その日、

 

 時の歯車が一つ、噛み合い進んだ。

 

 

 

 

 

 

機動戦艦ナデシコ  もう一度逢う貴方のために

第4話  Aパート

 

 

 

 

 

 

 

 

 その日、火星上空で『未確認飛行物体』が発見された。

 

 

 

 

 ただ―――――、

 

 

 

 それは未知との遭遇といった夢のある物ではなく―――――、

 

 

 

 

 

 

 

 耳を劈く轟音と共に、画面が赤に染まり、大地が揺れる。
 断続的に揺れるブリッジの中で指揮官らしき男が、間髪入れずに通信士達に問う。

 

「状況は!?」

 

「第四艦隊、60%まで減少!」
「地上防衛部隊第5、第7部隊応答ありません!」
「敵部隊、更に増大!その数、現在約一万!」
「対空砲、7割が沈黙!」

 

 通信士たちが立て続けに告げていく状況は、もはや絶望的なものばかりだった。

 

「――――――クッ!!」

 

 老境に差し掛かっている指揮官が憎々しげに呻く。

 

 

 

 

 

 

 

 その真相を知る者にとっては、尚の事に―――――、

 

 

 

 

 

 その始まりを何処からか見つめる、影。

 

「・・・・始まった、か」

 

 視界の先が紅に染まるのを見て、目を細める。
 そこにもう一つの影が現れる。

 

「――――こちらの準備は終わったわよ。
 でも、結局予定の70%のモノになってしまったけど」

 

「―――有難うございます。それに、この時期なら、それでも十分過ぎるほどですよ」

 

「そう?それとあと、もう一つ―――」

 

「・・何です?」

 

「本当にあんなモノ使う気?
 アレのシュミュレートの結果、『人間には使いこなせない』とまで出たわよ」

 

「―――使いこなせないのなら、頼んではいませんよ」

 

「・・それは、そうなんだけど」

 

「それじゃ、また後で」

 

「ええ」

 

 そして踵を返し、光の奔流と共に消えた。

 

 

 

 

 

 ―――ありったけの皮肉の込められた、喜劇。

 

 

 

 

 

 

 

 

 ◆◇◆◇◆◇◆◇

 

 

 

 

 ―――同時刻、ユートピアコロニー。

 

「早く、こっちへ!」

 

 イツキが切羽詰った表情で一組の親娘を呼ぶ。

 

「ええ―――」

 

 フィリアはそれに応え、アイを抱えて走り出す。そんな母親に、アイがしがみ付く。

 

 

 

 火星に大規模の侵略が始まって、まだ一日と経っていない。
 だが、その勢力の持つ未知の技術―――
 グラビティブラストとディストーションフィールド―――と、その圧倒的とも言える物量の前に、
 火星駐留軍と連合宇宙軍の敗色は濃厚となっていた。

 

 その中でも戦線を保っているこのユートピアコロニーも、それを維持するのが精々で、避難を
している人々を誘導することもできずにいる。
 市民の間でパニックが起きていないのが唯一の幸いといえた。

 

 この三人―――イツキにフィリア、アイもそのパニックを起こさずに避難場所へ向かっている人達で
あった。

 

 

 

 

 

「・・・っ!!?」

 

 黄色い、鋼の虫と目が合った。
 その銃身が一瞬光ったのが見えた気さえした。
 思わず目をつぶる。

 

 だが――――、

 

 それは、粘土細工のようにひしゃげ―――砕け散った。

 

 

「・・・・・・・え??」

 

 イツキが惚けたように声を洩らす。
 それはフィリアも同じ様子だった。

 

 

「――――何をしている、走れ!」

 

 燃え盛る炎の中にいても、尚よく通る声。
 そして黒い戦闘服に身を纏い、黒いバイザーで顔半分を覆っていた。

 

 それは――――

 

「・・・・アキトさん?」

 

 イツキがおずおずと呼びかけると、男―――アキトはバイザーを外し、微かに笑い掛ける。

 

「話は後。―――急ぐよ」

 

「は、はい」

 

 ―――何処をどう走ったかは、よく覚えていない。
 言われるままにアキトに付いていって、ようやく先程の光景に合点がいった。
 破壊したのだ、素手で。
 あの、街を蹂躙している鋼鉄の虫を。

 

(・・・こういうのを『桁違い』って言うのかしら?)

