私の名前は東舞歌。横島君が去って後、私たちは重大な危機に直面している。
「ほーくちゃん(はぁと)今日のご飯は肉じゃがとけんちん汁その他だよ!」
「ああ」
世話女房零夜と宿六北斗殿のこの光景は日常。でも・・・
「・・・・・・」
ぱく。もぐもぐ。
食べた。
「・・・・・・忠夫の飯のほうが美味い(ぼそり)」
いくらなんでもその感想はひどいでしょう。たとえそれが事実でも。
案の定、零夜が大いに嘆き悲しみながら北斗殿に駆け寄る。
「ひどいっ!ひどいよ北ちゃん!!私、心と愛情を込めて一生懸命がんばったのに!材料だって良いのを探したんだよ!あの時の事・・・忘れたの!?」
あの時って何よ。
「いやっ、ちょ、わるかっ、て、ちょっと、零夜、止めろ、まず止めろ、って」
零夜は北斗殿の襟を掴んでがくがく揺さぶる。北斗殿はまともにしゃべることも出来ない。
・・・そう、我が優華部隊の陥っている危機、それは、横島君というおさんどんがいなくなった事なのよね・・・。
横島君の料理はおいしかった。本当においしかった。その腕前は、我が隊で一番料理上手の零夜もしのぐほど。それからというもの、横島君以上の料理になかなか出会えなくなり、みんな物足りない気分を味わっている。
・・・九ヶ月間ほとんど毎日、三食とも横島君の料理だったからね・・・。
「あっはっは。零夜は苦労してるばいねー」
「そうだな」
「零夜もがんばってるんだけどねぇ・・・」
「そうですね」
上から三姫、万葉、飛厘、京子だ。かなーり人事のように眺めてる。
「あら。飛厘に京子だって人事じゃないでしょ?」
百華がなにやら言い始めた。
「なんでよ」
「だって、月臣少佐と秋山少佐も横島さんのご飯、何度か食べてましたよね?それでも自信を持って手料理を食べてもらうこと、できる?」
ピシッ・・・
あ、二人がフリーズした。二人の心に暗い影を落とさなきゃ良いけど・・・。
「あ、そういえばね?料理といえば、たー君から教えてもらった酢うどんに続くゲテモノ料理シリーズ第二弾!」
いつのまにか北斗殿が枝織ちゃんにチェンジしてるわね。
「シリーズって・・・」
酢うどんの話を聞いたことがある零夜は汗ジトで後ずさる。
「たー君のおばあちゃんがね?ポン酢と間違えて炭酸が抜けたコーラをドボドボ―――――」
「それ以上言わないで!!」
私はその光景を想像してしまい、とっさに枝織ちゃんのセリフを遮った・・・・・・
GS横島 ナデシコ大作戦!!
第十六話「覚悟完了」
ここは常夏の島テニシアン島。
「パラソル部隊、急げー!!」
「女子に負けるな〜〜〜!」
若者の集団がわっと浜辺に駆け出す。先程お堅い副操舵士の注意など三歩走る前に忘れ去ったに違いない。だがその副操舵士・・・エリナまでもノリノリで駆け出したから文句は言えまい。
そう。ここは常夏の島テニシアン島。ナデシコクルーはここに落ちた新型チューリップの調査に来た・・・・・・筈だったのだが。
周りを見ると、そこらで各々が好き勝手に遊んでいる。
ケース1。
「さ〜あ!いらはいいらはい!」
ウリバタケが浜茶屋を出している。ねじり鉢巻が妙にしっくり来ている。
「海水浴場浜茶屋の三大風物と言えば!!粉っぽいカレーにマズいラーメン!そして溶けたかき氷!!俺はその伝統を今に伝える、一子相伝最後の浜出屋師なのだ〜〜〜〜〜〜!!」
そこにジュンがやってくる。物珍しさからか、無謀にも何か食べようとしているようだ。
「ラーメン」
「あいよッ!!」
数秒後。
「ヘイお待ち!」
・・・ズルズル
「・・・まずい・・・」
「あったぼうよ!!」
・・・なぜ胸を張る?
