機動武闘伝
ナデシコ

 

 

 

 

「さてみなさん、大変な事になってしまいました!

 隠し持ったデビルホクシンの姿を見られたメグミ・レイナードはその犯人をアキトさんだと思いこみます。

 そして、秘密を守る為ここに恐るべきカードを組み上げたのです!

 

 ナデシコマックスター、ヤガミ・ナオ!

 

 ナデシコローズ、ミスマル・ユリカ!

 

 ドラゴンナデシコ、東舞歌!

 

 ボルトナデシコ、スバル・リョーコ!

 

 そう!メグミはシャッフル同盟の面々を次々にぶち当てるカードを宣言したのです!

 そして、その第一の対決はV.S.ナデシコマックスター!

 炎の拳を持つ男、ヤガミ・ナオ!

 まさしく因縁の対決!

 どうやら今日の彼は、今までとは一味違ったファイトを見せてくれそうではありませんかっ!

 

  それでは・・・・

 ナデシコファイト・・・

 レディィィ!ゴォォォゥッ!」

 

 

 

 

第三十五話

決着の時!

轟熱マシンガンパンチ

 

 

 

 

 シャッターを切る音が無数に響き、それと同じだけのフラッシュが焚かれる。

 オーソドックスなファイティングポーズ。

 脇を締めた抉りこむようなジャブの型。

 貫くような、力強いストレート。

 指を一本立てて「No.1」のポーズを決めた後、ブイサインをしながらカメラに不敵な笑みを向ける。

 その間、シャッターの音とフラッシュは途切れることがない。

 

「さあ、お次はなんだい?ネオアメリカの皆が喜んでくれるならどんなポーズだって取って見せるぜ!」

 

 笑顔を浮かべながら、巨大なネオアメリカの国旗をバックにしたステージの上で大きく両手を広げるナオ。

 ネオアメリカのマスコミのみの記者会見という、いかにもアメリカ人らしい、

 故郷に対するささやかなファンサービスにナオはご満悦だった。

 最前列に座っていた女性記者のその一言が飛び出すまでは。

 

「ですが・・・」

 

「ですが? 『ですが』何だよ?」

 

「我々が懸念しているのは、あなたの次の対戦相手があなたが未だに勝ち星を挙げていないファイター・・・

 テンカワ・アキトだと言う事です」

 

 ざわ、と記者たちが揺れた。

 どこか和気あいあいとした雰囲気の中、誰もが言い出そうとして言い出せなかった質問が飛びでたのだ。

 堰を切ったように記者団が口を開く。

 俯いてしまったナオに対して口々に問い掛けられるその内容は、詰まるところ一つ。

 

 舞台の袖にたむろっていたカズシ達が素早く視線を交わす。

 だが、この状況では彼らにはどうしようもない。

 

 

「ふ・・・・フ、フ、フ、フ、フ」

 

 

 俯いたままのナオの肩が震える。

 笑っているのだ、と気が付いた記者たちが、何かを期待するかのように静まり返った。

 最初はかすかな忍び笑いだったそれはだんだんと大きくなり、遂には哄笑になる。

 唐突に哄笑がやみ、指が一本立てた拳が記者たちに向けて突き出された。

 その指の背後には、自信に満ち溢れたナオの双眸がある。

 

 

「一つだけ言っておく! 次のファイトでネオアメリカの人々は夢の素晴らしさを知る事になるだろう・・・」

 

 

 おお、と溜息のような波紋が記者団に広がる。

 たっぷりと間を置き、それが静まるのを見計らったナオが止めの一言を放った。

 

 

「そう!このヤガミ・ナオの勝利によってだ!」

 

 今度こそはっきりと記者団がどよめき、歓喜の声を上げた。

 口々にナオの名を叫び、ネオアメリカ万歳を叫び、拳を天に突き上げる。

 マスコミ失格、と言われても仕方ないほどに彼等は歓喜に酔っていた。

 

 推移を見守っていたカズシが感心したように顎を撫でる。

 プロスペクターとゴートも大体似たような表情でナオを見ていた。

 もっともゴートの表情は知らない人間が見れば普段と全く変わらないような代物だったが。

 

 

 

 

 歓声と熱狂は、突然の震動によって途切れた。

 大地が揺れ、吊り下げられていたネオアメリカの国旗がナオの頭からすっぽりとかぶさる。

 

 不機嫌そうな顔で国旗を払いのけようとしたナオの右拳、クイーン・ザ・スペードの紋章が赤く光った。

 ナオの表情がぎゅっ、と引き締められる。

 

「シャッフルの紋章が・・・・・・・まさか!?」

 

 紋章が感じる「何か」の方向、ネオホンコンの中心街から黒煙が立ち昇っていた。

 その、高さ数百メートルに達しようかと言う黒煙の中、蠢くものがある。

 鋭い表情で「それ」を睨み据えたナオの目が一瞬大きく見開かれた。

 ナデシコをすっぽり飲みこめそうなほどに巨大。高層ビルを何重にも巻けそうなほど長大。

 その機械仕掛けの蛇腹の上に据えつけられた巨大な凶悪な首・・・・。

 この場に存在する筈のない・・・否、もはやこの世に存在する筈のない存在。

 

 ホクシンヘッド!

