オペレーターと艦長は兼任出来ると知ったのは、遙か後のことであった。
ハメましたね……兄さん。
>AKITO
プロトBは、エステとは段違いの速度で無限砲の発射地点へと向かっていった。
間に合わせとはいえ、やはりエステバリスとは桁違いの反応・運動能力を持つだけのことはある。格闘戦に限れば、ブラックサレナすら上回るのだ。
やがて行く手に、2体の巨大兵器が見えていた。
ダイマジンと、ダイテツジン……となれば相手は当然月臣と九十九だ。
案の定、すぐに以前と同じチャンネルで通信が入ってきた。
「ここから先には行かせん、テンカワアキト!」
「先に言っておこう。この作戦の成功失敗にかかわらず、ハルカミナト嬢とお前の妹は解放される。だがそう簡単には迎えに行かせんぞ!」
お前達らしいな、二人とも。だが……事は一刻を争う!
俺は二振りのDFSを抜きはなった。出力と制御系の関係で、ただの直刀というか木刀としてしか使えないが、ジンシリーズレベルでは触れるだけですべてを切り裂ける。
端から勝負にならなかった。
「ゆくぞ、ゲキガンパンチ!」
「ゲキガンビーム!」
ロケットパンチとグラビティブラストが、俺に向かって放たれる。だが、遅い!
「なにっ!」
「速いっ!」
俺はあっという間にダイテツジンの懐に潜り込み、相転移エンジンを避けて上半身をまっぷたつにする。返す刀でダイマジンに襲いかかり、再び四肢を切り飛ばす!
「な、なんと……」
「瞬殺とは……」
だが、時間がない。
俺は一気に無限砲の元へ向かった。
>GENICHIROU
「負けたな……九十九」
「ああ、完敗だ、元一朗」
俺はこの場から去る黒い機動兵器を見つめていた。
あの大きさでありながら、木連の英知を結集して生み出されたこの『ジンシリーズ』をほとんど瞬時に打ち倒す機動兵器。腕前以前に、基本性能が違いすぎた。
「なあ、九十九。ジンシリーズの発想は、間違っていたのか? ゲキガンガーを模したこの機体では、地球人達には勝てないというのか?」
弱気になった俺の言葉に、九十九はこう返してきた。
「いや……これは明らかに、敵を見間違えたせいだろう。ゲキガンガーの敵は、同じくらいの大きさのメカ獣だった。だが俺たちが敵対していたのは、よりサイズが小さく、素早く動ける相手だった。ゲキガンガーには、ああいう敵は出てこなかったからな。つまりは適材適所ということだ。いくらゲキガンガーが無敵でも、海中で戦う時にはウミガンガーに変形する。俺たちはそこで過ちを犯していたんだろう」
「なるほどな……俺たちはリクガンガーで空を飛ぼうとしていたわけか」
それではどんなに強くても意味がない。
「この先、我々はあの大きさであれに対抗出来る兵器を生み出す必要が本気で必要になるな。北辰殿のところで実験していたあの兵器群が、実用になればいいのだが」
その時、無限砲の近くから、強力な光が発生した。
「やられたな、元一朗」
やや落ち込んだ九十九の声がする。が、その時目的地点のドックの方でも、なにやら異変が起こった。
「なんだ、あれは!」
それは、ドックから、最後に撃ち出された弾をはじき飛ばして浮上する、敵新型戦艦の姿であった。
「破壊すら……出来なかったというのか!」
我々の任務は、完全に失敗したのだ。
だが、次の瞬間、我々は思わぬ驚きに包まれた。
「戦艦かんなづきに告ぐ! 我は東舞歌! 今行方不明だった兄とともに、こうして敵新型戦艦を拿捕して凱旋した! 搭乗員は直ちに帰還、我に合流せよ!」
「なんと、舞歌様が!」
「それに、今、兄とともに、といっていたぞ!」
「ということは……東司令、生きていたのか!」
一転して歓喜に包まれた我々は、脱出装置を起動して、一目散に『かんなづき』を目指した。
>RURI
私を初めとして、ナデシコの主要クルーが集まっていた退避先、防衛司令センター……ここが一番外部の情報が掴めるんです……は、開いた口がふさがらない人たちで一杯でした。
「な、なんだ、一体?」
そりゃあびっくりしたでしょう。まさか……シャクヤクが乗っ取られるだなんて……。
