どこからか声がした。

  肉声ではない合成音声が。

  そこには巨大な機械、科特隊横流しPCと外版に書かれたそれが、薄暗い広大な空間に所狭しと置かれていた。

  複数の機械が集まり、一つの大きな個として機能する。

  そしてその大きな個が複数集まりさらに巨大な個となる。

  それら数万とも思える機械達は全て接続されてさらに巨大な一つの機械となっていた。

  この空間はその巨大な機械の呼吸、鼓動と言うべき冷却ファン、記憶装置などの音のみが存在していた。

  その中で光源が一つだけ存在していた。

  機械と比べれば豆粒ほどの大きさくらいしかないディスプレイだ。

  ディスプレイにはただ一言、こう映し出されていた。

  「・・・・・・DT 起動・・・完了・・・・」






        運 命 と 世 界 に 愛 さ れ し 者

           第五章  運命召還






ここはピースランド城にある客間のひとつ。

  十分過ぎるほどに金がかけられたテーブルやベット、その他の家具達。

  部屋の奥にはカーテンに仕切られた風呂とトイレ。

  窓からはピースランド全体が見渡せる絶景が広がり、廊下に続く扉もまた豪華な物だった。

  一人で住むには広すぎる部屋に彼女はいた。

  「なにしに来た」

  硬い拒絶の声。

  「あ、あのお食事を持ってきたんです」

  今にも消えそうな弱々しい声が応える。

  メノウのその手には蓋つきのカップとパンが乗ったトレイがあった。

  振り向くことなく香織は言う。

  「そこに置いて、とっとと帰れ」

  「あの香織ちゃん」

  「香織? 誰だ、それ。ここには俺、マキビ辰斗しか居ないぞ」

  ぐるりと部屋を見回してみるが、いるのは辰斗ただ一人だ。

  「えっ? だって、あなたの名前は天川 香織じゃないの」

  「あんな奴と一緒にするな!!」

  振り向いた辰斗の顔には明らかな怒りがあった。

  「ちょっと驚いたくらいで腰を抜かして、大事な男を一人で戦わせて死なせるような弱者と俺は違う」

  「ご、ごめんなさい」

  ・・・・・なんでそんなこと言うの?

