作者注:今回のプロローグは、元ネタの知識がないとさっぱりわかりませんし面白くありません。また、本編とは何の関係もないので読み飛ばしても問題ありません。



 やぁ、全国の紳士淑女の皆様、特に淑女の方々こんにちは。僕の名はアカツキ・ナガレ。会t・・・・・・ゲフゲフン! ナデシコのしがないエステ乗りをやってる。以後、お見知りおきを。


「むむ・・・」


「・・・」


 おっと、こちらに意識を戻さないとねぇ。実は最近、エステ乗りの間でカードゲームがブレイクしている。横島君やヒカル君は元より、意外にもヤマダ君まで大いにはまってるんだねこれが。かく言う僕も例外じゃない。意外かと思うかもしれないけど、一応知的なゲームの部類に入るから、ヤマダ君が熱く語るゲキガンガーよりは万倍もマシってやつさ。

 で、今は横島君とテンカワ君が対戦中だ。今回は「ディメンション・ゼロ」というゲームで対戦中。ちなみに、呻いた方がテンカワ君。三点リーダーが横島君。どうでもいいけどね。

 テンカワ君は白単蛙天使デッキ、横島君は赤単スタンダードデッキ。
簡単に言えば、テンカワ君の蛙天使デッキは対象にならないエンジェルをフロッグナイトで強化しつつ戦うデッキ。横島君の赤単は軽量級〜重量級、そして火力をバランスよく投入したデッキ。


で、今はもうゲームも終盤。現在の状況は、

@×@ ←天河ベースエリア

××A ←天河自軍エリア
B×C ←中央エリア
××× ←横島自軍エリア

××D ←横島ベースエリア


@=トーナメント・フロアー(ベース。このラインの味方ユニットのパワーを+1000し、種族に「フロッグナイト」を追加)
A=スターライト・エンジェル(種族「エンジェル」。パワー2500。対象にならない)
B=ムーンライト・エンジェル(種族「エンジェル」。パワー4500。対象にならない)
C=ブラッディ・ブライド(種族「ハーピー」。パワー4500。隣接スクエアに敵ユニットが置かれた時、そのユニットと自分に4000ダメージ)
D=陽炎の陣(ベース。3コスト以下のユニットをこのラインに赤1コストで登場させられる)
×=空きスクエア

天河
リリースエネルギー:白4、緑1、無色2
被スマッシュ:3
手札:2


横島
リリースエネルギー:赤9、無色4
被スマッシュ:6
手札:3
※ターン進行中


 という状況。


「ブラッディ・ブライドを一歩前進させるぞ」


 横島君がユニットを侵攻させた。その先にはテンカワ君のスターライト・エンジェルが。
 スターライト・エンジェルのパワーは2500。ベースの効果で合計3500か。でも、ブラッディ・ブライドの4500には足りない。で、そのまま敵陣で2スマッシュか。


 ・・・でも、正直それは迂闊じゃないかな。やっかいなエンジェルをパワーが低いうちに倒してしまおうってことなんだろうけど、テンカワ君の手札枚数と残りエネルギーを鑑みれば、少々無謀に感じる。このユニット自体も中央エリアで睨みを利かせるのが主な役割なワケだし。ま、横島君のエネルギーもまだ沢山あるし、何か考えがあるんだろうけどね。


「では、ユニットの移動にスタックを載せます。では行きますよ横島くん…! 『幸せはすぐ近くにある』をプレイ! エネルギーの『クラウン・ナイト』をプランゾーンに置き、墓地の『レッドアイ・ナイト』をエネルギーゾーンに置きます!」


「……!」


 これは驚いた。このカードは、エネルギーゾーンのカード一枚を、デッキの一番上にプランゾーンとして置き、更に墓地のカードを一枚エネルギーゾーンにリリースで置く、と言うもの。

 そしてテンカワ君の上手いことやった。それは、このゲームのコストは、基本的にエネルギーゾーンのカードをフリーズすることによって発生する。で、今テンカワ君は、幸せはすぐ近くにあるをプレイするためにフリーズさせたカードをデッキの一番上に戻した。そしてカードの効果により墓地のカードがリリース状態でエネルギーゾーンに置かれた。これはつまり、3コストのストラテジーを実質2コストで打ったと言うことだね。

 ちなみにプランとは、無色1コストを支払うことによりデッキの一番上のカードを表にすること。表にすることにより、そのカードを手札と同じようにプレイできると言うシステム。デッキの一番上のカードが表になっている場合、その場所のことをプランゾーンと呼ぶ。


 話を元に戻す。クラウン・ナイトとは、スペックだけ見れば単なるコストパフォーマンスの悪いユニットでしかない。しかし、このカードの真価はプランゾーンに居る時にある。このカードは、プランゾーンに存在するとき、「自軍の、種族「フロッグナイト」を持つユニットのパワーを+4000する」と言うもの。この瞬間、トーナメント・フロアー(種族に「フロッグナイト」を追加しつつパワー+1000)のライン上にあるスターライト・エンジェルのパワーは7500になった。ムーンライト・エンジェルにいたっては9500だ。

 さらに、このユニットは対象にならないので、除去や火力、純粋なパワー勝負でもほぼ負けなくなったわけだね。こいつは面白くなってきた。


 で。このストラテジーの解決後、移動の効果を解決。ブラッディ・ブライドがスターライト・エンジェルのスクエアに移動した為、バトル発生。バトル中に双方何もしなかったので、当然のようにエンジェルの勝ち。


「・・・・・・・・・」


 横島君はかなり渋い表情だ。だがそれ以上何もしようとせず、


「優先権放棄」


 優先権を放棄した。まだ沢山エネルギーがあるが、これはディメンション・ゼロでは割と普通だ。プランからプレイしない限り、ユニットは相手ターン中に出す方が何かと得だからね。状況にもよるけど。


 ちなみに、現在の残りエネルギーは、テンカワ:白4、無色1 横島:赤8、無色3


「放棄ですか? だったら、「イースタングリーンナイト」をプレイします!」


 イースタングリーンナイト。特に能力を持っていないパワー5000ユニットだけど、こいつの種族もフロッグナイト。他のフロッグナイトのプランゾーン効果でバッチリパワーアップするし、現在に至ってはパワー9000だ。こりゃ、次のテンカワ君のターンで決まるかな・・・。


 と思ったところで。


「この時を待っていた!」


 横島君がにやりと笑う。


「!?」


「優先権はこっちに戻ってきたな…。じゃあ俺は「カオスヘッド・ドラゴン」を左ライン中央エリアにプレイ!」


「…………はい?」


 テンカワ君は怪訝な顔をする。多分僕もそうだろう。なぜなら…。


 カオスヘッド・ドラゴン

 合計コスト8の超重量ユニット。パワー7500、スマッシュ2、そして更に、このユニットが中央エリアか相手エリアに置かれた時、バトルエリアにあるユニットを二体まで選び、6000ダメージを割り振って与える…と言うもの。言うまでもなく超強力ユニットだね。