 

 

 

 その表情に恐怖をみなぎらせた群集がネオホンコンの街路を駆け抜ける。

 その人の流れに逆行して走る人影が二つ。

 

「本当なのか! 本当に・・・・本当にデビルホクシンはこのネオホンコンに現れたのか!?」

「信じたくはねぇが・・・・・どうやら間違いねえようだぜ、アキト」

 

 視線を上に移したガイがそう言って足を止める。

 釣られて止まったアキトも天を見上げる。その奥歯がぎりり、と軋んだ。

 

 あたかも周囲を睥睨するかのように、ゆっくりと首を巡らせていたホクシンヘッドが動いた。

 蛇体をしならせ、その頭部が唸りを上げてコンクリート舗装された道路に突き刺さる。

 あっさりと大穴が開き、そのまま頭に続いて蛇体がずぶずぶと大地に潜った。

 真上に止まっていた赤い二階建てバスを弾き飛ばし、再びホクシンヘッドが地上に顔を出す。

 まるでコンクリートの路面と言う布にホクシンヘッドの頭という針と蛇腹という糸を通すかの様に、

 ホクシンヘッドの頭が道路に突き刺さり、突き抜け、突き刺さり、突き抜け、突き刺さり、突き抜けた。

 

 道路を「縫う」のに飽きたのか、ホクシンヘッドが突然大きく伸びあがり再び周囲を睥睨する。

 ビル越しにその姿を見やったアキトが凶暴とすら形容できそうな笑みを浮かべた。

 

「間違いない! ホクシンヘッド・・・デビルホクシンの端末だ!

 ・・・・出ぇぇろぉぉぉぉぉぉっ!ゴッド・・・・・

 

 

「待ちなぁっ!」

 

 

「!」

 

 突如響いた大音声に、自らのナデシコを呼び出そうとしていたアキトの動きが止まった。

 薄桃色のたてがみをなびかせ、鋼の白馬・風雲再起が力強く、だが華麗に天を駆ける。

 その背から、ホウメイの駆る漆黒の武神・マスターナデシコが軽やかに舞い降りた。

 振り向いたそのカメラアイが一瞬アキト達を認めたことを示すかの如くに光る。

 次の瞬間、再びあの怒号が響いた。

 

 

「このノロマが! この切羽詰った状況の中、

 アンタみたいに愚図愚図してたんじゃ何にもできゃしないよっ!」

 

「何ィッ!?」

 

「そこで見てな・・・・・・哈ァッ!」

 

 

 アキトが何か言いかけるのを無視し、

 天に向かって百mばかりも伸びたホクシンヘッドのその根元から

 うねうねとうねる蛇体に沿うように、マスターナデシコが垂直に跳んだ。

 跳躍の頂点、ホクシンヘッドの頭部に軽く蹴りを入れて数百メートル離れたビルの屋上に着地するマスター。

 着地の瞬間ぴしり、とホクシンヘッドの顔面が大きくひび割れた。

 

 

 着地したマスターナデシコの右手に、いつのまにか輝くビームの帯が握られていた。

 肩越しに背後に伸びたそれはホクシンヘッドの全身を縛め、その動きを完全に封じている。

 

 

 張り詰めた弦のようなそれをマスターナデシコの左の人差し指がぴん、と弾く。

 輝くビームの帯がガラスのようにひび割れ、砕け散り。

 そして、それが縛めていたホクシンヘッドの蛇体もまた同時に砕け散り、爆散する。

 焼け焦げ、内部機構が半ば剥き出しになった頭部がビルの屋上に落下して地響きを立てた。

 

 

 

 

(・・・・証拠を残すわけにはいかないからね・・・・・)

 

「東方不敗!」

「ん?」

 

 厳しい顔で一人ごちるホウメイにアキトの遠慮ない大声が浴びせられる。

 詰まらなそうな顔を作り、ホウメイが振り向いた。

 

「あんたがデビルホクシンを再生させたのか! それとも・・アイちゃんはまだ生きているのかっ!?」

「く・・・・・・ハハハハハハハハハハハ!

 この馬鹿者!

 アタシはどこぞから紛れこんだ生き残りのホクシンヘッドを始末しただけ!

 妙な言いがかりは無しにしてもらおうかい!」

 

 ホウメイの哄笑と気迫にも怯まず、アキトが再び吼える。

 

「じゃあ、お前以外に誰がデビルホクシンを再生させようとすると言うんだ!」

「まだ言うか、この・・・・・!」

 

「! 後ろだ師匠!」

 

 ホウメイの背中に立ちあがった、再生しかけのホクシンヘッドの顔。

 それを見た瞬間、意識がそれに集中する。

 知らず、アキトは叫んでいた。

 

 アキトの叫びと、背後の気配とに反応してホウメイが舞う。

 思考を経由することなく、身に染みついた技が反射的に体を動かす。

 

「酔舞・・・再現江湖デッドリーウェイブ!」

 

 ホクシンヘッドの姿を目で見ぬままに心の目で捉え、ホウメイの体が真後ろに飛ぶ。

 その跳躍の軌道上には再生しかかったホクシンヘッドの焼けただれた顔面があった。

 

 どん。

 

 傍目にはごくあっさりと、マスターナデシコの機体がホクシンヘッドの顔面を貫通する。

 無意識の内に繰り出された、いわゆる「崗」と呼ばれる背中からの体当たりであった。

 そのまま、舞いを踊るが如き流れるような動きで演舞の型を決める。

 

 

 

 

「ぶゎくはつ!」

 

 

 

 頭部の残骸が花火のように爆発し、散った破片が空中で燃え尽きた。

 

 

 周囲から歓声が上がる。

 マスターナデシコの登場以来、逃げる事も忘れてその勇姿に見惚れていたネオホンコン市民が

 いっせいに声を上げる。

 その歓声の中悠然と風雲再起にまたがり、ホウメイがアキトを見下ろした。

 

