「何はともあれ、これで脱出の糸口は掴めた。済まないが、誰かわたしとブリッジまで付いて来てくれないか?」

 

 監視の男から銃を奪い、脱がせた上着でしっかりと男2人を縛り上げると、ゴートさんがブラスターの残弾数を確認しながら言った。

 勿論、断る理由なんて俺には無い。

 

「俺、行きます」
「テンカワさん?」

 

 心配そうに、メグミちゃん。

 

「大丈夫だよ、ゴートさんも居るし。それに、震えて泣いてる子を平気で撃つような奴、絶対にぶっ飛ばしてやる!!」

 

「ゴートさんよ、格納庫の方は俺たちに任せてくれや」

 

「……大丈夫なのか?」

 

「はっ、俺達だって男だぜ? それに、テンカワと同意見だ。あんな奴等コンテナに詰めて海に捨ててやるぜ!!」

 

 スパナを振りかざすと、側に居た整備班の人達全員が、同じようにツナギのポケットからペンチやらスパナを取り出し、同じように片手に挙げる。

 

「……良いだろう。それでは、ウリバタケと整備班は格納庫、わたしとテンカワ、その他男性スタッフはブリッジへ向う」

 

 テンカワ。と呼ばれてゴートさんの側へ寄ると、余った銃を俺とウリバタケさんに渡し、艦内の地図を取り出して簡単な計画を練り始めた。

 しかし、やっぱり艦長であるユリカが居ないとナデシコはこの宙域から抜け出す事も出来ない。ユリカがマスターキーを挿し込まない限り、ナデシコは宇宙船ではなく海に浮かぶただの船舶だ。

 

「…私もブリッジへつれてってくれませんか?」

 

「ル、ルリちゃん!?」

 

 突然俺達の中に割り入ったルリちゃんが口を開く。

 

「マスターキーが入っていなくても私が入ればある程度の制御と航行は可能です。ですから、ブリッジを制圧した後に私がシステムの掌握をしますので、エステバリスで艦長を迎えに行って下さい」

 

 ルリちゃんの話を聞いて、俺とウリバタケさんがゴートさんを見る。

 

「確かに、ルリくんが居ればそれも可能だが……」

 

「大丈夫です。1番後ろから付いて行きますから。それに」

 

「それに?」

 

「何だか、私も許せない気分なんです」

 

 ゴートさんもルリちゃんの意志を汲んだのか、それ以上何も言わずに、そのまま計画の話しを進めていった。

 そして、縛り上げてある男2人の監視に食堂スタッフと生活班の女の子達を残して、俺達はこっそりと食堂から抜け出し、それぞれ割り当てられた場所へと向って歩き出した。

 

 

 俺達整備班にゴートの旦那みたいな白兵戦のスペシャリストなんている訳ねぇ。

 正直、借り受けたブラスターの扱いもままならない俺だが、震えて蹲っていたヒナちゃん。そしてそのヒナちゃんを守ったテンカワを見ておいて黙っているなんざ、俺にはやっぱり出来る訳がない。

 それはこいつらも同じ事なんだろうが、やっぱり分が悪いと言えば分が悪すぎる。

 おそらくタイマンじゃ勝てる訳ねぇ俺達だが、かと言ってそう人数が多い訳でもねぇ。

 ルリルリがオモイカネで艦内のサーチをしてもらって聞いた格納庫の兵士の数は10人。

 エステバリスの事を考えれば決して少ない人数じゃない。

 そして整備班と、有志で来た奴等を合わせて俺達は30人とちょっとだ。

 ほぼ3対1の戦いで済むが、それで訓練された兵士を倒せるかどうかは甚だ疑問だ。

 

「班長、我らがヒナちゃんを泣かした奴等に地獄を見せてやりましょうぜ!」

 

 血気盛んに……と思いたいところだが、そう言っているこいつの膝もがくがくと嗤ってる。

 銃を突き付けられて怖がらねぇ奴なんざ居ねぇって事だ。

 

