機動武闘伝
Gナデシコ
風の強い夜だった。
エジプトの砂漠は凍えるように寒く、ネオエジプトのナデシコクルーたちも
砂嵐の吹きすさぶこんな夜は格納庫の扉を固く閉ざし、身を寄せて暖を取るのが通例だった。
さして広くもない格納庫の中、巨大な柱を思わせるナデシコの足の間で
クルーたちは火を囲み、せめてもの暖かい食事を取る。
かすかな光に照らされ偉大な古代の王を模した巨人が闇の中に浮かび上がる様は、
さながらここが古代の墳墓か神殿かと錯覚させた。
黙々と食事を続けるクルーたちの一人が格納庫の外壁に叩きつける砂の音と
沈黙に耐えきれなくなったのか、低い声で話し始めた。
「なあ・・・お前知っているか。ダハール・ムハマンドの噂を・・・」
その名を口にする時男の声には畏敬の念と、そして、わずかな恐怖が混じった。
「ダハール・・我らが英雄のあのダハールか?」
「彼は死んだ・・・もう四十年も前にな。」
「だが・・・そのダハールが最近このネオエジプトに現れると言う・・。
あの、ファラオナデシコ四世を伴って・・・。」
「馬鹿な!」
「だが、見た奴は大勢いる。」
「見間違いだろう。さもなければ極めて悪質ないたずらだ!」
必死になって否定しつつも、その顔には強い恐怖の念があった。
他の顔にも程度の差こそあれ同じ表情が浮かんでいる。
「彼は恨みを呑んで死んだ・・・そしてこの世にさ迷い出てきたのだ・・・。」
先ほど否定した男さえも、もう一言も発しようとはしない。
「そう、彼が現れるのは決まってこんな砂嵐の夜だという・・」
だん。
クルーたちが一斉に振りかえった。
格納庫の扉の外で響いた重い音を聞きつけて。
もう一度、音がした。
誰もが固唾を飲むばかりで動く事ができない。
外の様子を確かめようとする者も、扉の所まで行こうとする者もいなかった。
だが、そんな彼らをあざ笑うかのように、外側から扉は開かれた。
中に人がいる場合、決して外からは開かないようになっているのに。
猛烈な砂嵐が吹き込んでくる。
開いた扉の隙間に、ひとつの人影があった。
全身を朽ち果てた包帯で覆い、顔の部分だけがわずかにほつれている。
口髭を生やした浅黒く彫りの深い顔立ちと虚ろな瞳を、クルーたちは見たように思った。
「ダ・・・・」
「ダハール!」
人影の背後で巨大な影が動いた。
その目が不吉な輝きを放つ。
砂漠の片隅で爆発が起こった。
「・・・・・すっかり地球が汚れきってしまったこの時代でも、
ここネオエジプトには古代王国が栄えていた頃の遺跡が数多く残っています。
ですが、それだけではありません。
世に戦いの風吹き荒れる時、勇敢な戦士の魂が怨念とともに目覚めるであろう、
と言う不気味な言い伝えも残されているのです。
さて皆さん。今日のカードは墓場からの挑戦者、ネオエジプトのファラオナデシコ四世。
ですが、不思議な事にそのファイター、ダハール・ムハマンドは既に死亡しているのです。
そんな馬鹿な!
・・・・とお思いでしょうが、ひょっとしたらこの亡霊こそが、
デビルホクシンとともに地球に落ちたアキトの妹、アイの行方を握っているかもしれないのです。
それでは!
ナデシコファイト・・・
レディィィ!ゴォォォゥ!」
第十話
「恐怖!
