再び・時の流れに
〜〜〜私が私であるために〜〜〜
第18話 水の音は『嵐』の音……〜そのとき、歴史は動いたのです〜……その5
「そろそろ時間たいね」
そういわれて私が自分の時計を見ると、確かにそろそろ一時集合の時間でした。
特に何もなければ、昼食くらいはみんなで一緒に取ろうという、舞歌様のお言葉があったので、昼になったら街の中央で一旦集まろうという事になっていました。
私は一緒にいた三姫さんに向かって、小さく頷きました。
私は天津京子、今は地球の人に混じっていますが、れっきとした木連の人間です。
私たちが着くと同時に、反対の方から舞歌様達もやってきました。これで全員そろったわけですね。
「で、どこで食事をしますか?」
私がそういうと、舞歌様はにこりともにやりともつかない、微妙な笑みを浮かべて言いました。
「向こうの方にちょっと興味を引かれる店があったわ。うまいかどうかは判らないが、地元ではまあ食べられないたぐいの料理なのは確かでしょう」
そしてその場に行ってみると、そこには『漆黒の戦神ピザ・大好評』と書かれた看板が掛かっていました。
「なるほどな……」
万葉さんがやや苦虫を潰したような顔で言います。
「こちらでは大人気らしいからな、あの男は。昨日の茶番には少し呆れたが」
「まあ、いいじゃない。兄の話だと、あの男、あれだけの腕前でありながら本職は料理人だと言い張るようなやつらしいし」
「ずいぶんと腑抜けているな」
「まあまあ」
やや不機嫌そうな万葉を、舞歌様がなだめています。
万葉は武人気質ですから、そういうのは納得できないのでしょう。
私はそういうのもありかとは思いますけど。
でも、漆黒の戦神が料理上手なのは、結構有名な話らしいですね。
私たちの耳にも入るくらいですから。
さて、その名を冠した料理、私たちも試させていただきますか。
>RURI
なんか予想外の事だらけで、どっと疲れちゃいました。
とりあえずこうしてピースランドには戻ってきましたけど、これ以上心労は負いたくないですね。
「ね、お昼どうする?」
ハルナさんはのんきなものです。アキトさんは、まあ何とか持ち直しているみたいですけど。
「うーん、昼飯か。ここじゃ作るっていうわけにも行かないしな。かといってルリちゃんと一緒にご家族とっていうわけにも行かないし」
……私も昼食までは、ちょっと。朝のあの母の様子では、ちょっと危険なものを感じてしまいますし。
「どっか食べに行く?」
「その方がいいか」
アキトさんも頷きました。私もそんな気分です。
で、私が首を縦に振ると、ハルナさんは言いました。
「んじゃ、ちょっと着替えだね、2人とも」
はて?
「なんでだ?」
アキトさんもそういいます。するとハルナさんは、呆れたように私たちの方を見て言いました。
「全く。2人ともここじゃ超のつく有名人でしょうに。そのまんまの格好で町中出てったら囲まれるよ」
「……」
「……」
うっかりしていました。情けないですが、確かに今の私たちは有名人です。
「まあお兄ちゃんはサングラス掛けとく程度で十分かな? ルリちゃんもサングラスでも掛けて、後髪型を変えるだけでもだいぶイメージ変わるよ」
そんなもんなのでしょうか。
「後は着るものだね。ちょっとイメージ変えるだけで、ま、気づかれないでしょ」
そして30分後。
そこにいたのはヤンキーなお兄さんと不良娘2人でした。
全員おそろいのサングラス(妙に幅の細いもの)、アキトさんは焦げ茶色の革ジャンと同じ色のズボン、ハルナさんはふわふわの長い髪をくるくるとまとめて結い上げ、そこに何故かかんざしをぶっ違いに挿し、穴を開けまくった上にシールを貼りまくったツナギの作業服と、まるでセンスのかけらもない姿。逆に私はスパンコールの入ったワイヤー入りスカートとブラウス。一見サイケデリックなのに、サングラスをして髪を下ろし、根本のあたりを大きな蝶結びのリボンで止めてある今の格好は、まとまると何故か小粋なリトルギャングに見えてしまいます。
アクセサリーにおもちゃのサブマシンガンが欲しくなりそうです。
そしてとどめにびっくりしたのが、こんなめちゃくちゃな3人なのに、3人がそろうと何故か妙にしっくり来るんです。
ついでに言うなら、ナデシコのみんなが見ても、たぶん私たちだとは気がつきません。
変装としては、よくできていると思います。ていうか、普通の人は近づかない気もしますが。
「よし、じゃ、いこっ! お兄ちゃん、ルリちゃん!」
ハルナさんの号令一下、私たちは未だお祭りの雰囲気の残る町中に繰り出しました。
ちなみに意外に思った事が一つ。
この街の中だと、大して目立たないんですね、この格好。
>AKITO
「この店なんだよね、気になってたの」
そういってハルナが俺たちを引っ張っていった店は、前回の思い出も濃い『あの』イタリアンレストランだった。
しかもそこには、『漆黒の戦神ピザ・大好評』という看板まで出ている。
ある意味いい度胸だ。
まあ、今度同じことになっても返り討ちにするくらいの腕は身につけたつもりだが、今更大人げない気もする。
とりあえず店に入ってみる。店内は意外に混んでいた。
全体的に女性客の方が多いような気がするが、そう感じるのは奥の一角を占拠している女性の集団のせいかもしれない。
やけに美人揃いであった。
ちょっと気にはなったが、変に誤解されるのもいやなので俺は座れそうな場所がないか周りを見回した。
空いていたのはカウンターだけ(それも前回と同じ位置)だった。俺を真ん中に、ルリちゃんとハルナも座る。
「へい、どうだいお客さん。あんたたちも名物の戦神ピザ行ってみるかい?」
「じゃ、それ3つ」
どうせ不味いんだろうとは思いつつ、俺は俺のあだ名を無断借用している便乗商品を頼んだ。俺の名前はあくまでも『異名』であり、俺自身がそれでなにがしかの利益を得ていない以上、こういう名前を使われても俺が文句を言う筋合いではない。