「案ずるでないよ、テンカワ。アタシとて武闘家の端くれ、ナデシコファイトは必ずや実行するさ。

 そう・・・アタシがこの手でお前を葬り去る為にもね・・・・。行くよ、風雲再起!」

 

「ま、待て!」

 

 アキトの声を背中で流し、マスターナデシコを乗せた風雲再起が軽やかに駆け去る。

 

(フ・・・・・テンカワめ、アタシの事を思わず『師匠』と呼びおった・・・)

 

 その口元に僅かに笑みが浮かんだ次の瞬間、ホウメイが激しくせきこんだ。

 胸を押さえ、風雲再起から伝わる思念に優しく答えてからその顔が再び険しくなる。

 

(けどメグミ首相・・・この一件、失態だよ・・・!)

 

 

「いえいえ、これは移動中に起きた些細な事故・・・・

 それに、この隙に本体は無事に安全な場所まで移動することが出来ました。

 災い転じて福、と言うべきでしょうね」

「だが、これでアタシ達はテンカワ達の油断という最大の切り札を失ったことになるんだよ?」

「そんなもの、いずれはばれる事ではありませんか。ならば少しでも有効に活用するだけですよ」

 

 嫌気が差したのか、それとも議論しても埒があかないと思ったのかホウメイが黙りこむ。

 しばらくたって、今度はメグミが口を開いた。

 

「ところでホウメイ先生?」

「・・・なんだい」

「以前おっしゃっていたオオサキ・アイの代りの生体ユニットですが・・・

 やはりアキトさんでなくてはいけないのですか?」

「無論。優れた生命力と鍛え上げた最高の肉体を持つものこそがデビルホクシンのコアユニット・・・。

 そして、それはテンカワ・アキト以外には有り得ない」

「ならば、アキトさん以上の肉体を持つ人間ならそちらを生体ユニットにしても構わないと言う事ですね?」

「・・・・まあね。そんなものがいれば、の話だけど」

「ええ。いれば、の話ですよホウメイ先生」

 

(アキトさんをデビルホクシンの生体ユニットにしてしまっては

 

 私とアキトさんの明るい将来設計

 

 が台無しになってしまいますからね・・・

 手は早い内に打っておきましょうか。ふ、ふ、ふ、ふ、ふ・・・

 

 

 

 

 ネオホンコン指折りの最高級ホテルの最上階の一室。

 その窓からはネオホンコンの市街から未だに立ち昇り続けるいく筋かの黒煙が眺められる。

 偶然、打ち合わせの為にその場にいた二人はホクシンヘッドの出現、

 そしてそれに連なる出来事の一部始終を目撃していた。

 暫しの沈黙の後、背の低い方・・マキビ・ハリが何かを憚るような小声で口を開く。

 

「間違い・・・・間違いありません・・・ホクシンヘッドです・・・・!」

「調査隊がギアナ高地で消えた理由もこれで説明がつく、ってわけだな・・・・・」

 

 銀色の皮膜で顔面を半ばまで覆った壮年、自称青年・・・・ウリバタケ・セイヤが忌々しげに相槌を打った。

 

「とにかく、早急に何らかの手段を講じねば・・・・!」

「ああ。俺は宇宙へ上がる。こっちは任せたぞ、ハーリー」

 

 厳しい表情を見せる黒い瞳の問いかけに、決意を湛えた青い瞳が無言の応えを首肯と共に返す。

 それにうなずき返し、ウリバタケは足早に退室した。

 

 

 

 アウブンホウガーデン。

 山の斜面に広がる石造りの木々、濃厚な原色に塗り分けられた自然の中を

 同じく極彩色に彩られた石の鳥獣たち――実在、空想を問わず――が闊歩する、

 ネオホンコンでも指折りの幻想的な空間である。

 一般的には「タイガーバーム・ガーデン」の方が通りがいいだろうか。

 突如としてネオホンコンの街に出現したホクシンヘッドをホウメイが華麗に葬り去った翌日。

 アキトはシャッフル同盟全員をここアウブンホウガーデンに集めていた。

 

 

 

「デビルホクシンの再生機能が働いた、ってわけだな」

 

 微動だにせずアキトの話を聞いていたリョーコが頷く。

 

「だからユリカたちの紋章が光ったんだね・・・」

「ああ、これでサイトウやテツヤの謎も解けたぜ」

 

 アキトとは視線を合わそうとしないまま、ユリカとナオが短く感想を洩らす。

 舞歌は無言のままだ。

 

「恐らく東方不敗はこの決勝大会の隙を狙ってデビルホクシンを復活させようとしているんだ!

 こうなったら今の内にデビルホクシンを見つけ出して・・・・!?」

 

 熱弁を振るっていたアキトの言葉が途切れる。

 誰一人としてアキトの言葉に積極的な反応を示す者はなく、

 視線を合わそうとする者もいない事にようやくにして気付いた。

 

「どうした!? 何を黙っているんだ! デビルホクシンが出てきた以上、俺達の役目は・・・!」

「悪ィな。おれは降ろさせてもらうぜ」

「・・・・・・リョーコちゃん?」

 

 再び口を開いたアキトを遮って、リョーコがぶっきらぼうに言い放つと腰掛けていた石から立ちあがった。

 咄嗟に言葉の出てこないアキトに追い討ちを掛けるかのように舞歌とナオも立ちあがる。

 

「・・・私も」

「ああ。付合えねぇな」

 

 二人に一拍遅れてユリカも立ちあがり、小声で、だがはっきりとアキトに告げる。

 

「御免アキト。ユリカも・・・・パス」

「ま・・・待てユリカ! ナオさん! 舞歌さん! リョーコちゃん!」

 

 アキトの制止もまるで聞こえないかのように、四人が庭園の出口に続く階段を降りて行く。

 それでもなお制止しようとするアキト。

 

「無駄ですわ、アキトさん」

 

 それを押しとどめたのは彼の背後から響いた涼やかな、だが今はどこか哀しげな声。

 意表を突かれたような表情でアキトがその声の主・・・カグヤのほうを振り向いた。

 

「どなたも・・・・譲れない理由があってこの大会に出場しているのはアキトさんもご存知でしょう?