亡霊ファイター出現!」
中天に差し掛かった太陽が、砂漠の砂とその上にある物を容赦なく焼いていた。
ネオエジプトのナデシコを探していたアキトが砂丘の上から
かつて彼らの格納庫だった残骸を見、絶句した。
「こ・・・・・これは・・・・。」
「ひでぇ・・・・。」
ガイですら言葉もない。
格納庫だった建物は数本の骨を残すのみとなり、
構造物の残骸が周囲に散らばっていた。
その中央に、あたかも鳥に食い尽くされた屍のような、
完膚なきまでに破壊されたナデシコの残骸が転がっている。
まだ、両手両足の位置を保ったまま転がっているから分かるが、
バラバラに置いておかれたらメカニックでもナデシコの残骸とは分からないに違いない。
「!」
突然、アキトが走り出した。
「どうした!?」
「ナデシコの陰に人がいる!ガイ!手当てだ!」
「・・おう!」
アキトが、かすかに息をしている男を抱き上げた。
その顔には、既に死相が現れている。
男の口が切れ切れに言葉を呟く。
最期の言葉を聞き取ろうとアキトが耳を寄せた。
「彼が・・・死んだはず・・・やられた・・・」
「誰だ!誰の仕業なんだ!」
「ダ・・ハール・・」
その言葉を最後に呟き、男は息絶えた。
男を地面に寝かせてまぶたを閉じさせ、上着をかけてやる。
あらためてネオエジプトのナデシコを見た。
「・・・コクピットが一撃で破壊されている・・・。こんな残忍なやり方をするのは・・。」
「アキトォッ!」
犯人の事を考えていたアキトをガイの声が呼び戻した。
「ナデシコファイトだ!」
「!」
遥か彼方で竜巻が砂漠の砂を巻き上げていた。
その砂の渦の中を稲妻が走り、時々小さな爆発を起こす。
舞歌はドラゴンナデシコの中で油断なく周囲をうかがっていた。
周囲に身を潜ませて相手を襲う、という舞歌の得意とする戦法の先手を取られた形である。
いきなり、舞歌が後方に跳ぶ。
寸前までドラゴンナデシコがいた場所に稲妻が走り、爆発が砂を吹き飛ばした。
「くっ!まだファイト宣言もしていないのに!」
背中からビームフラッグを抜き、二本を合わせて斜めに構える。
腰を落とし、あらゆる方位からの攻撃に備えて全身を弛緩させる。
砂嵐の中におぼろげな影が見えた。
と、思った瞬間舞歌の体が動いている。
上段からの強烈な一撃が包帯に覆われた重量級のボディの左肩にめり込み、半ばまで断ち割った。
「ふふ・・・・・ええっ!?」
してやったり、の表情が底無しの驚愕に変わる。
包帯に包まれたナデシコが右手で舞歌の棍をつかみ持ち上げる。
そこまではいい。
だが、舞歌の棍がめり込んだ傷痕が盛り上がり、何事もなかったかのように復元したのは、
舞歌ならずとも己の目を疑わざるを得なかったろう。
包帯塗れの左手が棍を掴む。
力比べになった。
負けじと力を込める舞歌。
いきなり舞歌が棍を放し、側転する。
そのドラゴンナデシコの残像を、不気味なミイラナデシコの腹部から放たれたビームが貫いた。
あのまま舞歌が力比べを続けていれば、
ビームはドラゴンナデシコのコックピットを直接撃ち抜いていた筈である。
「コクピットを狙ってくるなんてね・・・」
連続して放たれるビームを後方に跳んで躱しつつ空中で棍を抜く。
着地した瞬間を狙って放たれたビームは寸前、
舞歌が起動させたビームフラッグで止められていた。
「・・反撃の隙を与えないつもりね!」
ビームの軌道を見切り、ドラゴンナデシコが間合いを詰めた。
同時にミイラナデシコも動く。
振り下ろされる棍を全く回避しようともせず、真っ直ぐに拳を突き出した。
舞歌の棍が肩を砕く。
だが同時に、ミイラの重い拳がカウンターとなって舞歌の腹に叩きこまれた。
ドラゴンナデシコの巨体が宙に浮く。
百メートル近くを吹き飛ばされたその巨体が砂の竜巻を突き破り、
アサルトランダーで接近しつつあったアキト達の頭上に落ちてきた。
慌ててアキトがハンドルを切る。
二、三メートル先、ナデシコのサイズを考えればほんのすれすれで
鋼の巨人が砂漠に落ち、周囲に砂を撒き散らした。
「ドラゴンナデシコ・・・舞歌さんか!」
「なら、相手は・・・!?」
砂を巻き上げる空気の壁の、すぐ向こう側にそれはいた。
砂嵐の中でおぼろげにしか見えなかったシルエットがそれなりにはっきり見える。
全身に包帯状の布のような物を巻きつけているが、
頭部のそれがほつれてナデシコタイプの特徴的なシルエットが見えた。