そう思っているうちに問題の料理が来た。
目の前にあったのはただのミックスピザだった。
「これのどこが戦神なんでしょう」
俺の隣でルリちゃんが小声で言った。
「さあ……」
俺に判るはずもない。とりあえず一切れ口にして、俺の心の中はやっぱりとがっかりに満たされた。
前と同じ味だった。
ルリちゃんも同じことを考えていたようだ。サングラスで隠されているにもかかわらず、その目が語っていた。
俺はちらりと反対側を見た。
俺たちが一切れ食っている間に、ハルナはすでに一枚平らげていた。
相も変わらず、大食いの上早食いである。
そして一言。
「まずい」
そのとたん、キッチンの中が、懐かしい殺気に満たされた。
「歴史って、繰り返すんでしょうか」
俺はこう答えた。
「いや、結末は違うだろ、いくら何でも」
>MAIKA
「まずい」
その声に私はそちらの方を見た。
どこか懐かしい声のような気がしたのだ。
見るとカウンターの方で、どことなくいかれた格好の3人組が、店主に意見しているようであった。
「やはり、この料理、あまり上手じゃなかったんですね」
京子がそう言った。
同感だ。我々の舌に馴染みのない料理であったので、こういうものかとも思っていたのだが、どうやらそれ以前の問題だったようだ。
もっとも木連では出てきた料理を残すなどというはしたない真似はしない。たとえ味が今ひとつであっても、それは貴重な食料なのだ。木連の食料が不足しているわけではないが、無駄に出来るほど余裕があるわけでもない。自然の恵みとは無縁の木星圏においては、何一つとして無駄に出来るものはないのだ。
と、物騒な事に、ここは食堂であるにもかかわらず、戦場のような殺気が漂いはじめた。
「おい、因縁つける気か? 今大評判の俺の料理に」
「うん。まずいものはまずいし」
あっさりとそういう女性。
「香辛料のバランスが悪いし、質もいまいち。けど何より、焼いている人間の腕がまずい」
「なんだとうっ!」
曲がりなりにも本職を謳う者がそう言われたら、まあ怒るであろう。
だがたぶん、傾いた姿の女性のいう事の方が正しいのであろう。
私はそう思って、眼前の寸劇を眺めていた。
「このアマっ!」
料理人ともあろう者が、ヤクザ者のように女性の首をつかむ。
だが黒眼鏡を掛けた女性は動じることなく、男の目の前に人差し指を立てた手を突き出した。
「一週間だ」
「なんだぁ?」
「一週間待て。おまえに本物のピザを食べさせてやろう」
男性の口調でいう女性。どことなく偉そうな台詞だが、どこか芝居がかっている。
「なにぃっ!」
「と、言いたいところだけど」
女性は店主の顔の前で、人差し指を振った。
「あたしたちそんなに長居するわけじゃないから、今この場でいいわ。同じ材料で、少なくともこれよりおいしいピザを作れるよ、あたし」
店主の顔が真っ赤になった。
「おうっ! よく言った! なら作って見せろ!」
「望むところよ」
女性はそう言うとカウンターの中へ入り、手を洗っている。
そして奥の方から材料をいくつか見繕ってきた。
「練りもなってないし、ネタも二流品ばっかりね。ま、でも何とかなるか」
そう言いつつ生地をこね直し、形を整えてその上にソースを塗り、具を載せた。
「問題点その一。具の量と味付けが下手」
そう言いつつ、出来た物を竃に入れる。
「おまけに焼き具合が今ひとつなのよね」
じりじりという音とともに、同じくじりじりとした緊張感が高まっていく。
いつの間にか店中の客が注目する中、女性は竃からピザを取り出した。
手早くそれを12等分する。
そのうち5つを店主とほか4人いた料理人に、2つを連れの前に、そして残った分を他の客のうち、同じものを食べていた客の前に出した。
ちなみに私のところにも2切れ置かれている。
「さ、食べてご覧なさいな」
その言葉に、ピザを目の前にした面子がそろって口を開く。
次の瞬間。
「「「「「「「「うまい〜〜〜〜」」」」」」」」
店内は歓喜の声に包まれた。
恥ずかしながら私もだった。
「そんなにおいしいんですか?」
そう聞いてくる千沙に、私は残りのピザを等分する。
「語るより食べた方が早いわ」
みんながそれを口にした次の瞬間、ハッキリと全員の顔色が変わった。
「うそ、全然別物じゃないですか!」
「むう、これはうまい」
「ほんにウマか……」
「なんかめちゃくちゃおいしいっ!」
「さっきのとは大違い……」
「おみやげにしてあげたいな……」
みんな同じか。という事は、やはりこの店の店主は、料理が下手なのであろう。
一方、店主とその弟子らしき4人は、見事に固まっていた。
「どう、まだ何か言葉がある?」
「ぐっ……」
店主は言葉に詰まっていた。
その脇から、
「マスター!」
「親方!」
「師匠!」
「先生!」
口々に声を掛けていた。
女性の方に。
>RURI
さすがはハルナさん、とでも言いますか……
同じ材料で、どうしてこうも違う味になるんでしょうか。
「仮にも『漆黒の戦神』の名を冠した料理を作るなら、せめてこのくらいはやりなさいよ」
「くそっ、俺だって料理人の端くれだ! 負けた負けた負けた!」
あの横暴な店主さんも、さすがにここまで差を見せつけられると、暴力に訴える気もないようです。
「じゃ、一つ命令していいかな?」
はて、何をさせる気なんでしょう。
「……何をしろと?」
床に座ったまま、ねめつけるように見上げる店主さん。
それくらいの事には動じもせず、ハルナさんは言いました。
「レシピと手順は教えてあげるから、あなたの手でこれくらいは焼けるようになりな! というわけで今から特訓! 拒否してもいいけど、出来なきゃたぶん明日っから客来ないよ、この店」
「うう……判ったよ! やりゃあいいんだろ、やりゃあ!」
「ちなみに試作品は責任を持ってあたしが食べてあげるから」
そして私たちの目の前で、店主さんがしごかれています。
ほかのお客さんも何故か大笑い。特に奥にいる7人組の美人さんたちが……え?