 

 アキトが闘うのを見るのは、初めて会った時以来なのだが、改めて見たアキトの戦闘能力に、
脳が痺れるような気がした。

 

 

 

 

「――――邪魔だッ、どけぇぇぇええッ!!」

 

 偶に現れる対人用バッタを、アキトは一撃のもとに破壊していく。

 

 腕が唸りを上げる度に、或いは脚が鞭のようにしなる度にバッタ達を屑鉄に変えていく。

 

 

「お兄ちゃん、すごい!すごい!」

 

 アキトがバッタを砕いていく度に、アイがはしゃいでいたが、
 そんな光景の中を、フィリアは複雑な顔でアキトを見つめていた。

 

 

 

「―――――取り敢えずここで凌ぎますか」

 

 アキトは既に廃墟と化している、比較的頑丈そうな廃ビルに入り込むと、振り返って3人に呼び
かける。
 アキトの後を追い、それぞれが適当な場所に腰を下ろす。

 

 暫く時が流れると、アイが気疲れからか眠りについている。
 そんなアイを脇に下ろすと、アキトの方へ顔を向ける。

 

 

「・・・アキトさん、手を出してください」

 

「・・フィリアさん?」

 

「・・・」

 

 ほんの少しだけ怒気の入り混じったフィリアの声に、少し困惑気味に二人を見るイツキを余所にし、
アキトは少しバツの悪そうな顔で両手を差し出す。

 

 その理由はすぐに分かった。

 

「あ・・・・」

 

「やっぱり・・・」

 

 イツキが息を飲み、フィリアが溜め息をつきながら応急キットを出す。

 

 服の袖を捲くり上げたアキトの両手は、血に濡れていた。

 

 いかに鍛えていても素手で鋼鉄、或いはそれ以上の物体を殴りつけていたのだから、無事で済む筈が
なかったのだ。
 ―――それ以前に、二人は知らない事だが、バッタの中にはディストーションフィールドを持った
ものもあり、怪我自体はその時できた物だ。
 むしろ、この程度で済んでいるアキトが異常なのだろう。

 

 

 

「シェルターへ行く方は火勢が強すぎますね。かといってここに居続けるのも危険。
 ・・少し遠回りして別の所に避難しましょうか?」

 

「そうね。・・シャトルの方へ行く道は無事だったかしら?」

 

「・・分かりません」

 

 

 その会話を聞きながら、アキトはちらりと視線を向けて―――、
 胸に下がっている青いクリスタル―――CCを撫でる。

 

(・・・やはり、これしかないか)

 

 目の前に居る三人がジャンパー体質だという事は、解っている。座標も、自分がナビゲートすれば
問題はないだろう。
 ただ、このままで行けば確実に自分のやろうとしている事に巻き込む事になる。

 

 だが。

 

(・・もう巻き込んでいる、かな?)

 

 この一年、お互いに深入りしてきたのだ。このまま何もしない、等という考えは初めから無い。

 

 

 ―――巻き込んだ以上、やる事は決まっている。

 

 

「――――方法なら、ありますよ」

 

 

 

 

 

「言い出した俺が言うのもなんですが・・・、良いんですか?」

 

「アキトさん―――」

 

 外から未だに聞こえて来る戦いの轟音を探るように聞いた後、イツキはふぅ、と息を吐いて言った。

 

「こういう時は、一言『死んでくれ』って言うか、『大丈夫だよ』て言うかのどっちかで良いんですよ」

 

 そう、かなり極端なことを言うと、フィリアがそれを継いで、

 

「そう言う所は人が良すぎると言うか悪いと言うか―――、不器用と言うべきかしら?」

 

 そう言った所でイツキは何度も頷いていた。

 

「それじゃあ―――――」

 

「このままここに居ても助かるかどうかも判らないんです。―――貴方にお任せします」

 

 

 

 

「・・・俺に、しっかり掴まっていて下さい」

 

 イツキとアイを抱えたフィリアが寄るのを確認すると、CCを握り締め、目を伏せる。
 そのすぐ後にCCが発光し出し、蒼い燐光―――ジャンプフィールドが四人の周囲を満たし始める。
 アキトの身体に光の紋様が浮かび上がり、それに呼応すようにイツキ、フィリア、眠ったままの
アイの身体にもそれと同じ光の紋様が遅れて浮かび出す。

 

「・・・・・・?」

 

「これは・・・・・?」

 

 戸惑った表情の二人を余所に、ジャンプフィールドが形成され、

 

(イメージ先は―――、サセボでいいか――――)

 

 かつて自らが初めて立った地球の、あの公園を思い浮かべる。
 あの、少しだけ思い出の場所に似た、あの地へ―――。

 

 紋様が一際輝き――――、

 

「ジャンプ・・・・・!」

 