 だけど、プレイした場所はムーンライト・エンジェルのスクエア。即座にバトル発生し、結果は言うまでもなくCドラゴンの負け。その後に6000火力が発生するわけだけど、展開されているエンジェルは「対象にならない」からこの火力の対象にももちろんならない。なら、その火力の行き先はイースタングリーン・ナイトしかないわけで。


「じゃ、その蛙に6000火力全部」


「…解りました」


 イースタングリーン・ナイトのパワーは5000だけど、プランゾーンにクラウン・ナイトがいるから9000であと3000足りない。


 現在、テンカワ:エネルギー白1 横島:赤3


 結局横島君の手札とエネルギーが減っただけで何も変わってない様な……。


「んじゃ、続けて「赤き覇王の門」をプレイ! 払うコストは3だ!」


 このストラテジーは、赤2+無色Xのコストを支払う事により、デッキの中からXの値のコストのユニットを、自軍か中央エリアにリリースで置くというもの。ただし、そのユニットはターン終了時に破棄されるけどね。横島君は3支払ったから、1コストのユニットのみを呼び出せると言う事だね。


「「特攻戦鬼韋駄天丸」を中央にプレイ!」


 このユニットは、さっきのドラゴンと違って最軽量。赤1でプレイできるけど、パワーはたったの500。ま、使いようだけど。


「……」


 テンカワ君は何もしない。それもその筈。なんせ手札がないし。


「で、優先権放棄っと」


「私は別に何もしません」


「じゃあスマッシュフェイズに移るぜ?」


「はい」


「じゃあ韋駄天丸がスマッシュ」


 テンカワ君のデッキのトップがスマッシュゾーンに移る。


「ふっ」


 横島君がニヤリと笑った。


「何ですか?」


「んじゃ、明乃ちゃんのユニット全部破壊ね」


「…はい?」


 一瞬きょとんとした後、


「えええ!? 何でですか!!」


 まさに寝耳に水、と言う感じ。


「月天使は7500、星天使は4500、イースタングリーンは6000のダメージを食らってるだろ?」


「でも、パワーはそれぞれ9500で7500で9000ですよ!?」


「違う」


「何でですか」


「違うんだよ。そいつらがハイパワーなのはクラウン・ナイトがプランゾーンにあるときだけだろ?」


「だから、あるじゃないで………って! あああああ!」


 そー言えば、横島君がスマッシュしたからもう無いね。クラウン・ナイト。


「そこにいるのは、ただのパワー5500に3500に5000だ!」


「でも、ターン終了時にダメージは全開するはずじゃあ…」


「リカバリーフェイズはスマッシュフェイズの後」


 そうだね。


「がーーーん……」


 これで、場からユニットが一掃されたね。


 次のテンカワ君のターン、テンカワ君はドローしたカードをエネルギーに置かずに、プランからユニットをプレイした。何をプレイしたかは描写しない。なぜなら、次のターンで勝負が決まってしまったからだ。


 横島君のターン。


「じゃあこれで詰みかな」


 横島君は、「惜別のジェミニ」を中央ラインにプレイした。このユニットは、パワーはたったの500だけど、プレイしておかれたならばリリースで場に置かれ、さらに、敵はこのユニットのあるスクエアにユニットをプレイできないのだ。


「んで、中央エリアに前進。間髪いれずに「勝利宣言」をプレイ!」


 このカードは、中央ラインの中央エリアにあるユニットのパワーを+3000し、スマッシュを+2すると言う最終兵器だ。しかも、邪魔しようにも惜別のジェミニのスクエアにはユニットを出せない…。横島君の勝ちだ。





「……またまけたーーー!!!」


「はっはっは」


「いくらやっても勝てないからデッキを交換すれば勝てると思ったのにーーー!!」


「はっはっはっはっは」


 そう。実は、このデュエルはお互いデッキを交換していたのだ。理由はテンカワ君の言っている通り。結局負けたけど。


「インチキ! 詐欺ーーー!!」


「はっはっはっはっはっはっは」


 余談だけど、横島君は女の子をたくさん投入しているデッキを使うと、なぜか勝率がやけに高い。

 この白単蛙天使デッキもそう。横島君曰く、「かわいい天使3姉妹を誰も寄せ付けないほどに強くする!」らしいから。

 他には、赤緑コロボックル、赤緑フェアリー、赤黒ドール、青黒サキュバス、青白セイレーン、緑単エルフ&ドリアードが横島君のガチデッキらしい。信じられん。


 僕? 僕の使用デッキは4色プランデッキやスタ☆フルさ。

 ……そこ、やっぱりね、とか言わない。


「ねーねー、ディメゼロもいいけど、リセやらない?」


 リセとは、メーカーの垣根を越えた美少女系ゲームキャラをメインに据えたカードゲームで、僕としてはあんまり好みじゃないね。可愛いカードが多いからヒカル君にはいいんだろうけど。


「・・・いいよ。やろうかヒカル」


 応えたのは、意外にもイズミ君だ。そういえば、プレイする場面をあまり見たことないな。


「なーなー、ヒカルちゃんは何デッキで行くの?」


「んーと、雪単ランスか日宙ウィツアルネミテアかな。あ、花単願いの叶う場所デッキもいいかも」


「博打要素高すぎッ!!? 特に願いの叶う場所!!」


 ・・・同感。


「・・・ところで、イズミ君は何デッキで?」


「・・・月単ハンデス。

 シエル先輩と夕菜姉さんが勝利の鍵です・・・あとタマちゃんも忘れずに・・・」


「渋ッ!!」


 ・・・これも同感。


「・・・ところで、イズミさんってディメゼロは何デッキをよく使うの・・・?」


「・・・黒タッチ緑デビルクロック団結。

 終末時計が勝利の鍵です・・・」


「これまた渋ッ!!!」


「ふ・・・ふっふっふ・・・横島くん・・・ふふふ、ならば私が横島くんを渋い顔にしてあげます・・・・・・!」


 おお。テンカワ君が燃えている。どうやら懲りずに再戦するらしい。


 で、いろいろ省略してデュエル開始。


「んじゃ、俺の先攻ね。とりあえず右DFに「朝狗羅 由真」をだすぞ。で、電脳ネットワーク」


「ぐ!」


 あー。テンカワ君の手札が減った。まさに外道。


「んで、右AFに「小宮 陽子」出して、左AFに「ランサー」・・・・・・ん、ターンエンドで」


 成程。横島君は宙月か。


「では私のターンですね。左AFに「リースリット・ノエル」をプレイ! 間髪いれずにコンバージョン!」


 テンカワ君は雪単か? それにしてもいきなり凄いキャラが来たようだ。リースがコンバージョンするキャラは、悪名高いあのキャラしかない。


「もうフィアッカが!? フィアッカ・エルスマンがもう来るのか!?」


「エルスマンじゃありませんって!!」


「フィアッカ・マルグゥレイトォ!」


「マ・ル・グ・リ・ッ・ト!! わざと言ってますね!?」


「いやぁ」


 ・・・いやぁ、じゃないだろう。ちなみに、テンカワ君の言うフィアッカ・マルグリットが正しい。念のため。


 なんにせよ、これでさっきみたいに一方的な試合展開にはならないかな?

