佐世保ドック内。
 其処に体を横たえる一隻の白亜の戦艦、ナデシコ。

 ネルガルが作り上げた最新鋭の戦艦。
 第一次火星会戦の敗因となった木星蜥蜴の装備である、ディストーションフィールド(以下DF)、
 グラビティブラスト(以下GB)、この二つを使用出来る相転移エンジンを搭載した
 非公式であれ現在地球側に置いて最強の艦。

 それを扱うはネルガルが誇る交渉のプロ、プロスペクターが集めた人材。
 腕が一流であれば性格は二の次でOKと言う方針で、各分野のエキスパートが集められた。

 ナデシコは出向を間近に控え、艦内での生活に慣れる為にクルーの殆どを収容していた。

 そしてそのナデシコ内の一室では、黒縁眼鏡にチョビ髭、赤いチョッキと三神器を揃えたプロスが書類の整理をしていた。
 そんなプロスの元に通信が入る。

「プロスさん?此方ブリッジですけど。」

「はいはい。此方プロスですが、どうかなさいましたかな?」

「はい、ドックの警備員の方から通信が在りました。
 貴方に会わせて欲しいと言っている男性がいるそうです。」

「はて、今日は誰とも面会の予定は無いんですがねぇ…。
 そうですな、とりあえずその男性のお名前と特徴を教えてもらえますか?」

「分かりました。少し待っていてください。」

 そう言って通信が一旦切られ、暫くしてもう一度通信が届く。

「ふむ、本当に一体何方でしょうねぇ…。」

 そう言いながらもしっかりと通信に耳を傾ける。

「プロスさん。男性の年齢は十九歳、中肉中背の方でお名前はテンカワ・アキトさんだそうです。」

 その通信士が言った名前を聞いてプロスは思わず立ち上がってしまう。
 彼らしくも無く取り乱しているようだった。

「レ、レイナードさん。今、テンカワ・アキトと言われたのですね?」

「え?はい。そうですよ?」

「分かりました。警備員の方に十分で行くので待っていて貰って下さい!」

 それだけ言うと一方的に通信を切って走り出す。

「アキト君。無事だったのですな。」




















混沌の魂
  第一話




















「あ、父さん。久しぶりですね。」

「そうですね、アキト君。元気でしたか?…ッて、ちっがぁぁぁーーーう!!

 プロスの姿を見たアキトの第一声はかなり的外れな物でついつい吊られるプロスだったが、
 次の瞬間に待合室の中央にあった大きめのテーブルにちゃぶ台返しをかます。
 額には何本かの青筋が見受けられた。

「相変わらず年のわりにパワフルですね。」

「そんな事より!アキト君、一体今まで何をやってたんです?火星が陥落したと聞いて心配していたんですよ?」

 アキトの事を気遣うプロスの声には、今さっきちゃぶ台返しをかました人間とは思えないほど震えていた。

「う〜ん。それがね、俺にもよく分かんないんですけど、気が付いたら地球にいましてね…。」

「気が、付いたら?」

「父さん。これ以上はちょっと推測くらいしか出来ないですね。なにしろ専門はあの人ですから。
 でも考えられるのは…。」

「ボソンジャンプ、ですね。」

「ええ。」

 そう言って二人は暫しの間沈黙する。

「それにしても何処で私が此処にいる事を?」

「俺、さっき草むらで気が付いたんですよ。それで混乱してたからとりあえず父さんに連絡を、と思って本社に連絡したら…」

「私が此処にいると教えてくれたんですか?おかしいですね。私が此処に来る事は社内でも一部の人間しか…」

「ああ、愛の伝道師に聞いたら一発でした。」

「…帰って来たらお仕置きが必要ですねぇ。あの極楽トンボには。」

 そう言った時のプロスはかなり目が据わっていた。
 きっと盛大なお仕置きを敢行するだろう。

「あ、ところで。」

「ん?なんですか?」

「居場所と一緒にスキャパレリプロジェクトの事も聞きました。それで…」

「一緒に行く気、ですか?」

 アキトの言葉に冷静さを取り戻したのか、急に真面目な顔になる。

「なぁ、父さん。俺をナデシコに乗せてくれませんか?
 火星研じゃエステのテストパイロットだってやってましたし、研究員としても働きます。」

「いや、別にアキト君なら腕も一流だから問題ないですが…。」

「じゃ、決定!パイロット兼技術研究員としてでいいですよね。」

「そうですな。深く考えても今はいい方向にはなりそうにありませんからな。
 ではアキト君はパイロット兼技術顧問としてナデシコの乗って下さい。
 それで、給料は…」

「あ、給料はいりませんよ。金なら腐るほどありますから。」

 言いながらプロスに見せたカード情報の金の欄には、二十桁の0が並んでいた。
 これには流石のプロスも絶句した。
 企業や国の予算額でこれだけの金額を見た事はあるだろうが、個人資産でこれだけの物を見た事は無かっただろう。

