大いなることに成功し、誰かの友となり、優しき伴侶を得た人は歓喜の声に唱和せよ!
そうだ!この地上でただ一つ、魂しか”自分のもの”と呼ぶことが出来ない者でも!
そして、出来なかった者は、この集いから泣きながら立ち去れ!









第三話










ビーッビーッビーッビーッ!!


「あら?もうお昼かしら?」

「ミナトさん、違うと思います」

ブリッジでのんびり暇を明かしていた二人……メグミ・レイナードとハルカミナトが
ぼんやりと呟く。

「木星蜥蜴の襲撃です。現在地上の連合軍が応戦中」

頭上から響く声に二人は振り返る。
メインオペレーター席に座るのは銀髪と金瞳を持つ年端も行かない少女…
ホシノルリだった。

「艦長も提督もいないんだけど、どうします〜、副提督さん?」

問い掛けるはルリの座る、その横……サブオペレーター席の殿河ケイ。

(ふ、この俺が副提督か…)

そして副提督と呼ばれた男……テンカワアキトは苦笑を隠す為、バイザーを掛け直した。



運命が転がり出すまで、あともう一押し。







機動戦艦ナデシコ
〜 I bless you 〜

第三話:何処までも転がって












アキトがそこに到着した時、施設全体の空気が活気に満ちていた。
あたりを見回すと、そこには見慣れた顔の人間達が、皆せわしなく働いている。
当然だろう、何しろその中には出航を今か今かと待ち続けているフネがいるのだから。
サセボ・ドック。それが今アキトが立っている施設の名前だった。
ほどなく、アキトは探していた人物をみつけた。

「これはこれはテンカワさん、お待ちしておりました」

プロスペクター。職場でペンネームを持ち込む謎の人物。
二人はそのままナデシコへの道のりを歩きながら言を交わした。

「クルーはどれ位揃っている?」

「現在、メインクルーはテンカワさんを除いて後は艦長と副長のみです。
その他の方々も既に一通り揃って既に一週間後に向けて出航準備に取り掛かっています。
それと、軍の方から提督は少々遅れて来るので、その間だけ代理の方が来るそうです。」

アキトのぶしつけな問いに嫌な顔一つせずに答える。
というよりアキトは彼との長い付き合い(尤も相手にはその記憶が無いので一方的なものだが)の中で、 彼が本気で怒っている姿など殆ど見た事がないのも確かだ。

「後もう一つ、テンカワさんはパイロット出身ということでしたので、研究所から
予備とテストを兼ねて機動兵器…エステの新型を廻してもらうことになってます、はい。」

アキトはその事については別に文句を言うつもりはなかった。むしろ手間が省けた、といったところか。
この時代に使っていた初期型エステでは役不足なので、改造が趣味の整備班長を頼るつもりだったのだ。
もっとも彼が新型を見て改造しないという保証は、ミスマル・ユリカの自制心と良い勝負なのだが。

「まぁパイロットも優秀な方が揃っていますのでテンカワさんが出撃するような事態は
まず起きる事はないと思いますが」

「いや、いざと言う時の備えはしておくに越した事はないからな。
もう届いているのか?」

その”いざと言う時”がもうすぐ来る事を知っているアキトにしてみれば、出来る事なら幾ばくかの調整がしたかったのだが。

「いえ、研究所でギリギリまでバランス調整をするそうです。
何でもかなりピーキーな機体だそうで……明日には届くそうですよ?」

「そうか……」

(とりあえずはバッタだけならエステでも十分すぎるか)

「だがエステバリス自体ネルガルの最新機種だろう?
もう新型が完成しているのか」

「はっはっは、技術は日進月歩ですから。
それに、エステバリスはメインフレームが各種してから各種フレームの設計などで
発表が遅れただけで、結構前にはそれなりの形になっていたのですよ。
今回納入される機体は「あくまでプロトタイプ」、といった段階のものなのだそうです」

「……そんなモノを実戦に投入するのか?」

プロスの説明にアキトは少し不安になった。
いきなり爆発しないだろうか? 脳裏に、かつて爆散した改造型エステバリスの姿が浮かぶ。
キノコと同じ運命に会うのでは、逆行した意味が無い。

「ですから、いざというときの為の保険です。あくまで基本はデータ取りの為。
それに普通のエステも予備機が存在しますし、プロトタイプの方も専任の技師の方が
機体と一緒に来るとのことですからご心配には及びません」

「わかった」

カッ、とカカトを鳴らしてプロスペクターが立ち止まる。
気づくと何時の間にかナデシコの中に入っていた。

(こんなに簡単に戦艦の中に入れていいものだろうか?)

