機動武闘伝
Gナデシコ
漆黒の宇宙空間に浮かぶ、宇宙の広がりに比べれば余りに小さなひとつの構造物。
この航路監視ステーションにも父母娘、三人の家族の営みがあった。
監視所の主任席に小柄な男がふんぞり返り、
恐らく男の妻であろう大柄で気風のいいおかみさん、と言った感じの女性、
そして十三、四の娘がその脇の席でそれぞれ計器を見ていた。
「へへっ、もうすぐここともおさらばだな。ここを勤め上げればようやく頭金が出来るぞ!」
「お父さんとお母さんの、お店が出来るんだね・・・!」
「そうだよ、久美。私たち三人の店ができるのさ。」
女性が娘に優しく語り掛ける。
男がしみじみと、昔を懐かしむ様に言葉を継いだ。
「お前たちにも苦労をかけたよなあ・・・」
「何言ってんだい。一緒になった時覚悟してたよか、随分マシだよ。」
「・・・おい、そりゃどういう意味だ?」
「あら、自覚してると思ってたけどね?」
この夫婦にとってこんなのはじゃれ合いのようなものだ。
心配するどころか、笑いをかみ殺すのに苦労する久美である。
突然、全ての警報が狂ったように鳴り始めた。
「何!?」
「お父さん、お母さん、あれ!」
「・・・・・海賊船!」
宇宙に、閃光が走った。
「さて・・・・今日のナデシコファイトは、三年前のこの事件が始まりの様です。
ですが、この事件がテンカワアキトとどの様に結びついてゆくのか、
また、デビルホクシンとともに地球に落ちた妹アイの手がかりとなるのかどうか。
それは今日の対戦相手、ネオカナダのランバーナデシコ次第。
それでは!
ナデシコファイト・・・
レディィィ!ゴォォォゥ!」
第八話
「仇は討つ!
復讐の少女ファイター」
轟々と音を立て、膨大な量の水が流れ落ちてゆく。
ネオアメリカとネオカナダの国境に位置する世界最大の滝、ナイアガラ大瀑布。
映画のワンシーンにもなった小さな展望台に立つ二つの人影を、
カナダ側の崖の上からじっと見つめる影があった。
小柄な体には不釣合いなほど巨大な、木を伐採するための斧を背中に括りつけている。
その目が寒気を覚えさせるような、暗い光を放った。
目の前に壮大な水の壁があった。
自然の作り出した雄大な景色に思わずガイですら見とれている。
所詮人工の環境であるコロニーには、とてもこんな景色はない。
だが、横のアキトは景色に目もくれずむっつりと黙り込むばかりだった。
「・・・・俺は帰るぞ、ガイ。」
「何でだよ?いいじゃねえか、折角ナイアガラに来たんだぜ?
景色を楽しまにゃ損ってもんだろうが。」
「景色を楽しむより他に、俺にはすることがある!」
「心に余裕の無い奴だな。いつもそんなんじゃあ、いざって時に糸が切れちまうぜ?」
「放っといてくれ!」
「あ〜、はいはい。俺は橋の所で手続きしてくるからな。
それまでここで待っててくれ。せいぜい景色を楽しんでろや。」
「・・・フン!」
ガイが降りてゆくのと入れ違いの様にして、一人の少女が階段を昇ってきた。
すれ違ったガイの直感がもう少し鋭ければ、
その少女のどこか荒んだ風貌と沈んだ目に違和感を感じた事だろう。
それは、決して普通の人生を送ってきた人間の顔ではなかった。
ましてや、このような二十歳にもならぬ少女の顔では。
その表情が階段を昇るに従い、一段ずつ据わったものに変わり、
まとう雰囲気も次第に険しいものになってゆく。
少女が階段を昇り切ってアキトの前に立ったとき、
アキトはごく自然に戦闘態勢を取っていた。
鋭い眼光をアキトに突き刺しながら少女が口を開く。
「ネオジャパンのファイター、テンカワアキトね。」
「・・・・君は?」
構えを崩さぬままアキトが問う。
「私はバン・ヒサミ。ネオカナダのナデシコファイターよ。」
