間合いを取ったユリカの剣が、高く天を指した。
その体に気が満ちてゆくのがはっきりと、傍目にもわかる。
遂に、ボディがハイパーモードの黄金の輝きに覆われた時、
天を貫くが如く立てた刀身から薔薇色の陽炎が立ち昇った。
次の瞬間それは刀身にまとわりつく渦となり、ナデシコローズを覆い尽くす竜巻となる。
マントが展開し、その中から飛び出した無数の薔薇が渦に巻かれて天高く舞った。
瞬間、ユリカの無言の気合が放たれる。
津波の如く、薔薇の竜巻が回避する暇すら与えずゴッドナデシコを飲みこんだ。
五体を引き千切られるような感覚があった。
薔薇の棘の一つ一つが火線となってゴッドナデシコを貫き、
唸る渦が茨の檻となってその動きを縛り、五体をバラバラにしようと苛烈な圧力を加えてくる。
動きを封じられて攻撃も防御も満足に行なえぬまま、ダメージは確実に蓄積されてゆく。
存在そのものが削り取られて行くような錯覚すら覚える容赦のない攻撃。
まさしく攻防一体、ユリカ渾身の奥義。
だが、その中にあってなおアキトは笑って見せた。
「! ・・・・余裕じゃないアキト!」
「余裕じゃないさ・・・お前のローゼスハリケーンを破る為の特訓が無駄にならなかったのが嬉しくってな!」
「・・・いいよ。これを破れると言うなら・・・見せてちょうだいっ!」
ユリカの言葉と共に、渦が一層その圧力を増す。
渦どころではない。まさしく全てを飲み込む大竜巻だ。
「なんて威力だ・・・ビットは操縦者の精神力に感応する武器・・・
なら、あれはユリカ嬢ちゃんの気迫そのものってことか・・・・・・・!」
そう、ガイが青い顔で呻くほどの。
だが。火線にさらされながらも大鷲が翼を広げるが如く、アキトの二刀が左右に大きく構えられた。
そう・・・・目には目を! 歯には歯を! 回転には回転を!
「流派東方不敗、旋の太刀!
ゴッドスラッシュ・タイフゥゥゥゥゥゥゥンッ!」
薔薇を織り込んだ真紅の竜巻の中にもうひとつ、黄金に輝く旋風が生まれた。
双刀を構えたアキトの体がローゼスハリケーンと逆方向に回転する。
回転する剣に触れた部分の竜巻が火を吐いて弾ける。
渦の中のローゼスビットが斬られ、爆発しているのだ。
二つの回転する力がせめぎあい、赤い竜巻と黄金の旋風の接触面で絶え間なく火花のような小爆発が起こる。
無論それは赤い竜巻ばかりではない。
黄金の旋風もまたダメージを受け続けている。
いや、渦の動きに逆らって回転している以上、渦から受けていた圧力は倍化している筈だ。
抱え込んだ物をすり潰そうとする赤の竜巻。
それを内側から食い破ろうとする黄金の旋風。
二つの渦の戦いはそのまま、アキトとユリカの「気」のぶつかりあいであった。
竜巻に向けた細剣を構えることによって集中を高め、自らが操る赤い渦の圧力を強めようとするユリカ。
気力を奮い起こし、それを内側から破ろうとするアキト。
息詰まるような無数の一瞬が過ぎさる。
そして、この気力と気力の勝負が始まってからどれだけの時間が経ったかもわからないある一瞬、
赤い竜巻の表面に亀裂が走った。
「ローゼスハリケーン・・・・・破れたりッ!」
次の瞬間、アキトの咆哮と共に赤い竜巻はその表面に無数の爆発をまといながら崩壊した。
双方の体を覆っていた黄金の輝きは消え、
赤い竜巻の崩壊の余波が衝撃波となって周囲に拡散する。
コウイチロウ達は咄嗟に身を低くして耐えた。
だが、かなりの至近距離にいたユリカはまともにその衝撃を受けてしまった。
辛うじて踏みとどまりはしたが、一瞬意識を失っていたらしい。
いつのまにか雷鳴の如く咆哮を轟かせながら、二刀を構えたアキトが突進してきていた。
最後の数歩を殆ど瞬間移動の如き踏み込みで間合いを詰め、
その二刀が独立した生き物のようにユリカを襲う。
防御しようと剣を構えはするものの、気力を込めた技を破られたばかりのユリカは虚脱していた。
対してアキトはローゼスハリケーンを破った気力をそのままに剣を振るっている。
即ち、剣の帰趨は自ずから明らかであった。
忽ちの内に防御を破られ、ナデシコローズの全身をゴッドナデシコの二刀が切り裂く。
堪らずユリカが倒れる。
ゴッドナデシコが最後の連続攻撃を掛けようとして、その態勢が崩れた。
剣を握ったまま跳ね起きたナデシコローズがタックルを掛けたのだ。
踏ん張ろうとするその顔面にナデシコローズの頭突きが決まる。
倒れこむゴッドナデシコに馬乗りになり、ナデシコローズがその顔面を殴打する。
そこには最早スポーツマンシップとか言った物はなく、ただ勝利への執念のみがあった。
「そんな・・・・華麗なファイトを身上とするユリカ先輩が!」
「いや・・・・・これだ! これなのだ!」
コウイチロウが拳を握って叫ぶ。
驚いたように自分に集中する視線にも気付かず、コウイチロウはファイトを、自らの娘を注視していた。
アキトとユリカが再び間合いを離して睨み合う。
ゴッドナデシコは傷つきながらもローゼスハリケーンを乗り越え、
ナデシコローズは満身創痍と言えどもその気迫は今やゴッドに勝るとも劣らない。
今、ユリカの心の中にあるのはただ一つ。
勝ちたい。
なんとしてでも、この素晴らしい好敵手に勝利したい!