けど、この事件によって、私は世界の歴史が、決定的な分岐点を迎えたことに気がつきました。
この事件は、いくらなんでももみ消せません。戦艦一隻丸ごと強奪ともなれば。そして相手は名を名乗り、それどころか軍事的な作戦内容を、日本語で……そう、我々も使っている言語で話したのです。
この事実が明らかになった時点で、木星蜥蜴は、謎の異星人や無人兵器ではなくなってしまいます。すなわち……この時点で、無数の人物に、木連の存在が……その名は知らなくても、はっきりと敵対するものが『我々と同じ人類的存在』であることが認識されてしまうのです。それも軍だけでなく、一般社会に。
軍が情報管制を敷いても、どこまで隠しきれるでしょうか。
……多分無理ですね。というか、隠し切れたとしたらそっちの方が驚異です。
「どうなってるんだ、一体」
ウリバタケさんが、首をひねっています。
「おい……こりゃ一体……」
リョーコさん達も不安そうです。
そんな中、ユリカさんは、かすかに手を震わせつつも、アキトさんに通信を繋ぎました。
「こちらアキト。大変なことになったな」
アキトさんの声に、みんながアキトさんに視線を集中します。
「おい、アキト「静かにっ!」
行き場のない不安がアキトさんに向かいそうになったまさにその時、ユリカさんがみんなを止めました。
「アキト……最初の予定は?」
「敵戦艦に装着されていたマスドライバーは無事破壊した。あと、同時にさらわれていたミナトさん及びハルナとも合流に成功した」
そういうと同時にウィンドウが広がり、コックピットに押し込まれている、宇宙服姿の二人が写りました。
ですが、当然上がるべき喜びの声すら挙がりません。
そんな中、我慢しきれなくなった、リョーコさんの絶叫が、室内に響きわたりました。
「おいアキト! 一体これはどういう事なんだ! 説明しろ!」
続く声は挙がりませんでしたが、木連のことを知っている人たち以外は、皆同じ気持ちのようです。
説明、の一言が出た時点で思わず私はイネスさんの方を見てしまいましたが、さすがにこの場で説明をはじめようとはしませんでした。
一安心です。
しかし、その声を無視するように、ユリカさんがいいました。
「アキト……今そちらに、乗っ取られたシャクヤクが向かっているけど……撃墜、出来る?」
低く、張りつめた声。感情のかけらも入っていない、冷徹な響き。
ですが、今のユリカさんは、何か泣きたいのをこらえているような、そんな感じがしました。
部屋の中に、沈黙がおります。ですが、その沈黙はアキトさんではなく、別の人の声によって破られました。
「艦長、それは無理よ」
「……イネスさん?」
ふっと、張りつめていたものがゆるみます。
「アキト君も聞いて」
さっき説明出来なかった分の鬱憤を晴らすかのように、イネスさんは説明をはじめました。
「シャクヤクにはナデシコにも搭載予定だった強化ユニット、Yユニットが装着されているわ。これにより、現在シャクヤクが展開しているディストーションフィールドは、ナデシコの約4倍以上の強度がある。アキト君とDFSを以てしても、今のシャクヤクを落とそうとしたら、バーストモードを使用した上で、アキト君が以前使った奥義を使う必要があるわね。でも、残念なことに、今彼が乗っている『プロトB』は、その負荷に耐えられない。奥義を使ったら、乗っているミナトさん達ごと、どん、よ」
「そうですか……ではやむを得ません」
やむを得ない、という割には、少し声が明るくなったユリカさんが言います。
「その場所にいては、敵になったシャクヤクより攻撃を受ける可能性があります。すぐに帰還して、誘拐されていた両名の安全を確保してください」
「了解」
アキトさんは短く答えると、プロトBの進路をこちらのほうに向けました。
そしてユリカさんは、みんなに向かって言いました。
「すべての事情説明は、アキトが帰ってきてから行います」
その場にいた人は、一様にうなずきました。
>RYOKO
ナデシコの乗組員は、再び全員が未だ改装中のナデシコに戻ってきていた。