そしてアキト達を驚愕させた事がもうひとつ。
そのナデシコの頭部には、明らかにネオエジプトの物と分かる意匠が施されていた。
「馬鹿な!」
「俺達が見たのは一体!?」
ナデシコファイトにおいて、国の代表たるナデシコは一国に一体。
同時に二体以上のナデシコが存在するなど、ありえない筈であった。
舞歌が起きあがった。その目が完全に本気である。
八対十六本のビームフラッグの、残り十二本を一斉に射出する。
「宝華経典・輪旄陣!回れ、フェイロンフラッグ!」
ビームフラッグが回転しながらミイラナデシコの周囲を旋回する。
その動きに眩惑され、一瞬だが砂嵐の中のナデシコの足が止まる。
瞬間移動のように、舞歌が間合いを詰めた。
その手には短いビーム槍が握られている。
「あなたの負けっ!」
「待てっ!」
アキトが制止する。
だが、一瞬だけ遅かった。
舞歌の短槍は身をかわそうとぎこちなく体をひねったミイラナデシコの、
コックピットを直撃していた。
腹に大きく開いた風穴の中で、中のファイターが倒れて行くのが舞歌にははっきり見えた。
それと同時に、ミイラナデシコが仰向けにゆっくりと倒れて行く。
「あ・・・ああ・・・・」
舞歌が震えていた。口から出る声も言葉にならない。
まるで底無し沼か流砂のように、砂漠が倒れたミイラナデシコを呑みこんで行く。
その体が砂に呑みこまれるにつれ、荒れ狂っていた竜巻が細くなって行く。
やがてそれが完全に砂の中に没すると、竜巻も薄れて消えた。
舞歌が砂漠に両膝を突く。
「殺した・・殺しちゃった・・私・・殺しちゃった・・・」
うわ言のように呟き続ける舞歌。
その肩が細かく震えていた。
「・・・変だな。場所に間違いはない筈なんだけど・・・。」
「ちょ、ちょっとアッくん。変なこと言わないでよ。」
「いえ、ネオエジプトのナデシコは確かにここで破壊されていました。
クルーと一緒に。・・・・・それと『アッくん』はやめて下さい。」
立ち直りの早い舞歌に感心しつつも少し辟易しながらアキトが答えた。
頬が少し赤い。後ろで肩を震わせているガイの頭にとりあえず一発くれておいて、
廃墟の中央の方に視線を向ける。
そちらのほうでは九十九と元一朗が残骸を調べていた。
「「では舞歌殿が戦ったあのナデシコは・・・?」」
「もしかして・・・ユウレイ・・・・・」
舞歌の顔から次第に血の気が引いてゆく。
「もし幽霊でも、取りつかれるのは舞歌さんで俺は関係ないですね。」
ちょっと意地悪く言ってアキトが身を翻す。
その体ががくん、と引っ張られる。
「あ〜ちゃんひどいよぉ。気味の悪い事言ったまま消えるつもり?」
うるうる涙目の舞歌がマントの裾にしがみついてアキトをじっと見ている。
その年端の行かない幼女のような仕草が妙に似合っている。
不覚にも少し心を動かされてしまったアキトだった。
「あたしこういうの苦手なのよぉ。お願いだから一緒にいてよぉぉぉ。」
いやいやをするように首を振る舞歌に、アキトはついに降参した。
もともと女性の頼みには弱いたちである。
「とほほほほ・・・」
今夜の砂漠は満天の星空だった。
周囲に人が住んでいないここいらではまだまだ空気が澄んでいる。
舞歌と九十九、元一朗は既に眠りについていた。
アキトが砂の上に腰を下ろし、右手で砂をすくい上げる。
鉄骨によりかかっていたガイが口を開いた。
「今回の事、アレと関係があると思うか・・・?」
「・・・わからないな。だが、ここにあったナデシコの残骸を必要とするのは、
デビルホクシン三大理論の内、『自己再生』しかない・・・!」
「じゃあ、やっぱりお前の妹が・・・」
「黙れ!アイツを・・・妹なんて呼ぶな!」
「・・・・済まん。」
「ごめんなさい・・・許して・・そんな・・・殺すつもりじゃなかった・・」
うなされていた舞歌の目がぼんやりと開いた。
むくりと起きあがり歩き出す。
気配を感じたのか九十九が上体を起こす。
「どこへ行かれるのですか舞歌殿・・・」
「野暮用よ・・・。」
「ああトイ・・」
顔面を粉砕されて九十九が沈黙した。
「デリカシーのない男は嫌われるわよ・・って聞いてないわね。
駄目よ、人の話はちゃんと聞かなきゃ・・・。」
自分勝手な事を呟きながら寝ぼけまなこの舞歌が砂丘の向こう側へ歩いて行く。
暫しの後。
砂漠に舞歌の悲鳴が響いた。
「どうしました!」
「ミイラ・・ミイラ男が・・・・」
駆けつけたアキトの胸に舞歌がすがりつく。