私は慌てて目をそらすと、小声でアキトさんに話しかけました。
「アキトさん……あの、後ろにいる美人さんの集まり」
「どうかしたの?」
そう言えばアキトさんはあまり見てませんでしたね。たしか一度だけのはず。
ですけど私はもっと見ています。
「あの中の1人……以前ナデシコの男の人を蹴散らした、あの女の人ですよ。ほら、クラウドさんがあの放送したとき、隣にいた……東、舞歌さん」
「いっ」
さすがにぎょっとして、ちらりと後ろを見ます。
そしてまた前を向くと、小さくため息をつきました。
「確かに……でもなんでこんなところにいるんだ?」
「そう言えばクラウドさんも招待されていましたけど、来るのは名代の人だとか。だとしたらそれが妹の舞歌さんであるのは不自然な事ではありません」
「何となく判った」
目の前ではおしおきパフォーマンスが続いています。
結局店主さんとお弟子さんたちが合格点をもらったのは、2時間後の事でした。
その間焼かれたピザの山は、全部ハルナさんのおなかの中へ。
もちろん、全部ただでした。
>RURI
「ま、これでいくらかましになるでしょ」
お店を出た後、ハルナさんは私たちにそう言いました。
「しかし物好きな」
「だって、仮にもお兄ちゃんのあだ名が付いている料理がまずいなんてやだったんだもん」
呆れるアキトさんに、ハルナさんがそう言い返します。
あ、アキトさん、照れてる。
ちょっといいものを見た気分になってしまいました。
そのときでした。
「確かにおいしかったわ、ハルナさん」
私は思わずぎょっとしてしまいました。
後ろを振り向くと、そこには7人の美女達がこちらを見ていました。
アキトさんもちょっとびっくりしています。
しかし呼ばれたハルナさんは、振り向きもせずに言いました。
「どういたしまして、舞歌さん。ちょっと場所を変えませんか?」
そのまますたすたと歩いていってしまいます。
「おい、ちょっと待て、ハルナ」
私達は慌ててハルナさんを追いかけました。
更に後ろの人たちも。
ハルナさんは後ろでどたばたする私たちを無視して、そこそこにぎやかそうなお店に入っていきました。
ファーストフードのお店ですね。
私たちが中にはいると、奥の一角を彼女が占拠していました。
「おい、どういう気だ」
アキトさんが真っ先に奥へ行き、ハルナさんに詰め寄ります。
「どういう気って?」
「どうもこうもあるか」
珍しいですね。アキトさんが混乱しています……あ。
ハルナさんがまた何かよからぬことを企んだ、とでも思ったんでしょうか。
確かにハルナさんには、そう言う面が少なからずあります。
決して私たちに悪い事をしたりはしないんですけどね。
でも今回のは関係ない、と私は思っています。
あちらの様子からしても、今回出会ったのはたぶん偶然だと思いますし。
「ね……ひょっとして何か企んだとでも思ってる?」
「おまえならやりかねん」
「あ、ひどい」
さすがにハルナさんもふくれています。
と、そんな事をしているうちに、舞歌さんたちは周りに座ってしまいました。
私も含めて美女・美少女9人の中に男性1人。アキトさんも遅ればせながらそのことに気がついたようです。
ちょっと不機嫌そうにしながらも、隅の方に腰を下ろしました。
「けど、よく判ったね。一応すぐには判らないように変装はしたつもりだったけど」
「確かにね。最初は全然気がつかなかったわ」
舞歌さんがそう答えます。
「けどね、料理を作るとき、その黒眼鏡を外したでしょ? それで判ったわ。ほかの格好はどうでも、その目だけは、たとえ色を変えたとしてもごまかせないわ」
「で、私が誰かに気がつけば、後は芋づる式に、か」
「そう言う事」
なるほど、納得です。ナデシコで彼女をかくまったの、ハルナさんですものね。隠し場所は、今考えてみればたぶんお兄さんのところだったんでしょうけど。
「でもまさかこんな場所で会えるとは思っていなかったけど、会えたからにはいろいろ話もしたかったのよ。どうせ今夜の舞踏会やその後でいくらでも話す機会はあるでしょうけど、他人の目を気にせずに話が出来る機会はそうないわ」
「それはそうですけど、だとするとここでもまずかったかな?」
?