 リョーコさんは収監された仲間の命の為・・・舞歌さんは少林寺の復興の為に。

 ナオさんは御自分の夢と故郷の為、ユリカさんは『自分自身』を確立する為に・・・・・・

 アキトさんだってそうなのでしょう?」

 

 悲しみをひとはけ刷いたカグヤの瞳に見つめられ、アキトが言葉をなくす。

 だがそれは一瞬だけで、次の瞬間には勢い良くその頭が持ちあがっていた。

 

「いや! それだからこそ・・・ナデシコファイトを乱させるわけにはいかないんだ!」

 

 アキトさん、とカグヤが叫ぶ暇も無くアキトがマントを翻して走り出す。

 思わず追いかけようとしたカグヤを、今まで一言も発さずにいたガイが押しとどめた。

 

「ほっとけ。アイツの事だ、それこそ言葉で言ったってわかりゃしない。

 まず走り出して、何かにぶつかんなきゃわかんねえ、そう言う奴なんだからよ」

「ガイさん・・・・・・・・・・・・それは、確かにその通りかもしれませんわね・・・・・・」

 

 憂いを含んだ顔で言葉を切るカグヤ。

 そして一拍置いてから無理にくすり、と笑って一言付け足す。

 

「けど、貴方が言うと説得力が有りすぎましてよ?」

「・・・・・・・・・・・・・・ほっとけ」

 

 

 

(そうだ・・・ナデシコファイトを正しい姿に戻せるのはシャッフル同盟だけなんだ!)

 

「ナオさん! ユリカ! 舞歌さん! リョーコちゃん!」

 

 仲間たちの名を呼びつつ、アキトが庭園の石段を駆け下りる。

 各々歩み去っていく四人の中、一人ナオのみが振りかえらないまま足を止めた。

 一縷の望みを込め、その背中にアキトが叫ぶ。

 

「ナオさん! もう一度話を・・・・「うるせえっ! 俺に構うな!」

 

 怒気すらこめたナオの言葉がアキトを遮る。

 しばし、沈黙が降りた。

 アキトに背を向けたままのナオがやや語気を和らげて再び口を開く。

 

「確かにシャッフル同盟の役割もわかるし、義務だって理解してるつもりだ・・・だがな!

 今の俺達に取っちゃあな、

デビルホクシンよりお前と戦う方が意味があるんだよ!

「な、ナオさん・・・・!」

 

 ナオの肩が震える。

 胸の前に持ち上げられたその両手が言い様のない熱気を帯びている事にアキトは気がついた。

 

「俺は・・・俺はお前との決着を着けたいんだ!

 それを今、判らせてやるぜ・・・・・・・・!!!!」

 

 振り向いたナオが拳を作り、それを胸の前で撃ち合わせた。

 ずん、と腹に響く震動の後、ナオの足元の石畳には無数のひび割れが出来ていた。

 ナオの全身から熱い『気』が溢れる。

 

「ギアナ高地の修行で俺が掴んだ技を、まだ披露してなかったなぁ・・・!」

「!」

 

 熱気が強まるにつれ、ナオの足元のひびが大きくなる。

 びりびり、と大気が震え、石造りの木々すらもがざわめく。

 次の瞬間、ナオの咆哮と共にそれは臨界に達した。

 

 

「轟ォォォォォゥ熱ェェェツ!

マシンガンッ! パァァァンチィッ!」

 

 

 轟! と風が唸る。

 拳の形に練られた『気』の塊が大気を焦がして疾る。

 流星の如く尾を引いて十の轟熱拳が宙を裂き、アキトの背後の石像十体を微塵に砕く。

 

 

 アキトは動かない。

 否、動けない。

 たった今ナオの見せた気迫と、その必殺パンチに圧倒し尽くされていた。

 

 ニヤリ、と笑い、再びナオがアキトに背を向ける。

 その背に掛ける言葉を、今のアキトは持っていなかった。

 

 

「アキトさん・・・」

「・・・アキト、今のは・・・・」

「ああ。どうやらアイツも、自分のハイパーモードを会得したらしい・・・・・!」

 

 いつのまにか、ガイとカグヤが傍に来ていた。

 それに背を向けたまま返事を返し、アキトの目は既にナオの姿も見えなくなった庭園の出口に注がれている。

 固く握った拳が震えていた。

 

 

 

 

「拳を交えなさい」

 

 

 

 三人以外、最早誰の姿もない庭園に唐突に響いた声。

 己の心を見透かされたようなその声にびくん、とアキトの体が震える。

 いつ出現したのか。いつから存在していたのか。

 怪鳥神の像の上、気配の欠片すら悟らせず、影がそこに出現していた。

 

「デビルホクシンは私が捜すわ。今のあなたの役目はシャッフル同盟をまとめる事!」

「シュバルツ・・・・」

「武闘家とはしょせん、拳と拳とでしか分かり合えない不器用な生き物・・・ならば!