 このターンはフィアッカのロストテクノロジーで、「木登り」をデッキから引っ張って来てターンエンド。次の横島君のターンは、ランサーと陽子が攻撃して終了。

 で、次のターン。テンカワ君は右AFに「橘ちひろ(体操服)」を出した。このキャラは、出したターン中に限り手札全てと宣言されている自分の雪属性カード全てのコストを雪1減らすと言うもの。

 このゲームでは、2コストと3コストの差は大きい。コストは基本的に手札から支払われ、発生するコストは殆どが1か2。つまり、2コストは手札一枚の消費で済むことが多いことに対し、3コストは殆どの場合手札を二枚以上消費することになる。その分ハンドアドバンテージにかなり響くけどその分3コストのキャラは2コストより優秀なのが多い。つまりこの体操服ちひろは3コストキャラの展開を大いに助けるキャラと言える。

「では、中央AFに「式守 伊吹」をプレイ!」


 このキャラは、登場した際、雪属性の味方キャラ1体をゲームから取り除くことができる。取り除いた時、「ペナルティ:相手キャラ1体を破棄する。」を得る。この場合、用済みになった体操服ちひろを生贄にするだろうね。常套手段だけど、上手い手だ。


 しかし。


「伊吹の登場に対応して、ちひろに「喝!!!!!!」を使用」


「へ?」


 喝の効果により、体操服ちひろはAFから同列のDFに移動した。つまり、


「さぁ、どうする明乃ちゃん? 伊吹に隣接してるヤツはフィアッカしかいないぜ?」


「なっ!! ななななななな・・・・・・!!」


 言うまでも無く、こんな序盤でフィアッカを失うのは痛すぎる。しかしペナルティを得ないのも勿体無い。テンカワ君の苦悩もわかる。負けが込んでイライラしてるから判断力もさぞかし鈍っていることだろう。合掌。


「まさに外道ー!!」


 いやホント、横島君マジ外道。





 でもテンカワ君。どうするにせよ、まずは喝に対応してロストテクノロジーを使うべきだと僕は思うけどね。



   








GS横島 ナデシコ大作戦!!





第二十五話:会長Aの厄日な一日










「幽霊ですか?」


「おう、このナデシコに幽霊の噂がたってるんだよ」


 ここはナデシコの食堂。ウリバタケと美形の新入りが昼食をとっていた。遅めの昼食の為、食堂はガラガラだ。厨房にもホウメイしかいない。ホウメイガールズも暇を持て余している。


「幽霊…そんな筈はないと思いますが…」


「んだよ、夢のねー野郎だなお前は」


「夢って…。班長って機械いじりしてるくせに、夢とか幽霊とかロマンとか、そういう話好きですよね」


 新入りが微苦笑をもらす。


「あったぼーよ! 俺は永遠の夢追い人なのさーあ!!」


 ウリバタケが片腕を突き上げて豪語する。ウリバタケならこういう台詞も自然とマッチするから不思議だ。


「…。ところで、その幽霊ってどんな姿形をしてるんですか?」


「んー? そうさなぁ、色々あるが…」


「色々あるんですか」


「ああ。よく聞くところじゃあ、いかめしい軍人やら腸をはみ出させた兵士やら…。ああそうそう、髪の長い巫女さんの幽霊ってやつも聞いたかな」


「…」


「しっかし、巫女さんなら幽霊でもいいから会ってみたいよなぁ」


「ええ、そうですね」


 新入りは、無難な表情で無難な台詞を返した。


「でも班長。ナデシコって新造艦ですよね? 敵も無人兵器がほとんどですし、幽霊ってのもちょっと無理がありますよ」


「ま、そーだがな」


 ウリバタケはあっさり同意し、ラーメンのスープを飲み干した。




「そろそろ…か」





 ――――――――――





「ナデシコが作戦に参加?」


「そうだ。連合の作戦に、中核としてこのナデシコが参加することとなった」


 ここはナデシコブリッジ。ゴートが話した内容に、ブリッジの人間は怪訝そうな顔をした。


「珍しい話ね。てっきりナデシコは嫌われてたと思ったんだけど」


 片肘を突いたミナトが、意外そうにコメントした。


「ここまでの戦果を鑑みて、軍もナデシコを認めざるを得なくなったんでしょうな」


「手の平返すのはやつらの得意技のひとつでしょ。珍しくくもなんともないわ」


 プロスがコメントを返し、ムネタケも、お茶を啜りつつ半眼で言った。


「では、作戦を説明する」


 ゴートが、重々しく説明を開始した。





 作戦を要約すればこうだった。


 連合軍が囮として展開し、木星軍を一箇所に集め、別働隊のナデシコがYユニットに搭載されている相転移砲なる兵器で一網打尽にしようと言うのだ。





 しかし…





「相転移砲が撃てない〜!?」


 それは作戦開始三十分前。本来ならもうとっくに準備万端でなければならない時間だ。


「変ですね。さっき動作確認したときは正常に動いたのに」


「ルリちゃん! 確かなの?」


「確か。あらゆるアクセスが出来ない」


 モモも小さく頷き肯定の意を示した。


「ならばいったい…」


「どーもこーも、Yユニットの調査に整備班を送りこみゃ済む話でしょうが」


 ゴートの呟きに、ムネタケが突っ込みを入れる。しかし、話はそう簡単には終わらないのであった。


『いやー、ちょっと無理っぽいぞ、こりゃあ』


 ウリバタケが、頭をかきつつコミュニケで会話に入ってきた。


「ウリバタケさん?」


『直接修理しようと整備班で乗り込もうとしたんだがな。Yユニットをつなぐ通路という通路が全部通れなくなってやがる』


「具体的には?」


『高圧電流が流れてたり、重力装置がイカレちまってたりな。とてもじゃねぇが修理はできそうにねぇよ。まるでYユニットが通せんぼしてるみてぇだ』


 この言葉を聞いて、ブリッジの面々は顔を見合わせた。


「意図的に邪魔を?」


「だとしたらどうやって…」


「あれじゃないですか。さっきのゲキガンタイプ」





 さっきのゲキガンタイプとは。


 実は、ウリバタケと新入りが会話する少し前、ナデシコは木連軍の襲撃を受けた。それ自体はあっさり撃退できたのだが。





「あの時、二体のゲキガンタイプに取り付かれましたから、そのとき何かされたのかも」


「どちらにせよ、こうなった以上パイロットに乗り込んでもらうしかあるまい」


「しかし、パイロットの皆さんは・・・」


 プロスが渋い顔で、ゴートに答える。


「何かあったんですか」


「・・・幽霊が見えるとか」


「!!」


 ユリカとルリとモモ、ジュン、そしてメグミは、その言葉に驚いた表情で反応した。ムネタケも方眉を上げる。


「実を言うと、自分の頭がおかしくなったんじゃないかと密かに心配してたんですが」


「私は、疲れから来る幻覚かなって」


「ところで艦長。なんか今も見える幽霊さん、あの人たち誰でしょうね」


「男の人が一人、それともう一人は・・・」





「・・・何故か私にも見えますね」


「ルリ、私にも見える。知らない若い男と、それと・・・」



「「ルシオラさん・・・」」





 ルリとユリカは、奇しくも同じ人物の名前を呟いた。





「なーんか妙なことが起こってるみたいね〜」


 ムネタケは、お茶を啜りつつ、人事のように呟いた。





 一方そのころ。格納庫のイズミ。


「ろっこんそーじょーろっこんそーじょー、未然連用終止連体ひとよひとよにひとみごろ〜! すいへいりーべぼくのふね、ななまがりしっぷすクラーク中尉〜!! か〜〜〜ッ!」