「!」
「やれやれ・・・かなり参ってるな、アキトの奴。」
滝の両岸を繋ぐ長い橋の中央でガイがぼやいた。
手すりに足をかけて遠くを睨み、意味もなくポーズをつけてみる。
こうしているといいアイデアが浮かびそうな気がするのだが・・・。
アイデアは浮かばなかったが、ガイは足元に一隻の船がいるのに気がついた。
遊覧船にしては少し小さすぎる。
ガイが驚いたのは、その船の前甲板に
アキトとさっきすれ違った少女がいるのに気がついた時だった。
「・・・リョーコちゃんがここに来るのか!?」
「そう。ネオロシアはあなたに敗れた後作戦を変更したわ。
討って出て、ひとつでも多くの敵を倒すと言う方針にね。
その最初の標的がこのネオカナダ。」
「で?俺とつるんでネオロシアを倒そうとでも?」
「その通りよ。あなたの持っているボルトナデシコの情報が欲しい。」
アキトが険悪な表情になる。
爆発寸前の視線をヒサミに突き刺し、指を突きつけた。
「じゃあ、お前を探してやってきた俺は無視って事か?」
「そうよ。私の敵はネオロシアだけ。」
アキトの目が、一段と細く絞られた。危険な兆候だ。
ヒサミの手がアキトの手首を握る。
「私とスバル・リョーコの勝負が終わったら私のナデシコの首をあげる。
・・・そうすれば納得してもらえる?」
「・・・気に入らないな。」
ヒサミの手を外し、アキトが静かに答える。
ヒサミの方も既に身構えている。
「ならばどうするの?」
「決まっている!シャイニング!ナデシコォォォッ!」
滝の中にぼんやりとしたシルエットが見え、ついでその目が光る。
水の壁を割り、鋼鉄の巨人が現れた。
橋の上でガイが目を見張った。
「何?ナデシコを出してどうする気・・・・!?」
再びガイを驚かせた物。
橋の下の水面下に巨大な影があった。
それが悠々と水中を進み、ヒサミの乗った船の前で立ちあがる。
ボルトナデシコにも匹敵するような重量級の巨体。
肩にスパイクを、二の腕には片手用の斧が一本ずつ装備されている。
その掌の上にヒサミが飛び移り、そのまま彼女をコックピットに運ぶ。
「行くよ!ランバーナデシコッ!」
ランバーナデシコが向きを変え、シャイニングナデシコと相対した。
「・・・ようやくやる気になったようだな!ならば!
ナデシコファイト・スタンバイ!レディ!」
「断る。」
ごく短い拒絶がアキトの足を止めた。
ナデシコファイト国際条約により、双方が合意しなければファイトは成立しない。
無理に仕掛ければそれは只の私闘となり、最悪失格になりかねない。
「さっきも言った通り、あなたと正式なファイトをするつもりはない。
お願い、ボルトナデシコの情報を教えて。」
「ふざけるなぁっ!」
アキトがバルカンを乱射しつつ突進する。
腰のビームソードを抜き打ちに浴びせようと柄に手をかけた。
だがその寸前、躱すどころか突進してきたボルトナデシコの
ショルダーアタックがアキトと、シャイニングナデシコを吹き飛ばした。
ナイアガラの水の壁に叩きつけられ、シャイニングナデシコの巨体が滝壷に沈む。
「すげえ・・・・!」
ガイが唸る。
ボディのみならず、パワーもボルトナデシコと比べて遜色無い。
ランバーナデシコが振り向いた。
「キング・オブ・ハートがこの程度でどうにかなることもないでしょう。
あなた、テンカワアキトのクルーね。」
「のわっ!?何しやがる!」
巨大な手がガイの体を掴み、持ち上げる。
ガイといえどもさすがにナデシコのパワーには太刀打ちできない。
「こんな事はしたくないけれど・・。協力してもらうわ。
・・・・テンカワアキト!
ボルトナデシコの情報を教える気になったら、ロッキー山脈まで来なさい!