以前はカケラも気にならなかった他愛ないことだが、世間の暗部を目の当たりにして生きてきて、 今まさにこれからそういった物と闘っていく意志を持ったアキトはどこか不安を感じていた。
そんなこともつゆ知らず、プロスは少々芝居がかった身振りで後方をアキトに見せた。

「と、丁度話が終わった所で到着しましたね。
ここが格納庫、そしてアレこそが我が社の誇る新製品、エステバリスです!!」

そういってプロスが指し示した先には、片足立ちで踊るエステの勇姿。

「…ほう」

「……へ?あぁっ、何をなさってるんですかぁーーーーー!!」

余りに間抜けな恰好のエステに向かって、プロスは大声で叫んだ。
よく見るとエステの足元にも怒鳴っている人物がいる。
ツナギを着ている所を見ると整備員らしい。

(ウリバタケさん…)

「こらてめぇ山田!!そいつはまだ組み上がったばっかりで調整が済んでねーんだ!
俺の可愛いエステちゃんの玉の肌に傷一つ付けてみやがれ!
ただじゃおかねーぞ!!!」

『俺の名前はダイゴウジ・ガイだぁ〜〜〜!!
見てろ、ヒーロー的恰好良さととはいかなるものか見せてやる!!』

自分の足元に向かって啖呵を切ると、エステは溜めの体勢に入る。

『ガァァァイ、スーパーナップァァァーーーー!!』








伸ばした拳はヒーロー的勢いで天を撃ち、

叫んだ雄叫びはヒーロー的反響で格納庫を満たし、

決まったポーズはヒーロー的様式美を醸し出し、





…そして崩れた体勢のままヒーロー的無様さで転倒した。




ズッデェェェェェン



「あぁぁぁぁ、やりやがった……」

そう叫びながらウリバタケは倒れたエステに駆け寄る。

「てめぇ山田!何考えてやがる!!出てこい、とっちめてやる」

ぷしーっ

「トウッ」

ばっ……

ハッチが開くと共に人影が飛び出し…

………ズデン

飛び出した人影は、奇しくも先程のエステを再現するかのように無様に倒れた。

「…おーい、生きてるか〜?」

わらわらと整備員が集まってくるが、ヤマダは不自然な体勢でぴくりとも動こうとはしない
ウリバタケは代表してつん、つん、と押してみたがやはり反応はない。

「こりゃ死んだか?」

誰からともなくそんな呟きがもれる。
だがしかし、ギャグキャラにそんなおセンチな状況は似合わないワケで。

ガバッ!

「「「うぉっ!!」」」

「フハハハハハハ!!
ヒーローは不滅だ!!」




「…大した物だな、ここのクルーは」

(変らないな、アイツも…)

「は、はは、一応ナデシコのクルーは
”能力は一流、その他は人間であれば不問”という基準で
集められているので…」

下の方で騒いでいる人だかりを見て、アキトは少々恐い考えに行き着いた。

「まさかパイロットがあれだけ…
なんてことは無いだろうな?」

「えぇ、それはちゃんと考えてあります。
私としても流石にアレだけに任せるのは…」

ほっとすると共に、アキトは騒いでいる馬鹿に活躍の機会が
訪れない事を確信した。

(見せ場が無くなったな、ガイ…)