「う〜む。では、一緒に行きますか。」

「そうですね。じゃ、警備員の方々、どうもお騒がせしました。」

 そう言って二人はドックの中に入っていく。






「これが漸く完成したナデシコです。ってこれは火星研にあったプロトナデシコのパクリですから見慣れてますね。アキト君は。」

「ああ、それよりも量産仕様のエステバリスの方が興味を引きますね。」

 ドシィィィィィィン!!!!!!

 アキトの言葉と共に強烈な揺れと轟音がドック内に響き渡る。
 ドック内にこれだけ大きな音が響くと言う事は、ナデシコ内部ではさらに強烈な音だっただろう。

「な?な?なぁぁあぁぁ?」

「音は…格納庫からのようですね。とりあえず行ってみますか。」

 とにかく原因を究明する為に、あんな音がしそうな場所、格納庫に向かう。






 格納庫に付いた二人の見たものは、片腕を突き出しながら横倒しになっているピンク色のエステバリスと、
 その横で行われている一対数十人による変則マッチ(早い話砂にしているだけ)だった。
 時たま、

「ぬぉぉぉぉ!貴様等一対多数とは卑怯だぞ!」

 とか、

「俺は負けん!正義は必ず勝ぁぁぁつ!」

 などと結構余裕とも取れる台詞が聞こえてくる。
 まぁその間中ずっと生肉を叩く時の様な音や、骨が砕けたり折れたりする音が聞こえるが、
 きっと気のせいだろう。

 それから十数分が経ち、漸く砂にされていた男が担架に乗せられて格納庫から去っていった。
 その去り際、

「お〜い!其処な少年!あの中にある俺様の宝物を取って来てくれい!」

 と叫び声を上げたが、誰がどう見てもまともな声を出せるような顔ではなかったのにいたって普通に喋る事に周囲の人間が引く。

「はぁ、父さん。あいつ一体何です?」

「確か彼もパイロットですよ、名前はヤマダ・ジロウさんでしたかな。これから同僚として仲良くやって下さいね。」

「同僚ぉ?プロスの旦那。こいつもパイロットなのか?」

 プロスの言った同僚の単語に、いち早く反応を返したのは小さめの丸眼鏡をかけツナギを着込んだ男だった。

「ええ、そうです。さっきパイロット兼技術顧問として雇われたテンカワ・アキトです。
 貴方は?」

「俺か?俺はナデシコ整備班班長のウリバタケ・セイヤだ。
 とりあえず聞いておくが…お前は素人じゃねぇんだよな?」

 言いながらアキトに詰め寄るウリバタケの目はマジだった。
 これ以上いらん手間かけさせる奴は問答無用で命(タマ)殺(と)ったる、と語っているかのようにマジだった。

「ええ、これでもIFS制御の機体とはかれこれ五、六年は付き合ってますよ。
 火星ではエステバリスのトライアルでテストパイロットもやってましたから。
 地上でなら軍のパイロットとだって互角に戦う自信があります。」

「ほぉ、火星のパイロットか。なら、大丈夫だな。
 あっちのパイロットはIFSに慣れてるから機体制御が滅茶苦茶上手いみたいだしな。」

「じゃ、とりあえず俺はさっき頼まれた宝物とやらを取ってきますよ。」

「おお。あとで個人用の調整すっからな、時間空けとけよ。」

「はい!じゃ、父さんはブリッジに行ってくれていいですよ。あとで色々と話す事がありますから。」

「そうですな。私もそろそろ仕事に戻らないといけませんしな。」

 格納庫から出て行くプロスを見送った後、アキトは横倒しになったエステバリスのコクピットに入る。
 其処で一体の人形を見つける。
 それはアキトの知っているものだった。

「これ、ゲキ、ガンガー、だよ、なぁ…。
 はぁ…あいつ、一体幾つだよ。ったく。」

 ズズゥゥゥン!