小刻みに震えるその肩が、舞歌を十二、三の少女のようにも見せている。
結局、一晩中舞歌がアキトから離れる事はなかった。
翌朝、アキトが目を真っ赤にしていたのは言うまでもない。
照りつける太陽の中を四頭のラクダが歩く。
アキト、ガイ、九十九、元一朗がそれぞれ手綱を握り、
舞歌はアキトの後ろにちょこん、と座っていた。
その手がまだアキトのマントの端を握っている。
震えてこそいないが声もどこか弱々しかった。
「どこ行くのよぉ・・さっきから黙りこくっちゃって・・・」
「お墓ですよ。」
「うぇぇぇぇ・・・?」
「「ほれ、見えてきましたぞ舞歌殿。」」
ラクダが何百個目かの砂丘を越えた時、唐突にそれが視界に入ってきた。
新王朝風の、石造りの巨大な墳墓である。
だが、それは数千年の歳月を経た遺跡というには余りにも綺麗過ぎるようだった。
「ネオエジプトのクルーが最後に言い残した言葉が『ダハール』。
そこから調べてみて分かったんだ。
ダハール・ムハマンド。彼はナデシコファイト第三回大会で優勝し、
このネオエジプトに一度は世界の実権をもたらしたファイターだった。
ここは彼の栄誉を称えて建造された、彼の墓所だ。」
いつのまにか、足元が石畳になっていた。
参道の両脇を守護するかのように聖獣の像が列をなし、
石造りの巨大な神殿に続いている。
入り口の両脇には、守護者のように獣面の巨人の像が座っていた。
「すると幽霊の正体は・・・かつてのナデシコファイターってことか。」
「・・・・ねぇ、帰ろうよアキト君。こんな所入ってもなんにもならないよ、きっと?」
「何言ってるんですか。誰のためにここまで来たと思っているんです?」
「だってぇ・・・」
拗ねたような目でアキトを見つめながら舞歌が口篭もる。
ひとさし指を口にくわえたその姿には妙な色気があった。
やや心を動かされながらも、アキトが舞歌の襟首を掴む。
「さあ、中に入りますよ。」
「・・・やだやだやだやだぁっ!こんな所入りたくないよぉっ!」
「「ああ、情けなや。」」
見計らったかのような見事なタイミングで
石畳に正座した九十九と元一朗の声がハモる。
「再興を目指す少林寺を将来背負っていかれようかと言うお方が・・・」
「たかが幽霊騒ぎでこのようにうろたえて・・・」
「「我らこの先どのようにすればよいのやら・・・・」」
「元一朗。」
「九十九。」
お互いの手を握り合い、ひしと見詰め合う二人。
「「よよよよよよよよよよよ・・・・・・・」」
この二人がかりの泣き落としに、さすがに舞歌がうんざりした顔になる。
「わかったよ、わかりましたよ。行けばいいんでしょ、行けば!」
「そう言う事ですね。」
頬を膨らませて舞歌がアキトを睨む。
アキトが慌てて視線をそらした。
明らかに八つ当たりである。
墳墓の中は暗い。気温も低く、外に比べると寒いくらいだった。
ランタンとマグライトで足元を照らしながら五人が進んで行く。
「薄気味悪い所ねぇ。」
「こう言うところには決まって危険な罠があるからな。用心しようぜ!」
ぱらぱらと、ガイの大声に反応して石の天井から細かい岩が降って来る。
「・・・君の大声が一番危険だろう。」
「なんだと!俺様の声のどこが大きいってんだ!」
「だからもう少し声を小さくと言うのだ!」
こうした口論がガイと九十九の間でずっと続いている。
前を歩いてる舞歌とアキトも、九十九と並んで最後尾を歩いている元一朗も少々呆れ気味である。
ちなみに、舞歌はまだアキトのマントの裾を持ったままだった。
「・・・顔だけじゃなくて、本当、声までよく似てるわね。」
「本当に。不気味なくらいですね。」
「・・・ひょっとして生き別れの双子とか?」
「双子だって、そうそうここまで似るもんじゃないと思いますけど・・・。」
「それはともかく、罠に気をつけないと行けないってのはその通りね。」
言った途端、舞歌の足元から床の感触がなくなった。
連鎖的に起こった床の崩壊がアキトとガイをも巻きこむ。
「舞歌殿!?」
「アキト殿!」
三人は悲鳴を上げながら闇の底へと落ちていった。
ガラスの部分にひびの入ったランタンが周囲を照らす。
か細い光が瓦礫から突き出たガイの足と
頭を押さえて呻いている舞歌の姿を浮かび上がらせた。
「だからイヤだって言ったのよぉ・・・」
「今更何を言ってるんです。それより怪我はありませんか?」
「ありがと。大丈夫みたい。・・それよりお友達を心配しなくていいの?