「それでは私もちょっと下の様子を見てきますので、
後は御自由に観て回って下さい。」

「あぁ、わかった」

「そうですか、では」

「ん?お、お前、首が変な方向を向いてるぞ!!」

「はっはっは、そんなわけない!!ヒーローがこの程度で怪我などするか!!
…ところでお前らなんで傾いてるんだ?」

「傾いてるのはお前の首だ!
タンカタンカ!」

「あのー、エステの調整したいんですけどどうしたんですか?」

「あーイツキちゃん、ヤマダがバカなことをやっただけだ。
気にすんな!」

「お、俺の名前はダイゴウジガイだ!イテテテテ…」







ふぅ……

人だかりの中に駆けていくプロスを眺めながら、
アキトは思わず溜息を吐いた。

トン、トン

「ん?」

背を叩かれ振り返ると、そこには見覚えのある顔が有った。

「ヤマダさん、給料引きますよ?」

「お、俺の名前はダイゴウジガイっつーに!!
イ、イテテテテテ…」

「こんにちわ」

「君は…」

「むぅ、もう忘れちゃった?
あはは、レキ並の鳥頭だね」

「いや……」

忘れるには特徴的なその姿。
あの、草原で出会った少女だった。

「テンカワ…ケイ君だったか」

「うっわー、いたそ〜」

聞いちゃいねぇ

目眩を感じながらも、なんとかコミュニケーションをとろうと努力してみる。

「あれあれ。変人だね〜」

「話を聞いてるか?」

「テンカワさんはこんなところでどうしたの?」

「俺はこの艦の副提督だが」

「ケイでいいよ。呼び捨て呼び捨て」

「君は一体?」

「はいはいブリッヂへゴーゴー!!」

そういってケイはアキトの背中を押して走り始めた。
見事なまでの言葉のドッヂボールを交わしながらも
二人はナデシコ内を突き走って行く。

「あのねー」

「何だ?」

ひょい、と背中の側を見る。
走りながら喋っているのに二人共息は欠片も乱れていなかった。
そこで漸く気づく。

「ちょっと待て、走る必要はないだろう」

「う?それもそうだね」

そう言い、ケイはやっと背中を押すのを止める。

「で?」

「で?」

「あのね、の続きだ」

「あぁ、うん」

こほん、と一息つく。
ケイは胸を張って言った。

「私はオペレーターさんなんだぞえっへん!」

(ユリカは艦長さんなんだぞえっへん!)

少女の姿が記憶の中の情景に重なる。
かつての「彼女」に良く似た物言い。

「サブなんだけどね。
他にも色々仕事が有るからメインは譲ったの…って大丈夫?」

「あ、あぁ。大丈夫だ」

(全てを捨てたつもりでも………しょせんは「つもり」だったか)

なんとか、といった感じでうめくように答えた。
その心に刻まれた幸せな一時の記憶は、伴侶を伴侶を求めてさ迷い続ける。
今までも、これからも………

「は〜い、ブリッヂとうちゃ〜っく!」











「ヒマねぇ〜」

マニキュアを塗りながら、ミナトが呟く。

「暇ですねぇ〜」

雑誌をペラッペラッとめくりながら、メグミが呟く

「なんでここはこんなにヒマそうなのよ!!ここは戦艦のブリッヂでしょうが!!」

うろうろ歩き回りながらキノコが喚き散らす。

「………」

そんな光景を横目で見ながら、ルリはオモイカネとお喋りをしていた。
現在の話題は『艦内制御ルーチンの煩雑さを如何に改善するか』。

「ところでメグミちゃん、良さそうな男の人いたぁ〜?」

「いまのところ見てませんねぇ〜」

暇で暇でだらけきっていた。
そんな二人を見ながら仕事とお喋りを両立させるルリ。
もっとも話し相手はオモイカネなので物静かなものだが。

「アンタら何よそのだらけきった姿は!仕事しなさいよ仕事!!」

「「だぁって、ねぇ〜〜?」」

己の事を棚に上げた言い草は、二人には何の感慨も抱かせる事はなかった。

「私達の仕事、発信しないとロクに何もないもんねぇ〜」
「マニュアル覚えるくらいですもんねぇ〜」

最早二人共たれていた。たれミナトとたれメグミだ。

「そういえばミナトさん、艦長どんな人なんでしょぉ〜」

たれメグミがつぶやく。

「知らなぁ〜〜い。ルリちゃん知ってるぅ〜?」

たれミナトがたずねる。

「連邦大学を主席で卒業した才媛だそうです。何でも在学中はシュミレーション無敗を
誇ったとか」

ルリが答える。

「すごいわねぇ〜」

相変わらずなたれミナト。


「すごいですねぇ〜」

右に同じなたれメグミ。
後ろでキノコが何やらキーキー喚いているようだが、「たれ」な二人には気にもならなかった。

「そういやぁ、ケイちゃんおそいわねぇ〜」

たれミナト。


「何処行ったんでしょうねぇ〜」

たれメグミ。


先程までルリの横できゃいきゃい喋りながら仕事をしていた少女が遊びに行ってくると
出ていってから小一時間程たっている。

「ケイさんもうすぐブリッヂに到着です」

ルリが言うが早いか、ドアが開いた。


シュン

「は〜い、ブリッヂとうちゃ〜く」











「皆さぁ〜ん、副提督さんいらっしゃいましたぁー!」

ケイの声にルリ、キノコ、たれ二匹が振り返った。


「はじめましてぇ〜っ!?」

アキトを見てたれミナトは覚醒した。


「よろしくおねがぁ〜っ!?」

同じくたれメグミも姿勢を正す。

ババッ!!