 言葉ではなく、拳で語りなさいっ!」

 

「!」

 

 アキトの目に理解の色が広がる。

 その瞳に、最早迷いの霞は掛かってはいない。

 

「いずれ彼らも立ちあがるでしょう・・・そう、あなたとのファイトを通じて!」

 

 そのシュバルツの言葉に、アキトは自然に頷いていた。

 

 

 

 

 ナオの呼吸音だけが響いていた。

 一定のリズムで深く息を吸い、吐く。

 だがその度にナオの全身を覆う「気」・・・「気迫」が

 ナオから離れたトレーニングルームの片隅にいるカズシ達にさえはっきりと感じられる。

 

 

「見ろよ・・・あの集中力と気迫を・・・・」

「凄いですね・・・・・これなら、勝てるかもしれません・・・・・!」

「違う!」

 

 突然の大声にプロスペクターが口をつぐむ。

 

「勝てるかも、じゃねぇ・・・・・勝つんだ!

 そう! テンカワアキトに勝つ事! それが、今の俺の夢だ!」

 

「ナオ・・・・」

「ナオさん・・・!」

 

「ゴートさん! 俺は誰だ!?」

「・・・・・お前の名はヤガミ・ナオ! ネオアメリカの希望だ!」

「そうだ! 俺は希望!」

 

 

「プロスさん!」

「貴方はネオアメリカの夢なのです!」

「そうだ! 俺は夢!」

 

 

「そしてお前は夢を掴む! テンカワアキトに勝って夢を掴む!」

 

「そうだ! 俺は掴む! 夢を掴む!

 

今度こそアキトを倒し、俺は夢を掴む!

 

 

この拳で・・・・・夢を掴むんだ!」

 

 

 

 

 

 

 

 

「なあハーリー・・・なんでウリバタケのおっさんはナデシコファイトを見届けずにコロニーへ・・・?」

 

 ネオホンコン新啓徳宇宙港。

 ウリバタケ少佐の乗ったシャトルが空の彼方へ消えていくのを眺めながら

 ガイが傍らのハーリーに疑問をぶつける。

 

「兄さんもあれを見たでしょう」

「・・・・ホクシンヘッドか」

「だから、万が一の為に可能な限りのあらゆる手段を講じておかなければなりません」

「おい・・・・まさか戦争を起こしてまでデビルホクシンを制圧する気か!?」

 

 その声に含まれた物に危機感を感じ、ガイが弟の方に振り向く。

 ハーリーは天を見上げたまま口調を変えることなく応える。

 

「戦争を起こさないその為にも、アキトさんには頑張って優勝してもらわないといけないのでしょう・・・」

「・・・そうだよな。・・・・・・・・・・・・・そうだったよな」

 

 物思いにふけるガイは、最後まで弟が自分と目をあわそうとしなかった事に気が付かなかった。

 

 

 

 

 

 

 カモメが一羽、アキトの横を通りすぎる。

 ジャンクの船尾に波がぶつかって砕け、海を見下ろすアキトの頬をしぶきで濡らす。

 傍目にはただぼうっと海を眺めながら、アキトは先ほどのナオとシュバルツの言葉を思い返していた。

 

 

(・・・・・・・・今の俺達にはな、デビルホクシンよりお前と戦うほうが意味があるんだよ・・・・・・!)

(・・・・・・拳を交えなさい・・・・・・・・)

(・・・・俺は・・・俺はお前との決着を着けたいんだ・・・・・・・・・!)

(・・・・・ならば、言葉ではなく拳で語りなさいっ・・・・・・・!)

 

 

 芒、としてはいたもののアキトに迷いがあった訳ではない。

 一見静かなようでもその体の奥底には引き絞られた弓のような力が滾っている。

 言わば「溜め」の状態。後はきっかけさえあれば矢は飛びだす。

 そして、きっかけは最近おなじみになった可愛い少女の姿を取ってやって来た。

 

 

「お兄ちゃ〜んっ!」

 

 頭を巡らしたアキトの目に、はしけの船首に立つメティの姿が入ってきた。

 元気一杯、という感じで大きく手を振るメティにアキトの表情がほころぶ。

 船べりの手すりから身を乗りだし、アキトが口を開く。

 

「やあメティちゃん。これから汗を流すんだけど、付合わないかい?」

「うんっ!」

 

 笑顔に一秒の逡巡もなく、メティが大きく頷いた。

 

 

 

 

「うぉ〜い、アキトぉ〜。いねぇのかぁ?」

 

 呑気ではあるが、妙に暑苦しくやかましい声がダッシュのジャンクに響いた。

 そのままアキトの部屋に無遠慮に・・・といっても殆ど共同で使ってるような物だが・・・のしのし、と入ってくるガイ。

 そして、無人の部屋でアキトの代りにガイが見つけたのは木箱に貼ってあった一枚のメモだった。

 

「廃棄エリアで・・・特訓?」

 

 

 

 

 

 こぉぉぉぉぉぉぉ・・・・・・・

 

 アキトの呼気が無人の荒野に響く。

 切り立った崖を持った岩山の麓、アキトは拳を構え息吹を行っていた。

 

「せいやぁっ!」

 

 深く吸った息は次の瞬間気合に転じ、転がり落ちてきた二m程の岩が真っ二つに砕かれた。

 たった今岩を砕いた拳をぎゅっ、と握って感触を確かめる。

 それからアキトはやや困った表情を作り、頭上の巨体に視線を向けた。

 