思わぬ敵の襲撃のせいで、ナデシコ自体も少しだが被害を受けたため、手が足りなくなったという事情もある。また、最悪の場合は応急処置だけで飛び出す羽目になるという可能性もある。
だが、本当の理由は、そんな事じゃなかった。オレを初めとして……みんなが知りたかったのだ。
この一連の事件は、一体どういう事なのか。
それを知ると思われる男……テンカワアキトに。
オレとヒカル、そしてイズミはみんなと一緒にブリッジのブリーフィングルームのところにいた。ブリッジの下側、作戦計画の打ち合わせをしたりするところだ。
ほかのみんなも一緒だ。メグミ、イツキ、加えてなぜかホウメイさんとサユリ達ホウメイガールズ……だが、サラやアリサ、そして無事救出されたミナトさんやハルナ、そして、やはり発見されたヤマダなんかはブリッジの上の方にいた。
その線引きが何を意味するか、オレは薄々分かっていた。
知ってたんだな、アリサ……。
そして俺たちは、じっとその中心にいるあいつ……テンカワを見つめていた。
「みんな、注目してくれ」
いわれなくても注目していたが、テンカワはまずそう言った。
「みんな、いろいろ不安に思っていると思う。ナデシコとここ月ドックに対する度重なる襲撃、そして『シャクヤク』の強奪……なぜこんな事が起きたかを、みんな知りたいんだと思う。そして俺は、これら一連の事件が、何者によって起こされたかを知っている。
まずはそれを明らかにしよう。俺たちに襲いかかってきた相手……それは、今まで俺たちが『木星蜥蜴』と呼んできた相手だ。だがそれは、彼らの本当の名前じゃあない。彼等は自分達をこう称している。
『木星圏ガニメデ・カリスト・エウロパ及び他衛星小惑星国家反地球共同連合体』……通称、『木連』と」
な、なんだあ?
俺は頭を思いっきりぶん殴られたような気がした。
長ったらしいところはともかく、そういう言い方をするっていうことは……
「それってつまり、あの人達は、私達と同じ、人間なんですね」
俺の横で、メグミのやつが、テンカワに掴みかかるみたいに声を張り上げて言った。
「そうだ」
テンカワの答えは簡潔だった。
「彼らはさかのぼること100年前、月で起きた独立抗争、その独立派の生き残りだ。公式の歴史では彼らは月で全滅したことになっている。だが実際は違った。彼らは相当数が、当時テラフォーミングの途中だった火星に逃げ込んだ。だが……当時の軍は、彼らに対し、核攻撃を実行した」
「え……」
「そんな……」
「核で確実に殲滅……」
俺は黙って隣のイズミを殴りつけた。いくらなんでもこんな時にダジャレなんか抜かすな。
「本当なの、それ……」
さっきの勢いはどこへやら、メグミが消え入りそうな声で聞く。
「事実だ。ただし、そのことを知っているのは、軍上層部の、ほんの一部だけだ」
答えたのは、オオサキ副提督だった。
「この事実は、軍内部でもかなりのレベルで秘匿されている。過去の汚点としてな。実際、難民と化した独立派に対するこの仕打ちだけでも、公開されたら当時の軍上層部の首が根こそぎ飛んだことは間違いあるまい。故に事実は秘匿された……だが、それでもなお、彼らは生き延びたらしい」
「その辺の詳しい事情は、俺とて知らない。だが、彼らは生き延び……そして木星にたどり着いた。そしてそこに、何とか生存の場を築いた。それが『木連』だ」
なんだよ、そりゃ……それが本当なら、元々の火種は、全部地球側にあるんじゃねえか。
でも……まてよ?
「おいテンカワ、じゃ、なんで奴等は木星蜥蜴……チューリップやらバッタやらをけしかけて来れたんだ?」
「おお、それそれ。相手が俺たちと同じって言うのなら、たかが100年足らずで、チューリップやらバッタやらが造れるようになったとは思えねえぞ。ましてや難民だったとなればよ」
ウリバタケも疑問をぶつけている。
するとテンカワのやつはこう答えた。
「その答えは簡単なことです……彼らは木星で見つけたんですよ。我々が火星で見つけたのと同じ、異星人の遺跡を。しかもそれは、『現役』だったんです」
なんだってえええっ!!