「おうよっ! あのキノコ野郎の胞子みてぇな兵士だ。舐めて掛かって御釣がくらぁ!」

 

 格納庫へ続く道を歩きながら、俺達はそう言葉を交わす事で、目の前にある恐怖を振り払う事に精一杯だった。

 これは、雪崩れ込まないで計画的に襲撃しないとヤベぇかもしれない。

 

「おいヤス」

 

「何です? 班長」

 

「ルリルリの話しによると格納庫の入り口にさっきみてぇに2人見張りがいるらしいからな、まずはそいつを整備班全員で黙らせるぞ」

 

「了解ッス」

 

「んでだ。このまま雪崩れ込もうと思ってた訳だが、銃を前にして怯むのは目に見えてるからな、まずはやはり囮を立てる事にする」

 

「陽動ッスか? 自分がやりましょうか」

 

 随分と気前が良いが、俺だって自分の部下をわざわざ危険な目に合わせたくねぇ。

 それに部下にやらせるくらいなら俺がやるってもんだ。

 

「違ぇーよ。ヤマダのエステ、まだ素組状態だったよな?」

 

「ええ。まだ固定もなんもしてないですよ……って、まさか!?」

 

「おう、そのまさかだ」

 

 俺の意図に気付いたのか、吃驚しながら俺を見るヤスに向けて、にやっと口を歪ませると、ヤスの方も腹を括ったのか、同じように口元を歪めて反応した。

 そして、ようやく格納庫入り口へ到達する。

 

「良いか? ドアを開けた瞬間両脇の奴をとっ捕まえて縛り上げろ。その間にヤスがヤマダのエステに駆け寄れ」

 

「ウッス」

 

「後はヤスの合図次第全員で突撃だ。良いな? 喧嘩ってなビビったら負けだ。勝ってまたヒナちゃんの笑顔を見ようじゃねぇか」

 

 そうだ。男が戦う理由なんざ、女の為でが丁度良い。

 ドアの開閉を手動に切り替え、目で合図を交わしながら、俺とヤスの2人で思い切りドアを素早く開ける。

 

「!? お前等っ……がっ!!」

 

 意外と、簡単に2人は片付いた。

 後は8人だ。

 

「じゃ班長。行ってくるッス」

 

「おう。失敗すんじゃねぇぞ」

 

 俺の台詞に苦笑いで応えると、ヤスは整備中のヤマダのエステに向って、足音を出来るだけ立てずに駆けていった。

 幸い目に見えて整備途中なのが分かっているヤマダのエステには警備の連中が居ない。

 残った俺達も、兵隊の奴等の隙を見て格納庫へと進入していく。

 

「……よし、良いかオメー等、ヤスの合図が出たら嫌でも奴等はヤスの方へ見るからな、その隙に全員でタコ殴りにするぞ」

 

 スパナを握り締めて、ヤスの合図を待つ。

 俺とヤスの考えた陽動作戦は極めて簡単だ。

 素組み状態のヤマダのエステのボルトロックを解除してぶっ壊す。もといパーツ分けにして崩すというだけだ。

 さすがに素組とは言え蹴りを入れただけで壊れるなら機動兵器なんて名前が付く訳も無い。けれど俺達は整備のスペシャリストだ。エステのどのロックボルト解除すれば簡単にバラけされるかなんて手に取るように分かる。

 ま、両腕をバラせば囮としては充分だろう。

 そう、思っているとだ。

 

「お、おいあの整備中のエステ、なんか変じゃないか?」

 

「はあ? 別におかしかねぇだろ?」

 

 警備の連中が騒ぎ出す。

 気は確実にエステの方へ向き始めている。

 これで腕でも落ちれば完全に視線はエステに釘付けになるはずだ。

 

「……やっぱり変だ!」

 

「……え、お、おいマジかよ!?」

 

 ガタガタガタガタガタガタガタガタァァァァァァッッ

 

 やたら長い崩壊音が格納庫に響き渡り、その音が止むと、警備の連中の視線はエステの方へ釘付けになり、動きの方も完全に止まった。

 それにしたって、エステを完全崩壊させるなんざやり過ぎだっ!!