ケース2。
「・・・六四歩」
パチリ
「む・・・」
プロスとゴートが、ビーチパラソルの下で将棋を指している。
「ミスター、待ったは無しか」
「無しです」
・・・・・・異様に渋い雰囲気を醸し出していた・・・。
なぜわざわざ外でやるのかと誰かが訊いたところ、
「解ってませんな〜、こういった趣きが良いんじゃぁないですか」
・・・とのことだった。
ケース3
「ちょっと!こっから出しなさいよ!!」
ムネタケが浜辺に埋まっていた。
・・・・・・はい、次逝ってみよう。
「え!?それだけ!?助けなさいってば!!」
無視。
パラソルの下、ルリとミナトが座り込んでビーチバレーを楽しむパイロットの皆さんを眺めている。
「元気ねぇ・・・」
「そうですね・・・」
会話が途切れる。
「・・・・・・」
「・・・・・・」
「ルリルリは混ざらないの?泳ぐのも良いし」
「私、泳いだことありませんから。それに、そんな気分でもないし・・・」
また沈黙。
「・・・・・・」
「・・・・・・」
「横島クン、見つからないわね・・・」
「そうですね・・・」
「・・・・・・・・・・・・」
「・・・・・・・・・・・・」
「ルリルリが元気ないのはその所為?」
「私はいつも通りです。仮にそうだとしても・・・」
ルリは皆から離れた場所の木陰で、膝に顔を埋めるように体操座りしている人物のほうに目を向ける。
「・・・テンカワさんほどじゃありませんから・・・」
「そうね・・・アキノちゃん、ずっとあの調子だものね・・・」
生気の無い眼で抜け殻のような雰囲気をまとう人物は明乃だった。彼女がそうなった原因は、一ヶ月前まで遡る・・・。
――――――――――
一ヶ月前。
「八ヶ月!?」
「そう。君たちの痕跡が途絶えてから八ヶ月経っている」
答えた男は、アカツキ・ナガレ。自称コスモスから来た男。
「成る程。これで火星のクロッカスの劣化具合が早かった説明がつくわね。チューリップは、ただ瞬間移動するってわけじゃないってことになるかしら・・・」
「八ヶ月・・・」
明乃も呟く。そして何かに気が付いたようにはっとする。
「横島くん!!」
「え?」
「あ!!」
いきなり叫んだ明乃。アカツキは意味が解らなかったようだが、ナデシコクルーは皆何かに気付いたようだ。
「あの!横島って人のこと、知りませんか!?」
必死な顔でアカツキに詰め寄る明乃。アカツキはやや困惑した顔つきになる。確かに、いきなり人の名前を尋ねられても困るだろう。
「いきなり横島と言われてもねぇ」
「アカツキさん」
明乃では要領を得ないと判断したのか、プロスが前に出る。
「実は我々が火星を脱出するとき、横島と言う方が囮を買って出たのです。ごらんの通り、現在のナデシコはまともに航行も出来ないほどにエンジン部が破損しています。ナデシコが完全にチューリップに入るまで誰かが時間稼ぎをしなければ、ほぼ間違いなくナデシコは沈んでいた・・・。そんな状況だったのです」
「で、その横島って人の行方を知りませんかって?」
「・・・その言い方では、心当たりは無い・・・?」
「無いねえ。第一、フィールドは正常に作動しているようだし、それでも撃沈確実だったほどの敵の猛攻に生き残ることが出来るやつなんて、地球圏に存在するかな?少なくとも、僕は知らない」
その言葉でナデシコクルーの半数はがっくりと肩を落とす。
だが、それでは納まらない人たちもいるわけで。
「横島くんは帰ってきます!!絶対帰ってきます!!絶対帰ると約束したんですから死ぬわけありません!!殺しても死にません!!」
約束が守られなかった例などいくらでもある、とアカツキは思ったが、口に出さないくらいの判断力は持ち合わせていた。
「俺たちも同感だ!」
「そうだぜ!あいつが死ぬわけねえ!!」
リョーコらとガイも同調する。