どういうことですか、ハルナさん。
「あたしも誤算。お兄ちゃん、注目されまくり」
「なんで俺が?」
あ、そう言う事ですか。確かに注目されますね。
「そりゃそうでしょ、こんだけ美人を引き連れてたら」
「……もう一度場所を変えるか?」
「そうするしかないね。でもちょっと待っててね」
そこに来たのは、20人分は軽くありそうなハンバーガーやらポテトの山。
私たちも一応少し食べましたけど、ほとんどあっという間にハルナさんのおなかの中に消えていきました。
「……どこに入っているのだ?」
ちょっと堅物そうな人が、不思議そうに言いました。
すみません。それはナデシコ七不思議の一つなんです。
結局のところ、この人数でうろうろしているとどうしても目立つという事で、少し人数を減らす事にしました。
私たちにあわせてあちらからも3人。舞歌さんと、副官をしているという各務千沙さん、そして護衛役の御剣万葉さんが、私たちと一緒に動く事になりました。
「けど、落ち着いて話の出来る場所はあるのか?」
そう聞く万葉さんに、ハルナさんは答えました。
「まあ、ある事はあるよ。あんまり教えたくはないんだけど。旧悪をばらすような話だし」
「それは是非とも知りたいな」
あ、アキトさん、ちょっと怒っています。
じっさい、私も少し気にはなっています。どこでそんな都合のいい場所を知ったんでしょう。
そんなハルナさんが案内したのは、一軒の酒場でした。
>AKITO
「ここで間違いないはずなんだけど」
そう言ってハルナは扉を開けた。
中には開店準備をしている老人が1人。
「まだちょっと早いぞ。それにここはおまえさんみたいな若い娘の来るところじゃねえ」
ある意味当然の反応だ。
だがハルナは、不敵そうな笑いを浮かべ、こう言った。
「それはないでしょ。もしピースランドに来たらいつでも来い、って言ったのはそっちじゃない、『クックロビン』」
「なにっ! じゃ、おまえが『HRN』なのか!」
頷くハルナ。
そのとたん、老人はゆっくりと頭を下げた。
「そりゃ悪かった。てっきりHRNは男だと思ってたんでな。まさかこんな若くて美人の女の子だとは思ってもいなかったわい。だとしたらずいぶんと失礼な事も言っとったんじゃのう、ハハハハハ」
「それはいいよ。HRNの名前の時は男に見えるように通していたからね。リアルで会ってるのって、ほんの数人だけだし。みんなびっくりしてたよ」
「そうじゃろ、そうじゃろ」
俺には訳が判らなかった。
「ルリちゃん、判るかい? あれ」
「何となくですけど」
そう言うとルリちゃんは、意外そうな目で老人の方を見ていた。
「あの人、たぶん見た目によらずネットオタクです。それもかなりディープな」
なるほど。そっちの線の知り合いか。なら会った事無いのも判る。
「でね、ちょっと人目につかないところでのんびりしたいの。そう言う場所あるかな」
「ある事はあるが、なんでそんなに神経を使うんじゃ」
「お兄ちゃん、ルリちゃん、メガネ取って」
ハルナが俺とルリちゃんの方を見てそう言う。なるほど、そう言う事か。
ルリちゃんにも通じたようだ。黙ってサングラスを外し、ついでに髪もまとめ直している。
それで十分だった。
「あ、あんたたちは……判った。まかせとけ」
そして老人は俺たちを二階の個室に案内した。
「飲み物はいるかね」
「もったいないんだけど、ノンアルコールのジュースを人数分お願い。時間が出来て、もう少し大人になったら、そのときこそ秘蔵のコレクションを拝ませてもらうわ」
「ああ、いいとも。アレはあんたに助けてもらったようなもんじゃからな、はっはっはっ」
そう言いつつ、店主は下に降りていった。
とりあえずほかのみんなも腰を下ろしたのを見て、俺はハルナにそっと聞く。
「どういう知り合いなんだ?」
「ん、あの人がネット詐欺に遭ったのを逆襲してあげたの。こっちはお遊びだったんだけど、ずいぶんと感謝されて」
そういう事か。なら、気にするほどの事でもないか。
少しして人数分のジュース類が届いた。
「安心しな。この部屋は見た目より防諜施設はしっかりしとる。まあ、お姫様と英雄のお忍びに興味がないって言ったら嘘になるが、恩人を裏切るような真似はしないよ」
そういって彼は、ジュースと一緒に鍵を一つ置いていった。
「この部屋の鍵だ。予備はねぇ。ただ、なんかあっても駆けつけられねえからな。ま、そんな事もあるまいが」
「さんきゅ。気持ちはありがたく受け取っておくわ」
ハルナがそういって鍵を取り上げる。それを見届けると、彼は部屋を後にした。
「ま、心遣いは受け取っておきますか」
そう言ったものの、鍵を掛けようとはしない。
俺たちも別に気にはしなかった。
「さて、これで少しはのんびり出来そうね」
東舞歌、優人部隊副司令の名を持つ女性は、俺たちの方を見て、そう言った。
>CHISA
舞歌様の宣言に、相手方の雰囲気が少しだけ緊張したのを感じました。
目の前にいるのは、舞歌様以上に八雲様の恐れている『ナデシコ』の重鎮3名。
漆黒の戦神とあだ名される敵軍最強の戦士、テンカワアキト。
ナデシコの中枢を握る少女、ホシノルリ。
そしてテンカワアキトの妹にして、八雲様が要注意人物と語る、テンカワハルナ。
このような場でなければ、万葉あたりは後々汚名を受けようとも、目の前の3人を殺してしまいたいと思うかも知れません。