 その瞬間、その場から四人の姿は消えた。

 

 そして、
 その痕跡を消し去るかのように、その廃ビルは幾度かの轟音と共に崩れ去った。

 

 

 

 

 

 

 

 ◆◇◆◇◆◇◆◇

 

 

 

 

 

 

 迎撃艦隊を率いる一人の提督は、決断に迫られていた。

 

 即ち―――――、

 

 このまま徹底抗戦するか。

 

 それとも、

 

 全艦隊を撤退させるか。

 

 そしてその判断する時間は限りなく短い物だった。

 

(・・・・・潮時か・・・・)

 

 歯を噛み砕かんばかりに食いしばると、全艦隊に向け撤退の命令を下そうとした時、

 

「!―――敵旗艦、緩やかに落下中、このままだとユートピアコロニーに落ちます!」

 

 通信士の悲鳴混じりの報告に、提督の腹は決まった。

 

「総員を退避させろ!」

 

 その提督の言葉に、ブリッジ内のクルーが一瞬理解できないような表情を浮かべ―――、

 

「本艦はこれより、ユートピアコロニーへ落下を続ける敵旗艦に向け、突撃を開始する!!」

 

 その言葉が引き金になったのか、全員が驚愕の眼差しを向ける。

 

 ―――ただ、その命令は発動されなかった。

 

 何故なら――――、

 

 それを止める事になった報告が、通信士から告げられたからだ。

 

「――――正体不明機、敵旗艦に向けて高速接近中!」

 

「正体不明機だと!?」

 

 副官らしき、中年の男が通信士に向かって問う。

 

「・・・データに該当する機体はありません!
 形状はネルガルのエステバリスに近いのですが―――――」

 

 通信士がそう報告する頃、

 

 その機体が、敵旗艦―――チューリップの花にも似た艦の数百メートル先で静止していた。

 

 その周囲にいたはずの護衛艦等は、既に撃沈していた。

 

 ―――その漆黒に染まった機体は、異様とさえ言えた。

 

 形状こそエステバリスに近いものの―――――、
 通常のエステバリスの三倍近い巨体。
 それでいて鈍重なイメージは無く、寧ろシャープなイメージを与える。
 だが、華奢という言葉が当て嵌まらないのは、先程見せた常識外れのスピードと、静止するまでに
付近の護衛機及び艦隊を瞬く間に殲滅した事が証明している。

 

 

 その漆黒の機体のスラスターが火を吹くと、先程よりも増したスピードで旗艦に体当たりをした。

 

 

 ―――ガァァァアアアン!!

 

 その衝突の衝撃は、近くにあった艦全てのブリッジ内モニターを数瞬の間、ブレさせる。

 

 モニターが回復した頃写っていたのは―――、

 

 その衝撃で砕けるとも思われた漆黒の機体には一つの傷も無く、旗艦はユートピアコロニーへの
軌道を大きく外し、小規模の爆発を起こしながら落下していた。
 漆黒の機体はそれを追い様に、両腰部分に手を持っていくと、腰のテールバインダーが少し開き、
長大なブレードを取り出す。

 

 そして―――、

 

 駆けぬけ様に左手のブレードで薙ぎ払い―――、
 続けて右手のブレードで袈裟懸けに断ち切り―――、

 

 先に地面に降り立つと、背面に収納されていた砲門が表れ、前方に迫り出し、落下してくる旗艦に
砲門を向け、すぐさまに光弾が放出される。

 

 ―――ゴッ!!!

 

 その敵艦隊の砲撃によく似た攻撃は、落下していた旗艦を飲みこみ、跡形も無く消し去っていた。

 

 

「て、敵旗艦・・・完全に消滅しました・・・・!」

 

 震える声で報告する通信士の声を、一体どれだけの人間が聞いていただろうか。
 それだけ目の前で起きた光景は、俄かには信じられない光景だった。

 

 その衝撃も醒めぬままに、

 

「正体不明機、レーダー圏内を離れていきま―――いえ、消えました!―――これは・・」

 

「どうした?」

 

 声を詰まらせた様子の通信士を、副官が促す。

 

「―――正体不明機より暗号文が届いています!」

 

 ―――最早声も無く、その報告を聞いていた。
 それが報告されるのを、ブリッジの誰もが待っていた。

 

「――――『後方ハ気ニセズ、撤退セヨ』――――・・・・」

 

 僅かな時間、ブリッジ内を沈黙が根を下ろした。

 

 その沈黙を破ったのは、その場の最高責任者でもある提督だった。

 

「―――確か、ユートピアコロニーには各コロニーの避難民も集まってきていたかな?」

 