(やれやれ・・・。パイロットってリアリストが多いかと思えば妙にロマンチストも多いんだよねぇ)
もちろん口には出さない。
アカツキがナデシコクルーを見やると、大体が死んでないに決まってると言いたげな顔をしている。
「でもねぇ、死んでないんだったら自分の雇い主のネルガルに連絡ぐらい入れるでしょ?君たちと結びつきが強いんだったら尚更。行方不明者の捜索状況がどうなってるか、気になると思うけど?」
「それは・・・・・・」
明乃は言葉に詰まる。だがそれでも反論しようと口を開きかけたが、
「まあまあまあ。明乃、落ち着いて。横島さんが死んでなくても音沙汰が無い理由に説明はつくよ」
ユリカが明乃を押しとどめる。
「どういうこと?」
「んーとね」
ユリカは目を閉じてこめかみを指でとんとんと叩いている。
「とりあえず今考えつくのは・・・・・・
1、火星で潜伏中の場合。チューリップに飛び込もうとしても大量の無人兵器が邪魔をして近づけないのが理由。
2、地球に戻ってきたけど、山奥やジャングルの奥地に不時着して動くに動けない場合。エステは燃料切れ。
3、私たちが行方不明ということを知り、独自に探しているか、もしくは別の仕事についた場合。この理由だとしたら、地球に帰れば再会できる可能性は大きいかも。
4、チューリップに飛び込んだけど私たちみたいに現れる時間にタイムラグがある場合。私はこれが一番可能性が高いと思う。
・・・・・・まあこんなところかな」
ユリカは、「ナデシコクルーが全員死んだと思って茫然自失」と言う可能性については考えつかなかったらしい。
「・・・まあ、確かにそれらの可能性はあるでしょうが・・・」
プロスは苦笑している。
「ちょ、ちょっと待って」
「なんですか?」
「チューリップに入って生きていられる人なんか今のところいないんじゃないの?」
アカツキの疑問ももっともである。
「横島くんなら出来ます!」
喰い付きそうな勢いで反論を行う。
「仮にチューリップを無事に通ることが出来るとして、さっきと同じこと言うけど、10隻以上の戦艦、3000機以上の無人兵器、さらにチューリップ、そんな状況で生き残ることなんて不可能だと思うけど?その横島って人がどれだけ腕が立つのか知らないけど、いくらなんでも無茶じゃないかな」
確かに具体的な数字を出されると、それがどれだけ絶望的なことか嫌でも解ってしまう。さっきは感情的になって反論したガイとリョーコは黙ってしまい、他のクルーも暗くなる。明乃も同様。だが、
「それでも!きっと帰ってきます!絶対帰ってきます!」
明乃は、目に涙を浮かべて主張する。その様子を見、アカツキもさすがに口をつぐんだ。
その後、アカツキとエリナが新たなクルーになること、ナデシコが軍に編入されるということなどいろいろな話が出てきたが、明乃はずっと俯いたままで、頭の中には何一つ入ってこなかった。
・・・横島のことで頭がいっぱいだった。
木星では、枝織とモモの尽力で横島がようやく立ち直り始めた頃だった。
「八ヶ月・・・か」
誰にも聞こえない声で、メグミがあさっての方向を見ながら呟いた。
その方向に木星があったのは偶然だろうか・・・
――――――――――
それからテニシアン島に行くまでの一ヶ月間、明乃の様子は目に見えて変化していった。笑顔はほとんど見られなくなり、活力が抜けたような表情でいることがほとんどだった。戦闘中には精彩を欠き、料理中にもたまに手が止まってしまい、焦げつかせることもあった。
横島の行方を探すため、新聞は欠かさずチェックを入れ、ルリに頼んでオモイカネに情報を探してもらったりもした(実はとっくにルリが探っていたが)。それでも横島の行方はわからない。この時点では木星にいるので当然だが、神ならぬ彼女らには解る筈も無かった。