私はこういうのはどちらかというと苦手な方ですが、何となく万葉から、押さえきれない殺気のようなものがあふれてくるのを感じます。
「落ち着きなさい、万葉。気持ちは判りますが」
さすがに舞歌様も気がついていたみたいです。万葉の肩の力がその言葉で抜けました。
「ま、確かにね。ここで喧嘩して双方全滅しても、損得勘定は木連の側が圧倒的に黒字だものね。でも、たぶんあなたじゃ無理だよ」
ハルナさんがさらりとそんなことを言います。
「ま、命懸けになればお兄ちゃんと互角の勝負は出来るかも知れないけど、殺し損なったが最後、たぶんお兄ちゃん容赦しなくなるよ。で、お兄ちゃんが何かを守る事を捨てたら、出てくるのは最強最悪のテロリストと化した『漆黒の戦神』ね。そうなったら誰の手にも負えないよ」
「それは困る」
舞歌様はほほえみすら浮かべて言います。
「兄上は和平の方向をお望みだ。それに反する行為は慎まねばな」
「兄上は、という事は、木連全体ではその方向にないという事ですか?」
そこにホシノさんが鋭い意見を挟んできます。
「おっと、これは迂闊な事を言ってしまったかしら」
舞歌様は、少しおどけた様子で言いました。
傍らの飲み物を口に含み、喉を潤してからそれに答えます。
「おおかたそちらでも予想済みなんでしょ? 兄上はともかく、木連側の上層部は、今の時点で和平を呑むつもりはないわ」
「ああ、それはこちらでもそう思っている」
テンカワ氏は重々しい声で答えました。私はそこに、いくばくかの苦悩のようなものを感じて、少し驚きました。
「極端な事を言えば、この戦い、地球側の上層部が過去の非を認め、和解の道を探れば本来あっさり片が付くはずの問題なんだ。嫌な言い方だが、かつてそれを行ったのは自分たちの前任者であって自分たちそのものというわけじゃない。責任を前任者におっかぶせて、自分たちは『不本意ではあるが』と断った上で一旦譲歩したとしても、本人の経歴にはそれほど傷は付かない。事こうなった以上、そうやって一旦引いたとしても、後の選挙その他で巻き返す事は十分に可能だろう。その事で戦争自体が終結すれば、一般市民はむしろ『潔い行為』として認める可能性も高いし、そう世論を誘導する事も不可能ではない」
「だが、現実にはそうはならない、という事だな」
舞歌様は、鋭くそう言いました。
「実は兄上から、一つおまえたちに聞きたい事があると言付かっている」
テンカワ氏とホシノさんの顔が、ぴくりと動きました。ハルナさんはそのまま平然としています。
私はそこに、彼らの間にある微妙な温度差のようなものを感じました。
「兄上はこうおっしゃっていた。あなた方は、この戦いの本当の目的、我らには知らされていない、この戦争の本当の目的を知っているのではないか、と」
「えっ!」
思わず声が出てしまいました。万葉さんもあんぐりと口を開けています。
向こう側ではホシノさんも、そしてテンカワ氏も驚いていました。
やはりというか何故かというか、ハルナさんだけは驚いていませんでしたけど。
「あっちゃ〜。やっばり気づいてたか、八雲さん」
そんな軽口を交わす余裕さえあるようでした。
「お兄ちゃん、どうする?」
ハルナさんがそう言います。
「たぶんね、気がついていると思うよ、八雲さんなら。確証はないだろうけど、あれだけの頭脳の持ち主だもの、この戦いの鍵がどこにあるかぐらい、先刻ご承知だと思うけど」
「そう思うのか? おまえは」
テンカワ氏は、何かを見定めるような醒めた目つきで、自分の妹の事を見ていました。
「うん。ていうか、気づかないわけがないよ。あの人はあたしたちともあれだけ一緒に行動してたんだし」
「そうか……」
「それにね、信用できると思うよ、この人たちは」
ハルナさんは、私たちの方を見て言います。
「この人たちは、何が自分たちの利益になる事か、しっかり判ってる。大丈夫だよ、伝えても。ルリちゃんにはどう見える?」
「えっ? 私、ですか?」
いきなり話題を振られて、ちょっとお姫様は慌てています。
「そうですね……」
少し考えながら、私たちの方をじっと見つめてきます。
「はっきりとは判りませんけど、悪い人たちには見えないですね」
「ん、OK」
ハルナさんは小さく頷くと、テンカワ氏の方を見ました。
「そうだな……あの人なら、これを伝えても悪いようにはしないか」
そう言うと、私たちの方を、圧力すら感じさせるほど強い目で見つめてきました。
「舞歌さん、あなたは、この戦いの焦点は、どこにあると思っていますか?」
「うむ……平和裡に終わるなら、互いの信頼。戦いによる決着なら、どちらかの抵抗力の喪失、だな」
「その通りです」
テンカワ氏は、首を縦に振りました。
「現状では地球側はまだしも、木連側がこちらを信頼できるとはとうてい思えない。せっかくピースランドがお膳立てしてくれたこの会談も、今回は物別れに終わるだろうと言うのが、こちら側としての見方です」
「それはこちらも同様だ、テンカワアキト」
舞歌様は、少し残念そうに言いました。
「まあ、和平という観点からは、なんの役にも立たないだろうとは、兄も言っていた」
「そうでしょうね。こんな事位で決着が付くのなら、最初から戦いになどなるはずもない」
テンカワ氏も同意します。
「ですが、かといって現状では、武力で押し切れるかも、双方ともに怪しい。現時点ではこの間の艦隊戦及びサツキミドリの占領によって、あなた方がアドバンテージを握っていますが、地球側の抵抗力はまだ衰えてはいません」