ひそひそ
「メ、メグミちゃん!どうしましょうイイ男よ!!」
「た、確かにマントと黒尽くめを差し引いてもナデシコ内では当たりですね!!」
「ニヒルな感じでいいかもしれないわ!」
「大当たりですね!」

ババッ!!

「はじめまして、ナデシコ操縦士のハルカミナトです」

「同じく通信士のメグミ・レイナードです。よろしくお願いしまーす」
「あ、あぁ、よろしく。副提督のテンカワアキトだ。」

突然キリッとした態度になるミナトとメグミ。
見知った二人の初めて見る「たれ」姿と、その後のあみりにあまりな変わり身に
ちょっとばかしビビるアキトだった。

「んで、こっちが相棒のルリちゃんでっす」

「メインオペレーターのホシノルリです、よろしく」

ぺこりと簡単に、しかし礼儀正しく御辞儀する少女にアキトは返事をする。

「よろしく頼む」

「そんでもって艦長さんと副チョーはまだ来てないの、これが」

「それはミスターから聞いた」

「そ?」

そう言い残すとケイは自らの席に歩いていった。

一息ついてブリッヂを見渡す。
(俺は帰ってきたんだ、ここに……ナデシコに。)

「ちょっと! アンタたちこの私を紹介せずに無視するとはいい度胸じゃない!?」

アキトは感慨に耽っているところを邪魔され、少なからずムカっときた。
振り返ると、そこにはキノコ。

「はいはい、え〜っと、こちらがアマニタ・ムスカリアさん」

皆が無視する中、ケイは律義に紹介した。

「アマ……何だ?」

アキトは聞きなれない名前に首を傾げる。
そんな様子にルリが助け船を出した。

「それは学術名です。一般的な和名はベニテングダケ。
けばけばしい傘を持つ、毒キノコの代表的存在。食べると幻覚症状を起こしますが、死にません」

「「「ぷっ」」」

アキト、ミナト、メグミの三人はその説明に吹き出した。

「「ぴ、ぴったり……」」

「キーーーーッ!! 誰が毒キノコよ! 私はムネタケサダアキ!
この艦の提督代理にして宇宙軍少将よ!!」

「代理?」

思わぬ肩書きに、またもやアキトは首を傾げた。

「そうよ。この艦の提督になる予定の人間は、今忙しくて来れなくて出航後に合流予定だから、
それまでの間のアンタ達のお目付役に私がわざわざ来てやったのよ。
全く、なんであんな小娘のパシリなんてしなくちゃならないのかしら……」

「はいはいよくお名前言えまちたね〜?
もういいから黙っててねジムノピルス・スペクタビリスさん、煩いの。」

「和名オオワライタケ。食べると笑い出す毒キノコですがやっぱり死にません」

ケイとルリの見事な連携。事前に打ち合わせしていたのではないだろうか。
アキトはそんな、どうでもいい事を考る。

「ムキーー! ほんっと生意気で可愛気の無い小娘ねアンタ達は!!
いい加減にしないと不敬罪で訴えるわよ!?」

「ここは軍じゃないしぃ〜」

「ネルガルの社則にそんなの無いです」

「あ〜も〜うるさいうるさいうるさいわねぇ!!」

ギャーギャー

余りのレベルの低い騒ぎ方に呆れて、アキトら三人は既にそれぞれ別の事を始めていた。

「はぁ、やっぱりヒマなのよねぇ〜」

「ヒマですねぇ〜」

 

ビーッ ビーッ ビーッ ビーッ ビーッ












そこは、昏く、そして静かだった。

 