  背を向けている辰斗には訝しげな顔をしているメノウに気づかない。

  「で、用事が食事だけならとっとと置いて帰れ」

  辰斗は再びメノウに背を向けて宙に視線を向けた。

  「待って。私謝りたくて」

  「あやまる・・・だと」

  ゆっくりと振り返り、メノウを見た。

  「ひっ」

  初めて自分に向けられる激情にメノウは身体を縮こまらせる。

  その両眼から放たれる殺気にも似た不可視の力がメノウの心を締め上げた。

  開かれた扉に近づき、メノウと目を合わし口を開いた。

  「どの事について・・・・謝りたいんだ。言って見ろよ」

  硬く握った拳を振り上げメノウに殴りかかる。

  だが、その拳はメノウの手前で見えない何かに遮られた。

  辰斗とメノウの間には見えない何かが確かに存在していた。

  解放されているように見えているだけで実の所、扉は開かれていない。

  この部屋の壁、扉や窓を含め全て精巧な映像で覆われているため、そうは見えないが、ここは出口のない完全な密室だった。

  「こんな牢獄に俺を閉じこめた事か?」

  その存在そのもの、遺伝詞を見ることができる彼女には偽りは通用しない

  メノウに背を向け、椅子に添えてあった剣を手に取った。

  それで手近な部屋の家具に斬りかかる。

  音もなく木製の家具は切り裂かれた。

  「それとも・・・・・」

  しゃがんでバラバラになった家具の中から何かをとりだした。

  「部屋中に監視カメラやら盗聴器を着けたことか?」

  手の中にある黒く小さな機械を弄び言った。

  「・・・・・・あのこの部屋についてです」

  子猫のように震えながらも、しっかりした口調で話し出したメノウを面白そうに見る。

  「ごめんなさい。私、ルリお母様に普通の部屋にしてあげてって言ったんだけど、危ないからダメって言われて」

  「ふん、そんなことは別にどうでもいい。どの部屋だろうと変わりはしないからな」

  「許してくれるんですか?」

  「ああ、許すさ。お前如きに期待はしない」

  冷たい言葉だが、怒りがないことにメノウは少し安堵した。

  「あと、その、監視カメラとかのことなんだけ・・・・・」

  「やめろ。別に俺は気にしてない。雑魚どもが強い物を監視し、その強さの秘密を知りたがるのはごく自然なことだ」

  「え、えと、ありがとうございます」

  強張っていたメノウの顔がすこしだけ笑顔に近づいた。

  「俺に対する全ての仕打ちを許そう。もともとお前なんぞがどうにかで
  きる問題じゃない。だからお前を許そう」

  辰斗が自分については怒りを持っていないことに安心した。

  食事です、とメノウは僅かに開いた壁の隙間からトレイをいれる。

  トレイとメノウの手が部屋の中に入った。

  「だがな!!」

  辰斗の手がトレイをうち払い、メノウの小さな手首をがしりと掴んだ。

  「?!」

  突然のことにメノウは言葉が出ない。

  「・・・・・・お前のせいでハーリーがあんな事になったんだぞ!!」

  メノウの身体が強引に引き寄せられ、壁に叩きつけられた。

  「うぁ」

  手首と身体に痛みが走る。

  「お前が、お前さえいなければハーリーは戦えたんだ! それをお前が

  邪魔したせいでハーリーがあんな目にあったんだ!!」

  「痛い、痛いです。放してください!」

  メノウの手首に辰斗の指が食い込んでいく。

  「ハーリーを返せ! 俺のハーリーを返せ!! 」

  悪鬼の形相で辰斗が叫ぶ。

  掴んだ腕を引きつけ、手首を握り締め叫ぶ。

  「よく覚えておけっ! ここから出たら真っ先にお前を殺してやる!!」

  異常を感知した警備システムが辰斗に照準を合わせた。

  そして、部屋に仕掛けられた警備装置が麻酔弾を打ち出す。

  それに気づいていないのか辰斗は避けようともせず、ただただメノウを締め上げる。

  その結果、無防備な辰斗の身体に十発を越える麻酔弾が打ち込まれた。

  「がぁ!!」

  全身に突き刺さった激痛で身体がのけぞった。

  小さな注射器とも言うべき麻酔弾の、弾頭に仕込まれた麻酔が辰斗の体

 内に入り込み、血管を通って全身へ向かう。

  麻酔に侵され急速に薄れていく意識の中、確かに辰斗はこう呟いた。

  「・・・・・はぁ・・・・・りぃ」

  完全に脱力した辰斗が床に崩れ落ちた。

  やっと自由になった手首をさすり、メノウが後ずさる。

  「やっぱり、私のせいでハリ様は・・・・・・」
  まるで罪人にかけられる手錠のように、その手首にははっきりと赤く跡がついていた。

  