完全に埋まってるけど。」
「大丈夫ですよ。もうそろそろ・・」
アキトが言いかけた時、瓦礫の山が崩れ中からガイが起きあがる。
「ほらね。」
「こらアキト!てめえ、親友の心配もしないとはどういうつもりだ!」
(・・・親友だから心配しないんだよ)
「ひっ!」
アキトの呟きは、舞歌の短い悲鳴に紛れて消えた。
舞歌の目が見ているほうをアキトがランタンで照らす。
広い部屋の奥に一段高くなった場所があり、四隅を柱で囲まれた壇の上には
棺が安置されていた。
そして、その棺の背後の壁には巨大な肖像画が描かれている。
肌が浅黒く彫りの深い、猛禽類のような鋭い目をした男で、
口と顎の髭を形よく整えていた。
「あれは・・・!」
「間違いない、ダハールの棺だ。」
アキトが一歩一歩階段を昇って行く。
当然彼のマントの裾を握り締めて離さない舞歌も一緒に付いて行かざるを得ない。
「ちょ・・ちょっとアキト君?何するつもりなの?」
「決まっている。ダハールの棺を開ける!」
舞歌の顔が引きつる。
「だ、駄目よアキト君!そんな事したらバチが当たって呪いが降りかかるわよ!」
舞歌の言葉を意に介さず、アキトとガイが石の蓋に手を掛け、ずらそうとする。
「やめてやめてやめてやめやめやめ〜っ!」
悲鳴と懇願も空しく、石の棺の蓋が完全に外され床に落ちた。
がたがた震えて舞歌が後ろを向く。
「ん?・・・舞歌さん、棺の中を見てみなよ。」
「やだやだやだぁ!」
「もう・・・・・失礼!」
舞歌を後ろから抱え上げ、無理矢理棺の前に連れてくる。
じたばたしながらもがいていた舞歌が
顔を覆っていた指の隙間からちらり、と棺の中をのぞく。
その目が、今度こそ本当の恐怖に引きつった。
「見てのとおり棺の中は空っぽですよ。」
「空っぽ・・・って事は・・・・・・あのミイラ男はダハール・・・」
不意にランタンの明りが消えた。
油はまだ残っている。
こんな地下の閉鎖空間で風が吹くわけがない。
だが、付けなおそうとしても何故か明りはつかなかった。
舞歌ががたがた震えながらぺたりと座りこむ。
アキトとガイが真剣な顔つきになった。
重い音が断続的に響く。
「いるな・・・・」
「ああ・・・・。来るぞ!」
その言葉と同時に肖像画の描かれた壁が砕け、あのミイラ男が現れる。
巨体であった。身長2mは下るまい。
「舞歌さん逃げろ!」
「え?あ?」
「ガイと一緒に逃げるんだ!」
アキトが構えを取り、ミイラ男と舞歌の間に立ちはだかる。
うろたえる舞歌をガイが担ぎ上げようとした。
ミイラ男の体に巻きついていた包帯がほどけて、矢の速度で舞歌に伸びる。
包帯が舞歌の胴に巻きつき、体を持ち上げ締めつける。
「何故、舞歌さんを狙う!?俺と戦え、化物!」
アキトがミイラの腹に叩きこんだ肘打ちが包帯をほつれさせる。
ミイラは微動だにしなかったが、その包帯の下にあるものが、一瞬アキトの動きを止めた。
干からびた肉体があるはずのそこにあったもの・・それはメカニックだった。
舞歌が苦悶の声を上げる。
我に返ったアキトが生あるもののように舞歌に巻きつき、
その体を持ち上げている包帯に飛びつく。
渾身の力を込めてねじると、まるで生身の肉を引き裂くような手応えがあって包帯がちぎれた。
気を失った舞歌を抱え上げてアキトが出口の方へ走り出す。
「ガイ!」
「おう!」
手榴弾のような物のピンを抜き、ミイラに投げつけるとガイも一目散に走り出した。
彼らの背後で爆発が起きる。
そのまま二人は駆け続けた。
陽光の下に出て、安全な距離まで離れるとガイがリモコンのスイッチを入れ、
同時に墓所の各部で同時に爆発が起こった。
このようなものを準備しておくあたり、意外にまめである。
石像の台座にもたれて気を失っていた舞歌が爆発の音にまぶたを開く。
その顔がみるみる喜色満面になり、アキトの首っ玉にかじりつく。
「きゃはははははははっ!ざまぁ、見なさいっ!