横島もずいぶん苦しんだが、明乃も同じ状況に陥りつつあるようだ・・・・・・。横島ほどではないにしても。
北極にシロクマの親善大使を救助に行ったときの戦闘後。
格納庫。
「なぁ明乃ちゃん。エステを壊すのはかまわねぇんだ。機体を直すのだって俺たちの仕事だ。
でもな、俺には明乃ちゃんが真面目に戦っているようには見えねぇ。敵の真っ只中でいきなり茫然自失になるってのはどういうこったよ?今まではそんなこと一度も無かったってのにな?不真面目にやって壊されたってんなら直すのも倍疲れるんだよ。馬鹿らしくてな」
ウリバタケの顔はいつになく真剣だ。
「別に不真面目にやってるわけじゃ・・・」
「・・・俺にはそうは思えねぇ。あのときから明乃ちゃんは寝ても覚めてもあいつのことを考えてる。
これはシミュレーターじゃねえ。本物の戦争だ。そんなんじゃ次にでも死んじまうぞ?」
「でも・・・こんなこと言ったら怒られるでしょうけど、私には仲間が一人生死不明なのになんでみんな平静に仕事が出来るのか・・・その方が信じられません・・・。軍隊ではそうでも、ナデシコではそんなことは無い・・・勝手にそう思ってたんですけど・・・」
その言葉を聞いてもウリバタケは怒らなかった。
「表面上のことだけだとして、なんでみんないつも通りにやれるか解るか?」
「解りません・・・」
「そうしないと人が死ぬからだ」
「!」
「仲間が死んで、動揺して、艦長がとっぴょうしもねえ指揮をしたらどうなる?操舵士が舵を切り損ねたら?通信士が間違った情報を流したら?整備士がボルトを二、三個締め忘れたら?」
「・・・・・・・・・」
「そう。どれも人が死ぬには十分だ。悲しみ悼むのはプライベートだけでいい。職場に持ち込むのはご法度だ。
皆が平気そうに見えるのは、んな事したらまたヤな思いをするって知ってるからさ」
「・・・・・・わたしは・・・・・・」
「別にそうできないから悪いってわけじゃねぇんだ。でも今は戦争中でここは戦艦だ。酷かも知れんが、明乃ちゃんの調子が変わらないんならエステにゃ乗ってほしくねぇ。皆がまた悲しい思いをするだろ?明乃ちゃんの代わりはいねぇんだから」
「・・・・・・」
明乃は俯いた。自分がどれだけ愚かか思い知ったからだ。
「偉そうなこと言っちまったな・・・」
ちょっと照れくさげに頭を掻く。
「ま、暫くは様子を見たほうがいいと思うけどな。エステにまた乗れるんならそれで良いし。無理でもコックに専念すりゃいい。
・・・・・・俺も横島が死んだなんて思ってねえ。明乃ちゃんも信じてやれよ!」
「はい・・・!」
明乃は微かに笑みを浮かべ、一礼して格納庫を出て行った。
食堂の場合。
「・・・ンカワ!おい、テンカワ!!」
「っ!はい!」
ぼーっと鍋をかき回していた明乃は我に返ったが、
「あーあ・・・焦げちまったかい・・・」
「すいません、ホウメイさん・・・」
「アタシに謝ったってしょうがないだろう」
ホウメイはため息をつき、焦げた鍋を眺めた。
明乃の不調は料理面にも現れていた。横島は味そのものが微妙に変化したが、明乃の場合は味はそのままだがたまに手が止まってしまい、料理が台無しになってしまうのだった。格納庫の一件以来、だいぶマシになったのだが・・・。
「・・・・・・あんたの調子が悪くなった理由は解ってるつもりだ。
だけどねテンカワ。客はそんなこと知ったこっちゃ無いんだ。客は金払ってる以上ちゃんとした食べ物が出てくるのは当然と思ってる。そしてそれは正しいよ。ちゃんとしたものが作れないんなら厨房に立たないほうがいい」
「・・・・・・」
「こんな話がある。
とあるミュージシャンは奥さんが事故で死んだ直後に舞台に立ち、そして終始笑顔でプログラムをこなし、客を楽しませた。
・・・立派だと思うかい?」
「・・・はい」