 それでもこのチャンスを潰す訳にはいかない。

 

野郎ども! キノコの胞子に地獄を見せなっ! かかれぇぇぇーーーっ!!

 

 時の声を上げる。

 そして、俺達は兵隊の連中へと向けて、特攻を開始した。

 

 

 ブリッジまでの制圧は、はっきり言ってゴートさん1人で済ましてきていた。

 ルリちゃんからオモイカネのサーチで兵隊の総数と、その割り当てられた場所なんかを細かく聞いていたのだが、キノコ達はどうも格納庫に警備の大半を割り振っているらしい。

 エステで俺達が逃げ出したり、叛乱を仕返す事を恐れての事だろうとルリちゃんが言っていた。

 けど、そんな事今の俺には関係ない。

 あのキノコ野郎をぶっ飛ばす。

 それだけだ。

 

「後はブリッジだけだな……ルリくん。ブリッジにいる人数は5人で間違いないな?」

 

「はい。艦長の席付近に2人。あとオペレーター席付近に2人です」

 

 艦の制御を出来る2つの場所を守っていれば問題はないという事か、なかなかどうして、キノコのくせにそれなりに頭を使っている。

 

「ブリッジの入り口からすぐ近いのが艦長席だ。これは男性スタッフ全員で取り押さえろ。俺はブラスターでオペレーター席の2人を牽制する」

 

「お、俺はどうすれば良いんですか?」

 

 説明の中に俺の名前が入っていないので、思わず尋ねる。

 

「テンカワはルリくんを無事にオペレーター席に就かせろ。システムの掌握をした後即座に格納庫へ向ってエステで出ろ」

 

「りょ、了解」

 

 ブリッジへ向う廊下を歩きながら、ゴートさんの言っていた事を頭で反芻する。

 ルリちゃんを無事に到着させるのは俺の役割だ。

 キノコの奴は殴ってやりたいけど、それでも我が侭は許されないだろう。相手は4人と言え銃を持って、なおかつ訓練された兵隊なんだ。

 誰かが死ぬ恐れだってある。

 

「テンカワさん」

 

「……何かな、ルリちゃん」

 

 くいっ。と俺の服の裾を引っ張るルリちゃん。

 

「チキンライス。まだ私達食べてませんから」

 

「う、うんっ。これが終わったら絶対ごちそうするよ」

 

「……楽しみです」

 

 その時、俺はルリちゃんが笑ったのを初めて見た。

 本当にわずかに表情が動いた程度だけれど、強張っていた俺の心を穏やかにさせるには、それだけで充分だ。

 

「良いか、ドアが開いた瞬間全員で2人だ。離れた2人は俺に任せろ」

 

 銃を構えて、ドアを手動開閉に切り替えて、生活班の制服を着た2人がドアを持ち、タイミング良く開け放つ。

 

「よし今だ。全員掛かれ!!」

 

 ゴートさんの号令下、その場に居た10数人の人達全員が、目を見開いている兵隊2人に向って雪崩れ込んでいく。

 それに反応して銃を構える、オペレーター席の側に居た2人に向けて、雪崩れ込んだ人並の中から、横っ飛びで突然現れたゴートさんがブラスターを撃つ。

 

「がっ!」

 

 銃身にピンポイントで当てたのか、1人が手を押さえて蹲るも、残った1人は未だ銃を放さずにゴートさんに照準を向ける。

 同じようにゴートさんも銃を向けるのだが、これでは何も発展が無い。

 

「テンカワさん、鍋」

 

 ぽつり。とルリちゃんの呟きを理解して、俺は弾除け代わりに持っていた中華鍋を両手に持ち、フリスビーの要領で思い切り振りかぶった。

 

「ゴートさん、避けて!!」

 

 ゴートさんが俺の声に反応して、素早く身を屈めると、丁度そのタイミングに合わして中華鍋を放り投げる。

 