生腐れのカビ包帯に包まれた化物の分際で人間様を脅かそうなんて百年早いのよっ!」
いまや墓所は完全に崩壊し、瓦礫のところどころから黒い煙を上げる残骸にしか過ぎなかった。
墓所だった残骸の中央あたりで何かが動く。
次の瞬間、瓦礫を押しのけて鋼鉄の巨人が姿を現した。
明らかにネオエジプトのものと分かる意匠を全身に施され、
体のところどころにその身を包んでいた包帯の切れ端が燃え残っている。
舞歌の表情が凍りついた。
「なんだか知らないけれど、舞歌さんを諦めるつもりはないようですね。
・・・・・・・・決着を着けるしか、無さそうだ。」
「・・・・もう、やだよぉ・・・こんなの正規のファイトじゃないのに・・」
半べその舞歌。
遂にアキトが怒鳴りつけた。
「少林寺の跡取りがなんてざまですか!
・・・それに、ここで決着を着けないとずっと追いかけてきますよ。」
「う・・・・」
その一言が効いたのか、半べそのまま舞歌がナデシコに乗りこんだ。
モビルトレースシステムが舞歌の肉体にファイティングスーツを装着する。
「こんな事で怖気づいていちゃ、ネオチャイナの恥ってもんじゃないんですか?」
「だってぇ・・・・」
ドラゴンナデシコとミイラナデシコ・・・ダハールのファラオナデシコ四世が対峙する。
その機体はアキトとガイが調べたダハールのデータにあったものと、
細部の特徴にいたるまで一致していた。
機械の軋みとも唸り声とも付かぬ人外の咆哮を響かせてファラオナデシコ四世が一歩、踏み出す。
そのアイカメラが紅に光っていた。
ファラオナデシコ四世が一歩踏み出すごとに、ドラゴンナデシコの足が一歩下がる。
明らかに舞歌の腰が引けていた。
「ううう・・・・!」
「「何をしているのです、舞歌殿!下がってばかりではファイトになりませんぞ!」」
「だ・・だって・・・」
いつもからは考えられないくらい弱々しい答えを返す舞歌。
それを激励する九十九と元一朗の後ろで、アキトとガイが端末でデータを検索している。
一瞬、ファラオナデシコ四世の全身がかすかに光ったかと思うと、
その立つ地点を中心として空気が動き、その全身をすっぽり覆うサイズの、
小規模な竜巻となった。
風が大量の砂を巻き上げ、ファラオナデシコ四世の姿を霞ませる。
砂の渦の中の、ぼんやりした影にしか見えなくなったその姿の中で、
赤い二つの目だけが無気味に光っていた。
ビームがドラゴンナデシコの胸を打つ。
足がすくんだのか、舞歌はかわそうともしない。
間を置かず、十本近い包帯がドラゴンナデシコに巻きついた。
包帯を伝わるエネルギーの衝撃波がドラゴンナデシコと、舞歌の全身を責め苛む。
「どうしたのですか舞歌殿、そのような攻撃如きで!」
「気合です!気合を入れるのです!」
「そ、そんな事言っても体が動かないのよ・・・あうっ!」
全身を走る苦痛に舞歌がのけぞる。
九十九と元一朗が同時に振り向く。
「「テンカワアキト殿!これは正規のファイトでは御座らぬ!