「・・・あれ、お経か?」


「投げ技が得意そうな軍人っぽい単語が個人的に非常に気になるが」


 目立っていた。





 ――――――――――





「とまあそんなわけで! おれが急遽作り上げた新兵器! これで高圧電流も無重力も怖くねぇぞ!」


 作戦開始十五分前。横島、イズミ、アカツキ、ガイの四人は、Yユニット前の廊下に集合していた。言うまでもなく、Yユニット中枢に乗り込むメンバーだ。

 余談だが、メンバーは当初はガイを除く三人のみだったが、そのメンバーではクルスクのナナフシ撃破作戦の時のそれと同じなことにモモが「なんか嫌」と主張した為、新たにガイが追加されたのだ。


『時間が無い。早速行動を開始しろ』


 ゴートがコミュニケで連絡を入れてきた。


 四人は頷き、自転車にまたがった。





「よ〜し燃えてきたァ!! ナデシコの命運はこの俺たちの手にかかっている!!」


「・・・ナデシコじゃなくて連合の作戦の成否だろ」


「ふふっ。ヤマダ君は相変わらずね」


「俺はダイg(以下略)」


 いつも通りのノリのガイに横島がぼそりと突っ込みをいれ、イズミが微笑む。


「いや〜それにしても、まさか戦艦の中で自転車を乗り回せるとはねぇ。

 ところで皆、誰が一番最初に目的地にたどり着くか競争しない?」


「いよ〜ッし! 乗ったぜ!」


「・・・好きにしたらいい」


「それでさそれでさ! 勝った人は負けた人から持ち物を一つもらうんだ!」


「ふふ、あたしの体が目当てなのね?」


「横島君、僕が勝ったらモモちゃんをもらうよ?」


 アカツキの言葉に、横島はやや怒りのこもった視線を向ける。


「モモは物じゃないし俺のものでもない・・・」


「おっとごめんごめん、悪気は無いよ?」


「・・・フン」


「俺が一番だ! いっくぜ〜!!」


 誰がどう見ても違和感を感じるやり取りをしつつ、一向は着実に目的地に向かって疾走していた。





 それを見ているブリッジ一同。


「・・・アカツキ君ってロリコンなの?」


「私に振らないでよ」


 ミナトの言葉にエリナは否定も肯定もしない。


「でもぉ、テニシアン島とか一番星コンテストの様子を見る限りでは可能盛大ですね」


「・・・ま、その話はともかく。なんかあの三人、性格違くない?」


「そうですね」


「・・・」


 ルリが相槌を打ち、モモも首肯した。


「ヤマダさんはいつも通りだけど、確かにほかの三人は違うね」


「イネスさんも説明に現れませんねぇ」





「ところでモモ」


「何」


「アカツキさんが勝ったらどうするの」


「やらん」


 即答だった。


「あ、そ」





 薄暗い部屋の中。大勢の男女が多角形の卓を囲んで麻雀牌らしきものをツモっている。ここがどこなのか、なぜそんなことをしているのか。気にする人物は誰もいない。


 卓に座っているのは、横島、明乃、ユリカ、ガイ、ルリ、モモ、三人娘、イネス、アカツキ、イツキ、ムネタケ、そしてメグミ。総勢十四人の大所帯だ。


 かちゃかちゃと牌が立てる音だけが響き、時折点棒が転がる音がする。そこにユリカが口を開き、新たな音を付け加えた。


「アキノって最近変わったね。以前は今ほど積極的に戦ってなかったと思うし」


「それは横島君の影響ね」


 イネスが断定的な口調で口を挟んだ。


「気の置けない友人。友達以上恋人未満の異性。料理人としてのライバル。

 現状、横島君と最も近い位置にある異性は自分であるという自負か、積極的に一歩を踏み出そうとしなかった。

 でも当の横島君は、元の時代に好きな女性が居て、自分は単なる知人、いやさ、ただの代替品に過ぎないのではないかって思うようになった。

 だから、強くなろうとし、実際に強くなり、素直であろうとし、少しだけ素直になった」


「・・・」


 横島はどうコメントして良いのか解らず、あさってのほうを向きぽりぽりと頬を掻いた。


「か、勝手に人の気持を代弁しないで下さい!」


 明乃は赤面しつつ、もうこれ以上探るな、とイネスにジェスチャーを送った。


「しょうがないでしょう。ここはそういう場所らしいから。

 ・・・ほら来た。今度は何かしら?

 あぁらぁ、艦長って十歳までおねしょしてたの」


「へっ!?」


 ユリカはたちまち赤面し、否定するようにぶんぶん手を振る。


「い、いまはしてませんよ? 今はっ。ははは・・・」


 ここは牌に描かれている人物の過去の出来事を見ることが出来ると言う場所なのかもしれない。牌に人の顔が描かれているとは、麻雀と言うよりどことなくドンジャラっぽいが。


 イネスは新たに明乃の顔が描かれた牌をツモる。


「・・・」


 明乃は、むぅ、と唸り、自分も牌をツモる。ツモって来たのは、ここにいる誰でもない、長髪の女の子の顔。


「・・・?」


 明乃はそれを見た。





 ここで無い場所。ここでない時。風景は公園に見える。そこに、二人の女性が対峙していた。片方は牌に描かれている女の子、もう片方は、はっぴを着込んだ大柄の女性だ。


「なかなか人望があるじゃないか。このあたりの女ボスってワケだね?」


「・・・ぼすって何でしょう?」


 巫女服を着た女の子が不思議そうな顔をするが、大柄な女性は気付かない。


 その後二人は言い争う。要約すると、大柄な女性は石神(御神体として祀られている石等に宿る神様)で浮遊霊をここ一帯から追い出そうとしているのだが、巫女服の女の子が抗議しているらしい。