「あ、ちょっとすまぬが」
舞歌様は、テンカワ氏の言葉を止めました。
「あどばんてーじ……と言うのは、優越という意味でよいのかな?」
「あ、そうです」
「もうお兄ちゃん、言葉には気をつけようよ」
こんなところにも私たちの文化の差は出ているのですね。テンカワ氏たちは、我々と同じ言葉を母国語としているらしいのですが、それでもこうして時々通じない言葉があります。
「手前味噌ですが、戦術面ではナデシコの艦長、ミスマルユリカもあなたのお兄さんと同等の実力の持ち主ですし、次に送られてくる攻略艦隊は、前回の失敗の轍を踏む事はないでしょう」
「送ってくる予備兵力がある事の方が脅威だがな、我々には」
確かにその通りだと、私も思いました。いったいどこからこれだけの兵力が湧いてくるのでしょう。無人兵器ならまだしも、彼らの兵器は基本的に有人なのに、です。
「しかし、それとていつかは限界が来ます……お互いに。そしてその時点でお互いが流す血の量は、想像もしたくない位膨大でしょう。そして勝つのはおそらく、地球側です。犠牲の多いのもまた、地球側でしょうが」
「兄上も同じ考えのようだった」
舞歌様は、陰惨なテンカワ氏の予見に、そう答えました。
万葉さんは悔しそうに歯を食いしばっていますが、そのまま黙っています。
彼女にもその事は判っているのでしょう。
「俺としては、そんな事態は是非とも避けたい。もしそうなったとしたら、勝った地球側は、おそらく木連を根絶させにかかる。政府にその気がなくても、下手をすれば民意がそっちに向かって突っ走りかねない」
「……あり得るな。人の心というのはままならぬものだ」
舞歌様も頷いていました。
「だが、疑問に思った事はないか? 八雲さんほどの人なら、現状が見えていないはずはない。このまま泥沼の戦いを続けていたら、どう転んでも最後には木連側の負けになる。なのに何故勝っている状態で手じまいに持って行けないのかと」
「何を言う、木連は決して屈しはしない!」
押さえきれなくなったのか、万葉さんが大きな声で叫びました。
「静かにしろ万葉。テンカワアキトは決して間違った事を言っているわけではない。この事実は兄も認めているのだ」
「八雲様も、ですか?」
さすがに彼女も衝撃を受けたようでした。私も内心では同じ衝撃を受けています。
「そうだ。だが同時にこうも考えているようだった。閣下もその事実に気づかぬわけはない。だがあえて戦いを継続しようとしている。すなわち、何か秘策があるのでは、と」
「秘策……」
みんなの注目が、舞歌様の元に集まりました。
「そしてテンカワアキト」
舞歌様はそこでじっとテンカワ氏の方を見つめます。
「兄はこういった。おまえは、おまえこそは、その『秘策』のことを、誰よりも知っているのではないか、とな」
テンカワ氏とホシノさんの顔が、目に見えて引きつりました。
しかし、ただ1人、ハルナさんの顔だけは、逆に静かな水面のように澄み切っていました。
>RURI
驚きました。
さすがはユリカさんに匹敵、いや、事によったら凌駕するかもしれない人です。
そこまでお見通しだったとは。
なんというすごい人が敵に回ってしまったんでしょうか。
確かにその通り、としか私には言いようがありません。
アキトさんは、この問いにどう答えるのでしょうか。
私は何も語る気はありませんけど。
「……参ったな、さすがはクラウドさんだ」
アキトさんは、八雲さんの事を、あえて以前の名前で呼びました。
「西欧時代にもさんざん見せられていたけど、やっぱりすごい人だ。本気で敵にはしたくないな」
「だが今更どうにもならないわよ」
舞歌さんは意地悪そうにいいます。
「ご指摘の通りだ、と、まずは答えておきます」
そしてアキトさんは、そう答えました。
「俺は知っています。草壁が何を狙っているのかを」
「き……むぐっ」
「静かにしろ、万葉。見苦しいぞ」
いきなり怒鳴ろうとした万葉さんの口を、舞歌さんがぴしゃりと塞ぎました。
「さすがだなテンカワアキト。兄上が見込んだことだけのことはある」
そして、にやりと形容するしかないような微笑みを、舞歌さんは浮かべました。
でも、何故でしょう。視線がアキトさんを見ていないような気がします。
むしろハルナさんの方を見ていたような気が。
ですがそれはほんの一瞬の事で、すぐに顔を引き締めた彼女は、居住まいを正して話を続けました。
「兄上は出来うる事ならそれを聞いてこい、と私に言っていた。事によっては、そなたと手を組む必要がある、ともな」
「「ええっ!」」
思わず声が出てしまいました。私と、ぴったり計ったかのようなタイミングで、向かいの千沙さんから。
「それって……」
「八雲様が……」
そしてまた2人同時に。
「「木連を裏切るかもしれないと!!」」
「ちょっと違うよ」
そこに言葉を投げかけてきたのは、ハルナさんでした。
「ほほう、どう違うと?」
憤る万葉さんを無理矢理押さえ込みながら、舞歌さんが質問します。
「八雲さんは決して『木連』を裏切る人じゃないよ。でも自分の上司が木連の利益にならない行為をしようとしていたら、たとえ敵と手を結んででもそれを止めようとするね。特にその行為が利益どころか損失をもたらしかねないと思ったら」
「そう言う事か……」
それを聞いてやっと万葉さんが収まりました。私も納得です。