なにとぞ、お助け願えまいか!?」」
「いや・・・・まだだ。」
検索をガイに任せ、ファイトを凝視していたアキトがそっけなく断る。
その目には、どこか普段のアキトとは違う色があった。
「テンカワ殿・・・!」
「待て!何でダハールが舞歌さんを狙うか・・理由がわかりかけてきたぞ!」
「「なんですと!それは誠かガイ殿!」」
ガイがリターンキーを叩いてその理由を端末の画面に表示するのと、
彼の両脇から九十九、元一朗が画面を覗きこんだのが殆ど同時だった。
ガイの表情が歪み、九十九と元一朗が驚愕する。
「「おおおおっ!こんな事実があろうとは!」」
苦痛にただ耐える舞歌の耳に、九十九と元一朗の声が飛びこんできた。
『『舞歌殿!よいですか、よくお聞き下さい!全ては四十年前まで遡るのです!』』
『確かにダハールは第三回ナデシコファイトで優勝しました!』
『しかし四年後の第四回大会でのこと!』
『優勝決定戦でダハールはナデシコの首を討ち取られ、敗北!』
『不運にもコクピットに誘爆し、この世を去りました!』
『その時の相手のファイターこそ!』
『我ら少林寺の先々代大僧正!』
『『即ちあなたのおじい様であったのです!』』
「!」
『ファイターとしての闘志、ファイターとしてのプライド。
それを貫くために奴は死してなお、舞歌さんと戦いたがっているのかもしれない・・・。』
アキトが呟く。
舞歌の顔が、おびえる少女から武人としてのそれへ変わった。
(ミイラになってまで・・・甦ってまで戦い続けようとする闘志・・・・・!)
「なら・・・私もその闘志に応えなくてはいけない、ということね・・・哈ァッ!」
ドラゴンナデシコが紅蓮の炎に包まれ、次の瞬間包帯をひきちぎって後ろに飛んだ。
両腕のドラゴンファイアーで、自らの体を炎で包む事により包帯を焼き切ったのだ。
ダハールが咆える。その咆哮の中には、明らかに歓喜の色があった。
「あらためて行くわよ・・・!ナデシコファイトォッ!」
「レでィぃぃぃ!」
舞歌の宣言に、ひびの割れた声でダハールが唱和する。
「「Go!」」
二本のビームフラッグを繋げたものを構え、舞歌が滑るように間合いを詰める。
二枚横一文字だった旗が十字四枚になり、八枚の放射状になる。
放射状に並んだ八本の旗が回転し、唸りを上げて空を裂いた。
「宝華経典!九絶陣!」
空中に飛んだ光の輪が八つに分かれ、
ファラオナデシコ四世を中心として旗が九曜星の形に突き立つ。
「疾れ!宝貝(パオペイ)!」
ドラゴンナデシコの拳が引っ込み、両手首が龍の頭に変じる。
その龍の口から紅蓮の炎が吐き出された。
炎がファラオナデシコ四世の周囲に突き立った旗にからみつき、
八つの旗で囲まれたファラオナデシコ四世を炎の渦に閉じ込める。
舞歌の奥義のひとつ、九絶陣が完全にダハールを捕えた。
Gwooooooo!
死者が苦悶の声を上げる。
炎の渦が爆発した。
地獄の業火・・あるいは浄めの炎の中にファラオナデシコが消える。
舞歌が印を組んだ指を振った。
炎の中から八本のビームフラッグが舞いあがり、
ドラゴンナデシコの背中に突き立ち、折りたたまれて元に戻った。
舞歌が手を合わせ、戦士の冥福を祈る。
「今度こそ・・・安らかに・・・。」
だが、暫し瞑目して舞歌が顔を上げようとした時、
鋼の蛇がドラゴンナデシコの右腕に巻きついた。
「な、何!?」
古代エジプトでは王の象徴ともされたコブラを象ったそれは、炎の中から伸びていた。
炎の中に巨大な影が動いている。舞歌は自分の目が信じられなかった。
たった今、自分の目の前で爆散したばかりの「それ」が、炎の中で動いている。
ありうべからざる現実だった。
呆然とする舞歌をファラオナデシコ四世が襲おうとした瞬間、
天から降ってきた鋼の拳がその頭を捕えた。
「シャァイニング!フィンガァァァァァッ!」
シャイニングナデシコの右手がファラオナデシコ四世の頭部を粉砕する。
一瞬遅れてその全身が爆発した。
ファラオナデシコ四世の胴が、手足が飛散するのを舞歌は確かに見た。
「俺はこの時を待っていた!」
「ア・・アキト君?」
無言でファラオナデシコの残骸を眺めるアキト。
そのアキトの雰囲気に押されて舞歌も口をつぐむ。
視線をファラオナデシコ四世のボディに移し、そこで再び舞歌は信じられないものを見た。
ちぎれた手足がもぞもぞと動き、胴体に這いよる。
焼け崩れ、爆発で崩壊した筈のボディの表面が泡立つように変形し、
元の形を取り戻そうとしてあがく。
装甲の隙間から緑色の触手が這いだし、ボディの表面に巻きついて肉体を再構成する。
空ろな眼窩に、再び不吉な紅い光が灯った。
アキトの脳裏に、ダハールの包帯の下に見たもの・・機械のボディが甦る。
「なに・・・なんなのよこれは・・・」
「舞歌さん・・・貴方は知らなくていい・・・
だが!死んだ筈のダハールとともにナデシコをも何度でも甦らせる『自己再生』能力!