 ズル

「おわ!」

 ゴス

 コクピットから出ようとしたアキトを突然の揺れが襲う。そのせいでバランスを崩したアキトは手を滑らし、
 結果コクピットのコンソールに、それも角っこに思いっきり頭をぶつけた。

「いってぇぇ…。な、何の揺れだよ全くよぉ…。」

 ビィー!ビィー!ビィー!………

「非常警報?木星蜥蜴か!…確かまだ暫くナデシコは動けない筈だったよな。」

 アキトの疑問は非常警報を聞く事によって一瞬で解決した。
 次にアキトはナデシコの現状から自分の成すべき事を考える。

「ま、俺はパイロットだからさっさと出ますかね。」

 アキトが辿り着いた答えは単純明快、
 ナデシコの撃沈を防ぐ為に敵を撃破する事だった。

「おい!お前!そんな整備の不完全な機体で何するつもりだ!」

 アキトの行動にいち早く気付いたのはまたもウリバタケだった。

「大丈夫ですよ!これだけ整備してあれば、火星じゃバランサーの効果を調べるテストとか言って放り出されましたからね!
 それよりもウリバタケさん達は物資の搬入を急いで下さい!」

 外部音声にしてウリバタケに一応の言い訳を言ってから地上に続くエレベーターを起動する。
 未だにウリバタケ達整備班が何か言っているが、今度は完全に無視。

「さて、まずは入り口付近の敵を入り口ごと吹き飛ばすか。」

 入り口を放っておけば確実に其処から無人兵器がドック内に潜入してナデシコは沈むだろう。
 それを防ぐ為にアキトが考えた方法は、入り口の爆破である。

 エステバリスをしゃがませて器用に吸着地雷を設置していく。




 非常警報が鳴る少し前のブリッジ

 操舵手ハルカ・ミナト、通信手メグミ・レイナード、オペレーターホシノ・ルリの三人は自己紹介などを交えつつ、
 会話は弾んでいた。

「そう言えば艦長ってどんな人なんでしょうね。
 確か今日来られるんですよね。かっこいい人だといいなぁ…。」
「あら、あんまり期待できないと思うけどなぁ…。
 だってブリッジに女ばっかり集めてるんだもん。
 きっとハゲ親父じゃないの?」

「たしかオモイカネのデータバンクによれば艦長は今年二十歳の女性ですね。
 連合大学を主席で卒業したそうですよ。」

「へ〜、女の人なんだ。」

「じゃあ誰がブリッジに女ばっか集めたんだろ。」

 などとかなりどうでもよさそうな事を真剣に悩み始めるミナト。

「いやぁ、別に女性を集めた訳ではないんですけどね。」

「「「!!」」」

 突然すぐ近くからかけられた声に驚く三人。
 振り返った三人の視線の先には笑顔で佇むプロスがいた。

「ただ各分野のエキスパートを集めていたら自然と女性が集まってしまっただけでして。」

「へぇ〜。貴方の趣味ではないのね?」

「ええ、決して。他意は御座いませんよ。」

 ジト目でプロスを見るミナトを、営業用の笑顔で受け流すプロス。
 この二人の表情だけ見ると押し売りのようである。

「と、ところでプロスさんを尋ねてきた男性はどうしたんですか?」

 二人の間の緊張感に耐えられなくなったのか、横から出たメグミの問いかけに急に頬が緩みまくるプロス。

「ええ、彼は私の息子なんです。一年ほど行方がわからなかったんですが、無事でホッとしましたよ。」

「へぇ〜、プロスさんて既婚者だったんですか。」

「いえ、彼は両親が事故で亡くなったので、彼と比較的面識のあった私が引き取ったんですよ。」

「ふぅ〜ん。でも」

 ズズゥゥゥン!

 ミナトはまだ何か気になるのかさらに質問をしようとしたが、其処へ揺れが襲った。
 不安定な格好をしていた人はいなかったので、少し驚いたと言ったくらいの雰囲気しかブリッジにはなかった。