「やっぱり、行くん……ですか?」

問い掛ける。


「あぁ、一応は様子を見に行っておきたいしな」

答える。


「でも、それはまだ調整が済んでいません。何かあったら……」

問う声は幼く。


「大丈夫、多分戦闘は連中に任せっきりでいいさ。何しろ”王子様”がいるんだ、あそこには」

答える声もまた、若い。


「それはわかってます。わかってるけど、でも…」

幼き躯は震え。


「心配しなくても、人の形見を壊すような事はしないって。…それにいざとなったら跳んでくればいいんだし」

若きかいなはそれを抱き締める。

 

 

 

「わかりました。なるべく早く帰ってきて下さいね、おに……ご、ごめんなさい」

「無理しなくていい。他の連中が何を言おうと、お前は俺の家族だよ………望む限り」

誰が、とは口にしない。
だが、彼女にはそれで十分。十分だった。

…そして二人は、離れる。

「はい……お兄ちゃん」

「あぁ、行ってくる」

そして、若き声の主は歩き出す。
己の相棒のもとへ。

 

「フラヴィ・ディ・フローラム、出るぞ!!」

 

 

カッ












「軍の皆さんどんどん減ってますけどどうします〜」

サブオペレーター席からあがるひどく呑気な声。
だが、声の内容は、呑気では済まされない危険を告げていた。
ムネタケが自信満々に言い放つ。

「決まってるじゃない、砲を上に向けて撃ちゃぁいいのよ!!」

「でもそれって軍の人を巻き込みません?」

「フ、フン! どーせもうとっくに死んでるわよ!」

「それって非人道的〜」

「サイテ〜」

コールド・アイ。
元より信用など無きに等しかったが、この一言は決定的。
ムネタケは、この時点で騒音を出す置物として周囲から認識される事になった。

「う、ウルサイわね!黙ってなさいあんたたち!!」

周りを白い目に囲まれて、ムネタケはたじろぐ。
ルリはムネタケを無視することにして、アキトに尋ねた。

「テンカワ副提督、どうしますか?」

むずがゆい。
どうも自分は変な肩書きは無い方が気が楽だと、今更ながら後悔した。

「テンカワで良い。どうも副提督って柄じゃないからな」

「わかりましたテンカワさん。どうしますか?」

改めて尋ねられ、考え込む。

「…多分、そろそろ艦長も来るだろう。それまではどうしようもないな。一応発進準備だけはしておいてくれ」

「なんなのよその態度は! アンタも副提督なら何とかしなさい!!」

相変わらずな態度で食って掛かるムネタケに、アキトはうんざりした顔で答えた。
どうせ無駄だろうが。

「マスターキーが無ければ手の出し様がない。仮にも提督代理なんだ、もう少し落ち着いたらどうだ?」

「何よ、そのマスターキーってのは?アタシそんなの知らないわよ」

「マスターキー:テロ防止用のシステム。
艦長かネルガル会長しか使用できず、これが無いとナデシコは相転移エンジンを初めとして殆どの機能が使用できません」

「そんなことぐらいマニュアルに一度でも目を通していれば知らない筈はないが?」

アキトのツッコミにぐうの音も出ないムネタケ。
どうせ一時の代理と高を括っていた為、マニュアルには触れてもいないのだ。
この時点で、周囲のムネタケへの認識はゴミ屑以下となった。



その時。




「お待たせーー!!」

突然ドアが開き、4人の男女が雪崩れ込んできた。

「はぁ、はぁ、はぁ、な、なんとか間に合ったようですな」

ルリが代表して声をかける。

「貴方が艦長ですか?」

「そうです!
私が艦長のミスマルユリカです、ヴイ!!」

「はぁ、そ、そして、はぁ、ぼ、ぼくが、副長の、はぁ、ア、アオイジュンです」

へとへとになっている男衆3人に比べて、ユリカは無意味なまでに元気だった。


「…ばか」

はい、お約束。


「遅かったな、ミスター」

アキトはとりあえず倒れ掛かっているプロスの手を引き起こす。

「はぁ、す、すみませんテンカワさん。何しろこの方々を探しに行ってまして。 ゴートさんがエンストして立ち往生している彼女達の車を見つけなかったら大変な事になってましたよ」