「だから知りたいんだと思うよ。その『切り札』がなんなのか。たとえばさ、もしそれが『地球を破壊できる強力な爆弾』だったとしたら、そんなものを上が使おうとするのを見過ごせると思う?」
「なるほど……確かに兄上はそうするだろうな」
舞歌さんが、ハルナさんの言葉に同意を示しました。
「あたしは八雲さんが記憶を失っていた間、お兄ちゃんと一緒に、ずっと一緒にいたからね。八雲さんがどういう考えをする人なのか位は見当がつくよ」
「俺もそう思う」
アキトさんも同じ意見のようでした。クラウドさん時代の八雲さんって、かなり慕われていたみたいですね。
「でさ、たぶん薄々はそれがなんであるか、八雲さんは気がついていると思う。あの人が今までに知り得た情報からすれば、確証はなくっても、推論は十分可能だもの。だからこそ、普通絶対答えてくれないような質問を、舞歌さんに託したんだと思うよ、八雲さんは。あたしたちがこう考えるだろうって思って」
「そういう事か」
アキトさんも頷きました。
「なら、隠していても意味はないな。舞歌さん、あなたのお兄さんに伝えてもらえるかな」
「責任を持って請け負おう」
そういって顔を引き締めた舞歌さんに、アキトさんは告げました。
「君たちの上司の狙いは、ボソンジャンプ……おっと、跳躍の絶対支配だ。少なくとも彼らはそれが可能だと考えているし、それを狙っている事はほぼ間違いない」
「な……」
さすがに向こう全員、開いた口がふさがらないようでした。
>MAIKA
跳躍の絶対支配……
それを相手の口からさらりと言われて、さすがの私も絶句してしまった。
もしそれが可能なら、確かに我々は勝てる。
不完全な跳躍砲や、ジンの運用だけでもあれだけの成果を出せるのである。これを完全に我らの手に握れば、敵がどんなに多かろうとも、我々は戦略的な面で圧倒的な優位に立つ事が出来る。
それは事実上、戦線の消滅を意味するからだ。
こちらが自由自在に、好きなところに戦力を配置できるとなれば、敵に防衛のすべはない。敵の兵力がこちらの100万倍あろうとも、全く意味がない。
こちらは敵の兵力のないところに、自在に兵を展開できるのであるから。集中すれば隙をつかれ、分散すれば各個撃破される。
だが同時に、私は恐ろしい事に気がついた。
彼らはそれを知っている。なのに何故手をこまねいているのだ。
逆に言えば、彼らがそれを手にすれば、こちらの敗北が決定するというのに。
「おまえたち……それを知っているのか……」
万葉もその事に気がついたのか、全身の気力を振り絞って、その問いを為した。
そして相手は答えた。絶望の宣告を。
「知っている。それがどこで何をすれば手にはいるのかも」
「なら何故手をこまねいている! おまえたちがその気になれば、こんな戦い、あっさりと決着が付くというのに! 何故だ! 何故弱者をもてあそぶような真似をする!」
万葉の、魂の絶叫だった。だがそれを聞いたが故に、私はかえって冷静に考える事が出来た。
そう、何故、彼らはそうしないのかと。
この問いに対する答えは、端から推理できる事ではなかった。故に私は聞いた。単刀直入に。
「では聞こう。何故おまえたちはそうしない」
答えは簡潔無比であった。
「当たり前だ。俺たちはそれを阻止するためにここにいるんだからな。誰にもボソンジャンプの支配なぞさせないために」
私は再び開いた口がふさがらなかった。
私たちの気持ちが驚きから醒めるのを見計らって、奴は言葉をつづけた。
「ボソンジャンプの支配は、確かに可能だ。だが、それには大きな代償がいる。木連の側なら、たとえそれを払ってでも、ぐらいは考えるだろう。だが、俺にはとうていそんな事は認められん」
そういう彼から、私は紛れもない『鬼気』を感じた。
千沙などは完全に震えており、万葉ですら、冷や汗を流しているのを、私は視界の端で捉えていた。
「ついでに言えば、同様にそれを地球連合に渡す気もさらさら無い。誰であろうと、ボソンジャンプを支配しようとすれば、それは必ず軋轢を呼ぶ。そうなるのが判りきっているだけに、俺はそれを誰にも渡したくはない」
「それほどの……ものなのか」
私もそういうのがかろうじてだった。それほどまでに、今の彼から感じる圧力は凄まじかった。
「俺はジャンプそのものを否定はしない。今後我々が宇宙に出るに当たって、距離の障壁を激減させるこの技術は、間違いなく必須になる。その事は重々承知だ。だが、それが誰かの恣意によって管理されるものであってはならない。誰かの手にこれが握られるという事は、その瞬間その人物に絶大な権力を与える事になる。そしてそれが権力である以上、必ず奪い合いになる。
それがまだ単なる奪い合いならまだいい。しかし考えてみろ。この権力には、実質的な軍事力が付随している。ボソンジャンプを支配する事は、同時に絶対的な軍事力を握る事にもなる。いや、はっきり言おう。ボソンジャンプの支配は、事実上帝位の冠だ。これを握ったものには、正攻法では決して立ち向かえない」
至極納得のいく話であった。跳躍の恩恵が広く行き渡った世界においては、それはありとあらゆる移動手段……軍備や流通、そう言ったものに対する絶対的な影響力を得る事と同義だ。
「それでも抵抗するとなればどうなるか……手段は実質的にテロリズムと同等の事になる。真っ当に戦えないとなれば、徹底的なゲリラ戦に出る以外の選択肢は消滅してしまう。結果ひどい目を見るのは無辜の市民のみだ」