否。
勝たなければならないっ!
「アキト! 決着を着けるよ!」
「応! 行くぞユリカぁっ!!」
「俺のこの手が真っ赤に燃える!」
「私のこの手が真っ赤に燃える!」
二人の体が、再び黄金の輝きに覆われる。
闘志は双眸から溢れる光となり、弾けるような"気"が二人の中間で反発を起こす。
機は熟した。
後はただ、勝者を決めるのみ。
「勝利を掴めと!」
剣を納め、アキトの右掌に王者の紋章・・キング・オブ・ハートが浮かび上がる。
ゴッドナデシコの右掌もまた真っ赤に燃えて轟き叫ぶ。
その、爆熱の掌で掴む物は勝利ただこれあるのみ!
「轟き叫ぶ!」
叫ぶユリカの手にフェンシング・サーベルが握られている。
最後の最後で己を託すのは幼き日より修練を重ねたこの剣の技以外にはない。
柄を握るその右手に浮かぶのは騎士の紋章・・・ジャック・イン・ダイヤ。
真の騎士の証は剣にあらず、叙勲にあらず、名誉にすらなし。それはただ、その魂の内にある。
例え騎士の名を捨てようとも、ユリカの魂は騎士のそれに他ならなかった。
ならば、私らしく、騎士らしく。この一太刀に全てを賭けよう。
「爆熱! ゴッドフィンガァァァァッ!」
「秘剣! 薔薇崩しっ!」
二人が、同時に跳んだ。
アキトの右掌が爆熱する!
ユリカの剣が再びあの赤い渦をその身に生じさせる!
大きく振りかぶった爆熱の掌とただ無心に振り下ろされた赤い薔薇の剣が激突した瞬間。
巨大な爆発が起こった。
再び、コウイチロウ達が地面に身を伏せて難を逃れる。
爆風が土砂を巻き上げ、濛々たる土煙が巻き起こる。
それが晴れた時、戦場にあったのは倒れたナデシコローズと
その傍らにかがみこむゴッドナデシコの姿だった。
ナデシコローズのコクピットハッチを強制開放したアキトがユリカの体を抱き上げる。
コクピットから出た時、ユリカが低く呻いて意識を回復した。
「ユリカ・・・大丈夫か」
「アキト。・・・・・・・・・負けちゃったんだ、わたし」
無言のまま、アキトが頷く。
穏やかな顔でユリカが微笑んだ。
「でも、いいんだ。戦ってくれてありがとう。
私、これでどんな罪に問われてもそれを甘んじて受け入れられると思う。
アキトのおかげだね」
「その必要はない」
ゆっくりと、ユリカの視線がコウイチロウの方向へ向く。
「お父様・・・・・?」
「ユリカ。ファイターとしてお前に欠けていた物はまさしくお前が先ほど見せたそれ・・・勝利への執念だ!
いいかね、ユリカ。ナデシコファイトは競技ではない。あくまでも戦争の代替物!
例えいい戦いを演じても勝たなくては意味がないのだ!