「は。現在シャトル発着所に殺到しているようです」

 

 それを聞きながら―――、
 この僅かの時間に老け込んだ感すらある初老の提督は、帽子を目深にかぶり、天を仰ぐ。

 

 

 迎撃艦隊提督、フクベ・ジンは全艦隊に向け宣言した。

 

「―――コロニーに残る避難民を収容。その後・・・・・撤退する」

 

 

 

 

 ―――事実上の、敗北宣言だった。

 

 

 

 

 ―――この二日後、正式に火星が陥落したとの報が地球に伝わった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 ◆◇◆◇◆◇◆◇

 

 

 

 

 

 

 

 火星の空を、一機の機動兵器が駆けている。
 先刻、迎撃艦隊の前に現れた、漆黒の機動兵器だ。

 

 その機体が何処ともしれぬ場所に降り立ち、何かのドックのような場所に出る。

 

 漆黒の機体は、その一角に辿りつくと、その場で跪く格好になり、コクピットの装甲ハッチが開く。
 其処から見える、乗り込んでいた人もまた、機体と同じく漆黒の戦闘服にバイザーを身に付けていた。

 

 音も無く地面に降り立つと、少しだけ息をつく。

 

「―――取り敢えずの心配事は終えたのかしら?」

 

 自分の死角になるような所から声をかけてくる一人の女性に、驚く事も無くその男は答える。

 

「ええ。―――しかし、本当にここに残ってて良いんですか?
 今からでもまだ遅くないと思いますけど?」

 

「まさか。ここにいる人達まで連れてくと間に合わないでしょうし、何より“今後”に影響が出て
 くるんじゃない?」

 

 その返答に男―――アキトは無言で答えると、今度はバイザーを外して、問いかける。

 

「―――これから、如何します?」

 

「そうね―――――」

 

 

 

 

 

「火星、陥落す、か。―――ネルガルは如何動く・・って決まってるんだけど」

 

 アキトが去った後、女性―――イネスが小さな声で呟く。
 浮かんでいる表情は、何処か穏やかで、何処か嬉しげでもあった。

 

 何となく、空を見上げる。

 

 この場所から見える火星の空は、相変わらずだ。

 

 こんな歴史に残る大事件が起きたにもかかわらず。

 

「あと一年と三ヶ月くらいか――――」

 

 空を見上げたまま―――、もう一度、呟く。
 祈る様に。

 

「頑張ってね・・・・・、――――――――・・・・」

 

 最後の呟き声は、小さすぎて聞こえなかった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 運命の車輪 〜Fin〜 

 

 

 

◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆

 

 

 

 

 

 

 はぁ、授業が始まると流石にペースが落ちるなぁ(遠い目)

 

 作中で戦闘服を着込んでますが、単に軍人が使用している物に毛が生えた程度の物です。
 流石に例のマントは着ていません。即ち小型ディストーションフィールド発生装置やら
 ジャンプフィールド発生装置はまだ持ってないですよ。
 それで今回は怪我してるんですが・・。
 まあ、さすがに実用化はできてないって事で。

 

 黒い機動兵器については、また今度・・・。

 

 色々書いてない事が多いですが、その内補足SSか資料集を出します。

 

 

 

 

 とりあえずな登場人物その3

 

 

 イネス・フレサンジュ

 

 ご存知説明魔。
 今作ではアキトと接触、その後アキトに協力することになる。
 アキトの正体を知る数少ない人物。

 

 幼い頃の記憶が無い筈だが・・・・・・・。

 

 特に「前回」との相違は無い――――筈である(多分)
 違うのは年齢ぐらいだろうか?
 四話現在、2195年で20歳、だったりする。

 

 

 

 

 

 次回予告

 

 火星一次会戦より一年が過ぎ去ろうとしていた。

 

 その状況の中、一つのプロジェクトが始動する。

 

 一人の男は時を待つ。

 

 静かに―――――

 

<次回に続く>

 

 

 

 

 

管理人の感想

 

 

 

かわさんからの投稿第五弾です!!

やはり、かわさんの狙いはイネスさんなのか?

御年20歳は幾らなんでも若すぎるっす!!

これ、すなわちイネスさんがメインっ〜事っすよね?

・・・メールに書かれていた、イレギュラーは解りましたけど。

やはりこの20歳が効いてるよな〜

 

でも、サバ読み過ぎだと思う(ゴシュ!!)

 

それでは、かわさん投稿有難うございました!!

 

さて、感想のメールを出す時には、この かわさん の名前をクリックして下さいね!!

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