それまであなたのパートナーは預かっておく!」
ランバーナデシコの巨体が浮かび、遥か西の彼方に消える。
滝壷の中から浮かび上がったシャイニングナデシコの中で、
アキトが飛び去るヒサミを睨んでいた。
ロッキー山脈のほど近く、カルガリーの空港にネオロシアの軍用機が降り立った。
その、ずんぐりしたデザインからして中にはナデシコを搭載しているに違いない。
略式司令部であるとともに、ナデシコの整備・補修工場を兼ねる、
ネオロシアの誇る軍用司令輸送機、空中移動基地「ポチョムキン」である。
緑色の髪を短く揃えた女性が、軽薄そうな金髪赤メッシュ男の後ろからタラップを降りてくる。
時折、その両手首の間に青白い鎖が見える。首の帯には爆薬。
ネオロシアのナデシコファイター、スバル・リョーコであった。
サブロウタが諜報員の報告を受け眉をしかめる。
「・・・テンカワアキトが来ているだって?」
「は。昨日、ナイアガラでネオカナダと非公式のファイトを行いました。」
「あいつは何をしでかすか分からん。徹底的にマークしておいてくれ。」
「その、それが・・・」
「その必要はないぜ。」
汗を浮かべて言いかける諜報員の後ろから声がした。
リョーコとサブロウタにとっては忘れようとしても忘れられない声だ。
「・・・テンカワ!」
「久しぶりだな、リョーコちゃん。それにサブロウタ。」
「・・・ネオロシアの諜報部も落ちた物だね〜。ここまでの接近に気がつかないとは。」
諜報員たちの顔が赤く、あるいは青くなる。
リョーコが口を開いた。
「・・・何の用だ?」
「今日は君じゃない。どちらかと言うとサブロウタの方に話がある。」
「ふむ?・・・・困ったな。」
「おいおい、いきなりそれは無いだろう。」
「君の気持ちは嬉しいけれども・・・・俺は男に興味は無いん」
同時に繰り出されたリョーコとアキトのハイキックが左右からサブロウタの頭を直撃する。
見事なほど同時のタイミングで二本の足がサブロウタの頭を挟みこみ、
脳震盪を起こしたサブロウタが滑走路のコンクリートに熱烈なキスをした。
「びゃン・ヒしゃミ?それがネオカにゃダのナデシコはイターの名か?」
「ポチョムキン」の一室で意識を取り戻したサブロウタがアキトに確認した。
まだ顎と視界がぐらついている。
誰も気がつかなかったが、その名を聞いた時リョーコの表情がわずかに動いた。
「ああ。なんだか知らないがお前たちにえらく御執心のようだったな。」
言いながらアキトがサブロウタからリョーコに視線を移す。
リョーコが、無言で視線を外した。
アキトが怪訝な表情になる。
「で?パートナーのダイゴウジ・ガイが囚われていると言うわけか。」
「まあ、ナデシコに踏み潰されたくらいでどうこうなる奴じゃないが・・・。」
「・・・本当に人間かい、彼は?まあ、それはともかく協力しよう。」
「ほう?」
「いや、こっちにも利益の多い話だからね。」
口調こそ軽いが、サブロウタの目は軍人の光を放っていた。
もっとも前歯が欠け、頬にぷっくりと膨らんだ見事な青痣のできたその顔では
間抜けな事この上なかったが。
雄大なロッキー山脈の中腹、美しい自然に囲まれた、
名も知れぬ湖から盛りの中に少し入った所に、ひとつの山小屋があった。
だが、今小屋の中にいる二人にはその自然をめでる余裕はない。
斧の刃を砥ぎ、グリースで磨きながらヒサミが謝罪する。
「手荒なまねをして済まなかったわ。けど、もう少し付き合って頂戴。」
「・・・お前さん、一体何が目的なんだ?ただナデシコファイトに勝つためじゃないんだろう?」
ガイが問う。
斧を目の前にかざしながらヒサミが答えた。
磨かれた斧の頭にヒサミの顔が映っている。
「私の目的・・それはただひとつ。スバル・リョーコをこの手で殺す事・・・・・・!」
「!」
さしものガイが絶句した。
ようやく言葉を紡ぎ出す。
「殺すって・・・ファイトの国際条約を知らないわけじゃないだろう・・・。」
「これは試合じゃない!裁きなのよ!」
ヒサミが振りかえり、斧を床に突き刺した。
「裁き・・?」
「そう・・・・私の母を殺した者への正義の裁きよ。」
ロッキーの山中をポチョムキンが飛んでいた。
レーダーに引っかからないように地表すれすれを低速で飛行している。
「・・・彼女が賞金稼ぎだった?あの歳でか?」
「ああ。生涯をかけてある女を追い詰める為にな。
・・・それが宇宙海賊スバル・リョーコ。彼女の宿敵なのさ。
もう、随分前の話だ。
彼女と両親、一家三人は航路監視ステーションに家族ごと赴任していた。
それも後一週間で終わろうかと言う時、リョーコちゃんの海賊船がステーションに衝突した。
監視室の気密が破れ、空気圧が彼女達を真空に吸い出そうとしていた。
なんとか助かろうとしていた三人。だが彼女の母は今にも宇宙に吸い出されようとしていた。
その時、一人の宇宙服を着た人物が彼女と母親の間に割って入った。」
「その後・・私とお父さんは運良くやってきた警備艦隊に助けられた。
でも、気がついた私の目の前にあったのは焼け崩れ、
岩の塊となったステーションの残骸だった。
そして、もうそこには誰もいなかった。」
「でも・・・私の目にはお母さんの姿が焼き付いて離れない!