ブリッジ内は、そして中継のウィンドウ中から、一斉に悲鳴とも絶叫ともつかない声があがった。
「ウリバタケさん」
そしてテンカワは、ウリバタケに話しかける。
「疑問に思ったことはありませんか? このナデシコに使われている新技術と、木連の兵器との間にある、ある種の共通性を」
「ああ……ないとは言わないな」
ウリバタケはそう答えた。
「特に相転移エンジンなんぞは、コアの部分が全く一緒だ。まあ同じものだから似ていて当たり前とは思っていたが、そういう理由なら納得だな。全く……俺たちは、異星人の落とし物で戦争してたのかよ」
「まあ、そうとも言えます」
苦笑いしながら、アキトはそれを肯定した。
「彼らはそれを『プラント』と呼んでいます。相転移エンジンを始めとする、異星人の残した超巨大自動工場……それを利用することで、彼らは何とか生き延び、そして木星圏に人類国家を打ち立てたのです」
とんでもない話だった。だが、とんでもないのは、実はこの先だった。
「じゃあ、この戦いは、木連の人達が、地球へ復讐しに来たというわけなんですか?」
そう聞いたのはメグミだった。
「アキトさんの話を聞けば、その……木連の人がそう思っても無理はないです。でも、話し合う余地はなかったんですか? なんで戦争しなくちゃいけないんですか? 今からでも遅くないじゃないですか! アキトさんは、この事を知っていたんでしょ? なら、なんでもっと早く、そういう方に向けて頑張らなかったんですか! こんな言い方、卑怯かもしれないけど……アキトさんなら、出来たんじゃないですか!」
なんでメグミがムキになっているのかはよく分かんなかったが、同感ではあった。
だが、アキトの答えは。
「……遅かったんだ」
「え?」
メグミの目が丸くなる。
「俺も確証はない。だが、ほぼ間違いないと思う。彼らは火星に侵攻してきた。それは事実だ。だが、その発端は、決して過去の復讐だけじゃない。あの侵攻のきっかけは……あの侵攻の前、木連側からの謝罪要求を、地球側が拒絶……いや、無視したのが原因だと言うことだ」
「嘘……」
さすがにメグミが絶句した。
けど、次に起きたことには、オレすら絶句しかかった。
「いや、嘘じゃないぜ。少なくとも向こうは、そう信じている」
そういったのがテンカワなら、それは当たり前のことだっただろう。だが、それを言ったのは……ヤマダのやつだった。
「まずオレは、みんなに謝らなきゃならねえ」
アキトの代わりにみんなの前に出たヤマダは、そういって頭を下げた。いや、下げたなんてもんじゃねえ。その場で土下座をしやがった。
そして立ち上がったあと、額の汚れもそのままに、やつは言葉を続けた。
「詳しいわけはいろいろありすぎてこの場ではいえないが、みんなは俺そっくりの男が、あの襲撃の時に、ミナトさんを連れて脱出したのは知っていると思う。実はあれは……ある程度は打ち合わせ済みのことだった。あの俺そっくりだった男は、白鳥九十九。あのカワサキを襲った巨大ロボットのパイロットだった。いろいろあったんだが、結果として俺は、あいつをナデシコ内にかくまうことになった。ミナトさんの意見もあってな」
……? どういう意味だ?