「地震?」

 ミナトの台詞がいい例だろう。

「オモイカネ?どうしたの?…」

 ルリがオモイカネにアクセスする。

 ビィー!ビィー!ビィー!………

 そしてすぐに非常警報が艦内各所に鳴り響く。

「あれ?お昼の時報ですか?」

「敵襲です!目標は十中八九ナデシコと思われます。」

 メグミのボケに律儀に突っ込みをかますルリ。

 其処にキノコ頭をした軍人と、厳つい顔をした大男が入ってくる。

「ちょっと!何やってるのよ!早く発進させなさいよ!」

「お言葉だが、この艦はマスターキーが無いと動かない。
 そしてそのマスターキーは現在艦長が持っている。」

「じゃあその艦長は何処にいるのよ!」

「もう乗艦していてもおかしくない時間なのだが…。」

「ムネタケ。少し落ち着かんか。」

 ムネタケに向かって言葉を発したのはブリッジにて茶を啜っていた提督フクベ・ジンだった。
 手に持っている湯飲がいい感じである。

「いやぁ、困りましたなぁ…。着任日早々に遅刻とは…。」

 プロスの一言に続いてブリッジの扉が開き、
 扉の後ろには女性と男性が一人ずつ立っていた。

「みなさ〜ん!私がこの艦の艦長の、ミスマル・ユリカで〜す!!ぶい!」

「ぶ、ぶいぃ??」

「また馬鹿ぁ?」

 ユリカの後に大きく肩で息をしながら副艦長アオイ・ジュンも自己紹介をするが、
 精神的に時間の止まったブリッジクルー達(ルリを除く)は聞いちゃいなかった。

「艦長、とりあえず遅刻の件は後ほどと言う事で…。とりあえずマスターキーの方を…。」

「あ、は〜い。」

[マスターキー確認。使用者、艦長ミスマル・ユリカ。承認!]

 マスターキーによってナデシコの機能制御が次々に解除されていく。

「核パルスエンジン、相転移エンジン共に起動を確認。」

「通信官制、解除されました。」

「自動操舵から手動操舵に、切り替え完了〜♪」

[よく出来ました♪][ご苦労様♪][張り切っていきましょう♪]

 これによってナデシコはとりあえずは動く事が出来るようになった。

「動けるようになったんだったら反撃開始よ!
 このままこの艦の対空砲火で下から敵を吹き飛ばすのよ!」

「上にまだ警備の人とか軍人さん、いるんじゃないの〜?」

「ど、どうせもう全滅しちゃってるわよ!」

「それってぇ、非人道的って言いません?」

「なによなによ!ムキィーーー!!

 それを見たムネタケがかなり適当な事(味方の犠牲もやむなしな軍隊であればとても有効と思われる)を言うが、
 ジト目のミナトとメグミの正論に抑えられて言葉が返せなくなったのか喚き散らす。

「ムネタケ、いい加減少し黙れ。」

 ブン…ゴン!

「む、むぐ、ぐぅ…」

 キーキーと喚いていたムネタケだったが、フクベの凛とした声を聞いて静かになった。
 一緒に湯飲がムネタケの眉間に直撃したが、気絶したから静かになった訳ではないだろう。
 無論眉間に刺さっているように見える湯飲みも全て気のせいである。