「ダメだよメティちゃん。一度に沢山落としてくれって言ってるだろう?」

『でも・・・そんなことしたらお兄ちゃんが怪我しちゃうよ?』

「いや、それくらいじゃないとダメなんだ! いいかい、次はちゃんと落としてくれよ!」

 

 例によって無断借用してきたノーベルナデシコの視線でちらりとアキトを見下ろし、

 頭の後ろで手を組んだメティが呆れた様に溜息をつく。

 

『ん、もう。・・・・でも、こんな特訓何になるんだろう?』

「ほら、早く!」

 

 やや苛立ったようなアキトの声が響き、メティが唇を尖らせる。

 

『もう、メティどうなっても知らないからね!』

 

 メティが半ばやけになって叫ぶと同時にノーベルナデシコの腕が勢い良く振り下ろされ、

 岩山の上部を砕いた。

 砕かれた岩が急斜面を転がり落ち、岩の雪崩が時速200km近いスピードでアキトに迫る。

 アキトの視界の中で、迫り来る無数の岩にあの絶技が重なった。

 

(これだ・・・これがナオさんのパンチだっ!)

 

 アキトが動いた。

 流れる様な動きで間合いを詰める。

 砕く!

 割る!

 吹き飛ばす!

 アキトの五体が次々と大岩を砕き、あるいは頬が触れ合うくらいの間合いで岩をかわす。

 数分後、アキトの眼前に動く岩はなかった。

 

 

「次!もっとだっ!」

 

 

 腹に響く震動と共に岩山が砕かれ、岩の津波が再びアキトに迫る。

 それを先程と同じようにあるいは拳で砕き、あるいは動きを見切って紙一重で躱す。

 だが十幾つめかの岩を砕いた瞬間、殆どタイムラグ無しで

 その影から飛び出してきたもう一つの岩をアキトはかわせなかった。

 

「うわっ!」

『お兄ちゃん!?』

 

 物にもよるが直径2mの岩ともなればその重量は数トンを越す。

 いわんや、時速200kmを越すスピードを持つそれの運動エネルギーにおいてをや。

 そのまま岩に跳ね飛ばされて高く宙を舞うアキト。

 メティがノーベルナデシコの手で地面に叩き付けられたアキトを咄嗟に庇う。

 大岩が手に当たる痛みにメティが顔をしかめる。

 だが、その視線は倒れたままのアキトから離れることはなかった。

 

 

 

 

 岩津波が収まって数分後、呻きながらもようやくアキトが身を起こす。

 その傍らには心配そうなメティとむっつりしながらアキトの怪我の具合を調べるガイの姿があった。

 

「まあ、軽い打ち身だけだな。けど、一体全体何やってるんだよおまえは」

「ねえ、もうやめようよ。このまま続けたらお兄ちゃん死んじゃうよ!?」

「見てたならわかっただろう。特訓だ。

 ・・・・・・・今のままじゃナオさんのあのパンチは破れない」

「でも一度にあんな数、一人じゃ無理だよ」

 

 ガイの呆れたような視線も、メティの懇願も無視して立ち上がったアキトが

 メティのその一言を聞いた瞬間ぴたり、と止まった。

 その目が大きく見開かれている。

 次の瞬間、両拳を握り締めたアキトが弾ける様に振りかえる。

 

「そうだ! メティちゃん、それだよ! それなんだよ!

 ・・・・戦える! これならナオさんと互角に戦えるッ!」

 

「なぁメティちゃん、一体全体何を言ってるんだアイツは?」

「わかんないよ、そんな事」

 

 周りの状況など最早目に入らず、胸中に闘志だけを漲らせてアキトが天に吼え。

 濃い眉を寄せて尋ねるガイに、メティは呆れた様に可愛らしい肩をすくめる。

 とりあえず彼女にわかったのはこれ以上アキトを危険にさらす「特訓」を続けなくて済む、

 という事だけであった。

 

 

 

 

 

 

 ネオアメリカのナデシコ格納庫。

 明日の決戦を控えるナデシコマックスターがその巨体を静かに休めている。

 だが、それを見上げるカズシにはナデシコマックスターもまた

 明日の決戦に興奮を押さえ切れないでいる様に見えた。

 無理もない、とカズシは思う。

 百戦錬磨の古強者であるカズシですら、明日の戦いには興奮と胸の高鳴りを押さえ切れないでいる。

 マックスターが興奮を押さえ切れないでいるとしてもそれは無理からぬ事だろう。

 

「まだ起きてらしたのですか」

 

 物思いにふけるカズシを常に変わらぬ穏やかな声が呼び戻した。

 いつのまにか来ていたプロスペクターとゴートがこちらに歩いてくる。

 

「そういうあんたらもまだ起きてるじゃないか。ナオは?」

「ナオさんはとっくにお休みになりましたよ」

「ったく、ファイトの時だけさっさと寝ちまいやがって。どうせなら普段から規則正しい生活をしろってんだ」

 

 苦笑しつつカズシ。

 「夜遊び大王」のナオもことファイトの前夜だけはさっさと寝てしまう。

 これもファイターとしての資質なのだろうか? と埒もないことを考える自分にまた苦笑する。

 

「逆よりはいいではないですか」

「まぁな」

 

 プロスペクターのフォローも今日ばかりはカズシの苦笑を大きくする役にしか立たない。

 ナオなら遠足を心待ちにする子供のように、ファイトの前夜に興奮しすぎてよく眠れない、

 と言うのも実にありそうな話だとは思う。

 もっとも、逆に普段規則正しい生活を送る可能性については絶対の自信を持って「ない」と言いきれるが。

 