「俺とミナトさんが一緒に自室に帰った時、あいつは俺の部屋に潜んでいた。そこであいつと俺は出会ったんだ。最初はとりあえず突き出そうと思ったんだが……」
「彼の話を聞いて、そうしたら彼の命が危ないって気がついたの」
そう言ったのは、ミナトさんだった。
「今みんなもこうして事実を聞いて、衝撃を受けていると思う。あたしも彼からこの話を聞いてびっくりしたわ。そして、思ったの。彼の話は、嘘をついているにしてはできすぎている。筋が通りすぎているの。だとしたら、彼を軍に引き渡した場合、どうなったと思う? 特にメグミちゃん、あなたに聞きたいわ」
「え? わたし?」
いきなり話を振られてメグミのやつ、慌ててやがる。それでも、腹を据えて答え始めた。
「それってやっぱり、戦時中ということで、捕虜になるんじゃないですか?」
しかしミナトさんは黙って首を横に振った。
「ねえメグミちゃん、よく考えてみて。その時点であたし達は、誰も木星蜥蜴が本当は『木連』って言う、私達の遠い同胞だって事を知らなかったのよ。それはなぜ? 軍の上層部は、木連からの要求を受け取っているのよ。なのに誰もそのことを、戦っている人たちは知らない……これはどういう事だと思う?」
「あっ!」
さすがに頭を使うのが下手な俺にだって分かったぜ。そんな状況で、軍が生き証人をそのままにしとくわきゃねえじゃんか。
「それで、ですか?」
「そう。失礼な言い方ですけど、この件に関しては、とにかく誰にも知られたくなかったんです。もし誰かの口から、白鳥さんの存在がばれたら、彼は確実に抹殺されてしまいます。そして下手をすれば……ナデシコも」
うげ……そりゃ有り得そうだな。
「まあ、実のところ、俺や提督は、テンカワから話を聞いていたから、話してくれても何とかしたとは思うけどな。あの、北辰とか言う男の襲撃がなければ、もっと平和的な手段で片が付いたはずだ」
オオサキ副提督が、そう補足した。ミナトさんも、続きを話し始める。
「白鳥さん自身も、あの襲撃は意外だったそうです。あれがなければ、私はあの時、白鳥さんにヤマダさんの振りをさせて一緒にあの場を離れ、あとで私だけ戻ってくるつもりでした」
「で、俺が『あれは俺の偽物だ』って言う予定だったんだがな。ま、なんか知らんが予定が狂って、俺は出るに出られなくなっちまった。この件についても改めて謝る」
もう一回ヤマダのやつは土下座しやがった。一回でいいって、そういうのは。
けど……なんだよ、そりゃ。それじゃあ……
「それじゃあ、悪いのは全部地球の方じゃないですか!」
メグミのやつが絶叫していた。全く持って同感。あいつが叫ばなきゃ、俺が先に叫んでるところだぜ。
そしてアキトが言った。
「そう……この戦争の根本的な火種は、元を質せば地球側の対応のまずさが原因だ。だが、木連の側も早まってしまった。そう、チューリップとバッタたち……これもまたプラントの産物なんだが、無人兵器による無差別攻撃をこちらに仕掛けてしまった。地球圏の無視と拒絶に対して、ついに堪忍袋の緒が切れたって事だったんだが、結果的にこれはまずかった。この無差別攻撃によって、民間人にも大きな被害が出た。結果、木連側も、自分たちが被害者であるという、最大の大義名分を失うことになってしまったんだ」
そこで一息入れ、じっとみんなの方を……俺たちと、ウィンドウの中の人達を見渡した。
「片や踏みにじられ、無視された人たち。片や血も涙もない無差別攻撃によって虐殺された人たち。事はもはや話し合いだけではすまないところに突入してしまっている。そしてこれは他人事じゃない。政治家達の問題でも、軍人達の問題でもない。地球人全員と、木連の人間全員の問題だ。そう……この戦いは、すでに『俺達の戦争』になってしまっている、ということだ」
『俺達の戦争』……その言葉が、ずしりと両肩にのしかかってきたような気がした。
「この戦いには、正義なんて言うものはもうどこにもない。お互いが生きるために、生き延びるために殺し合っている。その必要なんか、どこにもないのにな。この世でもっとも真剣で、もっともばかげた戦いだ。だからみんなに問いたい。この戦い、進むも引くも地獄になる。一連の襲撃で気がついた人もいるかもしれないと思うが、木連側は、今までは無人兵器しか送れなかった。しかしついに、人間を前線に送れるようになった。つまり、これからの戦い……相手は人間になる。このまま戦いに出ると言うことは、人間同士の戦いになるということだ。そして俺は……この戦い、なんとしてもやめさせたいと思っている」
そうか……テンカワ。それが、お前の言いたかったことか。
俺は、思わず拳を握りしめていた。