彼の言葉には、異様なまでの説得力があった。だがそれは同時に、一つの疑念を呼び起こした。
「言いたい事はよく判った……でも、1つ聞いてよいかな」
「なんだ」
そして私はその疑念を口にした。
「何故、そう思ったのだ……あなたのその言葉、単なる空想では、とうていそれだけの重みを持つとは思えない。そう、まるでそれを体験しているかのよう。けど、そんな事はあり得ない。あり得るはずがない。なのに私の感覚は、あなたがそれを体験しているのではと訴え続けている。これを私の勘違いという理由以外で説明できるのかな」
「それには答えられない、といっておこう」
彼はそう返してきた。
「勘違いにすぎない、などといっても、あなたは納得しないでしょう。だとしたら俺には、こう答える以外の事は出来ない」
その言葉には、私が思った以上の重量が掛かっていた。
こうまで言われたら、食い下がることは無意味どころか有害である。
「判った。とりあえずは聞かないでおこう。今までの事だけでも、十分すぎる位有意義だったしな」
そして私は立ち上がった。
「ずいぶんといろいろな事を聞かせていただいた。感謝する。そちらの意志は、この私、東舞歌の名に懸けて、兄上に伝える事を誓わせていただこう……ま、無事に兄上の元に帰り着けたら、の事だがな」
「それはこちらが約束しよう。俺たちの手の及ぶ限り、あなた方の安全は保証する。もっとも、俺としてももし、連合軍全てが、総意としてあなた達を人質にするような真似をしてきたら、手が及ばないかもしれないが」
「そのときは兄上の真の恐ろしさを、その身に刻む事になるわね、あなた達に限らず地球上の民全てが」
私はそう言って、千沙たちを促す。
「そろそろ失礼させていただくわ、英雄さん」
その言葉に、彼らも立ち上がった。
「戦争が収まったら、また来なよ」
「そうさせてもらうわ。そんときはもっと大勢引き連れてくるね」
店主とテンカワハルナの挨拶を背景にして、私たちはテンカワアキトたちと別れた。
彼らの姿が見えなくなった後、私は千沙と万葉に言った。
「恐ろしいわね、彼ら……どうやってかは知らないけど、彼らはこちらの事も、おそらく先刻承知のようね」
「どういう事ですか?」
そう聞く千沙に、私は説明する。
「テンカワアキトは、先ほどの会話の中、一言だけ失言をしたわ。彼らは閣下の名を知っていた……私たちは一言も口にしなかったのにね」
「「あっ」」
千沙と万葉が、そろって驚きの声を上げた。
「確かに……」
「全然気がつきませんでした」
「それだけじゃないわ」
驚いている2人に、私は更に追い打ちを掛ける。
「テンカワハルナは、その事に気がついていながら兄を諫めようとはしなかった。いや、むしろ、兄の偶然の失言を歓迎すらしていた」
「「な……」」
再び驚く2人。だが先ほどの驚きとは少々毛色が違う。
だが私は知っている。そもそも彼女は、初対面であったはずの私の名前を知っていた。それどころか、木連の影に存在する『補星』の一員とすら名乗った。
つまりその気になれば、こちらの情報を流す事なぞなんでもあるまい。
だがそれはない。その気があるなら、そもそも『補星』を名乗ったりはするまい。
ならばそれはどういう意味か。
結論は1つ。テンカワアキト自身も、彼女とは別に我々の事を熟知しているという事だ。そして彼女は、無言の肯定をもってその事を我々に知らしめた。
私にはそれがどういう意味を持つのかまでは想像も出来ない。だが、おそらく兄上には判る。
テンカワハルナも、おそらくはそう考えたはずだ。
私はテンカワアキトから聞かされた驚くべき情報よりも、その裏で行われていた何気ないやりとりにこそ、真実の恐怖を感じていた。
「なるほど……な」
私はそう小さくつぶやくと、今宵の宴に思いを馳せた。
この様子では、出てくるのは鬼や蛇ではすまないかもしれない。
中書き
お久しぶりです。ゴールドアームです。
かれこれ一年以上も間を開けてしまって申し訳ありませんでした。しかも前半だけだし……
本当は18話が完成してから投稿するつもりだったのですが、1年掛かってもまだ半分しかこない(汗)。おまけに最近私生活が忙しく、執筆時間も物理的に減少気味なこともあり、このままで行くと完成まで2年掛かりそうだという話。
さすがにそれはまずかろうと、とりあえずここまで公開させていただくことにしました。
続きは鋭意執筆していきますので、しばらくのお待ちを。
内容その他のことについては、後半にまとめていきます。
まあ、前半の山場でも結構とんでもないことになっていますが。
でも、いくつか伏線を消化できて、少し肩の荷が下りました。
もっとも、後半でまた増える予定ですが(爆)。
何にせよ、楽しみにしていてください。
ドリルも出ますので(謎)
代理人の中感想
我々は15ヶ月待ったのだ! と、お約束を一つかまして本題。
相も変わらず、いい感じで笑いを交えて一方でシリアスかつ緻密な話を構築してるのは流石としか言いようがないですねー。つーか、素直に「面白い」と言う以外に感想を書けといわれたらこんな褒め言葉かもしくは誤字のして(ZAPZAPZAP)
・・・・・・げふんげふん。
それはともかく、話によると今回は『接触編』らしいので次回の『発動編』が楽しみですね。・・・・・あ、それはひょっとして
冒頭でルリの首が飛ぶって事なのかな?(核爆)