「なっ!?……ギャァッッ!!」

 
 ゴートさんの巨体が相手の視界を遮っていてくれたようで、突然飛んで来た中華鍋を避け切れず、最後まで銃を構えていた男は、顔面に中華鍋の直撃を受けてその場に崩れ落ちた。

 側で手を抱えて蹲っている男に向って、捕縛用のロープを持ったゴートさんが、復活する前に縛り上げようと駆け寄り、首筋に手刀を入れられその男も昏倒して縄に縛り上げられた。

 もう、ここにはブリッジの一番下、戦闘要員の席が置かれた場所に残るキノコだけ。

 

「な、何よアンタ達、こんな真似してタダで済むと思ってるの!?」

 

 何か、わめいている。

 

「格納庫の連中に指示を出して摘み出してやるわ!!」

 

「無駄ですよ」

 

 オペレーター席に就いて、艦の生命維持やルリちゃんの権限で機動し得るもの全てを機動させると、ルリちゃんは今なお叫び続けるキノコに向って冷静に言った。

 

「な、どういう事!?」

 

「こういう事です。……格納庫のウリバタケさん?」

 

 ブリッジにウィンドウが開くと、そこには縄でぐるぐる巻きにされ、ぐったりとしている10名の兵隊の姿が見えた。

 

『こちら現場のウリバタケです。我らの目の前に勇敢な戦士達によって拿捕された暴徒が縄に掛かっています……ってなもんでどうだ?』

 

「はい。それでは食堂のミナトさん?」

 

『はいはい。こちら食堂のミナトでーす。あ、アキトくん? そのキノコは絶対に許しちゃ駄目だからね!!』

 

 そんなの、勿論ですよミナトさん。

 

『ミナト、あのへんなの、なに?』

 

 ウィンドウの中から、ヒナタちゃんが指を差す。

 

『ぶっ、あーっはっはっは。ヒナちゃんそりゃ良いぜ。確かにあんなのとキノコを同列にしちゃキノコに失礼ってもんだ!』

 

『ヒナちゃん。あんなへんなの見ちゃ駄目よ』

 

「……と言う訳で、キノコ改め、へんなの以下32名艦内における叛乱は社内規定の24条第3項に反するので、1週間の軟禁か即時退艦を受ける事になります」

 

「な、ワタシは軍人よっ!? アンタ達みたいな連中の指示なんて受けるもんですか!!」

 

 いい加減、俺だって腹が立つ。

 じっとへんなのを睨み付けて、自分でも怒っていると再確認しながら、大きな足音を立てて駆け寄る。

 

「何よアンタ……ヒ、ヒィッ!!」

 

「お前の部下が、ヒナタちゃんに銃を撃ったんだ。脅えて震えてるあの子に向って!!」

 

「ワタシの言う通りにならない奴なんて死ねば良いのよっ!!」

 

 その言葉を聞いて、俺は生まれて始めて、冷静に切れるという体験をした。

 よく、怒りの炎とかマンガで見た事があるけど、今の俺の胸の中で燃えてるのは真っ赤な炎じゃない。

 より収束され、高温を放つ青い炎は、確実に目の前のへんなのへとその牙を向けたがっている。

 

「もう良いよ……黙って消えろぉッ!!!!

 

 自分でも、こんなパンチが打てたんだ。そう思うような見事な右ストレートが、へんなのの顔面を捉えて、そのまま顔を突き破るような勢いで振り抜いた。

 顔を歪めて、悲鳴を上げる事も無く気絶したへんなのがブリッジの壁に向ってすっ飛んでいった。

 

『でかしたテンカワ! ナイスパンチだ!!』

 

 拳をじっと見ていると、ウィンドウのウリバタケさんから、そう声を掛けられた事に気付き、そこでようやく冷静に戻る事ができた。

 

「それじゃ食堂にいるブリッジスタッフはブリッジに戻って下さい。艦長が戻ってき次第ナデシコは火星に向います」

 

 ルリちゃんが指示を出すと、ウィンドウに映っていた食堂に残っていたブリッジスタッフの2人、ミナトさんとメグミちゃんが食堂から出てくる姿が見えた。

 あの調子なら1分もしたらブリッジに来るだろう。

 