そして、お母さんを殺したあの女・・・スバル・リョーコ。
私は誓った・・必ずあいつを追い詰め、母の敵を討つと!
そして奴が捕まりネオロシアのナデシコファイターとなったと知った時、私は思った!
ようやくチャンスが巡ってきた、と!
今こそこの手で、裁きを下す時だと!」
「・・・ナデシコファイターになってまで、か?」
「なにがおかしいのよ!あいつがファイターになった以上、他に手段は無い!」
立ちあがり、ガイを睨むヒサミ。
ガイが反論しようとした時、山中に爆音が響いた。
「来た・・・!」
ヒサミが顔を上げ、走り出す。
「あなたにはもう用は無いわ!好きに帰りなさい!」
「ちょっと待て!」
ガイが後を追う。
ヒサミが山道を小走りで行く。
ガイが大股でその後を追った。
「分かっているのか!?どんな理由があれ、
コクピットを直接攻撃するのはルール違反だぞ?いや、立派に殺人だ!
お前さんが人殺しになって、お袋さんは喜ぶのか!?」
「放っておいてもらいましょうか!あなたには関係の無い事よ。」
湖の中からランバーナデシコが姿を現す。
ヒサミは素早くコックピットに乗り込むと、ガイのほうを見もせずに言い捨てた。
「・・・関係無いだと!?人を人質に取っておいてよく言うぜ!」
森の中から立ちあがるランバーナデシコが、ポチョムキンからも確認された。
サブロウタとともに機体上部の監視台(地上で機体を着陸させての戦闘指揮を想定している為、
ポチョムキンのデザインは航空機と言うより「飛行可能な艦船」に近い。
司令部は艦橋のような突出した構造物の中にあった)にいたアキトにも
肉眼でそのシルエットがはっきりわかる。
ランバーナデシコの方からもアキトとサブロウタの姿を確認していた。
「復讐鬼のおでましか・・・。」
「へええ。テンカワアキトも律儀な男ね。もっとも・・私は二対一でも一向に構わない!」
ポチョムキンのほうに向かってランバーナデシコがファイティングポーズを取る。
明らかな挑戦だ。
アキトがナデシコに搭乗するべく身を翻す。
「さて、ここまで連れてきてくれた礼に、彼女とは俺が先に戦おう。
二体で戦わせて残った方と戦う・・・らしい、効率的な作戦だな。」
「・・・ひとつ、気になることがある。
リョーコちゃんは海賊時代、物は取っても人の命は奪わなかった。
ましてや、無抵抗の民間人を。」
「どう言う意味・・・」
アキトが問い返そうとした時、ポチョムキン後部のナデシコ収容ブロックが開いた。
『邪魔はやめてもらおうじゃねえか・・・これは、俺の戦いだ!』
「リョーコちゃん!命令違反だぞ、ナデシコを止めるんだ!」
『馴れ馴れしく呼ぶなっつってんだろ!!』
「うわっ!」
ボルトナデシコがメインスラスターを吹かす。
その巨体が収納ブロックから上昇し、真っ直ぐに地上に降りて行く。
「どうやら、楽できるのはオレだったみたいだな。」
「く・・・。」
皮肉っぽく笑うアキトを忌々しげにサブロウタが睨んだ。
ボルトナデシコの巨体が森を揺らす。
数十メートルの距離を置き、今大会屈指のパワーファイター同士が対峙した。
「やっと会えたわね・・・スバル・リョーコ!私がこの日をどれだけ待った事か!
私は忘れない・・・お母さんの位牌を抱きしめて泣き続けたお父さんの姿を。
あの時私が流した涙を!