「あたいとタイマンで勝負しな! 勝てたら話を聞いてやってもいいぜ!」


「―――――!」


 女の子は一瞬息を呑み、





「美神さんっ!「たいまん」って何ですか!? 怠けててどう勝負がつくんですっ!?」





 だああっ! と石神と周囲の浮遊霊たちがこけた。


「・・・一対一でケンカするって意味よ」


 美神がやや疲れた様子で意味を説明した。






「これは・・・」


 明乃はその光景を見て驚愕していた。


「美神さん、ってことは、これって横島君の記憶ってことかしら」


「そうっスね。えらい懐かしい光景やなー。何時頃だったっけ?」


 原始風水盤事件が終了して間もない頃である。


「ふーん。横島さんってナデシコに乗ってなくても面白そうなこと沢山体験してるんですねぇ」


 メグミも興味深そうに言う。


「この人が美神さんですか。・・・むー、確かにミナトさんにそっくし・・・」


 実物の美神を見て、明乃は眉根を寄せる。


「ってか、この女の子どっかで見たことあるような・・・?」


 リョーコが首をかしげたとき、


「・・・・・・もっと楽しくて興味深い映像が見られるかも」


 メグミが邪悪な笑みを浮かべて言った。


「―――――!」


 その他の人も、一斉にニヤリと笑い、一斉に牌をツモる。


「ちょ、人の過去をあんまりほじくりかえさんといてーッ!?」


 横島が叫ぶも、誰も聞いていなかった(酷い)。





 〜ユリカの場合〜


「いやだっ!! 男は嫌だっ! 死んだほうがマシだっ! でも死ぬのは嫌だッ!!

 俺は死なんぞーーっ!! 生き延びてやーらかくてかーいいねーちゃんとあっためあうんだっ!!

 ぁあっ!! ねーちゃーーーーーーん!!」





 〜ルリの場合〜


「足に水が・・・! 見られてしまったのね」


 知らない女性の足が、人魚のように魚になっている。本物の人魚かもしれない。


「こんな・・・・・・・・・こんなことくらいでカボチャにしてたまるかーーーっ!!」


「は?」


「乾けば元に戻るよねっ!?」


「私が人魚でも気にしないんですか?」


 本当に人魚だったらしい。


「ここまで来て今更後に引けるかー!!

 見えないッ! しっぽなんか見えなかった! 見えないものは存在しないんだもーん!!」


 横島は泣きながらガンガンと壁に頭をぶつけ始めた。


「・・・・・・・・・」


 人魚はちょっと引いた。





 〜リョーコの場合〜


「初めまして〜。六道冥子です〜」


「ずっと前から愛してました!」


「今お会いしたばかりですけど〜」


「愛は時空をも超えるんです!! ぼかー、ぼかーもう!!」


「あ〜〜そんなことなさっては〜〜」


 冥子と呼ばれた女の子が止めようとするも遅し。


 がぶ。と横島の頭に丸い化け物がかぶりつく。


「霊の気配でこのコたち殺気立ってるんで〜。危ないですよ〜〜」


「でーーーーーっ!? なんだーっ!?」





 〜ヒカルの場合〜


(たとえ芝居とは言え美神さんの恋人!! 落ち着け、落ち着くのだ横島忠夫!

 難攻不落の城塞と言えども、小さな穴から崩壊することはありうる!

 これをきっかけに人間関係に微妙な変化が起これば、いずれこの女が俺のモノになる可能性さえあるかもしれんっ!!」


「あるかバカ!!」


「ああっ、つい声が出てしまった!?」





 〜イズミの場合〜


「そのホーキはスペインで作られたものよ! スペイン語で命令して!」


「は、はいっ!!」


 しかし、横島はスペイン語を話せるのだろうか。


「・・・・・・って、スペイン語?」


 やはり話せないようだ。


「・・・・・・。オーーーレ!! なんちて」


「アホかあんたはーーーっ!!!」





 〜ムネタケの場合〜


「煩悩エネルギーは後どれくらい?」


『満タンにするにはもう少し必要だ。それでも雪之丞に勝てる保証はないがな。

 限界までエネルギーを蓄え、効果的に使う・・・。更におぬし自身が戦いながら霊波をコントロールし、120%の実力を発揮する。

 それが出来てもかつ確立は50%というところだ。それでもやるか? おぬしの勝負への執念が全てを決める!』


「・・・・・・。俺は・・・」


 横島はシリアスな顔で黙り込み、そして口を開いた。


「俺はまだ未成年だから捕まっても少年Aで済む! もーちょっと大胆にこっちの女子大も攻めてみよーか!?」


『人の話はちゃんと聞かんかいっ!!』





 〜メグミの場合〜


「はいっ。今年のばれんたいんちょこです!」


「チョコレートか・・・。いっつもありがとうおキヌちゃん・・・!

 さーて、これをオカズにメシでも・・・」


 横島は、チョコレートを片手にいそいそと炊飯ジャーの準備を始めた。


 おキヌちゃんはこけた。





 アカツキの場合以降は省略。





「・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・(全員)」


 ほぼ全員が横島をジト目で見た。


「こっち見んな(泣)」


 横島は、己の情けない姿にしくしく涙を流した。


 しかし、他とは反応が違う人が二人。





「忠夫・・・可愛い・・・」


 モモが、(なぜか頬を赤らめつつ)ぽそりと呟いた。


(あばたもえくぼ状態かよッ!?)


 ここの人々のほぼ全員が突っ込みを入れた。


「なるほどー。今の横島くんって、以前に比べると結構落ち着いたんですねー。

 むむっ? なんか美神さんと絡んでる様子が多いような・・・?」


(明乃ちゃんッ!? お前もかっ!!)


 どことなく寛容で突っ込みどころがずれている感じの明乃に、またもほぼ全員が心の中で突っ込みを入れた。




「馬鹿ばっか」


 ルリが久しぶりのフレーズを口にした。





 ――――――――――





 木連軍旗艦「かぐらづき」。その会議室に、白鳥九十九は一人の男性と対面していた。


「和平だと?」


「はい。我々の願いは宇宙の平和です」


「当然だ」


「では、このまま戦い続けるより新たな道を考えるべきではないでしょうか。
 勿論、相手側の過去の過ちに対する謝罪は前提ですが」


「ふむ」


 九十九と話しているのは、木連軍司令・草壁春樹。要するに木連の一番偉い人である。年のころは四、五十歳に見えるが、目の鋭さはまるで歳を感じさせない。


「確かに、古代の相転移炉工場にも終わりは来る。期待していた火星遺跡の探索も成果らしい成果は出ていない。

 しかし、本当に可能なのか?」


 草壁の言葉に、九十九はにっと笑みを浮かべ、自信ありげに言った。


「私に考えがあります」





 場面変わって、かぐらづきにある優人部隊に割り振られた九十九の私室。そこで九十九は緑茶を片手にゲキガンガーを鑑賞していた。


 と、そこに、どたどたと荒々しい足音が近づいてきた。そしてふすまが勢いよく開かれ、


「九十九っ!! 先程の戦いなぜ止めた!?」


 入ってきた人物は月臣元一朗。撤退云々とは、先ほどナデシコに喧嘩を売った艦隊の司令官が元一朗であり、跳躍砲の制御システムがあっさり破壊された時に、九十九が撤退するように言って来たことである。