  白い部屋があった。

  壁も床も天井まで清潔な白一色で統一され、そこに置かれているいくつ

 もの機材すら白く染められていた。

  そんな病的なまでの白色の世界に別の色が1つだけあった。

  金色。

  染められた不自然な色ではなく、あくまで自然の、ありのままの金色だ。

  長い金色の髪を持つ女性はトレードマークとも言うべき白衣を身につけ

 端末を載せた大きめのデスクの椅子に座っていた。

  デスクに背を向け、扉と対面する姿勢で、手に持った書類を、普段はかけない眼鏡越しに読んでいる。

  不意に小さくベルが鳴った。

  来客だ。

  音もなく扉が開かれ瑠璃色の髪の女性が入室した。

  そこで金髪の女性は書類から顔をあげて口を開いた。

  「ようこそ、イネスラボへ。待っていたわよ、ルリちゃん」

  「なにかあったんですか。私を呼び出すなんて」

  ちょっとね、と言ってルリに椅子を進める。

  ルリは言われるままに椅子に座りイネスを見た。

  にやり、とした笑みを浮かべている。

  「それはともかく。で、どうだったの。私たちの旦那様は」

  その言葉に頬を軽く染めて、両手を頬にあてる。

  「昨日はとても、素敵でした。イネスさんのおかげです」

  「いいのよ。私だって他人事じゃないから」

  「そうですよね」
  さっきとは一転して、僅かに俯いて溜息を吐いた。

  「この頃は、アキトさんも疲れが溜まってきているのか。元気がなくて」

  「そうよねぇ。私の時もすぐに参ったしちゃうのよね。私はまだまだ満足してないのに」

  「ええ、でも。イネスさんのおかげでまた元気を取り戻してくれましたから。
  昨日は久々にいっぱいして貰えました」

  つやつやした肌のルリを見て、イネスは笑みを浮かべた。

  「そう。なら私の時も頑張って貰えそうね」

  「はい、きっと頑張ってくれますよ」

  そう言って顔を合わすと、二人してやや上を見上げどこかへ意識を飛ばす

  長い間頬を赤く染めて、これから訪れるだろう素晴らしい未来に意識をとばしていたが、やがて帰ってきた

  「いけないわね。アキト君の事を考えるとどうも意識が飛ぶわね」

  「そ、そうですね」

  で、いったいなんですか、とルリは切りだした。

  「これを見て貰えるかしら」

  イネスは手に持っていた書類をルリに手渡した。

  「・・・・・・・・H・M細胞の利用に関するレポート?」

  訝しげにイネスを見るが、彼女は無言で続きを促す。

  一枚目を捲って二枚目に目を走らせた。

  読むページが進むにつれ、ルリの顔色が変わっていく。

  「こ、これは?!」

  最後のページまで行くまえにルリは書類から顔を上げた。

  「そ、彼よ。彼の細胞を他の生物に移植してみたの」

  イネスは手元の端末を操作すると彼女らの間にウィンドウが出現した。

  そのウィンドウはある実験室の様子を映し出していた。

  研究者らしい白衣の人々がいる部屋と作業台がある部屋は30センチを越える分厚いガラスで隔離されている。

  作業台の上には身体を固定されたネズミが小さく震えていた。

  「このネズミには10時間ほど前に彼の細胞が移植されているわ」

  「そうですか・・・・・・・・・で、どうなるんですか」

  「それは見てのお楽しみよ」

  イネスはルリの方を見ずにウィンドウのみを見つめていった。

  なにが起きるのかとじっと見ていると、突然ネズミが暴れ出した。

  小さな身体を精一杯動かし、金属製の拘束具を外そうとあがいている。

  ・・・・・外れる訳ないのに。

  だが、ルリの目の前で信じられないことが起きた。

  ネズミは四肢を突っ張り拘束具を持ち上げだしたのだ。

  拘束具が当たっている背中の皮膚が破れ、真っ赤な血が出ているにもかかわらず、
  ネズミはじりじりと持ち上げ続けている。

  「!?」

  ルリが何かを口に出す前に、いきなり銃声が響いた。

  隔離室に備え付けられた自動銃が火を噴いたのだ。

  銃弾はネズミの頭を、顎を貫いて、貫通した穴から血と内容物を作業台にぶちまけ、突き刺さる。

  白かった作業台がネズミの血で赤く汚れ、跳ねた肉片が床の上に落ちた。

  頭を打ち抜かれたネズミは完全に脱力し、弱々しく痙攣を繰り返す。

  実験が終了したと判断したルリはウィンドウから視線を外し、

  「イネスさん、HM細胞を移植されたものは凶暴になると、言いたいん

  ですか。別にこの程度なら他の物でも同じ事ができるんじゃないですか」

  「いままでの実験でわかったことは二つ。ひとつは身体能力の向上と」

  イネスはそのままウィンドウから目を離さない。

  ルリも仕方なくウィンドウに目を向ける。

  そこではネズミが痙攣して・・・・・いなかった。

  「えっ?」

  ルリの目の前でネズミの頭にあいた穴の中で、ピンク色の何かがうごめいている。

  さらに銃弾が通り過ぎた衝撃で飛び出した目玉が、ずるずると元の場所に引き込まれて行く。

  「こ、これはいったい」

  「ハーリーくんの超再生能力よ」

  目の前のネズミはすでにもとの状態まで再生を果たしていた。

  「はっきりいって銃や刃物なんかじゃ、殺せないわ」

  「それならどうやって殺すんですか」

  イネスは一言こういった。

  「焼き殺すのよ、それも完全に。灰になるまで」

  そう言った直後、ネズミの目の前に火炎放射器が下りてきた。