「…うむ」

返事をするゴートも死に体だった。元軍人より体力の有る指揮官とは一体…。

「それより艦長、マスターキーを」

「はいは〜い、ナデシコ機動!!」


ガチッ

フイイイィィィィィ……


サブの核パルスエンジンが唸りを上げて動き出す。

「それでは艦長、早速ですが現在この港は木星蜥蜴の脅威に晒されています。ご指示を。」

「ちょっと!提督といいなんであんな小娘が艦長なのよ!!」

「…海底ゲートを抜けて浮上、背後からグラビティブラストで一毛打尽にしましょう」

皆ムネタケをシカト。

「しかし、撃ちもらしたバッタはどうする? これだけ広範囲に広がっているのでは全て射程に収めるのは不可能だ」

「囮よオトリ!10機くらい出せば一機ぐらいは残るでしょう!!」

「うわぁ、サイテーーー」

「な、何よ、何よ何よ何よ! 文句ある!?」

またもや白い目を向けられるムネタケ。そんな馬鹿を置いて、話は続けられる。

「しかし、パイロットがいませんが? ヤマダさんは先程骨折して医務室で治療中ですが」

「…仕方ない、俺が出よう」

「すみません、いきなり出番が来てしまって……」

「気にするな、これも給料の内だ」

そういってアキトはブリッヂを後にした。


シュン

「…副提督ってパイロットでもあるのね〜」

「すごいですよね〜」

ピッ

『ブリッヂ、こちらパイロットのカザマです!!エステは発進準備が整ってますが、どうしましょう』

「「「「「「あ」」」」」」

『?』

じぃ〜〜〜〜〜っ

皆の視線が突き刺さる。

「…ミスター」

ゴートは、代表してプロスを問い詰めた。

「は、はは、ヤマダさんの後始末と艦長探しで忘れてましたが……
もう一人いました」



……………………




「ま、まぁテンカワさんの腕前を見るのもまた一興でしょう、は、ははは……」

『ブリッヂ?』

プロスの乾いた笑いが、ブリッヂを満たした。



「テンカワ、テンカワ、テンカワ……あっ!!」











アキトが格納庫に着くと、そこにはパイロットスーツ姿の女性が立っていた。

「君はパイロットか?」

「はい、イツキカザマです。貴方が副提督の方ですか?」

イツキはアキトの黒尽くめの姿を見て、不安げな表情を浮かべていた。

「あぁ、副提督兼臨時パイロットのテンカワアキトだ。それより急ごう、蜥蜴が来ている」

「あ、はい、わかりました」



ドズウゥゥゥ………ン



「うおっ!」

「キャッ!」

突然襲ってきた衝撃に、思わずよろける二人

「大丈夫か?」

「はい、なんとか…」

「今のは…かなりでかかったぞ」

ピッ

『アキト、アキトでしょう!!』

(もうばれたか……早かったな)

「あぁ、久しぶりだなユリカ」

『アキトったら何でブリッヂで会った時に言ってくれなかったの? シャイなんだからもー』

「それより今の振動…どこか爆発したか?」

『アキトってパイロットで副提督だなんて、さっすがユリカの王子様!!』

「いいから話を聞け!!」

『照れなくってもいいの。ユリカぜ〜んぶわかってるんだから♪』

「…おい(怒)」

『ねーアキ『ちょっと失礼しますよ。テンカワさん、困った事になりました』

「どういうことだ、ミスター」

『予定では約10分ほどで海底ゲートを抜ける予定だったんですが……』

「ですが?」

何やら重大そうな内容に、イツキも参加する。

『…今の攻撃でドックが一部停電、ゲートが開かなくなりました。復旧に大体20分かかります』

「なっ!!」

あまりのことにイツキは絶句した、だがアキトは動じない。

『よって、お二人にはナデシコが海上に上がるまでの計30分間頑張って頂きたいのですが……』

「ふ、問題ない」

『心強い言葉ですね、それではよろしくお願いします』

ブツッ



「…大丈夫なんですか?」

「問題ない、と言っただろう?30分も有れば殲滅出来る」

イツキの不安げな問いに、アキトは余裕の表情で答えた。

「さ、行こう」

「……はい」












ゴオオオォォォ……

 