 九十九は落ち着いた表情を崩さず、緑茶をすする。


「そのことか……」


 と、その時、またも荒々しい、しかし元一朗より軽い足音が接近してきた。その人物とは、


「ぜーっ、ぜーっ、聞いたわよ、お兄ちゃん!!」


「ゆ、ユキナ!?」


 次なる闖入者は、九十九の実の妹、白鳥ユキナだ。愛嬌のある顔に怒りをみなぎらせ(それでもどこか微笑ましい)、兄に詰め寄った。先ほどと違い、九十九はやや焦っている。


「何考えてんのよ地球人と和平だなんて!!」


「何、それは本当か、九十九!! あの悪党どもと、よりにもよって和平だと!?」


「今は平和の為に新たな道を模索すべきだ!!」


 冗談じゃないとばかりに噛み付く元一朗。負けじと食い下がる九十九。


「うそうそ! お兄ちゃんは地球女に誑かされたのよ! ホラ!」


 ユキナは、部屋に飾ってあるナナコさんポスターを思いっきり引っぺがした。その下にあったのは……。


「ああ!」


 同じサイズのミナトのポスターだった。どうでもいいことだが、一体どうやってポスターを手に入れたのだろうか。案外メグミのお手製なのかもしれない。


「あ、ああ…」


 九十九は大いに赤面し、呻く事しかできない。





「おにーちゃんの………フケツっ!!!」





 ――――――――――





 作戦決行まで残り20分ほど。


「ゴールはまだかぁぁぁあ〜〜〜!!」


「・・・余裕が無くなって来たな。急がないと」


「まぁなんとかなるでしょ。でも、あたしも頑張らないとね。なんたって貞操の危機なんだもの」


「みんな速いなぁ。でも、僕だって負けないぞ!」


 四人は、ゴールを目掛けて突っ走っていた。




 記憶マージャン。


「どうやら、私たちの記憶がつながっちゃってるみたいね」


「そうなんでしょうか・・・。でもどうしてでしょうね、横島くん?」


「・・・・・・もうどーでもいーっス」


 横島はまだいじけていた。


「まぁそれは良いんだけどよ、俺たちの意識がここにあるなら、現実は誰が表に出てるんだ?」


 ガイがもっともな疑問を言った。


「そうね。おそらく、普段抑圧されている人格・・・それが表に出てるんじゃないかしら?」





 格納庫。そこには、イツキとリョーコとヒカルが居た。例によって様子が違う。


「ねぇ、本当にやるのぉ? やめよーよぉ」


 リョーコが不安げな顔で言った。


「んーとぉ、えーっとぉ」


 ヒカルは何を考えているのか分からない。


「いいやっ! 行くわよ!!」


 イツキがおもむろにドアに向かって銃を数発叩き込む。


「きゃっ!」


 リョーコは、目と耳を押さえてしゃがみこんだ。


「ふんっ!」


 イツキは、銃撃によってぼこぼこになったドアを蹴り破る。ちなみに、わざわざ銃を撃たなくてもスイッチを押せば一発で開いたのだが。


「さあ、みんな自転車に乗って!! ピンチに陥ってる(かもしれない)横島君たちを救うのよ!

 仲間のピンチに駆けつける仲間! モロ青春って感じよねっ!?」





「若いって良いのう」


「イエス・ドクター・カオス」





 ブリッジ。


「何、アレ」


「・・・さぁ」


 現在、ブリッジではコミュニケによって作戦行動の様子が逐一映し出されている。イツキの奇行も同様だ。


「先発隊の邪魔にならなければ数が多いに越したことはありませんが・・・」


 プロスも困惑気味な様子で眼鏡を押し上げた。


「でもぉ、なんでみんなの様子がこんなに変なんでしょうか」


 メグミが疑問の声を上げるが、


「って言うかメグちゃん、メグちゃんもちょっと雰囲気違くない?」


「そういえば、確かに」


 ユリカも同意する。


「え〜っ、そんなことないですよぉ」


「・・・。ねぇメグちゃん。どーせならあのイツキちゃんを力ずくで止めちゃったら??」





「もう、ミナトさん冗談キツイです。私にそんなこと出来るわけないじゃないですかぁ」




 その時、ブリッジの時は確かに凍りついた。




 ゴゴゴゴゴゴゴゴゴゴゴゴゴゴゴゴゴゴゴゴゴゴゴゴゴゴゴ ←空気の重みが増した音。




「メグちゃんが・・・メグちゃんが変になったーっ!!」


 ユリカがついに悲鳴を上げた。


「これは深刻な事態ね・・・」


 ムネタケも、最近の彼にしては珍しく深刻な顔で呻いた。


「うそよ・・・趣味は人をからかうどころか弄ぶ事で、特技は人を心身ともに壊すことで、将来の夢は108の魔技で世界を思いのままに動かすと言う悪夢のような女の子なのに・・・・・・!?」


 エリナはメグミに恨みでもあるのだろうか。


「むう・・・」


 ゴートは額に脂汗を浮かべている。その表情は戦慄で強張っている。


「え? え? みなさんどうしちゃったんですか?

 あ、解った! みんなで私をからかってるんですね? もう、酷いですよー! 流石にそれは傷つきますよぉ」


 その台詞・仕草は確かに普通の女の子に見える。


「うそ、うそよ・・・」


「彼女が普通なことがこれほど恐ろしいとは・・・」


 普通な様子も、ブリッジの人間に更なる恐怖を与えるだけだった。





「相変わらず馬鹿ばっか」


 ルリは一人、我関せずといった様子で一人ごちた。


「・・・・・・ぶつぶつ」


 その時、ルリはモモがなにやら呟いてるのが聞こえた。


「・・・?」


 ルリが何気なく耳を傾けると・・・





「・・・・・・私は忠夫の目、忠夫の耳、忠夫の手、忠夫の足・・・・・・」





「・・・」


 モモも微妙に性格が変わったのかもしれない。


「・・・・・・」


 とりあえずルリは聞かなかったことにした。





 ――――――――――





 残り時間が10分を切った頃。


「な・・・」


「・・・・・・」


「そう・・・」


「嘘だろ・・・」


 ガイ、横島、イズミ、アカツキは、廊下の真ん中で立ち尽くしていた。

 なぜならば、彼らの前には見覚えのある人物が立ちふさがっていたからだ。


「親父・・・っ!?」


「・・・どうして、ここにあなたが・・・」


「兄さん・・・? 嫌だよ、死んだんだろ!?」





「・・・ルシオラ、か」


 横島は、無表情で目の前に立つ女性に呟いた。


 ルシオラは何も言わず、ただ微笑むだけだった。




 ブリッジ。


「横島たちは何をしている!?」


 ゴートが声を荒げた。


「もしもし? 応答してください! 横島さん? アカツキさん? イズミさん? ヤマダさん? みんなどうしちゃったんですか?」


 取りあえずメグミについては皆何とか心に折り合いを付けたようだ。現実逃避とは言ってはいけない。


「なんか皆変だよ、ルリルリ?