明乃は頷く。本当に凄い人だと思った。自分は同僚が行方不明になっただけで、絶対に無事だと口では言い張りつつも胸は不安で押し潰されそうだ。
「アタシもそう思う。あたしも似たようなことがあった時、三日はまともに鍋を振ることも出来なかったんだから。
でもそれは当然のことさ。プロだからね。さっきも言ったけど、客はそんなこと知ったこっちゃ無いんだから」
「・・・・・・」
明乃はうなだれる。今の自分には料理しか出来ないのに・・・。
「ま、今のあんたはあン時のアタシよりゃマシさね。調子が戻るのもすぐさ」
「・・・はい、頑張ります・・・!」
――――――――――
と、そんなこんなで明乃は仕事に関しては元の調子を徐々に取り戻していた。料理はミスがほとんど無くなっていたし、戦闘はまだ不安が残るものの、北極での戦闘に比べると明らかに動きが良くなっていた(シミュレーターだが)。明乃は知人に恵まれていたと言えるだろう。
だが、仕事以外の場所では依然として暗い表情のままだった。本人も何とかしようと思っているようだが、気がつくと暗い表情になっている。
地球圏に帰ってきて一ヶ月。常夏の島、テニシアン島に来てもそれは変わらなかった。赤いワンピースの水着の上に(非常に残念なことに)Tシャツという格好だったが、遊んだり泳いだりという気は微塵も起こらないようだ。
膝に顔を埋めるような格好で、前方をぼけっと眺めていた・・・
「やぁテンカワ君。そんなところに座り込んでないで、僕たちとビーチバレーでもしないかい?気分が沈むのも解るけど、気分転換も大事だよ?」
明乃を誘いにきたのはアカツキだ。
CMにも出演できそうな白い歯を光らせ、これでもかというくらい爽やかに(でも軽薄に)微笑んでいる。
「・・・・・・・・・・・・」
明乃は自分を見下ろすアカツキをぼうっと見上げ、そのまま視線を固定する。
「ん?どうしたんだい、テンカワくん?僕の顔に何か付いてるかい?」
はっはっはと笑いながら髪をかきあげ、歯を光らせる。
「・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・」
そんなアカツキをじーっと見つめていた明乃だが、ぽつりと、こう呟いた。
「・・・・・・えっと・・・すいません・・・。どちら様ですか・・・・・・?」
びっしいいいいいいいい・・・!
アカツキは爽やかな顔のまま凍りつく。
十秒ほど同じポーズのまま硬直し、
「ちょ・・・ちょっと!一ヶ月間同じ艦にいて、しかも何度も顔を合わせてるじゃないか!?」
「えっと・・・・・・ごめんなさい。記憶にありません」
「・・・・・・・・・・・・」
アカツキの顔がものすごく情けなく歪む。
・・・その様子が砂浜のパイロットの皆さんに大いにウケていたことにアカツキが気づかなかったのは幸運だろうか。ガイなどは砂浜に突っ伏し、地面をどんどんと叩きながら肩を震わせている。ツボに入ったらしい。
どうやら横島関係のことで頭の大部分が占められ、元いたクルーはともかく、新参のアカツキに関する事柄は記憶容量から締め出されてしまったようだ。
ちなみに、エリナは何度も明乃に接触しているため名前と顔を覚えられていた。
「・・・・・・・・・」
明乃が再びぼけっと座り込み始めたとき(アカツキは自分のペースを保てなくなったため、すごすご退却した)、誰かが隣にやってきたことに気付いた。目を向けると、ユリカだった。
「アキノ、隣いい?」
「いいけど・・・」
その言葉にユリカがよいしょ、と腰をおろす。
「・・・・・・」
「・・・・・・」
二人は暫く並んで黙って座っていたが、
「・・・ねぇアキノ。アキノはなんで落ち込んでるの?やっぱり横島さんのこと?」
「まあ・・・ね」
明乃はユリカの方をちらりと見やり、
「・・・ユリカ、私何で・・・何でこんなに不安なんだろう・・・?