「……だが、それが正しいかどうかは、俺にも分からない。何が正解なのかは、俺が決める事じゃない。極端な話、木連を全滅に追い込み、相手の持つプラントを接収するというのも、地球の戦略としては、ある意味では正解なんだ。ひょっとしたら、残酷非情の一言では言い切れない、俺の知らない大きな理由がある可能性だって存在するんだ。
だから、問いたい。俺たちは、どうするかを。ナデシコは今、連合軍に所属している。つまり、この先否応なく、木連軍と戦わなければならない立場にいる。だが、戦う相手が単なる無人兵器から、明確な意志と誇りを持った『木連軍』に変わる今、みんなには『人殺し』を拒否する権利があると思う……俺たちはある意味、無理矢理軍人にされた人間だ。軍が何と言おうと、これだけは主張出来る権利だと信じたい。幸い今なら、この場でナデシコを降りることが出来る。理屈なんか何とでもなる。襲撃の際の負傷でも何でも。でも、逆に言えば今だけだ。今この時を除いて、おそらくこの先は、ナデシコから下りることは出来なくなる。次にナデシコが飛び立つ時、ナデシコに乗っていた人間は、『人殺し』になることを覚悟したと取らざるを得ない」
アキトは本気だった。戦争を止める……といったところで、相手が止まらなきゃ意味がない。出る杭をうちながら、辛抱強く対話の機会を待つしかない。
それに、もし連合軍が、木星蜥蜴の……木連の『殲滅』を決意したとしたら、背後すら敵になるかもしれない。少なくともアキトはその気なんだろう。
「そして、さらに問いたい。俺は戦争をやめたいと思っている。だが、それは本当に合っているのか? さっきも言ったが、連合軍は木連の殲滅を決定するかもしれない。もしそうなったら、戦争を止めようとする行為は反逆になる。そして俺には、みんなに反逆者になれという権利はない。それに、クルーの中には、親兄弟を木連に殺された人だっているかもしれない……その人達が木連の殲滅を望んだとしても、俺にそれを責める権利などどこにもない。だから、よく考えて欲しい。これからどうするかを。そして、自分は『どうしたい』のかを。時間はあまり無い。ナデシコの改修が終わるのは、2日後の予定だ。その時までに、決断して欲しい。
これが……俺の言いたかったことだ」
艦内は、しん、と静まりかえってしまった。
そしてアキトと、おそらくアキトについていくことを決意している人たち……艦長、提督、副提督、ルリちゃん、ハーリー、ラピス、サラ、アリサ……そういった人たちが、ブリッジを離れていった。
「どうする……? リョーコは」
ヒカルのやつが、俺の顔をのぞき込んできた。
「びっくりだよね〜。なんかあるとは思ってたけど。けどアキト君、どっからあんなすごいネタ仕入れてたのかな。まあ、この際おいといてもいいけど」
「わりい……今すぐには考えがまとまんねえ」
正直に答えると、ヒカルのやつはさもありなんとでも言いたげに首を縦に振った。
「ま、みんないろいろだろうしね。あたしとしては殺し合いはいやだけど……アキト君の力にはなりたいね。こんな戦争、さっさと終わらせたいもん。でも……裏は複雑そうだよね」
ヒカルは言うだけ言うと、俺のそばから離れていった。
まあ、じっくり考えるか。
俺はそう思っていた。だが……現実って言う奴は、相当意地が悪いらしい。
さっき出て行ったはずの艦長一同が、なぜか泡食って引き返してきた。
ルリちゃんがオペレーターシートに座り、いくつものウィンドウを立ち上げる。サラの奴も呆けてるメグミをどかして、あちこちと通信を繋ぎはじめた。
「おい、なんなんだ一体!」
返ってきたのは、こんな言葉だった。
「今情報が入ってきたんですけど……シャクヤクを追跡する準備をしていた、月軌道上の連合軍分遣艦隊が、全滅したらしいです」
「ええ〜〜〜〜っ!」
「本当ですかっ!」
ヒカルは素っ頓狂な声を上げ、イツキは真顔になる。
「やったのはシャクヤクなのかっ!」
俺がそう聞くと、ルリちゃんは冷静に答えた。
「いえ、時間的に考えても、それは有り得ません。また、いくらシャクヤクが最新鋭艦でも、戦闘能力はナデシコと互角……いくらなんでもこんな急に全滅の一報が入るわけありません」
そ、そうか……ちとあせったぜ。
だけれども、ルリちゃんの顔は浮かなかった。
「今アキトさんが調査に出ています……一番近いのはあたし達ですから。こんな時ナデシコが飛べないのは、なんだか悔しいです」
「ああ……同感だぜ」
俺たちの0Gフレームも、今は手元にない。また、有ったとしてもエネルギーが持たない。
ナデシコが飛べない以上は、同じ事だった。
そして、アキトの奴を待っていたのは、そんな俺たちの想像をぶっ飛ばすほど、とんでもない事態だった。
現実って言うのは、どこまでドラマチックに出来ていやがるんだい、全く。