「ただ今帰った」

『お帰りー。どうだったよ、ナデシコは?』

「あれ?なんでお前がいるんだ。アイツはどうした?」

『あー、リィちゃんなら”D”の方がトラブったんで飛び出してったよ。
それよりおい、ナデシコを見てきたんだろう?』

「あぁ、それなら。何かアクシデントが有って出てこられないみたいだったから、焼き払ってきた」

『ブリューナク使ったのか!?』

「あぁ、機動戦やれる程仕上がってないからな。
いくら俺でも、オーバーホールすらしてない機体でアクロバットはやれないって」

『……説得力ゼロ、だな』

「うるせい」

声の主からのジト目を無視して誤魔化す。

『はぁ、とりあえずチェックだけはしておけよ?あの子の機嫌が損ねられたらこっちまで大変なんだからな』

「わかってるって。後で差し入れでも買っておくさ」

『プリンな』

「プリンね」

『山田屋のプリン』

「…ちょっと待て、あそこは往復で軽く半日はかかるぞ?」

『ま、俺は知らんがね〜』

「…わかった。行ってくるよ。んじゃ」

そう言って通信を切る。

プシューッ

「ふぅ、疲れた疲れた」

パイロットは軽やかにコクピットから躍り出た。

「まったく、さっさと出てきて片づけて欲しいよ、あれ位。
……黒い王子様ならね」

そう言って密かに微笑む。そして…

 

「なぁ、テンカワアキトよ」

黒々い壁の向こう……遥か先を見つめて呟く。

「君はもう、もはや主役じゃないんだ。あんまり目立っちゃぁ、いけないんだよ?」

 

薄明かりに輝く瞳は、紫色の光を放っていた。












ィィィィィ……ガシャン

「何だ、これは…」

『一体、何が起きたんでしょうか…』

地上に出た二人の見たものは、見渡す限りの大空と、海と、大地と……そして無人兵器の残骸だった。

「どういうことだ?上がってくるまでの間に一体何が起きればこんなになるんだ!!」

『わかりません、こんな状況を作り出せるものなんて…』

 

ガラッ

「何だ!?」

う、うぅ……助けて……だれか…

『生存者です!!』

「わかった、こちらで救助する!君は周囲の索敵と他にも生存者がいるか調べてくれ!!」

『了解!!』

プシュー

ハッチが開くのももどかしくなる程急ぎ、アキトは大地に降り立った。そして声の方向へ駆け寄る。

「おい、大丈夫か!?」

アキトは倒れている人間を抱き起こした。服から察するに、軍人らしい。

「あ、悪魔、悪魔が……」

「悪魔?木星蜥蜴のことか?」

「ちがう…ちがう……白い悪魔だ……」

男は見えない何かに、酷く脅えていた。

「白い悪魔が全部焼き払いやがった……バッタも…ジョロも…俺達まで……」

そう言い残すと、男は動かなくなる。

ピッ

『副提督、あたりに敵はいません。その人は?』

「テンカワでいい……この人は気絶しているだけだ」

男を寝かせ、アキトは立ち上がった。

「白い悪魔。全てを焼き払った……」

 

風が、吹く。

ナデシコの初陣は、まだ先の事になりそうだった。







事態は転がり始めた……後は加速するのみ。




機動戦艦ナデシコ
〜 I bless you 〜

第三話:何処までも転がって










(続き。しつこいね)
ところでBenさんや投稿している皆さんに聞きますが、キャラの活躍量ってどう決めてます?
私はどうも一部のキャラにだけ出番を作って、あとは単なる記号でしかなくなるというのが
我慢なりません。でもだからといってバランス良く引き立たせる程の筆力も無い。
ジレンマ、というよりはもっと鍛えるべき今後の課題ですね、これは。
個人的には只存在するだけよりは思い切って出番自体を無くすか退場させるほうが
原作の、キャラを作った方々に対しての礼儀としてはいいのかもと思っています。
彼等が頭を捻って考え出し、肉付けしたキャラを単なる記号として扱う。それって失礼ではないかと。
これは極論でしょうかね?
…まぁそれ以前に出番が多いキャラを上手く表現できているかと言う問題も有りますが。
(次が最後)



次回予告


反乱する毒キノコ。
合流するトビウメ
全てが順調であるかの様な日々…
ナデシコにいることを噛み締めるアキトの前に、再び過去の相棒が姿を現す。

次回、第四話「牙」


「選ぶんだ。染まるか、手放すか」





 

 

 

管理人の感想

 

日和見さんからの投稿です!!

おお、これはかなり意外な展開です!!

アキトが無人兵器を倒すものだと思っていましたが・・・

第三者がこれを成し遂げるとはね〜?

一体、影で暗躍している人達は何者でしょうか?

それ以前に、前回と微妙にナデシコクルーの構成が違う事に気づけよアキト(笑)

 

では、日和見さん投稿有り難うございました!!

 

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