横島くんは生きてる・・・・・・そう信じてる筈なのに、手が・・・手がこんなに震えて・・・・・・」
ユリカが視線を少し下げると、確かに手が震えている。
「生きてる、帰って来るって口では言っても、横島くんの事を一番信じて無いのって私なんじゃ・・・って最近思うの・・・」
帰って来るという主張をぶつけられたアカツキのことはすっかりと忘れていたようだが。
「・・・・・・・・・」
ユリカは暫く黙っていたが、ポツリと語りだす。
「アキノは・・・横島さんに慣れてたんじゃないかな・・・」
「え?」
明乃は言葉の意味が解らなかった。
「私は横島さんのしたこと、全部覚えてる。特にあの時は最高だったな・・・」
「・・・あの時?」
「ほら、火星でね、私が横島さんもろとも火星の人をフィールドで押し潰しそうになった時。
フィールドの下半分だけ中和したんだよ?科学者さんが目の当たりしたら卒倒しちゃうよね。イネスさんは驚いただけだったけど。
他にも巨大化したり、そんな物理法則を無視したような奇跡じみたことをされちゃったから、私は横島さんが死ぬっていうイメージがどうしても思い浮かべられないんだ」
「・・・それと私が慣れてるって事と、どう関係があるの?」
「アキノはナデシコに乗る以前から横島さんと一緒にいたんだよね?半年くらいだったっけ」
「でも霊力のことを知ったのって皆と同時じゃない」
アキノは反論を試みたが、
「アキノは毎日のように横島さんと大騒ぎしてたんだよね?セクハラを働いたとかお客さんにちょっかい出したとか。楽しかったんだろうな・・・」
その場面を想像したのか、ユリカはくすくすと笑う。
「それがどういう・・・」
「たぶんアキノにとって、横島さんの所業に大騒ぎするのも、霊力に驚いて大騒ぎするのも、それは同レベルのことだったんだと思う。ううん、横島さんのセクハラのことで大騒ぎする時のほうが規模が大きいくらいだよね。アキノの場合」
「・・・・・・・・・・・・そう・・・・・・なのかな?」
「極論すれば横島さんの霊力はアキノにとって日常レベルとさほど変わらなかったんだ。だから私たちと違ってアキノは楽観的じゃいられない。霊力はアキノにとって「普通」の中に埋もれてしまうから。使ったその時は驚いてもね」
「・・・・・・・・・」
「横島さんは奇跡を起こせると知っている。でも彼は「普通」だから行方不明になったら心配で平静ではいられない。そんな矛盾した思いがせめぎあってる・・・・・・という仮説が立つ」
「・・・・・・・・・」
「だからアキノは冷たくなんかない!
・・・・・・穴だらけのトンデモ仮説だけどね」
照れくさげに頭を掻く。
「・・・ユリカ・・・ありがとう。トンデモ仮説でも嬉しかったよ・・・。うん。なんだか心が軽くなったかな?」
明乃は微笑む。
「ううん、元気が出たみたいで本当に良かった・・・!」
微笑んだ明乃を見てユリカも微笑んだ。いつもの太陽のような笑顔ではなかったが、明乃でさえもドキッとくるような可憐な微笑だった。
(・・・ゆ、ユリカってこんな笑い方も出来るんだ・・・)
だがその表情は、十秒と経たずにまたいつもの明るい笑顔に戻った。
(私、もしかしてものすごく珍しいもの見たんじゃ・・・)
そのとき、ユリカのお腹がぐ〜と鳴った。
「あ、もうそろそろお昼だね」
「うん、なんかやる気も出てきたし、バーベキューの準備でもしようかな!」
よいしょ、と明乃は立ち上がった。
――――――――――
そしてバーベキュー。
炭火の上の熱せられた金網で、牛肉、手羽先、トウモロコシ、ピーマン、シイタケ、オニオンスライス、ソーセージ、ほたて等の食材が、食欲をそそる香りと音を発している。
「最近、この島は個人の所有になったみたいですね」
「あ、ルリルリそこのマヨネーズとって〜?」
「どうぞ」
「ありがと」
「あれ?そういえばジュンくんどこいったんだろ?」
「・・・・・・テンカワ、これは何だ?」
「シイタケですけど?」
それぞれが好き勝手に喋りながら食べている。立食式だから当然だろうが。
「個人の所有って?」
「クリムゾングループですよ。世界でも有数の複合企業です」
「あ〜!イズミちゃん私のイカさん取ったー!」
「ははっ!油断大敵だな、ヒカル」
「某大泥棒を投げる・・・」
「「は?」」
「ルパン、投擲・・・・・・プ・くくくくくく・・・・・・」