お母さんの無念を晴らせるのは・・・貴女の命だけ!」
無言のまま、リョーコが半身になリ両手を大きく広げた構えを取る。
レスリングを元にした宇宙海賊独特の組み打ち術の構えだ。
「やる気は十分のようね。仇を・・・取らせてもらう!」
正面からがっちりと、二体のナデシコが組み合う。
「ぬあああああっ!」
「おおおおおっ!」
リョーコと、ヒサミが咆えた。全身の力を込め、相手を押しこもうとする。
不意にヒサミが力を外し、リョーコの体勢を崩した。
素早く逆腕を取って関節技に持ち込む。
自分から倒れる事でリョーコがそれを外した。
強引に腕を引きぬく。
両手を広げて覆い被さるランバーナデシコに、
リョーコの両手を組み合わせたハンマーパンチが決まった。
うつぶせに倒れるランバーナデシコを、引っこ抜くように持ち上げて大地に叩きつける。
「きゃあっ!」
「どわぁっ!」
「え!?」
ランバーナデシコのコクピットにヒサミのものとは違う悲鳴が響く。
コクピットの上の空間からヒサミの目の前にガイが落ちてきた。
「よう、お邪魔してるぜ。」
「どうして貴方がここにいるのよ!」
「どうもこうもあるか!目の前で人殺しをしようって奴がいるのに放って置けるか!?」
ヒサミが、真剣な顔のガイを、ちょっとまぶしそうに見つめる。
「・・・私のことを心配してくれてるとでも言うつもり?」
「そんなんじゃねえよ。ほっとけないってだけだ!」
「死んだお母さんも、誰かの事を心配する時そんな顔をしていたわ。」
「!?」
「ごめん!」
唐突に、ランバーナデシコのコクピットハッチが開き、
ヒサミに蹴り出されたガイが、森の中を真っ逆さまに落ちていく。
「ガイ!?」
そのまま大地に落ちたガイが、すぐにむっくりと起き上がるのを見てアキトが安堵の溜息をついた。
スラスターを吹かせてその場を離れたランバーナデシコが両腕を交差させ、
二の腕に装備されていた二丁斧を抜き放った。
リョーコも鉄球を射出し、右手で振り回し始める。
「グラヴィトン・ハンマァァァァッ!」
「ランバートマホォォク!ブゥゥゥメランッ!」
二人の重量級の得物が同時に空を裂いて互いに迫る。
回転しながら飛んだヒサミの斧は鉄球に跳ね返されたが、
リョーコの鉄球も軌道をそらされ、ランバーナデシコに命中する事はなかった。
跳ね飛ばされた斧がヒサミの手に戻り、リョーコも再び鉄球を回転させ始める。
今度はヒサミが先手を取った。
再び、唸りを上げて斧が飛ぶ。
リョーコが、今度は斧とすれ違うように鉄球を放った。
飛来する斧を左手一本で叩き落す。
だがリョーコはランバーナデシコの"両手が"無手であることに気がつかなかった。
左腕に傷を負いながらも斧を弾いた直後、
最初の斧の影に隠れ、全く同じ軌道を飛んできたもう一本の斧が、
ボルトナデシコの右腕の付け根に刺さった。
右腕からハンマーがすっぽ抜ける。
ヒサミが咆え、ランバーナデシコが突進した。
低い体勢からのショルダーアタックがボルトナデシコを跳ね飛ばす。
辛うじて転倒を免れたリョーコにヒサミが組み付く。
ボルトナデシコを押し倒し、馬乗りになった。
何度も、何度も、ボルトナデシコのコックピットに拳を叩きつける。
残った左手で必死にガードしようとするリョーコ。
だが左手も先ほど投げつけられた斧を叩き落したせいで傷ついている。
何百発殴っただろうか、さしものボルトナデシコの装甲も歪み始めた。
「とどめ!」
先ほどのリョーコのように両手を組み、コックピットを叩き潰そうとするヒサミ。
次の瞬間、ランバーナデシコは後方からの衝撃に吹き飛ばされ、
ボルトナデシコの上から転がり落ちた。
「な、何・・・?」
「へっ、引っかかったな!」
ボルトナデシコの右手が予備の「柄」を握っていた。
動かなくなったように見せていたのは演技だったのである。
そして、その予備の柄からはビームの鎖が伸び、
打ち捨てられていたグラヴィトンハンマーの鉄球に繋がっていた。
右手の動きに注意を払っていなかったヒサミは「柄」から鎖が鉄球に伸びるのに気がつかず、
引き戻された鉄球を背中に受けてしまったのである。
素早く身を起こしたリョーコが再びグラヴィトンハンマーを叩きつける。
まともに受けたランバーナデシコのボディが歪んだ。
二発目で右腕が完全に潰れ、倒れた。
動かないナデシコの中でなお、ヒサミはリョーコをにらみ続けていた。
「・・・・あの時と同じね、スバル・リョーコ。
これで私に止めを刺せば、あなたを追いまわす者はいなくなる・・・
あなたも安心して眠れると言うわけね。
・・・さあ!殺しなさい!私を!お母さんを殺したように!」
「・・・・・・」
不意に、リョーコのボルトナデシコがきびすを返す。
アキトもサブロウタも、その場の誰もがあっけに取られた。
だが一番驚いたのはヒサミだったに違いない。
「何故・・・何故殺さない・・・・?何故助ける!スバル・リョーコ!」
(何故なの、スバル・リョーコ!私を生かしておけば、どこまでもあなたの命を狙う!)