  そして、先端の小さな炎を一気に巨大な炎に変え、ネズミを飲み込んだ。

  炎に包まれたネズミが苦しげに暴れるが拘束具は外れることなく、炎の檻に閉じこめ続ける。

  熱に焼かれ、拘束具に無理矢理固定されたネズミの毛皮が、ずるりと剥けてピンク色の組織が下から覗く。

  だが、それもすぐに熱にあぶられ黒く変色していく。

  炎の音を切り裂いて、ネズミの口から甲高い鳴き声が響いた。

  耳に残りそうな嫌な声を聞いて、ルリは顔を歪ませる。

  「イネスさん、もう・・・・・」

  ルリがイネスにかけようとした声が途中で途切れた。

  焼かれていくネズミを見るイネスの目が途方もなく、恐ろしかったからだ

  ネズミを焼く炎にも負けないような黒い炎が大きく開いた目の中にあった

  まるでその目の中にある炎こそがネズミを焼いているような、炎が。

  どれ程の時間がたっただろうか。

  あれほどはっきり聞こえていたネズミの鳴き声が聞こえなくなったのにルリは気がついた。

  目の前のネズミはもうすでに原型を留めておらず、今は黒く炭化した物を
  ロボットアームが小さな容器にいれていた。

  「ずいぶん長い間、ぼーっとしてたわね。昨日の疲れが出たの?」

  横から声が掛かった。

  イネスだ。

  ルリの方に訝しげな視線を送っている。

  ・・・・・いつもイネスさんですよね。

  思わずイネスの顔をしげしげと見つめてしまう。

  ルリの視線を受けてさらに不審そうな顔で言った。

  「本当に大丈夫なの、あなた。なんなら少し調べてみる?」

  何故か差し出された手から身体が逃げるルリ。

  「い、いえ、大丈夫です。そんなに心配しなくても、ほんとうに」

  「ほんとに、大丈夫なの。無理してない」

  「無理なんてしてません。それより今のはいったいなんだったんですか」

  「今の? ああ。あれはH・M細胞を移植したネズミの実験よ」

  イネスは端末を操作していくつかのグラフを目の前に浮かべた。

  「実験でわかったことは二つ」

  グラフの1つを抜き出す。

  「身体能力の向上。通常と比べて数倍と言った所ね。でもさっき見たみ
  たいに瞬間的、もしくは極々短時間ならさらに高い力を発揮できるわ」

  そして、こんどは数枚の画像を取りだした。

  その画像は頭を打ち抜かれたネズミの物だ。

  打ち抜かれた直後から完全に復元するまでが細かく分けられている。

  ルリはそれを見て、先ほどの光景を思い出し、口元に手をやった。

  それに気づかないイネスは説明を続けている。

  「さっき見たとおり、二つ目は不死と呼んでも差し支えがないほどの高い治癒能力よ」

  でもね、と溜息混じりに言った。

  「今のところこれを移植した後、全てのモルモットが狂暴化もしくは発狂して困っているのよね」

  イネスは顎に手を当て、にやりと悪い笑みを浮かべ呟いた。

  「でも、それを何とか出来れば、まさに理想的な最強の兵士が作れるわ」

  その言葉を聞いたルリは嫌な予感を感じずにはいられなかった。

  ・・・・・おかしなことをしないでくれれば、いいんですけど・・・・。

  「そう言えば・・・・・・」

  ルリはこの近辺で起きている異常の事を思い出した。

  「イネスさん、ちょっと聞きたいことがあるんですが、いいですか?」

  「なに?」

  実験の結果や次の課題などを書きながらイネスは応えた。

  「近頃、急にこの街から野良犬や野良猫とかがいなくなっているという

  報告を受けたんですけど、何か知りませんか?」

  「知らないわね。でもたかが野良がいなくなったからって、別に誰も困
  らないんだから気にする必要はないんじゃないの」

  「それはそうですけど・・・・・・・・・」

  「話はそれだけかしら。それだけなら・・・・・・」

  「あ、あとひとつだけお願いします」

  自分に向けられる、イネスの嫌そうな気配が僅かに漏れる視線を無視して言った。

  「城で働くメイドが五人、つい最近にいなくなったんですがなにか心あたりありませんか」

  「・・・・・・・・・メイド? そうそう、あの五人なら辞めたわよ」

  ちょっと考えた後イネスはそう言って白衣のポケットから封筒を取りだした。

  「あの五人とも何か事情があったみたいで、突然辞めさせてくださいって言ってきたのよ。
  担当の人が居なかったから、私が代わりに受け取って、そのまま忘れてたのね」

  イネスは1つ溜息をつくと、

  「今回のことは私の失敗ね。エリナには後で謝っておくから、申し訳ないけどそれを届けて貰えるかしら」

  封筒の数を数えてみると、1、2、3、4、5・・・・・・6個合った。

  「一個多いですよ」

  「あら、ごめんなさい。うっかりしてたわ」

  そう言ってイネスはルリの手から比較的新しい封筒を取った。

  それを白衣のポケットに入れる。

  「それでこれをエリナさんに渡せばいいんですね」

  「そう。お願いできる?」

  「別にいいですよ。それくらい」

  「それじゃあ、お願いね」

  「はい、それじゃあ帰りますね」

  ルリは封筒を持ってこの部屋を出た。

  歩きながら封筒の名前を見てみたがどれも記憶にない名前だった。

  ・・・・・まあ、別にいいですけどね。メイドの五人くらい。

  それだけでルリはこのことを頭から追い出した。

  その後、ずっと後に六人目の退職者が出たことをルリはイネスから聞くことになる。

  

つづく。