間違いなく・・アイの手で・・・
デビルホクシンの能力を!
受継いだ奴だぁぁぁぁぁっ!」
アキトの全身を覆うファイティングスーツを稲妻が走り、
その色が怒りの赤に染まる。
シャイニングナデシコの全身が猛烈な輝きを放つ。
あの、ネオジャパンコロニーで見せた輝き。
アキトの顔には凶暴な怒りが溢れている。
再びシャイニングナデシコは怒れる戦鬼となった。
両手からほとばしる膨大なエネルギーが
光の束となってファラオナデシコ四世を貫く。
「俺のこの手が光って唸る!
お前を倒せと輝き叫ぶ!
ツキ!
ツキ!
ツキィッ!」
輝きの剣が頭部を貫き、ファラオナデシコ四世は三たび爆散する。
「また・・・アキトがあの姿に・・・」
「「あれもまたキング・オブ・ハート、テンカワ・アキトか・・・・・!」」
アキトの全身から赤が薄れて、消える。
それとともに、怒りに歪んでいた表情も元に戻った。
ファラオナデシコのコクピットが破れ、ダハールだったものが砂の上に倒れていた。
シャイニングナデシコの指でそっと遺体を持ち上げ、ファラオナデシコの残骸の上に置く。
死者を荼毘に付するかのように、再び振り上げたアキトの剣がそれら全てを塵に返した。
「デビルホクシンと接触すれば、死者でさえもこうなる・・・。
今度こそ、本当に、安らかに眠れダハール・・・・・・。」
「アキト君・・訳が・・・訳がわかんないよ・・・アキト君・・・・・。」
砂の上に座りこんで舞歌が呟く。
(あれは・・・貴方は・・・一体・・・・)
舞歌の呟きに、答えるものはいなかった。
次回予告
皆さんお待ちかねぇ!
雨に煙るネオトルコの街で!
ガイはかつての恋人と再会します!
ですが恐ろしい事に、彼女はデビルホクシンの手先となっていました!
果たしてガイは、彼女を悪魔の手から救い出す事ができるのでしょうか!?
次回!機動武闘伝Gナデシコ、
レディィィ、Go!
あとがき
いや〜、やっぱり舞歌さんは書いてて楽しいわ(笑)。
能力的には抜群、大人の女性なんだけど子供っぽいところが多分にある。
しかもいたずらが好きで人をからかうのも好き。
そばにいて欲しいかどうかは置いといて(笑)、少なくとも退屈はしないでしょうな。
・・・影竜さんの舞歌のイメージとますますかけ離れていくかも・・・(爆)。
ちなみに、九十九と元の字を舞歌のお供にしたのは、
今回の「よよよよよよ・・・」がやりたかったからだったりします(笑)。
まあ、手玉に取られる役としてこの二人以上の適役がいなかったからでもありますが。
管理人の感想
鋼の城さんから連載第十弾の投稿です!!
考えてみたら、今回の敵役はナデシコキャラじゃない!!
これは凄い事かもしれな・・・多分(苦笑)
でも、台詞が無いからね〜
そりゃ、鋼の城さんでもフォローは無理か(爆)
でも、舞歌さんも良い味だしてるね。
九十九とガイの口喧嘩が楽しかったけど(笑)
でも、ガイの昔の恋人って・・・
では、鋼の城さん!! 投稿有難うございました!!
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