「そうですね」


 ルリは、まだブツブツ言っているモモを横目に言った。その瞬間、モモが突然ルリの方を向いた。


「・・・なんですか」


「忠夫萌え」


「・・・・・・・・・・・・」


 その一言だけを言い、モモは再び「私は忠夫の(ry」とぶつぶつ呟きだした。


 それはともかく。


「いったい皆何に驚いてるっていうの?」


 ブリッジからは、何もない廊下で四人が立ち尽くしているようにしか見えない。


「カザマたちはどうした!?」


「そうですねぇ。後続の彼女らならば何とかなるやも・・・」


 ゴートとプロスはコミュニケでジュンらを映す。






『うーん・・・勢いよく飛び出したのはいいけど、別に何もなければ追いつけるはずも無いわよねぇ』


『だったらもう戻ろうよ。何出てくるか解らないから怖いよ・・・』


『・・・・・・』


『ううん、やっぱりいきましょう! 何もないと言う保証もないし、ただ走るってのも青春の発露っぽくていいじゃない? 夕日に向かって重いコンダラ!』


『意味解んないよ〜』


 無駄に熱いイツキ、消極的なリョーコ、特に何も言わないヒカルが、廊下を爆走していた。


 この様子を見て、はたして彼女らに期待を持てる人がいるだろうか? 否、いない。反語。





「「・・・・・・」」


 ゴートは、額を押さえて首を振った。


「一体どうしたんでしょうなぁ。パイロットの皆さんは性格変わるわ、珍妙な行動はとるわ」


「やっぱりイネスさんは説明に現れませんね」





 作戦時間まで後五分。再び先発隊視点。


「親父・・・! 親父は何年も前に死んだはずだろ!?」


 ガイは目の前の、ガイによく似た男性にふらふらと歩み寄ろうとする。


「っ!!?」


 しかし、何かに弾かれたようにガイは数歩後ずさった。


「・・・・・・なんだよ親父・・・? 俺たちを邪魔しようってのかよ!? なんでだ!」


 ガイは男性に向かって、悲鳴にも似た叫びを上げる。だが男性は微笑むだけで何も言わない。


「っ、何とか言えよ! 親父!!」





 記憶マージャン。


「死人は何も言いいません」


 ルリはやや俯き加減で喋る。


「幽霊なんていないから。少なくとも今は、ですけど。

 前に進めないのはその人に未練があるから。その人の死を乗り越えていないから。

 今この場所に留めているのは自分自身。自分自身の心の弱さです」


「・・・・・・」


 横島は、聞いているのかいないのか、新たに牌をツモり、捨てるでも並べるでもなく手のひらの上で弄ぶ。


「そう言えば、ガイさんはあの人のこと親父って言ってたけど・・・?」


 イツキがガイに尋ねた。


「・・・あー。そうだよ。ありゃ親父だな。

 信じられねーかもしれないけどよ、俺はガキの頃は泣き虫で、弱くて、何からも逃げてばかりのクソガキだった。

 だが親父は今の俺の三倍は馬鹿でよ、正義を目指して警官やパイロットになろうとしたけど筆記で弾かれてて、結局はそこそこの会社の営業やってた。

 親父は、俺がいじめに屈することの無いよう、強い男になれるよう、俺にいろんな話をした。いろんな場所に連れて行った。全ては俺を強くするために。もう泣くことのないように、だ」


 ガイは憂いの表情で、ポツリ、ポツリと語る。この場の誰もが始めてみる表情。一同は黙って話を聞いていたが、イネスが新たに牌をツモり、語る。


「だけどそれの殆どは効果がなかった。そしてある日、ヤマダ君を強くする一環として、あるアニメを見せたのね」


 ガイは、ヤマダという名を訂正もせず、懐かしいような、苦いような顔で話を続ける。


「そうだよ。言わなくても解るだろうがそれがゲキガンガーだった。

 正直、そのときの俺はアニメを見たくらいで人が変わるものかと呆れたもんだが、気がつくとそのアニメにのめり込んでた。

 馬鹿みたいな話しだが、ゲキガンガーを見て、俺は何かが変われる気がした。変わろうと思った。だが、俺はその時はロクに感情も表せねぇネクラだったか。だが親父は落胆もせず、「焦るなよ? 俺なら絶対焦っちまう自信があるけどなっ」って言ってたな。

 で、変わる決心をした矢先だった。親父が死んだのは。

 死因は刺殺による失血死。絡まれてる女をチンピラから助けようとしたら刺されたんだとさ。

 俺は、親父が死んで悲しかったが、それ以上に悔しかった。俺は変わるところだったのに。やっと変われると思ったのに。あんたのおかげで一皮剥けられる所だったのに。

 正義を目指してたくせに小悪党に刺されて死んでんじゃねぇよ。お前は鳥人戦隊のブラックか。

 罵倒したところで生き返るわけないけどな。

 その後、俺は変わった。心の根っこの部分から変えてやったぜ。数年後にゃあ、俺の昔の面影を覚えてるやつはいなくなったよ。で、おれは何者にも負けない、ゲキガンガーのような正義を目指し、親父がなれなかったパイロットをやってるってワケだ。

 ・・・ま、今でもたまに思うぜ。親父に今の俺を見せたかったってな」


「そんなことが・・・」


 話を振ったイツキは気まずそうだ。





 Yユニット通路。


 アカツキは目の前の若い男、やはりアカツキに似ている男に向け、荒げた声を上げていた。


「どうして今更出て来るんだよ! 僕に全部を押し付けたくせに今頃出てくるな!

 くそっ、今すぐ僕の前から消えてくれ!!」





 記憶マージャン。


「一回り歳の離れた兄。本当は彼が跡を継ぐはずだったのね」


 イネスが言った。アカツキは苦々しげな顔だ。


「関係ないね。残念だけど僕はヤマダ君のように未練なんかないよ。愛着もね」


「死因は?」


「火星航路の事故だ」


「あなたは今でも兄さんが生きていたら、と思ってる」


 イネスの言葉に、ついにアカツキは声を荒げた。


「関係ないと言ってるだろう!!」


「あれ、イズミ、この男誰だよ」


 アカツキらのやり取りは余所に、リョーコはイズミに問いかけた。


 ヒカルはリョーコの手の中を覗きこみ、


「あ、この人って婚約してた人だよね。

 でも確か・・・・・・死んじゃったんだっけ」


 さすがのヒカルも気まずげに言った。


「一人は病気。一人は事故。

 私は不幸を呼ぶ女なのよ。どうせ恋なんてもう出来ないし。お呼びじゃないってわけ」





 Yユニット通路。


「・・・解ってる。私を迎えにきたのね? いいわ。もう疲れたもの」


 イズミは、悲しげな淡い笑顔で男に近づいた。そのまま男性を抱きしめるが、


「・・・え」


 男は、そのまま溶けるようにその姿を消し、抱きしめようとして空を切った腕は、そのまま自らを抱く形となった。イズミは、茫然自失といった体で細かく震えた。


「・・・・・・あなた、私を迎えに来たんじゃないの・・・・・・?」


 虚空に向かって語りかけるが、帰ってくるのは静寂のみ。イズミは俯き、肩を震わせてすすり泣き始めた。


「ねぇ、迎えに来たんじゃないの? 答えてよ、ねぇっ!!」





 記憶マージャン。


(イズミさんにそんなことが・・・。だから、イズミさんは時々横島くんに共感めいたものを・・・)