「艦長は…何かあるかね?」

 ムネタケが沈黙したのを確認してからユリカに向き直るフクベ。

「はい。海中ゲートを通って一旦海中へ。その後反転して浮上。主砲にて敵を殲滅します。」

「敵がそれを待ってくれるとでも?」

「その為に囮として機動兵器を射出。敵を海岸線まで引き付けて貰います。
 パイロットの人に連絡を入れて下さい。」

「あ。」

 ユリカの言葉を聞いてルリが声を上げる。

「その為のパイロットですが、全治約二ヶ月の怪我を負って現在医務室です。
 因みに現在彼が艦内で唯一のパイロットです。」

「ほえ?じゃあ、じゃあ…どうしましょ。」

 ルリの言葉に一瞬にして用事のような口調になるユリカ。
 代行案を考えているようだが、いい案が浮かばないようだ。

「これって…?艦長、現在機動兵器が一機地上に向かってエレベーターで上昇中です。」

「おや、やはり行ってしまいましたか。」

「通信を開きたまえ。」

 今度のルリの言葉に反応したのはプロスとフクベだった。

「通信、スクリーンに出ます。」

 メグミの言葉と共にスクリーンに一人の青年の顔が映る。

「所属と名前を言いたまえ。」

「パイロット兼技術顧問、テンカワ・アキトだ。あんたは?」

「私はこの艦の提督、フクベ・ジンだ。」

 一方的に質問をするフクベにとりあえず答えを返すが、
 かなり不機嫌そうな声で逆に質問を返す。

「こっちはこっちで勝手にやるからそっちは逃げるなり援護するなり勝手にしてくれ。以上。」

 それだけ言って一方的に通信が切られる。

 その事にブリッジでは何時の間に気が付いたのかまたもムネタケが喚きだし、
 ユリカはアキトの名前を聞いてからずっと頭をひねって記憶の糸を辿っている。

 その後発生した超音波破壊攻撃によってブリッジは機能が凍結、
 結局発進できるような状況にはならなかった。

「か、艦長…。通信は、開いていないのに…。ぐふっ。」






 そして通信を一方的に切ったアキトは、

「ったく、軍人てのはどうしてああも高圧的なのかねぇ…。」

 などと愚痴りながらも作業を続けていた。
 そして吸着地雷を全てセットし終えて暫くたち、漸くエレベーターが地上に着く。

 回りに群がっていた無人兵器達は、まるで待っていたかのようにアキトの乗るエステにカメラアイを向けている。

「・・・」

 エステを敵生体と判断し、包囲を狭めてくる。

「まだ。」

 エステをロックし、ミサイル発射口が次々と開かれ、その中から無数のマイクロミサイルが発射される。

「ま、だ…。」

 ミサイルの発射音が止まった瞬間。

「いけぇぇー―!!!」

 エステのブースターが大量の光と熱を撒き散らしてミサイルの雨から機体を空中に引っ張り上げる。
 乗っているアキトは急激なGによってシートの押さえつけられるが眉一本動かさない。

 ドドドドドドドドド……!!!!

 その直後にミサイル同士がぶつかり合った為に爆発が起こり、
 その爆炎が吸着地雷に引火し強力な爆発を起こして無人兵器群の十数機を最低で機能停止くらいにする。
 ついでに爆風に乗って上昇し空中にいる敵数機を、パンチやワイヤードフィストを使って叩き落す。

 次いで何とか起動していると言った感じの半壊しているバッタを掴み、自爆プログラムを起動させる。
 それを確認したらすぐさま無人兵器が密集している所に投げ付ける。
 幾度も同じ事を繰り返して、二十機ほどを撃破する。
 無論、その間の攻撃は全て近くにあった残骸を投げ付けて防ぎ、
 両手が塞がっている時はサッカーボールのように蹴って残骸を飛ばしていた。
 被害は装甲の塗装が剥げ落ちるくらいである。

 敵の数が少なくなり、ミサイルを打ち尽くしたバッタの背中にジョロが張り付き今度は空から攻撃をしようとする。

「させるかよ!おちろぉー!!」

 ジョロを待っているバッタの動きは完全に止まっているので踏み付けたり殴り飛ばしたりしてさらに数機を撃破する。

 空に上がった無人兵器は、陸戦フレームの攻撃範囲ギリギリからチマチマとした攻撃を繰り返すが、
 そこら中に転がっている残骸を盾にしてそれらを凌ぎ、爆炎に隠れて上昇。
 ワイヤードフィストで敵を捕まえ、近くまで引き寄せてからそれを踏み台にして更に上昇する。
 一番上に集まっている敵の団体を今度は踏み台にするついでに次々と地上に叩きつけていく。

 敵の攻撃はミサイルが無いが為にバルカンのみで、
 バッタやジョロに積まれているAIでは縦横無尽に動き回るエステに当てる事が出来なかった。
 これで五十機近くいた無人兵器群は四機にまで減っていた。

 残りは地味に一機ずつ残骸を投擲して片付けていき、
 たった一機のモビルス…もといエステによって、見事に戦況をひっくり返してしまった。
 戦闘の所要時間は十二分足らずである。

「敵無人兵器群の殲滅を完了。これより帰還する。」

[了解。ご苦労様でした。]

 ブリッジに入れたアキトの報告を聞いていたのは、ユリカの超音波破壊攻撃による被害の無かったオモイカネだけだった。

「オ、オモイカネ?何で…?」

[先程、艦長の発した強力な超音波によってブリッジで起きている方はおられません。]

「あれ?じゃあ艦長も自爆したのか?」

[いえ、ゴート氏が倒れられた時に下敷きになって現在気絶中です。]

「分かった。もういい。帰艦するから車庫だけ開けといて…。」

[…了解。]

 通信を切ってからナデシコに帰艦する途中、アキトはふと左手の薬指を見る。
 其処には装飾の無い指輪がある。
 イネスに渡して、自分も同じ物をはめていた。

「イネス。無事でいてくれよ…。」

 祈るような体勢を取るが、別に何かに祈っているわけではない。
 只強くイネスの事を思うだけである。










 後半へ