「「・・・・・・・・・」」
「ジュンくんなら森の方に向かったみたいよ」
「シイタケは要らんと言ったはずだが・・・」
「好き嫌いはいけませんよ」
「しかし・・・」
「食べてくださいね?」
「いや・・・」
「食べてくださいね?」
「むぅ・・・・・・」
ゴートは脂汗を浮かべつつ、皿山盛りのシイタケと睨めっこを始めてしまった。
「アキノちゃん、レモン取ってくれる?ホイル焼きや唐揚げには欠かせないわよね」
「はいどうぞ。イネスさん」
「クリムゾン・グループ・・・ついこの間、一人娘が社交界にデビューして話題になってたわね・・・」
「って言うか、個人所有の島で勝手に泳いで良いんでしょうか・・・?」
「怒られたら謝ればいいよ!・・・あ、このお肉も〜らい!」
「ユリカ、それまだ半生よ!?」
全員が網の周りに寄ってきているから喧しいことこの上ない。明乃も忙しさにてんてこ舞いしながらも笑顔で働いている。久しく見られなかった表情だ。
「テンカワ」
「なんですか?ホウメイさん」
横にいたホウメイが、顔は前に向けたまま、一言だけ言った。
「良い顔になった―――いや、戻ったじゃないか」
「・・・・・・」
明乃は一瞬きょとんとし、
「はい!!」
元気良く返事を返した。ホウメイは少しだけ笑い、また食べ物を焼き始めた。
この光景を見て、
「・・・・・・バーベキューをする前に明乃ちゃんに何があったのかな?」
「・・・・・・さぁ」
ホイル焼きお代わりだのビールは駄目だの騒がしい中、ミナトとルリが首を捻っていたとか何とか。
――――――――――
昼食後、新型チューリップの調査にエステ隊が出撃した。
「明乃ちゃん、ほんとに許可もらったのか?」
「はい。疑うならユリカに訊いて下さい!」
ガイ、三人娘、アカツキが出撃した後の格納庫。明乃がウリバタケに機体を出撃できる状態にしてほしいと頼んでいるようだ。今まで鬱屈していた反動か、かつてないほど戦意が高揚しているようだ。横島の、「いつでも最善を尽くす」という言葉を思い出したのかもしれない。
(う〜〜〜む・・・確かに顔付きは良くなったようだが・・・・・・)
明乃は両の拳を握り締め、ウリバタケの返事を待っている。ユリカから許可はもらえたが、ウリバタケが断れば駄目との事だったからだ。
「・・・・・・まあ、いいか。でも、絶対に無理はしないことと、後ろで支援に徹すること。これが条件だ。シミュレーターはやってたみたいだが、実戦からは結構遠ざかってたんだからな。これが守れねぇなら許可は出せねえ」
「了解です!無理はしません!」
「いや、そんなでけー声出さなくても・・・」
「はい!」
わかってない。
「んじゃ、気をつけてな。ま、調査だから戦闘が起きねぇ可能性もあるんだ。肩肘張るなよ!」
「はい!」
許可がもらえるやいなや、明乃はエステに乗り込んだ。
『天河、出ます!』
テンカワ機空戦フレームは、テニシアン島の大空に舞い上がった。
「・・・チーフ、よく許可出しましたね。本調子かどうかも解らないやつは殴ってでも出すなって言ってた事もあったのに」
「そうだな。だがせっかくのエステが埃被ったままってのも勿体無ぇだろ?」
「それで機体壊されたら本末転倒でしょうに」
「・・・・・・」
ウリバタケは少し黙り、
「合理的な考えじゃねぇのは解っちゃいるが・・・今の明乃ちゃんならやれそうな気がしてな」
「はぁ・・・」
チューリップ付近。先行していた五人に明乃は追いついた。
「お?なんだテンカワ、エステに乗っても平気なのか?」
「はい!でも今回は援護に徹するつもりですけど」
「出てくるのはかまわないけど、張り切りすぎて足を引っ張らないようにお願いしたいね。
んじゃ、お先に」
アカツキはバーニアを噴かせて、一人でチューリップに向かっていく。
「え!?・・・は、はい」
なぜか怪訝な表情で返事をする明乃。
「・・・・・・」
「アキノちゃん、どうかしたの?」
「ヒカルちゃん・・・・・・あの人、誰ですか?」
「・・・えぇ!?」
アカツキはまだ覚えられてなかったようだ。先行していたアカツキの機体が、一瞬がくっと傾いたのは気のせいだろうか。
――――――――――
「ちっ!!なんだこりゃ!?攻撃が全然通らねえぞ!?」
「堅いよこれ〜」
「ゲェキガンフレアアアアアーーーーー!!!