「力がみなぎっているな」

 

 唐突に、無言のままマックスターを見上げていたゴートの口から言葉が洩れる。

 カズシとプロスに注視され、その表情が珍しく照れ臭そうに綻んだ。

 二人の物問いたげな視線に再び口を開く。

 

「いや、今日のマックスターはいつもと違うように思えてな。

 何かこう・・・そう、明日のファイトに昂ぶっているように見えてしょうがない」

 

 今度はカズシとプロスの二人が揃って黙りこんだ。

 どうやら、明日のファイトに興奮しているのはカズシだけではなかったらしい。

 

「そうですね。なんと言っても明日はネオジャパンとの決戦です。

 宿命の対決・・・と言ったところですからね。」

 

 意味もなく眼鏡の位置を直しながらプロスが呟く。

 彼ですらもさすがに平静ではいられないようだ。

 

「思えば・・・彼に会ったのは凱旋帰国したニューヨークでの事でしたね」

「よりによってそのニューヨークで負けちまったんだよな」

「その後も新宿でデビルホクシンに会って」

「ギアナでもまた色々あったな」

「思えば長い付き合いだな、あの男とも」

「ええ。そろそろ決着をつけてもいい頃でしょう」

「・・・・・・・うむ」

 

 

 

 

「さて、それではせっかく揃っている事ですし、たまには三人で一杯やりませんか?」

 

 三人の間に落ちた沈黙を打ち破る様にプロスが口を開いた。

 ゴートが手回しよく酒瓶とグラスを何処からともなく取り出す。

 

「おいおい、明日はファイトだぞ」

「・・・・明日のファイトで我々が出来る事は殆どないだろう」

「ええ。我々に出来るのはナオさんが全力を尽くせるようにするようにする事です。

 後は応援くらいですか」

「ナオが知ったら仲間外れにして、とか言ってまた不貞腐れるんだろうな」

「前祝いですよ、前祝い。どうせ勝ったら浴びるほど飲むんですからあの人は」

 

 今日幾度目かの苦笑を浮かべるカズシとにこやかに笑うプロスの前に、

 琥珀色の液体を満たしたグラスが差し出される。

 カズシとプロスが無言のままそれを受け取り、ゴートも自分のグラスを手に取った。

 三人が揃ってグラスを掲げる。

 

「ナオの勝利に」

「テンカワさんとの宿命の対決に」

「そして俺達の夢に」

「「「乾杯!」」」

 

 その夜、三人の宴はいつ果てるともなく続いた。

 

 

 

 

 

「ねぇ、ガイお兄ちゃん」

 

 明日に備えてゴッドナデシコの整備をしながらも、

 ガイの感覚は格納庫の開きっぱなしの入り口から入ってきた小さな気配を捉えていた。

 だから、背後からいきなり声を掛けられた事には驚きもしなかったが

 てっきりディアかブロスであろうと思っていただけに

 その声がメティのものであった事には軽い驚きを覚えていた。

 

「子供が起きていていい時間じゃないぞ。それに、アキトならもう寝ちまったぜ」

「アキトお兄ちゃんの所には行けないよ。明日はファイトだもの、邪魔しちゃダメってのはメティもわかるよ。

 ・・・・・・・・・後それから、子供扱いしないでよね。これでも立派なレディなんだから!」

「はいはい。わかりましたでございますよ、お姫様」

「あーっ! 言ったそばから!」

 

 頬を膨らませて怒るメティの視線を背中に感じながら、ガイはこっそりと口元を綻ばせた。

 

「で、なんだい。何か聞きたい事があったんじゃないのか?」

 

 一通りの整備と調整を終え、整備用ベッドから降りてきたガイが

 作業用の手袋を外しながらずっと待っていたらしいメティに問い掛ける。

 

「あの・・・さ、アキトお兄ちゃんとナオさんやユリカさんたちは友達だよね?」

「・・・友達なのに何で戦うのかって事かい?」

「うん・・・・・」

 

 いつもとは違うどこか心細げなメティの顔を見ながら、頭の中で慎重に言葉を選ぶ。

 多分純粋な技術者である飛厘からは満足な答えが得られず、かと言ってミリアに尋ねるわけにもいかず、

 窮余の策として自分を頼ったのであろう事は薄々ながらガイにもわかった。

 一つ深呼吸をしてガイが話し始める。

 

「なんで戦わなければいけないのか・・・・

 そういう事は俺よりメティちゃんの方がよくわかっているんじゃないのかな?」

「うん・・・それは・・・それはわかるんだけど」

「友情と勝負のどちらが大切かとか、そう言う問題じゃないんだ。

 変に妥協してどちらも中途半端にしてしまうより、

 どちらかを貫くために『それはそれ、これはこれ』と割り切らなけりゃいけない場合もある。

 それにそもそもファイターってのはお互いが憎くて戦うんじゃない。

 強い相手と戦う事、それ自体が目的って所が・・・・って、こりゃ釈迦に説法だったかな」

「『シャカニセッポ』?」

「身のほどを知らずに自分より頭のいい人間に物を教える、とかそう言う意味さ。

 メティちゃんはアキトとファイトするのが楽しかったろう?」

「うん」

「でも、アキトが嫌いなわけじゃないよな?」

「当たり前だよ!」

 

 間髪いれずにメティが叫ぶ。

 その素直さにこころもち苦笑しながらガイが言葉を継いだ。

 