「あ、あとテンカワさん、さっきの通りエステで艦長迎えに行って下さい」

 

「そうだった。それじゃ行ってくるよ」

 

 ルリちゃんの指示に従って、俺はもう騒ぎも収まり静かになったブリッジを後にして、格納庫へと向って駆け出した。

 へんなののその後なんて興味はないが、このまま連合軍に捕まるのが嫌だという感情は、あのへんなののおかげで確実に大きくなっている。

 はやくユリカを連れて戻ろう。

 そう考えていると、格納庫に到着した。

 

「ウリバタケさん!」

 

「おうアキトか。空戦フレームの準備は出来てるぜ、とっとと艦長を連れてきな。あと艦の機能が完全じゃないからマニュアル発進で頼む」

 

「了解しました」

 

 もう既に準備の出来ている空戦フレームのエステへと向い、エステの足元にあるリフトを使い、アサルトピットを開き、パイロットシートに腰を下ろす。

 不思議な話だけど、今はもうこのエステに乗る事が恐くない。

 IFSコンソールに手を置き、エステのシステムを起動させる。

 

「テンカワ・アキト、出ます!」

 

 ちなみに、マニュアル発進はダッシュで開けられたハッチに向い、思い切り飛び降りていくだけの事なんだが、操縦してる方はともかく、外部モニターから送信されてきているエステの姿は、やけに情けなかった。

 

「……手が光ってる」

 

 パイロットシートの後ろから、小さな声が聞えた。

 ナデシコからの通信かと思っていたが、通話オンリーのウィンドウも開いていない。

 

「空、青い」

 

「ってヒナタちゃん!?」

 

「テンカワさん! トビウメ、クロッカス、パンジー直下のチューリップが活動を開始しました。艦長からも連絡が入っています、艦長の乗っている連絡船の護衛をお願いします!」

 

 俺が吃驚するのとほぼ同時に、さらに俺の心情をどん底に落とされるような連絡が、珍しく声を荒げたルリちゃんから入った。

 

「ちょっ、ル、ルリちゃん何故かアサルトピットにヒナタちゃんが居るんだ。いったん戻るよ!」

 

「駄目です。今戻ると艦長達が格好の的になっちゃいます」

 

「って何でヒナちゃんがそこに居るのよ!?」

 

 それは俺が聞きたいですよ!!

 そう叫びたいのを抑え込みながら、トビウメから飛来してくる連絡船を視認し、後ろでのんきに海の青さに見とれているヒナタちゃんを置いたまま、ユリカ達の乗る連絡船に向って伸びてくるチューリップの触手を、バットを、ジョロをナイフで切り裂く。

 切り裂いても切り裂いても尚止まる事の無い触手を前にして、早くユリカの到着を待ち続ける。

 

「手が、光ってる」

 

 ヒナタちゃんが、二度目この台詞を口にすると、そっとその手をナノマシンの文様の輝く俺の右手に重ねた。

 その瞬間―――。

 

 

「チューリップから無人機の出現を確認、数150」

 

 浮かび上がるウィンドウの言葉を復唱すると、ブリッジに沈黙が走った。
 艦長の居ない今このナデシコ最大の武器であるグラビティブラストも、防御のディストーションフィールドも使えない。

 今のナデシコは丸裸も同然。

 

「艦長はまだ戻らないの!?」

 

 舵を操作しながらミナトさんが叫ぶ。

 

「……格納庫に艦長の乗る連絡船の到着を確認。後1分ほどでブリッジに戻ります。ミナトさん、微速後進、グラビティブラスト直線状に連合軍艦隊の居ない空域まで移動お願いします」

 

「了解」

 

 この間にも無人機の攻撃は続く、幸い無人機のターゲットは連合軍艦に今は的をしぼっているようだけど、明らかに連合軍側は劣勢、あと数分でクロッカスも落ちそうです。

 かしゅんっ。

 軽い空気音を立てて、艦長席後ろのドアが開いた。

 