その問いに対して、ネオロシアの軍人だと言う金髪の男から
無言のままヒサミに手渡された一綴りのレポート。
そこには、あの日あの宙域にリョーコの海賊船を追いこんだのが宇宙警察であった事、
ステーションとリョーコの船の衝突は事故であった事、
ステーションに残されていた記録映像から立証された、
あの時リョーコがヒサミの母を助けようとしていた事、が記されてあった。
(馬鹿な!リョーコはお母さんを助けようとしていたって言うの!?)
(あの時の事は俺も忘れた事はない。
事実はどうあれ、俺があんたのお袋さんの命を奪った事には変わりはねえ。
だから・・・・・仇を討ちたければ討て。
俺も仲間の命を救うためにこのファイトを戦っている。
この戦いが終わるまで、俺は逃げも隠れもしねえ!)
ヒサミの体が地面に崩れ落ちる。
その肩が震え、低い嗚咽が漏れた。
「・・・あの子、決勝リーグまでリョーコちゃんを追い続けるのかな。」
「わからないよ。それは彼女自身が復讐にピリオドを打てるかどうかにかかっている。
だが・・・過ぎ去った幸せは二度と戻らない。・・・・それは誰しも同じ事だ・・・。」
次回予告
皆さんお待ちかねぇ!
アキトの次なる相手は、ナデシコファイト連続優勝の記録を持つ男の息子テツヤ!
彼の凄まじい戦法はユリカを倒し、アキトに戦士の運命を見せるのです!
次回!機動武闘伝Gナデシコ、
レディィィ、Go!
あとがき
妻の仇を討つべく、全てを捨てガンダムファイターになった男、
復讐鬼アンドリュー・グラハム。
後半にも出てくる準レギュラーのこの役は最初、アリサに割り振る筈でした。
「時の流れに」ではリョーコのライバル格でもありますし、
何より復讐者の名前として「アリサ」というのはぴったりです。
(ねえ、そうでしょう、Benさん?(^^;)
それがなぜ事もあろうに久美ちゃんにあてたか・・。
この回を書いてる最中、ずっと頭にあったのが
TV十六話「『僕達の戦争』が始まる」で見せた久美ちゃんとその父親の涙でした。
あの表情は決して忘れられるものではありません。
もし、あの時彼女が復讐と言う道を選んでいたとしたら・・・?
それが、今回彼女に「復讐鬼」というキャラクターを当てた最大の理由です。
それはともかく・・・書いてる最中にカレリンが負けた。いまだに信じられん。
注:アレクサンドル・カレリン。
最強の名を欲しいままにしたロシアのレスラーで十三年間もの間無敵無敗を誇った。
シドニーオリンピック、グレコローマンレスリングの決勝戦で破れ、
オリンピック四連覇を逸する。はっきり言ってショックであった。
実はリョーコに彼の"カレリンズ・リフト"をアレンジしたような必殺技を
使わせる予定だったんですが・・・。とほほ。
管理人の感想
鋼の城さんから連載第八弾の投稿です!!
ははは、ココで久美ちゃんが出てくるとはね〜
鋼の城さんのキャスティングには驚かさるばかりですね。
しかし、どう考えても女性の割合が高いもんな〜、<時の流れに>本編からして(苦笑)
今後も、女性キャラの目白押し?
個人的にはホウメイガールズと、優華部隊をどうするのかが楽しみにですね!!
では、鋼の城さん!! 投稿有難うございました!!
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