 明乃はイズミを見詰めて思った。


「三人の場合、死そのものよりも死者への想いが強すぎたのね。だからこだわり、動けない」


「フン」


「「・・・・・・」」


 アカツキは不機嫌な表情で鼻を鳴らし、ガイとイズミは何も言わない。


「じゃあ、横島君はどうなのかしら?」


 その場にいる全員が、ぎょっとした顔でイネスと横島を見た。


「・・・」


 横島は、何も反応を示さず、今だ牌を手の中で転がしている。


 自然と、その場の全員の視線が横島に集まる。それでも横島は斜め上を見上げて牌を転がすだけだ。


「大丈夫、横島さんは別に未練もなければ動けないわけでもないですよ!」


 ユリカが明るく断言した。


「でもユリカ先輩、どうしてそんなことがわかるんですか?」


「だな。死者への想いってんなら横島だって相当なもんだろ」


 イツキとリョーコは疑問を口にするが、


「私もユリカと同意見です」


 明乃は、ユリカと横島を見て言った。


「それに、横島くんはもう既に吹っ切れてるってみんな知ってるはずでしょ?」


「・・・・・・(こくり)」


 モモも頷く。議論に値しないと言わんばかりだ。


 しかし、イツキ以外の面子は、横島が相当重い過去を持っているのを知っている。どこか半信半疑そうだ。


「でも、だったら現実の彼はどうして動かないんだい?」


 アカツキが横島に尋ねる。明乃とモモも、横島を信じているが動かない理由まではわからない。


 横島は、宙を眺めたまま、ようやく口を開いた。







「そうさなぁ・・・。

 抑圧された自分の気持ちなんか知らんけど、心配ないだろ。多分」






 Yユニット通路。作戦開始まで残り二分。


 無表情にルシオラを見ていた横島は、ふっと頬を緩め、





「さて、ルシオラ分補給完了!」





 横島は、さっきとはうって変わって晴れやかな表情になり、後ろに倒したままの自転車を引き起こす。


「いや、誰か知らんけど粋な計らいをしてくれる。吹っ切れてからヤな夢は見なくなったけど、ルシオラ分まで減っちまったからなぁ」

 いまはお前のことを思い出す回数も結構減っちまった。寂しいことだが俺はそれでいいと思ってる。お前もそうだろ?

 だがま、ルシオラに対する気持ちは変わってないから」


 その言葉を聞いた際、ルシオラの表情が淡い微笑から、より深い、どこか安心した笑みに変わったのを横島は見た。或いは気のせいかもしれないが。


 横島は、淀みなくルシオラとすれ違い、自転車に飛び乗った。


 そして一度だけ振り返り、すぐに出発した。





 ――――――――――





 作戦開始一分前。


 横島は目的地のドアをこじ開け、部屋の中に突入した。


「なっ・・・!」


 部屋には一面のモニター。画面には、ナノマシン処理を受けているであろうと思われる人々の、思い出や思い出の人たちが映し出されていた。勿論横島も例外ではない。


「ちッ!」


 横島は部屋を見回す。すると、部屋のメインコンピューターらしきものに取り付いている一体の無人機。


「いいもん見せてもらったが、何時までもこのままでいるわけにもいかないんだよ!」


 横島は霊波刀を発現させ、間髪いれずに無人機のボディを刺し貫いた・・・。





 作戦開始時刻。


「相転移砲、発射用意!!」


「Yユニット展開」


「相転移エンジン、トライパワー・トゥ・マキシマム!!」


「敵艦隊、ロックオンしました!」


 次々と報告の声が上がる中、オモイカネもロックオンの文字を表示する。


「相転移砲、発射ぁ!!」


 ユリカの声と共に、ナデシコから二条の虹色の光が発射された。それは大きな音を立てるでもなく、ただ静かに木連軍に向かって伸びてゆく。


 そして、艦隊の中心部に達したとき二条の光は大きく膨れ上がり、木連軍の主力艦隊は戦艦一隻、無人機一機たりとも余すことなく光の中に消滅した。


「凄い・・・」


 ジュンは無慈悲で圧倒的なその光景に、ただ一言呟く事しか出来なかった。


「空間ごと壊しちゃうなんて、反則だよ・・・」


 流石のユリカも、声に呆然とした響を隠せない。

 ユリカは、敵であるにもかかわらず、一人でも多くボソンジャンプで逃れていますように、と願った。





 ――――――――――





「ナノマシンは脳の周りに補助脳を形成している。そこには記憶等といったデータも電子データとして保存されている。

 ヤドカリ(Yユニットに寄生していた無人機)はそこにハックすることによって、あのような事態が起きてしまったというわけね」


 作戦終了後、イネスはブリッジの中心に立ち先程までの出来事を説明していた。周りには、主に記憶マージャンをしていた人たちが神妙な顔で話しを聞いていた。


「でもよ、なんで俺達の意識が繋がっちまったんだ?」


「コミュニケのおかげね。コミュニケによって繋がる我々を、ヤドカリは一つの電子的ネットワークとして捉えた。それを利用しハックすることにより、副次的作用として、全員の意識が繋がった、ということよ」


「ふむ・・・しかし敵はナデシコのどんな情報を得ようと思ったんでしょうなぁ」


「不明です」


 プロスの疑問に、イネスは珍しく答えられないようだった。


「私やメグちゃんやイネスさんはナノマシン手術受けてないんですけど?」


「それも不明です」


「へー、珍しーい」


 ユリカの質問にも答えられなかったからか、ミナトは意外そうに呟いた。





 ?分前。記憶マージャン。


 明乃は新たに牌をツモり、その牌を見て不思議そうな顔をした。


「あっれー、何でアイちゃんのやつがこんなところにあるんだろ」


「!」


 イネスはその名前に反応し、目を見開いた。


「それって誰ですか」


 メグミが何とはなしに明乃に訊ねる。


「あ、火星にいたときの知り合いみたいなものです」


「ふーん、そうですか・・・」


 メグミは納得しながら牌をツモる。


「これは・・・・・・」


 メグミは牌を見て言葉を失う。


「なっ・・・」


 その隣では、横島も自分の引いた牌を見て、驚いていた。


 心なしか、顔が赤いような。


「ん? 横島くんもメグミちゃんも変わった物でも見えたんですか?」


「いやっ!? 別に何も・・・」


「いやはや、これはこれは・・・」


 横島はどもり、メグミは聞こえてないのか、驚いたように牌を見詰め続けている。


(・・・一体何が見えたんだろ?)





 ――――――――――





「和平の使者を送った!?」


「うむ。君の推薦通り、撫子とか言う地球の戦艦にな」


 かぐらづきの会議室。九十九は、草壁の言葉に耳を疑った。


「私は推薦などしていません! それにいったい誰を…」


「それはだな、九十九」


 九十九の言葉を受けたのは、草壁ではなく隣にいた月臣だった。





「お約束というやつだ」


 後編に続く