「た、ただ今戻りました! マスターキー挿入と同時に相転移エンジン起動。その後あらゆる手順を無視してグラビティブラストのエネルギーチャージを始めて下さい!」

 

 そう指揮を出し、艦長がマスターキーを挿入すると、今まで沈黙していた艦内の各部位の起動のウィンドウが次々と浮かんでくる。

 

「了解。グラビティブラストエネルギーチャージ開始、発射まであと5分」

 

「アキト! 無人機の牽制お願い!」

 

 そして、艦長がその命令を発した時、私達はウィンドウの中に光を見たのでした。

 突如として、アキトさんの操る空戦エステの動きが、素人である私の目から見ても卓越された鋭い動きを以って、この空域に存在するあらゆる無人兵器を、まるで紙を切り裂くように、容易く殲滅し続けていく。

 

「無人機の30%を殲滅……35%殲滅」

 

「ど、どうなってるの?」

 

 その姿を呆然と見入っているブリッジに、メグミさんの呟きが響いた。

 と、ブリッジのウィンドウに格納庫からの通信が入る。

 

『お、おいありゃどうなってんだ!? どう見てもテンカワが操ってるようにゃ見えないぞ!』

 

「ねぇアキト! どうしちゃったのねぇ!?」

 

 艦長が叫ぶも、エステの方からの通信が無い。

 戦闘中は滅多にしてはいけないのだけど、場合が場合なので、こちらから強制的に通信を繋げると、ブリッジのウィンドウにもう1つ、光の立ち込めるアサルトピット内の画像が浮かび上がった。

 

「IFSが……」

 

 光を放つテンカワさんのIFSを見ると、私はエステから随時転送されている戦闘データの1つを、オモイカネに頼んで臨時でデータ化を開始してブリッジのウィンドウに表示した。

 

「テンカワさんのIFSフィードバックのレベルが跳ね上がってます」

 

 今も変動を続けているIFSフィードバックレベルを表示しながら、もう1つのグラフを表示させる。

 

「前回の戦闘の際のフィードバックレベルは20%。連合軍のエースパイロットでも45%が良い所らしいですが……現在のテンカワさんのフィードバックレベル、140%を越え、なおも増大中です」

 

 そうしている内に、150%を越える。

 このままだと、200%もすぐ越えてしまうかもしれない。

 これは、単純なIFSの処理速度は私をも凌駕しているレベルだ。先天的な遺伝子改良を受けたIFS強化体質の私をも凌駕しているとなると、もうこれは人間と言う器を越えている。

 

「無人機、85%を殲滅。グラビティブラストエネルギーチャージ終了。チューリップ、クロッカス、パンジーを吸収したので直線状に連合軍艦隊、居ません」

 

 私の報告に反応して、呆然と戦局を見詰めていた艦長が指揮を下す。

 

「目標チューリップ、グラビティブラスト発射!」

 

「了解。グラビティブラスト、発射」

 

 そして、ナデシコから発せられた黒い重力波の奔流が、目の前の無人機、チューリップを消し去った。

 ナデシコに被害は無し、連合軍艦隊所属2艦喪失、およびトビウメの損傷率40%を以って、この戦いの幕は下りた。

 静かなブリッジの中に、ようやくエステからの通信が入る。

 

「海、空、青いね」

 

 無邪気な、トウマさんの声。

 

「青い中で、わたしとアキト、2人ぼっちだね」

 

 その青い世界の中で、確かにテンカワさんトウマさんは2人きりだった。

 今はただ、青い中で、ふたり。

 

 

 

 

 
第三話




 

 

代理人の感想

 

おおお、「まともなゴート」が活躍してる!

某作品の影響で最近は絶滅危惧種に指定されているのに(笑)!

これは絶対、将来希少価値が出ますね(嘘)!

 

それはそれとして「ルリちゃん以上の処理速度」って、

そんな事したら回路(アキト)が焼きついちゃうんじゃないかって気もするんですが、

そのへんどうなんでしょう?

 

最後に一句。

「エステバは 悲しからずや 空の青 海の青にも 染まずただよう」

盗作。