・・・へぶしっ!!」
エステ隊の猛攻を受けても、傷どころかバリアさえ突破できない。「へぶし」とはエステごとガイが弾き返された時の声である。
「ヤマダ君の攻撃も弾かれるとは・・・これはチューリップ以外にも原因があるわね・・・」
「どうやらそのようだ。ほら。あんなところにクリムゾン印のバリア発生装置がある。バリア関係ではネルガルより向こうのほうが上だからね〜」
「あんだと!?何かんがえてやがンだこれ置いた奴ぁ!」
「打つ手無しですか?」
「これじゃぁナデシコのグラビティブラストでも突破は難しいね・・・」
一方その頃。この島唯一の屋敷のテラス。
「うふふふふ・・・そんな攻撃無駄無駄無駄です。私の悲劇的死を邪魔することは何人(なんぴと)にも不可能です。ああ・・・早くこないかしら・・・虚しい現実に幕を下ろす使者は・・・」
ヤバげな発言をしているのはクリムゾングループの一人娘、アクア・クリムゾンだ。
「や・・・やめろ!こんなことをしてなんになるって言うんだ!?」
そして勇ましいセリフを吐きつつも床の上で身動きが取れないのは、ナデシコ副長、アオイ・ジュン。バーベキューの時に姿が見えないと思ったらこんなとこにいたようだ。なぜ動けないかと言うと、痺れ薬を盛られたからである。
「なんになるのかとおっしゃいました・・・?
さっきも言った通り、私、悲劇のヒロインに憧れておりまして・・・。愛する人と迎える死・・・あぁ!なんて悲劇的なんでしょう・・・!」
自分の発言と行動に酔っている。
「そ、そんなに死にたいんなら一人でやればいいじゃないか・・・!」
「人の話はちゃんと聞くものですよ?『愛する人と迎える死』!!このファクターだけは外せませんの・・・!」
(この子本気でヤバイ!!)
ユリカの料理ほどではないが。
「あ・・・!うふふ・・・どうやらついにパンドラの箱が開いたようですね!」
二重のバリアに囲まれたチューリップが、ついにその黒い花を開いた・・・!
――――――――――
チューリップから表れたのは、なんと巨大なジョロ一体。他に無人兵器が出現する気配は無い。
「く、このジョロ、動きは遅いけど・・・堅い!」
「例のごとくフィールドを張るのか・・・。さしずめ、あのチューリップはコンテナと言ったところだね!」
「ゲェキガンフレアアアアア!!
って避けるな!!」
「無茶言ってる〜」
「馬鹿はほっとけ!
とは言ったものの、直接攻撃以外は効果が薄いのは確かだな」
バリアが一枚減った分防御力は下がった。だが、さっきと違いこの無人兵器は動く。
「みんな!そのジョロ、ミサイルポッド背負ってますよ!」
明乃が注意を促すと同時に、巨大ジョロはミサイルを一斉発射した。
「うわっ!ミサイルパーティー!?」
「あたらなけりゃ意味無いぜ!!」
「おおよ!!」
リョーコとガイがディストーションパンチを仕掛ける。
2体のエステはミサイルの雨をかいくぐり、そのまま突き刺さった。
「よし!効いてる!」
「リョーコちゃん!危ない!」
「え!?」
攻撃が決まって気が緩んだのか、上から強襲するジョロの脚部に気付かなかった―――!
「くっ!!」
明乃はとっさにリョーコの機体に体当たりし、リョーコ機を救うことに成功した。だが2体のエステは地面に倒れたままだった。リョーコは状況が把握しきれていない、明乃はリョーコを放っておいたら二の舞なので動けない。自分が残ったからと言って何が出来るか解らないが・・・
ジョロのAIはその隙を見逃さなかった。
ナデシコブリッジ。
「アキノ!!リョーコちゃん!!」
悲鳴をあげるユリカ。そこにルリから報告が入る。
「艦長、上空から未確認物体が降下してきます」
「ルリルリ、新手!?」
「あ、違いました。これは降下と言うより・・・・・・落下・・・?」
「「え!?」」
ユリカとミナトが声をあげた瞬間、未確認物体はジョロのど真ん中に突き刺さった・・・
「!!リョーコちゃん!!逃げますよ!!」
「お、おう!」
その隙に明乃とリョーコは急いで距離を取り、その五秒後にジョロは大爆発を起こした。
爆発によって出来たクレーターには、中心に落下してきたと思われる物体が残されているだけだった・・・。
後編にGO!