もし、今回のファイトの前にお前がその執念を見せていたのなら・・・儂も棄権はさせなかったろう!」
「・・・・じゃあ」
「そうだ。今お前をナデシコから下ろすわけには行かん。
本決勝バトルロイヤルに進出し、ネオフランスに優勝をもたらしてもらう為にも!」
「ん〜、なんか丸く収まったみたいじゃない? よかったねぇ、ジュン君。ぽんぽん」
「そうみたいね。あ〜あ、でもちょっぴり残念だな。
ジュン君が責任取らされてユリカさんとこを首になったら私“たち”が養ってあげようと思ってたのに」
「あ! それいいかも・・・」
「・・・・・・・いや、それはそれで男のプライドと言う物が」
「「あったの?」」
雨が降ってればよかったのに、とジュンは思った。
そうすれば涙を見せずに泣く事ができるから。
まぁ、チハヤは冗談半分で言ってるだけだが・・・多分ユキナは本気だろう。
自分は決して格好よく決めることができない運命に生まれついてでもいるのだろうか。
少し天を恨んだジュンだった。
「あ、そうだ・・・戦ってくれた御礼、まだアキトにしてなかったね」
「珍しいな。お前がそんなこと・・・」
「えへへ。これがお礼だよ」
ちゅっ
その瞬間、世界が止まった。
そして、次のユリカのセリフが止まった世界を再び動かす。
「えへへへ・・・・私のファーストキス、アキトに上げちゃった!」
「ゆ・・・・・・ユリクワァァァァァァッ!」
「先輩不潔ですわーーーー!」
コウイチロウが、滝のような涙を流しながら絶叫する。
そこには、既に一瞬前までのネオフランス宇宙軍元帥としての威厳などカケラも残っていなかった。
一方イツキルイゼはまるで悲劇のヒロインででもあるかのように泣きながら草原を走ってゆく。
ちなみにアキトのファーストキスは十数年前他ならぬユリカによって奪われていたりするが・・・・
無論、奪った本人は全く覚えてない。
ふと、ガイとジュンが違和感に気がついた。
コウイチロウ達と一緒に絶叫するかと思われたカグヤの声が上がらなかったこと、
そして、さっきまでカグヤがいた方向から立ち昇る殺気に気がつき、
二人が恐る恐る同じ方向を振り向く。
「ふ・・・・・・ふふふふふふふふふふふふふふふふふふふふふふふふふふふふふふふふふふふふふふふふふふふふふふふふふふふふふふふふふふふふふふふふふふふふふふふ。
い〜い度胸ですわねぇユリカさん。事もあろうに私の目の前で私のものであるアキト様の唇を奪うとは。
やはりあなたとは共に天を戴かざる間柄。そう幼き日よりの因縁をここで!」
宣言しつつすらり、とカグヤが腰のレイピアを抜く。
ガイとジュンが先ほどからダラダラと流しつづけている冷や汗の分泌量を更に三割ほど増やした。
((ヤバい・・・・・完全に目がイってるっ!))
そう、いわゆる「『本気』と書いてマジと読む!」状態である。
ちなみに、二人だけでは手におえずにチハヤとメティにも応援を頼んだことを付記しておこう。
先ほどまで名勝負が繰り広げられていた草原では、今スラップスティックコメディが上演されていた。
硬直しながら滝のような涙を流しつづけるコウイチロウ。
泣きながらまだ走っているイツキルイゼ。
ガンダムファイターを含む五人がかりで取り押さえられながらもイッちゃった目でじりじりと前進するカグヤ。
そしてユリカを抱えたままそれらの騒ぎにも気がつかないほど茫然自失しているアキト。
そんな周囲は気にも止めず、
「ぶいっ!」
騒ぎの張本人は、最高の笑顔と共に元気よくブイサインを突き出した。
次回予告
皆さんお待ちかねぇ!
常にマイペースなネオチャイナのファイター東舞歌。
ですが、一通の手紙が彼女を執念の戦士へと変化させます!
死を賭してアキトに最後の戦いを挑む舞歌!
そしてその覚悟は遂に彼女をして少林寺の最高奥義を繰り出させるのです!
機動武闘伝Gナデシコ、
レディィィィィィ! GOッ!
あとがき
まずはとーるさんに感謝。
今回の話が上がったのもこれとーるさんの書いてくださった感想のおかげです。
よい作品は感想を書かせる力に満ちていますが、
よい感想もまた、作品を書かせる力に満ち溢れているのです。
・・・・・・・・・・・・そこ、「単純なだけじゃん」とか言わないよーに。
嬉しいものは嬉しいんだから。
・・・・でも、次回は今回以上のものを書かないといけないんだよな〜。
今からちょっぴりプレッシャーかかったりして(苦笑)。