「それと同じさ。友情とはまた別のレベルで、あいつらは決着をつけなけりゃいけない間柄なんだ」

「決着かぁ・・それはメティにはわからないな」

「ライバル、ってのはそう言うものらしいぜ。ま、メティちゃんにもそのうちわかるんじゃないかな」

「・・・・今、またメティの事子供扱いしたでしょ?」

「いや、してないって」

「本当〜に?」

「ホントホント」

 

 

 

 

 

 

 

 廃墟の中の、瓦礫でうっすらと舗装された巨大な空き地。

 そこがクイーンズイーストロード・リングであった。

 今、その廃墟の只中に轟音の如き声が響いている。

 爆音の如く、雷鳴の如く、声が轟いている。

 数万人にも達するネオアメリカの大応援団がたった一つの名前を呼び、会場そのものを震わせている。

 そして彼らの求めるものがその場に姿をあらわした時、それは頂点に達した。

 夜空に一筋の光が走り、会場上空を一周するかのように旋回した後

 ナデシコマックスターがリングに降り立つ。

 爆発した歓声に、ナオが右手を高々と上げて応えた。

 

 

 対照的にゴッドナデシコの入場は静かな物だった。

 だがその目には静かな闘志が湛えられている。

 そして、その歩みには一分の隙もなければ迷いもない。 

 

 リングの中央を挟み、両雄が対峙する。

 

 

 

 

 

今、決着の時!

 

 

 

 

 

 

「遂に来たなぁ、この時が!」

 

 ナオが吼える。

 アキトが。ゴッドナデシコが。そして会場そのものが震える。

 無形のプレッシャーが、物理的な圧力すら伴いアキトとゴッドナデシコを震わせる。

 その圧力を全身で受けながら、アキトもまた獰猛に笑う。

 そしてその二人を眺めるこの女性もまた。

 

「ふふ・・・感じているかい、メグミ首相。奴の、ヤガミナオの気迫を」

 

「今の奴は最早人にあらず」

 

「これ即ち野獣の気迫!」

 

 その瞳に、ファイターにしかわからぬ熱い何かをたぎらせてホウメイが低く笑う。

 常に変わらぬ笑みを浮かべるメグミですら、今はその微笑みに静かな興奮を湛えているようにも見えた。

 

「うふふふふ・・・なるほどなるほど。では期待させていただきましょう。

 さて、ギャラリーを待たせるのも悪いですからね。始めるとしましょうか・・・・・

 ナデシコファイト・スタンバイ!」

 

 

「Ready!」

「ゴォォォッ!」

 

 

 メグミ首相の声に応じ、二つの咆哮が轟く。

 今、ゴングは高らかに打ち鳴らされた。

 

 両者が突進した次の瞬間、強烈無比のカウンターがアキトを吹き飛ばした。

 ボディに打ちこまれたナオの拳が二人の突進力をそのまま衝撃に変えて、

 ゴッドナデシコの背をバリアーに叩きつける。

 肺の中の空気を残らず吐かされ、さすがのアキトが一瞬動きを止めた。

 

 

 

 

 吼える。

 ナオが吼える。

 今まで積もりに積もった何かを吐き出すかのようにナオが吼え、怒涛のラッシュを放つ。

 両腕は片時たりとも休むことなく、ピストンのように終わりなきパンチの豪雨を浴びせ、叩きつける。

 

 顔面を! 頬を! こめかみを! 顎を! 

 ボディを! アバラを! レバーを! 胸を!

 打つ! 打つ! 打つ! 打つ! 打つ! 打つ! 打つ! 打つ! 

 

 今やアキトは、ゴッドナデシコは完全なるサンドバッグであった。

 

 エリナが真っ青な顔で椅子に持たれかかり、ハーリーが呻く。

 ガイですら声もない。

 

 

 指示を出す事も忘れ、カズシがナオと同調したかのごとく吼える。

 ゴートが普段の冷静さをかなぐり捨て、声を嗄らして叫ぶ。

 プロスペクターですら興奮に我を忘れている。

 そして、その声はナデシココックピットのナオにもしっかりと届いていた。

 

 

「ああ、そうだ! 俺の夢の為だけじゃねぇ! カズシさんたちの為! ネオアメリカの為!

 そして何より! アキト、おまえの為に!」

 

 叫びながらもナオの拳は休むことを知らない。

 アキトのガードすら追いつかぬ神速のストレートが、唸りを上げてその顔面に突き刺さった。

 

「そうだアキト! 俺は、おまえが憎かったっ!」

 

 ナオの脳裏に、初めてアキトと拳を交わした時の記憶が鮮烈に甦る。

 

「生まれ故郷のニューヨークで倒されたあの屈辱! あの敗北感!」

 

 ナオは誇り高い男である。

 なればこそ、かつての敗北の屈辱感はいまだナオの心に癒えることない古傷として残り、

 時おりその傷口を開いてナオを苦しめている。

 

「そして! おまえを生涯の敵と認識したあの瞬間っ!」

 

 一瞬、ナオの目に写ったのはあの瞬間。

 己の誇りその物とも言える右の拳を打ち砕かれ、大地に這ったあの瞬間。

 

「俺は自分自身に、プライドにかけて誓った!

 必ず! おまえに! 勝つってなぁっ!」

 

 ボディへの重い一撃でアキトの胴体が「く」の字に曲がる。

 次の瞬間、唸りを上げて伸び上がったアッパーがその体を宙に舞わせ、

 一秒ほどの浮遊感を感じた後アキトは背中からリングに叩き付けられた。

 

 

 

 

BURNING!